バチン!!!!!ギュゥイィィイィィイイイィィィィ
高速で回転するような音が響いた後は、静かだった。
ゆっくりと人型の、目が、開く。
銀交じりの碧の瞳。人と区別するため、必ず「銀」を目に使わなく
てはならないが故だ。
「ア・・・・ア・・ァ・・・ル・・・・」
手を伸ばす。
「取りあえず、成功・・・・か?」
「アー・・・ァル・・・お・・前・・・・」
『いいんだ、カイ。僕は元々身体を得る気はなかった。』
「何、言ってる?お前ら・・」
カイが、キリトの方を見る。今にも泣き出しそうだ。
身体が馴染んできたのか、話し方が滑らかになってくる。
「アールが、転送できない。僕が・・・いい例だ・・・・」
キリトはそこで気付いた。アールを見る。
バチバチと、ボックスから音がする。アールの入ったデータボッ
クスから。
アールが、画面で笑った。
『そう、もしかしたらと思ってた。これではっきりした。』
「システム自身には、転送のコントロール許可がないのか・・・」
キリトが呟く。
『どうやら、そうらしいです。転送と同時に緊急プログラムが発動
するようになっていた、という事です。転送が確認された時点で
別システムが動いて、ダミーデータを作成、それをメモリオ−バー
フロウを起すまで相手に転送し続けるプログラム。カイの転送時は、
僕がそれを抑制し、プログラムを無効にしたから平気な筈です。』
再びアールが笑う。
『それに、転送が認められた時点でこのデータボックスは自己破壊
するプログラムが組まれていたみたいだ。後は崩壊する。』
「やだ!!アール!!!」
少し辛そうに、アールはカイを見る。それからキリトに視線を移し
た。
『・・・・アリアが・・・・僕を受け取ってくれるそうです。』
キリトは目を見開いた。声は出なかった。
『すみません。いいと言ったのですが、是非そうして欲しいと。』
「そんな事をしたら、アリアは」
『はい。アリアでも、僕でもなくなります。僕にも人格プログラム
があります。アリアは、できればそのシステムごと欲しいと。』
「アリア・・・だって・・・・アリアは!!」
私を、連れ出してね・・・キリト・・・・・
アールが俯く。
『アリアと僕はネットワークで繋がって、転送されます。アリアの
容量なら、僕一人受け止められるでしょう。システムダウンは若干
起こる思いますが、その時間分は六区の管理者・セラフィに頼んで
あると言っていました。』
顔を上げて、キリトをまっすぐに見る。泣きそうな顔だった。
『カイを・・・お願いします。勝手ばかりでごめんなさい。本当に
ありがとうございます。』
「やだ!!いやだ!!アール!!!一緒にいるって言ったじゃない
か!もう・・・もうアールしかいないのに!!僕にはもう、アール
しか!!」
カイが、画面にしがみつく。両手で抱えて、アールを捉えるかのよ
うに。
『僕の存在は消えない。アリアと融けて、僕とは違うけれど、でも
確かにその存在は其処に在るんだ。ありがとう、カイ。』
「やだ・・・・!!身体なんていらない!いらない!!アールがい
なかったら意味がないんだ・・。何も・・・何も意味がない!!!」
バチバチバチ、
データボックスから音がする。
『ああ、行かないと。本格的に崩壊が始まる。』
『手にしたかったものを、必ず手にして。カイ。大好きだよ。』
ブツリ。
画面が、切れる。
「・・・やだ・・・やだぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
カイが画面を抱いて叫ぶ。
ほどなくして、データボックスの電源の全てが落ちた。
カイ、ずっと一緒にいよう。
キリトは、ただその光景を見詰めた。
約束ね、キリト
暗色の画面には何も映らず、スピーカーから言葉はもう聞こえない。
そこにはデータを無くした、ただの箱があるだけ。
グズリと、何かが確かに二人の中で崩壊した。
***********
「アリアは、母親だった。」
ポツリとキリトが言った。
時計は午前1時を指していた。窓の外は暗いが、遠くでは光が幾重
にも重なっているのが見える。
今日も、中心地はいつものように喧騒に包まれているのだろう。
キリトとカイの周りは酷く静かで、音が無い。
部屋には明かりも点いていなくてどこもかしこも闇。
「俺は、暗さが怖い。母親が、俺を置いて行ったのは真っ暗な空間
だった。夜、目を覚ますとどこもかしこも暗いんだ。何もないみた
いなのに、何かがいそうな気がする程の闇。呼んでも誰もいなくて、
俺はそれが怖い。幾ら呼んでも、母親からの応答は無かった。」
足音が、キリトの方に近づいてくる。這って歩くような、床が擦れ
る音がした。
柔らかな衝撃が背に感じられる。確かな重みが、キリトにかかる。
「ああ、そうだな。こうしていれば、暗闇も怖くないか。」
キリトの声が震えた。
「アリアは、キリトを助けたの。」
カイが、自然と空気に溶ける声で聞く。
「そう・・だな。アリアは、俺にとってかけがえない存在で、唯一
家族と呼べた存在だから。いつか、俺は稼いだ金でアリアを買い取
るつもりでいた。」
「国から?できるの。」
「できるさ。最低限のシステムへの移行と、記憶処理・データ処理
の後にな。そうして国として関わったことの全てを消去されて、
初めて可能な事だけど。」
「高い?」
「・・・そりゃね。廃棄手前ならまだしも、アリアはまだ60年
前後だし、新たな管理者も必要になる。データ処理もただじゃない
し、次の管理者へのデータ転送にも費用がかかる。その間七区は
六区の管理者に担って貰うとすると、またそれに金が必要になる。
・・・生半可なことじゃ、できない。」
「60年も前のなの?古くない?」
「開発費に結構かかるんだ。あれほどの情報を管理下における端末
の製作にも、金がかかる。特に七区は管理区外と言われるくらいだ
から、管理者は余計に変わらない。一区になると、5年から10年
単位で管理者は変わるらしいけどな。だからアリアはソフトやハー
ドを増やされたり、システムの組替えをされたりして、100年前
後は管理者を務めることになってる筈だ。」
「そういうもの。」
「そうらしいね。」
キリトは失笑するように、言った。
「キリトには言わなかったっけ。」
少ししてから、カイが口を開いた。相変わらずキリトに寄りかかっ
たままで、二人は背を合わせている形になる。
「何を。」
低い声でキリトが答えた。
「僕さぁ、人間なんだ。元はね。」
キリトの体が、強張る。一瞬、空気が流れたのをカイは感じた。
「OSプロジェクトって本当はそんなに昔じゃなくて、あれは情報
操作による後付け。せいぜい100年くらいだよ。」
「そこから、続いてたのか?」
「多分ね。僕達は23年前に生まれた。研究所員の子供だ。」
「・・・・・人権がないのか。」
「記録にもない。国が一つ絡んでいたから、当然だろうね。リュア
がその国だった。」
「10数年前、逆賊国として淘汰された国だな。」
「そう。あれはあれで色んな風聞があったけど、当たらずとも遠か
らずだったってわけ。」
「のし上がろうとでもしてたのか。」
「・・・あそこは独裁政権だったから。」
「馬鹿だな。」
「でも、国が崩壊しても彼らは研究を止めなかった。」
「で、お前らができた。」
カイが頷いた。
「辛かったな。」
一言だけ、キリトが言った。
元が人間≠ニいう意味を、キリトは知っている。
生脳を、コンピューターの代用とするのだ。それは禁忌で、法的に
も勿論認められていない。
理論上は可能だが、リスクも大きい。人格は多大な情報の波に埋も
れ、戻らなくなる。脳は、システムそのものに変換されるのだ。
「オリジナルがどうなったか、カイは知ってるのか?」
「知らない。」
素っ気無くカイは答える。
「リュアが崩壊してから、どうなったか知らない。」
言いたくない部分でもあるのだろうか。カイは短く言葉を切る。
カイとアールがデータであった以上、二人のオリジナルにあたる人
物がいるのは明白だが、現在は生存しているのかいないのか、カイ
は本当に知らないようだった。
キリトは、アリアから渡されたフロッピーを思い出す。
(あの、中に記されていたことは・・・・事実・・・・だろう。)
アリアがキリトに渡したフロッピーには、アリアが調べたのだろう、
カイとアールに関する記述がされていた。
それは詳細とは言い難いものだったが、二人を知るには十分なデー
タであったことは確かだ。
カイの今の話を聞いて、その内容は裏付けされた形になる。
(カイには、黙っていたほうがいいだろうか。)
背合わせになっているカイから、体温すら感じる。機械である筈な
のに、錯覚ではないような感覚を持ってしまう。
こうしていると本当に、闇、というものの恐ろしさは払拭される。
でも、同時に。
依存してしまいそうになる恐ろしさを、キリトは感じていた。
(いつの時代も、人は愚かだ。)
キリトは思う。自分も含め、どうしようもない探究心とか好奇心が
湧くと、止められない。得てして研究者や芸術家に多いタイプだ。
そこにはただ突き進む純粋な想いがある。けれどそれは他者を巻き
込むと、途端に最悪の結果を招くのだ。
そして、他者を巻き込まない事などない。
「アールと生きたくて、体を望んだのに・・・・・」
独り言のように、カイが言った。
闇はどこまでも浸透し、部屋を満たしていた。部屋いっぱいに、
上下も縦横も関係なく広がる暗さは、なみなみと一室を埋める。
「泣ければ良かった」
カイの言葉も、闇に吸収されてゆく。
機械であるが故に泣けない。
人間であるのに泣けない。
どちらがより辛いのかなど、所詮誰にも分からない。
感情という波がある為に、どこまでも平行線を辿るものもある。