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「で。実際どうなのよん。サイキクンは。」
ふざけた調子で、級友・・松沢夏樹(マツザワナツキ)が話しかけてきた。
「どうもこうも・・・。何あの部屋の汚さ。俺、どこに住むわけよ。」
「・・・なんだ、目の下に隅作ってんのは、斎木とどうこうなわけじゃねぇのか。」
「・・・・・・・・何期待してんだ、お前は。掃除だよ掃除。夜な夜な!まじであんな汚ねー部屋、はじめて見た。カルチャーショックだ。異文化だ。」
「お前、顔の割りに綺麗好きっつーか、整頓好きだもんなー。」
「顔は余計だ。・・・・親の教育の賜物だ、しょうがないだろ。一定以上汚くなると掃除せずにいらんないんだよ。」
「・・・・お前の母親、怖いもんな・・・・」
夏樹は、中学の頃からの友人だ。当然俺の家にも来た事があり・・・そして俺の母親に怒られた事がある人間の一人だ。
「美人だけど・・・だからこそ怒った時の迫力がまた違うっつーか。流石、元本場は違うっつーか・・・で、斎木はどんな奴?」
「どんなって・・・。部屋汚い意外は普通かなぁ。」
「え、そうなの?夜中気付いたらいないとかさ、なかったわけ。」
「・・・だから、お前は何を期待してるんだ・・・。とりあえず気付く範囲ではそんな事なかった。」
「ふーん。やっぱガセかなー。斎木ってさ、すげぇ綺麗な顔してるじゃん。だからありかなと思ったんだけど。」
「・・・顔で判断しちゃ駄目だよ・・・あの顔であの部屋に住んでたのかと思うとなんつーかもう、やりきれないっつーか・・・。」
俺は思わず頭を抱えた。
「・・・・・・・・・稔・・・お前、さっきから部屋の話しかしてねぇんだけど。斎木の第一印象それだけか。」
「それ以外、何があるっつーんだ。」
そう答えた俺に、夏樹はひとつため息をついた。同時に、チャイムが鳴る。本日最初の授業が始まろうとしていた。
(綺麗な顔・・・ねぇ・・・)
上の空で古典の授業を聞きながら、俺は夏樹の言葉を思い出していた。
綺麗・・・と夏樹が表現した斎木の顔は、確かに綺麗なのだろう、とは思う。けれどそれは男の割りに、という程度で、女っぽい綺麗さとか、そういうのとはかけ離れている。男臭い、という言葉が上についた「綺麗さ」だと思う。
実際、昨日一日で、俺の斎木に対するイメージは一変したと言っていい。
高架橋で見たときは、いかにも儚げな、そこから飛び降りてしまいそうな雰囲気があった。だが、部屋を見てみれば、喰い散らかした菓子屑や丸めた紙屑、飲みかけのジュースなどが散乱し、雑誌はうず高く積まれ、(しかも一部は崩れていた)CDやビデオや、ありとあらゆる生活用具で足の踏み場もないくらい埋め尽くされていた。
勿論、床など見えない。無事かと思われた二段ベッドの布団の上にも、物。布団は絶対に干された事などないと断言出来る。
・・・・・・・俺、どこに寝るんだと本気で思ったね・・・・。
それから片づけをはじめた俺を、斎木は手伝うでもなかった。
「捨てていいものと駄目なものくらい、分けろよ。」
そう言った俺を斎木は一瞥し
「・・・・阿佐ヶ谷がいらないと思ったものは、捨てていいよ。」
と、のたまった。
どこのボンボンかと思った。俺は二の句が告げなかった。
次の休日に、捨てなかった本やCDなどを納めるラックを買いに行く事にし、あらかた部屋が片付いた頃には1時を回っていた。
斎木は既に寝息をたてて、二段ベッドの下で心地良さそうだ。まるで「俺も掃除しました。疲れて寝てます。」というような、一仕事終えたような表情で。
「・・・・・・・勝手にやった事だから文句は言えないとはいえ・・・。この協調性のなさはなんだ・・・・・・」
俺は思わず呟いた。
それからも斎木は相変わらずだった。ゴミは散らかす、脱ぎっぱなし、飲みっぱなし、食いっぱなし。どんな環境で今まで育ったのか、俺は我が目を疑った。
いい加減、連日の暑さで苛々もしてきていたが、俺はそれを抑えてこう言った。
「・・・・・なぁ斎木・・・片付けろとは言わない。が、一人の部屋じゃないって事くらい、分かってくれ。」
俺は気が長いほうだ。これも母のお陰だと思う。
斎木は読んでいた漫画本から目を上げ、分からない、という顔をした。
「・・・ゴミはゴミ箱。脱いだものはこっちの籠。使ったものは元の場所。それくらいは出来るだろう。」
「母親みたいだなぁ。阿佐ヶ谷。」
にっこりと笑った斎木は、俺がうんざりするほど子供染みて見えた。
「そうか、普通はそうやって怒られたり注意されたりするもんなんだろうな。」
「?なんだよ。実家で言われた事ないのか。」
「掃除は、家政婦がするものだからね。俺は一切やった事がない。」
「本当にお坊ちゃんなんだな、あんた。」
家政婦ときたか。
「・・・・・・・家政婦という名の、愛人だけどね。だから雇い賃がかからない。」
なんと答えろと言うのか。「そうか」と言えばいいのか。「大変だな」と言えばいいのか。結局俺はまた、何も答えられなかった。ただでさえ暑い部屋の温度が、更にあがった気すらした。嫌な汗がこめかみを伝う。
「・・・阿佐ヶ谷は、かわいいなぁ。」
斎木の涼しげな顔が近づいたかと思うと、頬にその唇が触れた。
「・・・・・・・・!?!?!?!?!?!?」
ザッと、一気に体内温度が下がった。背筋に悪寒すら走る。
「抵抗しないの?いいの?」
・・・・・・・何が?っつーか待て。俺は事態の変化についていけなくて、固まっているだけだ。余りの事に脳内マシンがフリーズだ。頭と体の導線が切れている。
言葉を返さない俺を、斎木はどうとったのだろう。その白い右手が俺の頤を捉えると、再び顔を近づけてくる。
「・・・・っ・・・何のつもりだ・・・・・!!」
俺はやっと繋がった導線を駆使し、斎木の顔を両手で避けた。
「なんだ。抵抗しないし返答もないから、了解したのかと思った。」
「何を!」
「何って。セックス。」
俺の導線が引き千切れたのは、言うまでもない。
「阿佐ヶ谷、俺の誘いに全然乗ってこないからさ。攻めじゃなくて受けなのかと思って。俺はどっちでもいいし。」
俺は何を言われたか理解できなかったし、かなりの阿呆面をしていると自覚があったが、そんな事は最早どうでも良かった。
「阿佐ヶ谷、俺の噂知ってて同室になったんじゃないの?今まで俺の同室だった奴らって、希望して俺と同室になってたんだけど。阿佐ヶ谷は違うのか?」
斎木の噂。・・・売りをしているという、噂。そしてもうひとつ。斎木の同室になった奴らは、一ヶ月以上、斎木と同室でいる事はない。
「まて・・・待て・・・何がなんだか・・分からない。・・・なんで、斎木と同室になった今までの奴らが、それを希望する?希望して同室になれるわけないだろう?それに、それならどうして、斎木は一人部屋だった?」
「・・・なんだ・・・本当に違うのか。俺はてっきりそうなのかと思ってたのに。」
そうってなんだ。そうって。
「確かに、希望して同室になれないけど。・・・俺もそれを希望すれば別だよ。そして俺が同室をやめたいと言えば、それで終わりなんだ。」
「・・・・・?」
「分からないって顔だね。俺の父はね、この学校の理事と友人で、かつ、多額の寄付をしてるんだよ。・・・・そういえば、理解出来る?」
「つまり、多少の要望は聞いてもらえるっつー事・・・?」
「うん、まぁ、そうかな。」
言って、斎木は少し考える風な表情を作る。
「ああ、でもそっか、違うのか。そりゃ、いくら誘っても無駄だったねぇ」
そう、斎木は俺の顔を覗き込むようにして言った。ほぼ身長が同じくらいの斎木は、顔を傾け、上目遣いで俺を見る。緑の瞳が室内の電気の下、ガラスのようなハイライトを映し、まるで翡翠のようだった。
「・・・・・?誘う?何に?」
「これも駄目かー。ほんっとノーマルなんだな。阿佐ヶ谷。考えてもいないんだろうなぁ。なんか初感覚だ。なぁ、阿佐ヶ谷、今、好きな人いる?初恋はいつだった?」
「・・・・・・・・・・っ!?」
カーーーと自分の体温が上昇したのが分かった。きっと俺の顔は今、真っ赤に違いない。そんな俺をみて斎木は
「なんだ。そんな反応じゃ、彼女いたこともないだろう。」
と、悪びれずに言った。
「余計なお世話だよ。そりゃ、斎木みたいにかっこ良かったら、よりどりなんだろうけどさ。」
「ふーん。そういう目では、見てくれてるんだ。阿佐ヶ谷って、面白いね。」
さっきから、斎木の言っている事は良く分からない。面白い?何が。
「あ、不機嫌そう。・・・そうだな、阿佐ヶ谷に嫌われるのは嫌だから。ゴミはゴミ箱。洗濯ものは籠に。使ったものは元の場所に戻すよ。文句ないだろ?」
「・・・あ・・・ああ・・・」
唐突に戻された話の展開に、俺は着いていけなかった。いや、斎木と会話できるやつがいるんだろうか。この学校に。
俺は斎木についていけない脳内回路のせいで、さっき頬にキスされた事も、その後で斎木が言った言葉も何もかも、すっかり抜け落ちてしまっていた。それが、後にどういう事になるのか、この時の俺は知る由もなかった。