-誘惑-


Original text:FOXさん


 彼女たちがひそひそと会話をはじめたのは、葛城ミサトが靴音も荒くオペレーションルームを立ち去ってからたっぷり一分ほどたってからだった。
 「……怒ってましたね……葛城三佐」最上アオイが眼鏡を外してコンソールに突っ伏した。
 「これで三回目だもん。そりゃまぁカリカリきちゃうよ」阿賀野カエデは溜息をつく。
 「マヤちゃん、ちゃんと三佐をなだめてくれればいいけれど、あの調子で主任とぶつかったらきっと大惨事よ」葛城ミサトが激怒しつつ立ち去ったのち数秒遅れでそのあとを追った伊吹マヤの慌てぶりを思い出しつつ、大井サツキは肩をとんとん叩いて力なく笑う。
 「ちょっと、ちょっとぉ!なに和んでるのよぉ」スピーカーから響くひどく不機嫌な少女の声にNervのスーパーコンピューター「MAGIシステム」のオペレーターたちは顔を見合わせた。「こっちはもう、休憩なしで三時間よ!なんとかしてよぉ」
 「あー、えっと、それは葛城三佐の許可がないと……」
 「ミサトはすごい剣幕でリツコ探しに行っちゃったじゃないの!」サツキを遮ってアスカはうなった。「ミサトが戻ってくるまでこのままってわけ?」
 「ごめんねぇ、アスカちゃん」カエデはすまなさそうな表情だった。「いつもならぜんぜん問題ないはずなのに、こんなになっちゃって」
 「なに変えたのよ?」
 「こっちはぜんぜん。いつも通りよ」とサツキ。「ただ、システムの演算リソースの投入量がいつもの三分の一くらい……なの。たぶん全リソースに1%も使ってない」
 「ぜんぜんいつも通りじゃない」ぽつりとレイがつぶやいた。
 「こっちはなにもいじってないのよ。ただ、MAGIがそれだけしかリソースを割いてくれないの」
 「コンピューターにストライキされてどうするのよぉ」アスカがうんざりした顔になった。「それってリツコが別のタスクですごい負荷をかけているんじゃないの?」
 「葛城三佐はそうだと思ってるみたい。だからものすごい勢いで赤木主任を捜しに……」
 「『ぬぁにやってんのよ!リツコぉ!!』だったもんね。どうなることだか」
 ぐったりとエントリープラグのシートに身体を預けた少女は大きく溜息をついた。少女の唇からぽこりと吐かれた気泡がコクピットの中を上昇してゆく。
 「シンジぃ」
 「……なに?」不意に惣流・アスカ・ラングレーに声をかけられ、いままで沈黙を保ち続けていた碇シンジは少し驚く。
 「アンタが悪いんだからね」
 「え、ええ?だってMAGIのシステムリソースが足りないって……」
 「アンタがエヴァを音速で突っ走らせたりしなければ、リソース不足は露呈しなかったはず!」
 「『全速で背後に回れ』って言ったのはアスカだよ」
 「ああもう!なんでも人のせいにする!」アスカは叫んだ。「そーいう態度は良くないなぁ、碇シンジ君」
 ひどい八つ当たりだ。碇シンジは思う。
 少なくともこれについては、自分にはなんの非もないはずだ。
 そりゃ確かにエヴァンゲリオンを音速近くまで加速させる操作をしたのは僕だけど、それを「再現」できないのはシミュレーターが悪いんじゃないか。
 六角形の塊がとっちらかったまま「SIM-Graphic Engine Error」のメッセージだけを表示して凍りついているディスプレイにシンジは溜息をついた。
 いつもなら現実さながらの非常に精緻な映像を表示するはずのそのシミュレーターは、突如としてそのディティールを失い、出来の悪いゲームをさらに下回る「風景」を表示したまま停止していたのだった。
 「……ああ……デートの約束してたのに……」オペレータールームで大井サツキが嘆く声がかすかに伝わってきた。
 「何時の予定?」
 「フタマル」
 「だめね。あと四時間じゃ終わらないわね」
 「テストに四時間もかかってたらだめよ。シャワー浴びて、メイクして、お洒落するのに二時間は欲しいんだから。クリスマスに向けて、足場を固めておくためにはそれくらい必要なの」
 「……すんごい気合はいってる」サツキとカエデのやりとりへのアスカのつぶやきにシンジは吹きだしてしまう。
 「ああ……もう、MAGIったらなにやってるんだろう?」
 それはサツキひとりが抱いている疑問ではなく、ここにいる全員の疑問だった。



◆ ◆ ◆



 碇シンジの知る「アスカ」は二人いる。
 一人は彼の目の前で、クラスメイトで親友の洞木ヒカリに「エヴァのシミュレーターが突然処理落ちするようになって、訓練途中で数時間にわたって待機する羽目になった」と愚痴をこぼしている人造人間エヴァンゲリオン搭乗資格者である少女、惣流・アスカ・ラングレー。
 輝くような美貌と愛らしさと、しかしどこかこどもじみた気性の持ち主で、同居人でもある少年をきりきり舞いさせる女の子。

 もう一人のアスカとは直接会ったことはない。
 彼女は遙か海を越えたヨーロッパに住んでいて、メールでしかまだお互いのことを知らない。
 だが、少年は知っている。
 ドイツの寄宿舎住まいの彼女の容姿は、いま目の前で「あーあ、シムが落ちなかったら、チームリーダーとしてのアタシの才能をこのバカシンジにも思い知らせてやれたのに!」と胸を反らせて自慢するアスカと瓜二つなことを。

 「これ……なんのアイコラ?」
 ディスプレイをたっぷり三〇秒ほど凝視してからぽつりと惣流・アスカ・ラングレーが漏らした言葉に碇シンジは頭を抱えた。
 「それを言うなら『コラージュ』だろ……」
 「自分で言っちゃうところが……」PCを操作していた相田ケンスケも溜息をついた。
 「おい惣流、オノレはもうちょっと身の程っちゅうもんを……ぐぁ、こ、このオンナ!グーで殴りおってからに!」
 「グーじゃないわよ。拳をアンタの脳天に振り下ろしただけよ!」
 「ちょ、ちょっと、アスカ、やめなさいって!」
 トウジへさらなる一撃を加えようとするアスカを洞木ヒカリが慌てて止めに入る。
 碇シンジは長い長い溜息をついた。
 少年少女達がのぞき込んでいるのは端末のディスプレイにうつされた少女の笑顔。
 それはスイスにあるらしい全寮制の女子校を紹介しているホームページ。
 そこに掲載されている写真のなかで彼女は「案内役」として微笑んでいた。

 あるときはアルプスの山々を背景にした制服姿で、はにかみながらポーズを取っていた。
 あるときは時代を感じさせる礼拝堂で真摯な表情で膝をついてなにかに祈っていた。
 あるときはそこらの大学よりももっとモダンな大講堂で熱心にノートを取っていた。
 あるいは他の生徒たち(広報用の写真ということを差し引いても、そこに写っている少女達は誰もがはっと息を呑むほど美しかった)と楽しそうに歓談しつつランチを取っていた。

 そう、相田ケンスケが偶然発見したヨーロッパのお嬢さま学校のHPには、惣流・アスカ・ラングレーと瓜二つな少女が、そこの生徒として紹介されていたのだった。

 「うっわー。うちの学校とは全然違う……設備もそうだけど、このブレザー型の制服、すっごく可愛い。いいなぁ。アタシもこっちの学校にすれば良かった」
 選択の余地がそもそもないはずなんだけど。碇シンジの疑問はしかし、鈴原トウジのまったく学習能力のない一言によって口にされることはなかった。
 制服の代わりに常にジャージを身につけている少年はこともあろうに「なにいうてんねん、この学校はな、『お嬢さま』しか入られへんねんで」とのたもうて、激怒したアスカと大口論(ただしレベルは限りなく低い)に突入してしまったのだった。
 「それにしても似てるねぇ」トウジ、アスカ、それにヒカリの三人入り乱れてのじゃれ合いから距離を置いたシンジはつぶやく。
 「ああ、びっくりしたよ。ここまで似てるなんて、だいたい名前も『アスカ』なんだからな」
 「これ、ケンスケの悪戯じゃないよね?」
 「違うって」眼鏡の少年は苦笑した。「ローカルで細工なんかしてないぜ。ほら、これドメインだってちゃんと取れてるし。だいたいそこまでする理由がないだろ」
 「うん、そうだね……あ、メアドが載ってる」
 「『お返事できるかどうかはお約束できません』って通りだけどな」
 「送ったの?」
 「ああ」ケンスケはまた苦笑する。「いきなりエラー。『そんなドメイン、ありません』ってやつ。ま、当然だろうけどね」
 「ふーん」

 その夜、碇シンジは一通のメールを書いた。
 拙い英語で自己紹介をつづり、そして同い年の異性の同居人である「アスカ」のこともつづった。
 それから少し考えて、二人のアスカがそっくりであることを書いた。
 さらに数分考えてから、少年は惣流・アスカ・ラングレーの写真を添付する。
 これは純粋にお遊びのつもりだった。

 【送信】ボタンを押して数分待ってもエラーメールは戻ってこなかった。
 二日後の夜、「ヨーロッパのアスカ」から返事が届く。
 驚きと喜びにあふれたメールの中身は思わず彼が苦笑してしまうほどだった。

 そして、少年はもう「一人のアスカ」との文通を開始した。
 惣流・アスカ・ラングレーにはそのことは告げずに。



◆ ◆ ◆



 「なんだかさ、最近のアンタって機嫌良くない?」
 隣を歩いていたアスカ……壱中の制服姿の、少年のよく知っているアスカ……に顔をのぞき込まれた碇シンジはどきりとする。
 「そ、そうかな?」
 「うん、なんかこう、にやにや笑いしてるときが多い。なんかスケベっぽい」
 「なに言ってるんだよ」
 「優等生……と?」
 「……違う。綾波とは関係ない」
 「ふーん、でも、でもやっぱり何かあるんだ!」
 「う、うるさいな……」
 少年はアスカの好奇の視線を感じつつ、足を速めた。
 今日もシミュレーターはまともに動作せず、シンジたちは訓練を切り上げての帰宅を許可されている。


 自室に戻ったシンジは、着替えももどかしく端末を開く。
 メールが届いていた。
 いまは自分でもそう名乗っている「ヨーロッパのアスカ」からだった。

 「親愛なるシンジ。あなたからのメールを読むのが、最近とても楽しみになっています」彼女のメールはその言葉で始まっていた。
 今日のメールでは少女は楽しそうに今日の学園生活……主にいま彼女が熱中している乗馬について……を綴っていた。
 「わたしの隣にいるこの子はメルクといいます。いま、わたしがいちばん仲のいい男の子のひとりです。ああ……シンジもそのひとり……と思っていいですよね?」
 碇シンジのPCの画面には、メーラーのウインドウと純白の乗馬服を身にまとった美しい少女が満面の笑みを浮かべ、サラブレッドの首筋に頬を寄せた写真が表示されている。
 「ああ、でもこの写真を添付するのは大変だったんです」学園を代表する天才少女はうち解けた文章で告白した。「この端末、どこか調子が悪いみたいでときどき勝手にシャットダウンしちゃうし、画面がなぜかちかちかするときがあるから、一日に五分も使っていなかったんです……でも、シンジとのメール交換をするようになってからわたし、毎日このマシンと一時間以上付き合ってるんです。偉いでしょう?『ちかちか』を見ていてちょっと気分が悪くなるときもあるから、そのときはちょっとお休みしてるんだけど」

 二〇回以やりとりを交わすうちに、「アスカ」のメールは少年に対してひどくうちとけた内容になっていた。
 自分の家族構成のこと(イギリス系の母親とドイツ人の父親、それから姉と妹がいること。実は母親は再婚で姉と妹はその連れ子であること。生母の日系アメリカ人の母親が一昨年亡くなり、父親の再婚の際にアメリカからヨーロッパに渡っこと。名門貴族だった母方の親戚の強い要望で、この全寮制の学校に編入することになったこと。アメリカでもいわゆる「お嬢さま学校」に在席していた彼女だったが、ここは比較にならないほど「筋金入り」だそうだ)や同室のマユミという「日系で黒髪がすごく綺麗で、まるでお人形みたいな親友」がいること。寮には寮生がこっそり飼っている三匹の猫がいて、その子たちの世話をする時間がいちばん楽しいこと……などを次々と少女は次々と明かしてゆく。
 これはきっと育ちのいい人間ゆえの警戒感のなさなのだろうなと少年は半ば呆れ、半ば納得しつつも、自身については「第三新東京市の中学に通う、ちょっと家庭に事情のある少年」という程度しかメールに記すことができないのがもどかしい。
 しかし、家事には万事だらしのないくせに、仕事については抜かりのない葛城ミサトは少年に穏やかな口調で警告していたのだった。
 ……いわゆる「機密」に関することを人に話さないようにね。悪いけれどメールや電話はMAGIの監視下にあるから、特定の単語を含むメールや電話は遮断されちゃうの。ああ、もちろん内容について知っているのはMAGIだけだから、プライバシーの心配はしなくてもいいわ……でも、ごめんね。
 だから少年は会ったことのない少女に対し、ごく平凡な中学生としてメールを出すのだった。

 「ああ、こっちのアスカも、これの十分の一くらいお淑やかだったらいいのに……」隣室の少女がヒカリのところへ遊びに行っていなければ襖越しに蹴りが飛んできそうな本音をつい口にしてしまう。
 だけど、こっちのアスカが見本にすべき少女は、惣流・アスカ・ラングレーについて、とても興味を持っているのだった。

 惣流・アスカ・ラングレーが少年とのやりとりの最中に突然怒り出すことについての愚痴も、リビングでテレビを見ているときに不意に挑発的なポーズを取ってはけらけら笑い出すことについての困惑も、ついさっきまで甘えていた保護者の女性であるミサトに急に絡み始める不安定さへの懸念についても。
 「日本のアスカ」の反応すべてに「ヨーロッパのアスカ」は興味を示した。でもそれはどこか姉が妹の話を聞かされて喜ぶような印象があり、碇シンジには彼女の反応に害意を感じることはできなかった。
 しかしそれ以上に彼女が興味を抱いたのは、アスカのファッションだった。
 「ジャパニーズガールのファッションを自分が着ているみたいで、見ていてとても楽しいんです。とっても新鮮なの!ああ、あのブーツとデニムのワンピースの組み合わせ、わたしも着てみたい!」
 生活のほとんどにおいて制服着用が義務づけられていると嘆く「ヨーロッパのアスカ」は、「日本のアスカ」の写真を見るとひどく喜び、それはシンジの惣流・アスカ・ラングレーに対するいささかの後ろめたさを消し去るものだった。

 「日本のアスカ」の日常についての質問がメール中のある割合を超え始めたとき、シンジは「直接メールしてみては?」とアスカのアドレスを教えた。
 しかし「ヨーロッパのアスカ」は彼女と直接コンタクトをとることには消極的だった。
 「うーん、うまく言えないけれど……彼女あてのメールになにを書いていいかぜんぜん分からないんです。たぶんあなたのアスカさん(この単語を見た瞬間、シンジはすごく嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちになった)もそうだと思う。彼女はわたしの存在を知っているけれど、コンタクトをしてこないでしょう?」
 確かにそうかもしれない。
 碇シンジは納得すると、「ヨーロッパのアスカ」に頼まれた「日本のアスカのカジュアルな写真」を送る。
 少し良心の痛みを感じつつ、彼は相田ケンスケから入手したカットジーンズ姿のアスカの写真を送付するのだった。



◆ ◆ ◆



 半ばで切り上げられた訓練後に帰宅したシンジは、すぐにPCを立ち上げる。
 今日もメールが届いていた。
 しかし、そのアドレスは彼の知っている「アスカ」のものではなかった。
 ただ「キミの友人より」とだけ記されていた。
 少し考えたのちに少年はメールを開く。
 それにはこう書かれていた。
 「プレゼント」
 そして、三枚の添付写真。
 碇シンジはそれを開いてしまう。


 そこにいるのは「アスカ」。
 シンジ宛のメールでは自らを「ヨーロッパのアスカ」と呼び、最近のメールの最後には「あなたのアスカによろしくね」と付け足すようになった愛らしいお嬢さま。
 しかし、添付された写真の中の彼女は、お嬢さま学校の代表を務める礼儀正しい女生徒ではなかった。
 そこにいるのは美しく愛らしい少女の姿をした淫人形だった。

 一枚目に写っている「彼女」はブレザーの制服姿で恍惚とした表情を浮かべていた。
 何枚もの鏡が立てられた薄暗い部屋に立っている少女は可愛いお臍が見えるところまで膝ぎりぎりの規律正しいスカートを両手で持ち上げて、ブルーの瞳を欲情に染めてこちらを見ていた。
 ブルーのつやつやしたショーツは少女の背後に座っている男のごつごつした指で膝のところまで下ろされて、薄茶色の淡い若草のかげりが少女の蜜でべったり濡れてしまっているどころか、とろりとろりと粘液が糸を引いてこぼれるさままではっきり分かるほど。
 いままでのメールの写真では優しい笑顔を形作っていた桜色の唇はいまやなまめかしく濡れ光り、可愛らしい舌が物欲しげに覗いている。

 二枚目に写っている彼女は犬が付けるような鋲付首輪以外を身につけていなかった。
 乳白色の芸術品のような裸体を男たちの手によって拡げられ、何一つ隠すこともできずにレンズに視姦されているのだった。
 男たち……少なく見積もっても四人以上……の無骨でしつこい指遣いでアスカの肌は撫で回され、弄られて、その刺激は少女を無慈悲に発情させてしまっているようだった。
 滑らかなおなかを、腰回りをくすぐられ、「万歳」のかたちでシーツに押しつけられて露わになった二の腕から無毛の腋下までもくるりくるりと擦られて、アスカは生汗で全身を濡らしていた。
 仰向けになってもつんと尖ったバストの先端も意地悪にくすぐられているうちに恥ずかしく立ち上がってしまい、それを爪の先でくりくりされるとアスカは薔薇の蕾のような唇を大きく開いて淫らな悲鳴を上げているようだった。
 下半身もまた、完全服従姿勢を強いられていた。
 恥ずかしい開脚姿勢を保ち、男たちの指が好きに悪戯をすることを許していたのだった。
 細い足首をがっしり掴まれ左右に大きく開かれた無惨なV字開脚姿勢を強いられた彼女の真っ白な内腿も、ティーンズ特有のきゅっと締まったヒップも、排泄のための窄まりも、さらにピンク色の可愛らしい姫孔も男たちの玩具にされていた。
 特に少年の視線を釘付けにしたのは「アスカ」の淫花。
 ピンク色のまだ幼い秘裂は男の指二本でぱっくりと拡げられ、白く濁った雌蜜をとろとろと吐き出している様子を陵辱者たちすべてとカメラに披露することを強いられていた。
 さらには別の男の指が強引に花弁を押し広げ、あらわになったクリトリスをごつごつした指と爪で残酷に刺激して小豆大にまで勃起させているのだ。
 可愛らしい貴婦人のピンク色のまだ幼い秘裂はしかし、男達の愛撫を十分受け入れるほどに「開発」されてしまっているのだった。

 三枚目の写真は、学校を代表する生徒の尊厳を完全におとしめるものだった。
 黒革の拘束具で四肢を拘束された少女は男の膝の上に載せられて、クリトリスをしごき立てられて半狂乱になっていた。
 きっとなんとか耐えようとしたのだろう。
 しかし男の指はさらに巧みで残酷だったらしい。
 卑劣漢どもによって極上の快楽器官へと変えられてしまった肉芽から押し寄せてくる官能の波、それへのはかない抵抗が突き崩された少女は、レンズの前で愛らしい顔を涎と涙でぐしゃぐしゃにしてアクメを迎えてしまったのだ。
 それも勢いよく失禁しながら。

 「うそだ……うそだ……うそだ……」
 碇シンジはそうつぶやくことしかできない。
 どうやって自分のアドレスを知ったのか、どうやって彼女とのメールについて知ったのか。
 まったく少年の理解を超えていた。
 これはあまりにも卑劣で非常識すぎる。
 ヨーロッパでも屈指らしい有名校を代表する生徒がこんな目に遭うなんてあり得ないではないか。
 「きっと……これ……悪戯だよ……ね。こ、コラージュだよ……ね」
 碇シンジはそう断言する。
 そう信じる。いや、そう信じようと努力する。
 少年は熱病にかかったかのように震えつつ、目をつぶったままメールを削除する。


 翌日、「ヨーロッパのアスカ」からメールが届いていた。
 内容を一読した碇シンジは安堵する。
 少女のメールには不審なところは何もなかった。
 いつも通り穏やかでしとやかで、あたたかな内容だった。
 前のメールで送られてきた惣流・アスカ・ラングレーの健康的なファッションを絶賛し、自分もぜひ着てみたいけれど、きっとこの姿を見たら寮監の先生方は卒倒するでしょうねと予想していた。
 そして最後もいつもの通り「日本のアスカによろしく」の結び言葉。

 ただ違うのはそのあとに「第三新東京市って私の持っている地図には載ってないんですよ。縮尺が大きすぎるのかしら」というつぶやきがあっただけ。


 碇シンジは隣室のアスカがものを……辞書にペン、メモ、シャープペンシルの芯にさらには消しゴムまで……貸してくれと訪ねてきたそのときだけ中断し、一心不乱に返事を書いた。
 不審なメールのことはあえて挙げずに、その代わり「アスカは有名人なんだから、危ない人に注意してください」とらしからぬ忠告まで付け加えて。
 そして自身が住む街の場所についても、彼女にわかりやすいように心がけて内容をつづった。
 あの卑劣なメールのことを、できるだけ考えないように努力しつつ。

 そのあとふと気になった少年は地図検索をかけて「ヨーロッパのアスカ」が通う学校のある地域を探してみる。
 「あった」彼はつぶやく。
 アルプス山中に位置するちっぽけな町が、茶色い岩肌に囲まれた町が画面に表示されていた。
 「……ほんと、学校しかないんだ。コンビニも……あるわけないか」少年は苦笑する。
 『日本のアスカ』だったら三日ともたないだろうな。彼はそう思った。
 最近の愚痴のレパートリーに「こんな人工の街よりも、アタシのそっくりさんのいるアルプスの学校の方が断然ましかも」という言葉を追加しはじめたわがまま同居人にこんど教えてやろう。
 少年はくすくす笑ってPCの電源を落とした。



◆ ◆ ◆



 「ね、シンちゃんって最近ご飯のあとそわそわしてない?」
 食後のお茶を楽しんでいた葛城ミサトがふと発した言葉に碇シンジはどきりとする。
 「そ、そうですか?」
 「帰宅の最中もすごくそわそわしてる」惣流・アスカ・ラングレーがテーブルに頬を着いたままシンジをじっと見つめていた。「ファーストに話しかけられても上の空。ちょっとおかしくない?」
 「うふふふふっ、ひょっとしてシンちゃん、誰かに恋しちゃってるとか」
 「え……」アスカの表情が変わる。ミサトにずばりと指摘されたことが少女にとって気に入らなかったらしい。
 「そ、そんなこと……ありません」
 「そう?そうなのかなぁ」アスカは唇を少しひん曲げた。「パソコンにかじりついてメールのやりとりに夢中なのはだーれ?」
 「他人のやることにいちいち干渉しないでよ、アスカは」
 「なに言ってるのよ!誰だか知らないオンナのメールに舞い上がったサードチルドレンがNervの機密事項をメールでばらまいてたらまずいじゃない?」
 「なんだよ!いちいち僕はアスカにお伺いしないといけないわけ?」
 「シンちゃん!アスカ」ミサトがため息をついた。「アスカはシンちゃんのことを心配してくれてるのよ。アスカも心配だからってあんまり干渉してはだめ」
 「だって」アスカがさらに唇を尖らせる。「だってだって、この馬鹿シンジったら、帰り道でもずーっと上の空なのよ。アスカさまがせっかく話しかけてるのに」
 あまりに子供じみたアスカの反応にミサトは苦笑する。
 「大丈夫よ、アスカ、シンちゃんは機密を流してないわ。MAGIの監視プログラムは警告を出してないから」
 「……そ、そうなんだ。それなら……いいけど」少女はそっぽを向く。ミサトはその表情がおかしくてたまらなかった。
 「さ、シンちゃんもあんまり隠しごとしないように……ね」
 「……はい」シンジは立ち上がると自室へ戻る。お互いの視線を交わそうともしない少年少女にミサトは小さくため息をついた。

 ……あーあ、アスカったらシンジ君が気になってるのならもっとちゃんと好意を示せばいいのに。だけどシンジ君のメール、確かに内容は問題ないみたいなんだけど……だけどちょっと変。存在しないドメイン宛に送られているらしいのに、エラーすら返ってこないってのはどういうことなのかしら。メールサーバーの管理もMAGIだから、あそこで何かやってるのかしら?
 ああもう、最近はシミュレーターも調子悪いし……。
 ……いったいMAGIったら、なにをやってるのかしら?



◆ ◆ ◆



 それから二週間ほどは平穏な日々が続いた。
 「ヨーロッパのアスカ」が碇シンジへ送るメールは少年にとって宝物も同然で、彼女もまた日本の男子中学生とのたわいのないやりとりを楽しんでいるようだった。
 そのせいか、アスカのメールには少年やその周囲について立ち入ったことを尋ねる内容が増え始める。
 「学校へは徒歩で通っているのですか?」
 「第三新東京市の交通機関ってどんなものなのかしら?」
 「シンジのクラスでは付き合っている男の子と女の子ってどれくらいいますか?」
 「『日本のアスカ』さんはボーイフレンドがいるのですか?」
 「あなたの保護者のミサトさんってどんな女性ですか?」
 しかし少年は不快ではなかった。
 好意を持っている少女から自身のことを尋ねられているのだ。不愉快になど思うわけがない。
 少年は機密に触れないよう注意を払いつつ、誠意を込めて彼女の質問に答えるのだった。
 しばしば「日本のアスカ」が少年に絡んでくることはあるけれど、それはなんとかやり過ごすことができた。
 そう。
 不意にシンジにお使いを命じて、無視するとひどくすねたり(結局少年がコンビニまで買いに行くはめになった)、突然「宿題を教えてあげる」と部屋へ入り込んできて肩や髪がふれあう距離で「どうしてこんなにバカなのかしら」とぶつぶつ叱られることはあっても、それすら「ヨーロッパのアスカ」へのメールに書くことが増えたと思えばどうということはないのだ。


 ただ困ったことが一つあった。
 汗ばむような夜などにふと思い出してしまう光景がそう。
 ひとりで過ごす夜、少年は謎の人物から送りつけられた「ヨーロッパのアスカ」の卑劣なコラージュ画像を思い出してしまうのだ。
 いや、ただそれだけではない。
 最近ひどく生意気でわがままになってきた同居人の「アスカ」に自分がそれを重ねてしまうのだ。

 ……壱中の制服姿でスカートの裾を自らめくるように命じられ、それに逆らうことができない惣流・アスカ・ラングレー。
 背後の男にゆっくりと下着をずりおろされてゆくあいだも、カメラをまっすぐ見つめることを命じられて、少しでも視線を逸らすと可愛いお尻に容赦のない平手打ちを浴びることになる。
 みなの目の前で破廉恥なポーズを完成させたころには、被虐心に目覚めてしまった凛々しい少女は花芯をぬるぬるにしてしまっていて、それを観客達に笑われても怒りを感じるどころかさらに蜜は濃度を増してしまうのだ。
 ああ、少女なら絶対に隠しておきたい箇所を「ご披露」できるようになるまで、「あの」アスカにどんな過酷で淫らな調教が施されたのだろうか?

 ……男たちの指にさんざん悪戯されて、理性も意地もどろどろに溶かされてしまう惣流・アスカ・ラングレー。
 人形のように男たちのお望みのポーズを取らされて、滑らかな裸体を、セックスを覚えたての淫花を残酷にいじられているうちに、とっても幸せな気持ちになって彼らに感謝するようにまで堕ちてしまった彼女はきっと碇シンジがその場にいたとしても拒絶するどころかその一員に加わってほしいと懇願するに違いない。

 ……「おじさま」の指でこりこりいじられているクリトリスからの悦楽に人格そのものを乗っ取られている惣流・アスカ・ラングレー。
 男の指がうごめくたびに、それの与えてくれる快楽と苦痛に支配された少女は、男たちが悦ぶ卑猥な台詞を告白を愛らしい唇から発するのだ。
 同年代の少年少女どころか、十近く年上の男女よりも聡明なはずのアスカが、誰よりも自分の美貌の価値を分かっているはずのアスカが、思考中枢を快楽に犯されてだらしない表情でフラッシュの閃光を浴びながら失禁してしまうなんて。
 普段のりりしい少女が快楽の芽を探り当てられて、それの官能を覚え込まされる様子はきっとすごくぞくぞくするほどエロティックだろう。

 「いけない」と思いつつもクラスどころか学校のアイドルを自任する少女が淫らに屈服し、愛欲に溺れるさまを想像してしまうのだ。
 隣の部屋で規則正しく寝息を立て、ときどき幼児のように舌足らずな寝言をつぶやく少女があの「アスカ」のようなポーズを取ったら、いや「取らされたら」どんなに淫らだろうと想像してしまうのだ。

 少年は歯を食いしばって浴室へ向かうとシャワーを浴びた。
 二人のアスカへの不埒な欲望を抑え込もうと水流を最大にする。
 「ちくしょう、コラージュなのに、悪戯なのに、あんな変なこと、考えちゃうなんて……」
 しかし少年は淫らな願望を押さえ込むために、シャワーを浴びつつなんども欲望を放出せざるをえない。
 そのときに思い出すのは「アスカ」のあの写真の姿。
 少年にかしましく絡んでくる「惣流・アスカ・ラングレー」の声。



◆ ◆ ◆



 そのメールが再び届いたとき、碇シンジはそれを消し去ってしまおうと真剣に思った。
 しかし、「それが偽物である証拠を探すため」と自身に言い訳をしつつそのメールを開いてしまう。
 「キミの友人より」とだけ記されたメールを。
 「プレゼント」とだけタイトルに記されたそれを。

 そしてそのメールに添付された写真を開いたシンジは絶句する。

 添付された三枚の写真に写っているのは「アスカ」だった。
 だが、そのアスカが誰なのかもはや分からない。
 そこに写っている「アスカ」は惣流・アスカ・ラングレーお気に入りのファッションを身にまとっていた。
 カットジーンズとタンクトップを。
 可愛らしい黄色のワンピースを
 美脚を際だたせるブーツにデニムのワンピースを。
 それは惣流・アスカ・ラングレーがお気に入りのファッション。
 それは「ヨーロッパのアスカ」が絶賛し「着てみたい」と繰り返しメールで語ったファッション。

 「彼女」はそれらを身にまとって男に犯されていたのだった。

 一枚目の写真では、タンクトップにカットジーンズの普段着姿の「アスカ」がでっぷり太った男の上にシックスナインの姿勢で乗っかって、一心不乱にペニスを舐めしゃぶっていた。
 ほとんど新品のカットジーンズはショーツと一緒に膝までずりおろされて、露わになった花弁を男の顔に押しつける姿勢を強いられている。
 だが細い腰はがっちりと男に抱えられていて、彼の長い舌でじゅるじゅると牝花を舐められ、啜られてもそれを逃れることはできないアスカは、さらにさらに淫らになっていくのだった。
 後ろ手に手錠をかけられた両手をぎゅっと握りしめて絶頂に震えながら、彼女は情熱的にペニスに舌を這わせて唾液をまぶしているのだった。
 ペニスの味を覚えさせられてしまった少女にとっては、もはやそれは当然の反応のようだった。

 二枚目の写真では黄色いワンピース姿で「アスカ」は穢されていた。
 ベッドに横たわる男に小振りのヒップを突き出してまたがる姿勢をあちこちから伸びる手に強いられて、ショーツを膝に絡ませて尻穴を犯されていた。
 膝小僧をがっしり掴まれ左右に押し開かれて下半身を隠すことをまったく許されないポーズのまま、美しい髪を振り乱し、美貌を苦痛と快楽に歪ませて「アスカ」は泣いていた。
 小豆大に勃起させられたクリトリスを弄り回された彼女はピンク色の淫唇をひくひくさせつつ蜜を垂れ流して、カメラの前でアナルアクメを迎えさせられていた。

 三枚目の写真ではアスカは真っ白なシーツに横たわっていた。
 細い手首をまとめて拘束されたたばかりか、彼女の脚線美を強調するデザインのブーツを履いたままV字開脚のポーズでベッドに固定された少女はデニムのワンピースの中を好き放題に弄られても抵抗などできはしなかった。
 ずぶりと柔らかでピンク色の女性器を極太ペニスで貫かれた「アスカ」は碧い瞳をどんよりとした感謝の念にあふれさせていた。
 それはピストン運動とともにクリトリスを虐められているためだろうか。
 それとも別の男が少女に男根をしゃぶることを許したためだろうか。
 雄の肉茎にかきまわされるたびに、ピストン運動のたびに媚唇から泡立つ白濁液を「お漏らし」しているアスカは幸福そのものの表情だった。


 「どうして……どうして……この格好で……違うよね?あのアスカがこんな目に逢ってるんじゃないよね?」
 惣流・アスカ・ラングレーのファッションで犯される、彼女と瓜二つの少女の姿に碇シンジは困惑するしかない。
 この写真が「ヨーロッパのアスカ」自身であることをもはや彼は認めるしかなかった。
 しかし、少年にこんな写真を送りつけてきた者の意図はまったく理解できなかった。
 ただ一つ分かっているのは、もはや少年が惣流・アスカ・ラングレーをまっすぐ見ることはできなくなってしまったことだった。
 少女がお気に入りのファッションを彼に披露するたびに、碇シンジは少女がその姿で快楽に溺れ、男に奉仕するさまを思い出してしまうに違いないからだった。
 快活で凛々しい同僚を陵辱の対象として認識しそうになっているからだった。



◆ ◆ ◆



 「ちょっとシンジ、待ちなさい!」
 誰もいないNervの廊下で惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジを捕まえた。足早に歩く少年に遠くから駆け寄ったために息を少し切らしている。
 「言っておきたいことがあるの。いい?」無言のままの少年に少女は呼びかけ、彼の返事を待たずに言葉を続けた。
 「どうしてアンタ、そんな顔をしてるわけ?アタシをまっすぐ見ようとしないし、気がつけばすっごく、すごく……その、変な……いやらしい……眼で見てるし……」
 少年は無言のままだった。アスカは深呼吸した。
 「いい?アンタがメル友とどんなメールをしてても知ったこっちゃないわ。ええ、ぜんぜんアタシには関係ないもん。だけど、だけど……アンタ、そのメル友と変なことになってるんじゃないでしょうね?」
 前後の文脈がまるで違うことに惣流・アスカ・ラングレーはまったく気付いていないようだった。
 「アンタにソイツ、変なコト書いてきてるんじゃないの?たとえば、その、たとえば……すっごく思わせぶりなメールでアンタを煽ってるとか……」
 沈黙したままの、うつむいたままのシンジにアスカはなぜか慌ててしまう。
 「あ、あのさ、その別にアンタのことが心配になってるんじゃないんだからね。アタシを見る眼があんまり怪しいから、その、あの……あ!」
 無言のまま背中を向けて立ち去る少年の、あまりに強い拒絶の意志惣流・アスカ・ラングレーはそれ以上の声をかけあぐねてしまう。
 「ああもう!イジイジいじいじしちゃってぇ!」廊下の壁をキックする。
 ……だけどなぁ。シャワールームで歯を食いしばって「アスカごめん」なんて言ってる声が聞こえてくるんだもん……いくらなんでも……。
 聡明で早熟な少女は理解していた。
 自身が同居人の妄想の対象になっている可能性を。
 しかし、それを非難するには碇シンジの反応はいささか「覇気」にかけるのだ。いちいち謝罪されながら妄想されてはとてもではないがたまらない。
 ……だいたい、妄想する以前にすることがあるでしょうに。すぐ近くにいるんだから……え、あ、アタシ、なにを考えてるんだろ。
 ぶんぶん頭を振ってから少女はつぶやく。
 「ぜったいメールのせいよ。ぜったい」



◆ ◆ ◆



 「ヨーロッパのアスカ」からのメールはここ数日にわたって届いていなかった。
 その代わりに届いているのは「キミの友人」を名乗る卑劣漢からのメールだけ。
 三通までは無視をした。
 だが、四通めをついに開封してしまう。
 そこに書かれていたのはあるHPへのWebにつながるURL。
 ずいぶん長く考えてから少年はそこへ接続する。


 それはおぞましい記録のアーカイブだった。
 全寮制の学校に編入した少女が父親のオーダーどおりの淫乱人形に「造り替えられる」までの半年近くのテキストと動画で構成された記録だった。

 まず、少女は自慰についてのタブーを取り払われてしまう。
 同室の優しく親切な少女が夜になると隣のベッドで「お父様、お父様」とつぶやきつつシーツ越しにでも分かるような淫らな指遣いで腰を踊らせるさまに彼女は仰天した。
 アメリカの学校でも自慰に老ける同級生達はいた。しかしここまであからさまに、それも父親を慕って自分を慰めるような例は少なくともなかった。
 婉曲に行為を控えてほしいと要望する彼女にマユミは頬を染めて言った。
 「だって、わたしはお父様のお嫁さんになりたいんですもの。お父様にふさわしいレディになるためにここにいるんですもの」
 カウンセラーに相談するようにとの忠告はまったく無視されてしまうのだった。
 やむなく少女の執った手段は、カウンセラーに対して「眠れないので薬を処方してもらえないだろうか」と相談することだった。
 優しい少女は友人の行為を糾弾するようなことはとてもできなかった。
 そして少女は安らかな眠りを得ることができる。
 マユミの行為を気にすることもなく眠りに就くことができる。
 就寝前に処方された錠剤を口にしたクォーター少女は、マユミの声に嫌悪も拒否も感じることもなく、ショーツの中にすらりとした指を侵入させてくちくちと処女花を弄れるようになっていたからだった。
 やがて少女の唇から甘いあえぎが漏れるようになった。マユミの上げる声よりもずっと控えめではあるけれど。
 やがて少女の唇から「パパ……」という言葉が漏れるようになる。

 夜な夜な同室の少女の淫らな声を聞かされ、淫らな指遣いを見せつけられた少女は、次に身体の奥に欲望の芽を植え付けられる。
 睡眠薬の量を増やされた彼女は、安らかな夢を見ながらその性感を高められてゆく。
 鍵がかかっているはずの私室に平然と入り込んできた男たちに絹のパジャマを剥ぎ取られた少女は、愛らしく美しい裸身を丹念に粘着質に弄られて、すうすうと寝息をたてたまま肉体を昂ぶらせ、自慰ではまだたどり着けなかった絶頂を無意識のうちに教え込まれる。
 特にクリトリスへの愛撫は熱心に行われた。
 爪でくすぐり、顔を出したところをちゅうちゅうと吸われ、舐め回されて夢を見ながら腰を浮かせてしまうほどにその快楽を身体に覚え込まされる。
 その隣でマユミは口枷を装着したまま器具に犯される。
 黒髪の美少女はアナルとヴァギナにぶるぶる震える器具を挿入されて、童話のヒロインのように眠り続ける少女のベッドに手をついたまま調教される。
 美しくスポーツ万能で、そのうえ成績も優秀な乙女がその下半身を卑劣な男に舐め回され、蜜を啜られる様子をすぐ間近に観察することを強いられながら、マユミはたわわな胸を背後から弄り回される。
 「君のお父上は胸の大きい娘がお好みだからね、しっかり育ててあげるから」
 口枷のおかげで言葉を発することのできない彼女は普段の淑やかさをかなぐり捨てて獣のようにひんひん鳴いて同意する。
 それどころか、目の前で男の一人が注射器を取りだし、怪しげな薬剤を瓶から吸い上げて彼女の乳首にぷつりと針を付き刺しても、うっとりと目を閉じたままだった。
 「いいのかねぇ、この歳でこんなにホルモン剤やらなにやら打っちゃっても」
 「ここに来たときはぺったんこだったのに、いまじゃDカップだからねぇ。それに毎日発情しっぱなしだし」
 「契約主のご要望通りじゃないか。なんの問題がある?」誰かが断言した。「『巨乳の淫乱日本人形』を一体作ってほしいという注文だろ?」
 じんじんする乳首を弄り回され、前後の穴にモーターが与える刺激に半狂乱になっているマユミは、もちろんこの悪意のある会話の意味などもはや理解できるわけがない。

 そして最初の「面会日」がやってくる。
 いつもより親密に身体を触れてくる父親をアスカは拒むことができなかった。
 それどころかとまどいつつも父親がもっと触れやすいように身体を密着させる。父親の指が動き出すと躰を開いて恭順の意を示してしまう。
 こんなことはおかしい、なにか異変が起きていると少女が認識していることは、その表情からも明らかだった。
 しかし、学内のベンチで、食堂で父親との濃厚なスキンシップを開始しているうちにそんなことはどうでも良くなってくる。
 父親の指が与えてくれる「幸福感」に少女はすっかり酩酊してしまったのだ。
 それに、これはこの学園においてはなんら不自然ではないらしい。
 周囲を見回せばそれは明らかだった。
 彼女のクラスメイト達はみな、面会にやってきた肉親達……父親や叔父、祖父あるいは兄弟……と、まるで恋人のように、いささか羽目を外した恋人のように……濃厚な絡み合いを始めていたのだから。
 だから少女は、「肉親とのプライベートな会話を行うため」に設置された「懇談室」へ父親を案内し、ドアを閉めた瞬間に男にひしと抱かれるとそれをたしなめるどころか全身を震わせてアクメに達してしまう。
 そこが懇談室と呼ぶにはまるでふさわしくない内装……部屋の中央にはベッドが置かれ、浴室まで完備されていた……に違和感を感じることもできないまま、ソファーに押し倒された少女は、初めてのキスを父親と交わし、同時に制服のスカートへ侵入してきた彼の指に下着越しにクリトリスを撫でられていくうちにすっかり「出来上がって」しまう。
 父親への歪んだ愛慕を正常と思わされ、さらには眠っているうちに性感を開発されてしまった少女は、父親の邪悪な指遣いに、舌を絡めた濃厚なキスにたちまち陥落してしまう。
 言われるがままに父親のスラックスを下ろして、立ち上がる肉根に愛情を込めてキスをする少女には入学当時のやや険のある印象は全くなかった。
 一時間の短すぎる面会時間が終わるころには、少女はザーメンを嚥下することになんの嫌悪も違和感も感じることができなくなっていルばかりか、その苦い液体を天上の美味とすら思うようになっていた。
 クリトリスをこりこりされるだけで、どんなに恐ろしく、おぞましい行為でも受け入れてしまうほどの快楽に翻弄されている少女が、どうやって命令に逆らうことができるだろうか。
 ただ短すぎる肉親との懇談にこどものように憤慨し、甘えた口調で今度の面会日にも必ず会いに来て、それから帰宅申請も出してほしいのと甘えた口調でおねだりするのだった。
 もちろん父親に否やはなかった。
 少女の「お願い」に応えることも。
 少女が「父親とのセックス」を乞い願うように、そしてその少女の身体が大人とのセックスが可能になるように「調整」する追加費用を学園が提示したとおりに支払う契約を行うことも。

 次の「面会日」に少女は処女を父親に捧げた。
 特別に三時間の面会時間を与えられた彼女は「懇談室」にこもりきりになることになんの疑問も抱かなかった。
 本来なら学内の施設を案内し、あるいは友人達に肉親を紹介するための機会を、ただ自分の肉体を捧げるために使うことになんの疑念も持てなかった。
 同室の山岸マユミが先週の面会日にそうしたように、父親の欲望を自分の肉体で受け入れようと固く決意した少女は、父親の思惑通りに懇談室に入るやいなや、同室の美少女から教わったとおりに「お父様、アスカをお父様の花嫁にしてください」とおねだりしてしまうのだ。
 だが男は厳粛な表情で彼女の願いを拒絶する。先日の面会日にフェラチオを娘に教え込んだ外道の行為を行っておきながら。
 もちろんこれはお定まりの手管に過ぎない。
 しかし自分の愛情を「世界でいちばん大好きな男性」に拒絶されたと思いこんでしまった少女はそんな単純なトリックを見抜くこともできない。
 だから彼女は「寮生のお姉さまたち」や「少し進んだクラスメイト」、それから同室の黒髪の大親友から教えてもらったとおりのテクニックを駆使して「パパ」を誘惑してしまうのだ。
 するすると制服を脱ぎ落とし、下着姿で男に抱きついて甘い声で自分の処女を奪ってほしいと涙ながらにお願いする。
 父親がベッドへ身体を預けると幼い発情ボディを無意識のうちに密着させ、彼の衣服を震える手で脱がせて「夢の中でなんども銜え、舐めしゃぶった」ペニスに熱烈なキスをはじめるのだ。
 欲情の虜になった可愛らしい妖精が懸命に「パパ」を犯そうとするさまを部屋中に置かれた鏡で、さらにはモニターで鑑賞している男は愉快でたまらない。
 鼻を鳴らして父親のペニスを睾丸を舐め回し、男の全身に情熱的なキスを浴びせているうちにピンクに染まってゆく白磁の肌を眺め、生真面目で清楚なショーツのクロッチに楕円形の染みが広がってゆくさまに、男は深く満足する。
 涙をこぼしながら口いっぱいにペニスを頬張っている少女とくるりと体勢を入れ替えると、あっという間に「父を誘惑しようとする早熟娘」は「男の思いのままになるペット娘」へと変身する。
 生まれたままの素肌に剥かれた全身をたっぷり弄り回された少女はたちまち快楽に溺れてしまう。
 「夢のなかでのお父様との交わり」をも上回る快楽に肺活量いっぱい使った恥ずかしい声で「パパ、パパ、素敵、ああ、アスカ、アスカはパパが大好きです」と叫んでいる優等生は、同じ台詞がぺらぺらの壁で仕切られているだけの左右の部屋から聞こえてきていることも、クラスメイトの愛らしい熱唱をなぞっていることも分からない。
 可愛らしい美乳をこりこり弄られておんなの幸福を味わい、すっかりオナニー好きになったクリトリスを愛撫された少女は、涎とザーメンを薔薇色の唇からこぼしながら甘泣きすることしかできない。
 やがて左の部屋から叔父のペニスを褒め称える愉悦の声が、右の部屋から祖父のセックステクへの賛美が響きはじめると、少女はベッドの上でお尻を突き出した姿勢を取るよう命じられた。
 感涙にむせぶ彼女は、幸福感に包まれたまま卑猥なポーズを完成させ、そのまま父親のペニスに背後からずぶりずぶりと貫かれる。
 まだ硬い花弁をごりごりとこじ開けられ、ちいさな子宮をペニスでこつんこつんと突かれた彼女は、「パパ」へのぜったいの服従と愛を隣室のクラスメイトに聞こえるように大声で誓ってはその合間に舌を吸われ、彼の唾液を喉を鳴らして飲むのだった。

 その夜、少女は同室の日系少女と抱き合って泣いた。
 お互いに愛する人へ純潔を捧げることのできた喜びに。
 もちろん二人とも新たに誓う。
 「いちばん大好きな人」がもっともっと愛することを。
 その愛の証として「いちばん大好きな人」が気持ちよくなっていただけるように、自分の身体にさらに磨きをかけることを。
 「先輩たち」が受けているという「トレーニング」を受けて、「愛されるカラダ」を目指すことを。
 そもそもそんな考えがどこから湧いてきたのかなど、愛される悦びに酔っている二人の女学生が気付くはずもない。
 肉親を虜にするための性教育を行う学校など、まともなはずなどないと理解できるわけもない。
 夢見心地の淫らなレッスンを受けているあいだに、二人ともその心が造り替えられてしまっているのだから。

 もちろん彼女は知らなかった。
 幼い子宮にたっぷり精液を注ぎ込まれる感覚に我を忘れ、初めてのセックスで信じられないような絶頂を迎えたあとのことなど分かるはずもない。
 華奢な肢体をシーツへ投げ出して失神し、ひくひく痙攣する媚唇からこぽりこぽりと黄色がかった白濁液をお漏らしするその横で、部屋の遮音装置をオンにした父親が携帯電話に向かって上機嫌で喋っている会話の内容など聞こえているはずがないのだった。
「新たに娶った妻にこの件を勧められたときはね、なにを馬鹿なことかと思ったが……いや、いまでは感謝しているよ。血のつながった娘を独占することがこんなに素晴らしいとは……ああ、ああ、分かっているよ。寄付金は上積みするとも……それから……」

 「パパに愛される娘」になると健気に決意した少女は「課外授業」を自ら志願する。
 舎監にお願いして「トレーナー」の方々による調教を受けることを希望するのだ。
 「愛」と「快楽」を報酬にされた少女は愛らしい口や舌だけでなく喉まで使うペニスへの奉仕の仕方を覚え、肉襞でどう男を喜ばせるべきかを教え込まれた。
 アナルも器具で拡張され、排泄器官で性交するときの喜びも知ってしまった。
 しなやかな手で雄のザーメンを絞り出す方法も会得する。
 舌を使って「大好きな人」の全身を舐め舐めすることも。
 「パパの言いつけ」がひとたび下れば、「しらないおとこのひと」の望むとおりのペットへ変わり、心の底から御奉仕できるようになる。
 「パパのためのセックスドール」である自分に、「恥ずかしくていやらしい言葉」に反応し従ってしまう自分がどうしようもなく背徳的で惨めで淫らということが理性では分かるけれども、同時にそう考えると太股の付け根がぬるぬるして、圧倒的な幸福感に頭がぼーっとしてくるようになる。

 少女はちいさな淑女であると同時に、高級ロリータ娼婦として完成されつつあるのだった。


 「あ……あああ……あ……」
 碇シンジは全身の震えを止めることができない。
 あの「ヨーロッパのアスカ」だったのだ。
 あれはコラージュなどではなく、正真正銘彼女だったのだ。
 あの映像が「パパの虜になってしまった淫乱女学生」の調教風景または「カタログ映像」であることを知ってしまった少年はしかし、自分が恐怖と嫌悪に震えているにもかかわらず、獣欲を感じていることも認識していた。
 「真実はこの通りだ。碇シンジ君」
 ポップアップウインドウが現れ、メッセージが輝いていた。
 「君の大事なメール友達は、調教済みの肉奴隷だよ」
 「あ……ああ……」改めて宣言された碇シンジは絶句するしかない。
 「君の同居人と同じ顔の少女は、パパを心から愛するペットなんだよ」
 まるで会話をしているかのようにメッセージが切り替わった。
 「君には彼女はふさわしくない。君にふさわしいのは君のすぐ隣で寝息を立てている『アスカ』君だ」
 少年はどきりとする。
 「彼女もこちらの『アスカ』と同じ資質を持っているんだよ」端末のむこうの誰かは断言する。「気丈で聡明で、早熟ゆえに、ひとたびマゾの快楽を仕込んでしまえば……じつに素直な奴隷になる」
 「そんな……そんな……」
 「彼女は君が気になっている用じゃないか。君も彼女が気になっているのだろう?『ヨーロッパのアスカ』宛のメールでは一目瞭然だ」
 「でも……そんな……ことは……」
 「あんなに美しい少女が、恋人なしでずっといられると思っているのかい?年上の頼りがいのある男性にしつこく言い寄られているうちに……彼女は純潔をその男に捧げ、愛するようになるだろう……君よりもずっとつまらないその男に」
 ウインドウに表示されるメッセージは巧妙に少年の懸念とコンプレックスを突き、少年の決心を片方へと押しやる。
 「でも……そんなこと、できやしない」
 「できるとも、まったく問題ない」断定する。「彼女をこのPCの前に連れてきたまえ。いまでなくともいい。都合の良いときに、適当な言い訳をして」
 はっと少年は息を呑む。「催眠術……」
 「そうだ。彼女はただ『ちかちか光る画面』を見ることになる。それで第一ステップは終わりだ。君は意識を失った彼女を好きなように犯せばよい。そう、なにも気にすることはない……」
 ウインドウの向こうの誰か……【誘惑者】はその手のものが常用する固有の論理で少年を口説くのだ。

 ……アスカは意識を失っているし、その間の記憶はないから、君がなにをしようが大丈夫だ。
 ……ひとたび「術」をかければ、それを繰り返すのは回数が増すごとに楽になる。
 ……二度、三度、四度……彼女は夢を見るたびに君のことが好きになるのだ。君に教えられた快楽に囚われてしまうのだ。それはやがて正気のときも彼女に影響を与え始め……。
 ……二週間と経たずして、「君のアスカ」は碇シンジ君専用のとても可愛らしいペットへと「成長」するだろう。碇シンジに恋するあまり、彼の欲望をすべてかなえることが自分の幸福で、彼に隷属することで魂の平穏を得ることができる、恋の奴隷に惣流・アスカ・ラングレーは変わるのだ。
 ……君が考えているほどこれは邪悪なことではないよ。きっとそうなった彼女を見て、みなは言うだろう「アスカは恋をして、とても素直になった」と。「恋をして、アスカはとても素敵な女の子になった」と。

 そう、【誘惑者】はじつに巧みだった。
 罪を犯す者を後ろめたさを感じることがないと保証し、
 罪自身がそれほど対したことでないと軽い口調で断言し、
 陥れられる者もまた、幸福になるのだと仄めかす。

 「さあ、君はただ『分かった。その通りにする』と言えばいいのだ。それだけで君が彼女に抱く欲望はすべて成就する」
 「言うだけ……で?」
 「そうだ。言葉にするだけでよい。ああ、なんならアスカを譲ってくれるのであれば、他にも君用のペットを仕立ててあげてもいい。あのミサトという女性が気に入っているならそれでも構わない。彼女の場合、背徳感をそっくり愛情へと転化させれば……じつに献身的な奴隷に仕上がるだろう。とにかく言葉にしてくればこちらは君のマシンにアクセスできる」
 「紳士的なんだ」シンジは妙に低姿勢な物言いに醒めた感情を抱きつつあった。
 「そうだな。契約が必要だし、そもそもそちらからの働きかけがなければどうしようもない」
 「その気になれば押しかけて来れるのに」
 「いや、それはちょっと難しい」シンジの口調から「取引」が成立しそうな気配を感じ取ったからか、【誘惑者】は急にくだけた雰囲気になった。「君からの働きかけがなければ、我々はそちらへ行けない」
 「行けない?」
 「ああ、君の住む【第三新東京市】はこちらからは見えないのだから」
 「見えない?」
 「ああ、まれにあることだが。おそらく不完全な【回廊】になってしまったのだろう。こちらがしくじったか、そちらが原因か分からぬが」

 少年のなかでいくつかのパズルの断片がつながってゆく。

 ……「いきなりエラー。『そんなドメイン、ありません』ってやつ」と相田ケンスケは言っていた。
 ……「第三新東京市って私の持っている地図には載ってないんですよ。縮尺が大きすぎるのかしら」と「ヨーロッパのアスカ」もメールに書いていた。
 ……「ヨーロッパのアスカ」が通う学校は「アルプス山中に位置するちっぽけな、茶色い岩肌に囲まれた町」に存在していた。でも、でも……彼女の送ってくる写真の背景はすべて「雄大なアルプスの自然」が写っていた。

 「……そんな、馬鹿な」
 「ああ、確かに。しかし重大なことではない。君の言葉で道は開ける。文字通りの意味でね」ウインドウの文字列は鷹揚だった。
 「そうなんだ」碇シンジはどこか吹っ切れた口調だった。「こっちからお願いしないとそっちはなにもできないんだ」
 「なにもできないわけではないよ」豹変した少年に【誘惑者】はとまどい気味になる。
 「でも、催眠術プログラムすら送ってくることはできない」
 「そうかもしれないが……君は自分に親切を施そうとするものに、そんな物言いをすべきではない」
 「ちかちかする画面も勝手に送りつけられないじゃない……か!」少年は息を呑む「アスカ……そっちのアスカが言ってた。『端末の画面がちかちかする』って!『見ていると気分が悪くなる』って!だけども僕のメールを読んだり返事を書いたりするために我慢しているって!」
 碇シンジは深呼吸した。さっきまで画面の向こう側に抱いていた畏怖と恐怖を上回る怒りが彼の中に不意に沸き上がっていた。
 「僕を!僕を罠に使ったな!僕のメールのために端末を使っている『アスカ』に催眠術プログラムを使ったな!」
 「なにを憤慨しているのか分からないが、その通りだ。彼女の仕上げに必要でね。彼女の父親に対する『愛情』を確固たるものするために。それに『父親の性玩具に堕とされてしまった自分』への自己憐憫と、それに背反する『自分だけが父親の歪んだ愛情を受け入れることができるに選ばれた娘』という誇りの両方を植え付けるために。高級奴隷娼婦とただの肉人形の違いはこの辺りにあるのだよ。惣流・アスカ・ラングレーの『御主人』になる君も覚えておいた方がいい」
 「ふざけるな……ふざけるな……ふざけるな……」少年は震えていた。「僕の、僕のメールがなかったら、アスカは奴隷にならずにすんだんだ、僕のメールに喜んでいるうちに、彼女はあんないやらしい娘に変えられてしまった……んだ」
 「あの画面を見せるための方便として、君を使っただけなのだから、それについて罪悪感を感じる必要はないかね?いずれにせよ、彼女は知らないうちに心を造り替えられて、意識的にあるいは無意識的に快楽を覚え、男の味を全身で覚えてしまう予定だったのだから」
 「うるさい!」碇シンジは吠えた。同居人たちのことなどすっかり抜け落ちていた。純粋な怒り……【誘惑者】とそして自分自身への怒りだけがそこにあった。「僕は彼女を裏切ったんだ!お前たちの道具になんてなるつもりなんてなかったのに!」
 そして深呼吸をする。
 「さっきの、さっきのお前への返事は……『ノー』だ!」
 「少年よ。突発的な感情に囚われるべきではない。考えてみればいい。君は愛らしく、聡明で、極上の少女奴隷を入手できるのだ。なんなら、そうだ……【回廊】ができれば、『君のアスカ』をこちらに連れてくればいい。そうだ!じつに素晴らしいことになるだろう!君は二人のアスカによる甘い奉仕を受けることができるのだから、令嬢のアスカと活動的なアスカの肉体を比べてみるのは素晴らしいぞ、以前レイという少女を三人揃えて……」
 「消えろ消えろ!どこかに行っちゃえ!!」
 「愚かな、君は後悔するぞ。なぜなら彼女は、君のモノになるような……」
 「うわあぁぁぁぁっ!」

 碇シンジはノートパソコンを机から投げ出した。
 それは壁に叩きつけられるとぱっと一瞬輝き、そのあとにけたたましい破壊音とともに部品があちこちに飛び散った。
 「バカぁ!夜中になに暴れてるのよ!」
 「シンジ君!どうしたの?!」
 惣流・アスカ・ラングレーと葛城ミサトが血相を変えて飛び込んできたとき、少年は机に突っ伏して泣いていた。



◆ ◆ ◆



 「シンジ、待ちなさい」
 列車がドアを閉める直前に彼女は風のように車両に飛び込んできた。
 碇シンジはそっぽを向いたままだった。
 「シンジ。アンタ自分がなにをしようとしてるか分かってるの?」
 惣流・アスカ・ラングレーの問いにも彼は黙ったままだった。
 「どうやってヨーロッパ行きのSSTO(単段式宇宙往還機)の座席を採ったの?」
 「父さんの……名前を使った」
 「あ、あんたって……」アスカは絶句する。
 「それだけじゃない。いえ、もっと大事なこと。アンタ……ミサトの拳銃、持ち出したでしょ。ミサト、真っ青になってたわ」
 「できるだけ使わないようにするつもり……だから」
 「アンタ、どこに行くつもりか理解してるの?拳銃をなにに対して使うことになるか、分かってるの?」
 「……たぶん」
 「あのアタシにそっくりな『アスカ』はこの世に存在していないのよ。あの学校のある土地はN2兵器でただの荒野……」
 「知ってる」初めてシンジはアスカを見た。「ドメインも存在しないし、地図上の地形と写真の風景も違ってる。それに……彼女の持っている地図には『第三新東京市』はないんだって」
 「分かってるなら、分かってるんなら……なにやってるのよ!アンタは!」
 「彼女を……アスカを助けなきゃ……僕が悪いんだ。僕のせいで……」
 「いい加減にしなさい」少年の肩を掴んでアスカは揺すぶった。「よその世界で父親に手込めにされた女の子のことよりも、もっと大事な使命がアンタにはあるでしょうに」
 黙って自分を見ている少年にアスカは説明する。「マヤを拝み倒してMAGIにアクセスして……ログを要求したら出してきたわ。切れ切れで、おまけに時系列まで狂ってたけど……メールのほとんどは解読不能だったけど、昨夜のメッセンジャーログは取り出せた……と思う」しばらく黙ってから少女はぽつりと言った。「読んだあと、データはみんな消した。MAGIにも消すように命令した」
 「でも、でも……僕は……アスカを」
 ぱん、と少年の頬が鳴った。
 「いい加減にして!一体全体どうやってあそこへ行くのよ?現地に飛んでいったら行けるとでも?地理的な条件なんて関係ないのよ……平行世界との接続は……ええ、そうよ、これはたぶん、MAGIとつながってる量子演算プロセッサのどれかが暴走して起きた事故のひとつよ。つながっていない、つながっちゃいけない世界と電子のやりとりだけはできるようになっちゃった事故よ。
 アンタはあのコが悲惨な世界に生きてると思ってる……違うわ。アタシたちの方がずっと悲惨な世界に生きているのよ。いい?彼女の世界にはセカンドインパクトが起きていないのよ。二十一世紀にもアルプスが存在して、世界の半分がなんの心配もなく生き延びてるのよ!
 ええ、もちろん使徒なんか存在していないわ。だからエヴァだっていない。Nervだってない。チルドレンだって必要とされていない!!!」
 少女の声は無人の車内の中に響き渡った。しかしそれでもシンジは少女を黙って見ているだけだった。
 それは惣流・アスカ・ラングレーをさらに激高させた。
 「それに、それに……アンタも分かっているでしょ?アンタに取引を申し出た『奴ら』の正体が……」
 少年は微かにうなずく。
 「……あれは、超存在のひとつよ。たぶん。本当に存在するなんて思わなかったけど……よく考えてみれば使徒が存在するわけだから、アレが……存在してもおかしくないか」
 また少年はうなずいた。そして言った。
 「アスカ、僕は行くよ。決めたんだ」
 少女は深く息を吸った。そして叫んだ。
 「いい加減にしてよ!さっきも言ったじゃない!向こうの世界はこっちの世界よりも幸せな世界だって。彼女にはチャンスがあるけど、こっちには無いかもしれないのよ!」
 「でも、」
 「『でも』じゃない!」少女が泣いていることにシンジは初めて気がついた。「どうして、アンタはあのコを気にするわけ?よその世界のアタシにそっくりなオンナにそんなに肩入れするわけ?どうして、どうしてそんなに大事に思えるの?アンタはアタシを助けてくれた。奴隷にしてあの世界に売り飛ばすことも拒否した。なのに……なのに……どうして、どうして、アタシじゃなくってあのコを選ぶのよ!アタシそっくりの別人を選ぶのよ!どうしてこう言わないの『あのコを助けたいから、手を貸して』って!」
 「あ……」唖然とした表情で少年はアスカを見つめていた。
 「あ……」絶句しているのは少女も同様だった。
 「簡単な……ことなんだ……」
 「そうよ……ええ……そうよ」少女もうなずく。「簡単」について碇シンジが思ったことと、自分がいま思っていることはたぶん全然違うと確信してはいたが。
 だから少女は早口で続ける。頬が赤くなっていることを気付かれないように顔をそむけ、その代わりに少年の手を掴む。
 「行くわよ。あのコを助けに」
 「でもどうやって?」
 「【回廊】はMAGIに作らせる。武器は……エヴァを使えばいい。MAGIに接続されているから相性もいいはず!」
 「う、うん!ありがとう!アスカ!」
 「礼はあと、まずは行動!」彼女は叫ぶ。
 ……とにかく、と、とにかくシンジにはさっきのことを忘れさせよう。でも、アタシ……なぜ……どうしてなのかしら?
 「うん!」
 少年は少女の手を握り直す。
 車両は駅のホームへ滑り込みつつあった。
 ドアが開き、二人は揃ってホームへ飛び出し……。



◆ ◆ ◆



 「エヴァ初号機、弐号機、パイロットのバイタルシグナル回復!」
 「シンちゃん!アスカ!大丈夫?」
 「え、ええ、ええっ?なに?なに?なにがどうなってるの?」
 「どうして駅のホームじゃなくってエヴァに?それにアスカと手をつないで……」
 「しゃらーっぷ!」プラグスーツ姿のアスカは叫んだ。「ミサト!状況説明!」
 「一二〇秒まえ、シミュレーションの最中にアスカとシンちゃんが意識を失って、脳波も消失したの」ミサトが怒鳴った。「んでもって、シムの中に未設定の変なものが出てきて……」
 「うわぁ」目の前を光刃がかすめて弐号機は地面を転がった。
 「落ち着いて」いつもどおりの平坦な口調で零号機パイロットの綾波レイが呼びかける。「これは動きに反応してる。じっとしていれば狙われない」
 「こ、これって使徒なの?シミュレーションの中に使徒が……」
 「パターンは赤です。だけど、ワームとかそういうものではなくって」マヤの声は震えていた。
 「これを倒さなければシミュレーションから外へ出られないはず。強制終了すればそのまま脳死する。だから二人が意識を失っても、ログイン続行を進言した」
 「サンキュー優等生!アンタの勘はたぶん一〇〇%当たってる!」アスカはにやりと微笑んだ。なるほど、だから「あっちの」学校ではレイはずーっとお休みだったんだ。「シンジ!分かってる?こいつが元凶のひとつよ。間違いない。アタシのオンナの勘がそう囁いてる」
 「……うん。分かってる」
 「アスカ、説明して?なんのこと?」
 「あとでまとめて教えてあげるわ!ミサト!とにかくこいつを……パレットライフル装着を宣言!」パイロットの叫びとともに電子空間の中にエヴァンゲリオン専用火器が現れ、その両手にすぽりと収まった。
 「いっけぇ!」
 怒号とともに扇状に超音速の弾丸がばらまかれる。
 「シンジ!」
 リーダーの叫びよりはやく、紫の巨人が音速で疾走し足止めされたそれ……黒い犬を思わせる獣……へキックを放つ。
 が、
 「ATフィールド!」リツコの唇から驚嘆の声が漏れた。「仮想の存在にもかかわらず、発現させてしまうのね」
 「シンジ君、アスカ!協同攻撃!レイは牽制!」
 「言われなくても!シンジ!六二秒の同時連続攻撃、いいわね」
 「うん!」
 「時計合わせ!……3,2,1」乱射される光刃を巧みに避けつつアスカは初号機の隣に移動する。
 「ゼロ」初号機が膝を軽く曲げる。
 「スタート!」

 二機の汎用人型決戦兵器は電子空間のなかで舞う。
 ジャンプ、回転。「それ」の放つ光刃は当たらない。
 スピンしてまたジャンプ。ブレード投擲。命中。
 あとずさる「それ」の苛烈なビーム攻撃。
 まるで一機のようにタイミングを合わせた回避運動。世界が白熱するほどの破壊力を持った光はかすりもしない。
 「シンジ!フィニッシュ!」二号機パイロットが叫ぶ。二機の機体が宙に舞う。
 ベクトルを反転させて急降下する。
 「「くらぇーっ!」」
 「それ」はその攻撃を避けることはできない。
 二機のエヴァンゲリオンによる同時一点集中攻撃。すなわちダブルキックが命中する。
 展開された六角形の光の楯がまるでガラスのように砕け散り、電子空間全体が激震した。

 「やった……」
 「違う!アスカ!まだ!あ……」黒犬がぐいとこちらを向いた。叫ぶシンジの目の前のスクリーンがぐにゃりと歪む。
 その次に現れたのはメッセージウインドウ。

 ……こういうつながり方をしていたのか。面白いな。
 「出て行け!消えろ」少年は叫ぶ。
 ……我々は滅びない。いや、滅べない。すべての世界がなくならないかぎり。原罪を持つものがすべて消えないかぎり。
 「うるさい……」だが稼働時間タイマーに視線をやって青ざめる。数字はゼロを示していた。
 ……ほら、このように。その企ては失敗すると予定されている。
 初号機に「それ」が覆い被さる。装甲がすさまじい音を立てて泣き叫んだ。
 ……もう一度機会を与えよう。幼きものよ。『分かった。その通りにする』とひとこと言えば。お前は解放される。いや、助かるだけでなくお前を絶対的に愛する恋人をも得られるのだ。あの美しい美少女の肉体と魂を跪かせ、好きなときに好きなように味わうことも、屈辱と恥辱を与えることも可能なのだ。それを夢見るものは数多くいることは、お前もよく知っておるだろう?それに、そうなっても彼女は自身を幸福だと思うのだぞ?いったい何の問題がある。ああ?
 表示が次々と消えてゆく。少年は歯を食いしばる。
 ……この偽りの空間で魂を失うつもりか?幼きものよ。
 「分かってないよ。あなたは」少年は微笑した。いや、苦笑に近かったかもしれない。「ぜんぜん分かってない。アスカのことをぜんぜん分かってない」
 少年は表情を不意に変え、叫ぶ。
 「ノーだ!去れ、退け!」

 次の瞬間に起きたことは記録に残っていない。
 アスカに言わせると「すんごい笑い声のあとにぴかぴかぴかーってなにか光って、突然エヴァの電源が復活してそしたらシンジがプログレッシグナイフを引き抜いて音速越えで投擲して、ナイフと一緒にあの黒いのはどこかへ行っちゃった」となる。
 それが正しいかどうかについてはMAGIの中でも意見が分かれている。



◆ ◆ ◆



 「シンジ、いい?」
 声をかけてから襖を開ける。机に向かったシンジが何とも奇妙な表情を浮かべてノートPCを操作していた。
 「良かったわねぇ。壊れてなくて」
 「メールも残っていないんだ」
 「最初っからメールなんて出してないじゃない。それでは」
 「いつからいつまでが『あの世界』だったんだろう?」
 「優等生が姿を見せなくなってから、アタシたちのバイタルが復活するまでがそうよ」
 「それは……そうだけど」
 「MAGIの演算能力、元に戻ったんだって」
 「そう、じゃぁもうあの世界とも……」
 「ごめん。手伝ってあげられなくって」
 「……うん」
 うなだれる少年の肩を抱きしめてやりたいという衝動と惣流・アスカ・ラングレーは戦っていた。
 きっといまはそうすべきではないときだ。彼女はそう考えていた。
 オトコノコが昔の恋に泣いているときに優しい声をかけるのはすごく卑怯じゃあないかしら?
 だから少女は少年のまだ細い肩を見つめているだけにする。

 ……あ、え、ひょっとして……ああ、そうか。
 突然に少女は理解した。
 碇シンジは「三回」誘惑され、三度それを退けたのだ。
 「かのひと」が荒野で【誘惑者】を退けたときのように。
 「かのひと」の弟子の一部が成し遂げ、また一部が成し遂げられなかったことをあの線の細い少年は行ったのだ。
 その決断が怒りや衝動や、意地で行われたとしても……あるいはただ「オコサマ」だったからだとしても……それはぜんぜん問題じゃないのだ。
 ……やったじゃん。シンジ。そういうところは「オトコノコ」なんだ。
 くすりと少女は笑ってから、そっと静かに襖を閉める。
 そのとき惣流・アスカ・ラングレーは確信していた。

 「救済」が成し遂げられたことを。



◆ ◆ ◆



 少女はちいさな鞄に荷物を詰めていた。
 昨日、父親の乗ったビジネスジェット機が墜落したとのニュースが流れてから、彼女を巡る状況は激変していた。
 理由は簡単だ。
 父親の乗った飛行機にはこの「学園」の関係者、それも最高責任者クラスが三人も乗っていたからだった。
 資金もコネクションも突如として失った(資金については口座に誰もアクセスできなくなっただけだそうだが)この高級娼婦育成機関が崩壊するのは時間の問題だった。
 それどころか司直の追求を恐れて多くの関係者が今朝のうちに姿を消していた。
 人の命が奪われて、ここまで爽快な気分になれることは今後ないだろうとクォーター少女は思った。
 たとえその機に乗っていた乗客乗員全員……パイロットに、肉体奉仕も厭わないアンドロイドみたいな美人フライトアテンダントまで……出発前日に彼女を貪り、快楽を得ていたとしても。
 「アスカさん……わたし……」黒髪の美少女が不安そうに少女を見つめていた。いつもの……そのときはおかしいともなんとも思わなかったが……胸の膨らみが強調される格好ではなく、普通の制服を彼女は身につけている。
 「薬の影響はどうかしら?」
 「まだ……ときどきぼんやりするんです。それに普段なにをされているか思い出そうとすると、恥ずかしくって、辛いのに、でも躰が熱くなって」
 少女はそっとマユミの肩を抱いた。
 「それはまだ薬物と暗示が残っているから。貴女が悪いんじゃないの。貴女はわたしよりも薬物投与の期間が長いのだから」黒いつやつやした髪を撫でてやると、しだいに日系少女の嗚咽は収まってゆく。
 「アスカさんは……どうするのですか?」
 「口座が凍結されるまえに、わたしの信託は現金化できたから……まずはここを出ることにします」
 「ああ、でも……不思議。いままでが囚われの身に近かったのに、自由になったら怯えてしまうなんて。それなのにアスカさんは強いのね」
 にっこりと少女は微笑んだ。
 「だって、そうしないといけない気がするんですもの」
 ほんの少し前まで頻繁にメールを交わしていた相手に「ヨーロッパのアスカ」と名乗っていた彼女は、鞄を肩にかけると黒髪の少女にポーズを取ってみせる。
 「どう?このファッション?さっき銀行に行ったときに買ったんだけど」
 「すごく活発そう。なんだか違うアスカさんみたい」
 「そうかな、うん、そうね」クォーター少女はうなずくとドアへと向かう。
 ブーツにジーンズの上下をまとった、およそ「学園」の生徒らしからぬファッションで。
 メールに添付されていた写真の一枚にあった「とっても凛々しいアスカ」のファッションで。
 付けっぱなしのテレビでは、アナウンサーと解説員が墜落した飛行機のパイロットの最後の会話について、「光るナイフが迫ってくる!」について、仮定に仮定を積み重ねた議論を延々続けていた。

 唯一外界へとつながる頑丈な門……ただし現在は解放されたまま……へ向かっていたアスカはふと足を止めた。
 ……そう言えばあの子たち……姿が見えませんわ。
 ……あの子たちもどこかに旅立ったのかしら?
 ……三匹の子猫、カスパーとメルキオールに、それにバルタザール。
 少し考えてからまた彼女は歩き始める。

 ……いつか時がくれば猫を飼いましょうか。
 できれば四匹。カスパーとメルキオールに、バルタザール。そして……シンジと名付けた猫を。


【FIN】



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