亡骸


黒。
その色を綺麗だなどと思ったのは、初めてだった。


「学校はいいのか?シリアル。」
扉を開けながらクィルムが入ってくる。シリアルはその人から顔を背けないまま答えた。
「自主休暇。」
それだけ言う。
ハハハ、とクィルムが笑った。
「それをサボリと言うんだ、シリアル。」
言いながら、シリアルの灰色の頭を少し強めにポコポコ叩く。
相変わらず豪快な先生だ・・・・と思う。シリアルのサボリを諌めることも、頭ごなしに 叱ることもしない。
姿形の線は細いのに、性格は豪胆というか、大雑把というか。
「俺は関わらないからな?サボリの始末は自分でつけろよ。患者のことはきちんとしてやるから。」
良くも悪くも、クィルムという医師はある一定年齢を過ぎた者に対して、個人を尊重する。 余程外れたことをしようとしない限り、放任する性質らしい。
「明日は行くよ。今日くらい・・・・。なぁ、大丈夫そう?」
「ちょっと出血は酷かったけどね。大丈夫だよ。」
「そう・・・・それは、・・・・うん、良かった。」
「歯切れ悪いね、シリアル。」
「・・・・・・・・」
目の前の人物をじっと見て、それからクィルムを振り返る。
「先生はどう思う?黒い髪に黒い瞳だよ?東国の人かな?史書は嘘だったのかな?」
「気になるか?」
「そりゃ・・・なるさ。」
クィルムがぐしゃぐしゃとシリアルの頭を撫でる。
「同情?いつまでたっても、子供扱い抜けないな。」
少々怒り気味のシリアルに、クィルムは首を縦に振った。
「相変わらず、正直だなぁ。そういう感情を向けられるのを、酷く嫌う人もいるってのに。」
「嘘ついても仕方ないからね。」
「まぁ、俺は先生のそういうとこ、嫌いじゃないよ。」
「それはどうも。」
シリアルの『嫌いじゃない』という言葉は、イコール『好き』の意味であることもクィルムは知って いる。
そう言った感情表現がシリアルは少し苦手で、不器用なのだ。素直に好意を表現することは、気恥ずか しさを伴う年齢でもあり、境遇でもあった。


シリアルの灰色の髪も、今では中々見られない。
自然と共に生きてきた種族の一つで、街に下りなければならなくなった時点で存続は難しかったのだ。
シリアルの両親はこの街に定住し、他の人たちとはバラバラになったらしい。その辺のことは彼の 両親も余り話したがらず、シリアル自身も良く知らない。

「シリアルは、この人が自分と同じような境遇だと思ってるのかい?」
クィルムの問いにシリアルは眉を顰め、考える風に天井を見た。
「違う・・・かな。ただ、・・・・こう言ったらおかしいだろうか?」
「何?」
シリアルが寝ているその人の黒髪を、顔を、じっと見詰めた。
「綺麗・・・だと思ったから。黒という色が、こんなに綺麗なものとは思わなくて、俺は声が聞きたくて、 その瞳の色も見てみたくて、・・・・・・話を・・・・してみたくて・・・・・・・。」
そうして、更にじっと、視線を注いでいる。
「おかしい・・・だろうか。相手も男なのに。」
「別に恋愛は異性間のみで起こるものでもないよ。ああ、そうか。シリアルの種族ではそういう観念が あるんだったね。」
「うん、まぁ・・・。両親からはずっとそうやって育って来たし。実際、先生とアーフェライド先生が 付き合ってるって知ってても、俺には良く分からないし。級友でも何人かいるけど・・・・やっぱり 良く分からない。」
「でも別にシリアルはこの人にそういう感情を抱いているわけでも、ないんだろう?」
「良く・・・分からない。だから、先生のとこに来たりしてるんだよ。」
苦笑を交えて、シリアルは言った。
「俺は精神科医じゃないぞ?それはアーフェライドの方だろう。」
「分かってるけどさ。アーフェライド先生といると、どうもクィルム先生の話になっちゃうんだ。」
「あいつも職務怠慢だな、何を話してるんだか。」
まんざら嫌そうでもなく、クィルムは破顔した。
「まぁ、俺がアーフェライド先生のとこ行ったのもジュニアの頃の話で、あれから・・・3年か。 病院に行った理由が理由だったし、今でもアーフェライド先生は俺のことは別に大丈夫だって、 そう言うし。」
「時が来れば分かる、とか言われたんだろう?」
「うん、そう。何?話をした?」
「まさか。患者のプライベートの事だ。アーフェライドはそういう事は話さないよ。」
「ああ、そうだね。仕事には・・・とても実直なトコがあるから。」
「俺もアーフェライドと同じ意見だよ。そういう事は時が来れば分かる。そう、難しく 考える事でもない。わざと難しくしてるのはシリアル、君自身だよ。」
真摯な目をクィルムに向けられて、シリアルは照れたように下を向いた。それから、寝息を 立てているその人を見る。
穏やかな呼吸を聞くと安心できた。きちんと生きているのだという、それが分かる事に。
「恋愛、っていうのは、大体勘違いでできているものだ。シリアルにも分かる。人を好きに なると言う事も、必要になるという事も。それ以上の感情が、君の中にも絶対にある。」
「うん。ありがとう。」
シリアルは、クィルムに笑みを返した。



シリアルがアーフェライド医師の元を訪れたのは、ジュニアの二年にあがった頃だった。
日差しが暑くなりかけていて、既に半袖姿が見られる時期。

名前を呼ばれて診察所に入る。入り口正面の腰掛けに背筋をピンと張って座っている、人形のような 顔とガラスのような瞳をした医師が、アーフェライドだった。
色素の薄さが目を引く。特に瞳の淡い虹彩は、遠い日に見た琥珀を思い出させた。
「えーと、シリアル・クレイフィールド?はじめまして。アーフェライド・ソリエです。 何から・・・話しましょうか?」
柔和な笑みもまた、人間の生気が抜けているように見えて、シリアルは独白のように言葉を紡ぎ 出した。
人間臭さがどこか欠けて見える事が、シリアルの口を軽くしたのかもしれない。


「告白・・・されたんです。・・・・・・・同級生・・・に。」
「友人だと思ってた・・・同性に。」
シリアルの俯き加減の顔を、アーフェライドはやはり柔和な雰囲気を身に纏って見詰めていた。


INDEX --- RETURN --- NEXT