不必要なもの。
事柄。
そういったものが、本当はないのだとキリトは思う。
だからこのAIの姿形が明確である事も、また、的確すぎる感情
表現を持っている事も、きっと何らかの理由があるものだとキリト
は考える。
そこにあるのは、思惑であったり感情であったりと個人の要素を含
むのかもしれないし、戦略的な意味があるのかもしれない。
その辺はこの・・・双子(?)が知っているような気がする。
AIは本来一人格で多重を見せない。必要がないからだ。
片方が防衛機能を、片方がシステムを担っているようなのだが、そ
れこそバラだと都合が悪い。
それどころか、どちらも個人感情を有している。技術者的な意見と
しては、そんなもの邪魔以外の何物でもない。
ある一定の状況判断を必要とする場合は、ある程度の知識・そして
応用が不可欠となる。しかし、システム改変・ハッキングと言った
明確な目的のみを対照とするならば、それは変格的なプログラミン
グを施せば事足りる場合が多い。
ましてや彼らが作られた時代を考証するに、それほど革命的で人間
の発想を最大限に生かさなければならない程の防御プログラムは、
存在していないはずだ。
だから、彼らにわざわざ人格を持たせる必要はどこにも無い。
「となると・・・もっと別の事柄に関与するのか、それとも・・・」
気になる事は、ブラックボックス。
キリトがあの球体に触れようとしても、蔦のように這うコードが邪
魔をする。
聞けばそれは自動防御で、二人のどちらの意志にも関係なく、球体
に接するモノを攻撃するように組まれているらしい。それこそが
二人にとっては自分でありながら、不可侵とされた部分のプログラ
ムだ。
カイとアールどちらかの命令によっても防御は働くが、(ただし
優先命令はカイにある。)自動防御は行使されるもので二人には
関係がない。
よって、自動防御を止める事は出来ない。
「死ななかったのって奇跡だよ。もう触んないで。自殺する時だけ
にしてくれる。」
とは、カイの言葉だ。不機嫌そうにそう言う少年は、キリトの事を
心配しているようにも見えた。
「お前は身体を得て、外に出て、どうしたいんだ?」
「・・・っ・・・いいじゃん、そんな事!秘密!!」
と言うが否や、電源がブッツリ切られた。
アールは相変わらず、キリトに懇願を続けていた。カイと入れ替わ
りに出てきては、「身体」を要求する。ただし・・・・・
「お願いです。アルマでの事は、悪かったと思ってます。もう一息
で特権階級へ上がれるところだったというのも、先程知りました。
出鱈目に飛ばした情報だったので・・・・・。貴方にあたったのは
偶然なんです。お願いです。身体を。今の技術だったら、この球体
に納められている情報を小型化する事は可能な筈です。だから・・
カイを。カイを出してやってください。僕が貴方の為に出来る事、
再び特権階級への道を開く事も、データーを改変する事でお力にな
れると思います。すぐにとは行き兼ねますが、通常よりはずっと
早く元の鞘に戻れると思います。・・僕からの・・罪滅ぼしには
・・ならないかも知れませんが・・・・・」
というような事柄を、延々と言葉を変えて連日言う。自分の身体で
はなく、カイの身体を要求する。
そうして、カリストへ来てから2週間が過ぎていた。
既に此処に来てから、金目のものを持っているような格好はしてい
ない。
キリトはくすんだ青系の、やはり長いコートを羽織り、その背まで
伸びた黒髪を一つに束ねている。
(ああ、クソ!そうだよ、アールの言う通り今の技術なら恐らく
可能だろうさ。あの中身をナノマシン化する事くらいな。・・・・
ただし、あの球体の情報が引き出せればの話だ。触れさせても貰え
ない、外部拒否のプログラムは組まれているは、引き出せない情報
は多大だわで、どうしろってんだ!?キーボード直接入力も、パス
請求も拒否。頭部端子を使ったら脳は焼かれそうになるし!!無理
だっつの!!なんで、最新のバリケードを破るかな!?)
キリトは七区の広場で、頭を抱えていた。
目の前にはフェンスがあり、そのフェンスで囲まれた空間の中では
子供たちがバスケをしている。時折の歓声。それくらいの喧燥があっ
たほうが、今は気が紛れた。
(あの二人は、ああやっているのがお似合いな気もする年代だよな。
・・・・・少なくとも見た目は。)
フェンスの向こうを見やりながら、ベンチに一人腰掛けて悶絶して
いると、通行人が奇異の眼を向けて行った。
実際のところ、彼らが制作されて数百年は経っていないだろう・・・
とキリトは思っていた。
ただ、仮定として数百年前からの計画だったとして、そこから連綿と
続いてきた何か・・組織のようなもの・・があるのではないだろうか。
その結果の産物が、彼ら・カイとアールのような気がする。
そうでなければ、やはり現代のトラップを破るほどの機能は、望めない
と思うからだ。
「アンタ、キリト・クロステートだろう?」
身構えて、声のしたほうに素早く視線を走らせる。
キリトの右側、2mと離れていないところに少年が立っていた。
(気づかなかった・・・こんな至近距離で。)
思考に没頭すると、周りが見えなくなるのは以前からの悪い癖だ。
そこに立っていたのは、短い黒髪の少年である。少年は、青年にな
りかかろうという年頃で、18・19。身長は170くらい。一重
の眼と口端を上げて笑いながら喋る様は、些か憎たらしいような
印象をキリトに与えた。
「そうだろう?キリト・クロステート」
キリトは立ち上がって少年に向き直る。コートの裾が、バタリと風
を切る。
「それが?何か用か。」
ぞんざいな応答と180を超えるキリトの身長は、少年に威圧を
与えるものだったが、当の少年は平然とした様子だ。
「俺、アンタのアルマでの活躍を知ってるよ。ひた隠しにしてた
みたいだけど、七区の出身だって事も。会いたいって言ってる人が
いるんだよ。俺と一緒に来てくれる?」
良く思い出せば、キリトがカリストに来た日、ストリートの子供た
ちを纏めていた少年だった。視線を少年に向けたまま、睨むように
して一言言う。
「金は持ってないよ。出せと言われて出せるとこに保管してもない。」
少年は心外だという顔をした。
「俺は確かにここいらのガキを纏めてる。けど、どのシェアとも通
じてはいないよ。それは俺の良しとする事じゃない。まぁ、そのせ
いで色々と弊害はあるけど、法外な事さえしなければ奴等だって
ガキの事なんて構わない。最近国府の規制も強化されたろ?ガキに
構ってなんていられる状態でもねぇしさ。だから、キリトの金に興味
があったのは、正体を知る前だけ。今は毛頭ないよ。キリトから盗っ
たら、怒られる。」
シェアとは、七区を拠点としている密売組織・犯罪組織全般を指す。
表向きは会社経営を行っている事が多い。軽犯罪の立証も末端の人員
逮捕にしか及ばず、なかなかルートを掴めない為、逮捕に至れないで
いる。
七区内でのみ行動している小さな組織もあり、足を付き難くする為
ストリートの子供を使い走りにしている場合が多い。
それがここで生き延びる手段の一つにもなっている事も否めず、七区
ではシェアに属している者も多い。
「信用しろって言うのか?」
キリトは少年を睨みながら言った。
「出来なければ仕方ないね。でも、アンタにだって恩のある人物だ
と思うぜ。」
七区で恩のある人物なんて、一人しかいない。すぐにキリトは思い
当たる。
「・・・・・アリアがどうかしたのか。」
にっこりと、少年はいたずらっ子のように笑う。
「ああ、すぐにその名が出た事をアリアに伝えたら、本当に喜ぶ
だろうね。」
キリトは七区の出身だ。元はこのカリストに住んでいた。
七区から脱する為にアルマへ渡り、そのアルマでは何とか六区の
居住権を得て上を目指した。
最下層から上へ上がるのは、容易ではない。一つでも上の階層を
起点としたほうが、いい。七区というスラム街出身というだけで、
相手の見方が変わる。六区と七区。その一階層がキリトの可能性を
肯定した。
カリストからアルマへ渡る手助けをしてくれたのが、アリアだった。
「アリアが俺に。」
「ご無沙汰だったろ?会いに来てはくれないと、ごねてたぜ。カリ
ストに来てどうしてすぐに会いに来なかったんだよ。挨拶くらいす
るのが、筋ってもんだろ?」
「アリアは・・・そうだな。当然俺がこっちに来た事はお見通しだ
よな。」
「当たり前だろ。入出国にはチェックが入ってるよ。それに・・・
アリアを誰だと思ってるんだ。」
「ああ、だからお前、無事にここのガキを纏めてられるのか。何処
にもつかずに。」
「それはあるね。俺はアリアのお気に入りらしいから。キリト程じゃ
ねぇけど。アリアは未だに良くキリトの話を俺にするよ。だから
初めて見た時手を出し兼ねたんだ。キリトの眼が普通とは言い難かっ
たせいもあるけど、アリアの言うキリトに似てもいたしね。アリア
にとって、キリトは《特別》みたいだし。手を出したなんてバレた
ら、首が危なかった。」
明るく笑いながら少年は話す。
見上げれば洗濯物が干してある路地をグネグネと曲がり、壊れた
石段を降り、七区の中心部に向かう。
スラムの中心なんて高が知れているが、その一角だけは違う。
白亜の建物。それは塔だ。物見の塔。管理者が住まう塔。
暗黙の了解。
何者をも区の管理者を侵す事は出来ない。区、そのものの崩壊を
招くからだ。
それは本当の意味での崩壊。街の壊滅を意味する。
第七区という管理区画外と言われる地区でも、管理者は存在する。
ただ、本来七区の敷地の多大さを考えるなら、不十分な処理しか
出来ていないのは否めない。
だからこそ七区は「管理区画外」と言われる。
ただ「一人」の管理者が、区の全てを賄っているのだから。
「あ、忘れてた。俺の名前はキリ。一字違いだろ?この黒髪と眼が
アリアは気に入ってるんだって。キリトに会ってその理由が分かっ
たよ。キリトも黒髪だ。そして眼も黒い。悔しいけど、アリアは
キリトに近い俺を気に入ったんだな。」
「髪を伸ばすように言われたろ?」
「言われたよ。キリトが長いからだろ。」
「・・・・・俺も身代わりなのさ。」
「あーー?そうなの?そっかー、それは意外だったな。キリト以外
の話は聞いた事ねぇからさ。」
「アリアに話すなよ。不機嫌になる。」
「わぁってるって。話さねぇよ。アリアはアリアが話したい時に
話したい事を話す。そういうトコが俺は気に入ってるんだしさ。」
歯を見せて無邪気に笑うキリは、年相応以下にも見える。
最後の角を曲がり、その白亜の塔は姿を見せた。
電子塔。
電脳塔とも言う。区の管理を一手に引き受け、電力の供給から水の
供給。回線管理・戸籍管理に至るまで、行政を多角に担ってもいる
巨大コンピューター。
それを取り仕切っているのが、アリアだ。
アリアは14.5の少女の姿をしている。
切り揃えられた前髪。肩口まで伸びた金糸の直毛も、やはりきっち
りと切り揃えられている。大体はロングスカートを好んでいて、
淡い水色・青系を用いている事が多い。
今日も例に漏れず空色の絞り染めのような模様のワンピースに、
濃い青の上衣を羽織っていた。
「アリア。」
キリが声を掛ける。
「キリトのバカ!!!!!!」
それがアリアの、第一声だった。