■ ライフ・ゲート ■→ NO.2

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて

たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて

「誰か・・・・・居るのか?」
シンとした工場内。キリトはその建物の入り口付近にいた。
重そうな扉はひしゃげていて、床は外との境界を覚束なくするほど、 塵や砂や、コンクリート・ガラス・金属などの破片が散らかってい る。
外と違うのは室内であるが故の暗さと、朽ちて錆付いた机や椅子が、 雑然とでも置かれている為だ。

キリトは溜め息を吐いた。何よりも、自分に苛立ちを感じた。
こんなところまで来て、折角の第一区居住資格への試験も放棄して、 仕事もなくし、今まで積み上げてきたものを無にしてしまった。
一度そうやって信用を無くすと、再び取り戻す為には前の数倍の力 が必要になるのが社会というものだ。それを知らない程、キリトは 子供ではない。


『助けて。』
頭ではなく、漸く耳に声が届いた気がした。気のせいかと思う程、 か細く、小さな声だった。
「其処に、居るのか?」
キリトの声は、些か冷徹な雰囲気を漂わせていた。抑揚が殆どない。
『・・・・・だれ・・・・・?・・・ガ・・ガガッ・・・・・』
助けて、以外の声を初めて聞く。ノイズが交じっているようなのは、 変わらない。
キリトは思い切って工場内に足を踏み入れる。

建物の内部は天井が高く、その高い位置に正方形の小窓が並列して いるのみで、明かり取りとしては乏しいものだった。
暗い室内は、否が応でもキリトを足早にした。
暗さ・・・それがキリトは苦手だ。どうしても。
それでもまだ、昼間の日の光が若干でも射し込む事に彼は安堵した。
全くの暗闇ならば、キリトはどんなに声が聞こえても、その室内に 足を踏み入れる事はなかっただろう。

声がした工場内の奥。薄暗く、翳った空間。
キリトはジャリジャリと金属や砂やガラスを踏み歩いた。積み重 なって今にも崩れそうな計器や箱を避け、机を避け、彼は其の前 に立つ。

其処にあったのは、箱だった。

「・・・・・お前が、俺を呼んだのか。」

ザワリ。キリトは背が、ざわつくのを感じた。

『誰?・・・・・助けてくれる・・・・・?』
ザザザ・・・。ザッ・・・ザザ・・・・・ガガ―――。
データボックス。
様々な大容量のデータを納められる、一辺が約30cm幅の立方体。
その上部に画面がついていて、その両脇にスピーカーが配されてい る。声は、そのスピーカーから発せられているようだ。画面には何 も映されていない。
データボックスの後方から、三本のコードが伸びておりそれは画面 に繋がり、スピーカーに繋がっている。残りの一本は、画面の上に 乗っているアンテナに接続されていた。
(このアンテナ・・・・・)
キリトにはそれを見た記憶があった。「周波安定装置」。近代の 多くの電波は、個々の電波を正確に受信する必要があった場合に、 障害を生む。
特定の周波のみを受信するのに、昔はこのアンテナを使ったと聞い ていた。
今はそんな事はない。電波は類似するものが無いほど多種多様とな り、その受信方法も変った。
(このアンテナから、何らかの情報が発信されていたのか?)
とてもじゃないが、広範囲に及ぶ送信は無理そうに見えた。それで も他に、説明の付きそうな装置も無い。ネットワークケーブルも形 成されている様子はない。
キリトの後頭部には、技師にはありがちの電極コード挿入口が存在 している。その手術の際に、頭部に拒否反応を無くす為の装置が埋 め込まれているのだが、それが何らかの機械的・アンテナ的な作用 を及ぼしたとしても、説明は付きにくい。
アルマとカリストの距離を考えても、生半可な出力では情報は届き そうにない。
それに・・・・何故自分だけがその「言葉」を受け取ったのか、の 説明にはならない。
結局キリトには情報が足りなかった。何にせよ、この声が原因で此 処まで来る羽目になったのだ。抗議の一つもしてやらなければ、気 が済まないのは確かだった。


「俺を、呼ばないでくれないか、煩くて堪らない。」
キリトは、箱に向って言った。途端。
ザザ――――――――――――――――
画面に電気が通り、砂嵐となった。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて

たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて

「煩い!!煩い煩い!!!!」
キリトは頭を抱えて、蹲った。頭がズキズキとする。カリストに 入ってからずっとこうなのだ、おかしくなっても不思議はない。
ブツン。
画面の砂嵐が消えて、其処に、一人の少年の顔が映る。頭の中の声 も止まる。
キリトは荒く息をしながら、その画面を見た。

15.6歳くらいだろうか。白髪と言っていいほど色素の薄い髪。
碧の瞳。
『僕を・・・助けて・・・・・このままでは、死んでしまう。』
真っ直ぐに瞳をキリトに向けて、少年は言った。
『僕を・・・カイを助けて・・・・・・・・』
ブツン・・・。
出力オーバー。残り僅かな予備電源を使用したのだろう。後は何も 聞こえなかった。
キリトは再び溜め息を一つ吐く。
そして、そのデータボックスから画面と、スピーカー、アンテナを 切断した。
そうして箱だけの状態にすると、それを抱えるようにして持つ。
「これ以上、煩いのは御免だからな。」
キリトは、それがあと数時間でも・・・いや、数十分でも放って置 けば唯の箱になる事を知っていた。

10kgにはなるであろう箱を、彼は黙々と運んだ。


第七区でも比較的治安がいい、第六区の境目にあるアパートが キリトの居住空間だった。
3階建てのアパートは、クリーム色の壁から配管を露出させていて、 それもところどころ茶色の染みを浮かせている。
彼はその3階、一番奥の部屋にいた。

「さて・・・と。」
長ったるいコートを脱ぎ、玄関口の衣紋掛けに乱暴に放る。
バサリ、と衣紋掛けに掛り損ねたコートが床に落ちる音がしたが、 キリトは気にも留めなかった。
彼の視線は、データボックスに向けられていた。彼はそのボックス がどういったものなのかを、噂で聞いた事がある。そして、技師と して興味を持っていたのだ。
「本当に、現存するものとは思ってなかったな。」
「もし本物なら・・・・・の話だが。」
キリトは箱の後部を、開けた。

「何だ?コレは・・・?」
それはキリトの見た事のあるどの機械とも違った。いや、それを 機械、と読んでいいものかも、不明だった。
幾本ものコードが、二つの丸い物体にグルグル巻き付いているよう に入り乱れていて、基盤となるようなものが見当たらない。
(・・・全てが、ブラックボックスって感じだ。この球体が基盤?)
キリトは取り敢えず、電源を確保する。そうしないと中のデータが 死んでしまう為だ。あの様子だと、予備電源ももう殆ど残っていな いのだろう。それから元々画面に接続されていたコードを取り出す。

アルマからの荷物は全て届いていたが、梱包は解かれていなくて、 部屋は雑然としていた。しかし、画面のようなある程度の大きさを 持つものは少ない。すぐにそれは見つかった。
厚さ1センチ程、幅は30センチ程のコンピューター画面。
「チッ、やはり合わないか。」
挿入の口が違うのだ。最新の画面に如何にも古いデータボックスで は当然だろう。
キリトはコードの挿入口をぶっ千切り、内線を顕わにする。画面の 方の差込み口を取り外し、それらを直接接続にする。
(映像・音声、どれも別接続か。画面は一本になってるから・・・)
キリトは作業を進める。


ザ・・・ザザ・・・・・・。
画面がブれる。しかしそれは徐々に安定してくる。
そして
少年の顔が、映し出された。

『・・・・・助けてくれたの・・・・・?』
少年は、画面の中で嬉しそうに笑った。碧の瞳が、ユラリと揺れる。
キリトは言った。
「お前は・・・OSプロジェクトの産物か?」

―――OSプロジェクト。
2000年中期、まだ現在のような8大国は存在せず、小競り合い が各国で続いていた時代。
それは小さな島国で結成されていた。
OS・・オペレーションシステムの開発という触れ込みの研究組織。
実際の裏名称が【アウトサイドプロジェクト】。
どんな開発が行なわれていたのか、全くの不明。ただ、それが情報 社会である世界を揺るがす、データボックスであるらしい・・・・ という噂が当時あったのみだ。
それは数百年たった今でも尚伝説として、技師の間で囁かれている。


『O・・・・・S・・・・・・・』
少年の瞳が曇った。その刹那の瞬間。
バチン!!!
何かが、弾ける音がした。キリトは驚いて本体の箱を凝視する。
右側の球体に巻きついていたコードの何本かが、まるで生物のよう に蠢く。
「・・・・・何・・・・・ッ!?」
キリトは咄嗟に前方に腕を翳した。その腕に、コードは巻きつき、 絡みつく。
「何だ・・・っ・・・・?コ・・レ・・・・はっ・・・・・っ!!」
ギリギリと締付けられる、腕を幾ら振っても千切れず、ゴムのよう に伸びる。ふと、目に入った少年の顔は泣き出しそうだった。
『あ・・・。やめ・・・イ・・・――――――!!』
ザザザザザザザザ
画像がブれる。安定するまで4.5秒。一瞬少年が消えたかと思う と、すぐにまた現れて、画面は鮮明になる。

少年が、微笑った。
『・・その・・体・・・あれば・・・僕は外に出られる・・・』

ザワリ
キリトの背筋が泡立つ。
(この太い、5.6本のコードは、コードという形態をカムフラー ジュとした防御・攻撃機能・・・・・?そんな、バカな・・・)
(!、いや、そうか、作業機械のアームと一緒だ。ただ、それより ずっと精密なもの。データボックスの扉を開けることによって作動 するものなのかもしれない。)
ギシ。ググググ
「が・・・・ッア・・・・・・ッ!」
コードは首にも巻き付き、その締付けがきつくなる。思わずキリト から声が漏れた。
『生身の脳なら、僕の容量も納められる筈。』
『僕は・・・・・自由になる・・・・・』
ザザ・・・。画像が再び悪くなる。明滅する。
『駄目・・・・駄目・・・カイ・・・・・』
『邪魔するな、アール。自由になれる。』
画面はザザザザと音を発しながら、安定しない。少年の映像が見え 隠れする。
『ダメ!!カイ!!!!!』『アール!?』
一際高い声がすると、キリトの体が弾かれた。壁に打ち付けられる。
「・・・・・ったぁ・・・・・っ」
鈍い音がした。
(データボックスの二つの球体。そうか、それは・・・二人の意識)
画面に目をやる。安定しないままの画面に、泣いているような少年 の顔が映った。
『・・・僕に・・・体を・・・・・』
少年の言葉は最後まで紡がれないまま、ブツリ・・と電源が切れた。

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