< 注意 >



この話には痛い描写が含まれています。
痛いと言っても手を千切るとか目を抉るとかではありません。
触手に凌辱とかです。
特定の人物に愛着があり、その人物が惨い目にあうのは耐えられないという方は、読まないで下さい。
読んだ後文句言われても困ります。
また、まったくエヴァキャラである必然性のない話です。
名前と姿形だけエヴァキャラと思って下さい。
以上の注意点によく留意し、納得した方のみお読み下さい。











─ 異種遭遇 ─

「なにが彼女達に起こったのか?」



書いたの.ナーグル






 時に西暦が忘れ去られた第2宇宙歴2015年。

 人類の生存域はS2推進理論(スーパースペースドライブ)の発見により、地球を中心とした半径5千光年にまで及んでいた。膨大な範囲に思えるが、宇宙の深淵はまだまだ大きな懐を持っている。この宇宙には、人類が未だ知らない未知の事象、生物が満ち満ちているのだ。
 時にそれは人類に計り知れない恩恵を与え、時に想像を絶する災厄を与える。
 そう…、時にはそれを招いたのが人のエゴということもある。
 触れてはいけないパンドラの箱を、好んで開けたがるものなのだ。後世、その事件を知った者達は口をそろえて当事者達を批判する。だがそれは人が人であるなら、起こるべくして起こったものなのかも知れない。触らなくても良いものを、見ようとしなくて良いものを人は見ようとするものなのだ。
 人は闇を心に抱えている。
 人が人である限り…闇が消え去ることはない。







『それで計画の進み具合は?』

 軋るようなしゃがれ声。

『アダムは順調に生育しているようです。この分なら、1月の内にテストを行えます』

 低いがよく通る渋い声。

『素材達は?』
『万事順調です。当初の混乱から立ち直ることもできず、乗員達は全員が捕獲されました。男は負傷者も含めて全て寄生されました。数日の内に変形が終了します。少なくとも、武装していない民間人相手には対処しようのない戦闘力を持っていると言えます』
『女…いやリリスの卵達は?』
『戦闘で死亡した2人をのぞき、全員が母胎として利用されました。問題ありません』

 面白がるようにしゃがれ声のトーンが高くなった。

『まったく痛ましい事故だな。あんな辺境の星に3年かけて行って、帰ってくることができないのだから』
『崇高な実験に犠牲は付き物です。それに、素材に選んだ連中は1人残らず身内というものはいません。小うるさい遺族年金、事故調査などは気にかける必要はありませんよ』
『そちらも問題なしというわけか。だが、乗員だけでは母胎は足りまい? それはどうするつもりだ』

 暗闇の中で、薄い唇が残忍な形にゆがめられた。

『問題ありませんよ議長。積み荷はヘキサハイドロヘリウムだけではなく、大量の水、食料と…健康な若い女の素体20人です』
『リリスの生育が完了するまでの最初の繁殖で、かなり死亡するものが出るとしても、30体は出産できるな』
『ええ。それに関しては一切問題はありません。リリスの生育が完了すれば、1人の素体から月に4体ずつの生産が可能です。当面は3ヶ月の内に幾体か戦闘用の素体を作り出します。あとは』


 きらりと闇の中で光が瞬いた。しゃがれ声の主の眼が…単眼のバイザーが不気味なハム音を響かせながら光る。

『戦闘力のテストという訳か。だが、適当な存在はいるのかね?』

 老人の言葉に、あごひげを生やした偉丈夫は組んだ手の奥でくくっと唇が笑みを浮かべる。

『問題ありません。そのための、エヴァンゲリオンです』
『彼女達か。ふっ。よかろう、予算については一考しよう。だが、碇…裏切るなよ?』
『心配性ですな、キール議長。ご安心を。全てはゼーレのシナリオ通りに』


 そして全ては闇に包まれる。




『いいんだな、碇?』
『いまさら何を言ってるんだ冬月』
『俺は恐ろしいよ。これから行おうとしていることは…いや、既に行ってきたことは…』
『そうだ。今更後戻りはできん。だが、その分見返りは大きい』
『……そうだな』
『ああ。股ぐらがいきり立つぞ。…おや冬月先生、あなたもお若いですな』



























 どんなに時代が進んでも、完全な換気というものは得られないのだろうか。
 生ぬるい空気は肌をじとついた汗で湿らせ、外の砂漠から運ばれた砂塵は這いずる蟻のように肌に張り付く。ハッキリ言うと不快だった。

「ふぅ」

 胸焼けがするような錆の臭いと機械油の充満する鉄の箱…戦闘車両のメンテナンスハッチから顔を上げると、マナは新鮮な空気を肺一杯に吸い込みながら、大きく背伸びをした。弓なりに背筋をそりかえり、汗を吸って変色したTシャツの下の、あまり大きくない胸のふくらみが多少は強調される。

「…なんだかむかつくって感じよね」

 汗がたっぷりと染み込んだ軍手を投げ捨て、乱暴にハッチを閉めるとまた大きく伸びをした。眠そうに人の良さそうなたれ目を半開きにしたまま、外にはねた栗色の髪の毛を手で梳きながら首を左右に振る。コキコキとおよそ若い女性らしくない音が耳に心地よい。

(こんなところは彼には、ううん、誰にも見せたくないかな)

 床に脱ぎ捨てたツナギの胸ポケットからエネルギーブロックを取り出し、無造作に口に放り込む。洒落で選んだ納豆味。わかってはいたが大して美味しくない。と言うか気が滅入る。誰だ、こんな物考えついただけでなく、本当に作ろうと考えた奴は。いつか燃やす。

「はぁあ、たまには本格的な料理が食べたいな〜」

 中華、和食、洋食、モンゴル、etc, etc …。
 ただでさえ垂れ目ぎみの目を垂れさせ、美味しい食事というここ数日とんとお目にかけたことのない物に思いをはせる。あ、涎が出そう。そうだ、今夜はマユミの部屋に遊びに行こう。料理好きの彼女は、きっと暖かく迎えてくれる。彼女のルームメイトの金髪ちゃんが文句を言うかもしれないが、食欲の前には些かの障害とも成得ない。
 で、食事のことを横に置いといて、昨日の夜からずっと作業をしていた所為でとにかく肩がこって仕方がない。それだけでなく、嫁入り前の乙女の白い肌に、油汚れで染みができるのがなんというかむかつく。この汚れは1週間は落ちないだろう。以前までなら、汚れることにはあまり頓着しない方だったけど今は違う。今の彼女は、その玉の肌を見せる相手がいるのだから。
 乙女心はいつも美しくありたいと思うもの。たとえ今の格好が上はTシャツ、下は作業ズボン、首にタオルだったとしても。

「本当ならこの手の作業は相田くんとケイタ、ジャージくんの仕事なのに…」

 戦車は好きじゃない。やはり手で直接振動を感じ取れる自動小銃とかが良い。パルスライフルフルオート連射時の振動を思い出すだけでイっちゃいそうだ。

 ぶちぶち。
 とは言ってもいないものは仕方がない。決められた役割をきちんと守らないといけない。下手にさぼれば部隊長がどんなに怒り狂うか。何言われるかわかったものではない。人は良いんだけど、ああいう部分をどうにかしないとジャージ君は振り向いてくれまい。
 勝利者の余裕でマナはそんなことを思った。

(えーえー、わかってるわ)

 比べれば大分落ちるが残った隊員の中で一番の整備スキルを持つ…マナが整備を行うのは当然と言えば当然の事柄だった。

 とは言え、なんで私がせにゃならぬ。私はギガント・アラクネドの前で孤立した仲間を助けるために飛び込んだのに。
 鉄の甲羅を持つ巨大昆虫型生物アラクネドの猛攻に小隊仲間がピンチに陥り、それを助けるため戦車で特攻をした…。そして怪我人は出たが無事、アラクネドを倒し、仲間を救った。それはまさにマナの功績だが、その後、調子に乗って超信地旋回をして目を回し、崖に激突したのもマナの功績だ。仲間の怪我はその時のもの。ついでに仲間がピンチに陥ったのもマナのミスの所為だったりする。

(あんなにおこんなくてもいいと思うんだけどなー)

 ミスはまあともかく、うっかり仲間を轢きかけて怪我させたりしなければね。
 このうっかり気味の性格の所為で、士官学校出なのに階級は伍長なのだ。


 年頃の娘らしくない、ふにゃりとゆるんだ顔をしてマナは『はふぅ』と嘆息した。軍手同様汗を染み込んだ髪がしつこい男のように手にまとわりついてくる。肩までの長さしかないが、濡れるとずっしりと重くなったようにも思える。
 ああ、空気が重い。服がきつい。本当はひらひらした白いブラウスこそが私に似合う衣服なのに。なんで今の私は地味な茶色の作業服を着ているのだろう。

「ぴょ?」

 ふと頬に感じる違和感に眉をひそめ、つなぎの襟に擦り付けるようにして油汚れを拭う。取れるどころか顔全体が薄汚れた気がする。きっと正月の女の子みたい顔が黒く汚れてるだろう。

「最っ低」

 顔を洗ったくらいで取れるだろうか。いずれは落ちるとしても、なるべく早いほうが良い。大笑いをぶちかましてくれるアスカに見つかるまでに、もとい愛する彼が帰ってくるまでには。そう、愛しい彼。
 見た目は良いし性格も明るくて人気があるのに、彼氏いない歴19年。やっと掴んだ春を逃がしてたまるものか。ええ、逃がしませんですことよ?





 あの時のことは、今思い出しても体全体が熱くなる。冬でも暖房がいらなくなるくらい。




 3ヶ月前…場所は今と同じ小隊専用の整備ガレージ。
 直前の任務で他の隊員の多くが(主にマナのうっかりの所為で)怪我をし、その日はマナが1人で整備をしなければならなかった。しかし、1人ではできることはたかが知れている。親友のマユミが手伝ってくれたが、不慣れな彼女の手伝いはかえって作業を遅らせる結果になった。
 信頼性第一のゼンマイ式時計の針が午前1時を越えた頃…。

『いいよ、もう。あとは一人でするから』
『でも』

 いじめて光線全開のマユミに対しその気はなかったけど、どうしても声がきつくなる。
 敏感にそのことを察したマユミは、耳を伏せた犬のような目をしてマナを見つめた。滅多に見られない、ツナギ姿がそこはかとなくセクシーかも。とかその時のマナが思うはずもなく。

『もう遅いよ。マユミは別にしないといけないことがあるでしょ? 今日はもう帰りなよ』
『う、うん。………わかったわ』

 何度も何度も振り返りながら、本当に申し訳なさそうにマユミは帰った。

(きつく言い過ぎちゃったかな。でも、鬱陶しく思うこともあるのよ。私が全部悪いって事がわかってるときは特にね)

 時計を一瞥し、それから戦車を見る。葛城小隊は某マッドサイエンティストのテクノクラートのおかげで、奇妙に最新鋭装備が充実している。目の前の戦車…トライデントも、自己自立判断とか何とか、色々言っていたけど動かなければ鉄の箱。
 直りそうだが、そうなるためにはこれから数時間は整備を続けないといけないだろう。基本的に機械という物は機能が上がると、途端に気むずかしくなってしまう物なのだ。
 今日はここに泊まることを覚悟しなくては。それならマユミを巻き込むわけにはいかない。

『さて、やるか』






 朝焼けが目に滲みる頃、眠そうに瞼を擦りながら、マナは歯を磨いていた。あれから苦労はしたが、どうにか戦車は動くようになった。手っ取り早く半重力履帯を取り替えれば簡単に修理は出来たのだが、そうすると恐ろしいほどの請求があとで来るらしい。すると当分予算に苦しむことになる。そうならないで良かった良かった。いつから私ら傭兵になったんだろ? と思いそうになることもあるが、それはまあいいや。
 これでいつまた出撃命令があっても、大丈夫なはずだ。
 それにしても太陽がまぶしいわ。

『ふっ、別に戦時中じゃないんだから少なくとも1ヶ月は出撃命令なんてないのにね』

 冷静になって考えれば、別に徹夜してまで修理をしなくても良いはずだった。一度作業を始めると、直前まで文句を言っていても猿のように作業を続ける彼女の悪い癖だ。

『ま、いいか。早く直して悪いことなんか無いんだし。
 って、ぴよよ?』

 マナのよく動く目に映ったのは、ガレージの前を歩いているおよそ軍人らしくない顔をした青年。頭に包帯を巻いているためすぐにそうとはわからなかったけど、間違いなく同じ小隊に所属する隊員の1人だ。つまりは同僚だ。

(めっずらしい〜)

 遠目でしげしげと観察するマナ。値踏みするような目とはこういう目を言うんだろう。
 なるほど、確かにこうして見れば優しい目をしてる。他人も、自分も傷つける勇気がないだけかもしれない。ある意味、自分と同じだ。彼は他人とのつながりを最低源に抑えて、敵を作らないようにする。自分は誰にでも調子よく八方美人で対応するという違いがあるが…。
 それにしても、と思う。結構ハンサム…というより美人だ。それがマナの抱いた感想だ。男に美人というのは変かも知れないけど。

(ふ〜ん、マユミやアスカさんの趣味って…とか思ってたけど、彼って結構いけてるのね)

 もっとも、彼女たちが彼にこだわるのは見た目とかそう言った物以外にある。幼なじみのアスカ、親類のレイと違い(もっとも、かなり疑わしいとマナは思っている)関わりの少ないマナはいまいちよくわかっていなかったけど、アスカ達が惚れる位なのだからきっと素敵な性格をしてるんだと思う。
 また妙に早い時間に出動するなと思ったが、彼にも彼なりに理由があったのだろう。怪我を押してまで来るくらいだし。もしかして、私に会いに来ましたか? いやん、大歓迎ですよ。
 朝焼けの中、静かに歩いてくる彼の姿を見ていると、マナの心の奥でむくむくと大きくなるものがある。

(…せっかくだから挨拶しなくちゃ。それも思いっきり私らしく)

 にやぁ〜とマナは笑った。







『私こと、霧島マナは、あなたのために、昨日の夜から起きっぱなしでこの作業着を着てました!
 どう!? 似合うかしら?』







 夏場のコートの人みたいに前に飛び出し、マナは無駄に明るく元気良く一息で言い切った。
 一瞬の静寂―――。頭を掻きながら、彼ははにかんだ。

『うん、似合うと思うよ』
『似合う? ホント? え、えへへへ』

 それは誉められている? と考えが及ぶ前に、マナの思考は一瞬停止した。別に何をどうこう考えていたわけではない。アスカやマユミみたいに、背中が痒くなるような視線で彼を見ていたわけでもない。その時まで、全く彼のことを意識していたことはなかった。
 ただ、普段ムサシやトウジにするみたいに、あっけらかんと朝の挨拶をしただけなのだが…。気がついたときには、照れたような愛想笑いを浮かべる彼の顔から目を離せなくなっていた。胸の高鳴り、じっとりと体中に浮かぶ汗。自分で自分が信じられない。きっと熟したトマトみたいに顔は赤くなっているんだろう。

『ど、どうしたの?』

 とまどう彼の顔もまた心を騒がせる。
 ドキンドキンと彼にもわかるほど鼓動が強まる。死んでしまいそうに息苦しいけど、それが心地良い。
 親友のマユミや、喧嘩友達のアスカ、レイの気持ちを知らない訳じゃないけれど、ムサシが自分に友人として以上の好意を抱いていたことも知っていたけど。もう、止まらない。活動的と思われているけど、その実自分から何かを決めて行動しようとすることは本当はそんなにない。いつも中途半端だった。
 でもその時は…。

『しん…ええっと、その、い、ぃ……り少尉!』
『は、はい!』

 呂律の回らないマナのただならぬ様子に感化されたのか、背筋をぴしっと伸ばした彼女と同じく直立不動。顔も真っ赤。鈍い鈍いと評される彼だが、そんな彼でも感じるものがあったのか。いつもそれだけ鋭ければ運命は蛸の足みたいに多様に変わっていたのに。

『今、その、つき合ってる人、いますかっ!?』
『ええっと。その、自分は、いや、ぼ、僕…その、告白したことも…されたことも、その、ないから』

 わかってはいたけど内心ガッツポーズ。

『それはつまり、フリーだと言うことでありますかっ!?』
『その、ですね。そう受け取ってもらっても、あの…構いません』
『じゃあ、その、私も、今は、いえ、ずっとフリーであります!』
『…えっ? だって、伍長は基地の男子隊員達の間でも人気者で』
『自分は…不器用ですから!』
『ああ、なんとなくそんな気がするよ』

 遠い目をされてしまった。きっと、尾鰭がこれでもかとくっついた彼女の華麗なる戦歴を思い出しているのだろう。へっぽこ隊員の双璧。アスカさんと一緒にされるとは! それより、今はとにかくっ!

 言ってしまえ!

 がんばれ私!

『不器用だから、こんな言い方しかできません! その、いきなりですけど、好き…だと思います! さっきから少尉のことを考えると、胸がドキドキして何も考えられなくなって! そばにいるだけで、切なくて! こんな気持ち、初めてなんです! でも、わかります! この気持ちは、あなたのことが好きなんだって!
 本気です! 私と…つき合ってください!』
『……え、あ、うん』

 全然ロマンチックじゃないし、彼女が期待してた甘く切なく背中かいかいなものではなかったけれど。彼は小さく頷き、照れくさそうに頬を赤らめた。
 嬉しい反面、友達を裏切り、抜け駆けしたことでチクリと心が痛む。事の経緯を知ったら、マユミは悲しそうな目をして『そう…』と呟き、それから何がどう変わるわけではないけど、親友ではいられなくなるだろう。

 事実…今現在は、一見して特になにも変わった様子はない。マナが告白したことを知っても、マユミやアスカに変化はなかった。でも、確実に何かが変わっていることを肌で感じている。



 自分が友情を裏切ったことはよくわかっている。マユミの気持ちを知っていて、それを裏切った。
 でも後悔はしない。裏切られることをなによりも恐れているマユミを裏切ってまでも手に入れた幸せだ。自分は全力で幸せにならないといけないのだ。

『泣いてるの?』
『えっ? あ、ううん、泣いては、いえ、泣いてます。嬉しくて…(そして悲しくて)』

 衝動に任せるように前によろめく。
 そのままだったら顔面から地面に倒れ込んでしまったはずだけど、その前に少尉の腕に抱きかかえられていた。一見華奢な見た目に反してしっかりと筋肉のついた腕が、そして意外に厚い胸板が優しくマナを包み込む。包帯の下から香る薬の臭いが、奇妙に心を揺さぶった。

『少尉……』
『伍長』
『マナって、呼んで少尉。私も、名前で呼ぶから』
『マ…ナ』


 その後あったことを思い出すと…。






「うふ、うふうふ。…ってあら?」

 湯だったみたいに汗が流れて服を湿らせていた。うおっ、ズボンの色まで変わっている。気持ち悪いかも。しかも端から見たらどうだろうって感じだ。

 痴女一歩手前って感じだよね。

 戦車の上で致した君が言うな、とかなんとか。とりあえず、作業は終わった。とっとと宿舎に帰って休もう。そしてせめて夢の中で愛しい彼と会おう。そう決めた。そして目が覚めたら積んだままのゲームをしよう。大して寂しさは癒せないだろうけれど。
 って、今日は隊長に呼ばれていたんだった。午後からミーティングに出席しないといけない。

「面倒くさい。
 それよりなにより、1ヶ月もだなんて。寂しいな」











 濃い硝煙の臭いに眉一つ動かさず、ゆっくりと彼女は立ち上がった。肩に届くか届かないか辺りまで伸ばされ、乱雑に刈られた髪の毛は、水分が足りないのか、手入れが行き届いていないのか、あるいはその両方で些かまとまりが悪い。奇妙な光沢を持った銀色の髪。
 髪の色と対照的な目が揺らめいた。
 目に滲みる硝煙の中で瞬き一つしない瞳は、紅く輝く。

「…………………」

 自分の身長ほどもある長大なライフル銃の安全装置を入れ、丁寧に弾倉をはずす。そしてすぐ横で待機していたレールロボットの上に銃と弾倉を並べて置いた。待ってましたというようにフードが銃に被さり、外から触れなくなった直後、銃を乗せた台座がレールに沿って保管庫に消えていく。

 横目に見送りながら、彼女は…レイは脇のモニターに映る先の成績を見つめた。

 ランクS

 命中率、射撃速度、正確さ、効率…全てが最高ランク。
 周囲にいた他の人間達が、一斉に感嘆の声を漏らした。それははたして彼女の射撃の腕前にだけあげたものだったのか。
 生まれてから一度も日の光に当たったことがないように白い肌。宝石のように紅い瞳。銀細工のような光沢を持った銀髪。頭蓋に沿って内に跳ねた髪は、彼女を幼く見せて奇妙なアンバランスさを感じさせる。そしてたわわに実った果実のごとき肉体は、デンジャラスなことに、薄手の男物のワイシャツに包まれていた。目を凝らせば、その下のブラが透けて見えそうだ。その事実に気づいた男達は一瞬言葉に詰まる。
 神よ、今だけ我にX線の目を授けたまえ! 3秒後に死んでも良いから!
 瞬きもせず目を凝らす男達と、羨望の目を向ける女達の前を無言で横切っていく。洗い古されて白くなった長いジーパンの下ですらりと伸びた足を一部の狂いもなく動かし、レイは射撃訓練室を後にしようとする。

「待ちたまえ、綾波軍曹」
「………」

 楽しみにしていたごちそうを横から取られた幼児のような、いらついた声がレイの背中にかけられた。内心、またかと思いながらも物憂げに振り返り、レイは無表情という仮面をかぶったまま右手を掲げ、敬礼をする。欠片も敬いという気持ちを感じさせない顔のまま。

「なんでしょうか、時田少佐」

 声にも表情にも一切の変化はない。敬礼にも何もおかしな事はない。しかし、周囲にいた人間達は、皆空気が変わったことを悟った。レイから迸る、隠しようもない敵意が空気を張りつめさせる。
 レイは目の前の男の事が好きではない、いや嫌っているのだ。

 時田シロウ。

 それなりに有能な技術士官。かつては惑星生物の権威だったとか、電子転送装置の研究を行っていたとかでそれなりに有名だったらしい。だが、赤木リツコという天才の存在の前に、その影はその頭髪同様限りなく薄い。
 ともあれレイの直接の上官ではないが、なにかと絡んでくる。尤も、正確に言えば彼が絡むのはレイだけではないのだが。見た目は髪を丁寧に分けた神経質な男だ。だが平凡なサラリーマンじみた外見からは予想もつかない陰湿さで、レイだけではなく、マナやアスカ…『葛城部隊』所属の人間専門に絡んでくる。故に評判は最悪。葛城部隊隊員は勿論、そのほかの部隊にまで『陰湿』、『ねちっこい』、『蝿男』、『すぐ触りに来る』、『視姦された』とどんな人間かこれ以上ないくらいわかる評価がされている。

 さて、今日はどんな理由で絡んできたのか。

「君の格好はどうにかならんのかね?」

 目だけ動かし、自分の姿を見てみる。隠すところは隠しているし、軍配給の衣服を着ているつもりなのだが。確かにシャツの生地が薄くて下のブラが少し透けて見えているが、これくらいは許容範囲だろうに。周りを見渡せば、タンクトップシャツを着ている女性だっているのだから。

「これがなにか?」
「何か…ではないよ! そのだらしない格好をどうにかしたまえ! そもそも重火器での射撃訓練を行うときはプラグスーツを着用と決まっているだろう!」

 そう言うことか。
 確かに今の彼女の姿は規定されているものとはかけ離れている。戦闘用スーツであるプラグスーツを着ていないのは勿論、高熱の硝煙から身を守るために最低限長袖の服を着ると言うことすらしていない。
 そればかりかシャツのボタンは第2ボタンまではずされており、はだけられた襟の隙間から豊かな胸の谷間がくっきりと見えていた。もっとも、さりげないレイの仕草で、見ようとしても見えそうで見えない状態だったが。

「申し訳ありません」

 慇懃無礼に『そう、良かったわね』とか言ってやり過ごしても良かったが、男のヒステリーは見ても聞いても気持ちが悪いし、あとあと上司の葛城少佐に迷惑が掛かるかも知れない。冷静に判断すると、とりあえず、丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありません、ではないよ。すぐに謝るくらいなら、はじめから注意をしておきたまえ。どういう教育を受けてきたのかね、君は? まったく葛城部隊の人間らしい…」

 とかなんとか言いつつ、時田の目は舐めるようにレイの体を彷徨っていた。きっと想像の中でレイをどうにかしてるに違いない。

 さて、そろそろ言葉が尽きたようだし帰るとしよう。
 まだ何か言っていたが綺麗に無視してレイは踵を返した。時田は何かを一瞬言いかけたが、それよりも遠ざかっていくレイの尻を目で追うのが忙しいのか何も言わない。

『すげぇ』
『さすがよね、綾波軍曹…まるで相手にしてないわ』
『ほれちゃいそう』
『憧れる』






「あ、あの…」

 彼女に声をかけようとする勇気ある男もいたが、それも彼女の何も見ようとしていない目を見るまでだ。彼女の目はこれ以上ないくらい明確に、現実というものを突きつける。

「なに?」
「いえ…」

 自分の方が年上なのに、少なくとも階級は一緒なのに…。
 そう思っても彼はそれ以上何も言えなくなる。脈がないことは痛いほどわかった。

「用がないならどいてくれる?」

 そしてレイもまた、階級なんて気にしないのか表情を全く変えることなく、彼の脇を抜けていった。廊下を進んでいる間もその調子だ。

(時間が経つのが早い…いいえ、遅い)

 物憂げに目を伏せ、頬にかかる内はねの髪を指で撫でつける。これは彼女の保護者だった赤木リツコ女史がよく見せた仕草。その大人の女を感じさせる仕草で、彼女にまたファンが大量にできるのだが彼女は全く気づいていない。

(…つまらない。はやく時間が過ぎてしまえばいいのに)

 どんよりと気持ちが滅入った時でも、射撃訓練をしているときだけは時間の経つのを忘れる。鋼と一体化しているあの瞬間だけは、全てを忘れていることができる。だが、ひとたび銃を離して1人の女に戻った瞬間、現実は痛いほど心に突き刺さる。
 今、彼はいないのだ。例え、彼の目が彼女を見ていないのだとしても…それでもレイは彼に側にいて欲しかった。

「…やっと集合の時間」

 そろそろ、隊長に言われた時間だ。















【おい、見ろよ】

 注目する眼。
 神経が剥き出しになったようなひりひりとした感覚が体中を駆け回る。

【山岸か。旨そうだ。そそらせるぜ】
【…そうだ。処女かどうか賭けないか?】
【特に誰かとつき合ってるわけじゃないらしいな】
【男嫌いで有名らしいしな。いや、男性恐怖症か】
【なんだそりゃ?】
【そのまんまだよ。顔真っ赤にして壁に背中を押しつけるくらい体を離すんだ。今みたいにな。あーショックだ。腹立つ】
【まったくだ。おい、無視するなよ山岸曹長】



 もうたくさん。
 耳を塞ぎたかったが、手にファイルを持っている状態では耳を塞ぐことはできない。それに、気にしない方がいいと言うこともわかっている。聞こえよがしに言葉によるセクハラをするのは、基地責任者である准将の甥とその友人だ。階級が上と言うこともあるが、実害がない限り多少のわがままを彼らは押し通すことができるのだ。
 だからマユミは彼らに背中を向け、エレベーターの壁に額を押しつけるようにしてうつむくことしかできない。
 だが、彼女の考えている以上に高橋准将の甥とその友人はしつこかった。

「おい。聞こえてるんだろ」

 そして陰湿だ。

 ビクリと身をすくませるマユミの肩に、乱暴に男の手が置かれた。そのまま思いやりという言葉をどこかに投げやった動きで、強引にマユミを振り向かせる。
 あまり丁寧に歯を磨いていないらしい濁った口臭、それに陰険そうなあばた面。岩壁に適当に目鼻を付けたらこんな感じではないだろうか。あまりに露骨なその姿に、マユミは本能に根ざす根元的な恐怖を感じてしまう。怯えた犬のように目を伏せ、盾にするように持っていたファイルをきつく胸に抱きしめる。
 その仕草がまた男達の理不尽な怒りを買い、そして日本人形のような長い黒髪、切りそろえられた前髪、子犬を想像させる目、縁のない眼鏡という容姿が、またサディスティックな嗜虐心を刺激する。意識してそうでないところが彼女にとっての不幸と言うべきか。

「こいつ、むかつく」
「そんなに俺達は怖いかよ」

 お願い、やめて…ほっといて…。
 喉をついて小さく声が漏れる。だが、あまりにか細い声は男達の耳には届かない。届いてもやめはしないだろうが。

「ちっとは何か言えよ」
「なにも言わないなら続けちゃうよ」

 ぐいっと乱暴に腕が引かれる。抵抗するが強引に左右に開かされ、ファイルという守りを無くした胸が怯えて揺れる。ゴクリと男達は唾を飲み込んだ。一見したところ、目立たない大きさにも見えるが、よく見れば白いブラウスは内側からの圧力ではち切れんばかりになっていて、それを強引に上着で留めていることがわかる。普通なら、上着との間に多少の隙間があるはずなのに、マユミにはそれがない。

「着やせするタイプと思っていたが、すげぇな」

 涎を垂らさんばかりにネクタイを挟み込む豊満な胸をのぞき込み、血走った目を見開く。さすがの彼らもまさかここで、エレベーター内でどうこうしようとはさすがに考えていなかったが、もうどうにも我慢が効かない。
 地下の2000mから地上までの直通エレベーターは、一度動き出すとおよそ3分間止まらない。その間、3人は世界から隔離されているのだ。
 蜜に誘われるアブのようにふらふらとマユミの脇の下から差し入れられた腕が、下からすくい上げるようにマユミの胸を掴みあげた。遠慮とか配慮と言ったものをまるで感じさせない、一方的で理不尽な愛撫。

「くぅっ…!」

 ファイルを床に取り落とし、苦痛に身をよじるマユミ。そんなマユミの様子を感じていると勘違いしたのか、男達は更に鼻息を荒くする。

「たまんねぇ。柔らかいのにすげー弾力があるぜ」
「か、代われよ」
「待てよ。へへへ、すげぇ気持ち良い。いつまで揉んでても飽きないってこのことだぜ」

(あああ、やめて。やめて、やめてください)

 逃げようとするマユミの癖一つない黒髪を掴み、強引に引き寄せる。胸だけでなく、髪まで掴まれてマユミには逃げる隙が一分もない。そしてこの期に及んでも彼女は強く拒絶することができないでいた。それがまた男達の獣性をガン細胞のように肥大させる。
 堅く閉じられたマユミの目に涙が粒になって浮かんだ。銀の滴は頬を伝い、汗が浮かんだ首筋を通って流れ落ちる。

「いやぁ、やめてぇ…。こんなこと、いやぁ」

 自分でも、そんな15の小娘のような弱々しい物言いではやめてくれないだろうと言うことはわかっている。しかし、どうしても強い口調で拒絶することができない。

(怖い…怖い…、助けて…助けて)

 拒絶の声を、助けの声を出そうとするが、恐怖が先走りどうしても言葉にすることができない。その一方で諦めも浮かぶ。またかという気持ちと、これが自分の運命なんだろうと言う投げやりな気持ち。
 その間も、マユミに抵抗らしい抵抗がないのを良いことに、男達の一方的な愛撫は激しさを増していく。いまや絞るようにマユミの胸を揉み、膝上まであるタイトスカートの上から太股を掴みしめる。スカートの裾から差し入れられた腕は、マユミの精一杯の抵抗を今にも排除して、誰もまだ触れたことがないであろう秘密の場所に進入しようとする。

「ひ、ひひ…おい、そろそろだぜ」

 血走った目でレベル表示を見上げる男がそう呟いた。応えるようにもう1人が頷く。

「…すぐ近くに男子用トイレがあったよな」

 その言葉が何を意味しているかは、マユミにだってわかる。
 このままでいたら…。
 初めてマユミの口からはっきりと聞こえる拒絶の言葉が漏れる。

「やめてください。離して、お願いですっ」

 だが今更それは逆効果だ。つくづく間が悪いというか…。

「やめろと言われてやめるわけないだろう。馬鹿かおまえ」
「乳のでかい女は本当に馬鹿が多いんだな。このばーか」

(なんで私がこんな勝手なことを言われなきゃいけないの…? この…この…)





 チーン

 小気味よい音を立てて階数表示が『1F』を指し示す。注射針が刺さった子供のように体を硬直させるマユミ。こうなったら彼女のできる最大限の抵抗は動きを止めることだけだ。だが、軽く頷くと2人はマユミを前後から抱え上げてエレベーターから出ようとした。マユミの抵抗は全く抵抗になっていない。

「本当はおまえも嫌じゃないんだろ?」
「えっ、ええっ?」
「全然抵抗しないもんな」
「ち、違う…違います、私は」
「いいからいいから。たっぷり楽しませてやるって…な?」
























「…………なにしてるのよあんた達」

 開かれた鉄の扉の向こうには、腰まである赤みがかった金髪を心なしか浮き上がらせた美女が、親の仇でも見るような厳しい目をして睨み付けていた。

「そ、惣流…少尉」
「なんでここに」

 ゆるくウェーブがかった豊かな金髪が炎のように揺れ、アクアマリンのような青い瞳をさながらレーザー発射口のレンズのように光らせる、惣流と呼ばれた金髪碧眼の美女。それは獲物を前にした肉食獣のように凶悪で、本気を感じさせる視線だった。

「ああ〜ん、あんた達馬鹿ぁ? って馬鹿で有名な曹長コンビだったか。
 軍人が基地にいることの何がおかしいのよ。どちらかと言えば、こっちがあんた達に何をしてるのか聞きたいんだけど」

 一見したところマユミと同じ紺色の女性士官用軍服に身を包んでいるが、醸し出す雰囲気は人を2,3人殺したと言われても納得するしかない厳しいものを持っていた。それこそ身内の権力を笠に着た、文字通り虎の威を借りる狐…いやミミズ2人組では対抗することもできない。彼女を相手に下手なことを言えば、行えば、自分たちは叔父共々やっかいなことになる。
 たとえ彼女の…王立宇宙軍宇宙海兵隊隊員『惣流アスカ・ラングレー』少尉の父親が、一大派閥のトップ、ラングレー中将でなくとも。もっとも、彼女と父親は不仲らしいが、だからといって試すわけには行かない。

「う(どうしていつもいつもタイミングよく)」
「…別に、なんでもない」

 こうなっては男達には何も出来はしない。負け犬のように目を伏せ、内心の憎悪を押し隠して引き下がるしかない。不承不承だがマユミの体から手を離し、反抗的な目でアスカを盗み見ながら、床に落ちたファイルを拾い上げマユミに手渡すことが彼らにできる唯一だ。

「あ、ありがとう、ございます」
「…ちっ」

 どちらかと言えば、アスカよりも直前まであんな事をされていたにもかかわらず反射的に礼を言うマユミに面食らったのか、忌々しそうに床に唾を吐いて男達は荒々しくエレベーターから出た。

(今に…見ていろ。すぐだ)
(使徒計画が始まったときには…なぶり者にしてやる)

 アスカの背中を睨む男達の顔を見た瞬間、マユミは怖気を走らせた。一瞬感じた、邪悪な意志の意味することは一体…。

 入れ替わるように、豊かな金髪を風に揺らしながらアスカがエレベーターに乗り込んできた。男達の胸のむかつく悪臭が消え、アスカのつけているラベンダーの香水の香りが優しくマユミを包み込む。
 ラベンダーの香りは安心の匂い。辛いこと、悲しいことを一瞬だけど忘れさせてくれる。

「大丈夫、マユミ?」
「あ、アスカさん、わたし、怖かった…ふえぇ」

 安堵のあまり本格的に泣きそうになるマユミの目の前で、アスカは人差し指をたてる。反射的に指を見つめ、泣く寸前だったマユミの時間が止まった。涙が引っ込んだのを確認し、アスカは優しく微笑んだ。

「泣いちゃダメよ。もう泣かないって決めたんでしょ?」
「………はい」

 よしよしと頭を撫でてあげる。
 20近い女性が友達に対してする事じゃないけど、こうしてやるとマユミは嬉しそうな顔をするのだ。どっかのメイドロボットなんて知識はアスカにはない。
 そもそもアスカは柔らかいマユミの髪の毛を触ることは嫌いではない。むしろ好きだ。昔飼ってた愛犬を思い出す。マユミに始終甘えてはしがみついてたなぁ。今思うに、あれはマユミ相手に発情してたんじゃなかろうか。いやーんな感じ。
 まだ少し顔が赤いけど、はにかむようにマユミは笑った。つられてアスカもちょっと笑う。

「よし。ふふっ」
「うふふ、って…あ? え、やだ」
「どうしたのよ?」

 急に戸惑ったようにマユミは胸をかばうように身をすくめる。なにか落ち着かないようにもじもじと体を揺らし、背中を気にするように首を巡らせる。

「あ。どうしよう…」
「?」

 困ったと顔に書きながら、マユミはアスカの顔を見つめた。両手で胸を隠すようにしたままで。

「その…ブラが、ブラのホックが、外れちゃって」

 言われて女でも見ていてどきどきするマユミの胸を見てみれば、ブラウスのボタンを飛ばしてしまいそうなくらいに張りつめている。彼女が体を揺らすたびに、大げさなくらいにぶるぶる揺れている…ような気がする。

(ブラジャーって言うよりサラシね、こりゃ)

 あんだけ無理無体なことをされれば外れもするだろう。肩紐が切れるくらいはしてるかも知れない。

 以前計測したときはEカップと言っていたが、本当はF…いやGくらいあるのかも。Hはないよね? それはさすがのアスカ様もビックリするわよ? マユミにギャフンと言わせられますか私?
 ともかく、サイズの合わないEサイズのブラで抑えてるんだろう。昔はちんちくりんとちっちゃかったけど、今は背も大分伸びて随分とスタイルが良くなっている。俗にグラマーとかN2BOMBボディという下世話な表現は、きっとマユミみたいな女性に対して言うに違いない。
 視線に敏感なマユミや、自身そうであるアスカはそれが嬉しいとは思わないが。
 ただ肩が凝るわ、下衆な男共の視線を集めるわで大変だろうなぁと思う。自分は人から見られ慣れてるから、そんなに苦にはならないけど。マナが聞いたら発狂しそうな考えだったりする。


『ぢつわ彼ってマザコンの気があって巨乳好きなのよキー』 霧島○ナ伍長談。


 ま、こうなったらとっとと上着を脱いでブラを付け直せば良いのだけれど、『3F』の表示と共に彼女達以外の人間がエレベーターに乗り込んできた。地上からは普通のエレベーターと同じように各階停止するし、人が多い。

「あらら」
「ど、どうしましょう?」
「どうもこうも」

 様子のおかしい2人を怪訝な目で見つめる別部隊の隊員。
 なんでもないなんでもないと手で合図して、それから肩をすくめてアスカはマユミの顔を見る。

「こうなったらさっさとミーティングルームに行った方がいいわね。その方が早いわ」
「あうう…この姿勢結構きついんですよ」
「半分自業自得でしょ。何をされてたかは想像するしかないけど、あんたが強く出ればああまでされなかったに違いないんだから」

 それは確かに。

「す、すみません…アスカさん」
「さん付けはやめて欲しいんだけど…。あとすぐ謝るのもやめて」
「すみません、あ。  えーと、アスカ……さ、さ、さ」

 はぁ…と朝から疲れ切った溜息を吐く。

 遠くを見ながら、心の一番深いところで色々なことを考える。人生とは…いーのちー。

 ここまで内向的なのに、よく軍隊に入ろうと決意できたなぁ。とっととやめて市井で職を見つけた方が彼女のためだと思うけど。尤もアスカ自身がマユミが軍隊に入る原因の一つであるから、あまり強くも言えないし、それに悪い気はしない。
 それに根性があるのかないのか、除隊になることもなく曹長にまでなってるし。とかく世界は謎に満ちているわ。とアスカは考える。それはとりあえず横においといて、マユミの石化を解かなくては。

「さん付けで良いわよ」
「はい、アスカさん」

 もうニコニコしてる。心の目を凝らしたら、パタパタ振ってる尻尾が見えそうだ。
 わかりやすいというか、妙なところは頑固というか融通が利かないと言うか。

(…ま、昔みたいにアスカ様とかお嬢様とか言われない分、ましか)






「ごめん、遅れ…って山岸さん、なにしてるの?」

 遅れて会議室に入ったら、上着もブラウスも脱いだマユミが、裸の胸を手で押さえるように何かをしているのが目に飛び込んできた。薄く血管が透けて見える白く豊かな乳房に目を奪われ、さしものヒカリも一瞬言葉に詰まる。その横ではアスカが赤い顔をして上着とブラウスを持ってあげてるし…むぁさかっ!?

(恋に破れた悲しさのあまり、そっちの趣味オーバードライブ!?)

 そう言えば2人は昔から知り合いで、一時は同じ家に住んでいたと言うし!! なによりルームメイトだし!!
 ウ○ナとア○シーって感じに世界を革命せよ!?


 マユミが卒倒しそうなくらいしつれーな事を考えるヒカリ。
 そんな彼女の考えてることが手に取るようにわかってしまって、少しうんざりしながらアスカは手をパタパタと振る。

「先に言っとくけど、マユミは単にブラを直してるだけだからね」
「っえ? あ、ああ。そ、そうよね」

 なんだつまんない。
 もとい。
 ああ、見ればアスカは勿論、マナまで半分以上あきれた目をして自分を見ている。レイはいつもと変わらないからよくわからないけど、もしかしたら多少は呆れられてるのかも。

「あの、それより洞木さん、いえ、洞木少尉。今日のミーティングはどういう」

 いつの間にか上着まで着たマユミが、恐る恐るヒカリに尋ねてくる。急にミーティングがある以上、いずこかに出動することになるのだろう。しかし、今は状況が少しばかり異なっている。質問があるのは当たり前だ。
 マユミの目に彼女の不安が色濃く浮かぶ。池の底をかき混ぜたように、戸惑いという土煙が。

「…だいたい、察しはついてるみたいね」

 左右のお下げと触覚みたいに跳ねている前髪を力無く項垂れさせ、ヒカリは溜息を吐いた。全て悟ったというようにレイが呟く。

「出撃なのね。どこに?」
「出撃って言うほど大げさじゃないわ。偵察を頼まれた。と言うより命令されたわ」
「偵察?」

 マナの言葉に応えるように手元のファイルに目を移し、それから端末を操作するヒカリ。ヒカリの背後のスクリーンに、一枚の航宙地図が映し出された。その一点で青い光が瞬く。アスカが形の良い眉をひそめて呟いた。

「牡牛座の方向? なんでまたそんな暗黒宙域に」
「元々パトロールをするはずだったアポロ小隊が惑星カレスに行ってるから、代わりにだって」

 まったく、上の人間は下の人間の苦労を知ろうともしないで、数字だけ見て無理難題を押しつけてくる。そう喚きたくなるのをこらえ…喚かなくても気心の知れた仲間達は彼女の気持ちを知っている…ヒカリは言葉を続けた。

「言いたいことはわかるわよ。私達の小隊も、カレスに隊員の半分が行ってるって。
 でも、上が言うにはただの偵察くらい、隊員が半分しかいなくてもできるだろう…だって」
「でも、どうして私達なんですか? 小隊全員が揃ってるところもあるんですよ。渚中尉のグレイフォックス小隊とか」
「山岸曹長の言うとおり。どうして?」
「そこまではわからないわ、綾波軍曹。もしかしたら、その小隊には別にやらせたいことがあるのかも知れないわ」
「ナルシスホモにやらせたいことってなに? 噂だと、カレスに行った人達、特に何をするでもなく、無駄に時間をつぶしてるって話なのに」

 レイの言うとおり、葛城小隊の半分は一時的に部隊を離脱して、惑星カレスに特別任務で行っている。だが、特に何もすることがない状況らしい。何のために緊急召集されたのやら。

 そして戦力が半減している葛城小隊に、近くに星一つない辺鄙な地域にパトロール任務が命令される。

 なにが? とはっきりわかってるわけではない。だが、どうにもきな臭い陰謀めいたものを感じる。自分たちに対する、漠然とした悪意が形作られていく。

 思い当たることはいくつかある。
 不安そうにマユミはアスカの顔を見つめ、レイは心の奥底で1人の男の顔を思い浮かべた。

「…洞木少尉、この任務は」
「山岸曹長、言いたいことはわかるわ。でも、わかるでしょう?
 軍隊ってのは、基本的に上官の命令に下は逆らうことはできないのよ」
「はい、わかってます」
「一応、葛城少佐から説明があるわ。テレビ電話だけど」

 映像の中の葛城少佐、彼女達全員の上司である葛城ミサト少佐はとまどいと怒りを隠そうともしないまま、彼女達に任務の詳細を説明した。言葉の端々に怒りと疑問をくっつけて。


『…というわけで、どうも諜報部経由でこの指令が回ってきたみたいなのよ。
 勿論抗議したし、説明を求めたけど…強情に回答を拒否されたわ。かなり作戦部に借りを作ったみたいだけど、そこまでして私達に、いいえ、あなた達にパトロールをさせるなんて…何を考えてるのかしら?』

 それはかなりこの任務が胡散臭いということなのではないだろうか?
 もしかしなくてもそうだろう。

「命令拒否はできないのでしょうか?」
『どうもね。命令拒否には降格…どころか軍法会議もあるかもしれないわ。大げさでなくね』

 軍法会議とは穏やかではない。隊長の悪癖で小隊隊員のほぼ全て(男)が謎の除隊をした渚の使徒小隊でさえ、口頭注意しかなかったというのに。曰く、軍隊では付き物のことらしい。
 しかし命令無視と綱紀粛正の類とは重みが違う。そしてこれは決してミサトが冗談で言ってるわけではないのだ。
 ミサトはいつものヘラヘラした表情からは考えられないくらい、まじめで鋭い目をしている。

「そんな」
『私も説明を引き続き求めるし、伝を使って命令の出所とか探るけど…。どうなるにせよ時間が掛かるのは間違いないわ。リツコにも手伝いを頼むけど、それもどうなる事やら。もしかしたら、とんでもない大物が出張ることになるかも知れない』
「つまり、私達は偵察任務に行かないわけにはいかないってことね」
『そういうことよ、アスカ。
 でもね、まじめにパトロールなんてする必要はないわ。なにかあったらすぐ離脱したって構わない。私の経験からすれば、軍隊の命令なんて100%ゴミよ。何かあったら全部おじゃん。生き残ることを最優先にしなさい』

「あまり納得した訳じゃないけど、わかったわ」














 LRPS(長距離偵察艇)エヴァンゲリオン。
 全長150m。円錐型の船体の大半を占めるのはワープ装置を兼ねた縮体エンジンと、通信機と攻撃兵器を兼ねた粒子光線砲ロンギヌス。主要目的である偵察は勿論、田舎海賊の掃討まで幅広く任務をこなせる万能艦だ。さらに赤木博士の趣味丸出しの改造の所為もあって、戦艦と戦える性能を持っている。
 しかし、宇宙はあまりにも広い。
 この船を全速力で走らせたとしても、何か ─── 小惑星などのありふれたものであっても ─── に遭遇することはまれだ。
 しかし…。




 それがレーダーに映ったとき、アスカは我が目を疑った。
 宇宙に浮かぶ城のような無骨な尖閣。
 砂浜でたった一粒の砂を見つけるような確率のはずなのに、それは彼女達の目の前に姿を現した。

「恒星間輸送船なの?」
「船式番号…Nerv2015……出たわ。アスカさんの言うとおり、恒星間輸送船です。船名ネルフ」

 端末を操作しながらマユミがアスカに応える。アスカは指を口元に当てて考えた。この理不尽な任務は、あれを自分たちに見つけさせるために指令されたのだろうか。はたしてあの船は一体…。

「輸送船ネルフ。地球圏とシリウス星系とを往復する船ですね。積み荷はエネルギー資源。船主は株式会社ゲヒルン。と言っても、実体は多星系企業ゼーレの子会社、と言うよりダミー会社みたいですね。つい半年前に突然消息を絶っています。
 変ね、この辺りにいるはずがないのに…」

「…諜報部は、この船を私達に見つけさせて何をしたいのかしら?」
「訳ありってことよ」

 そう言うマナ自身、理由はわからない。
 代わりと言うように順番に、アスカ、レイ、マユミ、ヒカリの顔をのぞく。

「で、どうするの?」
「どうするって、言われても。どうしようかアスカ?」
「素に戻ってるわよ、ヒカリ。一応任務中なんだから」
「あ、ああ。ラングレー少尉どうしたらいいかしら」


 どうするって?
 決まっている。

「ミサトはああ言ったけど、何も知らないまま、何かに利用されるってのはあまり好きじゃないのよ」
「…行くの?」
「ええ。私個人的な考えではそのつもり。誰かの…思う壺かも知れないけど」

 ミサトは生き残ることを優先しろと言った。だが、アスカはそれは後ろ向きな行動に思えて仕方がなかった。秘密は、徹底的にほじくり出してやる。

「私は様子を見に行くつもりよ。みんなは?」

















「船内の様子は?」

 船体と船体を繋ぐ接舷用チューブの中で、アスカが不快そうに呟いた。今頃、調査することを後悔している。
 今着用しているプラグスーツ…汎用戦闘服は外部からのウイルスなどの汚染、ある程度の温度変化、銃弾などから身を守る効果があるのだが、体にピッタリと張り付き、体を多少圧迫するためどうしても息苦しくなるのだ。正直、少しサイズが小さくなった気がする。特に胸とか腰とかがかなり苦しい。デスクワークが中心とは言え、滅多なことでプラグスーツを着ようとしないマユミの気持ちがちょっと分かるかも。しかもその上からごついボディアーマーを着ているわけで、その苦しさは察して余りある。でも、今現在の自A隊とかに比べれば重さも強度も10倍は異なってるんだから泣き言言うな。


「うげっぷ」
「やだ、アスカ下品よ」
「ごみん」

 ヒカリにお母さんみたいに注意されるまでもなく、いきなりゲップは下品だったと思う。…最近ミサトに似てきたなぁ。ビールが本当に水みたいに感じるようになったし。
 いや、これはやたらアットホームな葛城小隊のせいだ。通常なら軍隊用語を使わなきゃいけないのに、身内だけだとすぐ非番の時みたいな口調になってしまう。

 ともあれ、アスカ達と異なりオペレーター用の軍制服だけを着ているマユミは、アスカの質問にすぐさま返事をした。少々緊張しているのは、応答が遅いとあとでアスカがブツブツ何か文句を言うかも知れないから。
 アスカが頭に着けているヘッドセット型のインコムからマユミの声が聞こえる。

『湿度と気温がかなり高くなってます。地球型惑星のジャングル並ですね。それ以外は異常ありません』

 ジャングル並…聞いた瞬間やな気分になった。
 半年前、惑星インプレッションで虫型生物掃討作戦に参加したときのことを思い出す。

「うわ、暑苦しそ」
「問題ないわ」
「綾波さんも霧島さんも無駄口叩かないで。
 …了解。じゃ、ネルフのメインコンピューターにアクセスして」

 隊長のヒカリの言葉に、エヴァンゲリオンの通信機前のマユミは頷いた。

『了解。アクセス開始します。…アクセス完了。
 扉をオープンします』


「病原菌とかが原因じゃないって事を祈るわ」
「心配性ねアスカさんて。そう思うでしょ?」

 マユミがエアロックを開けるまでの間、巨大な銃、MSA99(自立誘導突撃銃)を構え直してマナは言った。マナは隣でむっつりと口をつぐんでいたレイに言ったつもりだったのだが…。
 しかし、レイはちらりとマナに一瞬だけ視線を向けると、すぐ俯いて視線を逸らしてしまった。答える気はないらしい。わかってはいたが、ちょっとショックだ。

『…管理システムを掌握しました。船員のデータと、マーカーの発振パターンを取得します。…完了。
 生存を証明する生体マーカーの反応35。おおよそ2つのグループに分かれて、船の各所に固まっています。反応がある以上、死んだ訳じゃないと思うんですけど』


「そうだとすると、8人の人間が死亡してるって事よね」

 それはそれで不気味なことではある。
 全滅したならともかく、生存者がいるのに通信途絶し宇宙空間を漂うとは。

 ヒカリは一瞬だけ体を震わせた。正直なところ、船を曳航して近くの星に持っていき、そこで検査をすればいいと思うのだ。もちろん、強烈な伝染病や危険な生物の可能性があることは了解しているのだが。しかも、こんな正体の知れない仕事をやらされて納得するほど、彼女は政府に恩を感じていなければ、給料も貰ってはいない。
 なにより、命令の出所がよくわからないとなればなおさらだ。
 アスカの意見はわからないでもないが、虎穴で虎児を得ようと考えるタイプではないヒカリとしては、船を見つけたと報告だけして帰りたいと切に思う。

(でもアスカの言うことにも一理あるのよね)

 それでもエンジントラブルとか適当なことを言って、帰った方が良かったんでは。自分がこんなことを考えるなんてと一瞬思うが、それくらいヒカリは漠然とした恐怖を感じていた。

(ダメよ、ヒカリ。しっかり、しなきゃ)

 隊長としての責任感で、そのマイナス感情を押さえ込むと、ヒカリは改めて気を引き締めた。

「とにかく、早いところ終わらせましょう。
 これが終われば大手を振って星に帰れるんだから。そして、コールドスリープから目が覚めたときにはあの人達も帰ってきて、いつもの日常に戻れるわ。
 そして市民権も手に入るのよ」
「そうね、前向きに考えましょ」

 市民権さえ手に入れられれば、結婚することも子供をもうけることもできる。自分の意志で住むところを選ぶこともできれば、成人指定の映像作品を見ることもできる。すなわち、今で言うところの基本的人権のほとんどを手に入れられる。とどのつまり、4年以上の兵役をつとめることで成人になったと見なされるわけだ。もっとも、全員職業軍人であるからあまり関係はなかったけれど。

 ともあれ、勤めてアスカは明るく言ったが、どこか白々しかった。


 言い出しっぺの彼女だが、彼女なりにこの任務にどこかしら禍々しい物を、自分達を待ちかまえている運命を想像したのかも知れない。












 二つ目の扉を抜け、ヒカリ達4人は十字路に辿り着いた。ここまで生存者、もしくは人類初の地球外知的生命体との接触は一切無い。
 銃を構えたアスカとレイが転がりながら飛び出し、素早く立ち上がると左右の通路に銃口を向ける。通路の先にはなにもいない…。異常がないことを確認した後、身の丈ほどもあるスマートガンを持ったマナが十字路に入った。銃に接続されている動体検知器のを反応を見るが。

 異常なし。

 少しだけ緊張を解くとヒカリがコムに意識を向けた。マユミと回線が繋がる。

「山岸さん。いま十字路なんだけど、どこに繋がってるか調べて」

 きっかり1秒後。

『今みなさんが居るところはメインストリートです。それぞれ、研究室、エアロック、居住区、操縦室へと通じています。エアロックから入ってきたんですから、そっちは良いですね。
 マーカーは分散して反応があります。ちょっと待って下さい、今情報を伝送しますから』


 そうマユミの声が聞こえた瞬間、全員の脳裏に直接船体の構造、状況の情報が送られてきた。

「状況確認。了解したわ」
「わかったわマユミ」
「おっけいだよん」
「ありがと、山岸さん」

 確認、四者四様の返事をする。
 少しヒカリは考えた後、アスカ達に提案した。

「3方向に分散してるわね。二班に分かれて手分けして調査しましょう」

 すぐにレイが反論する。
 鉄面皮の彼女には珍しく、瞬きを繰り返して不安そうだ。

「まだ状況がわかっていないのに、戦力の分散を行うのは危険だと思う」
「でも、順々に調査していたら半日がかりの仕事になるし、一つを調査している間に別の所に動かれたら面倒なことになるでしょう?」

 余談だがネルフは年単位での活動を前提に作られた調査艇であると同時に、資源輸送船でもある。故に巨大だ。
 ウェハースのような多層形状をしたその全長は15km、幅は3kmを越えている。ほとんどが貨物室であるから、実際人が出入りする空間は狭い。それでも相当な面積がある。対してエヴァンゲリオンの全長は円錐型で150mである。

「ヒカリンの言うことももっともね」
「ひ、ヒカリン!?」
「そうね。固まって行動するよりその方が効率良いわ」
「ちょっとなに今の呼び方!?」

 ヒカリの意見にマナが賛成した。明らかに面倒な仕事を増やしたくないと言う顔だ。どちらかといえば、こんな不気味な船にいる時間はできるだけ少なくしたいと言うことだろう。アスカは単純に効率の面からヒカリに賛成した。オペレーターのマユミは意見を言わなかった。
 結局…。

「じゃあ、アスカさん気をつけて♪」
「あんた達こそ、ネズミ相手に発砲するんじゃないわよ」

 アスカ&ヒカリの2人は居住区に。
 レイ&マナの2人は操縦室、それから研究室へ行くこととなった。







 そして20分後。









 アスカ達は目的地に到達した。居住区と言うには、少々無骨すぎる特殊鋼の扉が目に映る。鏡のような扉に、ボディアーマーと赤色のプラグスーツを着た自分と、緑色のプラグスーツを着たヒカリの姿が映っている。こうしてみると、プラグスーツというのは本当に体の線とかが丸わかりだ。

「………この先ね」
「そうね」

 なんとも素っ気のない受け答えをするアスカとヒカリ。最初こそ何事か話し合ったりもしたが、10分も歩いている間に自然無言となり、目的の部屋に着いたときには厳しい眼差しで二言三言交わし、扉を見つめることしかできなくなっていた。ゴクリ…と唾を飲み込む。

「開けるわよ。マユミ、しっかり記録して」

『…ザ……ザザ』

「通信機に異常? 突然使えなくなるなんて」
「たぶん、ここら一体に強いノイズが出てるのね。脳リンクコムに影響を与えられるタイプの」

 ヒカリの言葉にアスカはますます不機嫌そうに眉をひそめた。
 それはつまり、半人前とは言え、テレパスであるマユミのテレパシーを阻害するほどの精神波ノイズを出す何か、あるいは誰かがいることを示している。

「気をつけて、アスカ」
「ヒカリもね」

 アスカがゆっくりと扉の開閉スイッチに指を伸ばした。
 開くと思ってもいなかったが、単純に基本開閉コードを入力する。

パシュー

「開いた?」

 ところが意外なことに扉は素直に開き、黒々とした空洞をのぞかせた。まるで魔獣の顎のように。
 狐につままれたようにお互いの顔を見合わせ、軽く頷いた後、2人は室内へとゆっくりと足を踏み入れていった。
 同じく…。



「綾波さん、行くわよ」
「わかってる」

 レイ達もまた、研究室に通じる部屋へと足を踏み入れたのだった…。























 闇の中で何かが動いた。白っぽい影のようなものが目の前を横切り、空気がかき乱されて髪を動かす。
 暗がりに向かってアスカ達は声をかける。油断なく銃の引き金に指をかけたまま。

「生存者がいたら報告願います。こちらは第36連隊所属ヴァーミリオン小隊、通称葛城小隊所属、惣流アスカ少尉、そして洞木ヒカリ少尉です。
 民間人といえども、報告の義務があります」

 がさがさと何かが動きまわる音が返事の代わりに聞こえるが、人間らしい返答などは一切ない。じっとりと湿った汗を体中に浮かべ、恐怖を怒りで塗りつぶすようにアスカは声を張り上げた。

「ちょっと! そこにいるのはわかってるんだから、さっさと返事しなさいよ」

 そしてライトを向ける。
 瞬間、非常灯が灯され、暗闇に不気味に歪んだ何かの姿が浮かび上がった。






「な、なによこいつら!?」
「化け物、そんな嘘!」

 息を飲みつつ、アスカ達を銃を構え直した。しかし、さすがに気丈な彼女でも、衝撃的な光景にその心は千々に乱れた。狙いを付けているはずの銃口が小刻みに震える。
 彼女達の目の前にいたのは、餓鬼のようにやせ細り、腹をぷくりと膨らませた干からびた人間に酷似した生物だった。ただし、鼻から上の部分は綺麗さっぱりに消滅し、そこに頭の肥大した赤子のような、蛸のような触手を生やした生物が取り憑いていた。
 未確認危険生物かと緊張に体を震わせるが、アスカは生物の内数体が、ボロ布を身に纏っていることに気がついた。そしてそれに書かれている字に。

「ネルフ二等航海士、特務キカン?」

 彼らは…乗員。

「この船の乗員? あの変な生き物に寄生されて、こんな姿に!?」

 肯定するように生物の一体が息をもらす。粘液まみれの口腔から、明らかに人のそれとは思えない長く歪な舌が漏れ出る。
 どういう行動原理をするか走らないが、好意的なことをするとはとても思えない。
 唐突に彼女達は他の仲間のことを心配した。

「綾波さん達…! それにエヴァと繋がったままだわ!」

 レイ達はまだしも、マユミは拳銃以上の武器は持っていないし、母船に侵入されるのは本部の占拠と同義だ。珍しく焦りに満ちた声でアスカは叫んだ。進入されれば、エヴァンゲリオンは確実に汚染される。

 この場合、アスカ達のするべき事は一つ。戦術的撤退しかない。

「まずいわ、急いで脱出してミサト達に報告しないと!」

 叫びつつ、アスカはヒカリの方を振り仰いだ。ヒカリが出口を確保するのを確認しながら、その後に続こうとする。しかし、彼女の動きが唐突に止まった。アスカの青い瞳に、スローモーション映像のようにハッキリした動きで、一体の生物がヒカリの背後に忍び寄るのが目に入った。

「ああっ、ヒカリ! 後よ!」

「えっ? きゃあ───!」

 後から近寄った元人間が、飛びついて羽交い締めにしようとする。
 最初の一撃は何とかかわせたが、次の一撃は身を捩るヒカリよりも一瞬早く、吸盤の着いた5本の指がヒカリのお下げにした髪の片方を、特殊ラバーでできた肩当てを掴んだ。プラグスーツは倍力服としての効果もあるのだが、それすらも上回る力でヒカリは後に引き倒された。

「はぅっ、離して! ひゃっ!?」

 その時、ヒカリのかぶっていたヘッドギアが取れ、そのままバランスを崩した彼女は後頭部をしたたかに床に打ち付けた。鈍く激しい痛みに唐突に視界が暗くなるが、アスカの声と肌で感じる生暖かい体温にかろうじて意識を保った。
 どっちが良いかはわからないが。
 そのまま気絶すれば、この後の地獄絵図は記憶に残らなかったかも知れないのに。

「あ、あいたたっ。ひっ、ちょっとぉ!」

 頭が痛む中、見開いたヒカリの目一杯に赤黒くぬめぬめと粘液を滴らせた蛸のような生物が飛び込んできた。いつの間にか生物に寄生された乗員の一人が、ヒカリを組み敷いていたのだ。鼻先に突きつけられた寄生生物のガラス玉のような目が、ゆっくりとヒカリを観察する。笑うように、あざけるように、横に瞼が瞬いた。

「いや、ばかぁ! こんなのだめっ、離してぇ! アスカ、助けて!」
「ヒカリぃっ! くそ、あんた達邪魔するんじゃない! どけっ!」







 ヒカリの悲鳴は勿論、全身を使った抵抗を苦もなく押さえ込み、生物はヒカリに密着する度合いを増していく。
 歯茎まで剥き出しになった人間部分の口が大きく開いた。生臭いじっとりと湿った呼気がヒカリの顔にまともに吹き付けられ、嫌悪感にヒカリは顔をしかめる。

「やだぁ、あぁぁ。アスカぁ、お願い早く助けて!」

 必死になって抵抗するが、1人であってもダメだったのに、今は2人がかりで押さえ込まれている。とても1人で逃げられそうにない。

「はぁっ、はぁっ、はっ、はぁっ」

 やがて暴れ疲れたのか、ヒカリの抵抗が少し弱くなった。まるでその時を待っていたかのように、黒々と開かれた口腔から粘液を滴らせながら赤い舌が這い出してくる。いや、それは舌と言うにはあまりにも長く、柔軟で、いやらしい。海の底に住むナマコだってもう少し可愛げがある。

 べろり

「ひぃぃっ! アスカぁ─────!
 お願い早く助けてもうだめ、いやぁあぁあ、不潔不潔よぉ!」

 その舌にほっぺたを舐めあげられた瞬間、ヒカリは何もかも忘れた。その感触があまりにもおぞましかったのだ。ぶつぶつと全身に鳥肌を立たせ、首を右に左に激しく振り、足指にまで力を込めて暴れるが、かえって生物を喜ばせるだけ。

「いやっ、いやっ、いやぁぁ――――っ」

 べろべろねちゃねちゃと遠慮無しにヒカリの顔中を舌が舐る。それどころか硬く閉じた唇をこじ開け、歯茎や歯をべろべろと舐めて汚液をなすりつけた。
 わずかにとろみのある粘液が顔中を覆い、ヒカリは目を開けることができなくなった。そればかりか腐った肉の臭いに息をすることも相当にきつい。

「やぁぁぁぁ、不潔よぉ」

「ヒカリっ、しまった!
 ああっ!?」

 生物の一体を撃ち倒してわずかに意識がそれたとき、アスカの手から銃がはたき落とされた。勢い良く投げ出された銃は、床を滑って遠く手の届かないところへ行ってしまう。 それを絶望的な思いに囚われて見送るアスカ。

「銃が…一体、誰が?」

 空手の有段者に殴られたように、ジンジンと痺れる腕を押さえてアスカが横を見ると、撃ち倒した生物から離れた寄生生物本体が、トウモロコシのような先端を持った触手を振りかざしていた。
 この生物は人間に寄生しなくても、触手と毒針だけで戦うことができるのだ。

「畜生、銃を…! はっ、まさか、こんな、こんなっ!」

 気がついたときにはアスカは壁際に追いつめられていた。
 ほとんどは完全に動かなくなっているが、生き残った生物は右も左も、勿論正面からも迫っていた。見れば銃で手足や胴体をうち砕かれてるが、頭部が無事な生物までもアスカを取り囲んでいる。まさに四面楚歌。



 自分をどうするつもりなのか、それはヒカリに今まさに現在進行形で行われていること。



「あ、ああああぁぁぁぁ。
 ちょっとマユミ! 聞いてるの! 返事しなさいよ!」

 さすがに気丈な彼女もパニックに陥った。必死になってコムに呼びかけるが、返事は一切無くただ雑音だけが聞こえてくる。彼女に何かあったのか、それとも…。

 そして遂に伸ばされた指が彼女の腕を掴んだ。

「いやあぁ──────!!!」




そして話はそれぞれへと続く




後書き
 今更特に書くことはないなぁ。何度目の書き直しだろ。
 あ、副題を映画の邦題をもじったものに変えました。わかる人だけわかれ。
 あと見づらいという意見があったんで、各キャラの台詞の色づけを一部を残して無くしました。

2003/10/30 Vol1.07