何だか昨日電話したとき、様子がおかしいなとは思っていたんだ。
「お疲れ様っしたー!」
俺はそう言って、二日目の部活を終えた。明日は一日休みだ。永樹と遊ぶ約束
もしてるし、俺はすこぶる機嫌が良かった。
校門を出るまでは。
「ちょっといいかな。」
校門を出て、一本目の曲がり道。その少し先に車が止まっていて、中から
出てきたのは羽柴先生だった。
「・・・・・・何ですか?」
俺は多少ムッとしながら言った。それを受けて先生は少しだけ笑った。
「瓢君が私に敬語を使うなんて。・・・・・永樹のことで、話があると
言ったら、聞いてくれるかな?」
思わずじーーーっと先生を眺める。寧ろ、睨んでいたと思う。
永樹の事を、呼び捨てにしてるのも気に入らなかった。我ながら、我侭だと
思うけれど。
「・・・・・永樹の事って何ですか?俺は別に話す事ないです。」
「昨日、永樹と会ったんだ。聞いてない?」
「・・!?」
聞いてない。永樹は秘密主義なとこがあるし。でも、それなら昨日の電話の
対応がおかしかったのも納得できた。どこか上の空で返答していたように
思う。それでも電話を切りたいという素振りはなくて、寧ろ切って欲しくない
ようにも感じて、俺は無駄に話を先延ばしにした。
「・・・乗ればいんですか?ここじゃ、話できないですよね?」
俺がそう答えると、先生は少しバツが悪そうに笑ってから、助手席を指し示した。
俺が乗り込んだ車は、すぐに発進する。どこへ向かうというものではないらしく、
ただ無為に大通りに向かっているようだった。
「永樹の事って、何です?」
俺はすぐに切り出す。できればさっさと話は終わらせてしまいたかった。
やっぱりどうしても割り切れなくて、俺は先生に対して思うような態度が取れない。
どうしても、イライラする。先生が悪いんじゃないし、それはとても分かるん
だけれど。
「昨日ね、永樹によりを戻さないかって話をしたんだ。」
俺は思わず先生の横顔を見た。ハンドルを握りながら先生は、重い表情をしていた。
「驚くかい?」
俺は視線を前に戻して言った。
「・・・・そう、ですね。正直。もう過去の事だと思ってたし、永樹もそう、割切って
たみたいだったから。」
「私の事を、永樹は話した?」
「俺が気付いたんです。永樹は・・・あの通りの性格だから、話したくないみたい
だったけど。それでもここ一ヶ月くらいで、ぽつぽつとは。・・・・・永樹は、
表面上は上手くいってたけど、精神的には遠くなるばっかだったって、そう
言ってた。」
「・・・・・そうか。・・・・・・瓢君、もう、永樹とは・・・その・・」
「?何?」
「あー・・その、キスとかは・・・・・?」
幾ら俺でも、その手の質問には思わず顔が熱くなった。まだ夕の日が差す車内で、
俺は視線を泳がせる。羽柴先生も、恥ずかしそうに話さなければいいのに、
何で改まって聞いてくるんだろう。
「関係ないじゃないですか!!先生はもう過去なんだろう?より戻したいって・・・・・
永樹が承諾するはずないじゃないか!!」
「まぁ・・・ね」
自分が嫉妬から発言してしまっているのは、分かった。過去だとかどうかより、
先生が今でも永樹を好きだという事。だから、俺の言った事はそのまま先生を
傷つけてしまうと、分かっているのに。
「・・・・・・・ごめんなさい。」
「え?」
「・・・・・俺、また考えなしでものを言った。先生が永樹を好きだって分かってる
のに。・・・だから。」
困ったような顔で、先生は笑った。車線変更をして、街へ向かう道から外れる。
「瓢君に謝られると・・・余計に勝ち目がないって思うな。」
俺はまたしまったと思った。恋敵から同情されて、嬉しい男はいないだろう。
「ご・・ごめんなさい。・・・あ、いや・・・・・。そうじゃなく・・・俺も、
先生に嫉妬してるから。だから、どうしてもイライラしてしまって、どうしても・・・
普通に話しができない。」
「・・・それはね、私だって一緒なんだよ。」
「?」
「瓢君と話そうと思ったのはね、永樹に値しない人間だと思ったら、かっさらおうと
思っての事だからね。」
今度こそ意地悪そうに、先生は笑った。横目でチラリと俺を見る。
「・・・・・・渡さない。」
最後に決めるのは永樹だけど、俺はきっぱりとそう言った。
「そうだろうね。」
先生は少しだけ考えた風を見せてから、
「・・・永樹と・・・やってないだろう・・・・・・・?」
と、顔を赤らめて言った。
「・・・やってない?何を?」
今度こそ先生は、俺のほうをまじまじと見た。
「先生!先生!!前!!前見てーーー!!」
街から行く道を外れて、周りは田んぼの道になっていた。車通りが少ないから
良かったものの、後少しで中央線をはみ出るところだった。・・・・・・殺される
かと思った。いや、本気で。
車を車道のコーナーに止めて、先生は改めて俺を見た。
「・・嘘はついてないみたいだね。」
何のことだか。
「付き合い初めてから、どれくらい経つんだった?」
問われて俺はんーーーーと首を傾げる。
「一年半かな。」
「・・・・・・・キスは・・・したんだよな。」
「・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・」
「そっから、先は?」
・・・・・先?
「先って?」
俺の真顔を受けて、先生は眉を顰めた。
「・・・高校生だよな?」
「・・・・何に見えんですか・・・。」
「貴重な人材が、いたもんだなぁ。そっか、永樹とは本当に・・・・そっか・・・・」
そこで先生は俺から視線を外した。それから溜息をついて、一言。
「適わないな・・・。」
そう言った。
「瓢君。永樹が好き?」
「好きですよ、ずっと、一緒にいたいと思ってます。」
「・・・・・そうか。」
寂しそうに、先生は笑った。それで、話は終わりだった。
俺の案内で家の近くまで先生は送ってくれた。流石にまん前に止められるのは
嫌で、程近い通りでおろして貰う。
「そうそう。・・・・・・怒るだろうけど、昨日無理矢理、永樹にキスした。」
言われた途端、俺は先生を殴っていた。先生は避けもせず、ただそれを受けた。
「・・・ごめんな。心配しなくても、もう永樹には会わないって言ってあるから。
・・・・・・じゃ。」
幾分腫れてきた頬に手をあてがう事もなく、先生はそのまま車を走らせた。
ほやほやしてるくせに、抜け目ない。だから、だから昨日永樹は!!
そう思うと、怒りは頂点に達しそうだった。
永樹に会いたい、と思った。明日会う約束はしていたものの、それまで耐えられそうに
なかった。
会いたい。
その一心だけで、俺は携帯を持っていた事も忘れ、連絡もせずに永樹の家に
向かった。
訪問するには些か遅い時間になっていた事に気付いたのは、永樹のうちの呼び鈴を
鳴らした後だった。