「成海、俺は大変なものを拾ってしまった !」
そう言って弥栄は成海の目の前に、ズイ、とその拾ってきたものを差し出した。
「わぷ・・・・・っ・・・ち・・・近いっ・・・弥栄、近すぎ!!」
「あ・・・ああ、すまない。」
どこか上の空な調子で、弥栄は謝る。
「で・・・何?このクマ。」
「!?知らないのか!?!?シュタイフから発売された、2001年、クリマス限定テディベア!この、クリスマスブーツとセットで、限定4000体のものだ。当時、凄い人気で店頭ではあまり見られなかった一品だ!!それが・・・それが俺の家の前に落ちてた !何だこれは!?日頃忙しい俺へのプレゼントかっっ!?」
「・・・・・・・弥栄・・・テディベア・・・好きだった・・・の?」
・・・意外だ・・・・・。成海はそう思いながら、部屋を見渡した。弥栄の部屋は殆どがモノクロで統一された、彩色のない部屋なのだ。
居間にある革張りのソファも、今成海がいるこの、弥栄の仕事部屋にあるパイプ椅子も、全て黒だ。パイプベッドも黒。布団は白と黒のツートンカラー。デスクも味気ない機能重視のもので、木目調だが酷く暗い焦げ茶色で、脇に置いてあるカラーボックスも黒で、据付本棚は濃灰色。クロ−ゼットの扉も黒。壁はクリームがかった白。
本棚にところ狭しと収まっている(収まっていない分は、床に積んである)本の背表紙が、ところどころで色彩を放っている。それが、弥栄の部屋であり、家だった。
「・・・・・・好き・・・だったんだ?」
成海は聞き返す。弥栄の目の色が違う。・・・知らなかった・・・成海は呟いた。
「かわいいものは好きだ。当然だろ?・・・ただ、手にするとなると・・・やっぱ恥ずかしいと思ってしまうし。何より・・・成海、これ、いくらくらいすると思う?」
「?ぬいぐるみだろ?」
「付け加えておくが、シュタイフと言えば、1880年、初めてぬいぐるみを作ったドイツの会社で、テディベアには一体一体、品番が設けられている。かつ、定番商品もあるがこれは限定生産で、全て職人による手作りだ。さぁ、ハウマッチ?」
「・・・・・・・・・10000円・・・くらいか・・・?」
「・・・・・・・・・・・その、3倍だ。」
「・・・は・・・・・・・・・?」
「30000円だ。」
「その、ちっこいのが??」
20センチくらいのそのテディベアと、弥栄の真剣なまなざしを見比べながら、成海は目を瞬かせた。
「確認したら、ちゃんと品番も入ってた。・・・な?怖いだろ?」
弥栄が動くと、テディベアの首にかかっている二つの鈴が、チリチリ鳴る。
「それは・・・交番だろ。」
「今は何時でしょうー。」
「・・・・・・・・23:37。」
「明日くらいまで、持っててもいいよな?な?成海!」
(・・・・・嬉しそうだなぁ・・・・・・)
「・・・いんじゃねぇの?」
「もう、次いつお目にかかれるか、分かんないしvv写真撮っておこう・・・!」
バタバタと仕事部屋を出て、すぐにまた足音を立てて弥栄は戻って来る。デジカメを片手にして、ベッドに座っている成海の手に、テディを丁寧に渡した。
「・・・・・・?」
おもむろに、デジカメを構える弥栄に、成海は更に訳が分からない。
「ちょ・・・ちょっと待て、弥栄!」
値段を聞いてしまっては、粗雑には扱えないそのぬいぐるみを、成海は前面に押し出してシャッターを遮った。
「何?」
ウキウキとした声が返ってくる。
「何って・・・・・。聞きたいのはこっちで!何で俺がこのぬいぐるみと一緒に写らなければならないんだ!?」
「・・・・・・・・・・怒らないか?」
「・・・・・理由によるが、言わなければそれはそれで怒る。」
成海が口をへの字に曲げてそう言うと、弥栄は渋々と言った様子で、ボソリと理由を口にした。
「・・・・・・・・・カワイイカラ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁああ!?」
「ウワーーーー!やっぱ怒ったーーーーー!!」
「ったりめぇだろ!?このクマ投げるぞ、この野郎!!!」
成海がベッドの上で仁王立ちになる。
「それは勘弁してくれ!俺のじゃないし!!テディに罪はないだろ!?!?」
「・・・・・・・・・成海?」
成海が明らかに、別の方向を見ていた。
「・・・・・弥栄、外に人、いる。門のとこ。」
弥栄は自分の左横にある、暗い窓の外を見た。
外灯がぼんやりと灯っている。その辺りをウロウロウロウロしている男が一人。彼が動く度に、一つの光が揺れていた。懐中電灯だろう。
「・・・・・これの、持ち主じゃねぇの?」
弥栄の目の前に、成海はテディを差し出す。あからさまな程ガックリしたような弥栄に、成海は少し苦笑した。成海の手の中で、テディは変わらずクリスマスブーツの中にちょこんと納まって、鈴がからかうようにチリリと鳴った。
「あ・・・あああああああありがとうございます・・・・・ッ!!」
男は、弥栄と成海の手を交互に取り、泣き出さんばかりの勢いで礼を言った。
「この”Teddy In Boots”、娘が欲しがったものでして。・・・今まで、仕事仕事で・・・母親も幼い頃に亡くしたのに、文句のひとつも言わない子で。・・・今度、結婚するんですよ。物で何かが埋まるわけではありませんが、・・・・・幸せになって欲しくて。なのに私ときたら、うっかり落としてしまって・・・。袋に入れてた筈だったんですが・・・・・帰宅したら、穴が!!」
興奮しているのか、男はまくしたてるように話した。
「そうですか。・・・良かったですね。明日には警察に届けようと思ってたのですが。」
弥栄が男にそう言った。言いながら、男からは見えないように、成海の手を取った。成海が、ビクリと震える。
「本当にありがとうございます。お礼は、必ず!」
「いいえ。たいした事ではありませんし。気になさらないで下さい。」
「そういうわけには。・・・今日はもう遅いですし、後日改めてお伺いさせて戴きます。」
「・・・いえ、本当に、結構ですから。・・・・・すみませんが、失礼します。」
弥栄の頑な態度に呆然としている男が二の句を告ぐ前に、彼は成海を引っ張って家に戻った。男の顔を見ることもなく、バタン、と戸を閉める。
「弥栄・・・・・いくらなんでもあれじゃ、失礼だよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・我慢するなって、言ってるだろ!?」
弥栄は成海を抱き締めた。成海の体は、小刻みに震えていた。
「無理って、何?俺は、何も。」
「・・・・・・・・・・成海・・・・・・・・!」
「弥栄・・・苦しいよ・・・・・弥栄・・・・・」
ボロボロと、成海の瞳から涙が溢れる。
男は、成海の父親と同じくらいの年齢で、娘の略歴は、成海と重なるものだった。
この差は何だろう?弥栄はそう思う。
嬉しそうに娘の結婚を語り、プレゼントを用意し、幸せを願う彼が、何故成海の父親ではないのだろう。
男が急くように話を進め、それを聞いた成海の表情が強張っていくのを、弥栄は見逃さなかった。胸が痛くなる。
成海の精神が急速に揺らぎ、傾いでゆく。その様を見ているのは、辛い。だから、早く男から離れる事を、弥栄は考えていたのだ。
「や・・・さか・・・・・あれ・・・・・?俺、何で・・・・・・」
泣いている事に気付いた成海が、不思議そうな声を出す。
弥栄は何も言わずに成海を抱き締めていた。そろそろと、成海の腕が弥栄の背に回り、着ているシャツを握り締めてくる。
「・・・・・っ・・・あ・・・何・・・で・・・・・?何でだ・・ろ・・・・?弥栄・・・・・っ。な・・・で俺・・・・・止まんな・・・・・・っ・・・・・」
「いいんだ。成海。・・・・・それで、いいんだよ。」
弥栄の腕の力が緩んで、やんわりと抱きすくめられる。そのままじっとしていると、成海の髪や額に、やさしいキスが降った。その間も成海は、自分では意味が分からない涙を、流し続けた。
後日、弥栄の家に宅急便で、一つの箱が届いた。
「・・・・・・・後藤・・・・・?」
バリバリと包装紙を破り、厳重に梱包されたその20センチ角程の箱を空ける。
「・・・・・・!・・・・・・なな・・・・成海ーーーーーぃぃっ!!」
バターーーーンン!!
「・・・・・何・・・?弥栄・・・・・・うるさい・・・・・」
寝室でぐっすりと寝ていた成海は、余りの音に目を覚ました。
「シュタイフの!イエロータグテディが・・・・・!イエロータグは定番商品だけど、これは既に廃盤になったやつで!!」
「・・・・・また、落ちてたのかよ。」
「・・・・・・・・いや、今度は違うよ・・・・・。」
勿論それは、あの日の男からの贈り物だったわけだけれど。弥栄はそれを言うまいかどうか、逡巡する。
「・・・・・この間の人から、だろ?・・・弥栄があんな断り方するから。きっと気を遣ったんだ。」
成海が、やわらかく笑いながら言った。それに、弥栄は少しだけ安心する。
「これ、成海にやるよ。」
「は!?何で??俺はそういう趣味ねぇよ。」
「そうだろうけど。」
「それに、俺は大体ここにいるし・・・。貰っても、やっぱこの家に置くと思うし。」
「・・・・・・でも、貰ってくれないか?ココに置くなら、俺もいつだって見られるわけだし。」
「?・・・変な弥栄。」
それでも成海は、嬉しそうテディを手にした。
胸に黄色と赤で色分けされた、丸いタグを下げ、左耳に黄色のタグをつけた白茶色のぬいぐるみ。
くるくるとした目と、その表情は、素朴であたたかい感じがした。
(・・・・・成海が、幸せになれるように、俺が願うから。)
弥栄 様
前略 先日はありがとうございました。
お陰様で娘の式も無事に終わり、あのテディもとても喜んで貰えました。
お詫びをかねてご挨拶に伺いたかったのですが、ご迷惑かとも思い、搬送という形をとらせて戴きました。先日は失礼な事を言ってしまったようで、本当に申し訳ありません。
お詫びとしては些か不適当かもしれませんが、テディを送らせて戴きました。
よろしければお受け取り下さい。
お二人のご多幸を、心より願っております。
草々