『夏の残骸』
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 祥夜の肌のあたたかさは、彼が生きていることを俺に実感させる。
 ただ、その視線の先が見ているものが気になる。
 瞳だけは別物のようだ。
 茶色の目の中に、俺が映っている。けれど・・・視線は俺を通り越して別のものを見ている。
 抱いている時だけ、祥夜の目には俺が映る。
 ・・・・・・・本当の意味で。

 伸ばされる腕に縋っているのは、本当は俺のほうなのだと知る。
 首筋に絡む腕と、耳元にかかる息と、耐え切れずに紡がれる意味のない音。それを望む自分に対して、どこか息苦しさを覚えてしまう。
 欲で潤んだ瞳と、俺を呼ぶ声。
 その肢体を抱き、そして俺は満足などしない。
 何て欲深い生き物。ひとつでは足りない。いくらかき抱いても・・・・どこにも足りない。




 「祥夜」
 呼べば、振り返る。
 俺には見えない。祥夜の見ているものは。
 俺にとってその空間は、ただの・・・・・・空白なのに。
 祥夜にとっては違うのだ。大切そうな眼差しをその場に投げるのを、何度見てきただろう。そして。何度・・・・・・・・嫉妬したんだろう。
「・・・・・明津・・・・・・・・?」
 祥夜が、俺のほうに歩んでくる。
 空がやたら青い。夏の空ではもうない、秋の空だった。空の高さが明らかに違っていた。それでも蝉は鳴き続けていて、強い日差しが降り注いでいる。
「明津・・・どうしたんだ。」
 祥夜の瞳が揺れた。その中に、俺の姿が小さく映っている。
 祥夜の右手が、俺の頬に触れた。
「・・・・・・何で、泣いてる・・・・・・?」

 ・・・・・・・・・・泣いてる?

「何かあった?それとも俺、何か・・・・した・・・・・・?」
 祥夜の瞳には、確かに俺が映っていて、そして、確かに俺を見ていた。
「なんでもない・・・なんでもないんだ・・・・・」

 俺は生きているだろうか。
 祥夜の瞳に映っている俺は。




 今日もあいつは、少し上を見ている。俺もそこに視線を移す。・・・俺の目には、いつも通りそこには何も見えない。
 あいつがひそりと笑った。やわらかい笑みだった。静かな笑みだった。他の誰もが気付かないような。

 屋上の片隅で、あいつはフェンスの向こうを見ている。俺には青い空と、遠く霞む町並みが見えるだけだった。
 声を掛けようとして・・・俺は竦んだ。乾いた喉から、声は出なかった。
 祥夜は俺に気付かない。
 俺に背を向けたままだ。
 いつだってそうだった。
 いつだって・・・・俺から声を掛けていた。
 俺が声を掛けなければ、祥夜は俺の存在にすら気付かないんだ。
 俺が・・・・・・・
 俺が どんなに祥夜を想っても・・・・・・・

 祥夜の右腕が伸びる。空に向かって。それは手向けだ。別れの言葉。
 瞳から、一滴の涙が零れる。
 「幸せに。」
 そう、祥夜の唇が紡ぐ。
 光が、笑ったような気がした。

 俺は祥夜に声も掛けられずに その場を去った・・・・・・・・。




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