『夏の廻り』
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「それから、人を食ってはいないさ。」
耶古さんが、穏やかに笑いながら言った。
誰の話なのか、ただの物語なのか。俺は何故か何も聞けなかった。
不可思議な話に口を挟むこともなく、黙って聞いた。何となく・・・・・それを耶古さんの 過去だと信じてもいい気がしたのは、空に映える稲妻の幻想的な光景のせいかもしれない。

ザァァァァァァァアアアア
雨脚は強く、打ち付けるような音が響く。
「ああ、長話しのせいで降ってしまったな。」
雷が近くで鳴り響き、本堂の軒下にいる俺たちの耳に痛いくらいに入って来る。

ガガ・・・・・・ッ!!

一際大きな音がしたかと思うと、空から一筋の雷が真っ直ぐに目の前に落ちた。
「・・・・・ッッ!?」
俺は思わず逃げ腰になった。耶古さんは、少し厳しい表情をした。

「久しぶりだな?野狐(やこ)。」
落ちたと思った雷は参道に傷一つつけず、変わりに真っ白い狩衣に薄紫の袴姿の人物が 立っていた。 その瞳は金色で髪は白に近い。少々冷たい感じのする顔は、整いすぎているせいなのだろうか。
その彼の周りに雨はない。避けるように雨粒が途中で進路を変えていた。
耶古さんが片膝を付き、深く頭を下げた。
「ご足労、痛み入ります。数々の無礼、お許し戴こうとは思いません。」
「分かっている。お前の本気は、この50年で見させて貰った。私とて、そこまで冷淡に できてはいない。」
つ・・・と、彼が俺を見た。目の前の異常とも言える光景に、俺は当惑より何より見とれていた。
「因果というものか。なぁ、野狐?」
「・・・・・・・・・・・私には、分かりません。」
「ふふ・・・そう言うな。分かっていて話し掛けたのではないのか?」
「知ったのは、つい先ほど。」
「そうか。今は殆ど力がないのだったな。この社から長く離れれば、自らを保てないほど・・・。 どうやらこの魂は、お前を救おうというものらしい。 三度も同じ魂と見えるなど、因果という廻りは不思議なもの。それこそ神とて預かり知らぬ。」
同じ?
耶古さんを見たが、頭を下げた姿勢のまま動きはしなかった。
「上から沙汰があった。お前に社を授けると。一から出直すのも良いだろう。やり直すがいい、 野狐。いや、野狐ではなくなるか。稲荷の称が、おって渡されるだろう。」
「ありがとうございます。」
更に深く頭を下げた耶古さんに、彼は手を差し出した。
「さぁ。」
耶古さんが手を取る。ニコリ、と彼は笑い、それから俺を再び見た。
「私はこの櫛賀(くしが)の稲荷大明神にして、生命を司る神。主のことは見知っていた。 野狐は連れて行くが、悪いようにはしない。元いた社に戻すのだ。安心していい。」
「あの・・・・もう・・・もう、会うことは叶わないのでしょうか・・・・・。」
俺は幾分必死の様相で聞いた。一瞬、驚いた表情をされたが、すぐに笑みが返る。
「本当に、何と言う魂か。野狐。お前を改心させただけはあるというもの。」
「標・・・・・。俺は・・・」
耶古さんは、俺のほうを少し寂しそうに見た。
「ふふ、野狐、本来人とそう交わる事は許されぬ身となれど、相手が神職となれば話は 変わってくるぞ?」
幾分楽しそうにそう言ってから、俺のほうを向いて言葉を続けた。
「どうだ?標。神主・宮司・・・そういったものになる気はあるか?さすれば、 再び野狐と見える事叶うやもしれぬぞ。」
それを聞いて、俺は笑った。
「待っていて下さるのならば。俺と会うことを、望んで下さるのなら。」
「標・・・・・。それはお前が決めること。俺は・・・俺は人を縛る鎖とはならない。もう、二度と。」
「では、再び会えることを。俺が望むから。願うから。貴方が、寂しくないように。」
「本当に、真っ直ぐな良き魂。野狐。お前は幸せものだ。」
「はい・・・。本当に。」
手を引かれるまま耶古さんは立ち上がり、そうして二人は雨雲と共に消えた。後に 残された俺は、晴れた空と蝉の鳴き声に囲まれて立ち尽くしていた。




時は巡り。あれから何度目かの夏が来る。そうして

「ふ・・・・こんなに近くにいるなんて、貴方はずっと知っていたのですか?」
「ずっと、見ていたさ。」
「人が悪いです。ここには、何度も訪れていると言うのに。」
俺は神職に就いていた。家の近くのあの朽ちた神社を再興するため奔走し、そして晴れて今日が 神社で開かれる一回目の祭の日だった。
村は切り開かれ、あの頃とは比べ物にならないほど人が増え、建物が建った。本当に、10年と 少し前のあの頃からは、考えられない。
そうして変わってゆく景色の中、この社だけは変わらない、と俺は思っている。
「標。俺はもう二度とお前を傷つけはしない。もう、二度と・・・・・・」
「?そんな事は、一度だって・・・・・」
俺が言い終わる前に、一瞬、唇が重なった。
「△*@■※◎!?!?!」
思わず手で口を押さえて、耶古さんを凝視した。
「アハハハ!・・・私は、少し悪戯な神だぞ?元野狐であった性は、神の眷属となっても中々 変わらないものだ。」
「な・・・・っ・・・だ・・・っ・・・・これ・・・・っっ・・・・」
俺は困惑して、言葉は意味を成さないものとなっていた。それでも、次にもし会えたら聞こうと 思っていた事を気を取り直して聞いた。多少、どもってはいたけれど。
「あ、そういえば!!子供の頃、俺がここで会ったのは・・・・・」
「うん。俺だよ。話されるまで、気づかなかったけどな。あの時は、気まぐれで少しここに戻って いた。まさか、標が来るとは思ってもいなかったが。」
バサリ、と耶古さんの袴の裾がなびいた。
神の眷属となった今、彼はきっちりと髪を束ね狩衣に袴といういでたちだった。それでも 変わらない性格に、俺は幾分ほっとした。
「さぁ、今日は祭りだろう。神楽は舞ってもらえるのだろうな?」
楽しそうな彼を見ながら、ああそういえばもうとっくに「耶古」ではないのだったな・・・と思った。

『寂しくは、ないのか?』

ふと何故かその言葉が浮かんだ。いつ、その言葉を聞いたのだろう。いつ・・・・。
いや、誰かにそう聞いた気がする。けれど、覚えてはいない。

「寂しくはないよ。だって、お前がいるから。」

心を見透かしたようにそう言われ、俺は笑った。
「うん。」
櫛賀の社と同じように、ここも蝉が煩いくらいに鳴いている。祭りの準備で活気づき、夏の暑さ 以外の熱気も抱えて。
ゆっくりと近づいてくる彼の顔を見ながら、俺は瞳を閉じた。



***** 終 *****

INDEX


書き終わり・20020717*****

オツカレサマです。「夏の廻り」ほんの少しでも楽しんで戴けたでしょうか?
相変わらず何だか意味不明です@ガフ。

神道のあたりとか、諸々の設定はです。妄想です。本当にすみません・・・・。
うちは無宗教です。興味がないわけではないのですが、頭とかやる気がおっつかなくって、 結果妄想癖に頼ってしまった作りで、大変真実味にかけてしまうのが難点・・・・。
信仰していらっしゃる方々におきましては、お怒りかもしれませんが、あくまで創作、という 観点で御見過ごし下さらないでしょうか・・・。
どうしても許せない方は、メールででも訴えて戴ければ速攻で削除しますので@

3話分で、転生2回という話になるはずではなかったのですが。そういう話になってしまいました。ああ、分かりづらい・・・・・。
ヤコという名前も安易で申し訳ないのですが、知識の足りなさが痛切に@@本当は神と なってからの名もつけようと画策はしたのですが、何となく恐れ多くなってやめました。(苦笑)
にしても、あまり夏っぽくはないですね@うううう。

行き当たりばったりも大概・・・という内容ですが、私は楽しかったです。
にしても、夏に狐という発想は・・・。あとり先生の「夏待ち」の影響でしょうか。(苦笑)

ここまでお付き合い下さいまして、本当にありがとうございます。
夏の暑さに負けず、適度にのほほんといきましょう。(笑)