『zaregoto2』

まだ夢が夢であった頃。
人は神を愚弄する塔を知らず、天には神が、万物を統べる者がいる事を決して疑わなかった。
月は地上を照らし出し、太陽はその熱砂を作り出す。
光にも水にも、あらゆる生命、それを担うもの全ては神の贈物として存在していた。
全ての豊穣と繁栄の代償。それは贄として贖われなければならない。
高貴なるもの。王族からの贄。


「今度の祭りの贄は、お前だと聞いた。」
低く、その声が室内に響く。
夜の王だ。もし言葉を・・声を聞く事ができるのならば、きっとこんな声をしているのだろう・・そんな事を思う。
「・・・答えろ・・・。」
首だけを振る。
自分は清めの時期に入っている。他と言葉を交わす事は、例え自らの兄相手でも禁じられている。
話す事を許されるのは、司祭のみ。
「父王の定めた事・・。お前は受け入れるのか。」
ただ、ゆっくりと首を縦に振る。兄のほうは見ない。外を見ながら。
月がやけに光を放っている。月華が降り注ぎ、自分の目に明るく映る。
「・・・私のせいだと言うのに・・・。」
兄のその言葉に、ただ首を横に振った。兄のせいなどではないのに。


瞳を掠めたのは、ただ一本の棒だった。
まだ幼い私は、兄を追い駆けていた。無我夢中で。兄の振りかざした木の棒。それはその辺に落ちていたものだったと思う。
右から左に。振り向き様に兄はそれを振り回したのだ。
鋭い先端は、丁度兄の肩口程の背しか無かった私の目を奪った。
最後に見たのは、兄の驚愕の顔。乳母の悲鳴が聞こえた瞬間、私は昏倒した。

命が助かったのは奇跡だった。それだけの重傷を負いながら、私は死の縁から帰った。ただ、視力を失うのみで。
父王は言った。民も口々に囁いた。
『神の子だ』
神の子・・・・。奇跡はそれを容易に浸透させた。
そして

『神の子・・子を神に返さねば。』

そう囁かれるのにも、そう時間は掛からなかった。
どの道、自分は供物だった。生まれた時から、そう定められていた。
兄は国を治める王として、次期継承者であった。そして妹たちは近隣諸国への貢ぎ物であった。幼すぎる子らは、まだ贄として不完全だった。
祭りの行われる年に達する年齢も、また条件としても私は型に嵌まりすぎているくらいだった。
ただ、この瞳の傷を神はお許し下さるのだろうか。この醜い顔を。


「さぁ、そろそろ・・・」
司祭が入ってきた。
「司祭様・・お願いです・・。私のこの憐れな兄弟をお救い下さい・・・。」
普段、そんな事を言う兄ではない。私は些か困惑した。無鉄砲で豪胆、周囲から畏怖される存在である兄からは、想像できない。
司祭は首を横に振った。
「いいえ、今から救われるのです。ご心配なさらずに。」
「・・・・そうではないと分かっていても、お前はそう答えるのだな・・。」
兄の押し殺したような声が響く。気まずい雰囲気が辺りを包んでいた。
「・・・司祭様。」
私は声を発していた。司祭がこちらを向く。
「何でしょう?」
「一つ、伝えて欲しい事があるのです。よろしいですか?」
「・・お伺い致しましょう・・。」
私はほっと一つため息をつく。そして笑った。
「兄に・・伝えて欲しいのです。兄のせいではないと。私はこの地に出でた時から贄として存在していたのだと。私は・・・この見えない瞳のお陰で、民と父王と・・全ての者達の私に対する期待が分かったと・・。」
「私は、存在意義を見つけられたのだと・・・。」
「・・・畏まりました。確かにお伝え致しましょう・・・。」
司祭はそう言うと出て行った。
兄が、自分に近づいてくるのが分かった。
「・・・触れる事も叶わないのだな・・・。」
淋しげな雰囲気。私はそう感じた。
兄が・・・辛そうなのが分かる。何故私にそんなに気を掛けるのだろう。私には分からない。
兄の気配は、すぐ側まで来ている。
「こんなに近くにいるというのに・・・。」
触れられない位置。触れられない存在。


「贄を!」
父王の声が響いた。民の喚声が聞こえる。その中を私は一歩一歩階段を上って行く。
高く、急な階段。その上は祭壇になっている。
司祭と父王と・・・そして兄の気配がする。私は階段を上りきると、まっすぐに前を見た。
兄が私の方を見ていた。視線を痛いくらいに感じる。
「我が国、我が民、そして我が地。全ての豊穣と繁栄を願い私は彼の地へと我が子を送り出さん。」
父王の声が声高く響く。朗々と読み上げられる口上。
「変わらぬ栄華を、変わらぬ繁栄を!!」
民の喚声が一際大きくなる。
「今、贄を差し出さん!!」
その声と共に、私は背を反らせた。
急で高い階段は、私を御国へと運ぶのだろうか・・・?

腕が、捕まれる。
「兄さん!?」
思わず叫んでいた。
兄はそのまま私を抱き寄せる。・・・・落ちて行く・・・。
耳元で、兄の声が聞こえた。
「堕ちるのならば、共に・・・・。」
胸の奥が痛んだ。
「堕ちるのならば・・・」
私は繰り返す。民の悲鳴。父王の叫喚。それら全ては無意味なものとなり、私には兄の声だけが聞こえた。
「救えなくて・・・・。」
この先に何があるのだろう。階段を落ちた先に・・・。


神よ・・。私は許されない罪を犯しました。貴方はそれをご存知の事でしょう。
私は汚れております。貴方の元へ行くにはこの想いは不浄でありましょう。
ですが心広き神よ、許されますのならどうか・・どうか兄をお救い下さいます様。
例えその身朽ち果てようとも、どうかその魂は煉獄へお連れする事を良しと致しません様・・・。
お願いです。どうか・・・・。


私は汚しました。真清き存在を。それが私の罪です。叶わぬ事、許されぬ事と知ろうとも私はあの憐れな・・そして儚い笑みを浮かべるその者に、惹かれずにはいられなかった。
ですが、どうか。どうか彼の者をお受け取り下さいます様。御国へお連れ下さいます様。
お許し下さい・・・・・。


まだ、人は神を信じ神に供物を奉げていた頃。
豊穣と繁栄をただ願っていた頃。

ただ・・そんな昔の事・・・・。

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