『恋ってなんだ !』


「俺、貴方に恋してます。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 風花が舞っていた。今年も暖冬で、余り雪が降らない。
 東北のこの地の雪は、年々初雪も遅くなっている気がする。
 俺が子供の頃は、11月の後半にもなれば、初雪などとっくに降り終わっていた。12月に入れば、道路に雪がほんのりと積もっているのが通常だった。
 俺は雪が積もればとにかく外に出て、ひたすら駆け回っていても飽きないような子供だった。風邪をひいていても外に出て、雪を手のひらに乗せ、数瞬で溶けてしまうその結晶を、良く眺めていた。
 両親が物凄く心配して、「熱があるのに!」と、良く怒られていたのを思い出す。

 今年もそれが最早夢だったかのような、そんな日々。
 風は冷たくなったし、寒くもなった。が、肝心の雪は、チラチラと数分降る程度が関の山だった。
 コートを着てる人もいるが、まだ薄手のジャンパーを羽織っている人も多い。それでも元来寒がりな俺は、コートとマフラーを、12月に入った時点で着込んでいた。

 12月も5日を過ぎ、寒がりなくせに雪好きの俺は、物足りなさを感じていた。
 初雪は降ったものの、舞う程度。それからはまた晴天が続き、今日やっと降った雪も、風花。それでも俺は、心なしか浮かれていた。テンションが上がる事もないし、クラスメイトからは「落ち着きすぎ!」と言われる俺だが、別にそう見えるだけの事で。
 嬉しい事はやっぱり嬉しいし、驚いている時は驚いている。ただ、顔や態度に反映しないだけのこと。


「俺、貴方に恋しています。」

 目の前の人間が、再度そう言った。
「・・・・・・・」
 思考がフリーズしている。
 フゥっと彼が溜息をついた。白い息が拡散する。
「こんな時でも貴方の表情は・・・変わらないんですね。」
 少しだけ辛そうに笑う。
「・・・・・・お前の顔だって、そんなに変わってない。・・・それは・・・告白なのか?本気で?」
「ああ、全く。そういう事を言ってくれるという事は、少しは驚いてくれてますか?・・・・・・・お互い・・・・・・・・気持ちを伝えるのに、不都合ですね。これでも俺は、かなり緊張しているし、昨日から眠れなかったんです。」
 こともなげに、彼はそう言った。それでも、やはり表情の変化は乏しい。緊張しているようには見えない。
「・・・・・・・・俺は――――――――」
「すぐに答えが出ないという事は、俺、少しは期待していいんですか?それとも・・混乱してるだけですか?」
 彼が一歩俺に歩み寄った。やわらかに舞う雪が、その空気に煽られる。俺の足は、ビタリと接着剤でくっつけたように、アスファルトから離れなかった。
「期待、しますよ。先輩。」
 しなやかな腕が伸びてくる。
「阪井(サカイ)・・・俺は・・・」
 ふと、胸が少し痛んだ。
「・・・・・・・・・・・悪い・・・・・・」
 阪井の腕は、俺の頬に触れる直前で止まり、そのまま離れた。溜息がまた一つ。
「・・・・・・・何だ・・・駄目ですか。折角一緒に帰れるまでになったのに・・・また振り出しだ。」
 最後のほうは呟きだった。
「すみません。先輩。本当は言わないつもりだったんです。・・・先日、先輩が女子から手紙貰っているところ・・・偶然見てしまって。そしたら歯止めが利かなくなったんです。・・・・・何もしないで、誰かに捕られるなんて、俺には耐えられなかったから。本当、すみません。」
「阪・・・」
「もう、付きまといませんから。後は、委員会で一緒になるくらいは・・・せめて無視しないでやって下さい。それも後、数ヶ月ですから・・・・・・じゃ。」
 阪井は礼をすると、俺を抜いて走って行った。彼の周りで雪が飛び跳ねる。黒いジャンパー姿は、すぐに闇に溶けた。12月初旬、午後6時を過ぎた今は、既に夜の闇に覆われていた。
 俺は阪井と同じように、溜息をつく。息はすぐに霧散する。喉の奥が乾いていた。それに気付いた時、「ああ、俺も緊張していたんだ」という事を知った。心臓が、脈々と音を立てている。体全体が、少し火照っていた。
(あいつも・・・そうだったろうか?)
 俺に、告白するのに・・・・・・・・・
 どれだけの勇気がいったのだろう。どれだけ・・・。同性に告白する事など、俺には出来そうにない。相手から軽蔑されたり、避けられるようになる苦痛・・・一体阪井はそれをどうやって押し退けたのだろう。
 阪井が去って行った方向に、俺も再び歩みだす。雪は積もりそうにない。細かい切片がチラチラ舞う程度では、すぐに溶けてしまう。



 阪井と初めて会ったのは、多分、図書委員の委員会だと思う。半期ごとに委員は変わるのだが、前期に、一番面倒な学級委員兼代議委員なんかをやっていた俺は、今期はその枠から外され、図書委員に落ち着いていた。
 前期を思えば、物凄く楽だった。月一回の委員会に出席して、図書室の整理分担や受付担当を決める。後は個々で割り当てられた日に、割り当てられた事をしていればいい。受付の日は若干遅くなるが、別に苦痛でもない。

 初めての委員会で三人一組で作業分担する事が決まり、俺と組になったのが阪井だった。
 一学年7クラス。各学年、一人ずつで三人組になる。結局、クラス別に組むことになり、2年5組の俺と、1年5組の阪井、後は3年5組の木下先輩で木曜日の受付と、書庫整理をする事になった。
 ただ、三年生は時期的に、とてつもなく忙しく、受験真っ只中であったので委員会でも「三年の融通はきかせるように。」と言われていた。
 9月過ぎくらいまで、木下先輩も俺達と委員の仕事をしていたが、10月に入る頃には塾や学科ごとの放課後指導、個人面談が入るようになり、余り顔を出す事がなくなった。
 木下先輩はいつも申し訳なさそうに、俺と阪井に謝っていた。
「悪い、今日は塾の講習会があって。」
「数学の学習会があって。」
「模擬試験があって・・・・・・・。」
 その分、昼休みは一人で担当してくれたりしていた。他の人に話しを聞くとやけに羨ましがられたので、木下先輩はかなり真面目な人なのだろう。
 結果、放課後は二人で作業する事が増えた。俺達はどちらも話し上手なほうでも、おしゃべり好きなほうでもなかった。必然と、黙々と作業することになり、ひとりが受付をしている時、もう一人は整理・・・と、何となくで毎回やっていた。
 司書の先生がそれを見て、
「萩(ハギ)君と阪井君は、いつも静かね。」
 と言った程、話さなかった。
 そんな阪井が俺にポツポツと話をしてくるようになったのは、10月も中を過ぎた頃からだった。他愛もない話ばかりで、それも長くは続かない。すぐに沈黙する。ただ、不愉快には思わなかった。俺は初めて、沈黙してても気が落ち着かない事がない人間を、目の当たりにしていた。
「・・・先輩、クラスの人に”落ち着きすぎ”とか、言われませんか。」
 そんな事を言ってきたのは、いつだっただろう。
「ああ、言われる。そういう阪井も、言われるだろう?」
 少しだけ、笑う。
「そうですね。落ち着きというか・・・”無表情だ”と言われます。」
 そう、だろうか。今だって、軽く笑みを浮かべている。それは嫌味な感じもしないし、表情がないとも思えない。確かに高校一年にしては達観しすぎているようには見えるけれど。
「俺は眼鏡かけてるからな。尚更真面目そうに見えるらしくて。前期は学級委員なんかをやらされた。」
「知ってます。」
「え?」
「萩君!ちょっとこっちの上段の本、取ってくれない?」
 書庫の奥から、先生が顔を出して言った。
「あ、阪井君でもいいわ!お願い。」
 阪井を見つけて、そう付け加える。
「・・・俺が行きますから、受付、お願いしますね。」
 阪井はそう言うと、その背を向けた。
(・・・・・・・・・知ってた?)
 俺が、学級委員をしてたのを?阪井も、学級委員だったろうか。そう考えて記憶を辿ってみたものの、阪井の姿を委員会でみた記憶はなかった。
 俺も180を越す長身の部類だが、阪井も同じくらいの身長だ。あの中にいれば、否が応でも目に付く。
 後で聞いてみよう、と思ったが、結局俺はそのまま忘れてしまった。

 それから程なくして、家の方向が同じな事を知り、毎週木曜日・・・委員の作業が終わってから、一緒に帰るようになった。
「部活は?」
 そう聞くと、明確な返答がないまま、阪井は曖昧に笑った。
 俺はと言えば、美術部なんかに入っていて、週三回、月水金の他、活動は基本的に自由だったから、木曜日はそのまま帰宅していた。
「先輩が美術部って、ちょっと意外ですよね。」
 帰りながら、阪井はそう言った。俺は、部活の話はしただろうか?と少し思ったが、話した事の全てを覚えているわけでもないので、問う事をしなかった。
「凄く背が高いし・・・バスケとかバレーとか、誘われなかったんですか?」
「中学の頃、俺は身長低いほうでさ。155センチ位だったんだ。伸び始めたのは三年になってからで・・・。スポーツもそんなに出来るほうじゃなかったし、高校から始めようとも思わなかったから。中学も美術部で、そのまま高校でも・・・っていう感じだな。」
「じゃぁ、二年ちょっとで30センチ近く伸びたんですか!」
「・・・そうなるな。阪井は?ずっと身長は高かった?」
「・・・・・小学校六年の時点で、160越してました。・・・あの頃は、小学生料金で遊園地とか行くの、大変でしたよ。」
 言いながら、軽く笑う。

 本当に、そんな程度の会話しかした記憶がない。
 タイプ的に・・・似ているのだと思ってはいた。
 クラスメイトに”落ち着きすぎ”とか”慌てる事あるのか”とか、そういう事を、阪井も言われていたらしい。
 だからだと思っていた。阪井と一緒にいても、沈黙が辛くないのは。



「俺、貴方に恋しています。」


 ・・・・・いつ、から?どうして 何故 ?
 思い当たる事は何もない。しゃんと伸ばされた背筋・・・今思えば、それだけが阪井の緊張を表していた。
 貴方・・恋・・そんな古風な言い方は、本来だったらふざけているとしか思えない。阪井だから・・・阪井だからこそ―――――――

 俺は、そういう想いが良く分からなくなっていた。
 好きな女の子がいた時期も、勿論ある。今は・・・・・特には思い当たらないけれど。
 阪井に告白を受けた事で、俺の胸中に澱のようなものが沈殿していくのを感じた。

 そして俺は、あれから一週間目の木曜日・・・・・つまり、今日。学校を休んだ。
 阪井に会わなくてはならない、という事を考えた水曜日。胃がキリキリと痛み出し、夜半過ぎから熱を出した。


 恋ってなんだ。 


20041204

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