『冷涼祭』―レイリョウサイ―


秋口、爺さんは俺の実家に引っ越してきて、俺は約束通り年末には家に帰った。
爺さんは俺に色々な話をしてくれた。神社に奉られているのは白狐で、その昔偉い京都の坊さんが来た時にこの地に遣わせたのだとか、兄さんについて回っては転んで泣いて帰って来た時の事、婆さん特製の餅ですぐに機嫌が直った事。色々な事を。
「ほんとに、彰人は兄ちゃん子だったなぁ・・・」
何て、目を細めて笑った。

村はそれから2年後、本格的にダム建設工事に着工した。
爺さんはその話題に触れなかった。俺も、両親も触れなかった。ただ、その日は知っていた。
母さんが電話口で俺に言った。
『一人で、泣いていたみたいだったわ。』
確かにその村を愛している人達がいて、そして確かにその村に思い出を持っている人達がいるのだ。そして、どうにもならない事もあるのだと。
俺は、何も言えなかった。

俺は大学4年になっていて、その夏の日を迎えていた。就職活動に精を出すも、一向に決まる気配もなかった。不況は報道され続け、「今年の就職戦線の状況は例年以上に悪く・・・・」などと言うニュースが飽きもせずに流れた。
新聞の隅のローカルなニュースとして、村水没の記事が小さく載っていた。【来る8月の盆前に、完成したダムに水が・・・・】【これで村は完全に水の底へと・・・】
そんな記事だった。俺はその新聞を捨てた。



『明良。』
『明良。』
「ああ、祀か。俺は兄さんじゃないって言ってるのに。」
『祀。』
後方から声が聞こえて俺が振り返ると、兄さんが歩いてきていた。
「兄さん?」
ふうっと、俺が見えていないかのように兄さんは俺の横を通り過ぎて行った。見回すとそこは爺さんの田舎の村・その神社の祠がある場所だった。
『ああ、待っていなくていいって言ったのに。』
言いつつも兄さんは嬉しそうだった。
『でも、来てくれたやないの。』
『いたら、俺のせいみたいでバツが悪いんだよ。』
彼らはクスクスと笑い合う。
『じゃ、行こうか。』
『ああ、そやな。』
二人がふ・・と俺の方を見た。
そして笑う。どこまでも優しい、柔らかい笑み。
「ああ、行くんだ。良かったな祀。良かったな兄さん」
俺も笑った。
足元から、徐々に水が溢れてくる。兄さんも祀もだんだんと透けて、そして消えようとする一瞬、祀は俺に向って深く頭を下げ、兄さんは軽く手を振った。


目を覚ますと、扇風機が目の前で回っていた。何時の間にかうたた寝をしてしまったらしい。
起上がって時計を見ると、まだ2時を回ったところだった。
何となくカレンダーを見る、何だかぼやけて見える。今日は8月10日、盆に入る直前。
「さて、後の面接は盆明けか。」
言いつつも、頬を伝うものが後から後から溢れていて、俺はそれを止められなかった。
「あれ・・・?何で、俺・・・・・」
Tシャツの裾で幾ら拭っても、涙は溢れて俺は泣き続けるしかなかった。胸の奥に何かがあって、それは切なくて、でも温かいものだった。
「あー、まぁもういいや」
俺は無理に止めようとせず、そのまま泣いていた。直後にバイト先の先輩が来て、俺のそんな様子を見て顔を顰めたが、
「ま、そんな時もあるさ」
と軽く笑って受け流してくれた。俺の涙をやはり止めようとも、慰めようともせず、手に持った一升瓶を振って
「グラス」
と言った。
俺は、泣きながら笑った。



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「冷涼祭。今年も行こうか、彰人」
兄さんが俺の手を引きながら、笑って俺を見る。俺は見上げる。
「祀に、今年も会える?」
ゆっくりと頷きが返ってくる。俺も笑みを返す。
「よう来たな、明良、彰人」
真っ白い影が、嬉しそうにこちらを見て手を振った。

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その日、一つの村が沢山の人の沢山の思い出を抱えて水底に沈んだ。




ALL END ― 20010805
盆前に仕上げたくて・・・ギリですね〜@
書いていて、どうしても情景を入れるのが苦手なんだとやっと気付きました。語彙も少ない。知らない言葉があり過ぎて、どうも表現できない。「こういう感じなんだけど」というのはあるのですが、それにどういった「言葉」が当てはまるのか・・・。今度は辞書片手に何かチャレンジ。
最大の目標は・・オリジナリティ・・・なんですけれども・・・・・@@

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