‖ 孤独の蟲 <1> ‖

・・・眩惑の梦(げんわくのゆめ)・・・


「可哀想な子。愛される事が無いのね。私の様に同情を投げるものはあっても、貴方を愛するものはいないのね。」
 女は、綺麗な細くて白い指を差し出す。
「そして、貴方も・・・・・。誰も愛する事がないのね。」
 彼の、柔らかな髪を撫でてキスをする。
 虚ろな瞳をした彼は、まるで夢を見るかのようにそのまま瞳を閉ざした。

 さぁ、眠ろう。此処には自分の邪魔をするものはないのだから。


 いつ頃の記憶だろう。記憶(メモリ)を消去した覚えはなかったが、どうも思い出せない。
 細くて白い指の女が、傍らにいる。自分の頭を優しく撫でてくれる。そして、何故か同情の言葉を掛けて来る。
   同情。
 嫌いな言葉でも、嫌いな行為でもない。
 それは人の心が生み出す産物だ。人の心が、他の人の心と同調して、増幅される。
 その感情が相手のものと異なっていたとしても、痛みを得るという事に違いは無いような気がする。
 その行為は、相手を思いやる心。
 崇高なその精神。
 だから、嫌いじゃない。


「ARH:1345・A-FIRA」
 研究室の廊下で、歩行練習をしていた彼を呼ぶ声がした。
「博士。何ですか?」
 フィラは立ち止まって振り返る。
 金の髪に銀の瞳。およそ人間とは掛け離れた、いや、区別された風貌。全体的に色素は抑えられており、銀の瞳は光を反射しているかのようだった。
 決して小柄ではなく、バランスを考慮して造られた体躯。
 髪は多少長めだが、肩につく程ではない。
 その容姿は・・・人形。造られた故の無表情的な綺麗さ。
 その姿に、声を掛けた初老の男は、しばし見とれた。
「・・・・・君を買いたいと言う人が、出たよ。今日の午後、この場所へ行ってくれないか。」
 男はどこか躊躇いがちに言葉を結んだ。そしてフィラに一枚のディスクを渡す。
「もう契約は成立済み、という事ですか。」
 真直ぐに自分を見てくるフィラに、男は申し訳なさそうな顔をする。
「・・・・・そうだ。必要事項と、契約に関する事の全てがそのディスクに収まっている。ロードして、メモリーしておいてくれ。」
「樫木博士?」
 俯いてしまった樫木に、フィラは声を掛ける。樫木の、白髪が混じり始めた頭は項垂れたままだ。
「いつかは誰しも買われて行きます。そうでなければ、会社は潰れてしまうでしょう?それに、売る事が仕事ではありませんか。」

 人を助けるお手伝い。貴方の暮らしをもっと豊かに。
                  Roid Co.

 樫木の勤める会社の文句である。ロイド社は、年間500を越える人形(アンドロイド)の製造元だ。
 フィラはそのロイド社の、ニューモデルタイプのアンドロイドである。
 樫木はその製作に大きく関わり、フィラの調整も行った。
 そのせいで、フィラに情に似たようなものを、強く感じているのかもしれなかった。
 しかし勿論、樫木だって自分の仕事は理解している。もう勤めて30年近くになるし、技術者として多くの開発と、生産に関わってきた。
 ある事件さえなければ。


   ここ2年程前から起きている”人形殺人”。
 半年に一体。必ず人形が壊される。最初に発見された時、人が死んでるのかと勘違いされてから、人形”殺人”などと言われるようになった。犯人は以前として捕まっておらず、目撃者も手がかりも一切ない状態が続いている。
 丁度二ヶ月前、被害の四体目が樫木の手掛けたアンドロイドだった。
 余りに破損が酷く、念の為と異例で製作者として確認を要請された。持ち主さえも、確かではないと言うからだ。
 樫木は現場に赴き、初めてそれを見た。

 破壊された 人形を。

 顔面部の破損が酷く、後頭部にかけてまで潰されていた。
 メモリー部分も破壊され、修復は完全に不可能な状態だった。血のような液体が流れ出ており、破壊されたあちこちから管のような長い物体が出ている。
 細いコードや、太いコードが幾重も重なりあっていた。
 コードさえ出ていなければ、それは本当に人のように見えた。

 樫木に疑問が生じたのは、それからだ。
 人と、アンドロイド。一体何が違うのか。
 人により近く・・それだけを目指して製作されたそれら。いつの間にかその境は、消えつつあったのではないかと。否、最早消えてしまっているのではないか。
 そんな想念に捕らわれたのだ。


「不安なんだよ。フィラ。お前までもが死んでしまうのではないかと・・・。」
 樫木は、今までにはなかった感情を、アンドロイドに対して抱いていた。
 フィラは笑う。
「博士、例え被害にあったとしても、私達に死は存在しません。破損のみです。」
 博士は幾分皺の増えた顔を歪め、同情するような眼差しで彼を見た。
 そして再び頭を垂れると、フィラに背を向け、元来た廊下を歩いて行った。
 その博士の感情は、フィラに対する父性愛のようなものだった。しかし、初めて向けられた感情に、人形であるフィラが気付く事はなかった。



 ―――ロードします。セットは完了していますか。
 ―――YES
 ―――では実行します。
 フィラは樫木から受け取ったディスクをコンピューターにセットした。
 後頭部に電極を差し込み、コンピューターに繋げる。ロードされた事項が、自動的に流れ込んできた。
 ―――メモリープログラム、実行します。
 ―――YES
 ―――実行。


 基本的にアンドロイドの仕組みは決まっている。
 機械と同じで、頭にハードと呼ばれる記憶装置が埋め込まれている。そこに納められる事項は絶対事項に等しく、アンドロイド自身が自ら消去できないメモリーだ。
 勿論、アンドロイドの持ち主にも、消去・改竄の不可能なのがこの部分だった。
 状況判断や、その他の記憶は人口知能・AIによる。もしくは補助プログラムディスク等に依存された。
 これらは消去可能なものであり、自らが望めば消去できる。
 つまり、ハードにある記憶・及び行動パターンはアンドロイドの絶対服従事項に他ならない。その事項は、メモリーしているアンドロイドも理解はしていない、自然記憶行動のプログラムだった。
 何より、アンドロイドに何らかのトラブル、及び寿命がきて停止してしまえば、それは自動的に消去されるようになっており、ハードに納められている機密が漏洩する事を防いでいた。
 ハードにはアンドロイドの禁忌事項の他、契約者との取り決めや、その所在を示す情報もメモリーされている為、プライバシーが考慮されているのだ。


 フィラは5分程で全メモリーを終えた。
 ハードに収まったメモリーをロックして、コンピューターの電源を落とす。ディスクは添えつけのダストボックスに投げ入れた。
 ジュッと音がして、ダストの中でディスクが破壊される。それを確認してから、フィラは時間を確かめた。
 pm12:04。腕時計は正午少し過ぎを指している。そろそろ出る時間だった。
 フィラは立ち上がると、コンピュータールームを後にした。


 白く、長い廊下を歩き、その突き当たりの部屋を目指す。
 扉の前の機械にカードを通すと、扉は音もなく開かれ、その中に樫木の姿が見えた。
「失礼します。」
 フィラは一礼をしてから、一歩前に進んだ。樫木が椅子を回転させて、振り向く。フィラの後方で扉が閉まる。
「カードを、返しに来ました。」
 抑揚のない声が、樫木の使っているコンピューター音と重なって室内に響く。
 買い手が決まり研究所を出て行く時に、施設の個別認識カードを返却する規則になっていた。それをフィラは返しに来たのだ。


 通常のアンドロイドならば、個別カードなど所持してはいない。ただし、フィラの場合はニューモデルである為、所内で実験的にカードの所持を許されていた。
 所内を自由に歩きまわれる権限。その権限を持つことによる、フィラの行動パターン・思考等を調べる為だ。
 権限を与えられる事によって、影響が出ないかを見る。例えば、優越感などといった感情の発露があるかどうか、である。
 それはニューモデルである事に起因した。
 従来のアンドロイドに比べ、より人間らしさを強調して製作されたのが、今回のモデルの特徴だった。
 ただし、法律により全くの人を造る事は禁止されている。
 フィラの場合は、外見上の差異と言えば色素が薄い事。加えて、後頭部に電極を差し込むハブがある事。他、痛覚などと言った不要な感覚は、全くないわけではないが、抑制されている。ある程度の触感・嗅覚があるのも特徴だった。また、従来と最も違うのはその表情にある。
 つまり、本来人形には存在しない、感情のインプットが行われたのだ。ただし、商品として不必要な「怒る」「苛付く」といった感情はない。あるのは造られた感情のみである。
 しかしそれでも、ニューモデルは従来のアンドロイドに比べると、根本的な思考パターンが人間のそれに近い。その為、バグが発生しやすいのではないかという、懸念があった。
 それはつまり、人間に逆らう危険性があるのではないかという・・・恐れが。
 その疑念が消えないうちは、市場に出せるわけがなかった。だから調整はいつもよりも慎重に行われ、幾度もなされた上で今回の販売へと繋がっているのである。
 ニューモデルという事と、その手間から普通のアンドロイドの3倍程の値が、今のところつけられている。生産量も限られたものとされていた。
 勿論、値段の分の価値と働き、性能を誇るものである事も確かなのだが。
 フィラはその一体目であり、今回の販売は試運転的な要素が濃い。フィラの結果を見た上で、量産のメドを立てようと言う目論見があるのも確かだった。


 フィラは、その造られた表情を柔和に保ちながら、樫木の元まで歩み寄った。
 樫木は、一度はカードを受け取ったが、難しい表情をすると、それをフィラの手に握らせた。
「?博士?」
 状況が理解できず、フィラは樫木を見た。
「・・・持っていなさい。役に立つ事があるかも知れない。」
 博士はフィラの手を握って言った。
「駄目です!規則は絶対。破る事は出来ません。」
 フィラはそれを押し返そうとした。しかし、樫木は頑として受け取ろうとしない。
 樫木はフィラを見上げるようにして、真剣な眼差しを向けた。
「フィラ、私の最後の望みだ。頼む。持っていてくれないか。」
 基本的に逆らえないように出来ている為、フィラはそれ以上樫木に強く言う事が出来なかった。
 規則と開発者の命令の狭間で、どちらが最優先事項なのかを判断する。個別カードの重要性、利用価値。自分が出て行った事で抹消される登録。それでカードはただの物になるという事。
「それは、命令ですか?博士。」
 樫木は、複雑そうに眉を顰めてから答えた。
「・・・・・そうだ。命令だ。」
「分かりました。」
 フィラは、樫木の命令を最優先と判断してカードをしまいこんだ。それから樫木に一礼すると、その部屋を出る。来た時と同じように、扉の閉まる電子音が静かに響いた。
「・・・・・命令では・・・ないのだ。・・・本当は。」
 樫木は、暗い顔をして俯いた。椅子に座り直すと、コンピューターに向かう。そしてデータの入力と、シュミレーションの続きを始めた。しかし、指はすぐに止まる。
『命令ですか?』
 無機質な声が問う。
 命令・・・・・。
 そう、命令するしかないのだ。あのまま、あのカードを持たせておく為には。
 命令でないと言えば、最優先事項は規則にとって替わられてしまう。当然ここを出て行く彼に、あのカードは不要なものだ。それでも樫木は持たせておきたかった。
 ここに 居た事があるという 証拠。
 有り得ない事と分かっていても、それを持っている事でフィラが少しでも自分を思い出してくれればと考えたのだ。
「・・・馬鹿な望みだ。人形に、造られた以上の感情を求めるなど。」
 樫木は自分はもう、年なのかもしれないと思った。
 ずっと仕事一筋で来て、妻子も持たず、ただひたすら開発に明け暮れた。
 研究にのめり込む毎日。顧みるものは何一つなかった。
 その自分が今、人形に情を抱き感傷に浸っている。老いた証拠のように思えた。随分と白髪も増えて、皺も多くなった。
 自分が勤めた30年間で、同世代の多くの者がここを去って行き、若い者が増えた。
 ・・・・・引き時なのかもしれない。
 樫木はそこまで考えると、再び指を動かし始めた。仕事は、まだ残っていた。

『命令ですか?』

 心に一つ。あの綺麗な花に、「命令」以外を知って欲しいとそんな事を思いながら。


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