『暗闇思考』



 初めて目にした時から、気に入らなかった。


「お前が、バロウェル?シィ国の、末子か。」
 確かにその者は、他とは違った光を放っていた。色素の薄い髪と肌は薄汚れていた。・・・・だが、その目が。
 最早逃げも隠れもしない、という意志だろうか。強い光。漆黒の闇よりも深く、恐れを見せぬその瞳。幼い面(オモテ)は、私を射抜くように視線を向けてきた。


 シィ国。先日、落城させた国の名前。
 王族諸氏の処刑は既に決行していた。王子は全部で16人。ただ、第5王子サリエルと、末子バロウェルの行方だけが未だ分からずにいた矢先だった。
 まさか、虜囚となり紛れていたとは。


「寝首でも、かくつもりだったかな?バロウェル王子」
 私のその言葉に、少年は何も答えない。ただ、真っ直ぐに視線を向けてくる。
 気に入らない。
 私は前に進み出た。衛兵の一人が、驚いて私の護衛に着く。
「不要だ。お前は下がっていろ。」
 地下牢の、湿った空気が肌に纏わりついた。三人の衛兵に囲まれた王子は、酷く小さい。後ろ手に手錠を架せられたその細い肢体は、私にどれほどの傷も負わせられはしないだろう。

   私は手で王子の顎を捉える。振り払うような事をされるかと思ったが、意外にも王子は私にされるがまま・・・いや、更に睨みをきかせてきた。
 「・・・・・・気に入らないな。」
 黒耀の瞳。宝石のように深く澄み、穢れを知らず、恐れも見せず。揺ぎ無く突き上げてくる、その―――――――――

「処刑はいつになさいますか。」
 私の後ろに控えていた、執行人が尋ねてくる。・・・・・・私は余りこいつが好きではない。処刑を楽しみ、無粋な問いを投げかけるからだ。20代後半の男は、眼鏡の奥から、暗い瞳を覗かせた。
 そして処刑される虜囚に、この男が何をしているのか。・・・・・誰も彼もが知っていた。完璧な倒錯者。綺麗なものを見れば、殺したくて仕方なく、それは位が高ければ高いほど、快感なのだろう。
 下碑た笑いを漏らす男に不愉快を感じた事、そして、この、瞳―――――

「処刑はなしだ。・・・・・・・サリエル王子を誘き出す、足がかりになろう。・・・・・・・それまでは私が預かる。女達を呼べ、湯浴みをさせろ。・・・・手錠は外すな。勿論、衛兵は着いて回れ。・・・・・・・・逃がさば、首を刎ねる。終わったら私の部屋まで連れて来い。」
 執行人のあからさまに残念そうな顔を横目に、私は言った。
 見開かれた王子の瞳が、私の内にやけに残った。



「・・・・・・・・」
 手枷と足枷を嵌められた王子が、私の前に立っていた。不安や恐怖はその瞳にはない。あるのは、当惑・・・・・のようだった。
 湯浴みを終え、着替えをしたその姿は、まさに王子のそれだった。凛とした立ち方は、乱れていない物腰とその教育を思わせた。色素の薄い肌と髪が、燭台の明かりに反射して煌く。反面、漆黒のその瞳にチラチラとした赤を投影させていた。
「・・・・・なるほど、偽者ではなさそうだ。」
 そう私が言葉を発した途端、王子の印象は一変した。当惑は消えうせ、非難の瞳に変わる。そう、私が気に入らないあの、強い光を宿して。

「・・・・あ!!・・・・・・・あああああああああああああッッ!!!!!!!」

 一瞬だった。私は抜刀していた。
 ・・・・・・・気に入らない。気に入らない。
 そう、思ったからだ。
 王子の瞳を、その光を私は奪った。
 鮮血が辺りに散る。王子の悲鳴を聞きつけ、衛兵が駆け込んで来る。その惨状を見て、二人の兵は足を止めた。
 王子は叫び続けている。床を転げ、痛みを紛らわせようとしているのか、その身を打ち付けた。血の涙が王子の頬を濡らし、その両手を朱に染め上げる。
「キ・・キーファウス皇・・子・・・こ、これは・・・・・・」
 衛兵の一人が声を発した。悲痛な叫びが充満する中、耐えられない、というような呟きでもあった。
 私は
    笑った。
 二人の衛兵の表情が、変化したのが分かる。
「連れて行け。手当てをして、休ませろ。部屋は・・・そうだな。私の隣でいい。」

「ああああ!!!・・・・・ッッッ!!ぐ・・・・っ・・・うぁぁあああああっっっっっ!!!!」

 王子は一通り叫喚して、それから、気絶した。



「全く。少しは考えて下さいませ。」
「この城で、私にそんな口を聞くのは・・・お前だけだな。」
「また”命が惜しくないのか”、とお聞きになるのですか?」
 召使が舐めた口を利く、と私は鼻で笑いながら思う。
「いいや。お前だけは別だからな。・・・・・・・どうせ血は落ちないだろう?取り替えさせるから、もういい。」
「・・・・・・・・貴方様の事、どうせ大した理由もなく、いきなり斬り付けたのでございましょう。・・・・・・まだ13.4の子供では御座いませんか。」
「ああ、分かってるよ。カシエット。」
 召使・カシエットは、床を拭く手を止めずに、目だけチラリと私のほうを見た。
「分かって御座いませんよ。キーファウス王子。・・・せめて私の前では、虚勢を張るのをお止め下さいませ。」
 カシエットの、皺の多くなった手に視線をやる。
「・・・・・・・・年を取ったな、カシエット。」
「・・・・・・・また、そうやってはぐらかしますか。悪い癖です、王子。ええ、年を取りましたよ。貴方様が、こんなにご立派にご成長なさったのですから。」
 カシエットがその手を止めた。それから、憐憫の宿る瞳を私に向ける。
「フン、お前以外のヤツがその目を私に向けようものなら、切り裂いている。」
「・・・・・王子、貴方様の暗闇は・・・・・・・・いいえ、私などが口を挟む事ではないので御座いましょう。・・・・・失礼ついでに一つお伺いしたい事が御座います。」
「何だ。」
 カシエットは私に向き直り、しっかりと目を見てくる。その様は少しだけ・・・あの幼い王子を思い起こさせた。
「何故、彼の王子の目を奪われたのか、理由をお聞かせ下さいませ。」
    何 故   ?

「それは―――――――」
 気に入らなかったから。
 そう答えると、更にカシエットは言う。
「分かっております。何故、気に入らなかったのかを・・わたくしは伺っております。」
「気に入らない・・・理由・・・・・・・?」
「あの王子の傷の事、医療師に直接お話を伺いました。”見事な程に視力だけを奪っている。命には別状はない。”と。そう仰っておりました。いつもなら気に入らなかった時点で、生かしてなどはおきませんでしょう。」
「あれは、サリエルを 」
「誘い出すためとは、言って下さいませんよう・・・。幾ら彼の者達が兄弟であろうとも、国一つを潰され、追われた身。もしこのセイ国を攻めるならば、台頭となる王子は一人いれば良い話。・・・・・あの幼き王子に、それほどの価値は御座いません。・・・・・・・・お分かりでしょう。」
「・・・・・・・・・全く、お前は本当に女にしておくには惜しい。」
「それはご無理な相談というものです。・・・・・お答え戴けますでしょうか。」
「・・・・・・・・・・」
 カシエットが少しだけ笑む。
「理由が分からないのでしたら、考えて御覧なさい。それは貴方様にとって、とても大切な事となるでしょう。・・・・・・その答えは恐らく、私が貴方様に望んだものだと、そう確信しております。」
「お前が、私に ?」
「・・・・・・私もそう長くはない身。一つ言っておきましょう。」
 カシエットはやわらかな笑みを纏い、やはり真っ直ぐに私を見た。
「私はこんな国など滅びてしまって、貴方様が開放されれば良いと、そう思っているのです。キーファウス王子。」
 私が二の句を告ぐ前に、カシエットは立ち上がる。戸口で礼をし、いつものように去って行った。
「・・・・・・・カシエット・・・・・・・・・・」




 小さな、くぐもった声が聞こえる。
 私はその声に、目を覚ました。すっかり夜の帳は落ち、昼とは裏腹の冷気に満ちている。
 声は、その静寂を汚す事なく、溶け込むように密やかだ。
 私は起き上がり靴を履くと、扉を開けた。声は部屋にいたよりも明瞭に聞こえる。廊下に響くそれは、まるで私を幽明の境に立っているような気持ちにさせた。
 声があの王子のものである事は、明確だった。城の奥まったこの場所にあるのは、私と、あの王子の部屋だけだからだ。
 カツ・・・・・カツ・・・・・
 靴底が床にあたる音が、声に重なる。窓の外は雲ひとつない夜空だった。一面の星空は窓によって切り取られ、その全容は計り知れない。
 ギィイ
 虜囚に与えるとは思えない部屋。部屋の扱いだけは賓客と言ってもいい。何より、王子である私の部屋の隣というのがその事を現していた。そこはまさに、いずれは私の王妃となる者のためにある部屋だった。
 整えられた調度品は華美に過ぎず、大窓から取り入れた月の光に金属や宝石が反射している。敷き詰められた絨毯も、天蓋のついたベッドも、月光の中ひっそりとその者を守るかのように。
 そのベッドから、声は聞こえた。苦しそうに、呻く高い声。
 私はそっと近づく。何故だろう。足音をたてるのはこの時の私には憚られた。
 そこに、王子はいた。両手をベッドの格子に手枷で戒められている。布団の中に隠れている両足には、足枷がかけられている筈だった。こちらはベッドにではなく、左右の足の動きを封じる為に。
 王子の両目を覆う包帯に汗が滲んでいる。その薄く開かれた唇からは、細く吐かれる息と声。
「・・・・っ・・・あ・・・っあ・・・あ・・・つ・・・い・・・苦・・・ し・い・・・・」
 辛うじて聞き取れる程の声が、どうして私の部屋まで聞こえたものか。
 傍机には、水の入った器と布が置かれていた。私はその布を水に浸す。ヒヤリとした感触が指先から緩やかに伝わる。きつくそれを絞ると、王子の額に浮いた汗を拭った。
 うわ言を呟き続ける王子に、意識はないのだろう。見れば、手枷で擦れた手首は赤く傷ついていた。王子の色素の薄い肌は、それを余計に痛ましく見せている。
 何度か、目元に手を持っていこうとする動作を見せた。ああ、だから手枷が格子につけられているのか、と合点がいく。傷ついた目をこすっては、更に傷口が広がるだけだ。
 医療師も、私の性格を知っている。この王子が死ねば、自分の首が刎ねられると知っている。どれだけ綺麗に視力だけを奪っていたとしても、事後処理が悪ければ死ぬ。傷が膿めば、その可能性も高くなる。だからきっとこれは、医療師の指示なのだろう。
 私は懐からその鍵を取り出した。手枷のスペアキーだった。まず左手の手枷を外す。手頃な布が見当たらなかった為、自分の袖口を引き裂いて、王子の手首に巻いた。それから再び手枷を嵌める。もう片方は元の通りベッドの格子につける。右手も同じようにする。
 私は王子の瞳を覆う包帯をゆっくりと外した。汗を吸ったそれは湿っている。閉じられた瞳。そのすぐ両脇に私のつけた傷がある。左から右に走らせた剣。その切っ先の軌跡。医療師の話では、跡が残るだろうとの事だった。月光に煌く白磁の肌は、その部分だけ赤黒く陰鬱に見せていた。
「何故、彼の王子の目を奪われたのか、理由をお聞かせ下さいませ。」
 不意にカシエットの声が響いた。脳内で繰り返し繰り返し、彼女の声がこだまする。
 何故―――――――――――――――
「ぅあ・・・あああ・・・・!」
 王子は時折首を左右に振る。
「・・・・・・・痛むのか。」
 水で洗った手で、王子の目元に触れた。傷には触らないよう、留意しながら。熱を持っているその肌は、ほんのりと色付いている。触れれば尚、それが分かる。
(・・・・熱い・・・・・)
 布を再び水に浸して洗ってから、布団を捲る。この部屋にそぐわない、真っ白な囚人服。粗末なそれを着ながらも、王子と知れたその姿は高貴に映る。
 首筋から流れた汗を拭う。触れると上衣もしっとりと汗を含んでいた。
(朝になったら替えを用意させる必要があるな。・・・夜にも見張りをつけるか・・・これでは夜のうちに死んでしまうのではないか。)
 そう思うも、目の前の王子を見ているとそうはしたくないという気持ちが湧く。幼いながらも、セイ国にはない肌と髪は珍しく、美しく思えた。良からぬ気を起こす者がないとは言えない。そう考えると何故か不愉快だった。
 傍机の引き出しから替えの包帯を取り出し、王子の上体を起こしてから巻き直す。肩口に凭れさせたその体は細く頼りなかった。それに見た目よりもずっと軽い。
 包帯を巻き終えてベッドに寝かせたが、ぐったりとした様は疲労を思わせ、包帯は色素の薄い肌に溶け込むように見えた。
「・・・・・・・・ぃ・・・さ・・ま」

「サリエル・・・兄様・・・・・・」

 瞬間、苛立ちを覚えた。その声は私に向けられた時とは違う甘さと、縋るような子供っぽさが混じっていた。
 王子が手を伸ばそうとすると、シャリ・・・と手枷の音が響く。
「あ・・・あ・・・あああああああああああ!!」
 唐突に叫びが辺りを裂いた。王子は両目に手を持っていこうとするが届かず、ただ拳を握り締めた。
 痛い、と全身が軋みをあげている。言葉にならない声は叫びとなり、全身で暴れていた。
 何故そうしたのだろう。私はそれを押さえ付けていた。暴れ、叫ぶ体を。

 痛い・・・・・・!苦しい・・・!痛い・・・・!!  兄様・・・・兄様・・・・・・・!!!!!
 助  け  て  !   !

 どうにもならないのだ。お前がシィ国の王子であった限り。このセイ国で虜囚となった限り。
 私が、セイ国の王子であるが故に。

 包帯があった引き出しに、痛み止めがあったのを思い出す。私はそれを取り出し、無理矢理王子の口に入れた。そのまま口を閉ざす。王子は喉を上下させた後、咳き込んだ。
「い・・さ・・ま・・・・・・・痛い・・・兄様・・・・・たすけて・・」
 月明かりに照らされた面(オモテ)は白く病的で、叫び疲れたその声は掠れている。苛立ちを覚えながらも、私は彼を抱き締めた。夢現なのか、王子は私に手を伸ばそうとし、その度にシャラシャラと硬質な音を手枷は響かせた。
 静かな夜だった。そうしよう・・・と決めたのは、この時だったのかもしれない。今はもう思い出せない。

 王子の傷が完全に癒える前に、私は犯した。
 あの夜以降、一度としてバロウェルが兄を呼ぶ声を・・・兄を呼び縋る子供のような声を、聞いてはいない。痛みを訴える弱さすらも。
 あれから暫しの時が流れたが私はバロウェルを手中に収め続け、月日を追うごとにバロウェルは感情の楔をなくしていった。諾々と、人形のように。
 ただ、見えないはずの瞳だけがあの頃と変わらぬ強さと美しさとを湛えていた。・・・・私が気に入らないその瞳。心を見透かすような強い瞳。
 感情を宿してはいないのに、その黒曜石の美しさは変わらない。

 そしてシィ国の第五王子・サリエルを筆頭にセイ国打倒の旗揚げが成される。
 年老いていたカシエットは、その数ヶ月前にこの世を去っていた。
「王子・・・・・・・分かりましたか?かの・・・・理由(わけ)は。・・・気付かれましたか?」
 私はそれに答える事は出来なかった。
 落城を望んだカシエット。死の間際なら、私もお前の問うた意味が分かるだろうか。次に会えた時に、答えを告げる事は出来るのだろうか。
 傍らで眠る存在に目を向ける。最初に出会った頃よりも髪が伸び、腕も足もその成長を現していた。少年だったバロウェルも、徐々に青年へと近づいている。
 ふ・・・とその目が開いた。何も映さない瞳は、真っ直ぐに私を見詰めている。最近はもう、喘ぐ声以外を発しない。何を話しかけても、挑発しても、その瞳を真っ直ぐ私に向けるだけだ。
 私はその髪を梳かす。やわらかな髪が指に絡まっては解けてゆく。

 黒の瞳が、ただ私を真っ直ぐに捕らえている。  




 

2004-書き終わり・20070728*****