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それは突然の出来事だった。
最初は、エクメネから遠い国同士の宗教戦争だった。それがどう飛び火したものか。
エクメネに武器密売のルートがあるという事が発覚してから、事態は異常な早さで変化した。
密売はジャイルに展開されていた。その敵国にあたるソーラが、本来中立国である筈のエクメネに抗議を申し立てた。
ただ、政府上層部に武器密売に関わっている者がいるのか、その尻尾は中々掴めなかった。
そうこうしているうちに、戦況は悪化する。周囲の国々を巻き込んで、戦火は瞬く間に広がっていった。誰かが、情報操作でもしているかのように。
ジャイルとソーラに乗じて、兵の派遣、武器の売買が活発化して行く。促されるかのように他国でも同じような宗教戦争が勃発し、事態は益々の混乱を見せ始める。その混乱に乗じて領土拡大を企む国々が、更なる戦争を始める。
元々企業のトップが強大な発言力を持っている国が多い。エクメネでもそれは変わらない。国家主席に対する権限も、国を動かす力も、経済を掌握している者が勝ち得ている。勿論、民衆を扇動することやその指揮を促す事も、経済を牛耳る程の手腕ならば発揮できるだろう。
そんな中で国は[企業]としての相互関係と利害一致で、辛うじて争いが避けられていたに過ぎない。そんな危うい状態に宗教という信仰が加わり、それが分化するにつれ摩擦も大きくなっていたのだ。
民主化とは形ばかりの世界で、トップの思惑のみが戦争という荒波を引き寄せて行った。各国で兵器の開発が行われ、数々の衛星が打ち上げられる。そのまま均衡を保った状態が続く。
そこに目を付けられたのが[ギニョル]という人型だった。
ギニョルはあらゆるミッションを可能にする。毒類の散布も、ギニョルには影響がないし、体の強度も性能も人のそれより優れているからである。
競ってギニョルの開発が行われ、大量生産という粗削りな作業が行われてゆく。
ここまで、約五年という早さで進行していた。
「・・・はじまるのか」
イサライが誰に言うともなく呟いた。
会議室には中央の大きな丸テーブルに、重厚な椅子があてがわれていた。その部屋の一角には五人分の椅子と、それに合う大きさの角テーブルが置かれている。
そこにイサライ、ファレグ、カレルが座っていた。イサライの傍らにはゼファが立っている。会議室の入り口付近にも、屈強そうな男が四人、外には見廻りも含めて二十人以上が警備にあたっていた。
「我がエクメネも宣戦布告を受けている。兼ねてより冷戦状態が続いていた隣国・レスフェードからだ。侵略は全力を持って阻止せねばならない。」
ファレグが、刻一刻と迫り来る戦争と言う現実に苦渋を示す。その心の内は知らない。
最早戦争は宗教間の争いでは事足りず、多くの事由を交えた世界戦争へと拡大していた。
「・・・・ギニョルですか。」
カレルが有効兵器としてのそれを指す。
カレルは、イサライの方に顔を向けた。仕方なしに彼は言葉を発する。
「・・・従来から若干なりともあった感情・・・・その抑制機能を設け、AIは自動制御ではなくするのが得策かと思います。マザーコンピュータを主とし、それに従事させるタイプに作り替えるのが、今現在存在するギニョルを、そのまま活用する方法です。」
淡々と、イサライは説明した。必要以外の事柄は全て省いた、簡潔なものだった。
「マザーコンピュータの設置の意味は?」
「それは例えば?」
今度はファレグが口を開いた。イサライはファレグの方を向いて答える。
「メモリは最大のものが使われていますが、それだけの戦闘プログラミングとなるとそれ相応の対処を必要とします。プログラムを機動し、それを実行に移すまでの時間が、現段階のギニョルのAIでは処理速度に問題があります。ひとつの行動を起こすのに、五分も十分も掛けていられないでしょう。その上実行する行動によっては、メモリオーバーフロウを起こし兼ねません。ギニョル自身がフリーズしてしまい、稼働不可という状態を作ってしまう恐れがあります。」
「成る程」
ファレグが椅子に身を委ねる。カレルが身を乗り出す。
「ならば、そのマザーコンピュータの開発、及びその期間はどれくらいを想定している?」
「・・・そうですね、指揮を任せて戴けるのならば二カ月・・・・ゼファ込みで、ですが。」
「?ゼファ?」
カレルが不思議そうな顔をしてみせる。しかしそれはどこか嘘臭かった。
イサライがファレグの方を見る。ファレグは無言で頷いた。それを確認してから、イサライはカレルに向き直り説明を始めた。
「ここにいるゼファは、アーセル博士の最後の作です。ガードタイプとしての機能は元より、私と同じ原理で製作されているようです。ならば、タイプは違えど直接的な電脳的リンクが、私とゼファの間では可能だという事です。そうすれば現場の指揮官が二倍になりますので、作業の効率も上がると推測致します。」
その返答に、カレルは不服そうな顔を隠さなかった。しかしそれはすぐに消える。
目前に迫っている危機がある以上、私情を交えている場合ではないと理解しているのだ。
「この事に関しては、後は会議で最終的な決議をする。二日後だ。それまでに書類を揃えておいてくれ。議会提出用書類作成はその後にしろ。議会にはレオノール全体の意見として提出する。それは五日後になる。」
「かしこまりました。」
イサライが恭しく頭を下げた。
「では後は衛星の打ち上げだが・・・」
話は空からの攻撃に移っていった。
最新機器の搭載、しかしそれはギニョルを使って行われる。感情のないギニョル。
(それでいい・・・・・)
しかし同時にイサライは感じていた。
その、不可解さを。
「なぁゼファ・・・・。」
会議も終わり、イサライは屋敷の自室に戻っていた。時は既に十二時を回っている。
室内にはシーリングランプが灯り、辺りを柔らかく照らしている。
イサライはベッドに腰掛けており、ゼファはまさに部屋を出て行こうとしていた時だった。
ゼファは、開きそうになっていた扉の前で立ち止まり振り向いた。それを認めて、イサライが話を続ける。
「今回の戦争・・・誰が裏にいると思う。」
「・・・誰かが操作したものだと言うことですか。」
「・・・それは確定なのだ。本来ならば、ここまで拡大するものではなかった。始まってしまったものをもう止めることはできない。・・・だが・・・。」
イサライは、顔を伏せた。両手が膝の上で握り締められる。
「イサライ様・・この戦争で一番得をするのが誰なのか、私は知っています。でも、それは私たちに止められたことではありません。」
ゼファはまっすぐに自らのマスターを見た。イサライも、顔を上げる。
「何故なら、私たちはギニョルだからです。」
諦めにも似たゼファの言葉だった。
「・・そうだな・・・」
イサライは苦笑した。
「本当に、何故私たちには感情が必要なのだろう。今回にしても・・・・。人同士の争いに決着をつけるのに、選ばれたのはギニョルだ。人自身の存在しない戦争など、本当に意味があるのか。人の戦わない、流血のない戦争など無意味ではないのか・・・・・・・。」
「それは分かりません。私たちは結局使われ、最後には捨てられるのでしょう。命なきものであるから。感情なきものであるから。だから、私たちが戦うのでしょう。」
いつの間にかゼファがイサライの側にいた。顔を覗き込むように膝を付き、その右手でイサライの頬に触れた。
「私たちには、機械としての温度しか存在しません。これが変化することもなければ、病気になるという事もありません。ともすればこの体さえ借り物です。いつでも変更が可能で、電脳さえ無事であれば幾度でも甦ります。私たちには[死]が存在しないのです。果たしてそれは生物なのでしょうか?生きていると言えるのでしょうか?」
イサライの顔が歪む。ゼファから瞳を外せなかった。しかし、外したかった。目の前で自分という存在を否定するモノを、排除したかった。
「でも、私は・・・私は・・・・!」
涙が出るのならば、イサライは泣いていただろう。ゼファは憐れむように眉を顰めた。
「この感情と呼べるものさえも、作られたものではないと、私にはどうしても思えないのです。全てはプログラミングで、自分は普通のギニョルよりそれを少し多くされただけだと・・・・・そう思えてならないのです。」
ゼファのその言葉は、イサライが打ち消し続けてきたものだった。
「・・・ならば、何故こんなに苦しい・・・・・!何故、こんなに辛い!?何故私がこんな思いをしなくてはならない!!!」
イサライは、激昂するように言った。
「イサライ様・・・。そうですね、きっと貴方には・・・・・。」
ふと、ゼファは外に目を向けた。
月が綺麗だった。円を描く月。
イサライの髪の色だった。冷たく、けれども柔らかな・・・・・。
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「お前に知って欲しい。」
声は遠くで響いた。
「この地に美しく、そして尚哀しいものがあるということを。それが存在しているという事を。」
(アー・・・セル・・・・博士・・・?)
未だ意識ははっきりとしない。接続の調子が悪いのだろう。
混濁している・・というのはこういう事なのだろうかと、彼は思う。
「恐らく、あの方の望むことも・・・・・」
(あの方?)
「お前ならば、分かって差し上げられるだろう。辛くなるだろう、しかし、生きてくれ・・・・・。」
ふと片隅に、自分の姿を見た。容器に反射した、朧げなものだった。
(金色・・・だ・・・・・。)
まだ、彼は目覚めていない。
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それは記憶の断片だった。
会議の資料もすっかり整い、後は迎えを待つのみだ。イサライは、緑がかったスーツの上着を羽織った。
扉近くから音声が聞こえてきた。側に設置してあるボードからの音声だ。
「イサライ様、お時間です。」
ゼファの声だ。イサライは用意していた鞄を手にし、扉を開けた。
黒いスーツを身にまとったゼファが扉向こうにいた。ゼファは深い一礼をする。
「既にファレグ様とカレル様は出られました。車の準備はできております。」
「ああ。」
ゼファを伴って、イサライは廊下を歩いた。ゼファはいつも通りだ。淡々と仕事をこなしている。
何度か銃撃戦があったが、ゼファはその時も冷静な対処を繰り返すのみだった。人でもギニョル相手でも、何の感慨もなくただ排除しているようだった。
自分と同じだと思っていたが、違うのではないか、自分の勘違いではなかったのか、という思いがよぎる。しかし、昨日行ったゼファとの直接リンクは思った以上にスムーズだった。
(同じタイプでなければ、不可能だ。)
リンクには、それぞれのAIに使われているチップが関係してくる。その識別コードを特定して、直接的に電波を飛ばす。データ転送には傍受も考え特別な言語が適用され、それはギニョルによって異なる。一緒に何十ものダミーデータも飛ばされる。これを解読しようとすると、途端にウィルスプログラムが発動する仕組みだ。
ただ、余りにも限定事項が多いため、AI原理が異なると不可能なのだった。
(ゼファと私では、何かが異なるのか。)
唐突に個性という言葉が浮かんだが、それをイサライは打ち消した。
(馬鹿馬鹿しい・・・・・。)
車は都市部に入っていた。整えられた都市に風情というものはない。高層ビル、人の波。誰もが迫り来る戦争という事象に何かを感じている筈だ。しかし、街はそんな様子を微塵も見せていない。
通りに設置されている大型スクリーンのニュースの見出しに、”ギニョル使用”が写されていた。
(人々の緊張など、ないか。)
横に目を遣ると、ゼファがいつもの厳しい表情で前を向いていた。イサライの視線に気づくと、幾分か表情を和らげた。
イサライは、ゼファの束ねられた髪を手に取った。
「私の容姿の意味は、ファレグ様の正妻に関係があるのだそうだ。」
イサライが唐突に話し始めた。
「カレル様を出産された後すぐに、銃弾に倒れたらしい。ファレグ様には何人もの愛人がいるが、私をその姿に似せたということは本当に愛したのは正妻のセリア様だけだという事だろうか。」
ゼファは独り言のように話すイサライに、何も答えなかった。
「しかし、私の作られた意味は・・・・。」
イサライが話を続けようとしたときに、車は目的地に着いた。イサライは口を閉じ、ゼファの髪から手を離した。
「アーセル博士が私に言った事があります。」
車から降りてすぐに、ゼファが言った。その姿に隙は見当たらない。
「博士は私に、貴方の支えになるよう言われました。今なら分かります。アーセル博士はイサライ様に憐れみを感じていらっしゃいました。ご自分の創造したものの苦しむことが、それが人になってしまう事が、恐らく分かっていらしたのです。」
「そうか・・・・・」
博士の目指したもの。そしてその行為そのものを、イサライは否定できなかった。生涯を通して人を信じる事ができなかった彼の、その孤独と淋しさを、今のイサライなら分かるのだから。
(それ故に博士は私を作った・・・。恐らくはファレグ様の命の下。)
自分にゼファがいる事を、イサライは嬉しく思った。一人ではないという事、理解を示してくれるものがいるという事、その全てがイサライの気持ちを和らげた。
「行こう、ゼファ。」
会議が始まる。
戦争が、始まる・・・・・。
会議は意味のないものだった。そもそもレオノールに、ファレグの意向を覆せるような輩はいない。
(議会も同じ結果を迎えそうだ。)
イサライはそう思う。
決議は滞りなく行われ、議題は現実的なものへと移って行った。
それに割く予算、運営人員、期間、情報規制の徹底について。更に他国から言われているギニョル売買の事・・・。
戦争に乗じた企業としての躍進が展開されようとしていた。
(議会もこのまま決議されるだろう。となれば、予算も国から捻出される。レオノールは多大な利益を得ることとなる。)
それの意味する事を、イサライは知っていた。
(情報操作を行ったのは、ファレグ様だ。)
自らの地位を高め、それを確固たるものにする事。例え戦争に国として敗れたとしても、レオノールに大打撃は与えられないだろう。ここで多額の資金を得て企業としての独立を果たし、国とはまた別個の存在となる。その為の根回しも既に終えている筈だ。
ギニョルという特殊製作を他国よりいち早く行っているレオノールの力を、欲しがる国も多いだろう。
(戦争ほど、利益のある事業もないだろう・・・・しかもギニョルを使っての戦争だ。国民の反発も最小限で済む。・・・徴集がないのだから。)
(何て無機質な戦い。)
イサライはそう思わざるを得なかった。
「父さん。」
屋敷の廊下。自室に戻ろうとする父親に、カレルが声を掛けた。
「後にしろ。今は忙しい。」
「分かってます。だが・・・。」
ファレグは渋々といった風にカレルの方を向いた。
「言ってみろ。」
「今度のマザーコンピュータの設置、議会は何事もなく通るでしょう。そうしたら、イサライとゼファではなく、俺に指揮をさせて欲しいのです。」
「お前には別にやってもらう事がある。それにお前はまだ研修期間中だ。将来を考えても今は勉強すべき時期だ。」
「何故です!俺はイサライに劣りますか。父さんはイサライを後継者にでもする気ですか!」
「口は慎め、カレル。」
厳しい顔をしたファレグに、それでもカレルは引き下がらなかった。ただ、表面上は柔順な振りをしてみせる。
「すみません。」
ファレグがカレルに一瞥を与える。
「お前が私の後継者に相応しくないと私が判断したら、イサライを後継者にする。」
その一言は、カレルには衝撃だった。
「ギニョルを!?本気で?」
「そう思うなら、私を幻滅させるな。」
ファレグはカレルに背を向けると、部屋に入って行った。
カレルは右手を握り締め、歯を食いしばった。冷静でいられなかった。
自室でイサライとゼファは今後の検討を話していた。議会に問題は出ないだろうし、反論も少ないだろう。それならば、早めにマザーコンピュータの設置に取り組んでおくべきだと判断したからだ。
「直接リンクの端子は正常みたいだな。」
「はい。転送も滞りないようです。」
「うん。」
イサライが笑う。
「少し休もう。疲れは感じなくても、負荷が大きい。必要事項は事前に綿密な打ち合わせをしておくとして、・・・そうだな、コンピュータのプログラム段階に入ってから、リンクを使う事にしよう。その方が楽だろう。」
「かしこまりました。」
突然、扉の開く音がした。
ゼファはすぐに戦闘体勢に入る。
立っていたのは、カレルだった。ゼファは瞬時にそれを察すると、攻撃体勢を崩して深く頭を下げた。
「失礼致しました。」
カレルはゼファに蔑むような視線を流した。しかしすぐにその視線はイサライに移る。
「有能なガードだ。殺されるかと思った。」
不機嫌な時のカレルは、必要以上に厭味を言う。イサライは嫌な予感がした。
「すみません。」
イサライも取り敢えず謝る。下手に逆らわないほうがいい。
カレルが、イサライの髪を引っ張った。
「来い。」
そのままイサライをベッドに投げ出す。
「イサライ様!」
ゼファが近寄ろうとするのを、カレルが制した。ゼファは動けない。強力な服従機能がついている事は、他のギニョルと変わらないのだ。
「この姿か。この姿で父を誘惑でもしたのか?」
「何をおっしゃっているのです?カレル様」
殊更強く、カレルは髪を引っ張った。痛みは感じない。それでも不快であることに違いはない。
「お前が奪う!!俺の居場所を。父の信頼を!!」
カレルの瞳には怒りが宿っていた。イサライはその中に別のものが交じっていることに気づいた。しかし、それを口にすることはできなかった。カレルがイサライの口を塞いだからだ。
イサライはどうしたら良いのか分からなかった。カレルがファレグに突き放されたことを悟った。そういう時に、カレルはイサライに当たり散らす。
この一国にも匹敵するような家柄に生まれて、抑制の毎日を送っているカレルが、唯一弱さを見せる場所でもあった。
(カレル様にはまだ分からないのだ。ファレグ様の態度の意味も、私の存在の意味も・・・・・)
「イサライ様・・・・」
少し離れたところから、ゼファの気遣うような声が聞こえた。カレルに止められている以上、ゼファには何もできない。
「ゼファ、行け。」
イサライは扉を指した。幾分、困った表情をゼファはする。それでも、マスターであるイサライの命に従おうと、足を扉に向けた。
「・・・ん・・・っ」
声が聞こえて、ゼファは思わず足を止めた。
カレルがイサライの首筋を噛む。手が、感覚機能を刺激してくる。
せめてゼファが出て行くまでは、声を上げたくない・・・そうは思っていても、体がいうことを聞かない。出したくない声も出る。
「カレル・・・様・・っ!あ・・・!!」
早く、ゼファが出て行くことを願う。
しかしゼファが取った行動は、イサライの意表をつくものだった。
ドンッ!
音が辺りに響いた。
イサライの手に、ぬるりとした感触が伝わった。カレルが、うめき声を上げる。
「・・・っ・・・」
そのまま顔色がみるみる白くなり、目眩をおこしたかのようにイサライの上に倒れた。
「カレル様!!」
カレルの腹部から血が流れ出ていた。それはみるみる間にシーツを赤く染め上げ、床に滴り落ちて行く。
ゼファの手に拳銃が握られていた。その手は震えている。だが、その表情は歪んでいた。哀しいとも、怒りとも見るその表情は、痛みを訴えているかのように複雑だった。
「・・・・・ゼファ・・・・・」
イサライが言えたのは、それだけだった。
奇跡的にカレルは一命を取り留めた。ゼファが急所を外していた為だ。
《外していた》というよりは、《外れた》が正しいだろうが。
ファレグの狼狽は、見れたものではなかった。一命を取り留めたと知ったときには、いつもの彼に戻ってはいたが、相当のショックを受けたようだった。
それもその筈だった。
「ファレグ様は、カレル様のスケープゴートにと、私を製作されたのだ・・・・・」
閉塞された空間にゼファは入れられていた。ギニョル用の牢獄。そう言って差し支えない場所だった。アーセル博士が、試作段階で暴走を起こしたギニョルを、廃棄するまで押し込めておいた場所でもあった。
一面壁に囲まれたそこは、窓がひとつと扉がひとつ。それだけの空間だった。
「スケープゴート?」
最後の別れを言いに、イサライはゼファに会いに来ていた。項垂れたようなゼファが、その面を上げる。
ファレグの怒りに触れたのだろう、その身には傷が至る所に残っていた。青の瞳は幾分濁ったように、イサライには感じられた。
「そうだ。この目立つ容姿も、必要以上にプログラミングされた頭脳も・・・・。全てはレオノールに反感を抱くものに、私がどれだけレオノールにとって重要なのかを見せつける為だ。私が、レオノールにとっていなくてはならない存在だと、世間に思わせることが狙いだった・・・・。」
イサライはそこで言葉を切って、ゼファの視線に合うように屈んだ。
「私に目が向けば、カレル様への刺客が減るからだ。だから、私にゼファ、お前までつけたのだよ。・・・本当にファレグ様が見ていたのは、カレル様だけだったのに・・・・・。」
イサライの表情は哀しそうだった。銀の瞳は憂いを帯びていた。
「すみま・・・せん・・・」
ゼファにはもう、何も言えなかった。自分の機能を越えて、あの時何故命令を無視できたのか、何故発砲してしまえたのか、それすら分からなかった。
イサライが、ゼファの頭を抱き寄せた。
「お前は言った。この温度は変化することもなければ、この体は病気になることもないと。けれども、お前は撃った。それこそ私が知りたかったものだ。」
(温かい・・・・・)
ゼファはそう感じた。胸の奥が苦しい。
(ああ、これが、イサライ様の言っていた事なのだ。)
ゼファは声も立てずに笑った。満足だった。
「ありがとう、ゼファ・・・・。」
イサライはそう言うと、軽く唇を重ねた。
(もし、私に感情があるのならばこれがそうなのだろう。これが、私という存在なのだろう・・・・・)
(恐らく私は・・・・・)
目の前の綺麗な存在を見る。金糸の髪は長く伸び、銀の瞳にはゼファの姿を鮮明に写している。
イサライが立つ。
「では・・・さようなら、ゼファ・・・ゼファ・スフォルツァ・・・・・」
ガシャッ
自分を繋ぎ、戒めている鎖をゼファは解き放ちたかった。解き放って、彼を抱き締めたかった。それが叶わぬ事と知ってはいても・・・・・。
(もう二度と、二度と叶う事はないだろう。
私は、彼にもう会える事もないだろう。それでも・・・・・それでも私は。)
小波が来るように、静かにゆっくりとそれは浸透している。ゼファの心に、全てに。
(私は貴方を・・・・・)
扉の開閉する音が、暗い部屋に響く。今にも泣き出しそうなイサライの顔が浮かぶ。
扉は重く閉ざされ、開く事はない。そこに二度とイサライの姿が現れる事はない。
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三〇三七年、遂にエクメネも戦乱のただ中に入る。衛星の打ち上げ、ギニョルの動員。
マザーコンピュータで制御されたそれらは、並々ならぬ成果を上げ、レオノールの家名は揺るぎのないものとなっていった。
ゼファは全ての記憶を抹消され、前線に送り込まれた。その後、どうなったのかは誰も知らない。
何故なら、戦争が始まって間もなく衛星が軌道を外れ、制御不能の無差別攻撃を始めるからだ。
最新衛星であったそれには防御機能も多く搭載されており、他の衛星の攻撃を悉く受け付けなかった。それを止める術はなく、他国の衛星すら打ち落とし、更に主要都市も含め地表を焼き付くし始めた。
マザーコンピュータで制御されていたギニョルは、その破壊行為により停止を余儀なくされる。
攻撃は続き、人口は瞬く間に激減。戦争はあっけない幕切れを迎える。
守るべき土地も、人も、奪うべき大地も信じるべき神も。全てが無意味なものとなったころ、ようやく衛星の軌道は逸れ、攻撃が止む。
残ったのは、荒れ果てた大地と何とか生き残った人々。
彼らはその土地で暮らして行かなければならなくなる。何もない、ゼロからの出発を迎える。
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瓦礫と化した地に、二つの人影があった。
「何故・・・・俺は生きている・・・」
一人の男が、もう一人に尋ねる。
「それが、我がマスターが最も望んだ事だからです。それだけは叶えようと、そう思っていました。」
「・・・・・そうか・・・・・」
男はその翠の瞳から涙を流した。隠そうともせずに、まっすぐに前を見て静かに泣いた。
「間違っていたのだな。俺たちは。父のした事も、俺のした事も。」
目の前に広がる壊滅した都市を、男はただ眺めた。
「イサライ・・・・」
男が話しかける。
「何でしょうか。」
イサライと呼ばれた男が答える。風が吹いてその金糸の髪をさらう。
「俺を、このカレル・レオノールをマスターにする気はないか。・・・・いや、正しくは俺を助けて欲しい。この地に人が住めるように。今度こそ失敗しないように。」
「かしこまりました・・・・・。」
イサライが頭を下げる。忠誠を誓うかのように。
日が昇ろうとしていた。それをイサライは目にする。
(これでいいだろう、ゼファ・・・・・)
新たな世界が、ここから始まろうとしていた。
それはまだ、誰も知らない世界。