亡骸


温暖化とか、それに伴う天変地異とか。
そういったものが何百年か前にあって。
文明は、そこから一旦再構成されて現在に至る。

男女比が変化したのは、その後らしい。
現在、圧倒的に男性の比率が高い。遺伝子情報の某とか、 欠陥とか、諸説紛々あっても確たる立証はできていない。
8人に1人の女性。
それが現在の比率だ。
(自然淘汰されてるみたいだ。)
シリアルはそんな事を思っている。ヒトという種が増えすぎないように、 自然と調整されているような。そんな錯覚。
空高くにあるという兵器にしても、出生人数に関しても。

そのせいか、こと恋愛というものに関しての性差がなくなった。
自由恋愛とでも言うのだろうか。
それが男女の人数の比率から来ていることは、言うまでもない。

少しずつ、少しずつ時代という波を人間が受け入れた結果。しかし、特定の種族はそれを 拒み、除々に姿を消し、もしくは散り散りとなってしまった。
そういう人達にとってはこの時代の波は、一足飛びに襲ってきたに等しいものだったから。 シリアルの祖父母にあたる人達は、変化を受け入れなかったもの達の中にいた。
しかし若かったシリアルの両親は引き止める手を振り払い、時代を受け入れようとし、 街へ下りて来た。
種族としての存続は、既に望めないものと知っていた。自分たちの代で、限界に達している 事も。これ以上の閉塞はもう、無理なことだと。
それは恐らく誰もが知ってはいたのだ。ただ、無視をしていただけで。
除所に低下する出生率と、他と交わることを拒んだ結果の衰退。それでも
捨てきれないもの。それは確実にある。

街へ出てからも、馴染めないものはあったのだろう。シリアルの両親は事ある毎に種族の 慣習をシリアルに話した。
それは、残して来てしまった両親へのせめてもの謝罪のように。贖罪のように。
故に、級友も誰も気にしない恋愛というものに関して、殊更敏感になった。両親は異性と するものだと言い、しかしシリアルの周りはそうではなく。
環境と思想のギャップが、シリアルに人を好きになることを躊躇わせた。それは必然だった のかもしれない。

その上シリアルには、異性だろうが同姓だろうが、その感情自体が良く分からなかった。
考えれば考えるほど分からなくて、結局自分には特別な気持ちで誰かを対象とする ことはできない気がした。
周囲の人間全てが一律で、並列的な見方しかできないのは病んでいる気もして、 シリアルはどんどんと内に篭もっていった。
それはカセッツとの事があって、初めて意識したことだった。友人にも、勿論両親になど 相談できるはずもない。
一人で悩むことに限界があることも、初めて知った。鬱病的になっていくシリアルを見て、 周囲の人間は心配を顕わにしたが、どうなるわけでもなく、半ば無理矢理両親に医者に 行くことを薦められたのだった。


「告白・・・・・されたんです。同級生に。」
「シリアルは、何と答えたの。」
率直なアーフェライドの言葉に、シリアルはうろたえた。
「大丈夫だよ。何も君の返答によって、私がどう思う事もないから。」
言葉よりも何よりも、アーフェライドという医師の持つ雰囲気が、シリアルの緊張を 解した。
「ゆっくりでいい。話したくないと思ったことは話さなくてもいいし、私の言うことに 怒ってもいい。シリアルはシリアルでいていいよ。すぐには難しいだろうけれど、 私は昼間は大体ここにいるから。いつ来てもいいよ。」
そう言って柔く笑う。
その琥珀の虹彩に包括されるように、シリアルは口を開いた。
「逃げ・・・て・・・しまって・・・・・。何も、言ってません。」
それから、彼とは話をしてません。と、シリアルは付け加えた。
「シリアルは、どうしたい?彼と友達に戻りたい?それとも、本当は彼の事が好き?」
シリアルはアーフェライドの顔を見た。やはり人形のようだった。
それでも、その纏う空気の柔らかさは生命を感じさせる。それがアーフェライドという 人間の魅力のように、シリアルは感じていた。
「先生、僕は、恋愛感情というものが分かりません。僕にはカセッツの・・・あ・・・その 友人なんですが・・・・・。カセッツのことをどう思っているのかとか、そういうのは良く 分からないんです、自分でも。」
「そう。友達に戻ろうとは思わなかった?」
シリアルは顔を伏せた。
「無理だと・・・・・思ってしまったから。」
「無理?」
「僕のことをそういう風に見てると意識してしまったから。僕はもうカセッツを、友人という カテゴリから外さなくてはならなくなってしまったんです。」
「・・・・どうやらシリアルは、少し堅い性格のようだね。そんなに難しいものではないよ。 恋愛も、友情も。」
「そう・・・でしょうか。でも、僕は怖い。他人が知り合いになって、友人になって。その境は どこにあるのか分からなくて。僕はカセッツを友人だと思っていた。だけど、カセッツは そうじゃなかったという事でしょう?・・・・・僕には・・・・とても難しい・・・・・・・・・。」
アーフェライドが椅子から立ち、腰を屈めシリアルの目線に合わせる。
「シリアルの種族は、山岳のほう?北の。」
「良く・・・ご存知ですね。そうです。僕はここで育ったので知りませんが。」
「そう。」
少なからずアーフェライドにはその知識があった。だから、シリアルの種族の風習も、若干 なりとも記憶に残っていた。
「ゆっくりでいいと思うよ。それは突然やってくるものだから。理屈ではないし、シリアル、 君になら分かる筈だよ。」
「そうやって、他人を想って悩むことができるのなら。」と、アーフェライドは付け加える。
不安そうな表情を見せるシリアルに、アーフェライドは変わらない笑みを浮かべた。


「アーフェライド」
「いないのか?アーフェライド!!」
幾分声を大きくして、入り口で呼ぶ。それからズカズカと病院内に入り込んだ。
「今、接客中だ。煩いぞクィルム。」
診療室の淡い茶色の戸を開けて、アーフェライドが幾分眉を顰めながら言った。
「何だ。もう受け付けもとっくに終わってたから、いいのかと思ってしまった。」
余り悪びれた様子もなくそう言われて、アーフェライドは破顔した。
「ちょっと待っててくれ。送ってこようと思っていたところなんだ。もう遅いし。」
日の落ちるのが早いこの時期、6時を回ればもうあたりは闇に包まれている。冷気は昼間 の比ではなく、ここから家まで歩いて30分ほども掛かると言うシリアルを、放っては おけなかった。
「あ、じゃぁ俺の車使えばいいだろう。そして俺も行く。」
「は!?来るのか!?お前が運転して?」
「車、お前の車の手前に止めちまったんだよ。で、運転はお前。俺は彼と後ろに乗る。」
声を聞いてか、診察室から顔を出したシリアルを見て、クィルムは言った。
「別に来なくていいよ、すぐ戻るし。」
「えー。いいだろ?あれくらいの歳だって、油断ならないぞ?」
「・・・・・・・・・・・クィルム・・・・・・・・・・・」
冷めた視線と、呆れた顔とを混ぜ合わせて、アーフェライドは咎めるように名前を呼んだ。 その後に続ける言葉すら見つからないように。

軽いエンジン音が夜風に乗って、三人を乗せた車は車道へ出た。
運転席にアーフェライドが座り、後部シートにシリアルとクィルムが並んで座った。
十分な広さのある座席は、二人の距離を適度に離していた。
「何か?えーー・・・・と。」
「・・・・・・・・シリアル。」
「うん?何か用か?シリアル。」
じっとクィルムを見ているシリアルに、軽い調子で問う。もごもごと言いにくそうにして いるシリアルを待つように視線を投げ、それから頭を撫でてやる。
「俺の名前はクィルムだ。クィルム・セカンド。珍しい色だな?山岳の方か?」
シリアルがコクリと頷く。このくらいの歳で頭など撫でられたら、子供扱いされるのを 嫌って怒るものだが、シリアルはそんな様子もない。
「海近くで外科医をしてる。何かあったら来るといい。まぁ、何もないのがいいがな。」
カラカラとクィルムが笑う。あけすけない性格のようだ。
「何もなくても来ていいけどな。どうだ?今度遊びに来るか?散歩には丁度いいぞー。」
そうしてやはり明るく笑った。そんなクィルムの声を、アーフェライドが静かに笑って 聞いている。

「お二人は、恋人同士なんですか?」

唐突な質問だった。
「おい、アーフェライド、青。」
クィルムが指摘すると、はっと我に返ったアーフェライドがぎこちなく車を発進させた。 後方車からのクラクションを受け、少々のハンドルミスをする。
「・・・・・動揺し過ぎだぞ、お前。」
クィルムが面白そうに笑う。「こんなアーフェライドは中々見れないからな。もっと言って やれ。」などと言いながら。
「あー、で、質問はそれか。聞きにくそうにしてるから、もっと何かあるのかと思ってた。 お察しの通りだよ。シリアル。もう・・・んー、五年くらいか?アーフェライド。」
「・・・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・・・」
幾分、アーフェライドの声のトーンが落ちている。怒っているのか、照れているのか シリアルには判別がつかなかった。
「あの、ごめんなさい。」
とりあえず謝る。聞いてはいけなかったのかと、そう思う。
「何、謝ることはないぞ?アーフェライドは照れ屋さんなだけだからな。別に隠してる わけでも、隠す必要があるわけでもない。気にするな。」
相変わらずの軽い調子で、クィルムは再びシリアルの頭を撫でる。
「そう、ですか。」
人と付き合うという事は、どういう事なのだろう、と思う。それを聞いてみたかったが、 何となく憚られてシリアルはやめた。
二人の間の空気はとても穏やかで、それはシリアルにとっても居心地の悪いものでは なかった。誰かを邪魔とするような雰囲気は微塵も持ち合わせていなくて、ただ、 ゆったりとした空気がそこにある。
それが分かるから、シリアルは聞かなかった。


そして三年。
シリアルは以降、鬱的になることもなく、カセッツとは未だに友人でいる。
ハイスクールに上がる頃にはカセッツに恋人もでき、ジュニアの頃の話 も懐かしい話の一つに上がるくらいになった。
相変わらずシリアルにはその気持ちは不可解だったけれど、カセッツが余りに楽しそうに 話をするから、そういうものなのだとも思った。
時には喧嘩をしたと落ち込んでいることもあったが、シリアルにはそう言った感情の波が ひっきりなしに起こっているような彼らを、羨ましくさえ思った。

そして、シリアルはその人を見つける。

目が離せなくなる存在を。
焼きついて、消えることのない存在を。
それに気付くのは、まだ、少し先。
そして、その存在が齎すものは、・・・・・・・・・・・・・・・空の青さ、そして闇。


「本当に、綺麗だ。」
その人を起さないように、黒髪を手にする。海水によって多少ごわごわとした感触。その 漆黒の闇を秘めているような髪は、シリアルの目に焼きつく。
「・・・・・・・・・・・・・」
身じろぎし、その人の瞳が、ゆっくりと、開いた。
目が離せないでいるシリアルを、真っ直ぐに見る黒曜の瞳。
「arigatou」
シリアルには通じない言葉を、その人は瞳を細ませて笑って発した。


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