■ ライフ・ゲート ■→ NO.1


此処にあるのは、唯の記憶。
記憶。
一人の、二人の、人間の、記憶。
メモリー。データ。
集積回路。
重なりあっていたものを、纏め上げ、整理整頓した、その箱。
けれどもそれは摩耗して、混乱と錯乱を招く。
過去の遺物。

助けて。

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ザリ。
乾いた音を靴底が立てている。
「誰か・・・いるのか・・・・・?」
彼のコートの裾がはためいて、その静寂に動きを与えた。

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地表の凡そ20%は未だ砂漠化したままで、緑が戻るのはまだ先の ようだ。
西暦3000年。
2000年代も末に差し掛かってから、やっとの事で地上の荒廃を 止める手段が開発され、今はまさにその発展途上・試験段階の只中 の時代。
世界は大きく8つの国によって統括され、その大国に小国が連なる ・・という形をとっていた。
8つの国は互いの摩擦を最小限に抑える為、「最高国家会議」を年 に二回催し、各国の問題、交易、様々な意見を取り交わす場を設け ている。
そのうちの一国、カリスト。
最高国家会議の常任国の中でも、最大の国家。
彼は今まさに、そのカリストの入国申請を受けていた。

入国申請は申請室で行われる。飛行機を降りて真っ先に行かなけれ ばならないのが、この『入国申請室』である。ここで入国拒否され ると、国へ入れないどころか、国家警察に連行される。

申請室には、両側に衝立てをして個別に区切られた空間が20程 並んでおり、申請確認は其処で一人一人行われる。
「IDとパスワードの提示をお願いします。」
事務的な口調で入国審査官が彼に言った。
「IDカード・・・っと・・・・・」
ごそごそと長いコートの内ポケットを探る。それはすぐに見つ かって、彼はそれを差し出す。
審査官はカードを受け取り、専用の機械に通す。本物である事を 確認すると、彼にカードを返す。
「キリト・クロステート様ですね。確認終了しました。」
それから審査官は電卓のような、平たく、小さなキーボードを彼、 キリトに差し出した。キリトはそれにパスワードを入力する。
入国審査はここのところやけに几帳面に行われている。犯罪を未然 に防ぐ事を目的として、この間の国家会議で決議されたと各メディ アでは報道されたばかりだ。

「はい。了承しました。カリストは、貴方を正規国民と認めます。」
やけに恭しい審査官におざなりに手を振って、キリトはその入国 審査個別室を後にした。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて

「ああ、もう、うるさい、うるさい、うるさい!」
イライラとしたように、キリトは長い、群青色のコートを翻した。
随分前から、この「声」のせいで彼の神経は逆撫でられっぱなしな のだ。

街に出たキリトは、当面の居住区になるであろう、第七区・・・ いわゆるスラムの方面に歩いていた。
カリストは様々な人種の入り交じる国である。貧富の差が他国程酷 くはないと言っても、他国が並ではないのでそれ相応だ。だから、 整理されていない区画、というのも勿論存在する。それが、スラム だった。
大国ならではの、管理不行き届きの側面である。

キリトは、大通りから外れた。
摩天楼と言うに相応しいビルの群れ。そこに介在する人々の群れ。
それらは傍若無人、縦横無尽と言って良いほど入り乱れ、更に キリトの神経を苛立たせるのだ。だから少しでも、そこから離れた かった。
少し道を外れると、人通りも車通りもぐっと少なくなる。スラムに 向っているという時点で、それは顕著になる。

「ああ、本当に鬱陶しい。これさえ聞こえなければ、俺は今頃アル マで特権階級資格を受けてたに違いないのに!」
キリトの叫びは、ブツブツとした呟きだった。彼はこのカリストに 来るまで、8大国の一つ、アルマでCGデザイナーと技師をしてい た。
二つ以上の資格を有し、かつそれで国的な成功を納めると、特権階 級への受験資格及び推薦が貰える。それに合格すれば、それまでの 給料とは段違いになり、第一区の高給居住区の住民権が得られるの だ。
これまでキリトは、第三区の住民だった。才能溢れる若手天才デザ イナーとして脚光を浴びた彼は、コンピューター技師としても有能 とされ、まさに「特権階級」資格を得るという、夢の大部分を実現 しようとしていた矢先だった。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて

声が聞こえ始めるまでは。
ノイズを交じえながら、声は断続的に響いた。1日の内に一回だけ、 空耳のように聞こえた事もあれば、何分も続けざまだったりした事 もある。
機械のような、どこか無機質さを帯びた声。電波を受信するアンテ ナのように、キリトはその声を聞き続けた。
病院にも行った。しかし聴覚の異常も、精神の異常も検査では見ら れなかった。キリトは為す術も無く、仕事が手につかない日々を過 ごした。
「助けて」を繰り返すのみの声は、ある時は昼となく夜となく続き、 ついにキリトはアルマを出て、カリストに来たのだった。
声に負けて。

カリストに来ると、更に声は大きくなり、脳髄に響く。アルマに居 た比ではない。しかも、断続だった声が連続に変った。煩くて叶わ ない。
耳を塞いでも無意味なのだから、本当にどうしようもなかった。
声という騒音を抱えてキリトは唯、足の向くまま、気の向くままに 歩を進めていた。
それしか、声を追う方法が思い付かなかったのである。
感性の仕事に従事していたキリトは、どうしても感情面で動きがち だった。だから、無謀であろう今回のカリスト行きも、勢いで決め てしまったのである。特権階級試験を目前に控えていながら。
結果的にそれを放棄した形になってしまったのだから、彼の苛立ち は相当なものだった。


第七区に着き、キリトはその奥へと進む。最奥には鋼鉄処理場があっ た。彼は知らずと、其処へ向っていた。
ガシャガシャと機械音のする街。どこか退廃的で、どこか排他的だ。 そんな空気がまとわりつく。生物の生温かい匂いも、空気も、全てが 巻き込まれて吸収され、無味乾燥なものになってしまったかのように。

ストリートの少年少女が珍しそうにキリトを横目で見る。路地の影で 寝転がっている男の余所者を見る目、窓からの視線。
5.6人で固まっている少年少女は、明らかにキリトを見極めようと している目をしていた。見極める・・・彼が、金に変るものを持って いるかどうか・・・・・である。
キリトはそれを一瞥して、その眼光を放つ。切れ長の彼の瞳が細めら れ、その顔が歪められる。少年らの中で、恐らくリーダーとなってい るだろう黒髪の少年が、キリトに近寄ろうとした仲間を右手で制した。
少年には分かったようだ。彼の、酷く場慣れしているであろう空気。
キリトのその実力を。
(ガキに負けてられない。ここでスられでもしたら、俺は一文無しだ からな。)
金はあるにこした事はない。忙しさにかまけていたから、それ相応に 持っている。
しかし仕事を放棄した身では、カリストで一からやり直さなければな らないのは必須なのだ。だから、この第七区居住権しか与えられなかっ たのだから。
そして、元々はキリトも第七区の人間だった。


幾つかの路地を曲がり、奥へ奥へと進んで行く。錆びた匂いが鼻を 突き始めた。
そしてキリトは鋼鉄処理場の前に立った。

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけて

たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて

ひっきりなしの声を頭に抱えながら。

ザリ。
靴底が、乾いた砂を踏みしめて音を立てた。
第七区の奥となると、舗装もされていなくて地面が剥き出しになっ ている。
錆びた鉄の匂いは、腐食の匂いを色濃く放っていてキリトに不快を 感じさせた。

「誰か・・・いるのか・・・・・?」
既に廃工場となった場所に、キリトは錆びた鉄門を押して入った。
ザリ。
一歩進む毎に確信になる。
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助けて・・・・・・・。
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声の主が、此処に居る。
キリトのコートの裾がはためいて、その人気のない静寂は乱された。

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