気がつくと、阪井のことばかり考えている。
(アホだろうか、俺は。)
教室の窓から、俺は外を眺めていた。空は快晴。気温は平年並みの今日は、日差しはあっても肌寒い。
俺が箒の柄に両手を乗せ、ぼんやりとしていたら・・・
「萩くーーん。さっさと終わらせたいの。そこ、掃いてくれない?」
同じように掃除当番の、橋本に怒られた・・・。
「あー、悪い。」
「珍しいねぇ。何かあったの?」
橋本が、ちりとりを持って来て言った。
「橋本こそ、今日は何かあるのか?やけに急いで掃除してないか?」
いつもは、率先してダラダラしてる気がするのだが・・・。それは言わなかった。
橋本は、俺を見上げてニッコリと笑った。ショートの髪は橋本に良く似合っていて、その満面の笑みは魅力的だった。
「フフーン。良く聞いてくれました!」
おちゃらけて、橋本が言う。俺は彼女の持っているちりとりに、掃いた埃やらゴミを入れながら次の言葉を待つ。
「デ エ ト v」
「・・・・・・・・」
「あれー?反応薄いなぁ。ホント、萩君って表情変わんないよねー。」
「彼氏いたんだ。」
「出来たの!出来たてホヤホヤだよ〜。浮かれる気持ちは分かるでしょ?」
「・・・・・・分からない。」
「えーーー?萩君、この間告白とかされてたでしょ?今まで付き合った事ないの??結構もてるのに。」
「いや・・・告白されたのだって、この間が初めてだし。・・・何だ・・・何でそんな事、橋本まで知ってるんだ・・・?」
「あーー・・・あの子、後輩だから。バスケ部の。うちのクラス、女バスって私しかいないじゃない。萩君の事、相談受けてたんだよねー。・・・怒る?」
「いや、別に。」
「・・・良かった。ほら、やっぱり好きな人の事は、知りたくなるもんじゃない。授業中どうだとか、お弁当派か学食派かとか。席はどこだとか。そんな些細な事でも、知れば嬉しいんだよね。とにかく気になって仕方ないものだから。まぁ・・・萩君、振ったでしょ?それからは・・・聞かれる事、なくなっちゃったけど。」
「・・・・・・・・」
「あ、別に萩君は悪くないんだからね?そりゃ多少は落ち込んでたけど・・・。この間「きっぱり諦めて、いい人見つけます!」とか、言ってたから。入学当初から好きだったみたいだからね〜、まだ当分先になりそうだけど。」
「・・・・・そう・・・か。」
「はっきり断ってくれたほうが、かえって良かったんだよ。じゃないと、未練残るし。すごい丁寧に返答したでしょ?それで惚れ直しそうになったとも言ってたけど。逆に、だからこそ諦められる、とも言ってたなー。なんかさ、萩君らしいね。そう言われちゃうトコって。」
橋本は笑ってそう言った。俺は、何を言っていいのか分からず。黙ったまま。・・・・・阪井の事を、考えていた。
「さて、終わりでいいかな〜。」
橋本は立ち上がって、ちりとりの中身をゴミ箱にあける。俺も箒を用具入れに片付けて、教室を見回した。机を雑巾で拭いてた二人も、既に片付けにはいっている。
「じゃ、かいさーん。」
嬉しそうに、橋本が言った。
「今日のゴミ捨て、萩君担当だよね。ヨロシク!」
そう言って肩を叩くと、楽しそうに鞄を手にして教室から出て行った。
かわいい・・・と思う。素直に自分を表現している橋本が。
俺はゴミ箱と鞄を持って、教室を出た。
『恋してます。』
あの時の阪井が、フラッシュバックする。
真っ直ぐに俺に向けられた視線。
俺に手紙をくれようとした後輩は、顔を真っ赤にして俯いていた。
阪井は・・・瞳すら逸らそうとしなかった。
真っ直ぐな言葉と視線と。ぴんと伸ばされた背筋が、阪井らしいと思う。
・・・・・なんでだろう。手紙を渡そうとした後輩の事は、余り、記憶にもないしこんなに考える事はなかった。
俺を好きでいてくれたという事には、嬉しい気持ちになったし、ありがたいとも思った。でも、俺にとってはそれまでだった。彼女を知りたいとか、友達からとか・・・そういうことは思わなかった。
冷たい・・・のかもしれない。俺は、告白を受けて尚、彼女には興味を持てなかった・・・という事なのだから。
阪井の事は、やけに覚えている。普段通り、声を震わせる事もなく、俺に向けられた言葉や、彼にまとわりついていた風花の事。「もう、付きまといませんから。」と言った、きっぱりとした態度と。潔さと。
・・・・・・・・それを、少し寂しいと・・・感じた、事と。
そうだ。俺は、寂しい、と思った。この間の木曜日も、阪井から話し掛けてくることは殆どなく、あっても事務的な事ばかりだった。それを俺は・・寂しいと思ったんだ。
分からない。何故、そう思うんだろう。何故?
阪井の事を、俺は知りたい。阪井と、もっと話をしたい。今までのように、一緒に帰りたい。
・・・・・・・なんて、シンプルなんだろう。
『好きな人の事は、知りたくなるもんじゃない。』
橋本の言葉が過ぎる。
・・・・・・・・・・?
好き・・・・・・・・?
振っておいて、俺は何を考えてる?
・・・・・阪井の家の事情が複雑だから・・・俺は好奇心を持っているのだろうか。
それとも、やはり同情なのだろうか。
・・・・・「付きまとわない」と言って来たからには、俺の事は諦めたのだろう。先週だって・・・既に普通、だった。
・・・・・普通・・・・・
俺に・・・話しかけてこなかったのに・・・・・・?
それがあいつの普通なのか?
話さない事が?
『知りたくなるもんじゃない』
『好きな人の事は―――――』
俺のことが
好きでは なくなった から ?
知る必要が なくなった
ゴミ捨て場は、北の端にある。ペットボトルと燃えるゴミ、不燃にそれぞれ分かれていて、俺は持っていたゴミ袋を分別通りに放った。
以前は焼却炉がそこにあったと、用務員の人が言っていた。今は面影もない。
阪井の気持ちはとりあえず、いい。
俺は行き詰まり過ぎた思考を中断した。ゴミ捨て場に置いて行きたい心境になっていた。
問題は 俺が どうしたいか だ。
阪井を どう 思っているのか
どう・・・・・・
「分かってたら、こんなに悩まねぇよな・・・クソ・・・」
鞄を脇に抱えて、図書室に向かう。至る所でのざわめきが、校舎に反響している。ひとつひとつの音、声を拾う事は出来ず、混ざり合い、大きな雑音になる。
ザワザワ ザワザワ
「でね、そこで由利が」「あいつはいつもああでさぁ」「信じらんない!」「今から部会なんだよ、仕方ねぇだろー」「明日から休みだね〜」「何かさぁ、呼び出しされたよー」「親がうるさくてさ」「どっか行く?」「ひろきの言う事いちいち真に受けてたら」―――――――
多種多様の音。走る音、歩く音、物がぶつかる、紙がめくれる、黒板を拭く、椅子を引く、鞄のキ−ホルダー、携帯のベル―――――
図書室の前。
今日は終業式だった。明日からは休みに入る。水曜日だし、本当は俺の当番の日ではない。そもそも図書室は、昨日が休み前最後の開放日だった。
それでも俺がここに来たのは、先生に頼まれていたからだった。
「萩君と阪井君がよければ、放課後、ちょこっとだけ倉庫整理とここの図書整理手伝ってくれないかな。背が高い二人がいると、早く終わるんだけど・・・」
という申し入れの元だ。断る理由などない。多分・・・どちらかと言えば、先生としても背がどうこうというより、頼み易い生徒に頼んだ・・・というのが本音だろうと思う。
扉に手を掛ける。・・・・・その向こうの気配が分かる。
カタン
小さな音。図書カードの箱を、机に乗せるくらいの。
既に、阪井が中にいる。
俺は扉を開けた。受付カウンターにいた阪井が、俺のほうを見る。少し・・・笑う。
「萩先輩、カードの整理とかは終わりましたから。先生が倉庫に一人欲しいって言ってたので、俺行って来ます。ここの本戻すのを、頼んでいいですか?」
カウンター脇のワゴンに詰まっている、返却された本を阪井は指差して言った。
「あ・・・ああ。」
「じゃぁ、お願いします。」
戸口に立ったままの俺の横を、阪井はすり抜ける。
「・・・・・・・・先・・・輩・・・?」
思わず、腕を掴んでいた。
「先輩・・・・・あの・・・・・」
どうしよう。
自分の行動が分からなかった。何をしてんだ俺は?
何で阪井の腕を、掴んでいる?
答えられない。何も言えない。何を言ったらいい?どうすればいい?俺は、どうしたいんだ?
ふと見た阪井の顔が、歪んでいた。
「さ・・・・・・・・・」
バシン!
名前を呼ぼうとした瞬間、阪井が図書室の扉を勢い良く閉めた。瞳は、真っ直ぐ俺を見ている。
「阪・・・・・」
そのまま阪井は・・・俺を抱き寄せた。
「・・・・・ぱ・・い・・・先輩・・・何で・・・何でですか!?」
俺の肩口に顔を埋めた阪井が、絞り出すようにそう言った。
「俺は期待していいんですか。諦めなくていいんですか!?」
・・・・・・・・分からない。
俺は何と答えればいい?
阪井に何て言えばいい?
・・・・・・・・・寂しいなんて・・・・・そんなのは・・・・・・・
阪井の背に、ゆっくりと両腕を絡ませる。ビクリと、阪井の背が震えた。
「・・・・・・・・同情、ですか?だとしたら、最悪の侮辱だ。」
分からないんだ。阪井。
ただ、こうしたいと思う。
「何とか言って下さい。萩先輩。」
回した腕に、力を込める。何で・・・・・何でだろう。
「・・・・・・・・先輩?」
眼鏡の向こう・・・視界がぼやけた。顔を上げようとする阪井の頭を押さえつける。
「・・・・・泣いてるんですか?萩先輩・・・・・・・・何で・・・・・」
分からないんだよ。それが。おかしいだろう?
お前の事だけは、お前に関する事だけは。
分からないんだ。
ただ
「寂しいんだ・・・・・・・阪井。」
お前が、離れて行く事が。俺を忘れようとしている事が。
「・・・・・・・・何で・・・そんな事言うんです。」
「・・・・・・分か・・・ら、ない。ただ、阪井が、俺を避けている事が・・・辛い。」
「それは、何故なんですか。」
明瞭に、その声は脳で響く。
・・・・・何故ですか。
「分からない。分からない・・・阪井。」
阪井の手が、俺の頬を包むように触れた。顔を見られるのは嫌で、俺は下を向いたまま、阪井の制服を掴んでいた。
阪井は少し強引に俺の顔を覗きこむ。恥ずかしくて、俺は視線を逸らす。
「・・・・・先輩にもそういう顔、出来るんですね。」
目の前の阪井は、やさしく笑んだ。
「嫌だったら、言って下さい。」
「え・・・・・?」
阪井はゆっくりと、俺の頬に口付けをした。
「あ・・・・・ちょ・・・っ・・・阪井・・・・・・?!」
「嫌だったら・・・嫌だと、言って下さい。」
唇に、触れる。
「・・・・・・・っ・・・・・・・・・」
眼鏡が外されて、俺は思わず目を閉じた。
嫌じゃ・・・ない。
「先輩・・・萩先輩・・・・・・俺は、同情なんていらないんです。・・・俺が欲しいのは、そういうのじゃないんです。・・・・・分かってますか?」
「俺のは・・・同情?」
自分の気持ちが分からず、俺は間抜けにも阪井に疑問を投げてしまった。
「・・・・・・・・・今の・・・嫌でしたか?」
俺は首を横に振った。
「本当に?」
「・・・・・ああ。」
阪井の問いかけはそれ以上なくて、俺は思わず阪井を見た。
「・・・・・・・」
顔が、真っ赤に染まっている。
「・・・・・・・阪・・・井・・・?」
「・・・あ・・いえ・・・あの・・何か・・・う・・・嬉しい・・・・・。」
嬉しい・・・・・・?
って・・・あ・・・・・・
俺は、自分が言った事の重大さに気付いた。
これは・・阪井に告白したのと・・・同じ・・・・・じゃないか!?
顔面が火照る。どうしよう。何だか良く分からない。分からないけど・・・これは・・・・・。
これは、恋なんだろうか?
20041222