...Last Episode

白い壁が目に入った。辺りは暗かったが、月明かりが部屋を照らしている。
だから何となく、白だ、と思った程度だ。尤も僕は寝かされているので、それは壁では なく天井なのだと気付く。
首を回して外を見ようかと思ったが、出来なかった。引き攣ったような痛みが走って、 腕を持ち上げようとするだけでも億劫だ。
僕の右側には点滴の機具が置いてあった。針は既に外されているようで、腕を少々 動かしてみたけれど管が揺れ動く気配はない。
感覚が・・・少し鈍い。麻酔が抜けかかってはいるけれど完璧ではないようだ。
それなのに、痛覚だけははっきりと襲ってくる。
僕は起き上がろうとするのを止めた。

茫洋と、天井を見詰める。彼の顔が反芻されて、僕は責められる。


ガチャ

扉の開く音がした。何故・・・鍵が掛かっていなかったのだろう。
僕はそんな事を考えた。視線をそちらに向けると、電柱のような黒い影が其処に 在った。
カツカツと足音を響かせて、僕のすぐ横でピタリと止まる。
ああ、来たのだな・・・と、矢張りぼんやりと思った。

「貴方が・・・最後だったのですよ。」
穏やかな調子で、そう、寮監は言った。
僕は一旦瞳を閉じてから、再び寮監を見た。月明かりに照った病室で、その姿は 不明瞭で霞んでいたが、表情が見えない程では無かった。
寮監はどこか泣き出しそうな顔をしていた。
彼も、最後は泣いていなかっただろうか・・・と僕は思う。
僕は寮監から目を逸らし、黙ったまま天井を見た。
「最後の・・・砦だったんです。彼にとって。」
寮監は再びそう言った。
「ええ」
僕はそれだけ応えた。
寮監の気配はどこまでも寂しそうで、少々いた堪れない。僕はリーラの言葉を 思い出していた。
『必要とだけは、してはいけない。』
リーラは、そう言った。僕はその言葉の意味が、今ならはっきりと分かる。 ・・・・酷く、手遅れだと知ってはいるけれど。
「貴方も、必要としてしまったのですね。」
寮監の方すら見ずに、僕は言った。
「・・・・・・・彼を、責めますか。」
寮監の穏やかな声音は纏う空気とは対照的で、僕は可笑しさすら感じる。
「いいえ。」
責められるのは、僕の方だ。
「彼は、何もしていませんから。」
「・・・・・・そうですね・・・・・・。」
喉の奥で、寮監が笑う。それは彼の笑い方に良く似ていて、僕は矢張り哀しく なる。

リーラも寮監も、彼という存在に飲まれて、そして彼は。

「彼は、耐えられなかった。」
自分に向けられる感情に、好意に、与えられるものに。
それこそ必要が無かったのに。彼にとっては押し付けであり、酷く傷付けられるもの であったから。
「そういうモノが、欲しかったわけじゃないのに。僕たちは間違えた。」
寮監が、カツリ、と靴を鳴らした。床につま先を打つような音。
「・・・でも、貴方はそれを与えられた。彼の欲しかったものを。最後に。」
「・・・・僕が・・・・・?」
「そう、貴方こそが。貴方だけが、彼のレーゾンデートルに成り得た。だからこそ。」
だからこそ
「もう、会えないのですね。」
「もう少し、もう少し・・・・・どうして・・・・・・・・」
早ければ?でも、きっと彼は僕に月を向けた。きっと。
寮監の声は震えて、穏やかさは影を潜める。カツリ。また、寮監は靴を鳴らす。
天井を見詰めていた僕の目の前に、影が落ちる。寮監の眼鏡が、月明かりに反射 する。
けれども、もう怖いとは感じなかった。不可解は理解に変わり、不鮮明は明瞭と なったから、怯える必要は無い。
寮監の触れるだけの口付けは、彼をより鮮明に思い出させた。そして僕は、瞳を 閉じなかった。
寮監の前髪が頬に当たり、離れる。
その寮監の手に握られているものは。

細い、月。

「ごめん。ごめん・・・・。」
僕はただ、謝った。空虚さは、時として何かを捻じ曲げたかのように感情を駆逐する。
寮監の手の細い月は、彼の持っていた虚構の月と同じく、鋭利だった。

彼は間違えたのだ。孤独というものから抜け出す術を。
そうして自ら落ちて行った。僕はそれを・・・止められたのだろうか?そして、
「今度こそ、僕はなれるだろうか?」
伝えられるのだろうか。
寮監が、腕を振り上げる。僕は瞳を閉じた。最後に見たのは、細長く尖った月。
首筋に激痛が走った瞬間、僕が耳にしたのは寮監の狂ったように笑う声だった。
・・・・・貴方はそんなにも彼を・・・・・・・・・・・

では、僕は?

僕の瞼の裏で彼が、声を立てて微笑した。
「うん・・・もう、いいんだ。ありがとう。」


僕は 笑った。
今までにないくらい、穏やかな気持ちだった。
不可欠なその存在を、例え屍でも抱きたいと思うのは妄想だろうか。
それでも僕には








月がぼんやりと白い病室を照らしている。
其処に在るのは、ただの屍だけだった。






- 20020308 - ALL END -

INDEX  ‡ 6EPISODE




お疲れ様デス。
最後の最後まで感覚文なのですが・・・。エー・・・と、相変わらず訳の分からない 話です。結局ラストはリメイク前と変わらず@矢張りこれが一番しっくり来る 気がしてしまい、希望をもたせる事が出来ず仕舞いでした。
まぁ、タイトル「屍」だし。ある意味の希望はあると自負してるので(勘違い?) ・・・・ダメかな・・・・。
学生時代には授業中に、現在は仕事中に。・・・・歳と場所は変わっても、成長は してないらしい・・・・・・・。

貴方にとってのレーゾンデートルが、この地にありますように。