あれから・・・また一週間が経つ。
あの後、携帯に親から電話がかかってきて、耐えかねた木下先輩がやって来て。
静寂だった場所は、一気に忙しくなった。
親には怒られ、木下先輩は・・・
「良かった。」
そう、一言言った。
その表情には安堵の他に、少しの寂しさが交じっているように、俺には見えた。
「ごめんなさい。・・・・・・兄さん。」
「・・・・・・・久々だな・・・兄と呼ばれるのは。」
阪井はいつもの・・・変わらない表情で先輩に謝り、先輩もいつもの柔和な笑みを浮かべた。
何となく、その表情に二人の関係と、これまでが集約されているような気がした。
それから、二人は片付けを始めたのだが、俺は無理矢理帰された。体調は悪くなかったが、阪井と先輩から見れば病み上がりなわけで。・・・俺は、その言葉に従った。
先輩に阪井の家の鍵を返し、俺はまだ散らかっている玄関に向かう。
どういう思いなのだろう、と思った。こんなに激しい感情が、阪井の内に隠れている。どんな顔で、これらを行ったのだろう。
寂しくて?拒否された事に耐えられなくて?
自分が・・・・・・・赦せなくて?
許す・・・とは何だろう。俺は阪井に・・・あれで良かったのだろうか。嘘は言っても仕方がない。けれど、嘘も必要だったのではないだろうか。受け入れると・・・言えれば良かったんだろうか。
そこで、俺は自分の感情に気付いた。
これは 同情 だ、と。
先輩の意図が分かった気がした。先輩は、阪井の事なら大概分かっているだろう。
だから、うちに来て、俺に内情を話した。俺の同情を買う為に。そうすれば・・・俺が動く事を知っているから。・・・だから、先輩は俺に謝っている。ずっと・・謝っている。
先輩は、阪井しか見えていない。
阪井の為に俺を犠牲にする事を選んだ。
極端に言ってしまえば、それだけの事だ。
それは・・・・・家族に対する思いだけなのだろうか。
玄関は真っ暗だったが、電気のスイッチを探す気にはなれなかった。俺は外灯の明かりだけを頼りに進み、外に出た。
腕時計を見ると、八時を回っていた。阪井の父親が帰ってくる気配はない。道路にも、人影はなかった。
俺は、家を見上げた。今は二階の部屋に、電気が灯っている。あの中に、阪井と先輩がいる。
数瞬の間、見上げた後、俺は帰宅の途を辿った。
「・・・・・・・・阪井。」
図書室に入ると、既に阪井が図書カードなどの箱を出し、準備にかかっていた。
「萩先輩、体調はすっかり良さそうですね。」
阪井が、嬉しそうに言って来る。
「あ・・・ああ。」
平素と変わらない。分かっているのにどうしてもあの時と被る。
「阪井は・・・・・」
「俺は、大丈夫です。あの時は本当にすみませんでした。」
ペコリと、頭を下げられた。
それは、俺に対する軽い拒絶を感じさせる。
一週間、会わなかった。ずっと気になってはいて、家の前に行った事もある。電気が点いている時もあったが、大体はシンとしていて人の気配はなかった。
きちんと会いに行かなかった理由は・・・一応、ある。
木下先輩が、あの後の金曜日に俺のクラスに来て、話をした。
その時の話で、「落ち着いたみたいだから、一週間、普通にしてて欲しい。」と言われていた。だから俺は、阪井に会おうとしなかった。・・・わざわざ会いに行く勇気がなかった・・と言えばそれまででもある。
けれど、心のどこかでは偶然会うのではないかと、そう思っていた。なのに・・・同じ校舎にいる筈なのに・・・偶然では、阪井に会えなかった。それに、言い知れない不安を感じている自分がいた。
俺は、受付に座る。阪井は休み時間などに返却された本を、棚に戻しにかかっていた。
「阪井・・・その・・・」
図書室にはまだ誰もいない。司書の先生は、多分まだ倉庫のほうだろう。
阪井が俺の呼びかけに、こちらを見た。
何を言ったらいいのか、途端に分からなくなる。そんな俺を見て、阪井は一瞬不思議そうな顔をしてから、ふと笑った。
その瞬間、ガラ、と扉が開いて、一人の女生徒が入ってきた。
「これ、返却したいのですが。」
二冊の本が、カウンターに置かれる。彼女のほっそりとした白い手首が、目に付いた。
「あ、はい。」
本のカードに日付を記入し、彼女の持ってきた個人別の図書カードを受取って、返却のハンコを押す。
「はい、結構です。」
女生徒は次に借りる本を選ぶのだろう。図書室を物色し始めた。俺は彼女の図書カードを所定の場所に納める。
完全に、話す機会を失してしまった。それを残念に思いながらも・・・、安堵していた。
・・・・・・・・・俺は、何を言おうとしたんだろう。
自分の感情すら分からなくなっていた。
阪井を見ると、黙々と本を戻している。平素と変わりなく見える。
本当に・・・吹っ切ったんだろうか。あの時の状況を思い出して、俺は思う。
「・・・・・・い・・・萩先輩・・・・!」
ハッとして顔を上げると、阪井が俺の前に立っていた。
「どうかしたんですか?・・・・・四時です。当番終了です。」
「あ・・・ああ。」
俺は、図書カードの入った箱を所定の引き出しに片付ける。阪井が鍵を持って、入り口で待っていた。俺は鞄を抱えて、入り口横にある電灯スイッチをオフにしてから、図書室を出る。
ガチャリ、と鍵がかけられ、本日は終了。
「では、俺はこれで。鍵は返しておきますので。お疲れ様でした。」
阪井が背を向けた。俺は声を掛けようとして、思いとどまる。阪井は俺に「もう、付きまといませんから。」と言ったのだ。そしてそれを実行しようとしている。
・・・・・・・・一緒に・・・・・帰れない。
そういえば、今日も殆ど話をしていない。これまでだったら、少なくとも何か話題があった。それも・・・阪井から提供されたものばかりだったと、俺は気付いた。
阪井が話しかけてこなければ、こんなにも会話がない。
阪井の背中が廊下の角を曲がり見えなくなるまで、俺はぼんやりとその場に立っていた。
阪井が気になるのは、同情からなんだろうか。
それとも・・・好奇心なんだろうか。
俺のこの感情は 一体何なんだろう。
20041216