(ここだろうか。)
フィラは大きな門を前にして、その住所を確かめた。
鉄格子のような門は、フィラを迎え入れようとする事なく、閉じられたまま微動だにしない。
門の奥に家は見えず、ただ延々と道が続いているようだった。道の両脇には、杉の木やら楢の木といった、高木が並列している。
まるで、小さな森のようだ。
それだけで華やかさはなく、淡々とした雰囲気のみがその場にある。
フィラは住所に間違いがない事を確認すると、門の脇に取り付けられている表札に目を向けた。
KANAME
表札にはそう記されていた。
フィラがドアホンを押すと、女の声が応対する。
『お待ちしておりました。主人が待っております。迎えの者をやりますので、少々お待ち戴けますか。』
音声は一方的に切られた。
1分と待つ事なく一台の車が門の内側に止まり、車から背広を着た運転手が出てきた。
「ARH:1345・A FIRA。間違いはありませんか。」
男は何の感情も宿さず、言葉を綴った。
フィラは男を見る。同じアンドロイドだか、100番代の物だ。二年程前の生産になるだろうか。
そんな事を考えた。
「ええ。Roid Coより本日付でこちらで働くことになります。フィラです。間違いはありません。」
フィラが証拠である認識票を提示すると、門が開いた。
「確かに。私は主人より言い付かり参りました、ARH:173・D ESTERAHDと申します。」
男は挨拶をすると、フィラを後部座席に招き車を発進させた。
後方で、門の閉じる音が響く。
道は左曲がりになっており、曲がるとすぐに、家と言うよりは屋敷と言うに相応しい建物が見えた。
やはり1分程で第2の門に辿り着く。車はその門の前で止まった。
「ここからは、彼女がご案内致します。」
門の前には、恐らくドアホンで応対したのであろう女中が立っていた。
ストレートの茶色の髪を結い上げ、ここの制服だろうか、紺色の上衣とスカートを着ている。
そんなに年は若くはないが、明るい感じの誠実そうな雰囲気を持っていた。
フィラが車を降りると、車はそのまま別の道を走って行く。
恐らく、車庫に行ったのだろう。
「こちらで御座います。」
女中は門を通り、フィラを案内し始めた。
庭では多少乱雑に並んだ草木が、それでもそこにあるだけの淡々とした雰囲気を醸し出していた。
全てが、計算されつくされたもののような。広いだけの、味気ない空間。
「最新型のアンドロイドと伺いました。主人は、人もアンドロイドも区別なさるお方ではありません。ご存知とは思いますが、給料も支払われます。休みは週2日、おおよそは主人と同じ日になると思われます。」
女中は簡単に説明をした。
「仕事内容は聞いておられますか?」
女中の問いに、フィラは首を横に振った。
「いいえ。こちらで直接お伺いする事になっております。」
「そうですか。では恐らく主人のほうから指示があるでしょう。申し遅れましたが、私はここで女中をしておりますクリス・カートと申します。」
クリスは慣れた手つきで玄関の扉を開いた。
「ここでは、門と私室以外の扉は全て自ら開閉して下さい。自動では御座いません。門はセンサーで個別感知致します。登録は今日中に行っておきます。屋敷の見取り図はもう承知でしょうか?」
「はい。先ほどメモリーを済ませてきました。」
屋敷の中は意外にしんとしていた。最低限の人員しか使用していないのだろう。
調度品や装飾も程ほどで、趣味の良さを思わせた。全体的に21世紀中盤頃の家具が多く、装飾もその時代のものが殆どのようだ。
現在の、直線的で無駄の少ない空間とは全く違い、レトロな感じがする。
階段を上がった奥の部屋の前で、クリスは立ち止まった。
壁に設置されているパネルのキーを押す。
「ARH:1345・A FIRA。ロイド社より到着なさいました。」
クリスが言うと、ドアが開かれた。その部屋の奥に人影が見える。
「どうぞ。」
クリスがフィラを促した。
「失礼します。」
フィラが部屋に入ると、クリスが主人に向かい一礼した後、ドアは閉められた。
広い室内には渋い緑の絨毯が敷かれ、中央には接待用のテーブルが置かれている。テーブルを挟んで対極に、深い青のソファがしつらってあった。
壁には本棚などの家具が据えられ、大きな窓を背にして机が置かれている。
収納家具を置く必要がないように、あらかじめ収納スペースが設けられている家とは全く違っていた。屋敷そのものの造りもさながら、内部も現代より1世紀近く前を模しているようだ。
窓際の机に、屋敷の主人が寄り掛かって立っている。フィラは一歩前に進み出た。
「初めまして。ARH:1345A FIRAです。」
フィラは認識票を差し出した。主人はそれに大した興味を示さなかった。遠目で一瞥すると、どうでもいいといった風に視線をずらす。
その視線は、フィラを真直ぐに捉えた。
その姿は漆黒の髪と瞳。伸びた手足。分けられた前髪が横に垂れていた。
着ているものは極めてラフなものだったが、全て黒で統一されている。
金の髪と銀の瞳を持つ、色素の薄いフィラとは対照的である。
「初めまして。フィラ。」
低く、響く声。
「私が今日から貴方を雇う、要久良(かなめ ひさよし)だ。知っていると思うが、サイファン貿易会社の社長に先月就任した。」
サイファン貿易会社。世界一の自由貿易産業会社である。
ありとあらゆる事業を行い、政界に各種通じている重役が多い。サイファンが潰れる時は、世界の産業が立ち行かなくなり、経済界に多大な影響を与えるとまで言われている大企業である。
援助金も多い事から、政界も含み、共倒れする企業は数知れない。
先月、前社長が倒れ、その後回復はしたが、引退し会長職に就くと宣言。その後を継いだのが、現社長である。
前社長は結婚はしたが早くに妻を亡くし、再婚もしなかった為5年前に養子をとった。それが日本人の要久良だった。異例の大抜擢に、マスコミは大いに沸いた。
久良は養子に入ってからも、必要以外は「要」の姓を名乗っていた。久良には養子に入った段階で英名も付けられたが、それは社長として振舞う時の別名として扱っている。
前社長のサイファンも、その事に関しては久良の好きなようにやらせていた。
久良は優秀であったし、大企業ゆえに敵の多いサイファンが、信頼できる唯一の者でもあったからだ。
「まぁ、社長とは言っても名ばかりで、実際は会長が今も殆どの実権を掌握している。社の運営も含めて、私はとりあえずの飾りと言ったところだ。会長に言わせると、まだまだ実践と経験が足りないとの事でね。だから社長職の椅子を与えて、客観的に社を見た上で仕事をしてみろ、と言う事らしいのだが。」
久良は別段感情もない様子で、そう言った。
確かに久良は、会社の社長になるには若すぎる。フィラのデータにある限り、今年23になったばかりの筈だ。スキップで大学を卒業しているとは言え、風当たりも並ではないだろう。現実に「暴挙だ」「会社を潰す気か」と、散々なゴシップも多い。
それでも、幼い頃に事故で両親を喪った久良に、この養子の話は降って湧いたような幸運と言えないのだろうかと、フィラは思った。
それなのに、フィラの目の前にいる久良からは、何も感じられない。
仕事に対する意気込みも、会長に権限を持たれているという事に対する不満も、何もないようであった。
庭の雰囲気そのままに、淡々と物事をこなしていっているように見えた。
しかし、人形であるフィラはそれ以上の考察を無意味と判断し、それは久良に対する分析にとどまった。
久良が近づいて、フィラの前に立つ。それから、その髪に触れた。
「金の髪・・・か。」
瞳を覗き込んでくる。十分長身の部類に入るだろう久良は、標準身長に設定されたフィラにあわせて腰を屈めた。
「銀の瞳・・・。肌も、随分色素が薄いんだな。」
「人間と区別する為です。私は色素以外、殆ど人と同じ形態を持っていますので。」
「そうか。」
久良の髪と瞳とは、あまりに対照的な色。
久良の鋭い視線は、多少きつめなその目元にあるのだろうか。冷淡な雰囲気がそこにはあった。決して悪い顔ではない。むしろ、フィラと並んでもバランスが取れそうな程の容姿は持っている。
ただ、その表情の印象から、近寄り難いような感じがした。
フィラは久良の瞳を見返して言った。
「要様は人間であるのに、何故そのような表情しかなさらないのですか。」
寸分と置かず、返答がくる。
「フィラは私が人形のように見えるのか。」
漆黒の瞳は、咎めるでもなくただ言葉を綴る。質の悪い音声機のようだ。
「・・・すみません。失言でした。」
フィラは深く頭を下げた。
久良はそんなフィラから離れ、ソファに腰を下ろす。
「別に怒っているわけではない。ただ、そんな事を言った者は今まで誰もいなかったから。どうしてもサイファンの子という地位にあると、顔色を伺う者が多い。」
右手で頬杖をつきながら、久良はフィラにも座るように促した。
「失礼致します。」
フィラは久良の向いに腰掛ける。不意に、声を立てずに久良が少し笑った。
「促されて座る人形は、初めて見た。基本的に人間と対等な位置には、立てないと思っていた。」
フィラは再び座を立つ。
「・・・不愉快でしたでしょうか。ならば、改めます。」
「いや、そうではない。そうでは・・・・・」
フィラは僅かに俯き加減になった久良を、覗き込みようにテーブルに両手を付いて身を乗り出した。
その表情は、久良を心配しているかのようだ。
「具合でも悪いのでしょうか?人を呼びますか。」
その言葉を、久良は左手をかざして遮った。
「・・・・・成る程、最新型というのはそういうものなのだな。」
フィラは座り直して答えた。
「はい。思考・行動プログラムは人間に近くなるよう、設定されております。」
「そうか。すまない。私は渡された資料に目を通していないから。」
フィラは不思議そうな顔をする。
「何故謝るのですか?私はそういった事を気にしません。要様が、私に気を遣う必要など、どこにもありません。」
「意見を述べるところは人間臭いが、その考えは人形なのだな。」
久良は一つ息をついた。
「フィラの他にアンドロイドは、さっき車で送らせたエステラードだけだ。後は女中が5人ほど交替で来ている。」
「それでこの広い屋敷は、管理できているのですか。」
「一応そうなる。後は季節ごとに庭師やらを定期的にいれて、手入れをさせている。」
「それでは、私の仕事とは何なのでしょうか。」
フィラは唐突に、話を切り出した。特に自分が買われた必要性を感じなかった為だ。
久良はソファに寄り掛かり、左腕を肘置きに乗せた。それから視線をフィラに戻す。
「・・・・・私の秘書だ。」
少しの躊躇が、そこにあった。
「秘書・・・ですか。よろしいのですか?秘書にアンドロイドを使う方は・・・いらっしゃらないと記憶していますが。」
「まぁ、な。接待もあるから、合理的なだけでは勤まらない仕事だ。周囲もそうそう承諾はしないだろう。アンドロイドに指示されるのを、嫌う人間も相当数いる。・・・それでもいいかと、あえて今回、人形を起用してみようかと思ったのだが。・・・まさかこんなに表情のあるものとは、思ってもみなかった。」
久良は、従来のアンドロイドとは違うフィラに、逆に不満があるようだった。
「合理的なほうが、宜しかったのでしょうか。申し訳ないのですが、先ほど申しましたように、私は人間により近く製作されています。表情等のインプットは消せませんので、ご不満でしたら返品して下さっても構いませんが。」
久良は溜息をつく。
「・・・いや、使おう。そうだな・・・条件がある。さっきも言ったように、人形に上にいられる事に嫌悪を抱く者や、特に上層部では人形に対する意識は物としての印象が強い。・・・人形という事を隠して行動して欲しい。少なくとも、フィラ、その能力が認められるまでは。できるか?」
「容姿で分かってしまうと思いますが。それに研究所のほうでも・・・」
「ロイド社には私から話を通す。フィラに関わった研究者はそう多くないだろう。販売にまだのっていない事からも、ロイド社としても機密保持をしているだろうから。容姿にしても、何とでもなる。瞳も髪も。問題外だ。」
「分かりました。ではそのように致します。仕事内容については、ディスクでも渡して戴ければすぐメモリー致します。・・・いつからでしょうか。」
「・・・・・今晩。リスト社との会食がある。一応向こうも社長が来る事になっている。それに付いてきて欲しい。」
「了解致しました。もし、会話などで必要な記憶事項がありましたら、直前までに教えて戴ければ対応致します。」
フィラは簡単に請け負うと、席を立った。
「ああ、部屋は丁度この下になる。もし分からなかったら、クリスに聞いてくれ。今の時間なら清掃をしている筈だ。後、5時にはここを出る。必要な物は部屋に揃っていると思うが、何か足りないものがあれば請求していい。」
「はい。」
フィラが答えて出て行こうとするのを、久良は呼び止めた。
「その髪と瞳・・・どうかするのに必要なものは、エステラードに届けさせる。」
フィラは一礼をして、その場を去った。