ちよこれいと きす

「会えないって、どういう事だよ!!」
喚く声は、耳障りな事限りない。
「黙ってないで、何とか言えよ!」
ガシャン。
敦也が円卓を叩いたせいで華奢なそれは振動し、乗っているカップが跳ねた。
「いっつもそうだよね、永樹はさ。節分にだって会えなかったじゃん。」
視線だけはしっかりと俺を捉えて、痛いほどまっすぐに見てくる。
この直線さに酷く居心地の悪さを感じる。
素直に感情を露呈し、言葉をぶつけてくる。到底俺には出来ない事をやすやすと、いとも簡単に やってのける。
・・・・・俺だって、会いたくないわけじゃない。
けれどその一言は飲み込まれる。
「節分に、会う必要ないだろ。」
そう俺に言われて頬を膨らませた敦也は、涙目だった。
俺は敦也から視線を逸らす。まともに顔を見て話せる事なんて、至極稀だ。
俺は元来そういう事が苦手だ。ジロジロと見てくるあの視線が、好奇の目が、苦手だ。 敦也のは好奇などとは程遠いけど、子供の頃からの習癖で俺は人と視線を余り合わせられない。 全くではないけれど、できれば避けたい。敦也に対しても、同様。
「こっち向いて話してよ。節分だって、テストテストって。何でそうテスト好きなんだよ。」
「別に好きで受けてるわけじゃない。」
「じゃ、何でわざわざ14日にテストすんのさ。うちの学校のテストじゃないだろ。」
「塾のテストなんだから、仕方ないだろ。」
「・・・・・終わるの待ってるから、会いたい。」
「10時近くなるんだぞ?お前のうち、結構門限とか煩かったろ。」
敦也の家には約束事がある。10時前に帰る事=@それだけ。後は放任状態に近いらしいけど。
合鍵を持たせれば必ずなくすであろう敦也を知っている家族は、自分達が寝る時間になる前に 敦也に帰ってきて欲しいのである。
眠ってからチャイムで起こされるのも嫌だし、気付かない恐れもある。かといってまだ高校生の 敦也に、外泊だってして欲しくない。締め出したいわけでもない。
そういう意味での10時帰宅=@が約束として定着していると、いつだったか敦也は言っていた。
「じゃ、永樹んちに泊まる。それだったら親も許してくれるもん。」
「バカ。うちだって親いるんだぞ?」
「何か問題あるの。クリスマスは泊めてくれたじゃん。」
「・・・・・いや・・・・・」
こいつの純粋さに、俺は偶に押される。
「次の日、学校だろ。14日は木曜日なんだから。お前、俺の家から学校行くのか。」
「駄目なのか?」
「・・・・・いや・・・・・」
煮え切らない俺に、敦也が煮えてしまった。
ダン!と両手を円卓に勢い良く突くと、立ち上がる。
「分かった。永樹、俺といたくないんだろう。そんなに拒むなんてぜっっったいおかしい。」
・・・・やばい。泣く。
「いいもん!!いいもん俺!!永樹・・・・俺がグレたら永樹のせいだーーーーーーーーーー!!!!!」
敦也は言いながら、やはり勢い良くドアを開けると転がるようにして階段を降りる。
「ちょっと待て敦也!敦也!!」
俺がそう言いながらドアから顔を覗かせた時には、既に玄関の閉まる音がしていた。
母親が台所から顔を覗かせている。
「・・・お邪魔さまでした・・・って出て行っちゃったけど。永樹、あんたまた何かキッツイ 事でも言ったんでしょう。目が赤くなってたわよ。喧嘩もほどほどになさいね。せっかく多めに夕飯 作ったのになぁ。」
母は、のんびりとそう言った。
どんな時でも礼節を忘れないのが、敦也らしい。きちんと親に挨拶して出て行ったようだ。
「・・・・・・何でもないよ・・・・・。」
それだけ言って、俺は自室の戸を閉めた。バタンと響く音は、まさに俺と敦也を物質的にも 精神的にも遮るような音だった。
俺は円卓の前に座り直す。
飲みかけのお茶はカップに納まったまま、ゆらゆらと揺れていた。
(・・・・違う。違うのに・・・・・・)
どうしてこうも感情を素直に出せないんだろう。
怒らせたいわけじゃないし、悲しませたいわけじゃない。
敦也だって分かっている筈だ。塾のテスト日程は俺にはどうにも出来ないし、敦也の門限だって どうにも出来ない。
分かってるからこそ、いつもなら食い下がらないのに、泣いたって食いついてくるのに、今回 敦也はこの場から去ってしまった。
(調子・・・狂うな・・・・)
思えば、こんな事は初めてかもしれない。自分が結構参っている事に気付く。
バレンタインは明日。
テストも明日。
塾のテキストを開いてみたが、やはり気乗りはしなかった。
(・・・用意・・・してなかったわけでもないんだけど・・・・・・。)
俺は机の上段の抽斗を見た。流石に恥ずかしくてチョコは買えなかったけど、そこには 携帯ストラップがプレゼント梱包されて入っている。
魚の骨の形をしたストラップは、以前敦也が欲しいと言っていたものだ。暗闇で光るそれを 俺は「不気味だ」と言ったが、敦也は笑いながら「これで暗闇でも俺の位置が分かんねぇ?」と 無邪気に言った。
(渡せないかもな。)
本当なら今日渡してしまう予定だった。
得てして感情に走りがちな敦也は、こうして揉めると次の日にはアクションがある。
けれど明日はバレンタインだ。・・・・恐らく俺の暇がない・・・・・。
(・・・・・どうすればいいのかが・・・分からないんだが・・・・・)
言い方がまずかったのは否めない。それは毎回のことで、分かっている。分かっていても、 それをどう表現したらよいのかが分からないのだ。
(勉強って、役に立つもんでもないな。)
俺は、何度目かの溜息をついた。


14日。
「おはよー」「はよー」
何て声が飛び交う朝。学校。下駄箱。
どさどさどさどさ。
「・・・・・・・・」
俺は下駄箱を開けた途端、大挙して押し寄せて来たチョコに足元を埋め尽くされた。 毎度の事ながら、良くやると思う。
手作りらしいものからラッピングに凝ったものやら。大体はメッセージ付き。
下駄箱なんていう下足を入れるものに、何故わざわざいれるのか。まだ机に入っていた ほうがマシだ。
周りの目をよそに、俺はそれを拾う。どちらにせよ食える量ではないが。
「毎回すげぇな、片城(かたしろ)は。やっぱ顔?」
と言いながら、級友が拾うのを手伝ってくる。
「・・・・性格コレだから、顔だろうな。」
と言ったら、級友は「何か癪だなぁ」と言った。
仕方あるまい。性格は後付けかもしれないが、顔は成長過程の産物だ。
案の定教室では、机の中にも入っているチョコを袋に納める。

昼休みの呼び出し5件、放課後の呼び出し8件。うち、去年に引き続き告白してくる強者が 6人。
全て返答は一緒。去年も冷たくあしらったのに、何故こうしてチョコを送ってくるのだろう。 流石に去年よりは減った気がするけれど、まだ多い。
顔なんていうのは二の次だと気付くのは、もう少し先なんだろうか。
そしてやはり敦也には会えなかったし、会わなかった。
昼休みに「お前捜して瓢(ひさご)来たけど。今日はいつ来ても無理じゃないかって 言っといたよ。」と級友に言われた。やはり見事にすれ違い。
放課後も同様。俺が教室に戻る頃には、敦也のほうが部活。全く持って会えない。
「片城さぁ。冷たく断るくせに、約束の場所なり呼び出しの場所なりには律儀に行くだろ。すっぽかしはしねぇよな。」
「その手があったか」
そう答えた俺に級友は、
「冷徹にはなれねぇタイプなんだな・・・・」
と半ば呆れたように言った。


辺りは既に闇。
腕時計は9時半を指している。
意を決して、俺は敦也の家に来ていた。さっさとテストを終わらせて、終了前に了承を貰って 退出してきたのだ。
「ごめんなさいね、永樹君。あの子ったら、どこ行ったのか。」
敦也の母親は、小柄だけど大きな声でそう言った。敦也の性格も、彼女を見ていると何だか 分かる気がする。
「あ、いいえ。こんな遅くにいきなりすみません。」
「いいのよー。目の保養になるわ」
とカラカラ笑う。
「そのうち暇見て、都子(みやこ)にもお茶飲みに来るように言っておいてちょうだい。」
「はい。」
都子は俺の母親の名前だ。何の因果か、俺の母親と敦也の母親は高校時代の同級生だったりする。
「あの、俺そろそろ帰ります。敦也が帰って来たらよろしく言っておいて下さい。」
「そう ごめんなさいね。戻ったら電話くらいさせるから。」
俺は挨拶をして家を出た。
もしかしたら・・・・・と思ったせいもある。
携帯で家に電話を入れる。敦也が来なかったか確かめる為に。 しかし、家には来てないようだ。じゃぁ、どこに行ったのか。
(まだ・・・怒ってるのか、ふて腐れてるのか・・・・・)
俺はとにかく家に帰ることにした。何だかしっくり来ない。気分が晴れない。当然だけれど。


家の前、街灯が灯る道、常夜灯がうっすらとその人影を浮かばせていた。
「・・・・・敦也・・・・・」
俺が呼ぶと、敦也はゆっくりと俺の方を向いた。
「中で待ってれば良かったのに。」
午後10時近い2月。とにかく寒いことに変わりはない。それなのに、敦也はコート一枚を無造作に羽織ったのみで、 マフラーも手袋もせず、門柱に寄りかかっている。
「言うことはそれだけ?永樹。」
「?どうした?敦也、お前・・・・・」
何かおかしい。
「俺だって、俺だってちょこくらいもらうんらから!!」
舌が微妙に回っていない。
「何言って・・・・・」
「ちょ・・・・・敦也!?」
抱き着いてくる敦也からは・・・
「お前!酒臭っ!!」
見ると足元に酒缶が転がっている。7・8本と言ったところか。よりにもよって度数が高そうな カクテルやら日本酒・ビール缶。よく見れば一本だけ瓶が交じっていて、それはウィスキーだった。 滅茶苦茶な飲み方をしたらしい。
「お前!!バカ!!死ぬぞ!」
思わず怒鳴る。
その声が聞こえたのだろう。母が出て来た。
「あら、敦也君どうしたの?あら、永樹も、おかえりなさい。」
のほほんとした母の声に、それどころじゃないと思う。
「母さん、今日敦也泊めていい?何か無理そう。」
「構わないけど・・・あら、じゃぁ美佳に電話しなきゃ。」
「悪い。頼む」
言いながら俺は、取りあえず道路に散らばった缶や瓶を適当に庭に放る。 それから何事かを喚いている敦也を、無理に部屋まで引っ張って、ドサリとベットに投げた。
「うーーーーもう寝るーーー」
「寝てろ。ああ、こんなに冷えてるじゃねぇか。急性アル中で死にたいのか、お前は」
敦也はいきなり俺を引き寄せてベットに倒す。
「何・・・・・」
「えいきはぁ、俺なんかどーだっていいんだよねぇ?今日だって何回も教室行ったのにな。 いねぇんらもん。」
焦げ茶色の双眸は、酒のせいか潤み、据わっている。
俺の知る限り、敦也は酒には強い。父親と15を過ぎた頃から一緒に晩酌をするようになって、 滅多には酔わない。
どう考えてもあの無理な飲み方がいけないのだろう。明らかに酔っている。
「携帯掛けても出ないし。メール読んでないやろ。」
・・・・確かに読んでない。着信音を消しっぱなしにしていたのを、今更思い出す。俺は二の句が告げ られず、目を逸らし続けた。
不意に俺の顎を捕らえた敦也が、キスをしてくる。
「ん!・・・何・・・・・サカってんな!!」
「それでも俺・・・永樹が・・・好きなんだもん。嫌われても、迷惑だって思われても」
どわーっと涙を溢れさせて、敦也は懇願するように言った。
「嫌いなんて言って無いだろ。」
「好きっても言わないじゃないか」
「それは・・・・・」
言えない・・・・・。言葉にしようにもできない。目の前の敦也は泣き続けているのに・・・。 酒の力もあるのだろう。一向に涙は止まりそうにない。
「悪かった。」
それだけ言って俺は敦也の背に腕を回した。
「ちょこれーと」
「あ?」
「ポッケん中。入っれるから、やる。永樹にやろうと思って、買った。」
「・・・・・買ったのか・・・チョコ」
敦也は眠たそうに頷く。
コートのポケットから出て来たのは、奇麗にラッピングされた生チョコ。
「ああ、あの俺もさ、敦也・・・・
言いかけたところで敦也が口を挟む。
「それ食って、俺とキスしよう永樹。」
「・・・・・は?・・・・・」
「永樹からちゃんとしてね。それれチャラ」
・・・・・・・何がチャラ?
「ちょこれーと味−。わぁーい・・・・・」
舌足らずが、何を言う。
「な・・・!?敦也!?  」
倒れて来た敦也は、俺を下敷きにしたまま、眠り込む。
俺は肩の力を抜いて言った。
「ホント、ばか。」
おれはその茶色の髪を撫でながら、右手に持ったままのチョコを翳した。
「チョコか。」
大の男が催事場で、チョコを女の子に交じって買う姿を想像すると、おかしかった。
きっと敦也の事だから人目など何のその、真剣に選んで買ったに違いない。
「・・・たまにはいいか・・・・・寝てるし。」
俺はラッピンングを解いて、立方体のチョコを一つ口にいれた。
甘く舌に溶ける。
深く眠っている敦也の顔を何とか自分の方に向けて、唇を軽く重ねた。

「敦也・・・・・チョコっつーか・・・・・酒臭ぇ・・・・・」

俺のプレゼントは明日渡そう。

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20020213
ギリです。相変わらずギリ。
13日にはアップしたかったのです。前日からの話だし・・・・。ギリ・・・・。
かつ、しょーもないくらいに甘。泥吐き。ドッサリ。そして目は白って感じですか。フフ。
成り行きで、考えてもいなかった二人の本名が。片城永樹と瓢敦也らしいです。
ラストは色々頭にあった筈なんですが、どれもしっくりこなくて。とにかく始まりは、敦也が何だかいつも通りに叫んでいれば いいなーって、そう思って書いていたのですが。本当は星一徹返し>円卓。をさせたかったのですが、してくれません でした。残念。
ええと・・・まとまりない文でいつもすみません・・・・・。
今年、想いを伝える方の勇気を称えまして。
HAPPY VALENTINE!