『夏宵』
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「・・・・・・そう、か。」
目の前で話を聞いていた野桐先生が、俺の顔を見て複雑な表情をした。
それから隣に座っている沢下を見て、少しだけ泣きそうな顔をした。
その意味は、良く分からなかった。

美術教官室で、俺たちは野桐先生に事の顛末を話した。警察には曖昧な事しか 話せなかった。話しても信じては貰えないだろうし、実際俺が姿を 消していた時間は結局、5時30分過ぎから11時30分くらいまでの六時間程 だったからだ。
ただ、目の前で沢下が俺を追って行ったのを見ていた野桐先生は、どうにも 納得がいかなかったらしく、今の状況に至る。
俺は、俺たちの関係とかそういう事は一切省いた状態ではあったが、それでも 何とか辻褄の合うように話を進めることができた。

「で、どうして戻って来れたんだ。」
「さぁ・・・何でだろう。良く分かんないんですよ。・・・・・こういうと あれだけど。五萩がなんだかすごく可哀想に感じて。でも、俺は五萩の探してる 人じゃないから、一緒にいられないと思った事までは、覚えてるんですけど。 あとは全然。」
俺は結局、校庭のフェンスを越えた林の中で見つかった。この学校はほんの6年程 前にできたばかりだ。学校が建つずっと前からあるという大木の、根元の辺りに俺を見 つけたのは沢下だった。
その近くのフェンスには穴が開いていて、夜に俺を探す為に忍び込もうとした 沢下が、偶然発見したのだ。

「今日はもう帰っていいぞ。藤村も沢下も、疲れただろう。」
雑然とした教官室で、空元気のような野桐先生の声が変に大きく聞こえる。
お盆期間中は警察に行ったりなんだりで時間が潰れた。 今日も何となく学校には来たものの、疲れていることには変わりなかった。
「はい、そうします。帰ろう、藤村。」
沢下が立ち上がり、俺も立ち上がった。その様子を野桐先生は見ていた。 その上、いつも生徒を追い出す時はすぐさまキャンバスに向かうのに、珍しく俺た ちを教官室の入り口まで出て来て送った。
俺たちが数歩離れた後、野桐先生が何かを言った気がして俺は振り返った。
丁度、教官室の戸が閉められるところで、パタン、と静かな音がしただけ だった。
「藤村?」
「あ、ああ、何でもない。」


それから、一週間と経たない頃だった。警察から、再び電話がかかってきた。
『本当は、学校を通すべきなんでしょうが。一応許可は得てますので、すみませんが 電話口ででもお答え戴けませんか。』
電話向こうの警官は、変に丁寧な切り出し方をした。俺は「構いません、どんな 御用ですか」と普通に応えた。
『あの、野桐先生、ご存知ですよね。』
「はぁ・・・・どうかしたんですか」
『あれから、美術室へは?行かれましたか?』
「はい。お盆明けてからすぐと、一日空けてそれからまた、絵を描きに行ってますが。」
『・・・野桐先生に、会ってますか。』
問われて、俺は首を傾げた。確かに沢下と教官室に訪れてから、一度も会ってはいない。 あれは、お盆が明けてすぐの事だ。その後は何度かアドバイスを貰おうと教官室の戸を叩いたが、 鍵が閉まっていて先生もいないようだった。
他の先生に聞いても、特に野桐先生が来た様子もないとの事だったから、盆からの続きで帰省して いるのだろう、と勝手に思っていた。
確かに、「盆以外は学校にいる」と言ってたくせに、と思いはしたのだが。
そのことを話すと、警官は電話口でも分かる程はっきりと、溜息を吐いた。
『他言厳禁でお願いしたいんですが、野桐さん・・・・・行方不明なんですよ。アパートも 実家のほうにも戻ってない。で、余りに連絡の取れない親御さんのほうから、うちの所轄に 通報が来まして。どうも調べてみるとですね、今のお話を聞いていると、藤村君、君と沢下君? が会ったのが最後のようですねぇ・・・・・・。』
「俺たちが・・・・・先生を見た最後?」
『ああ、いえいえ。別に君たちがどうこうってわけじゃないです。その日は早く 帰ったでしょう。それ見てた先生がいますして。早めに帰宅したってのは、 証言取れてますから。ただ、藤村君、君が六時間、行方不明になった件もあったから。だから 何か思い出すような事はないかと、確認の電話みたいなもんですよ。学校側からも余り 生徒を巻き込むような、風聞が飛び交うような真似は止めてくれって言われてるもんで。』
俺は警察に、自分が行方知れずになっていた時間を、適当に誤魔化してしまった為、半分 記憶喪失扱いになっている。実際、頭を打たれたような形跡も見つかったので、第三者(犯人)の 存在も勿論確認されたのだが、俺は「覚えていない」で通した。
「すみませんが・・・・特には・・・・・・・」
何となく、俺は彼・・・・五萩を思い出していた。あの、綺麗でさびしげな亡霊。
「野桐先生・・学校から出て・・・・・って事じゃないんですか?」
先ほど警官が、「早めに帰宅した」為に容疑から外れている、というような言い方をした事が、 俺は少し気になった。
『あーー、そうですねぇ。これは言ってもいいかな。何か君のときと状況が似てるから。 靴箱に靴が残ったままだったんで。・・・・・分かりますか?本当に藤村君の時と、酷似 しすぎなくらいなんですよ。あ、本当、絶対人に言わないように。言うと未成年でも 情報露呈の罪で問われますから。』
最後のほうは脅しのつもりのようだ。俺は元から言うつもりもないので、ただ一言肯定の 返事をした。


電話の話を纏めると、どうやら野桐先生は帰宅の準備もそこそこのような状態で、描きかけの キャンバスも出しっぱなしで、忽然と消えたような有様だったようだ。
教官室の窓も閉まっていて、開いていたのは第一美術室のみ。しかし、窓は閉まっていた。 靴も下駄箱に入ったまま。外へ出た形跡はない。
「本当に、おまえの時と似てるな。」
そう、目の前で沢下が言った。俺ほど詳しくは話してくれなかったそうだが、沢下のところにも 警察から電話が行っていた。学校へ行くと、数人の警官がウロウロしていたが、 大体の調べは終わっているのだろう。そう、何かがざわついているような雰囲気は校内に 余りなかった。
部活で顔を出している生徒が噂を飛び交わせてはいたが、大体は俺に関する取調べだとか そんな程度で、確信には少し遠かった。中には「犯人は野桐先生だった!」とか訳のわからない ものまであったが。

沢下は部活を抜け出してきて、俺の目の前で俺のほうをじっと見ていた。俺はというと、 絵筆片手に今日もキャンバスに向かっている。あんな事があったというのに、俺は特に ここを恐がる事はなかった。
ただ、沢下がやたら俺の傍にいたがるようになった。「大丈夫だ」と言っても、どうにも 聞かない。遂には部活の顧問に許可までとってくる有様だった。よりにもよって顧問の 大谷先生まで「あんな事あった後だしな。」とあっさり許可を出したというから、もう どうしようもない。

「なぁ、沢下。」
「何。」
「・・・・・・・先生・・・・の・・絵・・・・・・見た・・?」
「見てないけど。何で。」
「俺さ、昨日、なんとなく気になって見に行ったんだ。もう大分警察も出入りなくなったし、 渡辺先生に聞いたらそのままになってるから、いじらないようにすればいいって言ってくれてさ。」
「・・・・・何か見つけたのか?」
「先生、珍しく人物描いてたんだよ。俺、ずっとそれ少女の絵だと思ってた。あの、あそこの木・・」
俺は校庭のほう、俺が沢下に見つけられたその大木を指差す。美術室からそれは良く見えた。
「あの木がモチーフに使われてて。バックに大きく聳えてるんだ。その前に、立ってる子がいて。」
俺の言わんとしていることが、沢下にも掴めたようだった。
「・・・・・・似てた・・・・?」
「見る?開けてくれると思うけど。・・人物って言っても小さめだから、気のせいかもしれないけど。」
「いや、いい。・・・・・今更だよ。」
「先生の名前、沢下は知ってた?」
「野桐・・・何だっけ。下の名前まで普通あんま覚えないからなぁ。」
「俺さ、その絵を見てから気になって。職員室でネームプレート見たんだよ。ほら、 職員室の先生用の伝言版あるじゃん。あれの脇に置いてあるやつ。」
「何で名前なんて。関係ないだろ?」
「俺さ。五萩に・・・・・”タカシ”って呼ばれてたんだよ。」
「・・・・・それが・・・・・」
「うん。野桐先生の名前だった。」
「・・・・・・・・そう、か。」
「野桐先生の過去なんて知らないよ。もう、知る術もないから。でも・・この美術室と あの大木で、きっと、約束をしたんだ。俺たちみたいに。・・・・・きっと。」
それから俺たちは黙ったまま、少し俯いた。野桐先生が最後に俺たちを送った訳。 それをぼんやりと考えた。
最後に・・俺が聞いた言葉。あれは気のせいじゃなかったんだ。俺は顔を上げた。
「沢下、俺と沢下が先生に会った日。あの教官室から出た後さ、先生が言ったんだ。」
俺がそう切り出すと、沢下は視線を上げて俺を見た。続きを促すように、少し顔を傾ける。
「先生・・・・・、”俺はここにいる”って。そう、言ったんだ。・・・多分、だけど。」
良くは聞こえなかった声。それは俺たちに向けられたものではなく。
「・・・終わった事だよ、藤村。もう、終わったんだ。」
「そう・・そう、だよな。・・・・・・良かったんだよな、これで。野桐先生に話しちゃって ・・・・・・良かったんだよなぁ?」
「おまえのせいじゃないって。選んだのは、野桐先生だよ。・・・・・泣くなよ。きっと、 上手くやってるよ先生なら。」
「・・・・・・・・そ・・・だよな・・・・」
沢下がゆっくりと俺の頭を抱えた。俺は俯いたまま、止められない涙を膝に落とす。
「ずっと一緒にいよう。藤村。」
沢下が言った。
『ずっと、一緒にいたいと思ってる。』
そう、沢下は最初に俺に言った。きっと、五萩と野桐先生、俺と沢下の関係は、酷く似たものだったんじゃないだろうか。
俺は少しだけ、笑う事ができた。泣きながらのそれはきっと変だったに違いないけれど、 俯いている俺の表情は、多分沢下には見えない。

「ああ、沢下。ずっと一緒にいよう。」

ずっと、ずっと一緒に。




***** 終 *****

INDEX

書き終わり・20020802*****

さて、梅雨明けももうちょっとらしい(と予報では言ってる)最中の暑中見舞い更新です。

今年は怪談ものにしよー。怪談だったら学校がメジャーだよね。じゃ、学校ー!
とか思って書き始めたのもつかの間。怪談は嫌いではなく、小学校の頃とか夏の特番など 見たりしていたものですが。(毛布に包まりつつ)
・・・・・・書くのと見るのはぜんっぜん別物でした。
ので、怪談ではないですねー@@

私の文章を何本か読んで頂ければ分かると思うのですが。今回もマンネリですみません。
変えられないらしい・・・・・。
どうも夏は特に暑さにだらけるイメージと、やられるイメージがあります。体力も続かないし。
夏=死のようなイメージが脳内固定されてるらしいのです。活気のある季節な筈なんですけど。

野桐先生と五萩の話は、また別物・・・って言う感じがします。設定はしっかり決めなかったので、 不明なのですが。リクエストあれば書きますー。(笑)

死んでからも守れる約束があるのなら、叶えてやりたいと思ってしまいますが。
今の生活を手放せと言われたら、やはり抵抗を感じてしまうかな。

では、全国的な梅雨明けを・・というより、作物不良が改善される事を望みまして。

お読み下さり、ありがとうございました。