そうして彼女は嘘をついた6

217 名前: 2−1 投稿日: 2003/03/18(火) 20:41
「……すまんが、今日は眠い」
 最初に、彼はそう言った。
「昨晩はあまり眠れなかった」
 ――のだという。
 何でか、ということについてはアスカは一瞬だがリツコの顔を思い浮かべてしまい、すぐに打ち消した。自分は一体何を考えているのか。自己嫌悪がわきたち、しかしそれをおくびにもださずに「その辺りは配慮させていただきます」と答える。
 愛想笑いなんて、一番嫌な種類の笑い方だったのだが。
「ふむ……」
 彼は前回と同じベンチに腰掛け、アスカにも座るように顎を動かして示した。
 アスカは以前と同じく――やや遠めに、ベンチの端の、さらに幾分か距離をとるように座る。
「早速出すけど、南極で何があったのかについてを」
「……性急だな。しかも、一番話しにくいことだ」
「………………」
「……あの地にアダムがあることは、古い時代から知られていた。裏死海文書――と言われるゼーレのテキストだが、同様のものは世界各地にあったのだ」
「それは――」
 アスカは思わず身を乗り出した。
 それは初めて聞くことだ。嘘なのか本当なのかは解らないが、たとえ嘘だとしても何かの意味があると思った。
「北アフリカのタルテトス王国に伝わるアトランティス文書がその一つだ。内容については十九世紀の末期に明らかになったが――」
 そこで言葉を切り、彼は花園の遠い端に目を向けていた。
「………?」
 アスカもつられたようにそこを見て――
「すまん。少し待っててくれ」
 ゲンドウが立ち上がり、それを持ち帰るのを黙って見ていた。
(意外と軽いのかしら)
 こちらに戻る彼の腕の中には、碇ユイ自作という清掃ロボットがあったのだ。有名なSF映画に出てくるロボットの外装をあてられた『R2−D2』。しかしその機能はまともに働いてはいないらしい。近づくにつれて先日は聞いた覚えのない、いかにも調子の悪そうなモーターの稼動音を出しているのが解る。
「……そろそろ寿命かも知れん」
 席に戻った彼はベンチの自分と彼女の間にそれを置き、苦々しげに呟く。
「昨日は徹夜でメンテをしたのだが……」
「ああ、それなんですか」



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