「・・・・・・・やめておこうよー・・・・・・」
俺は思わず情けない声を出す。
「大丈夫だ。今度は。」
目の前の綺麗な顔が、確固たる意志を持ってそう言った。意固地になっている
のかもしれない。負けず嫌いなとこ、あるし。
「大丈夫って・・・だって、前のだって覚えてないじゃん。絶対
大丈夫なんかじゃないよぅ。」
尚も、頼み込んでみる。
ギッと睨むような目線が返って来て、俺はちょっとたじろいだ。
「平気だ。アルコール成分なんてのは、過剰摂取さえしなければ本来
人間の体で分解、排出されるものだ。抜け出てくものなんだ。強い弱いの
程度の差はあれど、自分の適量を知っていれば問題ない。」
「そんなに分かる程、飲んでみたわけ?」
俺の問いに、固まった。
「永樹・・・・・・」
俺はゆっくりと立ち膝になって、目の前で永樹が握っている缶を
奪い返す。
「どうせ、俺と飲んだのが最後だろ?永樹は酒はだめ!!」
じっとりとした視線はすぐに外されたが、納得いかないような表情は
消えない。
「・・・・・お前意外の前では飲むなっつったろ。なら、敦也の前で飲むんだ
から、問題ないだろう。それに、飲み方教わった記憶なんてない。」
だから・・・教え様として、失敗したんじゃないか。
「俺、飲むなって言ったんじゃなかったっけ?」
永樹が首を横に振る。
「違う。自分意外の前では禁止って言った。」
「・・・・・・・」
永樹の記憶力は、並じゃない。下手すると俺の告白だって一言一句覚えて
いる。変に応用もきくから、はっきり言って口で敵うわけがない。
しばし沈黙。御託を並べ始めると、永樹は性質が悪い。そういえば一週間
家に上げて貰えなくなった事もある。御託が並ぶ、即ち機嫌が悪くなる
という事なのだ。
先手必勝とばかりに、俺が先に口を開いた。
「とにかく、この間の記憶、ないんだろ?そんなに飲みたいってわけでも
ないんなら、無理に飲まなくたっていいじゃんか。」
俺に仕切られる事に、些かの不満を感じているのだろうけれど、永樹は渋々
承知をした。
春のお花見の時は確か、寝てしまった。その時にこれからの
事もあるし、飲み方を教え様と思ったのだけれど。
はっっきりと、間違いだった。
永樹みたいなタイプは、飲んじゃいけないんだと、認識を改めた。
これから先大学進学なり、就職なりしても絶対、絶対に飲ませないように
しようと思った。どっちかっていうと、俺のために。
俺と永樹はいつもの通り、卓を挟んで座っていた。永樹がベッドを背にして
いて、俺が机を背にしている。
卓上には俺が買い込んで来たバタークリームのケーキが乗っていた。・・・金は
割り勘だ。今日はイブで、俺の誕生日でもある。だから永樹は「お前の誕生日
でもあるんだから、俺が買う」と言ってくれた。でも、貧乏高校生の俺らだし、
永樹に到っては塾に行ってるから俺のようにバイトの暇だってない。割り勘で
妥協してくれと、何故か俺が頼むハメになった。
そういうの、永樹らしい、と思う。固いんだよね、基本的に。
俺が選んだのは一番小さいホールのケーキで、きちんとチョコレート板に
『Happy Xmas』とホワイトチョコレートで書かれている。
デコレーションもそんなに凝ったものじゃない。ナイフでざくざくっと塗った
ような感じで、大雑把な凹凸が漆喰の壁に似ている。
永樹は意外と甘党だったりするので、表情には出さないけれど実は結構喜んで
くれてるとは・・・・思いたい。
もぐもぐと、目の前で永樹はケーキを食べている。俺は自分も口と手を
動かしながら、永樹に視線を注いでいた。
不意に永樹がフォークを止める。
「・・・・・・・・あんま・・・見るな。バカ敦也。」
不機嫌そうに少し俯いている永樹は、若干顔を紅くしていた。
「えー?減るもんでもないし、別にいいじゃん。」
「減るんだよ。神経が。」
「永樹は少し気にしすぎだよ。」
俺は膨れ面をしながら、渋々と永樹から視線を外す。永樹はいつもそうだ。
人からの視線に酷く敏感で、反応も早い。でも、最近気付いたんだけれど、
「永樹って、俺以外の人からの視線には何かイヤーな顔するけど、俺の
時は顔紅いよね。」
ガシャン
言った途端に、永樹がフォークを落とした。下手なギャグ漫画の登場人物
みたいな反応だ。
「敦也・・・・・何・・・何・・・言って・・・・・・」
みるみると頬が紅潮してゆく。言葉が継げない永樹は、いつもの反論を見せない。
否定もしないけれど、肯定もしない。
「俺、間違った事言った?」
そう言った俺に、永樹はますます俯いて首を横に振った。最近の永樹は、無理でも
してるかと思うくらい、素直に認める。ただし、物凄く下ばっかり見てる状態で、
だけれど。それでも俺は、嬉しいと思う。
「・・・・笑うな。バカ敦也!!」
そう言って永樹は傍らにあった缶を手にして、一気に飲み干した。
「あ」
と思ったときには遅かった。永樹も飲み下した後に、ハッとしたらしい。
「何・・・これ、敦也。ジュースじゃないのか?」
「永樹・・・それ、俺のチューハイだよ・・・・・・・」
味がジュースっぽくて飲み口はいい。度数だって10%未満だけれど。・・・・永樹は、
酒が嫌いなんじゃなくって、唯単に弱いのだと思う。俺にとってはたかが10%
でも、永樹にとってはそうじゃない。
しかも、缶に半分は残っていた。それを一気。
「う―-―-」
永樹の顔がアルコールの為に赤くなる。
(・・・・本当に弱いよなぁ・・・・・)
永樹の様子を見ながら、俺は改めてそう思った。
「バカ敦也。俺には飲むなって言っておきながら、自分はしっかり飲んでる
んじゃねぇか。」
むつけた顔をして、永樹はそう言った。
「永樹、もう酔った?」
いつもの永樹なら、そんな反応はしない。もっと論破するような言い方になる。
「酔ってない!!大体、お前高校生じゃねぇか!アルコールは法律で20歳になってから
って・・・決まっ・・・・て・・・・・」
不意に、永樹がよろけて卓上に手をついた。が、その先がいけなかった。よりにも
よって、ケーキの上に手をついてしまい、永樹は不機嫌そうな顔を作る。
「食え」
永樹が俺に向かって手を差し出す。
「お前のせいだ。」
・・・・支離滅裂になってきた、と俺は思った。別に食うのはいいけど、永樹は嫌じゃ
ないのかなぁ・・・・・。
「・・いいの?」
俺は何となくそう聞いた。永樹は「何が?」という顔をしている。酔っている人間という
のを、俺は永樹以外見たことなくって良く分からないけど、やはりこう、言動とか
行動が訳分からなくなってくるもんなんだろうか。
「・・・・永樹がいいなら、いいけど。」
気持ち悪いとか、思わないのかなぁ。そう考えながら、俺は永樹のバタークリームに塗れた
手を取った。そのまま俺は永樹の指ごと口内に納める。さすがに一気には無理なので、
一本ずつ。
ふと、永樹を見ると表情が歪んでいる。
「ほら、やっぱり気持ち悪いんだろ?永樹、変に潔癖なんだから。こういうの、普通の
人だって嫌なもんだろ?」
ギッと永樹が俺を睨む。最も、そんなに怖くはない。アルコールが入っているから、
表情にきつさがないのかもしれない。
「嫌じゃない。敦也は・・・気持ち悪い?嫌?」
少し泣きそうに潤んだ瞳。うあー・・・完璧に酔ってるな・・・・・。即席だ・・・・。
前の時もそうだった。コップに何杯か飲むと、途端に眠くなってきてすぐ眠る。けど、
一杯目とかだと何だかいつもより幼い感じになる。”構ってくれ”というような
態度を取る。俺はそれが分かった時、永樹には酒を飲ませたくない、と思った。
誰に対してもそういう態度を取るのなら、こんな綺麗な顔を前にして拒む人間など
いないと思うからだ。
だから、俺は永樹に酒を飲んで欲しくない。これから先、大学に行っても、就職
しても。
「気持ち悪いなら、いい。」
そう言って手を引っ込めようとした永樹の手を、俺は強く引っ張る。軽い押し問答の
後、永樹は諦めたように力を抜いた。
「俺は嫌じゃないよ。永樹が嫌じゃないなら、いいんだ。」
俺は再び永樹の指についたクリームを舐める。偶にピクリと永樹の指が動くけど、
もう構わなかった。酔っている人間に何を言っても無駄だと、姉貴が言っていたのを
思い出す。それなら望むとおりにしてやろう、と俺は思った。
「・・・・・敦也・・・・・」
「・・・ん・・・?」
永樹が右手をゆっくりと俺から外して、俺の横に来てニコリと笑う。
そんな永樹の顔は滅多にないから、俺はやたらドキドキしてしまった。
「何?永樹。」
言うが否や、永樹は唇を重ねてくる。軽いキス。
「敦也・・・誕生日、おめでとう。プレゼント・・・机に・・・あん、だけ・・ど・・・・。後、俺、敦・・也・・・が・・・・」
だんだんと言葉尻が遅くなってきて、永樹は俺のほうに倒れ込んできた。
「永樹・・・っ!?」
一瞬驚いたものの、すぐに寝息が聞こえてきて俺は安心する。永樹は酔うと、どうやら最後には
眠るようにできているらしい。
その寝顔を見ながら、俺は
「・・・やっぱり飲ませらんないよね!!」
と力強く言った。
二時間後。
俺の膝枕で目を覚ました永樹は、顔を(アルコールのせいではなく)真っ赤にして
「敦也、俺、何かしたか!?」
と聞いてきた。
「こういう永樹が見られるなら、やっぱり偶に一緒に飲もうか、永樹」
笑ってそう言ったら、問答無用で足蹴にされた。