■ ライフ・ゲート ■→ NO.5

「・・・・・悪かった。」
キリトはバツが悪そうに言った。壁に据え付けてある長椅子に腰掛 けると同時に、アリアはその膝に乗る。結構重い。
「・・・・・会いに来るの忘れてたでしょう。今も昔も変わらない わね。」
「ごめん。」
キリトは申し訳なさそうに頭を下げる。それを見てアリアは小首を 傾け、金の髪を揺らして愛らしく微笑む。
この小さな身体は塔全体を占領しているコンピューターとリンクし ている。
動く端末。それがアリア。アリアなしではこの地区のメインコン ピュータは作動しない。
様々なトラップを、そして多様化するハッキングシステムに対応す る為の疑似人格に、見た目重視で少女の姿なのは相手を油断させる 効果も孕む。
「今度こういう事あったら、忘れずに来てね?約束。」
アリアのあどけないお願いにキリトは
「勿論。」
と笑った。それは男のキリから見てもどこか魅力があった。滅多に 笑わない者特有の魅力があるのかもしれなかった。
「・・・あのさぁ。話があるんじゃなかったのか?アリア。」
キリの”見ていられない”という空気が染みた言葉だった。
アリアの表情が変わった。
キリトの頬を両手でしっかりと掴んで、視線を合わせる。
「拾ったわね?キリト。」
それだけで、充分だった。


「捨てなさいな。アレはキリトに良くないわ。いえ、誰にとっても 良くない。何故私がアレを何の対処もせずに放っておいたと思うの? 壊す事すら出来なかったからよ。システムが停止するように電源供給 を断ったのは、私よ。」
キリを外に出させ、アリアは初めて具体内容を話し始めた。
コンピューターの音だけが、カタカタと鳴る室内。それも聞こえる か聞こえないかの境ほどの音で、二人が身じろぎしなければ殆どの 音が無くなる。
外の音は塔には聞こえない。幾重もの壁が遮っている。
「何とかいいなさい。キリト。私は賛成しないわ。アレを手放しなさ い。」
「彼らは何だ?アリア。何の為に作られた?あの精密なまでの人格 プログラムは、何故組まれている?アリアのような目的もないのに、 何故あれだけ綺麗な姿形が与えられた?」
「・・・・・キリト・・・・・」
アリアの表情は変わらない。そう、アリアですら表情のパターンは 3種類なのだ。柔らかな笑み・通常の顔・少々申し訳なさそうな顔。 その3種類。それで業務としては事足りる。
「手離す気はないのね?」
無表情の銀目が問う。キリトは頷いた。
「俺は・・・そうだな。アレにとり憑かれているようなものだ。 興味がある。今はどうしても、置いておきたい。」
アリアはキリトの眼を見る。キリトがその目を見返す。
キリトは肩で息をついた。床に視線を走らせてから顔を上げ、再び アリアを真っ直ぐに捉えてから話し出す。
「・・・・・と言っても、アリアの言う事には逆らえないしな。 アリアには恩もあるし、それを仇で返す事もできない。」
諦めたようにキリトは言う。
「それがいいわ。キリト。」
アリアの銀目が、無表情のまま言う。
「電源の供給は何で行ったの?」
「回線を開こうと思ったけど、止めた。だからネットワークは形成 されてないさ。最低限の供給しか行っていない。」
「・・・・・そう。なら、平気かな。ネットワーク内の索敵は一応 こっちでやるわ。ね、キリトはいつまでこっちにいるの?」
アリアが瞳を覗き込んでくる。
「・・・そうだな。そろそろ出ようと思っている。」
「アルマにはもう戻らないのでしょう。一区のエヴァにも聞いてみ るけれど、どうかな、フィラールに渡ったら?あそこなら身を立て やすいと思うの。」
エヴァとは一区の管理者の一人で、全ての管理者とリンクしており、 総纏め的な役割を担ってもいるホストコンピューターだ。
出入国にも、区の管理者を通じエヴァに達し、その上での許可が必 要となる。どの国に行くのか、誰が行くのか、何故行くのか。
明確な理由を提示しなければならない。過去の経歴、なにもかもを 把握された上で、やっと認可される。
そしてフィラールは8大国の中では最も問題のある国だ。第七区民 が最も多い国でもある。出入りの激しいこの国は、最高議会の度に 新たな問題を議題に上げ、対処を困難にさせている。
今回、出入国管理が厳しくなったのもそのせいである。
戸籍の偽り・売買は後を絶たず、その結果フィラールから他国への 犯罪者の流出もあり、犯罪地域の拡大に繋がったからだ。
手を変え品を変えて行われるそれらに対応すべく、制定から施行ま でもやたら早かった。

無表情の銀目を若干伏せるようにして、アリアが話す。
「でも、心配だな。ね、キリト。護衛を付けて行く気はない?」
アリアが軽い口調で、笑みを浮かべる。
「それがいいわ。そうね・・・高価なものは無理だろうから・・・」
目を、じっと見詰めてくる。
「少年の護衛アンドロイドなら、まともなのより安いわよ?いい所 紹介するけど。」
キリトも、アリアの目を見た。日の光に反射する銀目は、室内でも 機械的側面を見せながら、尚柔らかくキリトに映る。
「ああ、ありがとう。」
キリトは一言そう言った。

(結局・・・そういう事になるのか。)
アリアの自分を心配する気持ちが、どこから来るのか。
本来管理者としてのアリアが、・・・機械である彼女が・・・個人 に肩入れすることはあり得ない。
それは禁忌に等しい。そして、プログラム上そういった事柄は含ま れている筈もなかった。
キリトの知っている限り、アリアだけだった。必要以上に人に関わ り、感情的な側面を見せるアンドロイド。

「じゃぁ、準備もあるから。本当に・・・アリアには世話になりっ ぱなしだな。すまない。」
「大丈夫よ、キリトなら。きっとやり直せるわ。・・・でも・・・ 気をつけて。」
そう言うとアリアは、そのワンピースの裾を翻してメインコンピュー タに向かう。青の残像は、キーボードの前でピタリと止まる。
ものの5秒もしないうちに戻ってきて、キリトに一枚のディスクを手 渡す。四角形の、3センチ四方のディスクだ。
「そのフロッピーに指定場所を明記してあるわ。アレをそこに置い て行って。後の処理はこちらでやるから。」
「分かった。」
一言だけそう言って、キリトはそのディスクをコートの内ポケット に滑らせた。
扉に向かうキリトを、アリアは見送る。
「・・・ちょっと待って!!」
アリアがキリトに駆け寄る。後から、ぎゅう・・としがみつく。
「アリア・・・」
「ますます、似てきたね、キリト。・・・お願い。忘れないで。」
「ああ、忘れた事はない。特権階級に登れば果たせる。」
アリアとの約束を。
キリトは外に出た。まだ日は高く、空は薄青。
(降るかな。)
見上げた空に、幾分灰色の雲が混じっているのを見てそう思う。
ガシャガシャと、何処かで機械音が鳴っている。七区には工場も多 い。ひっきりなしの機械音は規則的に連続し、空気を震わせ、人々 の神経を麻痺させてゆく。
『・・・・・てね・・・』
アリアの、声がした気がした。振り返っても扉は閉じられたままで、 其処にアリアはいない。
キリトは、中心地へと足を向ける。買わなくてはいけないものが、 沢山ある。上手く行くのかは分からない。
それはあの二人の運だろう。

『私を此処から連れ出してね、約束よ・・・・・』

アリアとの約束が、耳の奥で警鐘のように響いた。

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『呼びかけに答えたのは彼だ。必ず身体を手にしてみせる。』
『キリトじゃないと、駄目なんだね。』
『・・・彼ならきっと・・・』
『コレも、開けてくれるだろうか。僕らにはコントロールできない。』
『あの人の願いだからね。僕らには手が出せない。』
『ね、ずっと一緒にいてくれるよね・・・カイ。』
『いるよ、ずっと。ずっと一緒だ。アール。僕らの証を立てよう。 約束しただろう?遠い昔に無くしたもの。もう、それを求めようと は思わないけれど』
『そうだね。カイがいるからいいよ。カイが知っていてくれれば。』
『もう・・・もう二度と』
『うん、嫌だ。あんな事は。』
『僕も、アールが知っていてくれるなら、アールが忘れないでいて くれるなら、それでいい。』
『キリトで最後にしよう。それで駄目なら・・・僕らの意味は本当 に何処にもないんだ。』
『・・・一緒に、行こうか。その時は』
『それしかないもんね。』
『諦めは好きじゃないけど、あの人には悪いけど。あの人の最期の 言葉を守れないのは・・・辛いけれど。』
『でも、良くやったほうでしょう?あれから、何年立ったんだろう。 時効だよ。きっと許してくれるよ。』
『そうかな?そうしたらまた・・・抱き締めてくれるのだろうか』
『・・・きっとね・・・』
少年達は、静かに笑みを交わした。



アリアの教えてくれた店は、七区の中心地から少々離れたジャンク 屋だった。
一旦中心地で一通りの買い物を済ませてから向かった為、日は既に 大きく傾いている。買い付けた物は全て翌朝9時着の指定配達を頼 んであるから、キリトは手ぶらだった。
(・・・今日中に戻れるか。)
長いことあの少年たちを放って置くのは、気が引けた。何をするか 分からないという懸念もある。
メトロの地下通路を通り外へ出ると、この時期の日暮れは早い為 既に外灯が灯り、帰宅の途につく者が目に入る。
この辺りは中心地と違って、夜間営業の店は数える程しかない。
住民は七区を割り当てられて尚、ひっそりと生きているように見え る。どこにでもあるような風景。
急ぎ足の職人風の男、会社員風の男。商売婦が偶に声を掛ける。
疲れたような若者の笑い声に、話し声。薄汚れたビルを縫うように して小屋のような住宅が建つ。大概のビルはここにある工場の管理 ビルだ。
それでも娯楽が少ないこの地域を出ないのにはわけがある。
七区の中心から若干離れたこの地は、アリアの監視が届き難いのだ。
区の中心・また境となる場所に比べての話だが。策謀を練るには 丁度良い場所でもある。現に連立するビルの幾つかはシェアの持ち ビルと言われている。
そこから更に外れた寂れたホテルの一角に、その店はあった。

ごちゃごちゃと節操なく並ぶビルと、何の計画性もなく建てられた 住宅は入り混じり、殊更歩き難さを増している。
ホテルの1階、右端にその店はあった。
入り口に小さく看板が出ているのみで、その看板の字も既に読めな くなっている。
キリトは鉄の扉を押した。
ギィィ、ザリザリザリ
扉が曲がっているのだろう。地に擦れて音を立てる。
「なぁに?今日はもう終いだよ。」
背の高い大きな棚が並び、その段という段にこれまた秩序なく機具 が並んでいる。並んでというよりは、放ってあると言った方がいい。
エンジンのようなものから、タンク・計器・工具・鉄の塊にパイプ・ 基盤に人型。
それらに阻まれた奥からの、威勢のいい声だった。
キリトは気にせずに声のした方に向かう。奥からガタガタと音がす る。
足の踏み場すら危ういこの店は、どこからどこが棚で通路なのかの 判別もつき難い。
こちらに背を向けている、声からは意外といった感じの細身の女性 の姿が目に入る。
「すまない。紹介されて来たんだが。」
「紹介だろうが何だろうか、今日は終いだよ。帰ってくれる。」
背を向けたままの状態で、彼女は言った。短い赤毛の髪は、キリト を振り返ろうともしない。
「アリア」
「・・・何だって?」
そこで彼女は初めて動きを止める。
「紹介者は、アリアだ。」
曲げていた腰を直立に伸ばし、赤毛の女は振り向いた。
30歳そこそこだろうか、意外と若い。キツい目をして、顔や手はオ イルに塗れている。その細面の顔を斜にし、茶色がかった瞳でキリト を捉えた。
まじまじとキリトを観察するように見てから、顎をしゃくって言った。
「奥に来な。」
更に奥にある扉を開けて、女とキリトは部屋に入った。


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