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平成7年8月と11月にありましたが,合計7回ありました。
8月は26日(土)と27日(日)です。いろは坂さんのHPに出ている写真は26日のものです。ベージュの看板を付けています。27日は自分も参加したのですがこの日の看板は紺色のものでした(確かみけけさんのHPに載っていたような・・)。
参加は抽選でした(募集450人×2列車)。また参加費は3000円でした。朝8時過ぎに正雀車庫集合で記念品(タオルや時刻表の復刻版など)を受け取った後指定の車両(自分は7号車=2805)に乗り込みました。車内には号車シールが貼られていたほか,ドアは2811の最前列・左側のドアのみを使用していたので,その他のドア間には応接室にあるようなイスを設置し,全員が座れるように配慮されていました。
2日とも正雀→十三(スイッチバック)→三宮(SB)→西宮車庫(SB)→西宮北口(SB)→園田(退避)→十三(SB)→正雀の経路を走行しました。2800系車内では2800系グッズやラガールカードの発売もあり,2800系の解説の放送も流れていました。西宮車庫の中では8200系の展示もあり,車内のTVで2800系走行中に撮った車内の様子を映し出していました。4050形の展示もありました。またアンケートもありました。
11月は15・22(共に日曜日)に午前と午後に1回ずつ正雀→桂(SB)→梅田(SB)→正雀の経路で惜別運転がありました。自分は22日の午後の部に参加しました。このときは自由参加でした。参加費は1500円で乗車する車両も自由だったので最も京都よりも2855に乗りました。このときは8月の時ほどイベント性はありませんでした。ただ車内販売で2800系の盾の発売なんかもありました。看板は「さよなら特急」と書かれた特急看板を模した看板を付けていました。下り線走行時は高槻市(だったと思う)で特急の退避がありました。
29日は正雀→十三(SB)→西宮北口→宝塚(SB)→十三(SB)→正雀のルートでした。朝起きて数分後,家の前を走るのを見ましたが看板までは見えませんでした。この日をもって編成単位の2800系の運用は終わりました。
嵐山線の運用は8月16日(水)まであり最後まで残った2815Fは「さよなら2800系 1964→1995」の看板を付けていました。2811Fは7月中には運用を終えていたと思います。それで2815Fの定期運用終了まで正雀車庫に留置されていました。2851には2862から転用したと思われる幌が付けられていました。その後両編成は併結され全て運転台の8連となりました。
惜別運転終了後数日で編成はばらされ11月初頭には早くもJR側の解体線に姿を現しました。既に3072の編成から外れていた2842も来ていました。解体を免れた2861はセメントで固められた部分の線路の最も西寄りに来ていました(工場棟の北側)。順次部品の取り外し作業が行われ,12月の初旬に廃車の8両全てが解体されました。
この年の6月には2812Fのうちの4両と2311Fを外れた2884,震災で破損した2087と初代3109の解体も行われています。
5203F編入の今津線2881と2887は平成9年3月で運用を終え編成ごと廃車・解体されました。塗装や連結面間の転落防止装置の試験車として残されていた2802と2862は昨年に解体。そして最後まで残っていた2305F中の2831,2841,2885は今年になって解体されました。(解体中の写真{byバイキンマンさん}がこのHPに掲載されています)
↓2861の近況です(1年前ですが・・)。
http://www.ne.jp/asahi/ryoma/create/hozon/hank2861/hank2861.html
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