「・・・・・・・敦也君、どうしたの?こんな時間に。」
ドアを開けてくれたおばさんは、きょとんとした顔をしていた。慌てて
時計を見ると、11時を回っていた。
「あ・・・。す・・ッ・・・すみません・・・俺・・・・・・」
おばさんは軽く笑った。相変わらずのんびりした感じの人だ。
「永樹と喧嘩でもしてた?いいのよー謝らなくて。どっちにしたってあの子が
原因なんでしょう。本当、無愛想なんだから。・・・・・でも、誤解しないで
やってね?」
柔らかく、おばさんは言った。
「あ、いえ、そんな」
大した理由もなく来てしまった俺は、もう何て言ったらいいか分からなくて、何だか
挙動不審になってしまう。顔の前でパタパタと右手を横に振って、次の言葉を
探す。
「敦也、何しに来たんだ。」
声が聞こえたのだろう。永樹が階段を降りて来た。薄い青の
カッターシャツに、黒のジーパンを履いて、そのやたら綺麗な顔は、俺の
姿を認めて眉を顰めている。
俺のジャージ姿とスポーツバックを再確認したせいか、更に不可思議な顔をして見せた。
「何しに、じゃないわよ永樹!また喧嘩したんじゃないの?」
「喧嘩・・・・・・?喧嘩って・・・・・・」
回転の速い永樹は、俺を見て判断したようだ。
「敦也、お前家には?電話いれたのか?その格好だと、家には帰ってないんだろう?」
「あ、いや・・・・・こんな時間になってるって思わなくて。まだ・・・・・」
「母さん。急だけど敦也泊めていい?」
「お布団、隣の押入れに入ってるから。敦也君夕飯は?」
「あ、いえ、大丈夫です。」
とは言ったものの、そういえば何も食べてない。何だか内側がいっぱいいっぱいで、
ご飯にまで頭が回らなかった。
「とりあえずあがったらどうだ。後、すぐ電話して。きっと心配してる。」
「・・・・・うん。ごめん。」
俺はおばさんの方を見た。
「こんな時間に押しかけてすみません。ご迷惑お掛けします。」
「いいのよ。でも絶対、美佳は心配してるから、連絡だけはちゃんと入れてね?」
「分かりました。ありがとうございます。」
俺は頭を下げて、玄関先ですぐにうちに電話をかける。少々呆れ声の母親の言葉は
耳に痛かったが、とりあえず了承は得た。
俺は携帯の電源を切って、玄関を跨いだ。永樹はやはり眉を顰めたまま、俺を見ていた。
「ご・・・ごめんね、永・・・・・永・・・樹!?」
二階にあがり、部屋に入った途端。謝ろうとした俺に構うことなく、永樹が抱きついて
来た。俺はアワアワとやり場のない言葉と手を持て余す。顔を伏せた永樹の表情は
分からなく、ただ、少しだけ硬くなった体が永樹の緊張を伝えてくるだけだった。
ゆっくりと腕を回す。一瞬だけ肩がビクリと震えたが、特に抵抗はなかった。
(何か・・・・・あったのかなぁ・・・・・・。)
そこまで思って、思い立ったのは当然羽柴先生の事だった。羽柴先生は、永樹に無理矢理
キスしたと言っていた。途端にムカムカとしたものが胃から湧き上がってくる。
「永樹、俺、別に気にしないから!!」
思わずそう言ってしまった。永樹は真面目だから、そういうの、変に悩んでいるの
かもしれない。
「・・・・・・敦也・・・・・・お前・・・・・・・」
永樹が腕の中で身じろいだ。ゆっくりと、顔が上がる。
「・・・・・・知って・・・・・・・・?」
当惑した瞳が、俺を見据えていた。瞬間、両手を突っぱねて、永樹は俺から
離れようとする。
「ちょ・・・・・やだ!永樹!!!」
俺は離すまいと、力任せに永樹を抱き寄せた。
「・・・・っせ・・・・!離せ・・・・・・!!」
「いーやー!!」
両腕を伸ばそうとする永樹を押さえつけ、俺は急いて言葉を発した。
「俺、すっげぇ嫉妬してるし、すっげぇ嫌な気分になったけど!でも!永樹だってそうだろ!?
望んだわけじゃないって分かってるし、昨日変だったの、俺気付いたし!それに!その分、
先生殴ったから!!」
ピタリ、と永樹の抵抗が止む。
「殴った?・・・・・・羽柴先生を?」
「うん。」
俺は力強く肯定した。
驚いたような顔をして、永樹は俺を見ている。
「敦也・・・・・お前が?・・・俺の・・・為・・に?」
「うん!・・ってか、自分のためでもあるから・・・その・・・」
永樹が途端に顔を伏せた。
「・・・・・い・・・・」
「え?」
「・・・嬉し・・い。」
辛うじて見える永樹の両耳が、赤い。
「俺、先生が”これで最後にする”て言うから、会ったんだ。俺は、敦也とその・・・・・・
別れる気・・・ねぇ・・・し・・・・・。何て言うか・・・・・・」
永樹が言い淀む。
「ああ、クソッ!」
永樹はまだるっこしそうに罵言を吐くと、いきなり俺の首に手を回して、唇を重ねてきた。
「・・・・・ん・・・・・・っ・・・」
間近で見た永樹の顔は、真っ赤で。睫が、俺の頬にあたった。
何度しても、キスの仕方は慣れない、と思う。俺は目を閉じて、永樹の頭を抱えるようにして
そのまま深くキスをした。
「・・・ぅ・・・・ん・・・・・ん・・」
永樹が息を継ごうとする。腕の中の存在は、俺の首筋に回した腕にぎゅう、と力を込めた。
「・・・ふぅ・・・」
永樹は顔を見られまいとするように、肩口に額を乗せる。柔らかな黒髪は、俺の耳元を
撫でるように、永樹の呼気に合わせて揺れた。
「永樹・・・」
「ん・・・何。」
不意に思い出した事を、俺は口にしてみる。
「キスの先って、何?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「永樹?」
「・・・・・・・・・・・・・・ぃ・・」
永樹は何かをボソリと言ったようだが、全然聞こえない。横目で永樹を見ると、更に
赤くなっている耳たぶが目に入った。
「・・・誰・・が・・・そんな事・・・?」
途切れ途切れの言葉は、困惑を生んでいる。
「羽柴先生。”もうキスの先はやったのか”みたいな事聞かれて。俺、良くわかんねぇしさ。」
「・・・・・・・・先生の・・バカヤロウ・・・・・」
力なく、永樹が呟いた。
「先生とはやったんだろ?俺にも出来ること?」
「・・・・・・・・バカ・・・・・・・・・」
どうやら、今度は俺に対しての言葉のようだ。永樹は更に俺の肩口に顔を埋める。
「ごめん、何か聞いちゃいけなかった?別に、言いたくなかったらいいけど。」
多少ですまないくらいの嫉妬を覚えつつも、永樹が酷く困っているのが分かったので、
俺は身を引く。この間みたいに泣かせるのは、本意じゃない。
「・・・・・・の事だよ。バカ。」
「え?」
聞き返した俺に、永樹は顔をあげて俺の頭を押さえると、同じ事を耳元で言った。
言われた俺は、一気に自分の顔が、寧ろ体全体が紅潮した気がした。
「え?・・・えぇ!?・・・だって・・・男同士って・・・・・無理・・じゃねぇの?」
「聞くな!!バカ敦也!!!!!」
呆然と立ち尽くしてる俺を突っぱねて、永樹はそっぽを向いた。そのまま痩身は動かない。
俺は永樹の背中に声を掛ける
「は・・・・・・・」
言いかけて、止めた。そんな事聞いて、何になるって言うんだろう。俺のくだらない嫉妬心で、
永樹を傷つけるのは目に見えていた。
永樹と先生が過去に付き合っていた事は事実なのだ。だったら、そういう関係になったとして
も、おかしくないのだから。
「・・・・・・先生とは・・・一回、だけ。」
鋭い永樹は、俺の言いかけた言葉の返答をした。
「嫌に・・・なる?」
俺は後ろから永樹を抱きしめる。嫌いになるなんて、あるわけない。
「んな事、絶対ない。」
ふ、と永樹の力が抜けたのが分かった。
「敦也。」
「うん。」
「・・・・・・俺、敦也とずっと一緒にいられたらいいと・・・そう、思ってる。
難しいと・・・思う、けど。」
「何で?簡単だよ。ずっと一緒にいよう。」
永樹の肩が、揺れた。笑っている。
「お前が言うと、何でも簡単になっちゃいそうだ。」
「それ、褒め言葉?」
「ん?うん。褒めてるんだよ。」
くすくすと、永樹は笑っている。腕の中で小さく揺れる存在を意識しながら、何となく
視線を泳がせた先にベッドがあった。その上に乗っている時計をみると、既に12時を
大きく回っていた。今日は出かける約束してたから、早く寝ようと思ってたんだよなー、
なんて事を思った。
(まぁ、いっか。出かけなくったって。永樹は・・・ここにいるし。)
それから俺は、永樹の顔を覗きこむようにして、名前を呼ぶ。
「永樹。」
永樹は、綺麗な顔を歪ませる事なく俺を見返す。俺は思い切って言った。
「やりかた勉強してくるから、やろうね!!」
それを聞いた永樹からブチ、と音がした気がした途端。
俺は思いっきり鳩尾に蹴りをくらった。久々だったけれど、クリティカルだった。流石・・・・・。俺はその場に蹲って、上目で永樹を見た。永樹の顔は、怒りなのか何なのか、真っ赤だった。
「なんでー?・・・・・・・・ダメ?」
「・・・・・・敦也の・・・・・バカヤロウ!!!!オオバカ敦也ーーーー!!!!!」
どうしてそうお前はムードってもんも何もないんだバカ!と付け加えられた。
どうやら、否定されているわけではないらしい。
「永樹。」
「何だ。」
「ずっと一緒にいようね。」
「・・・・・・
・・・・・・・・・ああ。
・・・・・・・・・バカ敦也」
「バカは余計だよ・・・・・永樹・・・・・・」