■ ライフ・ゲート ■→ NO.6

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『アリア。貴方の行動は行き過ぎです。』
抑揚のない声が、室内に響く。
「すみません。エヴァ。」
画面の前に直立不動で、アリアは謝罪する。
塔の3階、中央制御ルーム。画面には長く伸びたブラウンの髪に銀 目の、17歳くらいの少女・エヴァが映し出されていた。
特権階級区の管理者であり、全ての管理者とリンクしているホスト コンピュータ、その動く端末である。
各管理者の行動・言動は全てエヴァに通じると言っていい。
『以前報告を貰っていたボックスコンピュータ。あれの処理に関し て私は貴方に一任しました。』
「はい。」
『運び出された事にも気付かなかったのですか。』
「はい。監視は月に3回行っておりました。キリト・クロステート がここへ来る直前、私はその定期監視を終えたところでした。よっ て発覚が遅れました。」
『それは分かっています。他に異変はなかったのですか。』
「ありません。索敵範囲も広げましたが、データの改変及びシステ ム侵入の痕跡は見られませんでした。」
『分かりました。』
エヴァはアリアを直視したまま言葉を続ける。
『アリア。貴方はキリト・クロステートに関与し過ぎです。キリと いう少年に関してもです。キリト・クロステートが貴方の製造者・ 開発者の子孫であるという事は知っています。しかし、些か度が過 ぎるのを咎めないわけには行きません。』
「すみません、エヴァ。では、キリト・クロステート、及び護衛ア ンドロイドのフィラールへの出国は認可できないのでしょうか。」
『いえ。アルマでのキリト・クロステートの貢献は私も聞き及んで います。ただ、特権階級試験を反故にした事に関して、アルマで酷 く不評を借ったのも事実。今回の七区落ちはアルマでキリト・クロ ステートを斡旋していた方からの処置です。本来、七区民となる存 在ではありません。』
画面のエヴァは、やはり表情が無いままだった。対するアリアの顔 にも、何の感情も表れてはいない。
「それは、越権行為ではないですか。エヴァはそれを認可したので すか。」
『査定議会の決定です。私にはその判断は許可されていません。 試験資格を得たとは言え、アルマでは三区の住民でした。カリスト で七区にいたことは伏せられていたようですが、今回の試験放棄に より、その事が露見したのです。それも不利に働きました。』
「差別、ですか。」
『アリア、私たちは人に順ずるものです。個人ではなく、協議での 決定に異議は述べられません。』
「そんな事、考えた事もありません。エヴァ。」
アリアはにこりと笑って言った。金の髪がサラリと肩を滑る。
エヴァが頷きながら、続けた。
『その査定議会の結果を受け入れたのは我が国です。よってここで 上階層を目指すのは困難でしょう。それはキリト・クロステートも 重々承知のはずです。アリア、貴方の推薦は正当です。フィラール が最も早い特権階級への道となるでしょう。キリト・クロステート はそれだけの技量を持っています。先程審査に掛けましたが、素行 問題もありません。アルマからの報告にも問題はありませんでした。 よって私・エヴァはキリト・クロステートの出国を認めた旨を纏め た審査報告書を、フィラールに転送しました。』
「分かりました。キリト・クロステートへはそのように通達してお きます。フィラールからの報告があり次第、再度通知致します。」
アリアがエヴァに頭を下げる。
エヴァがその姿を認めてから、画面は暗色に戻った。
アリアは顔を上げる。
通常、ファイル転送のみの処理で出入国は決定する。いちいち チェックしていたのでは埒があかない。流通が滞り、経済が不安定 になる。
ただ、今回は別だった。問題は、アリアにある。エヴァの通信目的 はアリアに対する直接忠告だった。アリアはそれを重々に承知して いた。そのせいでキリトが出国できないと言う事に陥れば、大変な ことになる。
(・・・データ改変はあった。警察署の証拠データに一部改変と、 キリトの個人データに改変があったわ。つまり、アレは既にネット ワークを確立した上で生きている。)
アリアは顔を伏せる。
(それでも・・・それでも、キリト・・・。私は貴方を助けたい。)
それが感情なのか、それとも製造者の意図であるのか。アリアには 分からなかった。
アリアを作ったのは、キリトの祖父に当たる人物だ。それまで使用 されていた端末に不備が起こるようになったのと、機能追加の為 だった。
ラス・クロステート。その名を、忘れたことはない。その姿を。
アリアを人間のように扱い、慈しんだ男の名だ。天才と呼ばれた 工学士。彼は上階層を好まず、アリアのいる七区に居続けた。
再三の国からの上階層特待通知も蹴り、結婚した後も七区から離れ る事はなかった。
(・・・生きてね、キリト。それだけでいいから。)
『約束』は、キリトを死なせない為の、生へ固執させる為の一種の 鎖でもあった。
(その血を、絶やさないで。彼の生きた証を・・・・・。)
塔を支配している微かな機械音は、アリアの不安を煽った。




「解読不可能・侵入不可なら、システムそのものにやって貰うしか ないか。」
キリトはジャンク屋から借りた、古いワゴンを運転していた。
車窓を流れる景色は、色とりどりのネオンを溶け合わせている。七 区でも中心地は、24時間眠らない街だ。車通りは下手をすると、 昼間より多い。
高層ビルの群れは、否が応にもキリトに圧迫を与える。気が滅入り そうになる。早くこの場を離れたかったが、六区との境にある自分 の住居に向かうには中心地を通るのが早い。
溜息を吐きたくなるのを我慢する。一度吐いてしまったら、とめど なく憂鬱になりそうだった。
少年達の事ばかりに頭を使いすぎ、没頭していた自分を恥じた。
自分が警察機関に捕縛された時点で、アリアにバレないわけがない。 七区の人間として登録されているのだから、遅かれ早かれアリアに 通達が行くのは間違いないのだ。
でも、アリアは知らない振りをした。恐らくエヴァへの報告もしな いつもりだろう。
(俺があの人の・・・血筋だから。)
自分が誰の代わりなのか、キリトは知っていた。アリアはその面影 を見ている。
機械以上の何かを、キリトはアリアに感じる事があった。それは、 管理システムを担う上では不都合な感情のように思えた。
「最低・・・だな、俺は。」
アリアの気持ちを利用している。その事は否めない。
分かっていながらも、あの少年達に惹かれる自分を止める術を、 キリトは知らない。
ワゴンの後部シートには買い付けたものが所狭しと居座っている。
あの店はどこからこういったものを仕入れているのか。蛇の道は蛇 だと、あの赤毛の女は言った。


「アリアからの紹介じゃなけりゃ絶対受けないけどね。現金一括。 ビタ一文譲らないよ。即払い。払える?」
キリトはその場で現金を払った。どうせそうなるであろう事は目に 見えてもいたから、そこそこどころではない金額を持っていた。
「ソレは一応合法的に造り替えされているけど、危険なことに変わ りはない。人格は空だ。基本ソフトのみ入っている。そのタイプが 一番ハードとしてもメモリとしても容量が大きい。かつ汎用性も、 他との互換性も高い。増設も最も多くできる筈だよ。」
壁に寄りながら、赤毛の女はキリトを横目で見た。
「・・・・・あんた・・・何をソレに入れる気なんだい・・・・?」
客に関わる事を、この手の職種の人間は潔しとしない。しかし、そ う言った赤毛の女の目は、真剣そのものだった。ある種の嫌悪すら 見えそうな程。キリトは視線をソレに釘付けたまま言った。
「大切なものさ。」
「とばっちりは御免だからね。」
「アリアの名に掛けて。」
「・・・仕方ないね。信用しよう。」
諦めたように、増設に必要な機具を売ってくれた。どれも最新のも のではあるのだが、非合法スレスレに近い。
空港のスキャンで引っかからないようにする為のガード、疑似ソフ トウェアも揃えてくれた。
「いいかい?分かっているとは思うが基本ソフトウェアは禁忌のも のだ。既に記録の彼方、第三次世界大戦の産物・ジャノサイド シェーマの改新版。バレたら首が飛ぶのは間違いないよ。」
鋭い目の警告は、キリトには届かなかった。



後部シートに居座る二体の人形を、ミラー越しに見る。
ジェノサイドシェーマ。
そう呼ばれ恐れられたのは、もう5.6世紀は前ではないだろうか。
記録には殆ど残っていない、第三次世界大戦の人型兵器。「殺人」 を初めとする、禁忌プログラムが欠如しているソフトウェアを基本 としているらしい。
大戦終了後には非合法ものとして処分対象になるも、裏での暗躍に 使用されてきた人形。現在に至るまで連綿と改良が続けられ、政府 要人の護衛には、稀にこのタイプが紛れているらしいと噂がある。
見た目は普通のアンドロイドと変わらなく見える。閉じられた瞳も 整った鼻梁も、造型の極みだ。人工皮膚で覆われた肢体は、人間の それと変わらない。
少年型少女型に関わらずアンドロイドの容姿は、得てして良く作ら れる。用途によって若干の形は違うが。
キリトの購入した人型は、眼球も頭髪もまだ埋め込まれていない。
なるべく本体に近づけてやろうと、キリトは考えていた。本当はそ んな暇はないのだが、そうしたかった。
そういう所が、キリトは芸術肌の人間だった。


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『くれるの?』
家に戻ったキリトを迎えたのは、驚きを隠せないでいるカイの姿だっ た。二体の人型を見て興奮を隠せないでいる。
『ありがとう。』
真っ直ぐにキリトに満面の笑みを向けてくる。そんな表情をされた のは初めてで、些か面食らった。
『アール。アールにも見せてあげなくちゃ。』
画面が変わる。
アールは一目その人型を見て
『ありがとうございます。』
と言った。少し寂しそうにも見えるのは、キリトの気のせいだろう か。
穏やかな瞳を見せるアールの顔は、暫らく人型に注がれる。それか らキリトを見て再び微笑む。嬉しそうに。
カイに較べるとアールはおとなしくて、大人っぽい。時折見せる 気迫だけが、この少年の内部の激しさを物語る。
『ああ、カイが呼んでる。行かなくちゃ。』
後ろを振り返る動作。それからすぐにまたキリトの方を向く。
『お願いします。自由に・・・して下さいね・・・・・』
「あ、おい!」
今にも泣きそうな表情でそう言ったアールを、キリトは引き止めた かったが、画面は無常にも暗色に戻ってしまった。




それからのキリトは家に篭もりっぱなしだった。一歩も外へ出よう とはしない。
人型の改良にかかりきりで、アールとカイが話し掛けても碌な返答 が得られない。ともすれば、睡眠も食事も忘れており、少年達は ネットで出前を取り、無理矢理キリトに与えた。
3.4日おきにキリトは倒れるようになった。不眠不休の状態では 当然だろう。
「やば・・・いつの間にか寝てた。」
そうやって3時間もすると起き上がる。
『あれさぁ・・・寝てたっつーか、気絶だよね。』
カイはいつもそう言った。ただ、その表情は言葉とは裏腹ながらも 心配しているようだった。アールはそれに苦笑いを返す。
『体・・・大丈夫なわけないよね・・・。』



『キリト。少し休んだほうがいいです。無理してたら余計に遅くな るだけです。』
アールが進言する。
「時間がないんだ。」
キリトは一蹴した。毎度、この会話を繰り返す。何故時間がないの か。それをカイもアールも知っていた。
ここに長くいればいるだけ、ボロが出る。アリアはエヴァに虚偽の 申告をしただろう。
2日前、アリアが少年達・ボックスコンピューターを持ってくるよ うにキリトに指定した場所で、大規模な爆発があった。
郊外の砂漠地帯での爆発。
エヴァを欺く為の、アリアの偽装だ。
今まで廃棄できなかったのは、触れようとすると攻撃される為だっ たのと、計算上で火薬での攻撃は大規模な爆発が起こると推測され たからである。それは周辺の民家は勿論、半径1kmに及ぶとされ た。
『だってさぁ、声が聞こえたわけじゃないんだ。なのに僕達を運送 するなんて、絶対殺されると思ったね。だから攻撃したんだ。』
と、カイはしれっとした顔で言った。
ネットワークからは手を引かせた。エヴァが気付く可能性もある。
エヴァだけは、アリアなどの他区の端末とは構成が違う。性能が 段違いに良いのだ。油断は出来ない。
おまけに出国申請は通り、昨日フィラールへの入国申請も通ったと 連絡があった。
許可が出てから余りにも長く出国しなかったら、怪しいこと極まり ない。出国目的が「立身出世」などという曖昧なものであるし、 荷造りの期間を考えても一週間以内には出国する予定でいた。
「時間がないんだ。」
そう言いながらも、好きなのだろう。作業をしている時のキリトの 集中は並ではなく、どこか楽しげにすら見えた。
それをアールがカイに話すと、
『寝不足と疲労で脳内麻薬でも分泌されてるんじゃない?無理し過 ぎだよ。そろそろキてんじゃないの。』
と頭を人差し指で指しながら言った。アールは笑った。カイが他人 を心配する姿が、何だか嬉しかったのだ。


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「完成だ。」
そう言ってキリトは、少年達を振り返った途端に倒れた。
『『キリト!!』』
「・・・るせーな・・・二重音声は止めてくれ・・・・・」
それだけ言って、寝息を立て始める。
着手してから、10日目の午後だった。


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「システムを担ってるのは、カイの方だったな?」
キリトが確認してくる。カイは頷く。
「じゃ、アールからのがいいか。いいな?さっき言ったようにお前 らにはブラックボックスな部分が多すぎる。俺では完璧な移植が 出来ない。自分たちでやるしかないんだ。」
キリトは二人が入る体となる、二体の人型を見た。
「メモリは充分に積んであると思うが、自分でいらないと思った データの移植はするな。少しでも軽くするんだ。」
『待って。僕を後にして。』
アールが言った。スピーカーから声だけが聞こえてくる。画面には カイが出てきている。
『確かにシステムはカイが担っています。けれどカイに何かあった 時、最終的な防衛機能は僕にしかコントロールできない。この場合、 命令優先は逆転するんです。』
「防衛機能が、転送時に働く恐れがあるという事か。もしくは転送 時にアクシデントが起こった場合、システムそのものも転送に関わっ ているから、双方打つ手がないわけだ。」
『ええ。ですからシステムを先に移したほうがいいと思うのです。 防衛機能の暴走の可能性もないわけではありませんし、その時僕が どうなったとしても、カイがいれば対処の仕様がある筈です。』
「その辺の優先に関しては、お前らの方が良く分かっているだろ。 任せるよ。」
『じゃ、カイ、先に。』
「コード繋ぐぞ。」
『うん。』
転送が、始まった。


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