〜 Summer's Day 〜


「シンジぃー?」

朝から夏休みの宿題の追い込みに四苦八苦しているシンジを脇に、寝そべりながらぱらぱらとマンガ雑誌を捲っていたアスカは言った。

「あんた、前に博物館でやってる楽器の展示見に行きたいって言ってたじゃない」
「うん。なんか滅多に集まらない有名なバイオリンとかが並んでるって、テレビで言ってたよ」

余裕綽々でだらけているアスカをちらり羨ましそうに見て、シンジがため息を吐く。
アスカがこれみよがしに持ってきた雑誌は、シンジも楽しみにしている月刊誌の最新号なのだ。先ほどから気が散って仕方が無い様子である。
アスカも横目で見返し、意地悪く言う。

「終わらせないと読ませてあげないわよ」

勿論、とっくに済んだ自分の分を見せてやるとは言わない。そう簡単には言ってやらない。
だったら何で宿題をしようなんて言って来たんだよ? そんな顔で恨めしそうにシンジは唇を尖らせていた。

「あれって、確か明日までって言ってたわよね……?」
「らしいね」
「アンタ、どうせ自由課題も済ませてないんでしょう?」

雑誌を覗き込んだまま、それとない口調でアスカは訊いた。

「うん。だから丁度良かったかなって」
「はぁ?」
「母さんが見に行きたいって言いだしてさ、それで明日、父さんが車を出すって」

だから今日中に宿題片付けておけって煩いんだよ。と、面倒くさそうな顔でシャープペンに芯を詰め替えていたシンジは、

「何よそれぇ! あ、あんた……あたしに一緒に行かないかって言ってたじゃない!」

バッと突然に体を起こしたアスカの、素っ頓狂な声に顔を顰める。『ポキリ』と、手元で芯もあらぬ方向に折れて音を立てる。

「あいたたた……。急に大声出さないでよ、アスカぁ」
「何言ってんのよ、アンタっ。最初に人を誘っといた癖に。今更、他の相手と行くってぇのォ!?」
「大声出さないでってば。それに第一、アスカ、つまんなさそうだとか散々言ってたじゃないか」
「で、で、でも! 行かないとは言わなかったでしょうが!」
「えっと……、そうだったけ? でも、アスカもそれっきり何も言わなかったし……」

(ちゃんと予定を立てるのを待っててやったら今日になっちゃうし、だからわざわざ訊いてやったのにー!)

「もう良いっ!」

唖然とするシンジを置いて、アスカはドスドスと乱暴に部屋を出て行った。

「あ……」
「あら、来てたのね。アスカちゃん」

玄関まで来て靴を履こうとしていたアスカが顔を上げると、丁度買い物から帰ってきたユイがにっこりと微笑んでいた。
察したのか、ごめんなさいね、ほんとうにシンジったらしょうがないんだから、と表情を苦笑いに変える。

「いえ……。その、いつものことですし」

本当におばさまは綺麗なひとだ。シンジにマザコンの気があるのも仕方ないのかもしれない……。
憧れでもある大人の女性に、いかにも子供っぽい膨れっ面を見られてしまったと、アスカは落ち着かない気分だった。
もごもごと挨拶して、誤魔化すように向かいの自宅に駆け戻る。

(そうだわ。おばさまがあんなひとだから、シンジったら生まれた時から美人に慣れちゃってるのよ)

それに碇シンジの周りには昔から妙に美人が多い。
彼の従兄弟である綾波レイもそうだし、昔から通っている音楽教室の山岸マユミという一人娘もそうだ。今年になって中学の同じクラスになったのを幸いに、さかんに色目を遣ってシンジにまとわり付いている――。
だから自分のような美少女とデートが出来るチャンスなのに、ちっともありがたみという物が分かってないのだ。

(あたしとデートしたいって男子はいっぱい居るのに……)

玄関に置かれた姿見には、ちょっと釣り目が生意気そうかしらという女の子が映っていた。
にっこりと笑ってみると、その不機嫌顔も文句の付け所が見付からない美少女になる。自信だってあるし、学校の男子の間でも人気があるのはちゃんと知っているつもり。
それでも、あの幼馴染はアスカの自分の容貌に対する自惚れが通用してくれない癪な男の子なのだから。



◆ ◆ ◆

――30分後、アスカは何とも困り果てた顔で隣家のドアの前に立っていた。
ドアノブに手を掛けたり、いつもは使わないチャイムを鳴らそうとしてまた指を引っ込めて見たり。

「……何とか午前中の内に仕上げさせるのよ。そうよ、もたもたしてる暇なんて無いんだから……」

いつだったか珍しくシンジが褒めたことのある黄色いワンピースに着替えた片手には、すっかりと仕上げられた宿題の束が握られているのだった。


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