『白昼夢』


春麗らかな午後の日差しを受けて、そろそろと梅は満開で桜も8分咲き。
「あー、暇だねー」
間延びした声で、俺は傍らに座る永樹を見た。
相変わらずの綺麗な顔は桜の木の下で微笑みながら、手にした文庫本に 再び目を落とす。
開花したばかりの桜の花は散るには早くて、それでもチラチラと偶に舞っ てくる薄桃色の花弁が、永樹の肩口などに乗っている。
「きれーだなー。」
やはり緩んだ顔のまま、俺は言った。
「んー、そうだな。今年の開花は早かったしちょっと風のある日もあっ たから不安だったけど。絶好の花見日和になって良かったよな。」
「あー、違う違う。」
「?」
訝しそうに、永樹は俺に視線を向けてきた。そういう顔も、綺麗だなーって 思う。
「永樹が」
「俺が?何?」
こういう、変に鋭いくせに鈍感なところが俺は永樹らしくて好きだ。
「だから、永樹が、綺麗だって。」
瞬間の間があってから、一気に顔が赤くなる。うん。かわいいよね、やっぱり。
俺が主導権を握れるなんて、こんな会話の時くらいだ。永樹が目の前で真っ赤に なりながら、眉を顰めて「お前、変だよ」と言う。
「こんなトコに来てまで、本を読んでる永樹も変だよー。」
「別にいいだろ。落ち着くんだよ、こういう日は。」
余りにも穏やかで、しかも今日は4月中旬の温かさとか天気予報で言ってた。 永樹なんかは地球の温暖化がどうとか真面目な顔して言ってたけど、こうやって 過ごせるのは俺にとっては嬉しい。
「温暖化を嬉しいとか言ったら、殴るからな?」
そう言った永樹は多少怖かったけどな・・・・・・。

見頃を迎えた桜見物に、どこもかしこも公園などは花見客で埋もれる。でも、それは休日 などに限られる。
かつ、まだ春休みにも入ったばかりだし、午前中の今、本当に散歩客がちょっと いるくらいだ。それに別に名所なわけでもないし、近所のおばさんとかが来るくらいの 公園だから気が楽だ。ゴミもないし、煩くないし。
永樹は人込みが好きじゃないみたいだから、こういうとこの方が喜ぶ。顔や言葉でそれを 現す事はないけれど、見ていると分る。
永樹にとって、”本を読める空間”というのは、即ち”嫌いじゃない”って事に等しい。 だから、目の前で本を読まれるのは嫌いじゃないどころか、好きだ。

「そういえば、敦也。」
やにわに、永樹が切り出してくる。
「何?」
「お前・・・暇だろ?俺はいいけど・・・・。無理しなくてもいいぞ?」
「無理って・・・別に。俺、こうしてるの好きだよ。っつーか、確かに俺賑やかなの好きだ けどさ、永樹が目の前にいればそれでいいから。」
「・・・・・良くそんな恥ずかしい事を、飄々と言えるな・・・。」
「恥ずかしいかなぁ。永樹が気にしすぎなんだよ。あ、クッキー開けていい?」
言いながら返答も聞かずに俺は、クッキーの詰まった缶の梱包を解く。缶を開けると、 6種類のクッキーが上下に3種類ずつ詰まっている。俺はそこからチョコチップのを 取り出して、食べ始める。
「あ、俺も食う。」
永樹が手を伸ばしてソルトクッキーを取る。
バレンタインでお互いプレゼント交換したので、クッキーは割勘で買った。金があれば きちんと何かしたかったけれど、俺も永樹もそうそう金なんて持ってない。
「コレも開けていー?」
俺は瓶の口を持って、永樹に向けて振った。
『吟醸酒』と書かれた酒瓶一本。やはり桜には酒だと思う。
「午前中から酒かよ。本当に好きだな、敦也は。」
半ば呆れ顔で永樹が言った。酒はないと始まらないと俺なんかは思うけど、永樹は余り好き ではないらしい。
「えーいいじゃん。親父の影響も強いけどさ。これも親父が持たせてくれたんだ。」
「・・・未成年に酒を持たせるなよ・・・。」
「大丈夫大丈夫。これ、度数そんなにないし。親父だってその辺分かって俺に持たせてるから」
「俺も勘定に入れてるじゃねぇか。」
そりゃ、まさか丸まる一本、俺に飲ませる為に渡したわけではないだろうな。
「永樹も飲むだろ?別に飲めないわけじゃないよね?」
渋面を作った永樹の背を押すように、俺は言葉を続ける。
「まぁさ、ちょっとくらいいいだろ。」
「ちょっとだからな。後は知らないぞ。」
紙コップに酒を注ぎ、永樹に渡す。永樹はちょっと口を付けて顰め面をし、後は流すように飲む。
「うわ、永樹、酒弱いのに一気はダメだよ。っていうか、ちょっとは味わおうよ。」
「酒の飲み方なんて知るかよ。うちの家族は下戸ばっかだしさ。」
「えー、そうだっけ?おばさん飲めんじゃないの?だってうちの母さんとバーとかに行ってた って。」
「若い頃?・・・ふーーん。じゃぁ、飲めるのか。親父が飲まないから、家で飲まないのか・・・ ・・・・・ ・・・・?ん・・・・・」
気付くと、永樹は何気に何杯目だったっけ・・・・。アレ?
俺、つい相手のコップが空になると、注いじゃう癖があるからなぁ。親父のせいで。
「な・・・敦也、コレ、度数低いって・・・嘘ばっか・・・・・。」
永樹の身体が、グラリと傾ぐ。顔が徐々に赤くなっていく。
「いや、マジでそんな高くない筈だけど・・・。あったって16くらいだと・・・。吟醸酒だし。」
「充分だ・・・敦也・・・・それは別に度数が低いわけではなく、手頃なのはみんな14〜17度数 くらいだ・・・・。」
「えー?そう?俺、60度数くらいのも飲んだ事あるよ。吟醸じゃないけど。」
「・・・・・・・・・・一緒にするな・・・・・・・・。」
永樹は言いながら、その場に寝転がる。持っていた本が膝の上から落ちた。涙目になってて、 本当に酒は全然なんだと言う事が分かる。
「うーーーー。」
何だか唸っている。
「なぁ、大丈夫か?ごめん。ホラ、あんま飲まないからさ、そんなに弱いと思わなくて。」
永樹の視線が俺を見据える。潤んだ瞳は今にも泣き出しそうだった。
俺は手を伸ばして、永樹の額に手を乗せる。熱い。
「帰ろうか?」
そう問うと、永樹は首を横に振った。
「いー、別に、これくらい・・・・・」
にしても、普通日本酒をカパカパ飲むかなぁ・・・。幾ら注がれたからって、弱いのに。 飲み方知らないってのは恐ろしいよな・・・。今度教えてあげよう。大学とかに入ってから、大変 だろうし。
思わずそんな他愛無いことを考えてしまう。
「敦也ぁ・・・。水。水とかってないっけ?ウーロン茶とか。この際柑橘系ジュースでも可・・・」
「って言っても・・・」
こんな状態の永樹を放って行くのは、自分的にかなり嫌だ。
「とにかく、酒瓶だったら冷たいから持っててみたら?」
俺は間抜けにも、酒瓶を永樹に渡した。眉を顰めた永樹は何か文句を言いたそうだったけれど、 それすら億劫なのか黙って傍らに瓶を置く。
「冷たいなぁ・・・」
幾分、ぼんやりとした調子で瓶に引っ付いている永樹に、俺は何だか・・・何だろう・・・・・・。
「永樹、ちょっといい?」
「んー」
俺は思わず、ぎゅう、と酒瓶ごと永樹を抱き締めた。
「な・・・・・!?何・・・・・ん、敦也・・・・」
弱い。弱すぎるよ、永樹。まぁ、酒は飲み慣れもあるって言うしな。個人差の出るもの だから、良く分かんないけど。
「うーーーー、離せ。」
「いや、だってこんな永樹ってもう見られないかも?何か新鮮ー。」
「バカ敦也。暑いだろ・・・・?・・・はーなーせー。」
永樹にしちゃ緩やかな喋り方で、多少発音が怪しいのは呂律が回ってないのかもしれない。
「あつ・・・や・・・・。ほんと・・・暑い・・・・やだ・・・・・」
「永樹、顔真っ赤。ああ、吟醸酒が温くなっちゃうなぁ。」
あーヤバいなぁ。こんな永樹見た事ないし、どうも・・・うーーん、こう、何と言うか、・・・
「キスしたら、怒る?」
俺は思わず聞いていた。だって、何かかわいかったから。
「別に・・・・怒らないよ・・・・?」
口元を緩ませて、永樹はほわー、と笑いながら応える。
あ、これは・・酔ってるな、永樹。普段ぜーーーーーーったい言わない言葉だ。言うにしたって もっと照れるし、怒ったような感じだし。
でもまぁ、こんな事はこれから先ないかもしれないので、素直に行こう、俺も。
って、あれ?あー、俺、別に永樹が怒ってもなんでも、キスしてたか。・・・・永樹にバカって 言われても、仕方ない気がしてきた。

永樹の髪に、そして瞼にキスを落とすと、くすぐったそうに永樹は小さく笑った。
ただ重ねるだけの口付けを交わした後、永樹が俺の背に手を回して来る。それから今度は ゆっくりと重ねる。
「永・・・・」
俺の言葉は掻き消える。
正直、嬉しいけれど少しのショックがあったのは、言うまでもない。
永樹のキスは、初めてのそれではないから。どこか手慣れていて、それは俺に嫉妬を覚えさせる。
見えない相手への、嫉妬。
初めての深い口付けは、俺には少し哀しい。
「永樹?」
「んーーーーー・・・・・おやすみ。」
永樹が目を閉じて、脱力する。
「そうか・・・酔うと寝るタイプだったか・・・・失敗。」
ま、こんなに天気もいいし、風邪ひくなんてことはないと思うけど。
俺は来ていたジャンパーを永樹に掛けて、それから桜を見上げた。永樹の寝顔と、桜を肴にして 一人酒をあおるのも悪くない。

ふと、永樹の読んでいた本が目に入る。
『クロ−ン人間はこうしてできる』リィスズ社出版、と書かれていた。
「・・・・相変わらず、趣味が分かんないなぁ・・・・」
俺は、言いながら幾分温くなってしまった吟醸酒を咽喉に流し込んだ。

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また・・・ギリな更新を・・・・。眠・・・・・・・。正に春眠・・・彼が近くにいる・・・。(一部ネタ)

というわけで、イベントカップルです。白昼夢。いや、白い日だし。(違うだろ)
別に夢落ちじゃないです。(笑)前回、敦也が酔っ払いだったので、今回は永樹です。 酒の好きではない私は、吟醸酒の度数も知らずとにかく触りだけで書いてしまいました・・・。 すみません@
桜・・・どころか私の地方は梅もまだ。
通勤途中、綺麗な桜道になるであろう公園があるので、今から楽しみです。