■ ライフ・ゲート ■→ NO.3

「キリト・クロステート。済まない。こちらの手違いだ。」
幾分、横柄な態度でそう言われる。しかし男の表情はその態度とは 裏腹に、堅く、重苦しいものだった。
ガシャリ。
両手足首に架せられていた手錠が外される。ようやっと自由になっ た手を、キリトは軽く振った。
「本当に申し訳ない。こんな事は無いんだが・・・。当然の事だが、 登録ナンバーも無効にした。貴方の記録はもう、こちらには全く 保存されていない。」
キリトは黙ったまま、目前の割腹のいい男の説明を聞いていた。
広い応接室。中央に大机が一つと、奥に書棚を構え、隅には観葉 植物の鉢が置かれている。鉢から溢れそうな程育っている植物は、 葉を大きく広げ、広い部屋の閑散たる空気を埋めていた。

物を言わないキリトに、男は焦ったように封書を取り出す。
「これは、心ばかしのものだが・・・・・。納めてくれ。」
キリトはちらりと視線を、男の手元に注いだ。
「そんな事をして頂かなくても、名誉毀損で訴えなどしませんし、 口外もしませんよ。」
キリトは肩を落としながら、半ばうんざりしたように言葉を発した。
原因は、分かっているのだ。
自分が、今この、「警察署内」にいるわけが。



昨日、仕事を探しに出ようとしたところを、玄関口でキリトは拘束 された。恐らく張り込んでいたのであろう、二人の刑事に。
何が何だか分からないまま連行され、カリストの七区中央警察にま で引っ張って来られ、第一級殺人罪の汚名を着せられた。
否定はしたものの聞き入れては貰えず、証拠品を見せられ、指紋照 合までされた。しかも、それが証拠品リストとして納められている、 コンピューターデータと一致してしまったのだ。
何かの間違いだ・・・・・と、キリトは呆然とした。
そのまま署内に拘留を余儀なくされて、丸一日が過ぎてしまった。
そして今朝一番で刑務所に送られる・・・・・というところで、局長 が駆けつけて来たのだった。
「待て!その男じゃない!!」
キリトは、その頃には既に大体の予測がついていたので、別段驚き もせず、ただ溜め息を一つ吐いた。

***************

ザ・・・ザザ・・・・
幾分のノイズ。
『少し、調べさせて貰ったよ。』
「調べただけじゃ、ないだろう」
蔑むようにキリトは視線を投げる。けれども相手は一向に動じない。 キリトの鋭い視線を受けて尚、自分の有利さを知っているが故の態 度。彼が自分という存在に興味を持っていて、手を出せないことを 知っている。
『僕にはあれくらい、スグにできるんだ。ね?少しは言う事聞く気 になる?』
「脅しか。」
『だって、そうでもしなくちゃ貴方は僕を此処から出してはくれな いでしょう?』
「こんな危険なもの、頼まれたって嫌なところだ。」
『二度も殺されかけて、まだそう言えるんだ?強がり?それとも 貴方はそういう人なのかな。自分の価値を知っている。そう、貴方 にはそれだけの能力がある。僕を、此処から出せるだけの。もう 少しで極刑だった事くらい、理解してるのでしょう?』
「お前、俺を馬鹿にしてるのか。」
『買ってるんだよ。そうじゃなかったら、僕は貴方をあのまま救わ なかったよ。』
「救う?貶めておいて、良くそんな事が言えるな。」
画面の中の少年は、楽しそうに笑った。
『別に貴方じゃなくても、僕は一向に構わないんだ。なのに生かし ているのは、僕だよ。』
そう、それは・・・そうなのだ。この少年は既に充分な電力を得て、 外部とのコンタクトを可能としている。叩き壊そうとする事は可能 だが、防衛機能がある。しかも器を壊しただけでは、ネットワーク を形成しているであろう少年を、本当の意味で消滅させる事はでき ない。
キリトにとって、電力を供給してしまった時から勝ち目はほぼない。 それ以上に、キリトはこの少年たちに固執している部分があった。 技術者としての探究心。それは時として、何者をも凌駕する。それ が世界の混乱を呼ぶものでも。

「もう一人は、どうした?」
『アールの事?何?僕じゃ不満?』
ちょっと面白くなさそうに、少年は眉を顰める。
(本当に、良くできている。これだけの自己プログラムが300年 も前に出来ていたとは・・・考えられない。)
少年の表情・感情表現・言葉回し。どれをとっても人間のそれで、 現在の技術と同等・もしくは上回っているとさえ感じさせられる。
(それに)
ジッと視線を向けたままのキリトに、少年・カイは身を引くような 素振りを見せる。
『何だよ・・・替われば・・・いんだろ!元々アールは余り表に出 たがらないんだから!!』
捨て台詞のようにカイが言うと、プツリ・と一瞬画面が切り替わる。 顔は全く同じなのに、印象が180度違うもう一人の少年・アール の姿が映る。
『あの・・・カイが・・・すみません・・・・・』
語尾が小さくなる。キリトは唯じっとアールを見詰めた。
『あ・・・あの・・・怒ってます・・よね・・・・・』
おずおずと、アールが言った。怯えているというよりは、キリトの 様子を伺っている。
「モデルはいる?」
キリトの唐突の問いに、アールは不可思議な顔をした。
「その、顔のモデル。」
デザイナーをしていたキリトは、商売柄それ相応に芸能人とも付き 合っていた。勿論それは、ブランドとしての付き合いに過ぎなかっ たが。
そうして目が肥えているキリトから見ても、少年の容姿は充分通用 すると言っていい。
唯のCP(コンピューター)に、容姿など無意味だ。頭さえ賢けれ ばいいのだから。
ずっとキリトは気になっていた。音声だけでも良い存在に、容量を 多大に使ってまで与えられている姿、そして感情。
感情や姿というものは、コンピューターには不必要だ。ある意味に おいてのインスピレーションを求めていたのであれば、また話は 別になってくるのだが。それにしてもこの表現の豊富さと、それを 視覚的に訴える姿というものが、些か行き過ぎている。
しかも、並の容姿ではない。
色素の薄い髪は、銀にも見える。銀の髪など、この世界にどれだけ いるだろう?

『・・・モデル・・・は・・・別に・・・・・』
俯きながら、アールはその瞳を伏せた。画面上でも睫が落す影まで 再現されている。キリトはまじまじとその様子を見る。
アールがどうしたらいいのか分からないように、頬を赤らめて更に 俯く。
(良くできてるなぁ・・・・・)

「俺、お前だったら出してやってもいいよ。」
口の端を歪めるようにして笑って言うキリトに、アールは目を見開 いて絶句した。

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