貴方は神殿に住んでいる
美しき光りの園
美しき住人
しかし何時か知るだろう
偽りの美しさと偽りの感情
全てのものが創造されたものだと
そこには偽妄しかないのだと
彼らが創造され始めたのは、世紀にして三〇〇五年の事だ。
現在は既に彼ら・ギニョルが造られ始めてから、一〇余年がたっている。
ギニョル・・・それはアンドロイドの呼称である。一流ソフトメーカーの開発した、疑似人格ソフト。一時期それは育成ゲームとして大ヒットを飛ばした。
そこに目を付けたのが、経済界のトップ・レオノール家だった。
レオノールはこの大国・エクメネでも、希有な程の資産家である。商業国家の多い世界で、エクメネも勿論例外ではなく、レオノールは国に対しても絶対的な影響力を有している。
隣国のレスフェードとは表上の友好を保ちつつ、実際は冷戦状態に近かったが、レオノールを通してエクメネから得られる利益、その利害関係の一致で現在の均衡が保たれている。
他国では小さな小競り合いが続いている。エクメネがそれに巻き込まれないのも、関わらずに中立を保っているからである。
中立国としてのエクメネは取り敢えずの安泰を得ており、世界にも大きな影響を与えている。
その中心のレオノール家が手を付けた事業がアンドロイドの製作だった。元が育成ゲームである。人々は当然のように[金持ちの道楽]的な視点でしか捉えて無かった。そんな世論をよそに、レオノール家は事業を推し進めた。
多額の資金投資、それに伴う企業の斡旋。加えてその世界のトップの人材派遣。
レオノールという家があっての、[人型]開発が行われる。
それまでは、唯の夢物語りに過ぎなかった人型・・・つまりアンドロイドだったが、大資産家の介入により夢で無くなったのは、開発が進められてから実に一三年後の事であった。
莫大な資金の投入。しかしそれも開発の成功という形でレオノールに更なる力が加えられ、元を得る。
アンドロイドが[ギニョル]という呼称で発売が決まったのは、それから更に五年後の事だった。
人々は遂に成し得た快挙に、一目でもそれを見ようとした。報道でもそれは紹介され、国中・世界中に開発成功のニュースが広まってゆく。言うなればそれは、世紀の大発明であったのだ。
精巧に造られた顔や体。人間と変わる部位は、見た目では分かりそうにない。
肖像権さえ無視しなければ、どんな顔でも造ることが出来る。
様々なソフトによって、学習機能も設けられる。しかし開発費用の膨大さ、更に一体あたりの製作費の低コストは望めず、それはどうしても高価なものとなった。よって、手に入れるのは、俗にいう高給取りなどに限られた。
しかし、それでも元を取るには充分な結果を迎える。時期に、戦争という波が世界を襲う為だ。
ギニョルは有効な戦闘兵器として、戦地に送り出されることになる。これによるレオノール家の資産は揺るぎのないものとなる筈だった。
その話はまだ、もう少し後の事だが・・・。
**********
記念すべき一体目は、長い睫に金糸の髪。その髪は腰まで達している。瞳の色は銀のギニョルだった。およそバランスの取れた肢体は背筋が伸び、凜とした印象を与えている。肌は透けるように白い。
研究室の硝子窓は、彼を囲むようにぐるりと張り巡らされている。
彼は、ゆっくりと寝台から起き上がった。真っ白い病服のようなものを着せられている。彼はあたりを見回す。硝子窓の向こう側に、自分と同じような姿形を認める。
研究員の一人が、硝子窓の向こう側から話しかけた。
「おはよう、イサライ。」
イサライ・・・・それが彼の名前だった。
「・・おはよう・・・挨拶ですね。おはようございます、アーセル博士。」
っと歓声が起こる。数々の笑い声、そして歓喜の言葉。イサライはその様子を眺めていた。
研究員の・・・イサライから見て中央にいた人物が、責任官のアーセル博士に何事かを話しかけている。
博士は電子工学などの権威である。幾分はげ上がった頭には白髪しかなく、その体は骸骨のように細い。人嫌いとしても有名で、今回の開発に加わったのも、レオノールの圧力によるものと見られている。
アーセル博士が一瞬、困惑したような表情になる。それから、何事かを頻りに説得しているようだった。しかし、結局はそれを許したようだ。
イサライに続く扉が開かれる。
人影がイサライに近づく。イサライは、その人形の如き顔を相手に向ける。
「私が分かるか、イサライ。」
中年を少し過ぎたくらいだろう。男は髪に白髪を交え、顔にも手にも細かい皺が見られはじめている。しかしそれが、男の貫禄を増しているようでもあった。男の背筋はぴんと伸び、瞳には衰えぬ光りが見えるようだ。
「存じません。しかし、ここの職員で無いことは分かります。」
私の名はファレグ・レオノール。この先、お前の主となるものだ。」
「お前・・・とは、私の事ですか?貴方が私のマスターになるのですか・・・・?」
イサライの言葉に、ファレグは僅かに口元を歪ませた。
「・・・これは、育て甲斐がありそうだ。」
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「イサライ様。貴方が、イサライ・レオノール様ですか。」
不意の声は、イサライの後方から発せられた。
イサライは屋敷の庭を歩いていた。庭というより庭園だ。延々と続く道の両脇には、綺麗に整えられた草木が立ち並ぶ。冬に向かおうとしているこの季節、咲いている花は無い。針葉樹の葉の色も、心なしか褪せてきている。葉の無い木も多い。
イサライが振り返ると、其処に群青色の髪をした男が立っていた。イサライ程ではないが長い髪、それを紐でひとつに束ねている。瞳は、晴れた空を写し取ったような青。
全体的には痩躯のイメージを受ける。だがそれは長身がそう見せているだけで、意外に肩幅などは広い。
イサライは、彼を少し見上げる。背は彼の方が頭半分くらい高い。
「ガードタイプ・・・」
イサライの独り言のような呟きに、返答が返って来る。
「そのとおりです。私はタイプG5070、ゼファ・スフォルツァ。貴方より七年遅いタイプです。この度、ファレグ・レオノール様の命により、貴方を主とする事になりました。宜しくお願いいたします、マスター。」
そこでゼファと名乗ったギニョルは、イサライに深々と頭を下げた。
イサライは、ゼファから目を逸らした。
「・・・・・ファレグ様も酔狂な事だ。私如きにガードを付けるなんて。」
「マスターは、第一次期、それも第一体目のギニョルです。現在のギニョルもまだ高価ではありますが、第一期に比べれば大分価格も安定してきました。同時に、第一期程の性能もないのです。マスターに応じたギニョルの生産は、ギニョルから可能性を奪いました。第一期生産物にはそれがあります。更に、イサライ様はファレグ様・・・ ひいてはレオノール家にとって、現在欠かせない存在となっております。レオノール家に批判を持つ者がいるのは、否めない事実でもあります。ギニョルとしての希少価値、及びレオノール家の要人として、イサライ様、貴方は大変高い地位にいらっしゃるのです。」
イサライは自嘲気味に笑った。
「地位?ただ単に古いモノの価格が高騰しただけの話だろう?骨董品と変わらない。」
「・・・・・アーセル博士が亡くなられたことはご存じですか。」
唐突なゼファの言葉に、イサライは不審な目を向ける。
「知っている。つい先月の事だ。葬儀にも参列した。」
「アーセル博士が亡くなられた今、貴方の性能は最早誰も再生できないという事です。彼は秘密主義でありましたから。そういった意味での第一体目の価値が、どれ程の高値を占めているかご存じですか。貴方を狙うのは、何もレオノール家に反発するものだけではないという事です。」
「・・・・企業研究者と好事家か・・・・・」
イサライの顔にありありと不機嫌さが現れる。
「全く、博士にも困ったものだ。どうせ[私にしか設けなかった機能]等という、馬鹿げたものがあるのだろう?」
「・・・感情面での機能でしょう。自発行動における機能は、イサライ様が最も顕著だとお聞きしております。」
「人形に感情や自発など、無意味なものだ。」
それきりゼファもイサライも口を開かなかった。そのままゼファはイサライの元を離れることはなく、ガードとしての役割を果たしていった。
**********
(この身に、どれだけの価値があるのだろう?そんな無意味なものを人は欲しがる。所詮私の知識などプログラムに過ぎない。それならば感情などつけなければいいものを。そんなものをつけるから、だから・・・・)
だから、こんなにも苦しい・・・・・
パシュッ!
空気が爆ぜるような音が、小さく鳴った。
ゼファが前に出る。いち早くその尋常ならざる聴覚でもって、撃鉄の音を察知していた。
「!ガードタイプか!!」
相手の声が、壁向こうから聞こえた。
重役会議直前。丁度車から降りた時の出来事だった。駐車場はビルの地下に位置している。その駐車場に入るだけでも、網膜照合やら指紋チェックが行われ、個人別パスワードまで必要とする。
「ここに入れるという事は、それだけの後ろ盾があるのか、それとも余程有能なのか?」
イサライは、車の横に立ったまま微動だにしない。ゼファは表情を変えず、敵の位置を補足したままイサライに言う。
「イサライ様、何があっても当たりませんから、室内への移動をお願いします。」
「・・・三人はいるが?」
「当たりません。」
「そうか。」
イサライは通常通りに歩きだす。その周りに、何人かのボディガードがつく。銃声が何発か響いた。
ゼファが動く。人でいう瞳孔にあたる部位が収縮する。弾筋の一つ一つを見極め、確実に撃ち砕く。何度かその応酬が続く。
そして、一斉射撃。
連続的に銃声が響き、弾丸の落ちる音が無機質な音を立てる。
ゼファは二丁の銃を手にしている。
ゼファの銃が弾ぎれを起こす直前、イサライは建物の中に身を投じた。
特殊硝子の向こう側にイサライが無事に着いたことを、ゼファは横目で確認する。
既に何発かが、ゼファの身を貫いていた。
「左腕損傷、機能停止。腹部損傷による動作命令拒否箇所、五カ所。危険値・・・・。」
壁を背にして、次の攻撃に備える。イサライに手が出せなくなった今、邪魔なゼファを始末しようとするのは、当然の事だろう。
見ると、イサライはまだドアの向こう側にいる。幾ら特殊な強化ガラスといえど限界が無い訳ではない。ガードの立場から言えば、イサライにはさっさと奥に行って欲しいところだ。
側にいるボディガードが、イサライに何事かを進言している。しかし、それは聞き入れられなかったようだ。
強化ガラスに向かって何発か発砲される。それはすぐに連続的なものとなる。
(一点集中による、防御の破壊・・・)
すぐにゼファはその事に気づく。しかし、先程銃弾を受けたせいで、思うように体機能が働かない。
ブチッ、ガ・・ガギッ・・・
ゼファは腹部の切断された回路を、無造作に取り除く。その内部線を覆っている軟金属を剥がし、内部線を露にした。後頭部にある端子、その防護膜を取り捨てると、その線を端子に差し入れる。
「・・・・!!バカ!!!」
イサライが思わず叫んだ。強化ガラスに遮られて、その声がゼファに届くことはない。
ゼファがゆっくりと立ち上がる。
「使用可能機能、70%・・・限界か。」
後頭部が、無理矢理埋め込まれた回路に拒否を示す。本来ならば、きちんとコーテイングされたプラグを差し込む部位だ。こんな荒っぽいやり方では正常な機能は望めない事はおろか、電脳部分に損傷を起こし兼ねない。
イサライが硝子向こうに出て行こうとするのを、三人のボディガードが必死で止める。
もめている様子が、ゼファの目に写った。
(?何をしているんだ。まだいたのか。)
しかし、気にしている暇は無いし時間も余り無い。硝子には既に皹が入ってきている上、ゼファ自身の限界もある。
(この体はそうは持たない。)
敵に向かって走る。装填の済んでいる二丁の銃を手に、襲って来る銃弾を無視して突っ込む。
一人。
無駄のない動作で、相手を追い詰めて撃つ。残り二人が、壁や柱の裏側に隠れる。
ゼファは地面に身を投げ出すと、一人の側にあった車の燃料タンクを狙い撃つ。燃料が流れ出る。ゼファはそこを狙う。
相手の意図が分かると、男は柱の影から身を出す。
ゼファの後方から、別の一人が撃ってきていたが、ゼファは気にも止めなかった。何発もの弾が、ゼファを貫いて行った。
一瞬透き間から見えた影を、ゼファは見逃さなかった。すぐに照準を合わせると、ゼファは男の頭部を狙い通りに撃ち抜く。
二人。
(機能の六〇%が使用不可。)
左手が、思うように動かなくなる。その手にしていた銃を放り投げると、最後の一人に向かって駆ける。すでに限界は近い。後一分も動いていられるかどうか分からない。
ただ、ゼファには焦りが無かった。そういった感情はガードに無用だからだ。必要なのは冷静な判断と、冷徹なまでの仕事に対する完璧さ。それらは全てプログラミングされた機能によるものだったが。
がくん。
ゼファの足が遂に機能を放棄する。それに気づいた男が、ゼファの頭部を狙う。
「くそっ、どこに中枢がある!?」
頭部に弾丸が当たっても全ての機能を停止しないゼファに、苛立ちの声が浴びせられた。 ゼファは相手にできた焦りと隙を知り、容赦なく連射した。
「く・・・っ」
男の肩に一発当たるが、既に照準も合わなくなっているらしい。致命傷には至らない。
ガァァン ・・・・・
不意に大きな銃声が聞こえた。その弾丸は、真っすぐ男を撃ち抜く。
ゼファはその存在に先程から気づいてはいたが、口に出せば男に気づかれることは間違いない。だから、黙ったまま交戦を続けていたのだ。既に屍となった男の後方から、銃を手にした人物と、青のスーツ姿の人物がゼファに歩み寄ってくる。
「イサライ様。」
辛うじてゼファは声を発する。
発砲したのはボディガードの一人だ。通常、ギニョルには殺人の禁忌プログラムが成されている為、人に対しての攻撃はできない。
ゼファの機能の殆ど全てが停止の状態である。駐車場の冷たいコンクリートの地面。そこに辛うじて座るような姿勢で、ゼファは動けないでいた。
イサライが手を差し出す。ボディガードの一人が、イサライに言う。
「会議が始まります。お急ぎをイサライ様。」
イサライはそれを片手で制す。
「さっき渡した鞄の中にソフトが入っています。今日の議題内容の全てが納まっています。余計は事は考えないで下さい。我がマスター、ファレグ様にしか開けないようになっています。それを届けて下さい。受付に渡せばそれで済みます。私の考案した事業計画はそれで事足りる筈です。今日は帰ります。あなたがたは此処に残るように。此処にいらっしゃるファレグ様の、護衛の任が課せられている筈です。今の事もご報告して下さい。」
「しかし・・・・・」
恐らくボディガードのうち、指令官に当たる男だろう、イサライに反論を投げようとする。それをイサライが遮る。
「私はギニョルです。簡単には捕まらないし壊れません。自分の身も守れます。それに屋敷までは車ですから平気です。」
ギニョルとは言っても、ガードタイプでは無い。その為のプログラムファイルも、読み込んではいない筈だ。
仕方なしに、男たちは引き下がった。鞄の中に入っているソフトの重要性も理解しているようだ。その為にイサライは鞄の中身を明かしたのだから、そうでなくてはならないのだが。
ガードの一人が、動けないゼファを車まで運んだ。後部座席に座らせられる。
イサライがゼファを支えるように隣に座ると、自動操縦装置をオンにした。目的地の入力を済ませると、車は動き出す。
「・・・イサ・・・イサラ・・イ・・様」
幾分雑音を交えて、ゼファが声を発する。声帯機能障害も起こしているようだ。
「話すな。後で聞いてやる。」
ゼファをその身に抱えている為、ゼファの損傷部分から溢れ出た液体が、イサライの服やその金糸の髪にも付着してしまっていた。
それを、映像の悪くなった瞳で捉える。体のどこかでゼファは、[何か]を感じていた。それが何なのかはまだ分からない。
まだ、知らない・・・・・。
「低迷しているな。」
会議室では重役会議が行われていた。
「そうでしょうか?売上は順調に伸びておりますが・・・・・。」
ファレグが発言者に厳しい視線を送った。まだ四〇そこそこの発言者は、怯えたように首を縮こまらせた。
会議室には、合計三〇人程の重役が揃っていた。それぞれがレオノールが抱える企業の代表取締役である。その下にまだまだ会社があり、更に下請け業者が存在する。
「分からないか。グラフを見ると購買層が変化して来ている。一般の売上が、ごく僅かであるが減少している。高買いも起こっていない。生活レヴェルが落ちる兆候だ。」
ファレグに皆が集中している。
「今から、イサライが考案した事業計画を提示する。意見がある場合、質問がある場合も挙手してくれ。」
「始めろ。」
秘書にあたる女に、ファレグは命じた。
「では、ご説明させて戴きます・・・・・。」
その後幾つかの質疑応答が行われ、会議は日が暮れるまで行われた。
屋敷に着くと、イサライはその細い腕からは考えられない力でゼファを抱えた。数人の召し使いが手を貸そうとするが、イサライはそれを制した。
ギニョルであれば、その腕の強化具合で人一人くらい軽々と運べる。しかし、同じギニョルである上に、ガードタイプの重量は普通のギニョルより重い。イサライは無理をしているのかもしれなかったが、表情から推し量る事はできなかった。
屋敷に入ると、エレベーターに向かう。大理石の床に、液体が落ちる。その片付けを召し使い数人に頼む。
広いホール上の入り口。上品なベージュ系で内装はまとめられていた。屋敷は全体的に、柔らかな曲線を描いている。左手にある二階へ続く階段も螺旋上だし、窓も上部は半円となっている。調度品の角は弧を描き、精密な模様が彫刻されている。壁には客を迎えるかのように、二〇世紀の有名画家の絵が掛けられていた。その色調も柔らかな中間色が多様されている。
階段の真下に設置されているエレベータにイサライとゼファは乗り込む。四階まである屋敷の、三階を選ぶ。イサライの部屋がある階だ。
すぐにエレベータは三階につき、イサライに抱えられたままゼファは降りた。
しかし、イサライの足はエレベータを降りたところで止まる。
「何だ、大きな荷物だな、イサライ。」
イサライの前方に、紺色のスーツ姿の人物が立っていた。歳は二十くらいだろうか。プラチナブロンドの髪に翠の瞳。背はゼファと同じくらいだろう、イサライより若干高い。吊り上がった瞳は冷徹そうで、通った鼻筋がそれに更に拍車を掛けている。
「カレル様・・・・・」
ファレグの実子で実質上の後継者である、カレル・レオノールの姿がそこにあった。
ファレグの正妻には、このカレルしかいない。その手腕は若干二十三にして、会社の一つを任されている程だ。数あるレオノール家の会社の一つとはいえ、それは称賛に値する実績である。大学に通いながらの経営。勿論生半可な事ではない。営業成績が落ちれば、すぐに解任するとファレグから言い渡されている。結果はその逆を迎えており、世間では「レオノール家安泰」の声が聞こえている。
「手伝おうか?スクラップ並だな。」
嫌な笑い方をして、カレルが歩み寄って来た。
「いえ、カレル様まで汚れてしまいます。それに、私一人でも十分です。」
「そう?ならいいが。本当に直るのか、ソレ。お前が一言言えば、父は新しいガードを購入するだろうに。」
ゼファの腹部から出ている幾本ものコードを指さして、カレルは言った。
「幸い電脳部分が無事ですから。それに、そう何体もこんな高価なものを購入できません。」
ガードの値段は、通常のギニョルより高価になる。そのプログラミングの精密さ、体の強化により生半可な価格では買えない。その為生産量は、通常のギニョルの一〇%未満に留まっている。
「まぁな。普通のガードならまだしも、お前用に父が作らせた物だろう?それは。会社が二つは買える額だった筈だ。」
「でも、お前が言えば父は買うだろうさ。」
既にカレルは、イサライとゼファのすぐ正面に来ていた。
「会議はどうした?今日は重役会の日だろう。こんな所にいていいのか?」
本来なら、カレルも出席したいところだった。しかし父であるファレグに止められていた。せめて大学を卒業するまではという考えがあってのことだろう。それも、後半年もないのだが、早く認められたいカレルとしてはイサライの存在は妬ましいものだった。
「会議内容に関しての資料は置いてきました。恐らく若干の補足はされると思いますが、概ねはそれで十分だと思います。」
「ふぅん・・・」
カレルの顔は、大した自信だと言わんばかりだった。しかしそれは口に出さない。
「髪が汚れている。きちんと洗い流しておけよ。折角の髪が台なしだ。」
イサライの髪にカレルが触れる。イサライは僅かに顔を背けた。それに気づいて、カレルはイサライの顎を押さえ、自分の方に顔を向けさせた。
「!」
そのままカレルは、イサライに口付ける。
瞬間、ゼファの胸中に何かのわだかまりが生じた。それにゼファは気づかなかった。
「・・・・・っ・・・・・!はっ・・・お止め・・・下さい・・・・っカレル様・・・・!!」
イサライの息が、必要のない筈の酸素を求めるかのように上がる。断続的に繰り返される行為に反応をしているかのように、ゼファには写った。
ゼファを抱えたままの状態の為、イサライは抵抗もできない。
元々ギニョルである彼には、逆らう事などできはしないのだが。
カレルがイサライを突き放し、解放する。目を細めて言葉を吐く。
「全く、こんな特別なギニョルをこれの為に作らせるなんて、父もどうかしている。」
カレルは、横目でゼファを見る。それからすぐにイサライに視線を戻す。
「その髪、その顔。男性体であるくせに、お前は俺の母の面影を宿している。ただの玩具のくせに。」
イサライは顔を伏せた。その表情は固まったかのように変化はなく、まさに人形そのものだった。
カレルは再びゼファに目を向ける。
「・・・・こんな、殺人という禁忌を犯せるギニョルなど・・・・・」
そこでカレルは言葉を切った。
「今晩は空けておけ。」
一言そう言うと、カレルは去って行った。
「・・・・かしこまりました・・・」
イサライは突っ立ったまま、表情は矢張り変わらなかった。
イサライの部屋は三階の中程にあった。イサライがパスワードを必要とするシステムキーを澱みなく操作して、二人は部屋に入る。
「本来ならば、きちんとセンターに連れて行くべきなのだろうけど・・・。さっきカレル様が言っていたように、ゼファのプログラムからは殺人の禁忌が外されている。・・・お前は知らなかったかもしれないが、お前を作ったのもアーセル博士だ。お前の名字になっているスフォルツァ・・・・それは博士の隠し名だ。・・・後年は使われていなかったようだが。恐らくお前が最後の[作品]だろう。博士亡き今、お前を直せるのは私だけだ。」
イサライは、ベッドにゼファを横たわらせる。室内は閑散とした雰囲気が漂っている。右手中程の壁には次の部屋へと続く扉。左奥にベッド、右奥にはアンティークな机に椅子。家具は茶褐色でまとめられている。ただし、装飾品と言える物は何もない。住人が無機質な体を持っているのなら、その部屋もまた無機質であるかのように。
「アーセル博士から私宛に届いたメールの中に、お前に関する修理プログラムファイルがあった。お前は従来のガードタイプとは根本から違うようだ。そのスピードと的確な射撃。瞳に埋め込まれた照準装置にしても、従来のものより正確で精密な計算を瞬時にできるように設定してある。」
話ながらも、イサライは作業を進めている。
「どうだ?手を動かしてみろ。」
腹部の最も損傷がひどかった部分のコードを接続し直す。
ゼファは左手を握ってみる。多少伝達が悪いようだ。
「・・駄目だな。此処から先のコードの損傷が激しい。軟金属の強化が必要だな。コードも変える。時間かかるぞ。」
イサライの髪が、顔が、手が汚れてゆく。イサライ自身は気にも止めていないようだったが、ゼファには気になった。
《折角の髪が台なしだ》
カレルの声が頭の奥で響く。何故自分如き人形が、これだけの手間を掛けて直されなくてはならないのか。しかも、マスターであるイサライの手によって。
(そこまでして、自分が甦る必要はあるのか?)
それは、ゼファの初めての自問だった。
それが自我の発現だとは、ゼファは思ってもいない。それこそが、自発的な思考だとは、考えてもいない。
アーセル博士の遺したかった物。それこそがまさに禁忌だったのだと。
「良さそうだな。伝達も上手くいってる。皮膚の生着も順調だし。声は?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
全てが終了する頃には、夜の十時を回ろうとしていた。その間、一度ファレグの秘書から会議報告の電話とメールがあったのみで、特に叱責などはなかった。その事についてゼファは聞いてみた。
「・・・後から来るんだよ。そういうのは。」
幾分むつけたように口を曲げて、イサライは答えた。
「ファレグ様はそういう方だから。恐らく明日は机にディスクが五枚は置かれている。」
イサライが、ゼファに背を向けた。
「そういう仕返しをなさる方なのだ。私のマスターは。」
思わずゼファが小さく笑った。イサライがそれに気づいて振り向く。
精巧なその顔は、更にバツが悪そうに歪む。
イサライの叱責にゼファはすぐにいつもの表情に戻る。イサライが、そんなゼファの様子を見て言った。
「本来ギニョルなら、そんな表情はできない。アーセル博士は最後のギニョルにも、私と同じ機能をつけてしまったらしい・・・」
イサライが少し哀し気に笑う。
「イサライ様と・・・同じ機能・・?」
「感情だ。尤もそれは、本来ギニョルにあってはならないものだ。アーセル博士は・・・手を出してはいけない領域に、手を出してしまったのだ・・・」
人に従属を迫られる存在に、感情は邪魔なだけだ。ましてや、逆らうことができないのなら尚更の事。
「イサライ様・・・」
何かがゼファの内で動く。もしもそれが心というものなのであれば・・・・・
「何故・・・」
イサライの呟くような声は、シンとした室内に響く。
外は暗く、街灯の火が庭園を照らしていた。室内は明るかったが、そのせいで月明かりも届かないの世界を、ゼファは何故か哀しく感じた。
「・・・ああ、行かなくては。」
イサライが時間を確認して言う。ゼファは昼間のカレルとイサライのやり取りを思い出した。
「カレル様のところですか。」
イサライが、長い髪を掻き上げる。その手にも髪にも、まだ汚れが付着したままだ。
イサライはそれに気づく。
「そうか、このまま行ったらまた小言を食らうだけか。」
イサライが仕方無さそうに、バスルームに向かう。
「ああ、ゼファ、後は帰っていいよ。不具合があったら言ってくれ。早急に対応するから。」
何か苛立ちのようなものをゼファは感じた。後で考えても、その行動の意味はゼファには分からない。もしもその行動に意味をつけるのならば・・・。
「イサライ様。行ってはいけません。」
ゼファはイサライの腕を掴んだ。イサライが驚いたように振り向く。
「ゼファ?」
それから俯く。
「・・・・・行かなくてはならないのだよ、ゼファ。お前も私に仕えているのなら、それくらい分かる筈だ。」
ゼファはイサライを抱き締めた。一瞬驚いたようにイサライは体を硬直させたが、それはすぐに解けた。
「・・・・・ゼファ・・・・・」
長い髪がゼファの腕に絡み付く。
「ゼファ、ありがとう・・・・・」
ゆっくりとイサライはゼファから離れる。俯いている為、その表情を伺い知る事はできなかった。そしてイサライはそのまま、バスルームに入って行った。
ゼファはそれ以上どうする事もできなかった。唯、少し窓の外を見てそれから部屋を後にした。
月は地上の光りに勝てず、ただ、空のみを明るく見せていた。