< 注意 >



この話には痛い描写が含まれています。
烏賊同文。






─ 異種遭遇 ─

「FORBIDDEN SPACESHIP」



書いたの.ナーグル




 巨大輸送船、ネルフ内部には微風が吹いていた。
 それは低重力という環境下で生み出されたものだが、まるで獲物を誘うように彼方から吹き付ける。

 風が髪の毛をなぶる中、スペースチタニウムの弾丸を撃ち出す、極めて強力な携帯火器を押っ取り刀で構え、静かにマナとレイは通路を前進する。アスカ達と二手にわかれてから既に30分あまり、その間、なんの変化もなかったが2人は些かの気のゆるみがない。

「現在、医療・調査研究エリア手前にまで来ました。
 状況に変化なし。
 …調査に入ります」

 スーツ越しに肌を舐める続々とした悪寒を押し隠し、マナは努めて冷静に状況を記録する。ふぅ、と溜息をつく。
 もし自分たちが志し半ばに倒れても、誰かがこの録音と映像を入手し、自分たちの二の舞にならないことを願って。

「これより、研究棟に入ります」










「真っ暗ね、綾波さん」
「先にコクピットに行くべきだったかも知れないわ」

 暗闇の中を2人は歩を進めていく。状況説明が半分、愚痴が半分の会話を交わしながら。会話している間も、2人の目と耳は周囲に意識を向けている。いつ、どこから何が襲いかかってもすぐに対応できるように。

 ピチョーン。

 どこからから、水滴が規則正しく落下する音が聞こえる。
 マナはわずかに耳に意識を集中させ、その音がどこから聞こえるのか探ろうとした。しかし、巨大な倉庫とも言うべき宇宙船内部は、通常では考えられない広さと深さを内に秘めている。

「だめだこりゃ」

 すぐにマナは頭を振って水音を意識から閉め出した。不可能だとあっさり判断したからだ。
 水の落ちる音がする…つまり、重力が作用しているエリアがあると言うことなのだが、複雑に反響する船内では、場所を掴むことは例え専門の訓練を受けたマナでもできなかった。

(でも手がかりがあると思うんだけどな〜)

 もっとも、さして期待はしていなかったので落胆はなかった。
 今自分たちがいる場所…荷物搬入にも使用される、長く幅広い通路はとても音が反響する。作りが風呂場などと同じなのだ。重力の掛かり方も、足下だけに作用していて腰から上の部分にはほとんど作用していないと言う環境下だ。当然、反響一つとっても非常に複雑になっている。

 ふん、と嘆息しつつマナは銃を肩に担いで背伸びした。
 複雑に絡み合った重力と無重力の境に位置する、控えめな彼女の胸が、装甲の下で物理法則を無視した動きで揺れる。
 だからどうしたというようなことだが、どことなく異性に胸を愛撫されてるように思えて、マナはその感覚が嫌いではない。
 これが彼女の同僚のアスカやマユミ、上司のミサトやリツコならそれはもう、ばいんばいんと景気良く揺れただろう。某女艦長とかそんな感じで。

 …羨ましくなんかないやい。

 それはともかく、彼女達は今どうしているだろう。
 船全体を包む強力な精神ノイズのせいで、アスカは勿論、エヴァンゲリオンで待つマユミとも連絡は取れない。いつもなら心強い銃の重さも、今はあまり彼女の心を慰める役には立たなかった。とにかく仲間がいないことが心細かった。見た目や普段の言動に反して、結構寂しがりで恐がりなのだ。
 船内のあまりの広さ故に、二手に分かれたのだがそれは失敗だったのではないだろうか。
 正直、レイと一緒にいるのはあまり気分がよいものではないのだ。

「…大丈夫」

 そんな彼女の不安を見越したように、いつもの鉄面皮を崩すことなく、レイは淡々と呟いた。マナはレイなりの思いやりと励ましに、照れを隠そうともせず苦笑し、『元気になったよ大丈夫!』というように肩をすくめた。
 そう、ヒカリとアスカ、あの2人がどうこうなるはずがない。


 数分後、願いが無惨に踏みにじられることになるとは、このときマナは思いもしなかった。











 研究棟には何もなかった。見事なまでに何もない。ファイルの類も、研究に使うコンピューター、据え付けの机と椅子が無造作に放置されているだけだった。ふと、なぜ輸送船に研究棟があるのだろうと不思議に思ったが、マナはそれ以上考えることはしなかった。余計なことに首を突っ込みたくないと思ったからだ。面倒事に首を突っ込むのは本意ではない。
 しかし、胡散臭さは彼女が望むと望まずに関わらずいや増していく。
 医務室、検疫室、空気浄化プラント、いずれも全くの無人で、そして無人にも関わらず2人が室内に足を踏み入れると、明かりが灯り、待機状態だったいくつかの機械はうなりをあげて活動を再開した。
 予備電源でも動く自動ドアや、重力床、移動回廊とは訳が違う。
 誰かが…あるいはなにかが…この船を動かしている。

「いよいよもって怪しくなってきたじゃない」

 強がるように独り言を呟き、マナは船医のプライベートルームに足を踏み入れた。唇を舐める。独り言は彼女の癖だ。特に、レイと組むようになってからはそれが顕著になっている。
 何も喋らない彼女と長時間一緒にいるのは、とにかくストレスが溜まる。もう少し何か喋ってくれれば、多少は間が持つようになると思う。レイと無言のまま一緒にいて平気なのは、渚小隊の名物男とマユミくらいだ。あと、加持小隊のケイタ、そしてシンジ…。

 それはともかく、よく似てる似てると言われる2人だが、外見はともかく、内面は全く似ていないと思う。

「手がかり手がかり…ってレイちゃん大胆」
「問題ないわ」

 確かに、外見や一部行動はよく似てるかも知れない。認めたくないが、大雑把なところはそっくりだ。手がかりを求めて無造作に机をひっくり返すレイ横目で見つめて、マナは小さく嘆息した。



「そっちはどう?」

 当たり障りのない内容しか記されてない端末内の情報を斜め読みしながら、マナはレイに状況を尋ねた。レイは質問に答えず、端末の画面を見つめて無言のままでいたが、やがて顎でマナを促した。彼女の視線の先には、彼女達が入ってきたのとは別の扉、重厚な、船の中心方向へ通じる扉が見えた。
 情報がなかったから次に行こうと言うことなのだろうが、それにしてもレイの態度は些か不躾すぎる。育ての親の顔を見てみたい。元がにぎやかな性格のマナは、あまりに相手の反応がないと不安を感じてしまうのだ。そう言う意味でも、あまり相性が良いと言えない組み合わせかもしれない。

「そういう態度はないんじゃないかな」
「…問題ないわ。必要な情報は充分伝わってるはずよ」
「確かにそうなんだけどさ〜。もうちょっと潤いって物が欲しいのよね〜。
 もしかしてレイちゃんって私のこと嫌い?」

 ともすればきつい口調になりそうな自分を努めて押さえる。どうしてこの人はこんな虚無的な性格なのだろう。

「………」
「おわっ!?」

 いきなり振り返ると、レイはじいっとマナの顔を見つめた。それこそ、今まで冗談めかした口調でオチャラケていたマナが戸惑い、狼狽えるくらいに。大きな瞳が、じっとマナの顔を射抜く。怒ってるのだろうか。まさか、レイちゃんと呼ばれるのは本当は凄くイヤだったとか。

「な、なに?」
「…別に」

 そして唐突に視線を戻すと、何ごともなかったかのようにまた歩き始める。
 嫌いなのかそうでないのか。レイちゃんと呼んで良いのかそうでないのか、判断が付かない。前半はともかく、後半はどうでも良い。

「あ、ちょっと待ってよ(なんでいつもそんな身勝手なのよあんたは)」

 静と動、タイプが違う自分たちは、あまり良いコンビではないのではないだろうか。
 こんな事を考える辺り、先祖代々軍人の家系に生まれた彼女であるが、実はそんなに軍人に向いていないのかも知れない。
 こうして無表情のレイを見ていると、かつて母親が自分に向かって『それ』と呼んだことを思い出して陰々滅々と心が沈む。

(そっくりなのよ。あの女と…私の母親と)

 あの冷たい目。

(ちょっとは喋れ、この能面女)

 勝手に先に進むレイの背中に、マナは聞こえないように悪態を付いた。自分がこんな陰口じみたことを思ったり、まして口の中で呟くなんて。





 さらに十数分が過ぎ…。
 2人は運命の時を迎えていた。

 いくつかの扉と通路を通り抜けてたどり着いた場所。
 マナの所持していた探知機が伝える、熱反応と動体反応が存在する農業プラント。

 食用兼空気浄化用の植物が生えているはずのプラント内部は、いまは完全に様相を変えていた。少なくとも、マナ達が見知っている植物プラントとは似ても似つかない。
 たたき壊され、ねじ曲がった扉から見えるのは宇宙船内部とはとても思えない異世界だ。
 ギルーク星の甲冑生物、鯨座タウ恒星第三惑星の毒虫を前にしても些かも怯まなかったレイですら、その赤い瞳を戦慄かせて部屋の中心に鎮座坐している物体を見つめる。


 じゅるおおぉぉぉぉ。


 厳しい顔のレイの横では、スーツの下で鼓動を激しくする心臓と、悲鳴を漏らしそうになった口を必死に押さえ、マナは目を恐怖と嫌悪にゆがめる。ともすれば吐きそうだ。

(うええっ、何の冗談なのよ)

 清浄な水をたたえ、稲に似た植物がびっしりと生えていたはずの床は、腐葉土が底に溜まり、粘ついた粘液がちょっとしたプールのように一面を覆い尽くしていた。そして部屋の中央には、本来ならあるはずのない巨大な物体が鎮座している。

「なん、なんなの」
「……」

 異様な臭気、粘つくように湿った空気、即座に汗ばみそうな気温の中、赤黒く不気味に震える肉塊がそこにいた。
 ぶるぶると震え、時折、煙突のような突起から硫黄ガスのような黄色く濁った気体を吐き出していることから、それがなにかのモニュメントなどではなく、生きた生物であることがわかった。

 逆さにしたキノコの傘とでも言うような形状の物体が部屋の中央に鎮座し、四方に根のような触手を張り巡らせていた。その中心から、赤黒い巨木がそびえ立っていた。数十メートルはありそうな高さを持ったそれは、天井を突き破って周囲に枝葉を…透明な触手を張り巡らせていた。いったい、どれほどの巨大さがあるのか見当もつかない。ただそのミミズがのたうつような動きからだけでも、相当長い触手であることは見て取れた。

(…木。と言うより、蛸と芋虫が混じったような。気味…悪い)
(今も、成長し続けている? あの枝を、触手を通気口や天井の隙間に張り巡らせて…)

 それが周囲を人間のようにも見える不気味な生き物に傅かれ、泥濘の中踊るように触手を空に揺らす。遺伝子の悪ふざけが生んだ最悪の悪夢だ。
 巨大生物の周囲では、人型生物が思い思いに女達を犯し続けていた。
 女性をひたすらに犯し、欲望の白濁液を吐き出したらその場に放り出す。すると、巨大生物の触手がするすると伸びてきて、女性を捕らえて傘の中に放り込むという謎の行動を続けていた。
 ありとあらゆる行為が目の前で行われていく。正常位で、座位、後背位、騎乗位、側位…。経験が少ないマナは、赤面し、まともに見ることもできない。

「…見て」
「無理だって。気持ち…悪い」
「いいから見て」

 語尾が強いのは、もしかしたら怒っていたのかも知れない。だとしたら珍しいこともある物だ。レイが感情をあらわにしたのだから。こんな時にも関わらず、恥ずかしがっているマナに焦れたのか、それとも彼女も当てられてしまったのか。
 両方かも知れない、とマナは思った。根拠はないが、それが正解の気がする。

「うう…見るわよ。どこを?」
「あそこ。ちょうど今、1人引きずり出したわ」

 レイの視線の先では、確かに他と少し違うことが行われていた。
 ずずず…と重低音の振動を伴い、ゆっくりと触手が引き出されていく。その先端には、しゃくり上げている若い女性がからめ取られていた。空中に引き上げられ、力無く手足を投げ出したままなのは、抵抗することもできないのかその気がないのかどちらかだろう。

「あの人が、どうしたの?」
「どこかに運ばれてる」 「…本当だ。どこに、連れていくつもりかしら?」

 床に放り出された女性を抱え、生物の一体がその体を肩に担いだ。そのまままた犯すのではないかと思われたが、生物はそんなことをせず、ゆっくりとどこかへ歩いていく。生物の進む先には、開きっぱなしの扉があった。

「あの扉、どこに通じてるのかしら? もう、こんな時に限ってマユミとは連絡が取れないし」
「とりあえず、用が済んだって事だと思う」
「用? 用って、そのエッチな事するのが目的なんじゃないの?」

 嘆息すると、レイはマナの呟きに応えなかった。その必要は、とりあえずない。
 まず間違いなく生物の目的は女性を妊娠させることだ。決して獲物を食料としたり、楽しみだけでなぶり殺しにするつもりはない、と思う。
 今目の前で行われてる趣味の悪い惨劇は、女性に多大な負担をかけているが、その為に死なせるつもりはないのだと思う。だから、体力を失いすぎた女性は、ああしてよそに連れて行ってるのだろう。そこでどうしているかはわからないが、適当に食料を与えて休ませているのではないだろうか。ただ、よくわからないのは、傘の中に入れられた女性に対して、何が行われているか…だが。
 いずれにしろ、生物が民間人に危害を加えていることに違いはない。銃を握る腕に力が入った。

 そのグロテスクな…自己増殖を繰り返す人間のカリカチュアとでも言うべき生物の姿と行動は色々なことを考えさせる。レイには嫌悪を、マナにはムカムカした吐き気と体の奥底で粘ついたものを感じさせる。そしてマナは、数秒間息をすることも忘れてしまった。体が疼く。
 考えまい、考えまいとするが、どうしても目を奪われてしまう。

(目を…奪われてる。違う…私は、そんなことないわ)

 「はぁ」と色っぽいため息を吐き、誤魔化すように声を荒げるマナ。

「…大変、助けなきゃ!」
「おかしいわ」
「こんな時にも冷静なのね。ってそれより、何がおかしいのよ!?」

 おかしいことだらけだとは思ったが、マナは尋ねずにはいられない。正直、こんな時でも冷静なレイが頼もしいやら妬ましいやら。

「…ネルフの乗員は全部で43人。うち、30人が男性。
 でも、あそこにいる女性の数はどう見積もっても40人近いわ。それに全員が若い。
 データにある最年少の女性乗務員の年齢は31歳。でもあそこにいるのはどう見ても10代か20代」
「え、それは…なんでかしら?」

 言われてよく見てみれば、確かに触手や人型生物に嬲られているのは若い女性ばかりだ。しかも何十人もいる。

「どういうこと?」

 増えた?
 性転換?

 いくつか考えてみたが、頭脳労働は自分の仕事ではない。
 あっさりとマナは考えることを放棄する。
 そんなマナにいつもと変わらぬ冷たい目を向け、すぐに視線を戻すとレイは淡々と答えた。

「推論。彼女達はこの船の積み荷」
「え゛? この船って、積み荷が正体不明だったけど…奴隷線だったの?」
「この船は悪名高いゼーレの持ち船。密かに奴隷の密輸を行っていても不思議じゃないわ」

 怒りと戸惑いで目を白黒させる。生きた人間をなんだと思っているのだろう。彼女らしい、真っ直ぐな怒りが顔を紅潮させる。
 マナの慌て様を意に介せず、湿りを帯びて頬に張り付いた髪の毛を撫でつけながら、レイは再び口を開いた。

「推論。別の船の乗員」
「別の船…? 別の船って…。
 あ、そういえばこの近辺の宙域って、宇宙船の行方不明事件が多発していたわよね。
 そしていずれも捜索は突然打ち切られた…」
「こちらの方が可能性は高そうね」

 女性の一人にかろうじて残った衣服の残骸を一瞥し、レイは小さく頷いた。促されてマナは衣服の残骸を遠目に観察する。すっかり形を変えてしまったそれがなにか、マナにはすぐに察した付いた。

「あ。あのチェック模様と十字架型のワッペンは、制服がかわいいことと美人率の高さで有名な聖・福音学園高等部の制服だ。そういえば、ヒカリちゃんの妹さんとジャージくんの妹さんが通ってる学校だよ」
「さすがね。……宇宙時間で2週間前、惑星オファニエルのエノク学園に無重力テニスの遠征試合に向かっていた無重力テニス部の一団が、旅客シャトルごと消息不明になったわ。でも、三日で捜索は打ち切られた」
「彼女達、この船を見つけて」


 見つけて?

 ふん、と鼻を鳴らして、レイは再び視線を虜囚となっている女性達に向けた。
 彼女達がネルフを見つけたのか、それとも見つけられたのか。短く、乱雑に駆られた髪の毛を指でせせりながら、レイは任務について説明を受けた直後のことを思い出していた。











 今回の任務は、胡散臭く、なによりあまりにも出来過ぎている。

 突然の大犬座シリウス星系から牡牛座アルデバラン星系への偵察任務。
 しかも理由がわからないシフト変更で、色んな意味で馬鹿揃いだが、戦闘力は高い仲間達は別宙域にいる。彼らがいつもと同じく一緒に任務に就いていたら、隊を分けるにしてもこれほどまでに不安を覚えることはなかっただろう。好きとか嫌いとかは別にして、彼らほど頼りになる仲間はそういない。そう、レイは彼らを信頼していた。
 …なにより彼が近くにいてくれたなら。

 任務を告げる、モニター越しに見たミサトは微塵も怪しい気配はなかった。ミサトもまた、突然の命令に困惑している様子が分かった。あの渋り…ミサトは何も知らない。

(隊長の上から命令…した人物。それが黒幕)

 ミサトの斜め上の存在…ある男の姿を想像し、レイはほんのわずかに顔を曇らせた。
 彼なら一小隊の配置を換え、もっともらしい理由で偵察任務に就けることも可能だろう。閑職に回されたとはいえ、それなりの影響力はまだ持っているはずだ。しかし、今度下手な動きを見せれば、徹底的に叩きつぶされるかも知れないと言うのに。それだけの覚悟を持って動いたのか。
 だが、だとしたら自分も…?
 もうあの男にとって、自分は用済みになったと言うことだろうか。
 あの男のことを考えるのもイヤだが、それでもあの男が自分にこだわりを持っていたからこそ、彼の…レイの思い人の役に立っていたのだ。その醜く歪んだ感情を利用することで。

「遭難信号をキャッチして、救助に向かったら…てことかしら?」
「…たぶん」

 曖昧に返事をしながら、レイは複雑な思いを抱いた。

 あるいは全て仕組まれていたのかもしれない。
 私立『聖・福音学園(幼・小・中・高・大)』の理事長は、あの髭の大男だ。話しに寄れば、テニス部の行方不明事件のあとも、他星へ遠征試合に出るシャトルが幾つもあり、いずれも行方不明になったと言うが…。
 自分たちも…なにかよからぬ目的に利用されて、いやこれから利用されようとしているのではないか。十中八九、あの男が関わっている。何かに自分だけでなく、マナもアスカ達も巻き込もうとしている。勘にすぎないが、レイはそう結論づけた。
 まだ、あの男のくびきから逃れることはできないのか…。
 何をしても無駄なのではないだろうかという、絶望にも似た思いが心と体を支配し、めまいと共にその場に座り込んでしまいそうだ。

(でもこれはあくまで疑念にすぎない)

 だから無理にマナを不安にさせる必要はない。レイは奥歯を噛みしめて意識を奮い立たせ、余計なことを口にしないことに決めた。もしそうだとしたら、これは自分が原因で起こったかも知れない出来事だから。











 無言の2人は、努めて冷静であろうとした。
 たとえ死体がいきなり目に前に落ちてきたとしても、映画のキャラクターが目の前に現れたとしても驚かない。

 スモークのような霞が充満する通路の影から、死人のように白く、やせ細った腕が浮かび上がり、マナの背後からゆっくりと迫る。
 節がごつごつと浮き上がった指先が彼女の肩に触れる寸前、素早くマナは体をかがめると銃を斧か何かのように振り回してその腕を払いのけた。重い金属が叩きつけられ、細い腕は枯れ木でもへし折るようにあっさりと折れた。
 マナは銃越しに伝わる感触に心の中で顔をしかめつつ、いっさいの躊躇無く転がった何者かに銃口を向けた。間をおかず、安全装置を解除する。

「誰っ…て、あなたは」


 驚きでマナの目が見開かれ、そして、踏みつけられた何者かのか細い悲鳴が木霊する。

「ひぃぃぃぃ! やめて、助けて…なんで、そんな」

 レイとマナ、2人の前で苦痛と恐怖にすすり泣いているのは、やせ細った中年の女性だった。衣服こそ纏っていなかったが、2人はそれが誰かすぐにわかった。あまりにもやせ細り、面影もないがネルフの女性乗組員だ。

「しまった、反射的に…ごめんなさい!」

 折れた腕から、血液とそれ以外のなにかが混じった薄赤い体液がこぼれる。この傷口は、ただ折れたのではない。

 すぐに治療しないと…。




 その暇と機会があったなら。

 要救助者である女性を背後にかばい、2人は同時に銃を構えて引き金を引いた。




 一瞬時間は戻る。
 女性の悲鳴が響いた瞬間、室内の饗宴が終わった。
 その生物…あえてウジと呼ぶが、ウジ虫はどこに感覚器官があるのかはさっぱりわからない…だが、明らかにレイとマナ、2人の気配に気づいた。植物が太陽に向かってのびるように一斉に触手を2人の方に向けた。そのまま触手をマナ達に伸ばそうとするが、一瞬の躊躇いのあと、するすると引き戻した。まだ生育は終わっていない。準備が整っていないのだ…。
 かわりに巨大生物は自らの子らに命令を下した。


『新たな生け贄だ、捕まえろ!』



 続いて赤く濁った警告灯の光の中、無数の人型生物たちが彼女達に顔を向ける。
 マナ達にはわかるはずもない。…元ネルフや他の遭難船の男性乗組員だった人間達のなれの果てだ。

「…!」

 生物本来の冷たいガラス玉のような目と、白く濁った人間自身の目が、一斉にマナ達に向き直り、そして愉悦に揺れた。彼女達は、どんな声を聞かせてくれるだろうか。そんなことを期待するように。

 そして津波のように彼女達に押し寄せる生物たちを待っていたのは、死を呼ぶ鋼の嵐だった。


『ピギャァアアアッ!』
『キョァァァッ!』
『ブジャオゥッ!』

 悲鳴とも、炸裂音とも付かない不気味な音が体育館のように広い農業プラント内部で木霊した。驚愕に打ち震えるように巨大生物の体が鳴動する。
 腰だめに構えられたスマートガンの銃口から、炎と共に鉄塊が吐き出され、迫り来る生物たちをうち倒していく。ある生物は胴体に大穴をあけられ、あるいは手足を吹き飛ばされ、黄色みがかった体液と、赤黒い体液の混合物を振りまきながら激しくのたうち回った。

「くそ、死ね! この! 近寄るな!」
「霧島さん、無駄弾が多い。無駄口も」
「ああんもう! キリがないし、こいつらしぶとい!」

 煙を噴く銃口を上に向け、片手で弾倉をはずし、新しい弾倉を慣れた動きで素早く入れ替える。対人用軟鋼弾100発入り。通常なら、これ一つで人間を何十人も倒すことができる。
 だが、この生物たちは異様にしぶとい。
 手足や胴体を吹き飛ばされても、すぐにマナ達に向かっていざり寄ってくる。足がつぶれた者は手で這い、手も失った者はナメクジのようにのたうちながら。普通の人間ならショック死するような怪我を負っても、一向に怯もうとしない。
 一人につき、20発…体を粉々に砕いてようやくとどめだ。
 ゾンビ映画でゾンビに襲われる主人公達は、こんな気持ちだったのだろうか?

 最後の弾倉の弾が見る見るうちに減っていくことに、マナは額に流れる汗を拭おうともせず悲鳴じみた声を張り上げた。

「ねぇ、対人用N2弾は使用できないの!?」

 N2弾…対人用兵器としては極めて高い威力を持つ。
 しかし、あまりにも強力なため、使用には現場の兵士ではなく指揮官の許可が必要となる。この場合、エヴァンゲリオンとも行動隊長のヒカリとも連絡が付かないため、N2弾の使用はできない。仮に使用許可があったとしても、

「ここは宇宙船の中。大穴が開いてしまうわ。それに向こうにいる人達にあたってしまう。使用は無理。
 軍人の任務は、民間人を守ること。結果、自らが犠牲になったとしても…」
「私たちは誰が守ってくれるの!?」
「………他は知らない。でも私は…碇君」

 場違いに頬を染め、新しい弾倉に換装しながらレイは呟いた。
 こんな時、こんな所で、こんな状況でなかったらヒューヒューと口笛を吹いてちゃかしてしまいそうだとマナは思う。一方で、余裕あるのねぇ…と奇妙な関心をする。あと、勝手にシンジを彼氏にしないでほしい。
 少なくとも、現在シンジとつきあっているのは自分なのだから。と、マナは渋った。

「勝手なことを言わないで! シンジはね! 私とつきあってるの!」








 マナの叫びに、レイは答えない。
 ムッとしたから…。それもある。
 だが、本当の理由は突然掴みかかるやせ細った腕の所為だ。
 身をよじって腕を振り払い、レイは能面のような表情を変えることなく、小さく淡々と呟いた。

「そう…。もう、だめだったのね」


「ひひひひぃ!」

 狂人のような笑いをあげながら、髪を振り乱して元女性乗務員がレイに飛びかかった。突然の行動に慌てることなく、レイは銃の引き金から指をはなし、ねじ回しのようにその場で体をひねって後ろ回し蹴りを繰り出す。

「『ぎゃかあっ!!』」

 悲鳴と脳漿が飛び散った。
 レイの踵は見事に女性の側頭部を蹴りつけ、髪の毛の隙間から触手を伸ばしていた寄生生物を共にうち砕く。一瞬で女性の頭と生物の体は血煙と化した。全てから解放された彼女は大量の血液をまき散らし、数秒間痙攣したあと動かなくなった。

 死んだ…!

 寄生されて手遅れだったと思うが、それでも要救助者を死なせてしまったことはショックだった。一瞬、凍土のよう冷静なはずのレイの心が、千々にかき乱された。

 その代償は大きかった。
 バランスを崩したレイは、体勢を立て直すのに数秒の時間を要してしまったのだ。

 そこに弾幕をくぐり抜けた全身傷だらけの生物の一体が彼女に躍りかかる。右腕を吹き飛ばされているが、残された左腕を精一杯伸ばし、この期に及んでも無表情な彼女の首を掴むと、叩きつけるように地面に組み伏せた。


「げふっ!」
「綾波さん!」

 すかさずマナが向き直り、レイを組み伏せる生物に銃口を向けて引き金を引く。
 しかし、硝煙を立ち上らせる銃口からはただの一発の弾丸も吐き出されることはない。

「弾切れ!?」

 こんな時に!
 無駄弾が多いと小隊の会計担当でもあるマユミに愚痴られたこともあるが、このときほど自身の不覚を呪ったことはない。レイを組み伏せている奴だけではない。傷だらけながらも、他に生物はあと3体いる。
 レイの落とした銃を拾えば…。飛び込むように銃に向かってマナは飛ぶ。

「きゃあっ!?」

 だが、跳んだ瞬間、狙い打ちされたように彼女の体は床に叩きつけられた。死んでも構わないと言わんばかり。そんな一撃だ。背骨が折れてもおかしくない一撃だが、ボディ・アーマーとプラグスーツが衝撃を殺したため、かろうじてマナは生きていた。
 しかし、鳩尾を強打されたような衝撃に、息をすることもできずマナは力無く横たわる。

「あう、ぐ、ぐっ…」

 腹を押さえ、苦痛にあえぎながらマナは頭を動かした。自分を取り囲む生物の足が、捕まえようと伸びる腕が見える。そして、必死の抵抗も空しくボディ・アーマーを引きはがれ、床に頭を押さえつけられるレイの姿が目に入った。
 格闘戦においては部隊1と言われた自分の体術が、まったく通用しないことに絶望感がいや増す。

「いや、放して。だめ、碇君」
「綾波さん」

 視界が涙でぼやける。
 じたばたと手足を振り回して抵抗するが、それらを一切意に介せず、生物はレイの体を肩の上に担ぎ上げた。これから、彼女を、自分を待っている運命は…。恐怖に下腹が重くなっていく。

「やだっ、やだっ…シンジ!」










 手足をじたばた振り回す2人を肩に担いだ生物たちは、巨大なウジのすぐ近くまで行くと、荷物を放り投げるように2人を転がした。二人は知るよしもないが、この巨大な蛆こそ冒頭でアダムと呼ばれていたものが、成長した姿だ。

「う、うあああ、ちょっと、きゃっ」
「んくっ」

 粘りを帯びた粘液の水たまりに頭から転がり込み、戦士らしくない年齢相応の女性の声を上げて2人は身をすくめた。生ぬるい水温に身をすくめつつ、泥に手をついて上体を起こして、反射的にお互いにすがりつく。スーツ越しに感じる柔らかいお互いの体と体温が、殊更2人の気持ちを苛んだ。
 周囲には自分たちが助けるはずの女性達が、力無く横たわっている。先ほどまでは哀願と喘ぎ、あるいは狂った笑いを漏らして身悶えていたが、今はぴくりとも動かない。肩で息をしたり、息も絶え絶えに震えている者が大半になっている。
 彼女達を、巨大生物の頭部の触手がとらえ、傘のプールの中へ戻していく。ぴしゃり、ボチャっと決して小さくない水音がするが、いったい中の様子は、そして中に入れられた女性達はどうなっているのか。

『ああ〜、あっ、あぁぁぁ…』
『ひぃぃぃ〜〜〜』

「なかで何がどうなってるの? 他の人たちは? ああ、いや…」

 疑問の答えは、すぐに身をもって知ることになる。普通では考えられない異様に粘ついた水音と、再び聞こえる哀切な悲鳴にマナは体を震わせた。

「綾波さん」
「逃げ場は…ないわ」

 二人の周囲は完全に囲まれていた。いや、例え囲まれていなくても、巨大生物の投げかける影の下にいると異様に心が萎えてしまう。恐怖で腰が抜けるという表現があるが、今の彼女たちはまさにそんな状態だ。とても逃げることはできないだろう。

(こういうときは、こういうときは…絶体絶命の状況ではない場合…少なくとも、すぐに殺される心配がない場合、できる限り抵抗しないでチャンスを待つ。
 そんな…)

 教練で斉唱させられた言葉が、焼けたナイフの刃のようにマナの心をえぐる。
 アスカほど割り切ることはできないけれど、それでも軍人として訓練を受けてきた2人は覚悟を決めた。決めたつもりになった。

(碇君)
(シンジ、助けて)

 かつての彼女たちなら覚悟を決めることもできたかもしれない。
 しかし、今の彼女たちは、自分自身以上に心を占める大きな存在がいる。片思いであれ両思いであれ愛する対象ができた今の彼女たちでは…。






『ぐおおおっ』
『ひぃああああっ』
『くくぅ』

 2人を取り囲んでいるのは、アスカを現在進行形で嬲っている特別なタイプでなく、全て異様にやせ細り、脳髄全てを失っているタイプの生物たちだ。その数は4体。彼女達が戦闘にはいる前までは、30体近くいたのだが、今動けるのはそれだけだ。
 生物は仲間の敵を討とうと考えているのか、それとも焦らされたことで余計に焦燥感が増したからか、はふはふと鼻息を荒くし、アスカ達を襲った生物のように順番に…ではなく、4体全てが一斉に2人に迫る。
 それもマナが想像しているのとはまるで異なる形で。


「うえっ、ちょっと嘘」
「傷を…補完しあう。まるで、まるで」

 例える言葉が出てこない。ただ、2人の口から同時に恐怖という彩りを添えられた驚きが漏れる。
 ぐちゅり、ぐちょりと腐った肉がぶつかり、混ざり合う、吐き気を催す音が2人の耳を襲う。脂肪混じりの体液をまき散らしながら、やせ細った2対の腕が振り上げられた。
 肩の上に歪に並ぶ2つの頭が、同時に腐臭のような呼気を吐き出した。そして複雑に絡み合った下半身からは、蟹か虫の様に互い違いに四本の足が伸び、人間の平均サイズを軽く凌駕する大きさの生殖器が、ごちそうに舌なめずりするように並んで揺れた。

 ほんの数分の間に、2人の前から傷ついた4体の生物は姿を消し、2体の阿修羅のような生物が軋り声を漏らし、掴みかかるように4本の手を広げていた。

「合体した…そんなのありなの!?」
「例がないわけじゃないわ。地球でも、一部の生物は、クラゲとかは生きていくために異なった個体同士が群体を作る例が。でも、これは…」

 さしものレイの口調にも、どこか震えが混じる。陽炎のような不安の影が瞳に浮かぶ。

【【ぐるるるぉ】】
【【キシャァーッ!】】


 口々に雄叫びをあげ、苦痛に身もだえするように手足を振り回す生物達。蛇口をひねったように口から涎を垂らしながら、じりじりと2人に近寄っていく。正直、こんな生き物には1ミリだって側によって欲しくはない。

 その死人の様に白く、肋の浮かんだ体とそこだけアンバランスなほどに巨大で、異様な変形をした性器を前に、自分の見知っているそれとの違いに、マナは顔を引きつらせてのけぞった。あれでは人の生殖器と言うより、肉食獣のそれのようだ。

(あんなので、私…私、無理よ。そんなの、いや!)

 レイの肩を掴む指に強く力が入る。生物に気を取られていたレイが、背中に隠れようとするマナに怪訝な目を向ける。
 刹那───、

「やっぱり、やっぱり…やだ」
「霧島さん…!」

 反射的にマナは身をすくめ、両手でレイの背中を突き飛ばした。

「あっ、うそ、私」

 直後、レイとマナは2人して目を大きく見開いた。視線が交錯し、永遠にも匹敵する一瞬がすぎる。

「霧島…さん」

 自分が直前にしたことが信じられない。初めて人を殺した時のような顔をして、マナは倒れ込んでいるレイを、そしてわなわなと震えるレイを突き飛ばした両腕を見た。

(うそ、嘘よ。私がこんなこと、あの女と同じ…自分の娘を見捨てて逃げ出すような、あの女と同じことを)

 あの時、瓦礫に挟まれて身動きのとれなくなったマナを見捨てて、母親は逃げ出した。助けの声も泣き声も全てを見捨てて。そして母親は助かった代わりに暗い負い目を背負うことになり、マナは奇跡的に助かったが、心に深い傷を負った。
 そして彼女は母親と顔を合わせることをも拒絶し、ほどなく家を出て軍に入った。以後、実家には一度も帰ったことがなく、母親の葬儀にも出席していない。

 国民を守る軍人になる…自分を見捨てた母親と違うことを証明するために、人を守ることを誓って。
 それなのに…! 裏切った、裏切ってしまった!

「違う…私は! あっ!?」

 数秒間の自身の喪失はとても高くついた。
 ぴちゃり、ぴちゃりと足音を響かせながら、粘液まみれの生物たちが一斉に腕を伸ばす。
 目の前の生物と、驚いた顔をするレイに気を取られている間に、背後から栗色の髪の毛を捕まれ、マナは体全体を持ち上げられる。鋭い苦痛が全身を引きつらせた。

「いた、いたたたっ! やめて、放して!」

 反射的に悲鳴を漏らし、マナは身をよじる。母親を一瞬でも思いだしたことが呪わしい。
 首に体重が掛かって軋み、マナは呻いた。残った別の生物がレイを床に組み伏せてるのが目に入ったが、そちらに意識を向ける余裕は今のマナにはない。
 苦痛から逃れるために、マナは反射的に立ち上がり、ぶら下がるように生物の腕をつかむ。

「くっ、ううっ!」

 そして、無防備な肢体が生物たちの前にさらけ出された。背筋を反り返らせて、見せつけるように伸ばされた胴体はボディ・アーマーとプラグスーツに包まれている。が…素肌が首から上しか露出していなくても一目見ただけでわかる。無駄な贅肉のほとんどない均整のとれたしなやかな体、ほっそりと伸びた手足、控えめな胸と臀部。
 決してグラマーとは言えないが、男なら誰しもが生唾をのみこむような体だ。しかもプラグスーツは普通なら多少垂れ下がる箇所を、まるで型にはめたように理想的な形でとどめてしまう。
 女性から見たって頬を火照らせ、恥ずかしさで目をそらしてしまうかもしれない。


 それは生物達も同じなのだろう。
 興奮した類人猿のようにハァハァと荒い息を吐き、目を飛び出さんばかりに見開く。
 ろくろ首のように長く伸びた頭部がおびえるマナの顔をのぞき込み、余った腕が無防備なマナの胸に伸ばされた。長く伸びた舌を左右からマナの顔に這わせ、大きく指を開いてスーツ越しに胸を愛撫する。まだ堅い胸に指がめり込み、絞るように乳房をひしゃげさせた。

 ぐにぐに…もにゅもにゅ…。


「いやぁっ!」

 熱い息と共にマナの口から拒絶の悲鳴が漏れた。かまわず、生物は愛撫を続ける。手の平の中心が胸の頂に来るような位置で、手の平全体を使って胸を強く揉む。まだほぐれていない乳房を強くつかまれ、マナは髪の毛以上の苦痛に顔をしかめて身をよじった。

「いたっ、いたいっ! いや、やめて! 痛いぃ!」

 マナの暴れように辟易したのか、胸を掴む腕に力を込めると、生物は髪から手を離した。同時に加減がわかったのか、胸を掴んでいた指先から力が少し抜け、しこりを感じるか感じないかギリギリのあたりで力を抜き、また指先に力を込めて優しく愛撫するようになる。生物の手に完全に収まるサイズの乳房が気に入ったのか、指先で乳首があるであろう頂点部分を転がし、うっすらと汗の浮かんだ頬を舐める。

「はっ、んん」

 緩く開いた目を彷徨わせるように動かし、苦しそうにマナは身をよじった。
 背筋に虫が這うようなゾクゾクした痺れが走り、マナの口から甘ったるい声が漏れる。

「はぁっ。ぅぅん、く、ああ」
【【ぐるるぉ】】

 わずかに脱力した隙を逃さず、生物の腕がマナの股間に伸ばされた。プラグスーツの上から着ているメッシュ状のジャケットの隙間に手を差し入れ、指先を小刻みに動かす。マナははねのけようとするが、委細構わず生物の指先が5mmほど、スーツの上からマナの股間に窪みを付けた。

「ひっ、ひぅん!」

 思ってもいなかったタイミングで敏感な部分をつつかれ、マナは反射的に悲鳴を漏らす。それは驚きが大半を占めている声だったが、先ほどよりもほんの僅かに甘い響きがあった。スーツの下の素肌はうっすらと湿り気を帯び始めている。そしてその声に勢いづいたようにねちっこく生物はマナの体を撫で回し、つまみ、舌で舐め回した。

【【ぐふっぐふっ】】

「ひぃぃ、だめ、だめぇ! いたっ、ああっ、ちょっと、いい加減にしてよ!
 だめ、ダメだってばちょっと! ねぇ! 人の話をちょっとは聞きなさ…って無理か。じゃなくて、あああ、止めてって言ってるのに!
 あ? んぐ、痛い! はっ、はぁん、あん、やめて…ダメなの、こんな! だめっ!
 こんなのダメなんだから!」

 まだほぐれていないし心が拒絶しているため、痛みが強い。だが、執拗に繰り返される指の動きは確実にマナの防衛戦を崩していく。あたかも強固な城壁が破城鎚で打ち壊されていくように。
 マナらしくない哀願の声が響くが、当然ながら生物は愛撫をやめない。堅く閉じられたマナの瞼から漏れる涙を舐めとりながら、胸を愛撫する腕はパン生地をこねるようにしていた大胆な動きから、繊細な果物をつまみとるような動きでスーツの先端部分を愛撫する。チューブを絞るように、強く、大胆に。そして残った腕は、ぶるぶると震えるマナの体をしっかりと押さえつつ、スーツを引き裂こうとするように内股をなで回し始めた。

「や、やめてよ。そこは、そこは! やだったら!
 やだ吸い付いてくる、はぁっ、撫で回さないで! やぁ、やだっ!
 ひくっ、くぅん…。ひぃぃ、こんなの、だめぇ。だめっ、だめっ…だって。
 いやぁ、いや…。いやっ、いやっ、いやっ、いやぁ」

 さすがに最後の防衛戦を攻撃されて髪を乱して激しく暴れるマナだが、生物はそれを赤子の戯れであるかのよう容易くいなしていく。振り回した手を受け止めてねじりあげ、暴れる足を太股の部分を掴んで押さえ込む。そしてよじられる胴をしっかりとつかんだ。
 言葉通りに魅惑的な太股にぶよついた指がまとわりつく。
 いやらしさのない健康的な尻を、舐めるように指が撫でた。

「ひっ、やだ…こんなの」

 明らかにマナは狼狽していた。
 生物の行動は、野生動物が繁殖のために交尾をするというものとは明らかに異なっている。犯すのならばすぐに犯せばいいのに、必要のない愛撫を執拗に繰り返し、獲物であるマナの心を崩すことを目的にしているようだ。
 それは普通に人間から強姦される以上に屈辱的で、恐ろしいことだった。ただの強姦ならまだしも耐えられるが、だが生物は明らかにマナを官能のうねりで感じさせることを目的にしている。どんなにマナが生物の指先の感触を、指先が生み出す快楽を、自分の内から溢れる熱い蜜を否定しようとしても、その覚悟以上の強さで心の壁をうち砕かれる。

「ひっ、あい……っ、くう、うぁっ! やぁ、やだっ」

(ああ、嫌なのに、こんなに…涙が止まらないくらい嫌なのにぃ)

 どんなに拒絶しようとしても、唇を堅く閉じようとしても、知らず知らずの内に錠は開け放たれる。熱く甘い息がマナの口から漏れた。
 水飴のように粘つく粘液まみれの手が、刺激を受けて幾分膨らみを増した乳房を揉みしだく。爪先立ちになり、ガクガクと震える太股をなでさするように愛撫する。べちょりと脂ぎった粘液が太股にまとわりつき、生物の手の平との間に無数の橋を架ける。

 ぞくぞくした快感と嫌悪の合間、電流のような刺激が時折混じる。
 カタカタと間のないマナの震えにあわせて、こすれ合うボディ・アーマーが乾いた音を響かせた。自分の愛用した道具にまで笑われているようで、虚な風がマナの心を嬲る。

「はぁ、はぁ、はぁ…………んんっ。やめて、よぉ。こんな、こんなの。
 どうして、こんなのに…こんな…こと、されてるのに。あああ、あはぁ、どうしてこんなに…。
 体が、痺れ、───っ! むぅ、んんっ」

 荒い息をはき続け、だらしなく開いた口に、生物の舌がぬるりと進入する。巨大な蛇か何かのように自在に動くそれは、甘い香りのするマナの口腔内を念入りに犯す。苦しい息の中、マナは鼻で息をしながら舌を使って必死に追い出そうとする。いや、これは幸いと歯をたてて噛み切ってやろうとするが、暴れすぎたからかそれとも別に要因があるのか、痺れきって力の入らない彼女の顎は、まるで優しく愛撫するように生物の舌を甘噛みするのだった。

(うぐ、歯が立たない…。それどころか、喉の奥までっ!? 食道を降りて!?
 やめっ! やめて! あうっ、くっ! 息が…いやぁ、気持ち悪い…)

「もごっ、うう、クチュ…ん、ふあ、あ。んちゅ…くちゅ、んっ、んんっ」

 口を犯されている…。我ながらとんでもない考えにマナは吐き気を覚えた。
 手足を動かすのも億劫になるほど体力が急速に失われていく。執拗に愛撫されているからと思ったが、それだけが原因ではないようだ。大気に混じる甘ったるい匂いをかいでいると、時間の感覚さえも怪しくなっていく。
 この匂いにはマナは覚えがあった。
 惑星ナルキッソスの寄生蜂が獲物に嗅がせる麻酔ガス、それによく似ている。ガスをまともに吸った生物は、はっきりとした意識をとどめたまま、指一本動かすこともできなくなる。そして生きたまま、意識を持ったまま幼虫の餌になるのだ。ナルキッソスの独立派ゲリラが裏切り者の制裁に使うと言われている…。

(あうう、この、匂い…まさか)

「──っ! ───っ! ふぁっ、れろ、ふぁ」

 そうと悟った瞬間、びくん、びくんと大きくマナの体が震えた。ぼやけたように緩い感覚だったものが、堰を切ったように一度に襲いかかる。準備の無かったマナは痺れるような快感の中、もう指一本まともに動かせない。
 上気した頬は普段の彼女が見せる健康的な美しさとは対照的な、どこか退廃的で扇情的な美しさを見せる。蜘蛛の巣に掛かった蝶のように。

「んっ、んっ、んん〜ふぅ、ん……っ、うん、うん、ううぅ」

 ずりゅ、ずちゅり…。

 口腔内に舌を突き立てられ、いやいやするように首を振る。しかし、実際には口の端からだらだらと混ざり合った互いの唾液をこぼしながら、切なげに瞬きをすることしかできない。
 歯茎や頬の内側をざらりとした舌で舐められているだけ、自分の舌を動かすのと変わらない…と考えようとするが、生物の舌が動くたびに、自分の舌を絡められるたびに体がびくりと震え、意識が真っ白に白濁する。全身の神経が、それも快楽を感じるための神経だけが剥き出しになったようにマナは思った。

 口の端からこぼれる涎の量に比例するようにマナの目から、体から力が抜けていく。しかし体は熱を持ち、輪郭がわからなくなるようにぼんやりとしてくるのに、対照的に意識がハッキリとしていく。繊細な舌が刺激をマナに与え続ける。
 夢の世界に、暗闇の底に落ちていくことができない。
 それがマナには恐ろしかった。

「ぴちゃ、ん、んん…。ふあ、ふあ、うぐぅぅ………んぶ、ううう、んぁ…ん」

(なんなの、これぇ)

 生物の舌が口の中で、ゆっくりと伸縮する。舌の表面にあるざらざらした一つ一つを舐める様にゆっくりと。口腔内の粘膜が同士がこすれあい、ざわついた快感にマナの肢体が一瞬硬直し、そして弛緩する。

(くぁ、ああっ)

 切なげな吐息を洩らし、完全に脱力したマナの首がぐったりと折れ曲がった。虚ろに開き潤んだ瞳で天井を見上げるマナの様子に満足し、生物は褒美を与えるようにマナの口腔内に大量の唾液を注ぎ込んでいく。

「んっ、うっ。……んぐっ、んっ! げほっ! うぐぅぅぅ…おっ…あ」

 反射的にマナはその唾液をゴクリと飲み込み、刹那、目を見開いて咳き込んだ。
 予想していた生ぬるい味とはまるで違う、喉の奥にこびり付くような苦み。
 背骨が心配になりそうなくらい体を波打たせ、大きく首を振り、のどの奥まで潜り込もうとしていた舌を吐き出して大きくむせる。『じゅぽっ』と湿った音をたてて舌が抜けたあと、マナは大量の唾液を吐き出した。

「かはっ…ごほっ、はっ…うううっ………うぇ、おえっ、ぐぇぇぇぇ〜〜!」

 仰向け状態での嘔吐により、胃液混じりの生ぬるい唾液が溢れ、顔と言わず体と言わずマナの体を汚す。胃液のまじったかすかに酸味の感じられる異臭の中、生物の腕の中に捕らえられたまま、マナは顔を背けてさめざめと涙を流した。
 キス(と言えるならばだが)の直前まであった覚悟は、既に消え失せていた。涎まみれの口元を拭おうともせず、しゃくりあげて涙を流す。今の彼女は年齢相応の、か弱い女性でしかなかった。

「うええっ、ひっく…えぐっ、酷い。ひん、ひん、酷い…。
 ああっ!?」

 しゃくり上げていたマナが、突然驚いたように目を見開いた。
 マナの涙に応えるように乳房に絡みついていた指が、ささやかなマナの胸を、谷間を作るように寄せあげたのだ。不意打ちとも取れるその行動に、マナは助けを求めるように頭を動かし、そして目を伏せた。馬鹿なことを…。助けなんてあるわけがない。
 ボディ・アーマーに隠れてその動きは外からはわからないが、胸部装甲がごそごそと動き、時折内側から突き上げられる。
 見えはしないが、どうなっているかはそれだけでわかる。マナの乳房は生物の手の平で乱暴に揉まれ、執拗に形を変えさせられているのだ。さほど強烈というわけではないが、その(幾分)弱い刺激は毒が蓄積するようにマナの体に残っていく。こねくり回す生物の手に伝わる、堅いしこりの感触がマナの体が喜びに打ち震えていることを如実に物語っていた。

「いやぁぁぁ…。もおダメ、ダメだって…た、助けて。やめて、よ…あ、はぁ…。
 あぅんっ、くっ」

 鎧の下では、粘液で濡れた指先が、何度も何度も滑るように乳房の上を行き来し、堅くなった乳首の上を何度も擦って弄ぶ。つねり、つまみ、強く押しつぶされて小さな悲鳴を上げるマナ。いつの間にか痛々しいほど胸の先端は堅く盛り上がっていた。執拗な指の動きで粘液は泡状になり、指の動きをよりいっそう滑らかにする。豪快な性格の彼女らしくない、控えめな乳首が指の間に挟まれ、指先で転がされ、絞り出すように弄ばれる。

「はぅ、あっ、あっ、ああっ…ひゃっ…あっ。そんなにされたら」

 霧で包まれたぼんやりした思考の中、マナは突拍子もないことを考えてしまう。小刻みなバイブレーションで弄ばれる乳首の先端をマナは見つめる。

(おっぱい出る…出ちゃう)





 スーツを脱がされ、直に乳首をつままれたら…ぴゅーと絞ったように母乳が出る。





 もちろん、妊娠していないマナから出るはずもないのだが、あまりにも執拗な胸への愛撫でそんなことを考えずにはいられない。

(感じちゃう。感じちゃってる。おっぱいいじられて…だめ、あぁっ)

 ぐちょ、ぬちゅり、ぐちょ…。

「いやぁ、……どうしてこんなっ、くぁっ、事を、なんで、ああっ」

 甘美な快感に貫かれ、頭を生物の胸に預けるようにマナは首を仰け反らせる。額に汗を浮かべ、淫らに体を揺らし、溶けていくような快楽にマナは完全にとらわれている。生物としては挨拶代わりの軽い愛撫…のつもりなのなのだが、マナはもう何も考えられなかった。
 無理につま先立たされたこともあり、足全体でガクガクとした震えが強くなる。もはや痙攣と言った方が良い状態になっている。苦しげにマナの眉根が寄った。

「…………ふ…ぅ」

「────っ! ああ、あぁ。くぅ、ぁ」

 唐突にマナの体が崩れ落ちる。貧血を起こしたように完全に力が抜け、今にも前のめりに倒れ込みそうになるが、その動きは急に止まる。

「ふぁ…なん、あっ? なんで…わたし…」

 突然肩に感じた冷たさに、心臓がトクンと高鳴った。
 のろのろと見開く瞳に火照った自らの素肌が飛び込んできた。しっとりと汗ばみ、程良く湿った肌が…。全身を覆っていたはずのプラグスーツはどうなったのだろう。快楽でとろけたマナの脳は明確な答えを考えられない。熱に浮かされたようにうつろに視線をマナは下げていく。



 ぼろぼろに腐食した留め具は、なおもボディ・アーマーを身に纏わせていたが、その下のスーツは無惨な有様になっていた。
 執拗な愛撫に体を赤くし、産毛まで逆立たせた素肌が露出していた。艶めかしい肌は油でも塗ったようにテラテラと輝いている。気がつけば直に胸を擦る堅いプラスチックの感触に、マナは溜息のような息をもらした。

「はぁ…え? え?
 うそ、スーツが…溶けてる」

 肩をなで回す生物の手にくっつくようにして、熱した石油製品のようになったスーツが引き剥がされていく。
 マナの体は、その危うい均衡の綱引きによって、倒れ込むことを否定されていたのだ。

「なんで、なんで? 嘘でしょ!? きゃっ、ちょっと見ないでよ!」

 今更ながら裸の胸をさらけ出す恥ずかしさに顔を染め、自由になった上半身をかばうように両腕で胸を隠すマナ。しかし、その間にも生物の腕はとろけたスーツの残骸を上半身から引き剥いでいく。



 生物の体からこぼれる体液…それは女性の性感を高ぶらせると同時に、特殊炭素繊維に代表される物質、ぶっちゃけた話、マナ達が戦闘服として使用しているプラグスーツを腐食させる効果があるのだ。
 その効果はそう高いものではないが、今マナ達がいる場所は床一面に粘液が溜まっている。アスカ達とは比べものにならない早さで、2人のスーツは腐っていった。

「プラグスーツが、溶けてる…くっ、いい加減にしてよっ! なにが楽しくて、スーツを脱がすのよ!
 やだ、ちょっとそんな風に胸揉まないでよ! いやみ!?
 んっ。ふあっ、あっ、あっ!?」

 スーツの惨状に気を取られていたマナは唐突に体を硬直させた。見開いた目にとまどいが浮かび、何かを探ろうとするように指先が空を掻く。
 生物の下半身が動き、マナの腰に押しつけられる。

「ふぁあっ! あっ、あああっ!」

 堅くいきり立った怒張がぐりぐりと敏感な部分を擦り付けられる。それをきっかけに全身を震わせ、マナは腰を支点に前傾するように倒れ込んだ。全力疾走の直後のように大量の汗が体中に滲み、上半身に残っていたスーツの残滓が、肘から先と腰の一部を除いて全てはぎ取られる。そして粘液と汗によって、スーツの残骸が腰帯のようにマナの太股に張り付いた。
 間髪入れずに伸ばされた生物の腕が、剥き出しになったマナの胸を手の平全体で包み込むように掴む。そして残る腕が崩れ落ちそうになるマナの腰をしっかりと支えた。
 そして足の付け根や内股を這うように、蛇のような生物の2本の性器がうねる。待ちきれず吹き出た山芋のようにぬるりとした粘液が、内股を伝って床の水たまりに悪魔の笑みのような波紋を作った。

「んふっ、う、ううぅ〜、気持ち悪い。あぁ、はぁ、はぁ」

 急な倒れこみで頭を激しく揺らし、軽い脳しんとうになるマナ。だがそこで意識を失うことは彼女には許されない。ぼんやりとなる意識を貫くように、形容できない甘やかな感覚が下半身を中心に貫いてくる。風邪をひいたように熱っぽくなるのに、無理矢理意識と感覚が鮮明にされていく。
 腐食しているのは、上半身部分のスーツだけではないのだ。

「い、あ…ああぁ」

 想像以上のうずきに唇を堅く噛みしめ、マナは腰を小さくよじって全身を駆けめぐる電流を耐える。
 生物の性器が擦り付けられていた内股、秘所を薄布一枚で覆っていた部分も、今はシャボン玉の膜のように頼りない状況になっている。光を当てたら、何もかもが透けて見えそうだ。
 そこを容赦なく生物の指が撫で擦った。

「あっ、んっ! ひっ!」

 堅くそこだけ別の生物のように凝った性感の中心、隠核を生物の指が擦りあげる。目を堅く閉じ、首をそらして大波に耐えようとするが、それはあまりに意味のない行為だ。彼女の頑なな思いと裏腹に、ほどよく潤った体は快楽の波に嬉し泣きをするように汗と愛液を漏らすのだった。
 マナの体が震えたあと、生物の指先にはスーツの残滓とマナの漏らした熱い滴りがこびり付いていた。
 ツーと粘つく糸を引きながら、生物の体液とは違う粘液が、マナの淡い陰りの奥から床に滴った。何の意味があるのか、撫でるように生物の腕がマナの下腹を撫でる。

「あああっ、体中が、痺れて…ひ、ああ、すご……い…」

 上気した息と共に涎を口の端からこぼれる。そして両目からまた美しい涙がこぼれる。汚濁と屈辱にまみれた淫獣と美女の交わりの中、それだけが宝石のような美しさだった。
 それは屈辱と悲しみ、そして絶頂の余韻の果てに流れた涙だった。













 べちゃり。

 後頭部がぶよついた腐葉土にあたり、粘液をまき散らす音が小さく響いた。一瞬目眩がして、視界がぼやけた。乱雑と言っていい具合に刈られた髪が水を吸って、冷たく頬に張り付く。冷たい感触が何とも言えず気持ち悪い。
 怖気と共にわずかに痛みを感じ、さらに脳を縦に揺すられたことで目が回りそうになるが、レイは全く表情を変えようとしなかった。そして一言も声を漏らさない。横で様々な音程で悲鳴を上げ続けるマナとは全く対照的だった。

「………………………………」

 ただ、凍り付いた湖のように冷たく、堅い瞳で生物を静かに見つめ返すだけ。

 抵抗がないことに戸惑っているのか、それともつまらないと思っているのか、生物は僅かに躊躇しながら横たわるレイの両足首を掴んだ。
 力の加減がわからないのか腱が軋みそうな強い力だが、レイは僅かに眉を動かしただけでそれ以上の反応を示さない。

【【……ぐるっ】】

 小さく唸ると、生物は残った腕と足でレイの腰を押さえ、体操でもさせるように大きく左右に足を開き始めた。これ以上ないくらい広げられるが、やはりレイは一切の抵抗を示さない。糸の切れた人形のように無抵抗のまま、わずかに目を動かしただけだ。
 太股からつま先まで一直線にピンと伸びた足が匂い立つような色気を醸し出す。筋を浮かせ、産毛を立たせた白い首筋に生物は唾を飲むように喉を鳴らした。
 完全に無防備な姿をさらしても、まだレイは表情を変えることはなかった。
 レイは足首を捕まれて逆八の字のような姿勢をとらされる。後頭部と足先を地面に付け、腰を真上に向けた天地逆にでんぐり返った姿勢だ。常人なら筋を痛めても、骨が折れてもおかしくないくらい無理な姿勢だが、レイはほとんど表情を変えることなく、生物の責めを受け止めていた。

 それは虚勢を張っているわけでもなければ、心ここにあらずとなったわけでもない。

 元々、サーカスにでも出られそうなくらい体が柔らかいと言うこともあるが、それ以前に彼女は自分自身がどうなろうと、基本的にどうでも良いと考えているからだ。レイは命という物に対する考えがとても希薄なのだ。それが自分自身であっても。

(こんなの…なんてことないもの)

 そう、あの日々…。あの男に弄ばれ続けた日々に比べれば。器用に留め具をはずし、ボディ・アーマーを引き剥がしてスーツの上から胸の頂に舌を這わせる生物を、醒めた目で見つめながらレイは何も感じなかった。

(勝手に…すればいい。私には関係ない)

 長い間忘れていたことだった。
 それが思いもかけず、先ほどのマナの行動で思い出してしまった。
 人は信じるに値しない。信じた瞬間裏切られる。ならば自分は裏切られることがないように人を信じない。あの日、シンジに出会った日までずっとそうして生きていた。懐かしい、出来れば一生忘れていたかった荒涼とした心の中に風が吹く音が聞こえた。

(わかっていたはずなのに…私はなんで驚いたのかしら?)

 本心はどうあれ、屈託なく自分に接してきたマナ。彼女はあっさりと裏切った。
 でも恨みはしない。…人間とはそう言う物なのだから。





 レイがそこまでなにもかもに対して冷淡なのには理由がある。
 彼女の生い立ちが深く、関係している。


 14年前、とある計画が極秘裏に進められた。
 宇宙軍をより強力にするため…その実、とある男が自身の影響力を強めるために行われた計画だ。
 サイコソルジャー計画。別名エンジェリックインパクト。


 彼女は、人間兵器として作られた存在だった。

 計画推進者である、一人の女性科学者から提供された卵細胞を元に生み出された100人のクローン。全員に強力な精神障壁を展開する能力を有する、惑星エノクの生物の遺伝子を組み込まれた。

 精神の力を具現化し、強力な精神障壁を生み出す生物兵器。実用化されれば軍事的な革命を起こす画期的な発明となるはずだった。
 しかし、100人の姉妹の内、70人は人の形すら取らなかった。あまりにも異なった生物同士を掛け合わせる…無理がありすぎたのだ。
 彼女達は不気味にねじくれた出来損ないの肉塊となりはて、培養カプセルの中で短いと言うには短すぎる生を終えた。
 人の姿をとることができても…20人は体に様々な異常をを持っていた。内臓の欠損、手足の異常発育、なによりか細すぎる生命力。20人の姉妹達もまた、失敗作として処分される前に死んでいった。
 残る10人は培養カプセルの中、1ヶ月で4歳児の体にまで育てられたあと、初めて空気に触れて産声を上げることを許された。しかし、7人は様々な理由からやはり処分されていった。大気に適応できずに窒息した者、免疫力が全くなく、数時間の内に感染症で死亡した者、酸素に触れた瞬間体が腐っていった者…。
 生き残った3人のうち1人が彼女だ。

 ただし、レイ自身もある意味失敗作だった。
 色素異常という部分はあったにせよ、唯一の健康体として生まれた彼女であったが、彼女は計画者達が期待した能力、つまり精神障壁の展開能力を持っていなかったのだ。
 あの時のことはよく覚えている。
 2人の姉妹がちやほやされる一方、

『…失敗作』

 自分にそっくりな顔をしたあの女性…主任研究者の碇ユイ博士は感情を感じさせない調子で言った。書類にサインし、担当者に確認をもらってそれっきりレイのことを忘れてしまう。思うに、彼女がレイという存在を認識していたのは、あの数分間だけだったのではないだろうか。
 感情の感じられない、文字通り実験の確認をしているだけの抑揚のない言葉を思い出す。
 吐き捨てるようにそう言ってもらった方が、まだ良かったかも知れない。自分は理不尽な怒りをぶつける価値さえもない。そう断定されたのだから。


 いらない。
 無駄。
 不要。
 なぜここにいる。
 なんのために?
 どうして?

 望まれずに生まれた。望むものを持ってなかった。それが自分だ。

 その一方で、碇ユイは一人息子を溺愛していた。
 彼女が子供を嫌いだったなら、まだ諦めはついたかも知れないのに。














「───っ! あ…………っ、はぁ」

 反射的にくっと唇を噛みしめながら、物思いを破った蜂の一刺しにレイは体を震わせる。疼くような刺激が全身を痺れさせていく。苦痛を堪えるような呻きに重なる伴奏のように、淫猥な音が噴水のように迸った。


 ずちょ、ぶちゅ、ねぶりゅ、にちゅ…。

 レイの股間に生物が唇を這わせる。妖艶な音を響かせながら、執拗に生物は舌を動かす。レイを嬲るように口をすぼめて、まだ小さく包皮の中に隠れたままの陰核を探し求める。もっともスーツを脱がさない状態では些か難しいだろう。

「くっ」

 それでも形のいい小鼻から絶え絶えに息を漏らし、煩わしそうにレイは顔をしかめる。愛撫されている秘所ではなく、なぜか足先から痺れていく。愛撫による快感を心地よく感じる一方、とても嫌なことを思い出して仕方がない。今の彼女は快感半分、嫌悪半分でマナのように溺れそうになっているわけではないらしい。
 感じていないわけではないが、レイは性行為やそれに類する行為が好きではない。
 なにより、考え事が中断されるのは煩わしい。

 しかし…。

(少なくとも、今この生物は私を必要としているのかも知れない)

 だからと言って受け入れるつもりもないが、少なくとも無駄な抵抗はしないでおいておこう。
 この生物の目的が自分たちの捕食だったら、こうも落ち着いて入られないだろうけれども。ともあれ、性行為が目的だとしたらいずれ隙を見せるはずだ。ライオンや虎などの動物も、事が終わったら雌を放り出してよそに消えることはよくあることだ。敢えてカマキリや蜘蛛などの生殖行動は考えない。  爛れた欲望を満たし、彼女たちへの興味を失ったとき…。その時、逃げ出すチャンスがあるかも知れない。無駄な抵抗を続け、激しく暴れ泣き叫んでいるマナを横目で見ながら、小さくレイは嘆息した。

(………………………)








 ふいに股間に先ほどまでとは違う熱を感じ、レイは視線を頭上(?)に向けた。柔らかく盛り上がった胸が邪魔をしてよく見えなかったが、胸の谷間の先になにか影のようなものが見え…そして一瞬ギクリと目を見開く。ぐちゃぐちゃの挽肉の固まりにしか見えない生物の頭部が、股間に荒い鼻息を吐きかけている。

「なっ」

 よく見てみれば、いつの間にかプラグスーツは敏感な女の部分を覆っていたところの周辺だけ、綺麗に引き剥がされていた。一体どうやったのかレイにはまるで見当がつかなかったが、熱く湿った鼻息が嫌と言うほどに現実を突きつける。
 異様に白い肌と、毛が一本の生えていない秘所が寒そうに震えた。

「──っ!」

 固まったレイの眼前で、そこだけ異様に赤い生物の顎が蜘蛛のように横に開き、蛭のような触手が無数に蠢く口腔内がさらけ出された。真っ赤な口腔が地獄の炎のようにレイの心に突き刺さる。
 ヒトデが足を広げたみたい…そんな感想をレイは浮かべた。
 しかし、それはヒトデなど気安く物語れるような代物ではない。

【【ぐぱぁ…】】

 間髪入れずに生物は食らいつく。股間のほぼ全体が熱く粘つく肉の中に飲み込まれた。


「っ! ………っあ!!」

 ずちゅる…ぐちゅ…べちょ…れろ…ごきゅ…むぎゅ…。

 レイの小さな悲鳴の直後、特大サイズのナメクジかカタツムリが這いずり回るような不気味に粘ついた音と、液体を嚥下する音が響いた。

「ああっ…! あ、ああっ、あ、はうっ」

 冷静な仮面をかなぐり捨て、唐突にレイは体を突っ張らせて激しく暴れた。
 股間を貫き、背骨を伝って脳髄にまで達するようなすさまじい快感が貫いてくる。

(なに!? なにかが貫いて、入ってきて、中で…!)

 覚悟はしていたが、それを遙かに越える快感にレイは我を忘れた。表情はいつもと同じなのだが、頬だけは真っ赤だ。それはあくまで冷静でいる彼女だから…なのではなく、こういう時、どういう反応をすればいいか分からないのだ。叫べばいいのか、声を堪えればいいのか…そもそもどうすればこの火山の噴火のような快感に耐えることができるのか。
 我が儘な子供につきまとわれた新任の保母のように困った顔をして、レイは勝手に動く体にとまどう。

「───っ! あっ、はっ!」

 ずるずると生暖かいなにかが敏感な秘唇を割り、複雑に絡み合った襞を丁寧に割り開いて奥まで潜り込んでくる。

(あああ! ううう、ああうあ! 意識が、そんな、はぁ…)

 訳が分からない。今自分がどこで何をしているのか一瞬忘れてしまう。意識が途切れそうになる中、無意識の内にレイの体はその場から逃れようとする。
 だが足首と足の付け根をしっかりと掴まれている状態では、せいぜい手を動かし、上半身を揺するくらいしかできない。足首を掴む生物の腕をはねのけようと、嫌悪感を堪えて爪を立てるが、半ば腐った手首に僅かに指が潜り込む程度だ。
 レイが無駄な抵抗をやっているその間も、粘ついた水音と断続的なレイの悲鳴とも呻きともつかない声がが響く。

「はっ……はっ、はぁぁぁ。くぁ、はっ! ────んああっ」

 ずちゅずちゅずちゅずちゅ、るぶじゅ、びちゅ、ずちゅ…。

 レイ自身体験したことのない、気が狂いそうな官能のうねりの中、雪のように白い肌が桜の花びらのように桃色に染まっていく。激しく首を振っている所為もあるだろうが、全力疾走直後のように息が早く、荒くなっていく。隠しようもない甘美な快楽に悶えながら、足指までピンと伸ばして体全体で喜びに震える。

「くぅん……………………ふぅっ………ぁっ。っあ、うああっ」

 小さいが、だが間違いなくレイは愉悦にまみれた悶え声を漏らした。恐らく、この世でその声を聞いたことがある人間はただ1人だけという甘い声だ。紅潮した頬に、子犬が甘えるような鼻に掛かった吐息。細首を仰け反らせ、後頭部を床の泥に擦り付けながら、レイは聴いてるだけで切なくなるような声で啼いた。

(潜り込んできて……。お腹の中で…なにかが、細長い何かが、動いて…。出したくないのに、その気もないのに、勝手に、声が、はぁっ)

 ずちゅずちゅずちゅずちゅずちゅずちゅずちゅちゅちゅちゅちゅ……。

 止まることのないポンプのような音が続くと共に、ぶるぶるとレイの体全体が震え、アスカやマユミよりは小さいが、平均よりは大きく柔らかい胸がプリンのように揺れる。男の欲情を誘うように。
 そう、レイの本心はともあれ、しなやかな体と柔らかい胸は誘っていた。若い肌の感触は喜びに満たされ、生物の口腔内部の秘裂からは溢れるように透明な愛液をこぼしている。彼女の本意が何であれ、体は喜びに満たされていた。
 肯定するように生物は鼻からふいごのように激しい息を吐き出し、ますます激しい音を立てる。

「うっ、ぁ! ぁぁ……ん、あ! ぐぅ…っ! くぁっ!  んん────っ! あっ!」

 嫌なのに喜ぶという二律背反した気持ちがまたレイの体の感度をいや増す。呻き声と共にレイの体がガクガクと震え、全身に浮かんだ汗が飛び散った。
 まん丸で形の良い女の香りで匂い立つようなレイの胸が、カモシカのような太股がそれに合わせて誘うように揺れる。伸ばされたつま先が痙攣する。そしてレイの口から、桃色に染まった声が溢れる。

「ぁ……ぁぁぁ…ぃ……っ。ぅぅん…………ふぐ…ぅ…ぁ…………ぁぁあっ」

 生物の腐食性の体液の触れ、プラグスーツ全体が今ではグズグズに溶け落ちていこうとしている。レイの体が震えるたびに、引きつっていたスーツの至る所が伝線したストッキングのように張り裂け、下から柔らかいレイの肌が露出していく。
 今やへそまで剥き出しになった下腹部が波打つように揺れる。まるで、頬を内側から舌で持ち上げるように奇妙に揺れ動く。それに合わせ、レイの呼吸が激しさと早さが増していく。

「はぁっ、はぁっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、あぁっ!」

 嗚咽し、淫らに半裸の体をくねらせるレイの限界はすぐそこだ。

 ずっちゅずっちゅずっちゅずっちゅ…。

「うっ…ああっ!」

 痙攣したようにレイの体が震える。
 至る所に小さな穴が開き、半分透けて見えるほど腐食したスーツがとどめを刺されて大きく裂けた。ミリミリと木地が引き裂ける甲高い音ともに、水蜜桃のように甘い乳房がまろびでる。
 生物の目の前で、ブドウの皮でも剥くようにつるりとさらけ出された形の良い胸が、レイの動きに合わせてぶるぶると揺れた。その中心で勃起したピンク色の乳首は、そこだけアンバランスなほどに堅くなっていた。
 食事に手を伸ばす飢えた子供のように生物の無骨な手が乳房をつかむ。
「ひっ! ふぁう!?」

 乳房からの思いも寄らぬ刺激に、レイは別人のように甲高い声を漏らす。
 その声には同時にとまどいがあった。知能も何もないように見えるのに、この生物は、女の体を喜ばせる方法を知っている。暗い影が心を覆う。自分は、ただ犯されるのではないだろう。さっさと欲望を吐き出して解放して欲しい、などと考えたがこの生物はそうしない。ただ犯すのではなく、レイにオルガスムスを感じさせようとしている。

「あ、あぁぁ……………。はぁ…………ゃ……め。ん、んんっ………ぅん。
 ぁぁぁっ、くぁ……はっ、はっ、はっ、はっ、やっ。
 ──っあ!? んんんっ〜〜〜〜!!」

 電流でも流されたようにレイの体が、肉付きの良いヒップが震えた。それだけでは足りないのか、何かを求めるように床に爪を立てて泥をかきむしり、きつく唇を噛みしめる。
 堅く閉ざされていたレイの瞼から涙がこぼれ、脂汗で全身がぐしゃぐしゃになっていた。

「……ぁっ、はぁ」

 永遠にも思えた数秒後、力無く左腕を投げ出し、レイは開かれた口から小さく溜息をもらして脱力した。噛みしめた唇が切れ、まるで破瓜の血のように口元から鮮血が滴る。別に声を漏らすまいとしようとしていたわけではないけれど、生物のもたらす快感は彼女の覚悟を一息に吹き飛ばしてしまった。
 レイの脱力と同時に息が切れたのか、唐突に生物は口を開き、僅かに頭をもたげた。顎の隙間から大量の涎がこぼれ、レイの腹と言わず胸と言わず、体中に滴り落ちる。生温い粘液まみれのレイの姿は勿論、彼女に絡みつく生物の姿はとてつもなく淫靡だ。
 口腔内部の紫色の触手は成人男性の小指ほどの大きさに膨れ、そしてその中心から生える生殖器に酷似した舌は、今も内から溢れる愛液と生物の体液で濡れそぼったレイの秘所に潜り込んでいた。襞の一枚一枚を強引にこじ開けられ、痛々しく広げられたヴァギナから生える紫色の触手は喩えようもなく淫猥だ。
 今も美の対極に位置する舌は、芋虫のように蠕動を繰り返している。こぽり…と小さな音を立てて愛液が溢れ、腹を伝ってレイの体を濡らした。

【【うるっ、るるるっ】】

 ぐったりとしたレイを生物本体の瞬きしない目が面白そうに見つめた。
 柔らかく大きな胸、形の良い柔らかそうな唇、長く伸びた足、白魚のような指…まだどれも堪能していない。

 そう、お楽しみはまだこれからなのだ。









「ん〜〜〜んん〜〜〜っ!! んんん〜〜〜〜〜っ!!」

 堅く口をつぐみ、マナは牛の尻尾か散歩中の犬の尻尾のようにせわしく首を振っている。その口だけでなく、薄茶色の瞳も堅く閉ざされ、顔の前でぶらぶらと揺れるグロテスクな肉杭を閉め出そうとしていた。彼女としてはそんなことしていないで逃げたいのだが、今それは出来ない相談だった。腰が抜けてぺったりと腰を付けて座り込む彼女は、両肩を上から生物に押さえつけられていた。

【【……ぐるっ、るるぅ】】

 忌々しそうに生物は唸る。マナに口で奉仕させようとしたのだが、往生際が悪く物凄い嫌がりようで、決して口を開こうとしないのだ。この生物がもう少し知恵が回れば、鼻を押さえるとか苦痛を与えるなどをして無理矢理口を開かせるのだろう。そんな知識が無くて幸いだった…と言うべきなのだろうか。
 急くように肉棒で顔中をつついてるため、マナの顔は鼻の仲間で先走りの粘液で汚されている。それはそれでそそられる表情だが、生物は面白くない。
 ちらりと頭を動かすと、すぐ隣でとりあえずレイを堪能している生物と視線を合わせる。


【【おぅ、るぐるぉ】】
【【? るるる】】
【【ぐぉほ、ほぅ】】

 それは言語なのだろう。
 生物同士で何か得体の知れない会話でも交わしたのか、2体の生物は首を回し、視線を交錯させる。そしてそれぞれの獲物(レイとマナ)を見下ろし、にやりと人間部分の口元をゆがめた。頬は腐り落ちて歯茎まで剥き出しになる、凄惨な笑みだ。

 逞しい腕でぐったりとしたレイの体を抱え上げると、生物は目だけ動かして相方のオモチャであるマナを見つめた。口で奉仕させることを諦めた生物は、代わりのお楽しみにワクワクしながら(?)同じようにマナを抱え上げている。

【【ぐるっ】】
【【おぅっ】】

「……っ!」
「きゃぁっ!?」

 まずレイを、続いてマナを放り出す生物。手をついて転がったレイの上に、同じく受け身をとって転がったマナが重なった。マナの体の重みにレイは一瞬息を詰め、とっさに起きあがろうとしたマナの左腕が、レイの柔らかい右の乳房を握りしめるように掴んだ。

「……霧島さん?」
「はうっ、あ、綾波さん!?」

 予想外に柔らかい感触と温もりに驚き、こんな時にも関わらず2人は同時に目を見開く。目に飛び込んできたのは同じように驚いた顔をする自分によく似た顔。

「な、あいつら何を考えて」
「………見てるわ」
「ええっ?」
「こっちを見てる。ただ、じっと」

 ちょっと気持ち良いと思いつつ、そのままの姿勢で首だけ動かしてマナは背後を振り返る。レイの言葉通り、笑みのようなモノを寄生生物本体、寄生体それぞれで顔に浮かべて、生物は2人を見ていた。

「なんなの、もうやめてよ…」

 相手が何を考えているのか分からないことほど恐ろしいことはそうない。
 冷たい氷のように燃える瞳を見て、マナは背筋を振るわせた。




「霧島さん…痛い」
「え、あっ、う」

 レイの体温を直に感じ、自分がほとんど全裸だと言うことを思い出してマナは戸惑う。こんな時であってもレイの裸体は美しい。自分の体型にコンプレックスを持つマナは、どうしてもレイの体を直視できないし、直に触れるなんてもってのほかだ。誤魔化すように、もじもじと足をすり合わせるように動かそうとするが、足の間にはレイの折り曲げられた膝があった。

「ひっ…」
「……あっ」

 予想外の感触を内股に感じ、秘所の周辺の柔らかい和毛をなぶられてマナは色っぽい声を漏らした。同じくレイも、今の感触が何かわからないのか珍しく戸惑った目をして上でもがくマナの顔を見つめた。

「あ、ごめん…。って、そのえーと」
「……どいてくれる」

 冷たくレイに言われ、慌ててマナは跳ね起きようとして…その前に背中を生物に押さえつけられた。

「ぐえっ」
「あくっ」

 肺の中の空気を吐き出し、蛙が踏みつぶされたような声を漏らして2人は沈黙する。

(な、な、なんなの一体。なにさせたいのよ)

 戸惑ってる間に、背中を押さえていた圧力が不意に消えた。反射的にマナは跳ね起きようとするが、2人の体が離れた瞬間、また背中を押さえつけられる。お互いの胸が押しつけられ、白い粘土のように形が変わった(主にレイのが)。次の瞬間、再び背中を押さえつけていた力が失せた。

「んなっ、いい加減にしなさ…あぐ」
「ふぅっ…くっ」

 また反射的に起きあがろうとして押さえつけられる。今度は先ほどより力が強く、下のレイも苦しそうに顔をしかめた。
 さすがにその時になると、マナは背中を押さえる手がどけられても、すぐには起きあがらなくなっていた。お互い苦しくない程度にレイの体に密着したまま、怪訝な顔をして生物の顔を見る。逆光になってる所為で、よく見えなかったが、汚れた欲望に醜く歪んでいるようにも見えた。

「………まさか」

 あまり嬉しくない予感がして、レイは眉と眉の間に皺を作るほど顔をしかめた。
 生物が今浮かべている笑みは、あの男があの時浮かべていた笑みとそっくりだ。わざわざ外で売春婦を買い、自分と絡ませる姿を鑑賞していたときと。

「はぅぅ。
 まさかってなに、なにかわかったの綾波さん」
「…あまり当たっていて欲しくない」
「え…そんな嫌な予想なわけ? まさか、このまま私達を食べちゃうんじゃ」

 何度目になるわからないが…また嘆息し、小さく首を振る。
 まだ多少しゃくり上げているが、半分あきれながらレイは口を開いた。

「…このまま、私達同士で愛しあえって…事だと思う」
「えっ?」
「………仕方ないわ。意味がないかも知れないけれど」
「ちょ、ちょっと綾波さん!? あんな虫みたいな寄生生物がそんなこと考えるはず無いじゃない!
 よしんばそうだったとしても、私達、女の子同士なのよ!」

 マナの絶叫じみた言葉にレイは少し考え込み、肩をすくめる。

「嫌なの?」
「嫌に決まってる…でしょ」
「私もしたくない。
 でも、このままあのクリーチャーに犯されるか食べられるかしたほうがいいの?」
「…うっ、それはいや。でも、女の子同士もいやよぉ」

 勿論、強姦されるのは嫌に決まっている。だが、レイの言うとおり女の子同士で愛し合っても(それにしても随分古めかしい言葉だ)、生物がそれで満足してくれる保証はない。するだけ体力を失うことになるかも…。いや、そうなる可能性の方が高い。だが、心の一部は確かにレイの言うとおりだと考える。生物はレイと2人でレズりあえと言いたいのだろう。馬鹿らしいと思う反面、それを無視し続けたらどういう行動に出るか。

(くっ、どうすれば良いのよ…)

 マナは覚悟を決めることもできず、どうしようかと逡巡するが、レイはあっさりと行動に移った。

 首をもたげると、汗の浮いたマナの胸元…浮き上がった鎖骨に沿って舌を這わせ、白いうなじにまで唾液のあとを付ける。ねっとりとした唾液が淫靡な痕を付けていく。
 『ひぃぃぃっ』と不意打ちの刺激にマナが悲鳴を上げるのを、なぜか心地よく感じながらレイは再び舌を這わせた。レイは少し前までの保護者…赤木リツコと2,3回こうして体を重ねた経験があるため、同性同士での愛撫には全くと言っていいほど抵抗感を持たない。どちらかと言えば、ただ1人の例外をのぞけば、男とするより女性とした方が良いと思うくらいだ。

「あ、やめっ、ちょっと! 綾波さん、あなた何考えてるの!?」
「ん…ちゅっ。あのクリーチャーにどうこうされるくらいなら。…あむ」
「ふぁ、あ、ううっ(やだ、上手…)」

 寄せ餌のように目の前で揺れるピンク色の膨らみを躊躇いもなく口に含む。『あああっ!』と甲高いマナの悲鳴をバックに、舌先で堅い乳首をコロコロと転がすと、ただ堅く大きい状態から、心地よい硬度にほぐれていく。それに合わせてマナの体がびくびくと震えた。

「んちゅ……ちゅ…ぴちゅ…くちゅ」
「ひ、ひぃぃぃっ! 綾波さんっ! 女の子同士なのに、あ……ああっ」

 背中にしがみつくように手を回し、逃れようとするマナの体をしっかりと抱きしめる。震えるマナの左足に両足を絡めると、濡れた秘所に互いの太股を擦り付けるように体を揺らした。

「ああっ、あっ、綾波さん…やめて…やめて…こんな、こんなの…」

 上気しきった背筋の窪みに沿って指を腰の方へ滑らせる。言葉は拒絶だが、愉悦の声を上げてマナは体を前後に揺らせた。逃れるように体をずり上がらせるが、レイの腕はヤドリギの根のようにしっかりとマナの体にしがみついている。

「んあああっ! だめ、私…背中が…弱いの…」
 
 高ぶり続ける肉体を震わせてマナは啼く。イヤだ、止めてと拒絶の声を上げてはいるが、脱力した体に力はまるではいらず、いつしかレイの胸の谷間に顔を埋め、抑え切れぬ喘ぎを絶え間無く洩らしていた。

「ああ、んんっ」
「あ、あう……あん、あはぁ……っ、くぅっ、いぁ、綾波…さん」

 2人の瞼の裏に、オーガズムの瞬きが現れては消える。暗いはずの瞼がちかちかと明滅する。

「んふ、あんっ……う、あ、ふう……っ」
「んんっんっ、霧島さん…綺麗……」

 当初の戸惑いと拒絶が一転し、今では自分からレイの体にしがみつくようにしてマナは体をイヤらしくくねらせる。見られているという戸惑いと羞恥の中、ふわふわと力の入らない唇は勝手に動き、官能の声を響かせる。

「い、いきそう…ひ、いんっ、ん、んんっ、あ、あく、う……っ!」
「ああ、ん…ふうっ」

 頬をピンク色に染め、うっとりとした顔をしながらレイはマナのあまり豊かでない尻をいじる。尻たぶをいじり、割れ目に指を差しいれてひくひくと動いているだろう、菊座をつつくように指先で可愛がる。

「あ、あひ……んっ、ん。あ、ひ、ひどい……っ! やめて…そこ、だ……め…あっ」

 くねくねと体を揺らし拒否の呻きが出るが、すぐに声は小さくなり、無言でマナは体を震わせる。自分で自分が信じられられないのだろうか、涙のにじむ目をきつく閉じてレイにされるがままだ。もう少しで絶頂を迎えることができる。火照り、高ぶった体を解放することができるのだ。

「ひいっ、あ、あう……そんなにしない、でぇ……っ」
「でも、霧島さん…こんなに」
「い、言わないで…。それより、早…くぅ。
 ああっ!?」
「…霧島さん?」

 突然、マナの重みが消えた。同時に温もりも消え、マナの体のあった空間に空気が流れ込んでレイに肌寒さを感じさせる。遅れて目を開けたレイは、失望と絶望の混じり合った呻き声を上げ、悔しそうに唇を噛みしめた。

「やぁ、やだっ! こんなの、綾波さんっ! 綾波さぁん!!」

 背後から生物に羽交い締めにされて暴れているマナが見える。そしてレイをまたぎ、見下ろしている生物の姿も。よく観察すれば、それぞれ生物が入れ替わっていることに気がついたかも知れない。もっとも、気がついたからと言ってそれがどうなるわけでもないけれど。






後編へ続く





後書き

今更あれだね。怖いものなんて何もねぇな。(-∀-)




 えっと、色々あって今頃になって3話目です。



 とりあえず一言だけ。



 でも愚痴になりそうなのでやっぱりなしにします。
 そんだけ。深い意味はなし。

2003/10/30 Vol1.03