『zaregoto6』

「まだ、怒っているのか。」
そういう彼の声に、遠矢(とおや)は聞く耳も持たないようにそっぽを向いたままだ。
「いい加減機嫌直したらどうだ。いつまでもそうやってちゃ、俺だって頑なになる。」
彼・文博(ふみひろ)の声を背中で受け止めながら、遠矢はやはり黙ったままだった。

10畳ほどのリビングのソファ。背もたれの方に体を向けて、一向に文博の方を見ようとしない。 まるで子供だ・・・と文博は思う。
悪かったとは思っている。学校まで休ませたのだから。なのに、文博は仕事に行った。
ここ一月ほど、会社は上半期の決算でおおわらわしていた。休日返上という事もあったし、定時で 帰れもしないから、自然と会う機会が減っていた。
だから、決算期がやっと一段落する11月の1日。文博は休みを取る事を約束していた。
なのに、急な取引先との接待があり、どうしても仕事に出なくてはならなかったのだ。

「なぁ、せめて顔、見せてくれ。最近ずっと見ていない。」
「・・・・・・・・・」
矢張り黙ったまま。文博に対して完璧に無視を決め込んでいる。
文博は一つ溜め息を吐く。こうなってしまうと遠矢の頑固さは、文博の比ではない。
(なら、何で来たんだろう・・・・)
文博はそんな事を思う。来てくれた事は純粋に嬉しい。でも、喧嘩をしに来られるのは困る。 しかも、何も言わない。遠矢なりの、故意な復讐を感じる。
遠矢がこうして怒っている時は、宥めても無駄なのだ。一度それをしてみたら、見事鳩尾に拳と蹴りを 食らった事がある。何の前触れもなく、無表情で蹴り上げるのだから予測できない。はっきり言って 怖い。
(これって、拷問だよなー・・・。好きな相手を目の前にして、手を出す事ができないっつーのは・・・・)
文博は、遠矢の背に痛いくらいの視線を注ぎながら、机を挟んだ向かいのソファから動けないでいた。
約2mほどの距離。


どれくらい、そうしていたのだろう。時計を見ると10時を過ぎている。
「おい。遠矢。家、心配してるぞ。電話くらい掛けて・・・」
送っていくから、と言おうとしたところで、漸く文博は気がついた。遠矢にそっと近づいて、 覗き込む。
(・・・・寝てる・・・・・)
「・・・こういうヤツだよな・・・お前は・・・・」
思わず、軽い笑みが漏れた。凡そ大学生とは思えないほど、無防備で子供じみた寝顔。
文博はそっと離れると、電話の子機を手にしてリビングを出た。取り敢えずは遠矢の家に、預かりの 電話でも入れておかないと、と思う。遠矢の家族は、過保護に超が付いていると言っていい。 このまま遠矢が戻らなかったら、警察に捜索願いが出されかねない。
電話で馬鹿丁寧に挨拶をし、遠矢の母親に「文博さんの家にいるのなら・・・」と了承の言葉を貰う。 「信用されたもんだな・・」と苦笑いを浮かべる。たかが半年、家庭教師なぞをやっていただけなの だが。少しの後ろめたさを覚えながら、再びそっとリビングに戻る。そこで、はたと気付く。
「そういえば、ベッドまで運べっていうのかよ?」
丸くなって、変な体勢で寝ている遠矢を見て、文博は思わず眉を顰めた。幾らなんでも、20歳を 過ぎた、小柄でもない男を抱えるのは並大抵ではない。
しかたなしに、ゆっくりと体勢を崩してやり、ソファに寝かせた。毛布と掛け布団の両方を掛け、 自分はその傍らで遠矢の寝顔を堪能してやろう、と思う。

(1日、待ちくたびれただろうな・・・・・)
自分も毛布にくるまりながら、微かな寝息を立てる遠矢の側に腰掛ける。
「悪かったな、ホントに。週末ならきっと空くからさ。」


とろとろと、眠りの夜。

明日もう一度謝ろう。そうしたら、キスの一つもさせてくれるだろうか?

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