『花葬』
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 真司の目を持った彼が筆を手にした、と耳にしたのは、大学に入ってからの事だった。
 俺は無事に前から希望していた大学に受かり、自宅通いの生活を送っていた。
 あれから、1年半。
 彼は1年留年して、今は高校二年生だという。
 その時はそれ以上の追求をしなかった。彼の絵を、見よう、という気持ちも全く湧かなかった。相変わらず美術には縁のない生活だったし、ギャラリーに足を踏み入れた事だってない。
 だからこれは、真司の仕業なのではないかとそう思う。



「・・・・・大丈夫ですか?奥で、休まれますか。」
 そう声をかけてきたのが、彼だというのはすぐに分かった。
 眼鏡の奥の薄茶色の瞳は濡れたようで、俺を心配そうに覗き込んでいた。
「この 絵は 君が。」
 途切れ途切れの俺の言葉に、彼は幾分か驚いた表情をみせたが、すぐに頷いた。
 視線をやったプレートの文字がぼやけて見えた。でも名前しか書かれていないのは分かる。
「タイトルは?タイトルはあるのですか。」
 彼は困惑した面持ちと、俺を心配する表情を交えながら答えた。

「花を葬る、と書いて、カソウと。」

 ゆっくりと紡がれた言葉に、俺は更に嗚咽をあげた。

 黄色の花。

 真司の花。

 瞼の裏に、彼が花を抱いているのが見える。その黄色の花は、素朴で明るい。
 彼はその黄色の花をゆっくりと土に埋める。やさしく手の平で包んで、そのやさしさのまま、土をかぶせてゆく。
 そんな、夢想をする。

 彼が俺の背に手をあて、ギャラリーの奥へと導いた。その手はまるで親が子の手を引くかのように、どこまでもやさしい。
 小さなギャラリーは、本屋の一階。前面がガラス張りの作りになっていて、外から見えるようになっていた。不意に入ってみよう、という気になったのは何故だったのか。
 観覧しているのは平日の昼間という事もあってか俺一人で、受付には誰もいなかった。「すぐに戻ります。宜しければこちらにご記帳下さい。」というプレートだけが置かれていた。
 俺は記帳することもなく、そして何かに引かれるように、その絵の前に立った。

 一面黄色の花。

 真司の絵とは全く違う。画風・・・というのだろうか、そういうのが全く違うのに、その雰囲気だけは寸分違わないと感じた。
 知らず、涙が溢れた。
 葬式の時にだって泣かなかった俺が、今更何故と思った。それでも涙は止まらず、視線は絵から離れなかった。ぼやけた視界に尚、その鮮やかさはこちら側に向かって放たれている。
 泣きながら立ち尽くす俺を見つけたのが彼だったというのも、真司の仕業に思えてならない。

 俺は背に添えられた彼の手から、そっと離れた。
「大丈夫です。」
 そう、言った。彼は瞳に心配を滲ませたまま何かを言おうとしたが、音にはしなかった。唇が少し動いただけで、言葉は空気に溶けた。
「いい、絵ですね。・・・・・これからも、絵を?」
「はい。ずっと。生涯。」
 彼は瞳を細めて、嬉しそうに笑った。

 ここに、大切な友人がいるんです。その友人と、ずっと、ずっと絵を描いていくんです。

 空気に溶けた言葉が、聞こえた気がした。

INDEX ○ END 20070723