「レイちゃん、レイちゃん、これ、これ、これすごいじゃん!」
 教室に入るやいなや霧島マナがものすごい勢いで駆け寄ってきて綾波レイは狼狽する。
 「ちょ、ちょっと。みんな見てる……」
 「そりゃそうだよ。レイちゃん、すっごいかわいいんだもん!!!これ、これ見た?知ってる?」
 親友が抱えているのは写真週刊誌と音楽雑誌。さらには女性向けの週刊誌が数誌。
 開かれたグラビアページを見て少女は絶句する。
 そこに写っているのは綾波レイその人だった。
 スレンダーボディをノーブルなドレスで包み、神秘的な微笑みを浮かべてポーズを浮かべていた。
 「これ、これって……先週末の碇君のコンサートの……」頬が熱くなる。他のクラスメイトの視線を痛いほど感じる。
 「学校休んでたのってコレだったんだぁ」マナは無邪気そのものだった。「すっごいかわいいし、きれいだし。これでレイちゃん、芸能界デビュー?」
 「違う。そんなことない」
 マナから雑誌をひったくって確認する。その内容は少女の想像を遙かに超えるものだった。
 まず見出しからしてすごい。
 「プライベートコンサートに現れた謎の美少女」とあおる写真週刊誌。
 「美しいファンの登場で選考会は麻痺状態に」と無茶なことを書いている女性週刊誌。
 「天才中学生演奏家にモデル顔負けのファン登場と異例ずくめの選考会だった」と音楽雑誌。
 どの雑誌も参加者の写真よりもレイの写真を大きく、それもカラーで載せるという扱いぶりに少女はめまいすら覚えた。記事を一見するとこの催しがクラシックのコンテスト予選と思う人はまずいないだろう。写真週刊誌に至ってはレイの写真を四枚も載せているくせに他の参加者の扱いは酷いもので……。
 「……渚カヲルしか写ってない。碇君も上位入賞者なのに……」
 憮然とするレイにマナは苦笑するしかない。
 「だけど可愛いドレスだねー」
 「……う、うん。わたしも気に入ってる」
 「靴もいいなぁ。足首のストラップの金具とか」
 「銀なんだって」
 「いいなぁ。高かったんだろうなぁ」うっとりとつぶやくマナの言葉がひどく居心地が悪かった。
 「もう……マナ……みんな見てるから……もうやめて」
 強引に会話を打ち切り、席に付く。周囲の視線から羨望と嫉妬を感じつつ、いつもの通りの無表情を保って窓の外へと意識を集中しようとする。
 ふと気が付いた。
 「ね、マナ?」
 「なに?」
 「惣流さんって今日もお休み?」
 「……みたい……だね」マナもいま気が付いたようだった。「最近、元気ないみたいだしね。アスカ」
 「そうなんだ」レイは小さくうなずき、窓の外を眺める。
 唇に笑みを浮かべないようにするのは、ずいぶん大変だった。

 そしてその日のうちに校内で少女に浴びせかけられる視線は、もはやレイにとっては気にならないものとなっていた。
 驚き、崇拝、羨望。
 視線の「意味」が変わってしまっていることに少女は気付いてしまったから。
 その視線が心地よいものだと知ってしまっていたから。
 いつもはレイへ声をかけてくることもないクラスメイトの少女たちが席に着いた彼女を取り囲み、親しげな口調で話しかけてきてもレイはもう驚かない。
 「学校のアイドルとトモダチ」でいたいと考える少女たちの態度の豹変ぶりを内心ではあきれつつも、レイは彼女たちが口々に(そして馴れ馴れしく)「お願い」されるがままにクラスメイトがかざす携帯電話のカメラに笑顔を向けるのだ。
 今まで彼女と口をきいたことがほとんどなかった「友人たち」に囲まれて、あるいは非常に親密な関係をアピールするかのようなツーショットで。
 そのすぐ横から男子がレンズを向けていることもレイは気づいていた。
 少年たちの向けるレンズが自分だけを見つめていることがはっきり分かっても、彼女はそれを拒否することはないのだった。
 それどころか偶然を装って「あの瞳」でカメラを見つめるのだ。
 少年たちがかざす電子の眼に「あの」日に、プロのカメラマンたちを釘付けにしたあの表情を取ってみせ、その瞬間にシャッターを模した電子音が次々鳴り響くことに奇妙な納得と理解をするのだった。
 そして同時に、かすかな勝利感をも得るのだ。
 男子の羨望と崇拝をちょっとした表情で高めることができる自分に。
 男子の羨望と崇拝をちょっとした仕草でコントロールできる自分に。



濫用
−ハンター"R"&"M" 覚醒編−





 だから数日のうちに彼女はそれを許してしまうようになった。
 自分の身体を這うような視線を。
 階段を上り下りするときの無作法な視線…下から舐めるように見上げたのち、レイのスカートに護られた下半身に釘付けになる視線を。
 体操服に包まれた肢体を品評する声も圧力や熱量すら感じるほどの視線をも。
 茂みや物陰から自分をじっと見つめ続けるカメラのシャッター音も(しかし綾波レイは相田ケンスケがなんども懇願したにもかかわらず彼のモデルになることは拒否した。「ちゃんとした人に撮ってもらうから」がその理由だった)。
 またそれらの視線がクラスの男子だけではなく上級生や下級生、さらには男性教諭によるものであっても綾波レイはそれを非難することはなかった。
 なぜならそれは彼女の「トモダチ」の役目なのだから。
 「ちょっと男子!レイちゃんが嫌がってるじゃない!」
 「せんせー。綾波さんをじろじろ見ないでくださいー。目がエロいですー」
 「ったくもう、ほんとうにいやらしいんだからっ」
 レイはただ。そういった類の視線に出会えばうつむくだけでよかった。
 あとは「トモダチ」が彼らを糾弾してくれるのだから。
 レイはただ彼女たちに微笑むだけでよかった。
 少女たちの怒りの声が一種のポーズであることを、「自分はこんなに可愛らしい少女の友人であることを証明」するための表明に過ぎないことも、怒りの声に嫉妬が混じっていることもレイは理解していたが、彼女は小さな声で「ありがとう」とお礼を言うのだった。
 それが少女に求められている反応だと完全に理解してしまっているから。
 最近学校を休みがちな惣流・アスカ・ラングレーがクラスに君臨するさまをじっと観察していた綾波レイにとって、それが必要な「演技」であることも理解しているのだから。
 そう、彼女は知ってしまったのだから。
 自身の魅力を。
 それを使えば気になる「彼」の心を捉えることができるかもしれないことを。
 だがその事実を少女は他人の視線や賞賛から知ってしまったのだ。
 だから彼女は自宅で一人、大きな鏡を見つめるのだ。
 自分がどう他人の目に映るのかを何度も確かめてしまうのだ。
 いろんなポーズをとって、いろんな表情を浮かべて。
 そのポーズの中には男子生徒たちがいっせいにシャッターを切るときのもの……スカートを押さえずに前かがみになるときのもの、膝を揃えずにしゃがむときのもの、片足立ちになってソックスを直すときのもの、伸びをして半袖ブラウスの裾からちらと脇が見えそうになるときのもの……も含まれていた。
 その表情の中には男子生徒たちが息を呑んでしまうもの……瞳を閉じて唇をそっと差し出すときのもの、舌を出してアイスを舐めるときのもの、ぺろりと唇を舐めるときのもの……が含まれていた。
 聡明で早熟な少女は、「それら」が意味するところを完全に理解してしまう。
 「ばかみたい。こんなので」鏡に向かってくすりと笑う。
 ……わたしはなにも変わっていないのに。ちょっとした仕草だけであんな反応をして。
 ……「ほのめかす」だけで我を忘れてしまうなんて、あの男子たちはなんて愚かなのかしら。
 お気に入りのワンピースの裾をゆっくりと持ち上げ、下着をちらりと覗かせて「小悪魔のように」微笑んでみせる。
 ……なんだ、惣流さんってこうしてたのね。
 綾波レイは納得の笑みを浮かべる。
 ……なんだ。とても簡単なことなのね。惣流さんはこうやって男の子の人気を得ていたんだ。こんな卑怯で、でもとっても簡単な方法で。
 ……それならば、それだったら、私もそうしたって……。
 「アスカの秘密」にたどり着けたと理解した少女はとても幸福だった。
 鏡に映る少女の笑みには勝利とかすかな軽蔑が混じっていることも気がつかないほどに。
 悪戯心に取ってみたポーズのほとんどが、レイがネットで発見して罵った「掲示板の女神」のそれ……お尻を突き出したポーズ、M字開脚のポーズ、胸の尖りを強調するようなポーズ……と同一であるだけでなく、うっとりとした表情までも同一であることに気がつかないほどに。


 だが、綾波レイの幸福な感情は長続きしなかった。
 「写ってたんだ……」マナの唖然としたつぶやき。
 「カメラの死角に入ってたはず。ケーブルも外した……わ」翌日の放課後、自室でPCの画面を見つめているレイの声は大きく震えていた。
 だが、そこに写っているのは綾波レイと霧島マナであることは明らかだった……少なくとも本人たちには完全にそうと分かる映像だった。
 公園のトイレに仕掛けられた盗撮カメラを撤去している二人の「ハンター」として少女たち二人の姿が掲示板に貼り付けられていたのだった。
 「だいじょうぶ……マナ。顔は写ってない。それに……私服だから」
 「そ、そうだね。特定なんか……できるわけ……ないよね……」微かにレイがうなずくと、マナはほっとした表情になる。
 「そう。顔が写ってない……でも……こんなきわどい写真ばかり」レイはぎゅっと唇を噛む。
 そう、そこに写っている綾波レイと霧島マナはどれもひどく「そそる」写真ばかりなのだ。

 腰を曲げているためにきれいなお尻のカーブを強調してしまっているレイ。
 しゃがみ込んでカメラを探しているうちにほっそりした太股とキャロットスカートの隙間から下着をちらりと覗かせているマナ。
 狭い空間で捜索に夢中になっているために、ひどくエロティックに身体を密着させている二人の少女。
 伸び上がっているうちにシャツの裾から覗いてしまうレイとマナの可愛らしいおへそ。
 ショートパンツと黒のニーソックスのおかげでひどく強調されるレイのまっしろの太股。
 アングルの関係かブラに護られた半球状の膨らみがくっきりと浮かび上がっているマナのTシャツ。

 そして……。

 《おっぴろげー》
 《大胆ポーズ!!》
 《まっしろー。すべすべフトモモー》
 《舐めたいー》
 《触りたい……》

 掲示板のコメントが最も多く付いている写真に二人の少女は青ざめる。
 それは個室上部のカメラを外そうとした二人がバランスを崩して転んだときのもの。
 尻餅をついてしまったレイとマナが大きく脚を開き(ショートパンツやスカートで護られてはいるものの)、無意識のうちにひどく扇情的なポーズを取ってしまったときのもの。
 さらに、

 《二人ともモリマンなんだー》
 《やわらかそー》
 《揉んでみてー》

 スカートを、ショートパンツを、さらには下着をも透視するかのようにネット上の不埒なコメントは少女のおんなの部分の形状について容赦なく述べたて、欲望を露わにしていた。
 自分たちが性的な欲望の対象物にされていることに、レイとマナは恐怖する。
 「レイちゃん……このひとたち……こわい」マナが泣き声になった。「もう、こんなことやめようよぉ……このひとたちが怒ったら……何されるか分からないよ。ね、レイちゃん。もうやめようよ」
 その言葉にレイはかちんと来てしまった。内心はマナの言葉に完全に賛成だったのに。
 「だめ。あんな奴らに調子に乗らせるのなんて、ぜったいだめ」
 「でも、でも……」
 「じゃ、マナはもういいわ」ぴしゃりとレイは言った。少女の冷ややかな視線にマナは息を呑む。「私はひとりでも続けるから。マナがもうやめたいならやめてもいいわ」
 「そんな……レイちゃん……そんな言い方しなくっても……」じわっとマナの栗色の瞳に涙が浮かぶ。
 「ごめん。マナ。でも、マナがあんまりにも気弱で、『彼ら』の思うつぼになってるから……腹が立ったの」レイは一転して穏やかな口調になった。さらに共犯者めいた笑みを浮かべもする。
 「それに、カメラには私たちの顔は写っていないんだから、怖がる必要なんて全然ないの」
 「……本当?」
 「本当」震えるマナにレイは断言する。自分の言葉に根拠がないことをレイ自身が分かっていた。しかし彼女もまた励ましの言葉を必要としていたのだった。
 いや違う。
 綾波レイはは自分自身にも嘘をついたのだった。
 「大丈夫。問題ないわ」レイは微笑みを浮かべて親友を見下ろした。彼女の震えがしだいに収まっていくさまに安堵する。
 「……大丈夫よ。大丈夫なんだから」
 レイは何度も繰り返すのだった。



◆ ◆ ◆



 赤木リツコは小さく舌打ちをする。
 ハイブリッド車のフロントウィンドーのすぐむこうでトラブルが発生していたのだ。
 「馬鹿かしら?こんなところでどうして追突するわけ?」
 マニキュアの塗られた指がいらだたしげにハンドルを叩いた。
 セダンがうずくまるように止まるすぐ後ろで、ワンボックスが半ば横を向いて止まり、ドライバーだけではなくほかの人間たちも車から降りて、身振り手振りを交えて激しく会話を交わしているのだった。
 二車線をまたぐ形で車が止まっているうえに、彼らのおかげで強引に追い越すわけにもいかなかった。
 今日は姪のレイと夕食を共にするつもりだったのに、こんなところで引っかかるわけにはいかない。
 最近急に美しくなった(おそらく自分自身の魅力に、他者に及ぼす影響にようやく気づいたのだろう)姪とのまとまった時間をとることを楽しみでたまらないリツコはため息をついた。
 特に今日はレイに伝えなければならないことがあるのだ。
 先日のリツコと一緒に観覧したコンサートで撮影された少女の写真に対し、雑誌だけでなくコンサート主催者にまで問い合わせが殺到していることを。
 その中にはテレビなどほとんど見ないリツコですら知っているタレント事務所からのものもあるという。
 「ごめんなさいね。リツコさんはこんな話はうっとおしいだけかもしれないけど」オフィスで取った携帯電話越しの碇ユイ……碇シンジの母親でそのうえリツコの母の後輩でもあった……は恐縮しきっていてリツコは苦笑してしまう。
 シンジに対する取材申し込みよりも、「シンジの隣にいる神秘的な美少女の連絡先を教えてほしい」という問い合わせのほうが多いとなるとこれはもはや迷惑をかけているのはこちらのほうかもしれないとリツコは思う。
 とりあえずレイの件については少女自身にまず確認すると約束したリツコは、自分がひどく高揚していることに気づいて驚いてしまう。
 ……きっと真っ赤になってしまうんでしょうね。レイは。
 ……どんな反応をしていいか分からなくなって、でも「デビュー」することで少女の想い人に近づけるかもしれないと想像して、きっと混乱してしまうはず。
 ……いままで友達もほとんどいないコだったけど、期間を区切って学業と両立させる形でモデルのようなことをさせたほうがいいのかもしれない。
 いろいろと想像を膨らませてしまうのはリツコも同じだった。
 だから目の前の不意の渋滞で帰宅が遅れるなど我慢ができない。
 もう一度舌打ちをしてギアをリバースに入れる。いちどUターンして別の道を進むつもりだった。
 振り返ってあわててブレーキを踏む。
 背後にはいつの間にか大型トラックが止まっていた。
 さらにすぐ横に大きなバンが滑り込んできた。
 「いったいなにを考えているの?!もうっ!」

 綾波レイは携帯電話の画面に表示されたメッセージに落胆していた。

 「ごめん。急に職場に呼ばれて、そのうえ出張になってしまったの。本当にごめんなさいね。必ず埋め合わせするから。それからね、帰ってからとっても大事なお話があるから、楽しみにしていてね。リツコ」

 夕食を共にする約束をわびる叔母からのメールにはぁ、とため息をついてからレイはピザの宅配に電話をする。
 今日はいっぱいトッピングしちゃうんだから。チーズにエビに、あ、イカもいいかも。
 届けられたピザを頬張りながら、レイは件のサイトを確認する。
 今日はあの「変態」は出没していなかった。
 参加者たちは今日も過去の被害者たちのランキングと、その素性について無駄なやり取りを交わしていた。
 心のそこから彼らを軽蔑しつつ、しかし「カメラをとりはずした二人組」のことが話題に上っていることにかすかな満足を覚えるのだ。
 特にふたりを「美少女に違いない」と断定しているコメントに対して。



◆ ◆ ◆



 ……レイちゃんってば自由に使えるお金が多くていいなぁ。ほんとにいいよなぁ……。
 レイの部屋で宿題を片付け、スーパーで今晩の食材を買った(少しでも支出を減らすためにお買い得品を選んだのはもちろん、サービスタイム品も抜かりなくゲットしたのは当然だ)霧島マナはため息をついた。
 カードなんて使ったことないし、あんなにパソコンも携帯も、自転車も買えないし、洋服だって可愛いのどんどん買ってるし……。
 携帯ショップのウインドウに貼られた価格表に改めて驚く。綾波レイがあっさりと買い換え、教室でさりげなく取り出した端末(PCなみの画面と本物のデジカメ並みの機能が発売前から有名で相田ケンスケが目ざとく駆け寄ってきて触らせて欲しいと頼んだけれど、レイはにべもなくそれを断った)は一昨日出たばかりの新型で、ケンスケによるとちょっとしたノートPCなみの価格にもかかわらずそれを彼女は「長期契約はいろいろと制約があるから」との理由で一括払いで(それも叔母のカードを使って)買い換えたらしいのだ。
 「アルバイト、できたらなぁ」少女はため息をつく。育ち盛りでいろいろとものいりな子供が三人いる家庭なのだから小遣いを増やしてもらうなんてとても無理な話なのは彼女にも理解できていた。
 けれども「欲しいものを全部」手に入れることができる友人を目の当たりにし続けるのはいくら楽天家でお気楽マナでもつらいのだ。
 そのときだった。
 「これ、いいけれど高いんだよね」
 背後から声をかけられて飛び上がる。振り返ると高校の制服をおしゃれに……ちょっと、いやかなりミニに詰めたスカートですらりとした脚を強調し、ちょっと小さめのブラウスの第二ボタンが外されてネックレスが覗いている……着こなした「お姉さん」が親しみやすい笑顔を浮かべていた。
 「あ、えと、その……」マナは相手を思い出すことができない。
 「あれ?このあいだヒカリのところに遊びに来なかった?」
 「え……はい」マナはかすかにうなずく。少女よりも頭ひとつ大きい少女は苦笑する。
 「うーん、覚えてくれなかったのかな?アタシ、洞木コダマ。洞木ヒカリの姉なんだけど」
 「あ!ひ、ヒカリ……洞木さんのお姉さん!」マナは飛び上がり、ぺこぺこ頭を下げる。「す、すみません。ごめんなさい。なんだかその、雰囲気違うから……あ、あのぉ……」
 冷や汗をかいているマナに年長の少女……コダマ……は寛大な表情でうなずいた。
 「ま、会ったのも数回くらいだし。普段はバイトで遅いから」
 「でも、でも……ごめんなさい」
 「いいから……さ。ところで」コダマは少し表情を引き締めてマナに尋ねる。「ケータイ、ずっと見てたけど……買い換えるの?」
 「ま、まさか!こんなに高いケータイ」
 「だよねぇ。分割でもこの値段はちょっとね」
 「だけど、あたしの友達はこれ、持ってるんですよぉ。一括で買ったんだって」マナの言葉にショーウィンドウをのぞいていたコダマは振り返る。
 「すごいね。そのコ、バイトかなんかしてるの?」
 マナは首を振る。コダマは苦笑した。
 「お金持ちのコなんだ」くすっと笑われたマナは何も言わずに小さくため息をついた。
 コダマはマナの心境が手に取るように理解できてしまう。彼女の「友達」はこれら高価な品々を入手できるのが当然と考えており、態度にも表れてしまうのだろう。霧島マナがその品物を見るたびに感嘆以外の感情が大きくなりつつあることすらその「友達」は理解できていないのだ。
 だから、霧島マナがこのあとのコダマの行為にどう反応するかも分かっていた。
 「あのね、霧島さん、これなーんだ?」無造作にコダマが制服のポケットから取り出したそれにマナは目を丸くする。
 「あたしも手に入れたのが昨日だから、設定とかまだなんだけど」
 コダマの手に握られているのはショーウィンドウの中に鎮座している携帯電話だった。
 「すっご……い。いいなぁ……」思わず手を伸ばしたマナははっと気がついてもじもじと手を下ろした。
 「いいよ、触ってみる?」
 「え、うん、ありがとう……ございます」ぱっと表情を輝かせて端末を受け取り、慎重にいじり始める。
 「うわ、速い……。きれい……」とため息をつく女子中学生にコダマはくすりと笑って言った。
 「実はさ、それ、自分のお金で買ったんじゃないんだ」
 「え?」きょとんとするマナに彼女は説明する。
 「借りてるの。モニターってやつ?」
 「そうなんですか?いいなぁ。こんなに高いのを貸してくれる人がいるんだぁ」羨望のまなざしでマナはコダマを見つめてしまっている。
 「通話料も向こう持ちだしね」
 「え、えええーっ」思わず悲鳴のような声をマナは上げてしまう。きょろきょろと赤面しつつ周囲を見回した後、コダマを見上げる彼女の目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
 「いいなぁ……いいなぁ……」マナのつぶやきにくすりと笑ってからコダマは切り出した。
 「マナちゃんさえよければ、この端末のモニターを募集している人に紹介してあげようか」
 「え?」マナの驚きの表情が歓喜のそれに変わるまで数秒とかからない。
 「じゃさ、そこのファミレスでくわしい話、しようか」
 「あ、あの、コーヒー代、あたしが出しますからっ!」
 いまにも踊り出しそうな足取りで女子中学生はファミリーレストランの自動ドアへとかけてゆく。
 洞木コダマの携帯電話をしっかり掴んだままで。
 その後に続く年長の少女の複雑な表情……安堵と罪悪感と諦観が混ざり合い、しかしどこか淫らな色彩すら帯びた……に気づくこともなく。
 少し離れたところから二人を見守っていたワンボックスからの複数の視線に気づくこともなく。

 そのワンボックスの車内にはソックスと革靴以外を身につけずに男の足下に窮屈にひざまずく女子中学生がいることを霧島マナは知るよしもなかった。
 きまじめなお下げを弄ばれつつ「あーあ、お前の姉ちゃん、お前の同級生に『勧誘』始めちゃったよぉ」と嘲笑われても従順に男のペニスをかわいらしい唇いっぱいにほおばり、柔らかな口全体と舌を使って「ご奉仕」し続けていることなど想像できるはずもなかった。
 牡のフェロモン臭にすっかり酔ってしまったクラス委員長は、クラスメイトの霧島マナが陥るであろう罠にもその先の運命にも全く関心をなくし、口の中をとろとろと唾液で満たしてくちゅくちゅちゅぱちゅぱという卑猥な音をたてて男を射精に導くことに夢中になっているなど分かるはずもなかった。
 「お堅くて生真面目」と霧島マナが信じて疑わない洞木ヒカリがぬるぬる蜜をはき出す股間を男の靴にいやらしい腰使いでこすりつけつつ、一心不乱に口唇奉仕に励んでいるなど考えられるはずもない。

 今の霧島マナは高嶺の花と思っていた携帯電話を我がものにできるということに、有頂天になってしまっていたのだから。
 ほんの十数メートル離れた空間で、自分のクラスメイトに対し淫らで残酷な「教育」がなされているなど理解できるはずもないのだから。



◆ ◆ ◆



 数日たった。

 レイとマナの「活動」はそれほど活発ではなくなっていた。
 理由はいくつかある。
 ひとつは覗きカメラの新設ペースがめっきり低下したこと。
 性懲りもなく公園のトイレに二カ所、それから駅のトイレに二カ所設置されたものの、それ以上の追加はされることはなかった。
 ただちにレイとマナは公園のトイレには張り紙をし、駅のトイレに至っては設定を変えて当初のアドレスでは見えないようにしてしまった。
 「またあの二人組の仕業か?」と怨嗟の声があふれかえる掲示板の様子にレイとマナはくすくす笑うのだった。
 それどころか不平の渦巻く掲示板に「管理人はなにしているんだ!はやくカメラを設置しろ!」と煽ったり、あるいは掲示板のシンパを装って来訪者を過激に貶める書き込みをして混乱に輪をかけるのだ。
 レイは掲示板の住人たちの右往左往ぶりが楽しくてたまらない。
 さらに例の「露出狂」もぱたりと姿を表さなくなったため、Webカメラの画面にはただの壁が延々写り続けているだけで、掲示板の訪問者自身もめっきり数が減っているようだった。

 もう一つは霧島マナの都合だった。
 最近のマナはいままでのようにレイの部屋に入り浸りではなかったのだ。
 「ちょっとした用事」があると言って帰宅途中にレイと別れてしまう少女に、レイはそれ以上の理由を尋ねることもなく鷹揚にうなずくのだった。
 マナがレイの部屋に遊びに来るのは宿題かレポートを片付ける時ぐらいとなると、「ハンター」の活動は自ずと自粛状態になってしまう。

 それだけではない。レイ自身の態度も原因の一つだった。
 「ったく、ほんとーにバカだよね。……この人たちったらひょっとしてずーっとここを監視してるのかなぁ……レイちゃん?」霧島マナがふと振り返ると隣にいたはずの綾波レイがソファーにすっぽりと座って携帯電話に熱中していた。マナは頬を膨らませる。
 「……あ。え?なに?あ、掲示板のコメントのこと?」
 「ずーっとメールだね」
 「……ごめん」
 「相手はリツコさん?」
 「……あ……うん。そう。最近出張が多いから……」先週から出張に行ったっきりの叔母についてレイは親友に不満をこぼす。
 「ふーん」溜息をついて続ける。「そのケータイ、どう?」
 「どうって……。パソコンみたいにメールを打てるし、速いから便利」
 「カメラは?」
 「いろいろ機能がありすぎて分からないわ。カメラ用のリモコンまで付いてるんだから」
 「使わないんだ。リモコン」
 「ええ、これはいらないと思う」
 「ふーん」
 ふたたび溜め息をついてから、マナは再びPC画面の狂騒に目を向け、その書き込みに茶々を入れはじめる。レイはそっと溜め息をついてなかば閉じかけた画面を拡げる。
 カラーの精細な画面には書きかけのメール。
 レイは改めてそれに意識を集中する。

 「惣流さんからのメールの返事、まだないんですか?そう言えば彼女、今日も学校を早退していました。体調があまり良くないんだと思います……あ、そういえば授業ノート、どうします?惣流さん、それどころじゃなさそう」

 ……さりげなく提案。あくまでもついでを装って。
 少女はついに、ずっと考え続けていた言葉を打ち込む。

 「碇君が良かったら、わたしのノートを貸しましょうか?惣流さんほどちゃんとしてないと思うけど」

 ……さりげなく、なにげない感じで。

 「じゃぁ、今度会うとき、ノート持ってくるから」
 シグネチャの前に一行書き足し、綾波レイはどきどきしながら「送信」をクリックする。

 そう。
 そのメールは叔母である赤木リツコ宛てのものではない。
 それは碇シンジへと書かれたメール。
 綾波レイは痴漢退治よりもずっと素敵なものを「発見」してしまったのだ。
 先日のコンサートの後の食事会でなにげなく碇シンジのアドレスを聞き出したレイは、その日のうちにお礼のメールを出す。もちろんなれなれしい文面ではなく、それほど硬くもない文面で。
 二日後に返信が来たときには小声で歓声をあげてしまう。
 そして「クラスメート」としてのメールのやりとりが始まった。
 「アスカからのメールの返事が遅い」とか「アスカったら自分の言いたいことだけえんえん長電話をしてくる」との愚痴も、レイにとっては「おいしい話題」だった。
 自身がライバルとみなしている学年で一番の美少女に対して愚痴をこぼすシンジを軽く戒め、でも理解を示すことで綾波レイは相談役としての位置を固めていく。さらには音楽についての知識を巧みに披露してシンジに「アスカとはこういう話題の会話、できないんだよね」と苦笑混じりの言葉を引き出せるようにもなったのだ。
 来週末にはシンジはいちどこっちに帰ってくるという(予選に無事通過していればその二週間後にモントリオールだそうだ)。
 少女はそのときまで惣流・アスカ・ラングレーが不調であってほしいと願い、すぐにその考えを打ち消した。
 それはあまりに卑怯な考えに思えたのだった。
 少女は小さく溜め息をついてからソファーから身を起こすと、「ばっかみたい」とディスプレイに向かって小さく罵声を浴びせている背中に飛びつき、親友の上げる悲鳴に軽やかに笑うのだった。
 友人についたちいさな嘘への罪悪感を打ち消すために。

 だが、レイやマナが考えている以上に「彼ら」は暇であきらめが悪いようだった。
 「……これは予想外」レイはうんざりした表情になった。
 「ライブカメラの映像って保存できるんだ」
 「できるわ。そんなのあたりまえ」
 妙なことに感心していたマナはレイに睨まれて舌を出した。
 「しっかしまぁ、アレっすか。『再放送でおたのしみください』でくるとは」
 「不謹慎だわ」レイはまたマナをにらんだ。
 そう。彼らは……「盗撮カメラ報告BBS」の参加者たちは新規の映像が投稿されないことにしびれをきらし、過去の映像をネットにアップロードしはじめたのだ。
 さらにはその映像に映った「被害者」をランク付けし、「歴代ナンバーワン」を決めようとしているのだ。
 「ふざけてる。本当にふざけてる……え?」
 「ちょ、これ、これって……あたしたち……だよ……ね?」
 「……そう。でも……顔が映ってないのよ」
 唖然とするレイ。サムネイルに映る画像は以前に「変態オンナ」のストリップショー現場に駆けつけたレイとその親友がカメラを外そうとしているときのものだった。もちろん二人の顔は映っていない。しかし、BBSの住人たちはその画像に映った「ふたり」をも評価の対象にしていたのだった。
 マナの手に重ねてマウスを操作しクリックする。間違いなかった。
 たくさん付けられているコメントに目を通したふたりはほぼ同時に溜め息をつく。
 「ありえない。馬鹿じゃないかしら」
 「ほんと、よくこんなの保管してるねー。ぜんぜんエッチじゃないのに」
 「ええ、まぁ」レイは強ばった表情でうなずく。画面のなかではレイが大きく膝を緩めてしゃがみ、カメラのケーブルを掴もうと悪戦苦闘していた。
 「あ……このひとたち……」コメントを追っていたマナが噴きだした。「『このふたりの中学生、ぜったい美少女。まちがいない』とか言ってる……」
 「マナ」
 「なに?」
 「顔がにやけてる」
 「そ、そんなことないって!」マナは引きつった笑いを浮かべた。「こんな変な人たちにランキングされてもおいしくないよ。いや、マジで」
 「ふーん。『キャロットのコは健康的な感じ』とか書かれてる。あ、『唇が色っぽい』って」
 「もう、レイちゃんったらやめてよ。レイちゃんだってなんだかすごい人気じゃない。『ふとももー』とか『ふくらはぎー』とか……あ『びにゅー』だって」
 「変質者!」レイは吐き捨てた。一体どういうわけか分からないが、顔が完全に映っていたり、「きわどい/恥ずかしい』映像を撮られてしまった女性よりもレイとマナのほうがランキングの上位に、それもぶっちぎりのポジションにいるのだ。
 さらに彼らは二人に勝手な名前を付ける。
 「あ、なに勝手にあたしのこと『ハンターM』なんて呼んでる。あ、レイちゃんは『ハンターR』だって」
 レイはどきりとする。なぜ彼らは二人のイニシャルが分かるのだ。じっとスクリーンを見つめてから、意を決して書き込みをする。

 《この二人組の名前はどうやって?》

 返事は数秒後にあった。

 《ファイル名》

 慌ててデータのプロファイルを調べる。ファイル名はランダムな文字列が付けられている。安堵の声がレイの唇から漏れた。
 「ファイル名に『M&R』の文字があったからなのね」マナが感心したように言った。
 「そうみたい。身元が知られたかと思った……」
 「だって、顔だって見られてないし。私服だけど交換してるから……あれ、あれ……え」マナが意外そうな声を出す。「あたしがレイちゃんに勝っちゃった。このランキング……」
 締め切り直前までほぼ横並びだった二人だが、ぎりぎりになっての大量投票によりマナはレイに対して倍近い得票数で一位になっていた。ちなみに二位はあの「変態オンナ」だった。

 《なんだか初々しい感じがいいねぇ》
 《むちっとした太股とかが色っぺー》
 《もう一人のコより雰囲気がいいな》
 《やっぱりパンチラがポイント高いね》
 《ほんとーに隙間からのぞいただけなのに……それが萌える》
 《そうそう。もう一人はサービスが足りない》
 《指が綺麗だ。ハンターMちゃんは》
 《もう一人は、Rはアレだな、なんか冷たい雰囲気がある》
 《同意!!》
 《同意!!》

 「マナったら……こんな人たちに選んでもらって嬉しいの?」レイは呆れた声を出す。じろっと視線を投げつけると彼女の親友は首をすくめる。
 「じょーだんだってばぁ。レイちゃんったら真面目なんだから」ぱたぱたと手を振るマナ。レイはすこしたってからうなずく。かなりぎくしゃくした動きで。
 「こんなので喜ぶなんて馬鹿げてる。勝手に付けたランキング、それもこんなひとたちが付けた順位なのよ」
 「分かってるって。分かってますって……あれぇ?」マナがレイを仰ぎ見た。悪戯っぽい表情で口元がすこしひくついていた。「レイちゃんって……ひょっとしてじぇらしー?」
 「ばか!」


 その夜、レイは一人で公園にいた。
 周囲に誰もいないことを確認してから伊達眼鏡をかけ、さらに野球帽を目深にかぶる。
 深呼吸をしてから足を進め、ドアを開けて中へとはいる
 盗撮カメラが仕掛けてあるトイレの中へと。



◆ ◆ ◆



 隣室の兄弟が寝静まったころ、少女は慣れた操作でメニューの階層を次々と下る。
 「……早っ。もうポイント増えてる」
 霧島マナが見つめているのは最新式の携帯の画面。彼女が驚いているのはその画面に表示された電子マネーの残高。
 「一〇カットでこれだけ……あ、『単価』があがってるんだ」
 少女はつぶやいて少し頬を染めた。
 「Dマイナス」のランクから「Dプラス」のランクへと上がった理由に気づいてしまったからだった。
 「やっぱり……えっちなポーズのほうがいいんだぁ。でも……」
 彼女は考える。あの「ポーズ」はしかし、それほどひどいものではないはずだ。あんなポーズなんていくらでも雑誌……二人の兄がこっそり読んでいるような……でもよくあるものじゃないか。
 「よし」小声でつぶやく。
 霧島マナはするするとパジャマのズボンを脱ぎ捨てる。
 カメラモードに切り替えた最新携帯をそっとベッドの上に置く。レンズはこちらを向いていた。
 四つん這いのまま後ろ手でちっぽけなリモコンのボタンをクリック。ちらと振り返った液晶に映っているのコットンショーツに包まれた健康そうな少女のお尻。
 顔が映らないように慌てて前を向き、そのかわりにお尻をさらに突き出す。
 それからぎこちなく腰を動かして、くりくりと稚拙な尻振りダンスを携帯のレンズに披露する。
 昨夜このポーズを撮影することで、いままでの数倍ものポイントを……現金の代わりに使うことができる電子通貨を……得ることができた彼女は、少しずつ少しずつ「馴らされて」しまっていることに気づいていない。
 そうなのだ。

 女性の敵と戦ってきたはずの「ハンター」のひとりは、自身のエロティックな写真や動画をアングラサイトへ投稿し、お小遣いを稼ぐようになっていたのだった。

 もちろん霧島マナが逡巡しなかったわけではない。
 「性的なモノとして鑑賞される」ことに恐怖を覚えなかったわけではない。
 「自分を切り売りする女性」に対する軽蔑がなかったわけではない。
 だいたい、いま親友と一緒に行っている行為に対して、それが明確な裏切りだということも分かっていた。
 でも、マナのためらいも抵抗もファミレスの明るい窓際で語られる楽しげな説明によって、簡単にぐらついてしまう。
 それくらい彼女の……マナの同級生の姉である洞木コダマの……提案は魅力的だったのだ。

 「この程度でいいんだから。ほら」制服姿の女子高生がひょいと見せた最新型携帯の画面には制服のスカートの裾をつまみ、下着をのぞかせている若い女性の下半身が映っていた。
 そのスカートがコダマの身につけている制服と同じものと気づいてマナはコダマを見上げる。
 「そ、あたし」くすっと笑われて、マナは真っ赤になった。
 その調子で数枚の写真を見せられる。

 ソファーに無防備に腰を落としているために、膝小僧の隙間からちらちらとピンクの下着がのぞくミニスカート姿。
 ベッドの上の「体育座り」で披露されるむっちりした太股からヒップにつながるライン、そして白ソックスで絶妙かつ微妙に隠されているためにかえって強調される白ショーツ。制服のスカートはそれらを隠すためではなく、見るものの想像力と劣情をかき立てる存在となっていた。
 デザインの詳細や生地の光沢まではっきり分かる白ショーツに包まれた聖域の膨らみと翳りへと、見るものの視線を引き寄せて離さないベッド上での「M字」開脚ポーズ。
 白いブラウスのボタンを全部外してするりと両肩からずらして披露される、お洒落なブラに包まれた形のよいふたつの膨らみ。
 本来フレアスカートに隠されているべき弾力にあふれた太腿に、よじれてTバックになったナイロンショーツが隠しようもなく露わになったいわゆる「逆さ撮り」のアングルで、ひどく生々しく写ってしまうクロッチ部分の皺と「染み」。

 「これ全部でいくらになったと思う?」コダマはくすくす笑うとマナの手を取り、掌に指で数字を書く。
 「う、うそぉ……」ごくりと唾を飲んでから、しかしかすれた声でマナは呟いた。「これ、五回くらいやったらこの携帯が買えちゃうんだ」
 「買わなくてもいいんだってば」コダマは余裕たっぷりだった。「これは必要な機材なんだから向こうがこっちにくれるの。だから貰ったポイントはマナちゃんが好きに使えばいいの」
 「う、うわぁ」マナは目眩を起こしそうだった。
 「ね、すっごくおいしい話でしょ?」年長の少女の言葉にマナはうなずくしかなかった。

 ……知り合いの知り合いの紹介。向こうはあたしの名前も知らない。このケータイは向こう持ちだから、向こうはこっちの情報は全然ないわけ。なにかヤバいことがあったらコレ捨てちゃえばそれで終わりだから、安全でしょ?
 ……顔が映っている写真はアップしちゃ駄目だよ。まぁ写ってると「値段」はすごく上がるんだけど。
 ……気に入らないカットは削除すればいいからね。
 ……映像はもっとポイントが稼げるから。そ、ムービーモードで撮影するの。途中で顔が映ったりしたら、そこは編集モードで消してから送るんだよ。
 ……ぱんつの色を変えるだけで、同じカットでもその都度ポイントがもらえるから。
 ……えっちなポーズを取ったり「ナマ」を見せたりするとランクが上がるけど、無茶しないほうがいいと思うな。
 ……これのおかげでバイト減らせたんだ。おかげで勉強の時間が増えて成績上がっちゃった……これってすごく変だよね?

 「しばらく考えてから答え出してもぜんぜんいいから」
 コダマはそう言ったがしかし、霧島マナはファミレスを出る前に彼女に自分の意志を伝えていた。
 そしてその最新型の携帯は二日後にはマナの手元にあった。
 しかし少女が撮影するまでにはさらに二日が必要だった。

 ……だって、顔が隠れてるからあたしだって分かるはずないもん。
 ……だって、お兄ちゃんたちの見てる雑誌やえっちなサイトでもあたしくらいの女の子が似たようなポーズ取ってるし。
 ……だって、レイちゃんみたいにあたしはお小遣いもらえないんだから。
 ……だって、これは盗撮じゃないし。あれは承諾を得ていないけど、これはその「分かってて」やってるわけだし。

 最初のカットはデニムスカートでの「体操座り」だった。
 もちろん下着は洗濯したてのものに履き替えている。
 そのままポーズを変えてなんどもボタンを押した。
 片膝を立ててのポーズ。
 体操座りのまま膝をゆるめたポーズ。

 どれも「ちらり」としか下着が写っていないうえ、代わり映えのしないポーズだったがマナはそれをなんども拡大しスクロールし、自身の顔や身元を特定されそうな背景がないかを慎重に確認してから指定されたアドレスに「それら」を送った。
 一〇分おきに画面をのぞき込んでメールを待った。
 結局返事が来たのはその翌朝。
 しかしポイント確認のメニューを開いたとたん「向こう」の対応の悪さへの不満はかき消えた。
 「たった五枚で……そんなに見えてないのに……CDが二枚くらい買えちゃうよ……」
 少女は浮かんでくる笑みをなかなか消すことができず、朝の食事を囲むテーブルで二人の兄に質問攻めにされたのだった。
 もちろん、彼女は「秘密」について語るはずもない。

 その日のうちにマナはさらに一〇カットを送った。
 その翌日にはコダマが見せた写真のように下着があらわになる写真を送るようになった。
 そうして一週間後には、動画で「えっちなダンス」を披露する決心がついたのだった。

 そしてその翌朝、マナはコダマに愚痴っぽい口調でメールを打つ。
 「もっと単価が上がるためにはどんな写真がいいのかなぁ?」
 その返事として送られてきたメールにはURLのみが記載されていた。
 クリックしたマナは知ることになる。
 そこはランキングサイトだった。
 そこにあるのは顔を隠した女性たちのサムネールサイズの写真。
 「きわどい」ポーズを披露する彼女たちその写真……熟れた肢体を強調しているものもあれば、幼い躯で生意気に男を誘うものも、若鮎のような身体の柔軟性を強調するようなものもあった……の隣には得点とコメント数を表示するカウンター。
 その中には霧島マナが投稿した写真もあった。
 彼女は知る。
 少女が「えっち」だと思っているものは「彼ら」にとっては全然ダメだということに。
 自分につけられた「評価」がほぼ最低ランクのものであることに。
 マナの美的感覚からするといささか問題ありなスタイルで、単に「かわいいフリ」をしているだけの少女たちでさえマナよりも上のランクであり、さらにポーズによっては「A」ランクとされていることに。
 「A」ランクとされている少女たち……ただ手で目のあたりを隠しただけだったり、帽子を深くかぶって素顔をさらさないようにしているだけの……がどう見てもマナより劣る容貌であり、スタイルもいまひとつであることに。

 「……あのさ、このお腹ぽっこり……ちょっと許せないよ。お肌も荒れてるし、だいたいそんなに可愛くないじゃん……目線隠してても分かるんじゃダメっしょ」
 マナのつぶやきは攻撃的で辛辣だった。
 「……こんなコでも、こんなカッコすれば……これだけ貰えるんだ。ふーん、そうなんだぁ」
 ただ手で目のあたりを隠しただけだったり、帽子を深くかぶっていて素顔をさらさないようにしているだけだったりする少女の破廉恥きわまりないポーズと、それに付けられた「価格」に霧島マナは唇を曲げて笑う。

 親友の家にも寄らずにまっすぐ帰宅した少女は、兄たちの帰宅まであと二時間あることを確認したのち、ベッドの前の机に慎重に携帯を置き、角度を調節する。
 それから制服を脱ぎ捨てて下着姿になるとベッドに腰掛ける。
 液晶画面にはシンプルな下着に包まれた小振りなヒップとちょっとむっちり気味の太股。
 リモコンのボタンを押す。携帯のレンズ付近のLEDが赤く輝く。
 霧島マナはゆっくりと脚を開くとショーツに護られた処女肉をゆっくりと撫ではじめる。
 呼吸が次第に荒くなり、その指使いが「ビデオ用の演技」でなくなりつつあることに霧島マナは気づいていなかった。

 結局そのビデオを送るまで、まる二日少女は悩み続けた。
 けれども送付されたポイントの額を見たとたん、彼女は「悩んでいた自分」がバカだと結論づけてしまった。
 さらに「今週のハイライト」として自身のオナニー動画が取り上げられて怒濤のような賛辞が浴びせられていることを知るとその気持ちはさらに強くなった。
 ……「演技」であれだけポイントが稼げるのなら、もっともっと「それっぽい」ことをしてあげるんだから、うん。

 霧島マナは知らなかった。
 彼女のクラスメイトであり、クラスの女王である惣流・アスカ・ラングレーがかつてそれと同じつぶやきと笑みを浮かべていたことに。
 ……そして彼女が罠に落ちていたことに。



◆ ◆ ◆



 「レイちゃん……気落ちしちゃだめだよ」
 霧島マナはレイの肩を軽く叩いた。綾波レイはディスプレイをじっと見つめたままうなずく。その表情は硬いままで、どこか余裕のあるマナとは対照的だった。

 《ハンター”R”はかわいいパンツを履くんだな》
 《縞パン!縞パン!》
 《パンツが見えるまでのポーズがえろいな》
 《おれ、ファンになりました》
 《ランキングのページ、見てみろ。”R”がぶっちぎりだぞ》
 《【レインコート】は全裸オナニーなのに……パンチラに負けるのか(笑)》
 《パンチラじゃないぞ。パンモロだ》

 歓喜の文字列とともに並ぶURLの先にはどのような動画があるのかは綾波レイ自身がいちばんよく知っている。

 その映像はスレンダーな少女が慎重な足取りでトイレへ入ってくるところから始まる。
 紺色のソックスと(ごく普通のデザインに見えるが)プレミアが付きのスニーカーは「ハンター”R”」が履いていたのと同じで、掲示板の住人たちもそれをすぐに指摘した。
 だが、今夜の少女は「ハンター”R”」とは異なり、ひどくおずおずとした動作でカメラを探していた。
 理由は少女の服装だった。
 少女はスカートを、柔らかなデニム生地のスカートを、つるんとした膝小僧が丸見えになるほど短いスカートを履いていたのだ。
 だから少女がいかに細心の注意を払っても、無理な姿勢を取るたびに青白く輝く太股がエロティックにカメラにちらりちらりと晒されるのを防ぐことはできない。それどころか姿勢によっては小さなお尻のかたちそのものがスカートの布地越しにはっきりと分かってしまうくらいなのだから。
 それでも彼女は女子トイレの個室で懸命になにかを……そう、隠しカメラを探そうとしていた。
 しかし、掲示板の観客たちは彼女に寛容だった。

 《もじもじしちゃって……可愛いなぁ》
 《それが色っぽい》
 《寸止めがこんなにエロいとは》
 《ハンター”M”のパンチラよりもいやらしいな》

 そうなのだ。
 隠しカメラの存在を知っている彼女は、カメラを意識しすぎてしまっていたのだった。
 カメラのレンズから身を守ろうとする彼女の取るポーズは実はひどく扇情的ですらあるのだ。

 たとえば……。

 正面のカメラに下着を見せまいとぎゅっと膝を合わせたまま無理に身体をひねっているために、スカートの裾はおおきく引っ張られて超ミニになり、まっしろでまだ肉付きの薄い太股を付け根ぎりぎりまで露わにしているところとか。

 二台のカメラから表情を隠そうと視線をそむけているた彼女が膝小僧をくっつけたままもじもじ移動するさまが、まだ幼い少女が「太股を擦り合わせてイケナイ刺激を得ている」ようにしか見えないこととか。

 膝をついて身体を伸ばす少女の小振りのヒップがくりくり動く様子は、背後から見下ろすアングルからではひどく蠱惑的で淫靡で、雄を誘っているようにしか見えないところとか。

 だから少女を背後から写す映像に切り替わった瞬間、

 《犯したい!バックから犯したい!》
 《ぐいっと腰を掴んで、パンティーずらしてそのまま後ろから……》

 「『パンティー』ですって!ほんとうに馬鹿だわ。普通ショーツとかパンツって言うわ」レイがはき捨てるように言った。
 「そりゃそうだけど、そういう問題じゃ……」マナは苦笑する。

 だが、もっとも屈辱的なシーンはそのあとなのだ。
 綾波レイがようやく手探りでカメラを見つけ、そのケーブルを引きちぎろうとしたそのとき……。

 《縞パン!縞パン!》
 《大胆開脚ぅー》
 《やっぱりRちゃんってモリマンなんだー》

 レイの指が素早く動いてプラウザを終了した。
 けれどもマナははっきりとそれを見てしまった。

 突然ぴくりと身体を強ばらせ、そのままバランスを崩してしまう「ハンターR」を。
 そして尻餅をついたまま、太股の付け根までカメラに公開してしまった「ハンターR」を。
 下着の色や柄、デザインまではっきりと分かるほど無様でエロティックな開脚ポーズをネットに披露してしまった「ハンターR」を。
 ショーツに護られた乙女の場所の形状がじっくり観察されてしまうくらいの時間、その破廉恥なポーズを維持してしまった「ハンターR」を。

 「……突然ドアがノックされたの。どんどんどんって、だから……」綾波レイは小さな声で言った。
 そう、勇敢でクールで沈着冷静と誰もが思っていた少女は、「捜索」の最中に乱暴にドアをノックされてパニックに陥ってしまったのだ。
 すとんと腰を落とし、下半身にまったく力が入らないまま一分ちかく無様で挑発的なポーズをネットに公開してしまったのだ。
 いや、そのあとのろのろと立ち上がるまでの映像も見ようによってはひどくエロティックだった。
 掲示板の住人は少女が力なくもがくたびにショーツに寄る皺に大騒ぎし、太股の動きに歓喜したのだ。

 「で、誰かいたの?」マナの問いにレイは首を振る。ノックされてたっぷり一分経ってからドアを開けたのだ。誰かがいるわけなどなかった。
 「いたずら……かな」レイの親友は冷静だった。そして少し可笑しそうだった。「あんまり気にしちゃダメだよ。ぱんつ見られたくらいで」
 「気にするわ」レイはPCの画面をじっと見つめていた。
 「でもさ、そんなに見られたくないんだったらどうしてミニなんて履いてったのよ」
 「そ、それは……コンビニの帰りだったから……最初からカメラを取り外すつもりなら……」
 「レイちゃん、大人気だったじゃない。パンツ見せただけで『彼女』の何倍もの票を集めて……」
 「マナ!もういいから!」
 「だけどレイちゃんだってちょっとは嬉しいでしょ?ほれほれ」
 「もういいってば!」レイの瞳に涙が浮かんでいることにマナは初めて気がついてそしてたじろぐ。もぐもぐと謝罪の言葉を呟き、彼女はレイの家を辞した。
 レイは友人を見送りもしなかった。

 綾波レイは泣きたい気分だった。
 本当にちょっとした遊びのつもりだったのだ。
 「ハンターR」が「それっぽい」ポーズを取って見せれば、「彼ら」は馬鹿みたいにヒートアップしてしまうことをマナにさりげなく伝えるためのちょっとした遊びだったのだ。
 マナのほうがレイよりも魅力的だと、エロティックだと、すなわち大人っぽいと見なした「馬鹿な人たち」に教えてやるつもりだったのだ。
 だから「分かる人には分かる」ようにいつもはいている限定もののスニーカーを履き、それから……ミニスカートを履いたのだった。
 その格好でアクシデントを装って蠱惑的な姿勢を取ってみせれば「観客」はきっと大喜びし、本来なら「敵」であるはずの「ハンターR」を褒め称えるに違いないとレイは確信していたのだった。

 それなのに予想外のハプニングで彼女はパニックに陥った。
 いや、単に「腰が抜けた」というほうが正しいだろう。
 無人のはずのトイレに誰かが侵入し、ドアを乱打したその瞬間、レイの頭の中は驚きと恐怖で真っ白になってしまったのだ。
 身体の力がぐにゃりと抜けると同時に、誰にも負けないと思っていた勇気も身体から抜け出してしまったのだ。
 レイはごしごしと目をこする。
 それなのに、マナはどこか突き放したような態度を取るのだ。
 レイのショックなど取るに足らないような態度を取るのだ。
 「もう……もう……」
 ランキングではレイのほうがマナよりもはるかに魅力的であることが証明され、その差はさらに開きつつあるのに、少女はひどく惨めな気分になっていた。
 そう、それは敗北感だった。
 あのとき、扉をたたいたのは間違いなく盗撮魔の一員に違いないとレイは判断していた。
 そうでなければあのタイミングであの無人のトイレットに現れるはずがない。
 さらにネットへ投稿された映像、それ自身がレイに対する明確な警告だった。
 そう、それは間違いない。
 いま掲示板の住人たちを沸かせているこの映像は本来あるはずのアングルの映像が一切ないのだ。
 それは天井からの視線。それは床にへたり込み、野球帽で隠していたはずのレイの素顔が露わになった……そう、あの瞬間レイはカメラと視線を合わせてしまったのだ……映像も存在していなかった。
 レイには彼らのメッセージが明確に理解できてしまった。
 震える指でブックマークの一つを選択し、パスワードを入力する。
 そこは「盗撮魔」たちが連絡に使っている非公開サイト。
 二度とアクセスはしないと思っていたところへ少女は再びアクセスする。
 「未投稿データ保管庫(無断投稿禁止)」と書かれたメニューをクリックして、昨夜の日付をクリックする。
 レイは息をのんだ。
 十数枚、いや数十枚の「ハンターR」の画像がそこにはあった。
 掲示板に投稿されたそれよりも高解像度で、さらにきわどく扇情的なポーズをとる綾波レイがそこにいた。
 とくに不意を打たれて姿勢を崩し、ミニスカートに隠していたショーツを披露するカットは掲示板に投稿されていたものとはまったく異なるものだった。
 「こんな……に……撮られて……。こんな風に……写って……」レイは両手を握りしめる。
 その映像の中の少女はまるで挑発しているようだった。
 ミニスカートの奥を大胆に披露して、可愛らしいショーツに包まれた処女花の存在をアピールしているようだった。
 真っ白な内股を大きく開き、コットンの布地一枚に隠された柔らかくぷにぷにとした花弁をアピールして、雄を誘っているようだった。
 肘をついたまま腰を浮かすポーズは、華奢な身体にのしかかり征服してくれる誰かを待っているかのようだった。
 そして淫らな体勢で男を誘っている少女の表情も、本来なら明らかになっているはずだった。
 そう、トイレの天井に設置されたカメラは、尻餅をついた「ハンターR」の美貌を正面から捉えていたのだった。
 そう。
 「彼ら」に知られてしまったのだ。
 レイの素顔が、その正体が。
 とうとう、ついに。
 「保管庫」に置かれているその写真ではレタッチソフトで黒々と目線が入れられて、少女の身元が特定されないようになってはいたが、それが彼らの良心や良識によるものでないのは明らかだった。
 これは「ハンターR」に対する警告であり、勝利宣言なのだ。
 少女は勢いよくノートPCのディスプレイをたたみ、つっぷして泣きはじめた。
 「……あんな卑怯者に……顔を撮られたくらいで……まけたわけじゃ……ない……。負けたわけじゃ……な……い……」
 だが少女には分かっていた。
 彼女はもうひとりではあのトイレに行ったりしないことを。
 マナが誘わないかぎり「ハンター」としての活動を今後は行わないであろうことを。



◆ ◆ ◆



 「もう、レイちゃんたらほんとに負けず嫌いなんだから」霧島マナはエレベーターの中で溜息をついた。
 掲示板の住人たちのやりとりに我慢ならなくなったのだろう。
 学年で一、二を争う知性派少女はついに単独行動に出てしまったのだ。
 それなのに逆に彼らに対し、ものすごい「サービス画像」を提供してしまったのだから、レイが当たり散らすのも、そしてへこむのは当然だろう。
 それにしてもどうして彼女はあんなに可愛い格好で盗撮現場へ乗り込んだのかしらとマナはふと疑問に思う。
 「普通ならスカートじゃなくってパンツにするよね。ま、そこがレイちゃんらしいのかも」
 くすくすと霧島マナは笑った。自分が綾波レイに対し、以前ほどの劣等感を抱いていないことにふと気づいて少女は少し驚き、それから納得する。
 ……そっか。「ぱんつ」どころじゃないものね、あたしは。
 くすっと笑う。
 ……昨夜なんて、おっぱい弄ってるムービー、送っちゃったんだから。
 ランキングサイトの「分かっていない」連中を驚かせるためにマナはちょっとがんばってしまったのだ。
 ミドルティーンの少女が健康的なデザインのショーツとTシャツ……もちろんノーブラ……姿でベッドに腰掛けて、大きく脚を開いたポーズは十分「高ポイント」なはずだった。
 でも今日はそれで終わりにするつもりはマナにはなかった。
 自分の「女の子の部分」の形をなぞるように、「スジ」の部分を爪でそぉっと擦りながらのオナニーを開始して「あげる」。
 ショーツの上からゆっくりそっと敏感なところを撫で回すだけでは物足りなくなったのなら、ウェストのゴムをくぐって進入した右手でくちくちと未開の「アソコ」を浅くゆっくりほじくって遊ぶ様子を見せて「あげる」。
 もちろん「ナマ」はまだ見せてあげたりはしない。最近ランキング上位に現れるようになった「中二のHちゃん」はいわゆる「パンツ履いてない」写真を立て続けに投稿して大反響を呼んでいるけれど、いまのところマナはそこまで「してあげる」つもりはなかった。
 だんだん息が荒くなってきて、呼吸のたびに尖った胸の先がシャツにこすれてびりびり感じてしまう。
 開いた左手でシャツ越しにゆっくり丁寧に胸を刺激する。漏れる吐息がだんだんと熱を帯びてくる。
 「よーし、だいさーびすぅ」少女はつぶやくと左手をシャツの裾から侵入させた。おへそが、真っ白なお腹が、可愛らしいバストがカメラの視線にさらされて、それをほっそりとした指がゆるゆる刺激する。
 軽く持ち上げ、先端を指で刺激し、あるいは二本の指で桜色のニプルをくりくりと悪戯する。
 「こ、これだけサービスしたら、いっぱいポイント稼げるよね……」
 あくまでもこれは手段に過ぎないのだからと霧島マナは自身に言い聞かせ、卑猥なショーをカメラに向かって披露し記録する。
 大きく開いた両脚に知らず知らずに力が入り、腰を浮かせた少女は身体を薄っぺらい壁にごとごとごんごんと騒々しく押しつけて、子猫のような甘え声を上げるのだった。

 奇妙なことに確認のためにちっぽけな画面で再生したその「まだ幼い少女の公開自慰映像」に、霧島マナは達成感こそ感じこそすれ、羞恥心も後悔も抱くことはなかった。
 顔を隠して慣れた様子でポーズを取り、おんなとして未完成な身体をいじくって悶える少女の映像はどこか現実離れしていて、それが自身のものであるとマナにはぴんとこなかったのだ。
 「よっし……十分エロい……よね」くすりと笑って送信ボタンを押す。
 少女はその瞬間、まったく後悔していなかった。
 羞恥心も自己嫌悪も全くなかった。
 あるのはただ期待だけ。
 この映像を見た観客たちの興奮ぶりと賛美のコメントと、それによって得られる「ポイント」だけを期待していたのだった。

 だから霧島マナは綾波レイの「公開映像」に対する彼女の態度がおかしくてしょうがない。
 「まぁ『見られる』のと『見せちゃう』のは全然違うからなぁ……だけど……」
 霧島マナはふと思う。
 レイがあの映像を「投稿」すればいったいいくらぐらい稼げたのだろうと。
 きっとあの三分程度の映像でも、下着しかさらしていないあの映像でも……CDを五枚、いや六枚は買えるほどのポイントが稼げたに違いない。
 ……もったいない。レイちゃんったら。
 そう考えている自分に気づいてマナは少し驚く。
 けれども彼女はそれ以上深く考えることはなかった。たぶん明日振り込まれるポイントの使い道を考えるのに夢中になってしまっていたのだった。
 だから綾波レイの住む高級マンションのエントランスに駐まっているセダンの存在に気づいたのは、そのドアが開いて二人のスーツ男が現れ、マナに声をかけたときは飛び上がらんばかりに驚いてしまう。
 「霧島マナさん?」内ポケットから手帳サイズの身分証を一瞬覗かせた中年男性は無表情のまま尋ねる。「洞木コダマって女の子を知ってるよね?」
 さあっと青ざめたマナはこくこくうなずく。
 ……コダマのあの「アルバイト」が警察にばれたのだ。
 「彼女からね、霧島マナさん、あなたの名前が出てきたもので。おうちの方に聞いたら、たぶんここだろうと……」
 「お、お兄ちゃんに言ったんですか?こ、このこと、投稿サイトのこと!」
 二人の男は顔を見合わせる。答えたのはもう一人の男だった。
 「……キミの家族にはまだ何も。行方不明の家出人について知っているかもしれないと言っただけで。投稿サイトについては……洞木コダマの件もあるから質問させてもらうことになるだろうね」
 なかば絶望し、しかし兄に投稿サイトのことを知られていないとわずかに安堵した制服姿の女子中学生はしかし、男の言葉にはっとする。
 「行方不明?家出人?」
 男たちはうなずき、マナに事情聴取したいと告げる。
 マナは躊躇するがしかし、従うしかない。
 ……どうしよう、どうしたらいいの?ケーサツに取り調べされてることや投稿サイトのこと、お父さんやお母さんに知られたら……。お兄ちゃんたちに知られたら……。
 うつむく少女の肩に男がそっと手を置いた。
 「自宅には『友達と遊んでいるから帰りが遅くなる』と伝えればいい。今日は金曜日だから、お兄さんたちも疑問に思わないだろう。ちがうかね?」
 「え……?」
 「警察沙汰になっていることをご家族に知られたくないのだろ?」
 「え……ええ」
 「捜査に協力してくれてるんだから、それくらいの便宜ははかってあげてもいいよ」
 マナはうなずく。ポケットから電話を取り出すと短縮ボタンを押して耳に押し当てた。
 数回のコールののちに出た相手に向かって少女は全身全霊を込めて嘘をついた。
 「あ、ムサシ兄?あたし、マナだよ。あのね、ちょっとさ、お母さんに伝えておいてほしいんだけど……えへへ」
 少し甘えた「妹らしい」口調でマナは兄に今日は遅くなること、綾波レイと一緒にいるから心配しないでほしいこと、それからレイの機嫌が悪いので彼女の携帯には電話しないで欲しいことを付け加える。
 少女の努力は完全に成功した。
 どうやらゲームを中断して電話を取ったらしい彼女の兄は、普段なら妹の嘘やごまかしを簡単に見抜いてしまうはずの彼は、めんどくさそうな口ぶりでマナの「お願い」を母親に伝えることを約束した。
 電話を切り、ほっと溜息をつくマナ。
 「信じてもらえたかい?」
 「は、はい。お兄ちゃんったらちょっと甘えて頼めば、だいたい言うこと聞いてくれるんです!」
 にこりと微笑む少女に男たちは車の後部座席に乗るよう促した。
 「あ、あの、あたし……自転車で来てて……」
 「あとでまたここに送ってあげるから」
 つまり「聴取」はそれほど時間はかからないのだ。マナは理解すると同時にさらにほっとする。
 「へぇー。これが覆面パトカーなんだ。あたし、こんなの乗るの初めてです!」
 兄弟に後ろ暗いアルバイトのことを知られずにすむという安堵感が、彼女の警戒心を麻痺させてしまっていることにマナ自身はまったく気づいていなかった。
 男のひとりが並んで座り、ドアを閉めたときも少女が考えていたのは洞木コダマについて、どこまで本当のことをしゃべり、どこから嘘をつくかということだった。行方不明になっている同級生の姉の消息や安全にまでまったく考えが及んでいなかった。
 日が傾きつつある道路をセダンがゆっくり加速していくあいだも、霧島マナは事情聴取をどう切り抜けるかを考え続けていた。
 見知らぬ男たちの劣情に満ちた歓声を自身の価値の証明だと考えはじめ、親友の美貌も痴態も商品として換算するようになった少女はいまの状況について、ほとんど警戒心を抱いていなかった。
 窓の外の風景をぼんやり見つめつつ、霧島マナは考えていた。

 どうやれば警察に不審を抱かれることなく解放されるだろうかと。
 そして一刻も早くポイントを受け取ろうと。



◆ ◆ ◆



 綾波レイはぱたんと仰向けにベッドに横たわる。
 もうじき休みも終わり。明日は月曜日。学校に行かなければならない。はぁ、とため息をついた。
 この土日、レイは高級マンションの外へ出ることがなかった。
 ケーブルテレビの映画とネットの徘徊、最近買うようになったティーン向けのファッション誌を眺めることで時間をつぶし、冷凍食品と宅配ピザで空腹を紛らわせていた。
 それ以外にしたことといえば叔母である赤木リツコと友人の霧島マナ、それから碇シンジへメールをつづり、それから少しピアノを……レイがまだ小学生のころに、リツコが新居のマンションの防音室を「埋めるため」にほとんど勢いで購入したアップライトを……弾いただけ。
 しかしレイは退屈していなかった。
 もともと内向的な性格であったし、孤独を苦痛としない性格であるのも理由だった。
 さらに先日の盗撮魔たちがレイを探して徘徊している可能性も捨てきれなかった。
 ……あの公園は学校の帰り道からも少し離れているし、このマンションからは自転車で二〇分はかかる。彼らが自分を捜し当てる可能性は非常に低い。こちらからわざわざ出向いたりしないかぎりは。
 レイの理性はそう告げつつも、用心するに越したことはないと判断していた。
 掲示板の熱狂ぶりに応えるために盗撮サイトの管理人の誰かがレイの正体を探ろうとするかもしれないからだ。
 だからレイはパジャマかジャージ姿で……叔母が在宅なら優しく微笑みつつも、「だらしない」と叱るような姿で……この二日間を過ごすことになる。
 さらに少女は用心深く、マンション備え付けのセキュリティカメラの映像をホームサーバーにつなぎ、常時録画する設定に切り替えていた。
 このマンションのエントランスを出入りする人々、エレベーター内部の映像、さらにレイの住むフロアにつながる廊下の映像。
 サーバーに保管されたこれら五秒おきのコマ撮り映像をセキュリティプログラムは常にチェックし、異常な挙動……同じ場所にずっと立ち続ける……何人も固まり続けている……あるいは急な動作をする……が現れると警告を発するのだ。
 いまのところは問題はなかった。
 霧島マナがエントランスを自転車に乗って走り去る後ろ姿をなんどもチェックしたが、それの後をつけるような人も車もなかったし、侵入者もいなかった。
 レイはベッドのうえで伸びをする。
 ……いくら何でも、彼らだってそんなに暇じゃないはず。数日は私を捜すでしょうけれど、すぐに飽きて別の被写体や盗撮場所に興味を持つはず。
 軽やかなアラームが聞こえ、ぱっと少女は身を起こしてシーツのうえに転がしてあった携帯を掴む。
 「……碇君!!」画面を慌てて開く。
 それは京都でコンクールの予選に控えた特別レッスンを受けている碇シンジからのメール。
 この二日のあいだ、レイから何通も貰ったメールに返事できなかったことを詫びる言葉から始まっていた。
 いまようやくホテルへ戻るタクシーの中でメールを綴っていると報告するシンジのメールを綾波レイは食い入るように見つめた。
 グループレッスンが朝から続き、十二時間ちかく同じメンバーと顔を合わせているのは実はレッスンそのものよりも大変だという告白に少女はほほえみ、でもそのグループの中の渚カヲルとはずいぶん仲良くなったというくだりに嫉妬している自分に苦笑する。
 「いくら綺麗だからって……渚カヲルは男の子なのに」
 くすくす笑って画面をスクロール。
 その後に続くのはレイの質問に対する答えだった。

 ……ノート、ぜひ写させて!(やったぁ!)
 ……メールをたくさん貰うのは苦痛じゃないですよ。アスカがメールを最近はあんまりくれなくなったから(よかった。でも、惣流さんってメール魔って噂だったのに。でもこれって絶対チャンス)
 ……雑誌、ようやく見ました。(雑誌って、あの予選の?)
 ……すごくきれいな綾波さんがどーんって写ってて……。

 「き、『綺麗』って……碇君に、碇君に……ほめてもらえ……た」
 顔を真っ赤にして少女は携帯を抱きしめる。
 とてもとても、少女は幸福な気分だった。
 と、そのときにまた着信の表示。
 「あれ?もう碇君から?」
 しかしそれは少女の想い人からのものではなかった。
 「……マナ?いまごろ?」
 金曜の夜から何通もメールを送っていた親友は、普通ならレイが驚き、辟易するほどのレスポンスで返事してくる少女はたっぷり三〇時間を超えて返信してきたのだった。
 「なに?これ?」
 「Re:もうご飯たべた?」というメールの中身はレイの質問にはまったく答えていなかった。
 「例の掲示板!見て、すぐに!」
 としか書かれていなかったのだ。
 大きく溜息をついてPCの画面を開く。
 「例の掲示板」を、あの盗撮サイトを開く。
 あっ、と声が漏れた。
 そこは「あの」公園のトイレ。
 そこには三人の人物が写っていた。
 二人は長身の男性で顔は修正が施されている。
 もうひとりは華奢な少女。その表情はアイマスクで隠されていた。
 その少女は両腕を左右から絡め取られ、蓋を閉じた便座に腰掛ける姿勢を強いられていた。
 さらに男たちの脚で可愛らしい膝小僧を左右に全開にされているために、ミニスカートの奥のショーツも丸見えになっていた。
 その写真にレイは凍り付く。
 「ま……な……」
 少女の唇から悲鳴が漏れた。
 目隠しされていても「彼女」が誰なのか綾波レイには分かってしまったのだ。
 口元や鼻のかたち、ちょっと茶色っぽい癖毛、そして華奢な体つき。
 「彼女」は霧島マナと非常によく似ていた。

 そしてその写真のタイトルがだめ押しになった。

 《【ハンター】を捕獲しました(1)》

 「マナ、マナ、まなぁ……どうして、どうして?どうしてひとりで行っちゃったの?」
 少女はがたがた震え始める。
 だが無意識のうちにページをリロードし、続きがないかを調べていた。
 もちろん、写真は一枚だけではなかった。
 一気に十数枚の「ハンターM」の無残な画像がページに現れる。

 ひとまわり以上大きな男性に後ろから羽交い締めにされ、つま先立ちの姿勢でもうひとりの男に衣服を……ぴっちりしたTシャツを活動的なデニムのスカートも、スーパーの衣料品コーナーで売られていそうな健康的だが安っぽいブラジャーも……乱暴に鋏で切り裂かれ剥ぎ取られ、ショーツと靴下だけの姿にされた「ハンターM」。

 頭上のパイプからのびたロープによって華奢な肢体が強調される「万歳」の拘束姿勢で引きずり起こされ、左右から執拗に可愛らしい胸の膨らみの先端を弄られて、ショーツに包まれた小さなお尻をくりくり振って悶える「ハンターM」。

 両手の自由を奪われたまま蓋を閉じた便座のうえに大開脚でしゃがまされて、青ショーツの濃い染みを披露する「ハンターM」。

 ショーツをずらして「後ろの孔」を意地悪する太い指の刺激に耐えきれなくなったのか、便座の上にしゃがんだ姿勢で、さらにショーツをはいたまま失禁してしまう「ハンターM」。

 再び立たされクローズアップになった下半身から滴のしたたる下着を男の手でするするずらされてもまったく無抵抗で、べったりぬれた茶色っぽい繁りも、前付きの女性器もカメラに披露してしまう「ハンターM」。

 小さな口いっぱいに青下着を頬張ってさらにぷっくり幼い顔つきになったおとがいをがっしりした手で捕まれて、左右の耳孔をれろれろ舐め回されてもまったく抵抗できない「ハンターM」。

 拘束を解かれ、真っ白な壁に手をついてお尻を突き出し脚を広げ、完全無防備なポーズで男たちの指による下半身への悪戯を受け入れる「ハンターM」。

 蓋を閉じた便座のうえに再びしゃがんでの大開脚ポーズを取らされて、それでもまだぴったり閉じた淫唇と、セピアの後ろの窄まりも、手入れなど考えたこともない飾り毛をもカメラに観察される「ハンターM」。

 「みなさまのジャマをしてごめんなさい。そのおわびとして、お兄ちゃんたちに教育(「ちょーきょー」とふりがなが打ってあった)してもらうようすをどんどん投稿しますから」と書かれたスケッチブックを全裸で抱えて強ばった笑みを浮かべる「ハンターM」。

 そのすべての写真には百を優に超えるコメントが、「ハンター」を捕獲したことに対する賞賛とさらなる「教育」の結果を求めるコメントがびっしりと書き込まれていた。

 「うそ、うそ、うそ……どうして、どうしてそんなバカなことをしたの?どうしてまたあそこに行ったの?」
 レイはうわごとのようにつぶやき、その後蒼白になる。
 「マ、マナが!マナがわたしのことを!彼らに知られちゃう!い、いえ!もう知られている……はず!」
 がたがた震え、涙をこぼし、何度も何度もミスをしながら、レイは端末をたたいてマンションのセキュリティレベルを最高に上げた。
 ポストの表示も部屋番号のみに切り替え、部屋の鍵を開けることができるのは生体認証コードを持っている赤木リツコとレイのみとし、暗証番号による解錠は絶対に許可しないように設定を変えた。いままで暗証で入室できた伊吹マヤは驚くだろうが、霧島マナに同じコードを与えてしまっていた以上やむを得ない。
 さらに部屋中の明かりをリモートで点灯して闇をすべて追い払う。
 玄関の鍵が二重に閉まり、窓もすべて閉まっていることがPCで確認できて初めて、綾波レイは立ち上がると自らの眼と手でドアと窓を調べることができた。
 「どうして、どうして……どうしたらいいの?どうすればいいの?見つかったら、仕返しされちゃうじゃない!マナがバカだから、マナが考えなしだからぁ……」
 鍵を確認したあとカーテンをしっかり閉め、虚ろにつぶやいて自室に戻るとベッドにへたり込む。
 「け、警察!」がばと跳ね起きる。「警察に連絡して、マナを助けてもらわないと……」
 そのためにはまず、マナの家族と連絡を取らなければならない。
 どう説明すべきかを決めていないにもかかわらずレイは霧島家へと電話をかけた。
 数コールで聞き慣れた声が聞こえる。
 「あ、あの……あたし、綾波レイと言います……」
 「ああ、ちょっと待って」たぶん長兄のムサシだろう声がぶっきらぼうに告げると受話器がごつんと投げ出される。
 「え?その、ちょっと……」
 たっぷり三十秒ほど経ってから再び受話器が持ち上がる気配が聞こえた。
 「どしたの?レイちゃん。こっちの番号にかけてくるなんて……」
 「マナ!マナ!大丈夫なの?ひどいことされなかったの?警察には?」
 「れ、レイちゃん、なんのこと?」マナの声はどこか眠たげで同時に冷ややかで、逆にレイのようすを心配しているようで、携帯を握りしめていた綾波レイはどう説明すべきかまったく分からなくなってしまった。
 「だ、だって、『例のサイト』ってメール打ってきたのマナじゃない!」
 「うん、だって『ハンターを捕まえた』って書いてあったし」
 「マナ……じゃないの?あれは」
 「あたしだと思ったんだぁ」マナはけらけらと笑った。十数秒にわたってのその笑いにレイはかちんと来てしまう。
 「じゃあ、あの写真は誰?」
 「知らないよぉ。分かるわけないじゃん」
 「ああ……ああ……私はマナが、マナが……」レイはぽろぽろと涙をこぼして同時に笑い始める。「そうなの、別人だったんだ……」
 捕まってしまった少女のことを気の毒に思う気持ちは少しはあった。しかし親友が無事だったという安堵はそのような感情をすべて押し流す。
 霧島マナと久しぶりの会話を続けているうちに綾波レイはいつか思い始める。
 「貼り紙がしてあるのにそんなところへふらふら迷い込んだのが悪いのだ。いや、あれもひょっとしたら自演かその手の露出狂なのかもしれない」と。
 さらにその会話のさなかに叔母である赤木リツコから「あと一週間で帰宅します」というメールが届いたことも少女の口を軽くするのだった。
 あとで「あ、あのね、私はほんとは『あのこ』を可愛そうだと思ってるんだから。うん」と少しあわてた口調でマナに言い訳をしなければならないほど少女はリラックスして「偽ハンターM」の不運さを笑っていたのだから。
 「……とにかく、誰かが『ハンター』と間違えられてるってこと。助けないと」ようやく落ち着きを取り戻したレイはようやくその考えに至る。
 「どうやって?」
 マナの冷静な、でもどこか可笑しそうな声に少女はどう説明したらいいか分からない。いやむしろ、レイはマナの反応が理解できなくなりつつあった。
 「警察に通報するわ。サイバー犯罪課の通報ページであの掲示板のURLを連絡すれば、こっちが匿名でも捜査されるはず」
 「そうかなぁ……」
 「やってみる」
 レイはそさくさと電話を切ると第三新東京市警のWebページを開き、通報のページを探し出すとURLを入力、そのサイトがいかに破廉恥なものであるかを数行綴ってから送信した。
 「これで大丈夫」小さく呟き、そして同時に自分がまったく安全であることに気づいて小さく微笑む。
 ……「ハンター」に間違えられたコは可愛そうだけど、でも通報してあげたんだから……わたしのできることはここまでなんだから……ここから先は警察の仕事なんだから……もう、もう……いいよね。
 その夜に見た夢のことを、綾波レイは覚えていなかった。



◆ ◆ ◆



 週明けの教室で霧島マナに対していっぱい文句を言ってやろうと決めていた綾波レイだったが、その決意は簡単にくじかれる。
 「霧島さんはお休みですね。お兄さんから連絡がありました」
 朝礼で初老の教師がそう告げるとクラスの皆がかすかにざわめく。
 霧島マナは病欠などしそうにないイメージを誰もが持っていたのだった。
 もちろんレイもそのひとり。小さく舌打ちをすると親友の彼女に「大丈夫?」とメールする。
 しかしレイが放課後を迎えても、返事は返ってこないのだった。

 お見舞いに行こうかどうしようかしばらく悩んだのち、結局レイはそのまま帰宅する。
 PCを立ち上げてくだんのサイトを確認する。少女はうなり声を上げた。
 そこはまだ閉鎖されていなかった。
 それどころか「ハンター」の写真がさらに投稿されているのだった。
 「……うそ」呟くけれどもそこから目を逸らすことはできなかった。

 そのショートカットの少女が蹂躙されている映像にはすべて「ハンター教育中」とタイトルがつけられていた。
 レイは画像をクリックしてしまう。

 「捕獲」されて数時間後の映像だろうか、その少女は完全に男たちの玩具へと堕とされていた。
 靴とソックスだけしか許されずに公園内を引き回される「ハンターM」の表情はあとから付け足された黒い線で隠されていたものの、その口元からは唾液がだらしなくこぼれて理性が麻痺状態にあることを教えてくれる。

 ベンチのうえにわざわざしゃがむポーズを取らされて、全裸とほとんど変わらないまだ幼い肉体をあるいはピンク色の女性器のひだを鮮烈なフラッシュ光で白々と闇の中に浮き上がらせて放心状態の彼女は、その撮影後すぐに「お漏らし」をしたとコメントに記されていた。

 どこかのホテルの一室に連れ込まれ、ベッドの上であぐらをかいている男のペニスを一心不乱に舐め回す少女。
 全裸の彼女の脚は大きく割り広げられ、もう一人の男の極太器官をなかばまで飲み込んでいる様子もはっきりと映し出されていた。
 「上のオクチも、下のオクチもおちんちんを味わえて、彼女はとっても幸せでした」
 残酷なキャプションがレイを震え上がらせた。

 そのあとに数枚にわたって続くのは、「ハンターM」が二人の男性の玩具となってしまった映像。
 どんなに抵抗しても大人の男の四本の手でねじ伏せられ、彼らの好きなポーズを取らされてしまう少女はどのショットでも必ずペニスで虐められていた。
 それも必ず二本のペニスで。

 細い足を抱えられた姿勢で背後から犯され、幼い花弁をぎっちぎちに拡張されてあえぐときも、少女の口元にはもう一人の男が鰓の張ったペニスを突きつけていた。
 左右から突き出される黒々としたそれぞれ指をからみつかせ、片方を桜色の舌でねぶっているときにはもう一方の先端をぬるぬるくりくり人差し指でマッサージすることを強いられていた。
 細い腰をぎゅっと掴まれて背後から犯されているときも、小さな口をもう一本の凶器で犯され、ほっぺたを内側からぽこんと膨らませて涎をこぼしていた。
 黒く修正ラインが入っていたものの、人並み以上の愛らしさであろうことが容易に想像できる表情を陵辱者たちがぶちまけた精液が白く汚した「トロフィー映像」でさえも、まだ半球状のバストの先端に男たちがそれぞれペニスを擦りつけて、ぷっくり飛び出した乳首が写っているのだ。

 「この礼儀知らずの『ハンターM』ちゃんには我々が責任を持って教育いたします。ご期待ください」
 投稿者のひとりらしいもののコメントに続く書き込みは賞賛と『そのあと』を想像するもの、『そのあと』の教育内容について提案するもの、「教育」への参加を希望するものが怒濤のような勢いで並んでいた。

 だが、書き込みの最後にたどり着いたころ、レイの口元には薄い笑みすら浮かんでいた。
 なぜならその書き込みのなかに「このハンターMと名乗る少女が、有料サイトで卑猥な画像や動画で小遣いを稼いでいるモデルのひとりではないか」というものを見つけてしまったからだった。
 「二本の肉棒で再教育中」な少女のおへそと右内股にある黒子の存在とその位置が、動画配信サイトで公開されていた「エムちゃん(JC)」と一致することが映像付きで報告されると綾波レイは声を立てて笑ってしまうのだ。
 「……なんだ。やっぱりお芝居なのね」
 軽蔑しきった表情で、少女は画面の中で尻穴調教を受けている少女を眺めた。

 「マナ、やっぱりあのコ、ただの変態。ネットでいやらしい動画を公開してお金を稼いでいたみたい。あの動画はきっと同意の上のもの」
 「……レイはそう思うんだ」レイが五回もかけ直したのちにようやく携帯に出た霧島マナの声はいつものようにはきはきしたものではなくけだるげで、そのうえずいぶん返事をするまでに間が空いてしまっていた。その間にレイは二枚の画像……「偽ハンターM」と「動画投稿サイトのエムちゃん」のもの……を重ねている。
 「思ってる。あのコはレイプしてほしくて自分からあそこへ行ったか、それとも盗撮魔たちの『仕込み』に違いないわ」PCの画面から二人が同一人物であることを確信していたレイは微笑を浮かべて断言する。
 「盗撮掲示板の写真では結構抵抗してたよ」
 「それもポーズ。抵抗する『ふり』をしているだけ。そうやって興奮するヘンタイよ。私たちくらいの年頃でもそんなコがいるのは驚きね」
 「でも、二人がかりに……れいぷ……されちゃってるんだよ。つらいんじゃないかな?」
 レイは薄く笑った。「そう?楽しそうに見えるけど。きっともうしばらくしたら『有料会員』の募集を始めるんじゃないかしら」
 「レイは……そう思うの……ね」
 「どうしたの?ずいぶん熱っぽい声だけど?ちゃんと薬飲んでるの?」
 「くすり……うん、のんでる……よ」なぜかマナはくすくすと笑った。「それに、それにね、おにいちゃんたちがつきっきりで……いてくれるから」
 「そうなの。ケイタさんもムサシさんも優しいお兄さんなのね」レイはかすかに微笑むと「お大事に」とひとこと告げて電話を切った。
 そうしてすぐに綾波レイはメールに没頭する。
 「最近結構すぐ返信してくれるようになった」碇シンジ宛のメールに。
 碇シンジの「所有権」を主張してはばからない惣流・アスカ・ラングレーがシンジのメールに対してレスポンスが遅れがちらしいことに少し疑問を抱きつつも、同時にそれをチャンスだと考えていた。



◆ ◆ ◆



 火曜日になっても霧島マナは学校に来なかった。
 今日こそはお見舞いに行こうという綾波レイの思いは、マナの机におかれたプリントをさっさと集めて「これ、惣流さんと私とで持って行きます」と担任ににっこり微笑んだ洞木ヒカリの宣言にたちまち萎えてしまった。
 ……少し時間をずらしていくか、メールか電話にしておこう。惣流さんと鉢合わせになるといろいろ困るから。
 まだ体調は完璧でないらしく、少しけだるそうなアスカをちらりと眺めてからレイは結論する。
 さらにレイは小さくため息をついた。
 ……やっぱり男子、惣流さんが来ると……釘付けにされてしまうのね。
 異性のクラスメイトの反応の変化を、綾波レイはいまや敏感に感じることができた。
 昨日までレイが感じていた男子クラスメイトたちの視線も欲望も、ほとんど感じることはできなかった。
 その代わり少年達はちらりちらりと「帰ってきたお姫様」のその日本人離れした制服越しの肢体に、熱っぽいのかけだるそうな美貌にちらりちらりと伏し目がちでしかし粘っこく眺めてはひそひそとささやき合うのだ。
 ……どうでもいいことだわ。むしろ、あんないやらしい目で見られたら迷惑だもの。
 少女は文庫本に視線を落とした。
 「見られる」ことが素敵なことだなんて少しでも思ったのが馬鹿だった。見られて嬉しいのは「自分が好意を抱いている異性だけ」なのだから。
 ここ数日の騒動で価値観が可笑しくなっていたのだとレイは結論する。
 同時に少年達の視線に対し、嫌悪することもないアスカに同情すらしてしまう。
 ……碇君以外に見られていても怒らないのね、貴女は。
 かすかに唇に笑みを浮かべ、斜め後ろのアスカへ視線をやったレイは凍りつく。
 惣流・アスカ・ラングレーが頬杖を突いてこちらをじっと見つめていたのだ。
 アスカのエメラルドの瞳に冷ややかにまっすぐ見つめられたレイは、視線を外すことができなかった。
 「ね、優等生」アスカが軽やかにあくまでも冗談めかした口調で呼びかける。クラスはしんと静まりかえった。
 「雑誌、見たわ。びっくりした。アンタってお洒落しない子だと思ってたから」
 「あれは特別……なの」
 「写真に撮られて、平気だった?」興味津々といった声で、無邪気に問いかけるアスカの瞳がまったく笑っていないことをクラスの何人が気づいていただろうか。
 「いいえ。すごく緊張したわ」
 「そうなんだ。やっぱりそうよね」アスカはにっこり微笑む。「でも写真のアンタ、すっごく可愛かった。アイドルみたいで」
 「あ、ありが……とう」レイはぎくしゃくと礼を言う。相手の意図がまったく理解できなくなっていた。
 「それにしてもクラスの男子もバカよね。優等生の魅力にぜんぜん気づかなかったなんて」
 レイは真っ赤になった。しかしうつむくことがなぜかできない。アスカの視線は磁力を持っているかのように少女を捉え続けていた。
 「お人形みたいでほんとに可愛いのに。ね?」周囲の少女に同意を求めるアスカ、みながぎくしゃくとうなずく。レイは本当にどう反応していいのかまったく分からなかった。
 やがてチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
 綾波レイはひそかに溜息をついた。



◆ ◆ ◆



 綾波レイは軽く舌打ちをする。
 ディスプレイに映っているのはくだんの「盗撮魔」のサイト。
 ここ数日は「ハンターMちゃんの再教育報告」で埋め尽くされているそれを、そろそろ寝ようと思っていた少女はまた見に行ってしまったのだ。
 そこではレイの想像通りの光景が展開されていた。
 つねに男性二人を相手にすることを強いられている「ハンターM」はここ数日のうちにレイの目から見ても分かるほど淫らな「成長」を遂げていた。
 可愛らしく首をかしげつつ舌を尖らせ、血管の浮いた肉茎に唾液を塗りつけてゆく仕草。
 突き出される太い生殖器にごく自然にそっとからみつくしなやかな指。
 華奢で幼い身体が大柄な男に押しつぶさんばかりに乗られるときに、ごく自然に取ってしまうお尻の穴が見えるほどの恥知らずなM時開脚姿勢、彼らの背中にひしと抱きつく小さな手。
 未発達な淫唇をカリ高ペニスが押し広げ貫くにつれて「オー」の形になるピンクの唇に、突き出される舌、こぼれる唾液。
 背後から征服しようとする牡に細腰を鷲掴みにされると、目隠しされているはずなのに剛直と角度を合わせようと突き出され、くりくり振られる小さなお尻。
 その仕草のどれもが、雄を喜ばせる娼婦の仕草であることが、セックスに支配された性奴隷の仕草であることが綾波レイには理解できた。
 小麦色に日焼けした手足とのコントラストがまぶしい乳白色のスレンダーなローティーンボディを汗でしとどに濡らし、細い足首を男の腰に回してあえぐ少女が完全に屈服していることがレイには理解できた。
 そしてさらに、少女は変化させられようとしていた。
 クッションをぎゅっと抱きしめてうつぶせになった「ハンターM」の排泄口は男たちの指と器具によって、性交可能な快楽器官に作り替えられつつあった。
 男の膝の上に大きく脚を開いてまたがった対面座位でペニスに貫かれた少女の尻穴を、もう一人の男が小さなボールが積み重なったような器具でいやらしくほじくり返す画像にはものすごい数のコメントがつけられていた。
 どのコメントも「ハンターM」が涎と鼻水で愛らしい表情をぐしゃぐしゃにしてしつつも男にひしと抱きついているさまから、彼女が「二本差し」の快楽に、ペニスで突かれる子宮の裏側を尻穴から擦りたてられる悦楽に目覚めてしまったことを指摘するものだった。

 「ハンターM」への「教育」はさらに残酷で淫らなものへと変わっていく。

 少女はこともあろうに尻穴を拡張する器具と目隠し、ソックスと靴だけを身につけた姿で屋外へ連れ出され、新たな快楽と被虐の悦びを教え込まれていたのだった。
 だがもはや首輪も手かせも、ロープも彼らは必要としていなかった。
 愛液が太股を伝うほどの尻穴快楽で思考を麻痺させられ、視覚を封じられた「ハンターM」は男たちになれなれしく肩を抱かれるとその卑劣漢にぎゅっと身体を押しつけて、彼らがまるで恋人であるかのようにうっとり笑みを浮かべつつふらふらと歩いてゆくのだ。
 連れ出されたそこがまだ人通りの残る駐車場であっても、すぐその先が人や車が行き交う大通りであっても、監視カメラがあちこちにあるちょっとした広場であっても少女は従順に彼らに従い、卑猥なポーズをカメラに披露するのだった。
 その「ハンターM」にはさらなる残酷な「教育」が施されようとしていた。
 どこかのマンションの地下駐車場、その一角に連れ込まれたまだ幼い少女はその両手が配管にしっかり手錠で固定される。
 そう。全裸以上に扇情的な格好のままで、監視カメラや利用者の死角になる場所に彼女は拘束放置されてしまったのだ。
 全身をいやらしく愛撫され、すっかりぬかるんでしまった淫花と尻穴をこってりいじってもらって必死に声を殺しつつなんども全身を震わせて気をやった彼女はアクメ顔をぱちりと撮られたのち、「ケツ穴調教中の変態奴隷です。ご迷惑をおかけします(はぁと)」とポップな書体で書かれたボードを首にかけてもらった少女は不安に震えつつ男たちが帰ってくるのを待ち続けることになる。
 《しばらく放置しますね》
 日付とそのコメントがタイトルとなった画像の中で「ハンターM」はいつ犯されてもおかしくない姿で、抵抗も脱出もできないまま全身を汗で濡らして恐怖とアナルから背筋をはい上がる快楽に震え、あえいでいるたらしい。
 レイはプラウザをリロードする。
 たちまち画面には新たに記事が追加された。

 《三人のオトコのヒトに見つかっちゃったそうです》
 そう題された記事には、両手を拘束されたまま「検査」される少女が写っていた。
 男の手が軽く添えられただけで左の膝小僧は胸のところまで引き上げられ、おかげで「ハンターM」の幼い子宮めがけて放たれたザーメンが垂れる様子がはっきり分かるほどだった。
 レイは息を止めていることも気づかないまま写真を見つめていた。

 「ごちでしたー」
 「お持ち帰りしたかったけど、鍵がかかってたので」
 「次はお尻をいただきます」

 「ハンターM」の首にかけられたボードには「使用者」たちによるコメントが書き殴られていた。さらに乱暴に書かれた三つの「正」の漢字。
 コメントを追ううちにその意味をレイはようやく知る。
 「う、うそ……じゅうごか……いも……出された……の?そんなの妊娠……しちゃう……」
 絶句する少女は震える指でマウスを操作しウインドウを閉じ、PCをスリープさせる。
 そのままバスルームに飛び込むとなんどもなんども念入りに身体を洗う。

 そしてベッドでなんども寝返りをうっているうちに綾波レイは気づいてしまう。

 「ハンターM」が拘束されていた場所に心当たりがあることに。
 少女が放置され、犯された場所は少女の住むこのマンションの地下駐車場、その避難口付近の人目に付かないスペースであることに。
 レイの家にいとまを告げ、帰宅しようとする霧島マナを自転車置き場まで送っていくだけだったレイがついつい立ち話で「再び盛り上がってしまう」ちょっとした人目に付かないスペースであることに。



◆ ◆ ◆



 マンションの地下駐車場に降りた綾波レイは足音を忍ばせ、普段は使われていない避難口のスペースへ慎重に脚を進めた。
 周囲に誰かが隠れていないかをなんどもなんども調べる。
 そこは無人だった。
 だが、昨夜はそうではなかった。そのはずだった。
 そこは昨夜「ハンターM」が拘束され、輪姦された場所だった。
 学校に行く前にちらと見てまず間違いないとは思っていたものの、何かリング状のもので剥がれたらしいパイプの塗装や、その付近のコンクリートに残る「しみ」を発見してレイは確信する。
 制服のスカートの中に滑り込ませた催涙スプレーをぎゅっと握りしめる。
 今日も霧島マナが学校を休んでいることに不安がだんだん大きくなる。
 なんども電話はしたのだ。メールも何通も打ったのだ。
 でもなんの答えもない。

 レイはため息をつくと回れ右してエレベーターホールへと向かう。

 霧島マナからのメールが届いたのはレイが三十二階の自宅のロックを解除したそのときだった。
 


◆ ◆ ◆



 さっきまでは無人のはずだったこの地下の片隅は、昨夜同様に悪夢じみた空間へと変わっていた。
 全裸よりいやらしい姿……白ソックスとスニーカー、黒い目隠しに黒光りするアナルプラグのみの姿……で両手を頭上のパイプに固定され、「ばんざい」している少女が忽然と出現していた。
 その少女は不自由な姿勢のままなんとか首をねじ曲げて背後を、息せき切って非常口スペースへ駆け込んできたレイの方を見ようとしている。
 もちろん目隠しがされているのだから、少女がレイの姿をとらえることなどできないのだが。
 少女は震える唇で、か細い声で問いかけた。
 「だ、だれ?だれかいるの?お兄ちゃんでしょ?お兄ちゃんが迎えに来てくれたんだよね?」
 その声に綾波レイの心臓は止まりそうになった。
 不意に声をかけられたからではない。
 その声は彼女がよく知る人物の声だったから。
 その声はクラスのムードメーカーであり、レイの親友である霧島マナの声そっくりだったから。
 いや、さっき霧島マナから「レイのマンションの駐車場、非常口のところにいるから来て、おねがいだから来て、そして見て」というメールが届いたときからその「可能性」があることを、いや「疑い」を持っていたのだ。
 だが……。
 「ちがうの?……ちがうん……ですか?ああ、ああ、あたし、あたし……知らないひとに見られちゃってる……ぅ」
 目の前の拘束少女の言葉は、それは助けを求める声ではなかった。
 「あは……あた……し、裸を見られちゃってるぅ……動けないのに、逆らえないのに、見えないのに……」
 それは甘く絶望的な響きを持ち、耳にした男を野獣に変えてしまうものだった。
 「ね?ね?お願い……お願いだから何かしゃべって……おねがいです……おねがいだから……」
 レイには分かってしまった。
 彼女は玩具にされることを受け入れてしまっているのだと。
 誰とも知らぬ人間に好きなだけ貪られることを受け入れてしまったのだと。
 レイはふらふらと少女へと近づいてしまう。その気配に少女はおびえ、がたがた震え、懇願するのだ。
 「助けて」でもなく「近づかないで」でもなく、ただ「誰なの?」と。
 この少女は甘く悲痛な声で「誘って」いるのだとレイは理解してしまう。

 ……「うごけない」から好きなようにできちゃうんですよ。
 ……「はだか」で誘ってるんですよ。
 ……「みえない」からお互いのことを知らないまませっくすできるんですよ。

 少女は、レイの親友であったはずの彼女は、全く別の存在となってしまったのだ。
 レイは立ちつくしていた。喉がからからで言葉を出すこともできない。
 「彼女」の真正面で棒立ちになったままだった。
 つっ、と手が伸びて「ハンターM」の癖のある髪の毛に触れてしまう。
 「ひ、ひぁああああ……ぁッ」
 それだけで少女はアクメを迎えた。
 ぴったりくっつけていた太腿が震え、その次に全身をひくひくさせて手錠を鳴らし、甘え声とともに全身が弛緩した。
 悪戯されまいとぎゅっとくっつけていたはずの両脚はだらしなく投げ出され、スポーツで鍛えられた太股の付け根からは濃厚な牝汁がこぼれていた。
 レイは言葉を失っている。
 目の前で拘束されている全裸少女は間違いなく霧島マナだ。
 同時にそれは、レイが想像したこともない霧島マナだった。
 レイはただ、自分の親友がスレンダーな肉体をぬめぬめと脂汗で濡らし、牝の匂いを発散させていやらしい声で啼く姿を声もなく見つめていた。
 だがさらに、その拘束少女はレイの想像を超えた台詞を放つのだ。
 「お、おねがい……ですぅ。あたし、あたしには『ご主人さま』がいるんです……。あたしは『ご主人さま』の……『お兄ちゃんたち』の所有物なんです。きっと、きっとすぐそこであたしをみていてすぐに戻ってくるんです!だから、だから、だからぁ……」
 涙をこぼして慈悲を請う少女はしかし、自身の言葉にさらに追い詰められていることは明らかだった。
 「ああ、ああ、ごしゅじんさまぁ……おにぃちゃぁ……ん……いるんですよね?見ているんですよね?はやく、はやく来てぇ……。来てくれないと、あたし、また知らない人にまた犯されちゃうよぉ……お兄ちゃんたちがネットで募集した誰かに何度も何度もイかされちゃって……その人の赤ちゃんニンシンしちゃいますぅ……」
 ……このコ、嘘をついてる。
 レイは確信した。
 ……怖がっているふりをして、いやがっているふりをして、誘っている。いやらしい想像でどんどん発情している。
 そしてそれは途方もない恐怖へと変わる。

 「あの」マナが、レイに甘えてばかりのちょっとお馬鹿な明るい少女の正体が、ネットで裸身や自慰姿を公開している「エムちゃん(JC)」であり、複数の成人男性との性行為や変態的な露出行為を嬉々としてこなす「マゾオンナ」であることに気づいてしまったから。
 同時に「あの」マナを「こんな」マナに変えてしまった者たちが、レイを見つめているかもしれないという事実に気づいてしまったから。

 じりじりと後ずさる。
 くるりと振り返ると防火ドアへ向かって走り出し、騒々しくドアをこじ開けてマンション内部に駆け戻っていた。
 どかん、と大きな音とともにドアが閉まり、レイはエレベーターへとかけ出す。
 「ハンターM」がほんとうに霧島マナであるかどうかなど、もはやレイにはどうでもよくなっていた。
 ただ「彼女」の見せる媚態に、見知らぬだれかに犯される恐怖を快楽へとすり替えて反応するさまに、おびえるふりをして男を高ぶらせる破廉恥ぶりに恐怖を覚えてしまっていた。
 部屋に戻ればすぐにマンションのセキュリティセンターに通報するつもりだった。
 破廉恥かつ卑猥な拘束姿でガードマンや警官に親友が発見されたとしても、いまの綾波レイは全くかまわなかった。
 ただ一瞬でも早く、この現実離れした状況を脱出したかったのだ。

 だから、綾波レイは自宅のドアを開けたときも気がつかなかった。
 いや、リビングに入るまで気がつかなかった。
 ソファーの上でくつろぐ巨漢の姿を認めてようやく、侵入者の存在を理解したのだ。
 でも、逃げることのなどできなかった。
 少女が事態を認識する前に、背後から現れた男たちが少女をがっしりと押さえ込んでしまったのだから。

 「やっと会えたねぇ」
 見るからにアンダーグラウンドの住人と分かる年配の男がにやにや笑って挨拶する。
 それからテーブルのコーヒーカップ……それはさっきまでレイが使っていたものだ……に吸い殻をつっこんだ。
 ゆらりと立ち上がる。
 それだけで少女は圧倒されてしまう。男と女子中学生の体格差は身長で三〇センチ以上、体重差にいたっては腹部にたっぷり付いた脂肪のおかげで五〇キロ以上もあった。
 男は喉をならしつつレイの髪を撫で、頬に指を這わせる。
 「綾波レイ。十四歳。成績優秀でクラスでも評判の優等生」男の指が少女のおとがいをくすぐったあと軽く掴んで持ち上げる。美少女中学生の恐怖に震える表情をじっくりと彼は観察できた。「おとなしくて無愛想な子だと思われているけれど、実は毒舌家で意地っ張り。そのうえ大人を舐めている」
 男のもう一方の手がレイの胸の膨らみを無遠慮に持ち上げ、その弾力をやわやわと楽しむ。
 「ネットで大人に喧嘩をふっかけ、さらには正義の味方面して盗撮カメラを外して回る『ハンター』でもある」
 しゃがみ込んで今度は少女を見上げる。スカートのポケットにから催涙スプレーを取り出しにやりと少女に笑った。
 視線を逸らそうとする美少女の横顔を鑑賞しつつ男は彼女の膝小僧を軽くくすぐり、指が触れるか触れないかの繊細なタッチでワンピース型の中学制服のスカートに隠された太腿を撫で回す。
 「でも、本当の綾波レイはエッチなことに興味津々で、盗撮写真を見てはオナニーに夢中になってたんだよねぇ」
 「!!!」初めてレイが反応した。
 「おじさんたちはねぇ、レイのことは何でも知ってるんだよ」ヤクザそのものの男が発する猫なで声にレイを拘束しているチンピラたちは一瞬吹き出しかけるが即座にその表情を引き締める。男は部下たちをじろりと眺めてから美しい女子中学生の耳たぶを軽く噛み、がたがた震える彼女に教えてやる。
 「レイちゃんのことをいっぱい知っておきたくてねぇ、『ウチのモノ』にこの家のシステムは全部押さえさせたし、カメラもいっぱい仕掛けさせてもらったよ。だから」
 リモコンのスイッチが押され、リビングの大型テレビとホームビデオサーバーがオンになる。
 少女の目が見開かれた。
 「あ、あんなに大きく脚を開いてぇ……恥知らずっ。お尻の穴まで見えて、あんなにいやらしく生えた毛まで見せて……変態ッ」
 ソファーから絨毯にすとんと腰を落とし、パジャマとショーツを膝まで降ろしてくちくちと自慰にふける少女がモニターに映っていた。
 それも複数のアングルで。
 テーブルに置かれたノートPCの反射光が濡れた瞳に映っている真正面のアングルからも。
 両脚を胸近くまで引きつけた「体育座り」のポーズでクリトリスを弄っているのみならず陰裂に中指を浅くピストンするさまがはっきり分かる低いアングルからも。
 普段は無口な少女がひくりひくりと全身を痙攣させて快楽を表現するさまも、その少女が食い入るように見つめ、発情しているのは「【レインコート】と掲示板で呼ばれている高校生とおぼしき肉感的な少女が、その呼び名通りレインコートを脱ぎ落とし、トイレの個室でフェラチオしながら全裸オナニーする動画」だとはっきり分かる天井からのアングルも。

 ボタンが押され、さらに画面は切り替わる。

 そこでは「あんまりお洒落には興味がない」と惣流・アスカ・ラングレーに答えていた綾波レイがドレッサーから出された可愛らしい衣服をとっかえひっかえしてはさまざまなポーズ……どの角度でもっとも自身が魅力的に映るか、あるいは活発に動いたときに下着が見えたりしないか……を取っていた。
 さらに少女は下着も次々に取り替えて、頬を染めつつ鏡に向かってそれらが自身をどのように魅力的に彩るかを確認していた。
 その微笑ましい行為はしかし、ローアングルから見上げられ、あるいはただ一人きりであることを確信しきった無防備な姿勢を無防備な箇所をクローズアップされてしまうと、それはひどく背徳的でいやらしい映像となる。

 そこではベッドの上でショーツだけで横たわり、先の丸いペンで下着のクロッチ部分をくるくる悪戯する少女が「ああ、いかり……くぅ……ん。いかりくん」と甘え声で呟いていた。
 さらにはそのペンに口づけをし、頬を染めつつもその先端をエロティックに舐め回していた。

 「いやぁ、恋する乙女は告白の前にフェラチオの練習をするんだなぁ」
 「……あ、ああ……どう……して……」蒼白になる少女の髪をもてあそぶ男の笑みは肉食獣のそれだった。
 「『盗撮屋の秘密のサーバー』にアクセスしただろ?あれはな、『ハンター』のことをとってもよく知っていないと中に入れないんだ。盗撮屋がまだ知らない情報を知っていないと……ね」
 「ハニー……ポット……罠を……」

 《ハンターのお気に入りの鞄のブランドは?》
 「秘密のサイト」のパスワードが「ハンター」の個人情報に直結している時点でレイはそれに気づくべきだったのだ。
 しかし、アクセスするときには防壁を設置していたし踏み台だって用意していた。
 防備は完全だったはずだ。
 男はにやりと笑ってレイの頭を撫でる。
 「頭のいいレイちゃんはいろいろ考えて用心していたようだが……特定された時点でもうアウトだよ。経路を逆にたどられて、踏み台も乗っ取られて、次にはマンションのプロキシも乗っ取られて……最後には……」
 後ろ手でテーブルに置きっぱなしだったレイのPCを操作する。
 検索のページから「公安機関の違法サイト/ネット犯罪通報ページ」を呼び出し、そこへと飛ぼうとする。
 一呼吸おいたのちにそこに現れたのは「残念でした。ここは綾波レイ様専用の通報ページです。お好きなだけ通報していってくださいねっ」とのふざけきったトップページ。
 そのページのURLは先日少女が事細かに情報を入力したページと同一だった。
 次はメールソフトを立ち上げ、少女が誰よりも頼りにし、愛する叔母へ助けを求めるメールを打つ。
 数秒後に返ってきたのはサーバーエラーを示すメール。
 さらにマンションのセキュリティページにアクセスし、地下駐車場の映像に切り替える。
 レイは小さく悲鳴を上げた。

 そこでは綾波レイと霧島マナが立ち話をしていた。
 ごく普通に、ごく自然に笑い、とても楽しそうに会話を交わしていた。
 数週間前にそうしていたように。
 「管理人やほかの住人から見ると……こうなんだがね。実際はこうだ。もう分かってると思うが」
 レイの目の前に突き出された大画面携帯。
 映っているのは目隠しを外された霧島マナ。
 ボールギャグをかまされた桜色の唇の端から涎を垂れ流し、好奇心に満ちあふれていた生彩あふれた瞳はなかばひっくり返ってだらしなくも無惨なイキ顔をカメラにさらしていた。
 ざらざらしたブロックノイズが虹色に輝く画面の中で、綾波レイの親友だった少女は両手を拘束されたまま二人の男に華奢な肉体を撫で回されてアクメを迎えていた。
 そのカメラが少女の背後に回り、小振りなヒップを映し出す。突き出されてふるふる震える双丘のあいだからはステンレス製のリングが覗いていた。
 ぴしゃりと誰かが少女の尻をたたき、それからリングに指をかける。ぎゅうっと緊張する少女の全身。
 しかし男がリングを少し引いたとたんに彼女の全身は弛緩し、次の瞬間は背筋を大きく反らせて卑猥なダンスを開始した。
 ゆっくり、ゆっくりとリングが引かれ、いままで少女の排泄口になにが埋め込まれていたのかが「視聴者」にも分かるようになる。
 そう、彼女の肛門に挿入されていたのはステンレス製の大小様々な球体がつながれた淫具だった。
 それを男はじわりじわりと引き抜いてゆく。
 携帯の画面からでもマナのお尻の穴からまるで卵が産み出されるかのように銀色のボールが現れてはまたきゅぅっとすぼまり、再びボールが現れると苦しげにほころんでゆく様子が、ステンレスの卵が一つずつ「産み出される」たびに少女が全身で排泄の悦びと快楽を表現しているさまがレイにもはっきりと分かった。
 そして少女の痙攣と弛緩、さらにはついにほっそりした太腿を小水で濡らしはじめるところまで映し出されるとレイはいやでも理解してしまう。

 霧島マナはあんなに大きなボールを飲み込んでえぐられても「気持ちよくなれる」お尻にされてしまっているのだと。
 つまりそれは、霧島マナは本来排泄口であるアナルを使っての性交も可能になっているのだと。
 霧島マナは露出狂でマゾにされただけでなく、あのような男たちにお尻を献げてしまえるような変態少女になってしまったのだ。

 このマンションのセキュリティシステムがとうに乗っ取られ、綾波レイのネットのアクセスがすべて監視されていたばかりか偽装ページへと誘導されていたことも、彼女が自身の安全と安心の根拠としていたモニター映像がすべて偽装されたものであったことも、この高級マンションでの少女の日常が淫らな大人たちに常に鑑賞されていたことは明らかだったが、それは囚われの女子中学生にとってはもはや大きな問題ではなかった。
 いやむしろ、少女は思考を停止させようとすらしていた。
 そうでなければこの乱入者たちが自分をどのように扱い、どう変えてしまうかを想像してしまうからだった。
 ああも無惨に変身してしまった親友と同じ運命が自分にも降りかかると理解することをなんとしても拒否したかったからだった。

 「とっても楽しかったよ。なにも知らないレイの様子を見物するのは」男は震えるレイの身体を、小振りでしかし弾けるようなヒップを特に念入りに撫で回す。「なにもかも乗っ取られて、なにもかも観察されてたわけだ。いや、ほんとうに楽しかったなぁ」
 「……なぜ、なぜ……」
 「それはねぇ、こういう『絵』があった方が値打ちが上がるからだよ」
 含み笑いを浮かべて男は説明する。
 ……極上の女性を強引に、あるいは言葉巧みに拉致して貪り犯し、快楽中毒に堕として「販売」する彼らは、その商品だけでなく「商品が作られる過程」もまた価値ある商品となることを理解していた。
 特に「商品」がまだ自らの値打ちも知らずにいる頃の無邪気で平和な日常が、無意識のうちに発せられる健康的なエロスが収められた映像は、その「商品」の価値を飛躍的に高めるのだと。
 「さぁ、始めようか。レイ」男は宣言する。
 満面の笑みを浮かべ、邪悪な期待に胸ふるわせつつ。
 絨毯にねじ伏せられた綾波レイの細い手首が制服の背中へと回され、麻縄がからみつく。
 髪の毛を掴まれてのけぞったところで二の腕を固めるように制服の上を縄が這い、ぎゅっと締め上げられてまだ控えめな胸の膨らみが残酷にくびりだされた。
 「ほら、もう動けない、もう逆らえない、もう、なにもできない……」制服越しの可愛いバストをやわやわともてあそび、ぎゅっと不意に握りしめて痙攣する少女を眺めて男は笑う。「これからの綾波レイは俺の玩具になるしかないね」
 レイは言葉を発することもできなかった。
 上半身をがっちりと拘束する麻縄のおかげで呼吸のたびにそれが華奢な肉体に食い込んでゆくように感じられ、制服越しとはいえ強引に胸を絞り出すように上下左右に通された縄はまだ芯の残る少女バストをじんじんと充血させていて彼女から抵抗の意志もスタミナも奪っていた。
 引きずり起こされてそのまま隣室へと、赤木リツコが思いつきで改装したピアノルームへと連れて行かれる。
 ドアが開いた。少女は絶望の声を上げた。
 そこは姪と叔母が談笑しつつ音楽を楽しむ空間ではなくなっていた。
 部屋の中心にはつるつるしたマットが敷かれ、部屋のあちこちにはライトスタンドが立てられていた。
 天井の大きな梁にはロープや鎖が引っかけられ、その端の革製枷の退色具合が彼らがどれだけの女性を辱めたかを物語っていた。
 さらにビデオカメラやデジタルカメラ、さらにはモニター類を準備する男たちの慣れた様子に、ぴったりしたビキニショーツだけを身につけてソファーや床に座っている男たちの笑みに、床に置かれたノートPCが早速表示しているネットの画面に、レイはこれからなにが起きてしまうか理解できてしまった。
 「さぁ、ここでレイちゃんは『デビュー』するからね。スタッフに挨拶しようか」
 美しい女子中学生は涙を浮かべてなんどもなんども首を振る。
 笑い声とともにシャッターが切られ、ストロボライトが浴びせかけられた。
 男に背中を押され、マットに膝をつく。
 転がされてさらなる縄化粧が施される。
 すなわち、太腿にふくらはぎがぴったり着くほどの状態で左右の脚をそれぞれ緊縛され、そのうえ足首も縛られた無惨な開脚姿勢を。
 もうまともに身動きもできない彼女のブラウスのボタンを男はゆっくりと外し、露わになったブラジャーをナイフで解体する。
 「ほーら、できた」
 刃の恐怖に蒼白になっていたレイの頬を軽くたたいて男は笑う。
 男への追従ではない感嘆の声があちこちからあがった。

 どちらかといえば野暮ったい制服に包まれた華奢な身体に残酷に食い込む縄。
 その縄はリボンを残して胸元をはだけさせられて露わになった成長途上の幼い胸へと容赦なく食い込んで、静脈がうっすら浮いた大理石の肌をほんのりピンクに染めている。
 本来なら制服のスカートに護られていたはずの真っ白な太腿もシンプルなデザインだがすべすべしたナイロンショーツも乱れた裾と無様な開脚姿勢のためにみなの視線を浴びてしまっていた。
 もはや少女がどんな抵抗をも封じられ、どんなにいやらしい悪戯も受け入れるしかないのは明らかなポーズで固定されてしまっていたのだから。
 そして、羞恥と屈辱と恐怖にゆがむ美貌。
 卑劣漢たちを睨みつけることなどできない女子中学生はぎゅっと目を閉じて顔を背けるだけ。
 そのために美しいうなじやかわいらしい唇がさらに強調されていることなど分かるはずもない。

 それらのすべてが綾波レイという少女を淫らな存在へと変えていた。
 それらのすべてが学校でも有名な優等生を「穢してみたい」と切望させる要素として作用していた。
 それらのすべてが少女の意志がどうであれ彼女は拒絶できないことを明らかにしていた。

 「さて、ここで何枚かあげとくか。おい」
 男の声に応えて、デジタルカメラを構えられて軽やかなシャッター音が連続する。
 「あ、あ、やめて、やめて、撮らないで、撮らないでぇ……」
 細い悲鳴に男達の笑い声。
 「ほら、見るんだ、レイ」髪の毛を掴まれる。
 涙をこぼす少女は「それ」と対面させられる。
 ディスプレイに映っているのは囚われの妖精姫。
 目元ぎりぎりのところでトリミングされてはいるものの、誰の目にもその美貌は明らかな少女は抵抗を絶対的に封じられ、淫らなポーズで横たわっている。
 学校制服の胸元から露わにされたまだ幼いバストを無惨に縄でぎりりとくびり出され、ショーツの股間を露わにするいやらしい開脚ポーズでぎりりと縛り上げられていた。
 もはやそれは誰の目にも明らかだった。
 いまから彼女は抵抗できないまま獣に貪られ、望まぬ悦楽の虜になることは。
 少女の屈辱も恥辱も、苦痛の仕草も快楽のとまどいも、エクスタシーに押し流されたのちに全身で表現する絶望もすべて「鑑賞」されてしまうことは。
 そう、それは被写体である綾波レイの目にも明らかだった。
 「ああ、ああ……ゆるしてください。お願い。おねがいだから撮るのはやめて……みなに見せたりしないで。謝るから、もう邪魔しないから。おねがい、おねがい……」
 かちり、とボタンが押され、「upload」の文字とバーが現れてすぐに消える。
 さらにチンピラのひとりがキーボードを慣れた様子で叩く。
 画面がリロードされ、タイトルが追加された。
 「『ハンターR』も捕獲しました」
 「ほら、これでネットデビューだ。よかったねぇ」
 甘ったるい声をかけられて軽く頬をたたかれた。
 「おめでとう、レイちゃん」
 「おめでとう、これでネットアイドルだね」
 悪意のこもった祝福の言葉にレイは悲痛な声を上げることしかできない。
 「ああ……ああ……ひどい、ひど……い」
 綾波レイは肩を震わせて泣きじゃくる。
 それを眺める男達の口元にはどれも卑しい笑みがあった。
 誰かがごくりと喉を鳴らした。



◆ ◆ ◆



 男はひどく上機嫌だった。
 ついに「彼女」を手中に収めたのだ。
 男達が設置した盗撮カメラの視界に、変装と言うにはあまりに稚拙な格好で少女が現れたその瞬間から、男は彼女に心奪われてしまったのだから。
 整いすぎて人形のような美貌にふと現れる嫌悪や好奇、恐れや勝利の表情に男は目を奪われてしまったのだから。
 注意深くガードしているつもりの彼女が知らぬ間に別の隠しカメラに披露している無防備で挑発的なポーズを見るたびに、華奢で瑞々しい躯をどう蹂躙しようかと想像してしまったのだから。
 いつもなら下っ端に任せきりの「現場」へ男がわざわざ乗り込んだのはそのためだった。
 聖少女のプライバシーが完全に暴かれ、彼女が絶対安全と信じくつろぐ自宅が彼らにとってガラス張りの鑑賞水槽も同様になるとモニタールームに入り浸りになった。
 清楚ゆえに傲慢で、知性派ゆえに好奇心旺盛な女子中学生にあえて「隙」を見せ、少女を少しずつ引きずり込んでゆく。
 おのれの手で「ハンターR」を愛玩人形に作り替えるとの男の宣言に、彼の部下は納得すると同時に少女にひそかに同情した。

 ……人妻堕としが趣味のオジキが夢中になるのも無理なくらいの上玉だからなぁ。
 ……あーあ、可愛そうに。オジキにああも気に入られたら……超が付くくらいの変態に作り替えられちゃうんだろうねぇ。
 ……だろうねぇ。最近のだと……ミサト……だったかな?あんな感じに。
 ……そうそう。オジキが命令したら誰にでも股を広げるメスブタちゃん。
 ……あれなんて、新婚半年の新妻だったんだぜ。それも高校教師。それがオジキにこってり調教されて……オジキのアレとクスリ欲しさに旦那を捨てて家出していまじゃ変態向けのコールガール兼オレたちの便所オンナだぜ。
 ……だよねぇ。連れ込まれた生徒を助けるために事務所にひとり乗り込んで、合気道の技を炸裂させた「先生」が、オジキの命令だったらどんな変態の言うことも大喜びで従っちゃうマゾブタちゃんなんだからな。
 ……じゃぁ、あのレイも……。
 ……ああ、間違いないな。
 ……可哀想に。まだ十四なのに。一ヶ月も経てば変態人形ちゃんか。
 ……ああ、間違いない。ほんとうに楽しみ……いや、気の毒だよ。



◆ ◆ ◆



 男達の哄笑と期待の視線を浴びつつ、綾波レイは穢される。
 「オジキ」と呼ばれた男はごつごつした指で少女の生脚を撫で回す。
 触れるか触れないかのタッチで爪先をソックス越しの足の甲を刺激された彼女はいやでもそのいやらしい指がどこを悪戯しようとするのか意識してしまう。
 さわさわと指がいやらしく這ってゆく。
 踵をふくらはぎを膝小僧をくすぐられて、拘束された天使の体温は否が応でも高くなってゆき、内腿をさぁっと指が撫でると声にならない悲鳴を上げた。
 男はゆっくりゆっくり少女を融かしてゆく。
 縄だけでなく恐怖と嫌悪で身動きが全くとれない女子中学生の下半身をいやらしい指使いでしかし繊細なタッチで悪戯するのだ。
 静脈の透けるほど真っ白な太腿をさわさわと撫で回す。
 「は、あ、あ……」ぎしぎしと身体を揺すって拒絶の意思を表そうとする少女の愛らしい唇から漏れる制止の言葉はしかし、睦言のような音色へと変わってしまうのだ。
 男は執拗にレイの太腿を……瑞々しく滑らかで、同時にむちむちと弾力のある思春期独特の肉付きを……その指で味わい続ける。
 指がうごめくごとに少女の悲鳴のトーンは上がってゆき、全身から甘い香りを立ち上らせた。
 さらに「オジキ」の許可を得た舎弟たちによって淫らで卑怯な悪戯はレイの上半身にもおよぶ。
 縄でくびりだされて無惨にぷっくり膨らんだ少女バストを左右から伸びた手が、さわさわと撫で回し、淡いピンクの乳首を爪でこりこりとこすって刺激する。
 身体をねじって逃れることもできなかった。
 少女の小さな肩はがっしり掴まれて、つるつるしたエアマットに押しつけられてしまったのだから。
 涙を浮かべて慈悲を乞う美貌も、うなじを耳たぶをくすぐられていくうちに朱く上気して、かわいらしい唇からは「いや、いやぁ……いや……」という熱い吐息しか上がらなくなった。
 「いやかい?レイ?」男は笑顔で問いかけた。
 無言のまま顔を背ける少女のおとがいを掴んで軽く揺する。
 「いやだろうなぁ。だけどな、レイ。いまからお前はその嫌な男に……」
 意地悪なおぞましい感触がショーツにかろうじて護られている乙女の部分へと近づいて、女子中学生は無駄なあがきを再開する。その儚い抵抗に「オジキ」はとろけるような笑みを浮かべた。
 「そのいやーな男に、レイはいっぱいイかされちゃうんだからなぁ」
 白ショーツのクロッチに軽く指を触れた。それだけでレイは抵抗できなくなってしまった。
 「で、そのいやーな男のチンポを、レイちゃんはここでずっぽり咥えちゃうんだからなぁ」
 ショーツの上から中指が浅く食い込むと、レイの瞳から涙がこぼれだした。
 「もちろんレイちゃんはねぇ……そのいやーな男のおちんちんが大好きになるまでハメられ続けるんだからなぁ……」
 観客がくすくす笑いを漏らし、少女は蒼白になった。
 「そうだよ。綾波レイはね、このいやーな男のチンポ欲しさなら何でもするようになるんだからな。このチンポに犯してもらうためなら、人間やめてもいいって思うようになるんだからな」
 「うそ、うそ、そんなはず、そうなるわけない……」
 「なるんだよ、レイ」下着越しにちっぽけなクリトリスを探し当てられてくりくり押しつぶされただけで口もきけなくなった少女に男は不気味に微笑む。「俺が変えてやる。お前の賢い頭が俺の魔羅のことしか考えられないように変えてやる……約束するよ。だってな、レイ、もうお前のココは……」
 ショーツのクロッチを男の指がくぐり、綾波レイの乙女の部分を探り当てた。ああ、とレイが啼いてのけぞった。
 「ぬるぬるになってるだろ?嫌なのに濡れてるだろ?カラダの方はもう素直になり始めたんだよ」
 「う、あ……お、うぁ……くぅぅぅッ」身体をこじ開けられる恐怖と苦痛とにゆがむ少女の顔がそっと撫でられる。
 「レイのココロのほうもすぐに素直になるから。その様子もちゃんと記録しておいて、ネットのみんなに『報告』してやるからな」
 「だめ、だめ、だめぇ、許して、許してください。おねがいです、もうゆるして、もうさからわないから……」
 こどものように綾波レイが泣き叫び、懇願するようになると「オジキ」はレイのショーツをナイフで裁ち切って、カメラに美少女の未通で未熟な牝器官を……ぐいと両親指で強引に花弁を押し開き、ピンク色のちっちゃな孔とそれがまだ「未使用」であることを明確に示す処女膜をも……公開するのだ。

 「ハンターRの未使用お○んこ」と題された写真がネットにアップされ、その画像にものすごい量と勢いで付いたコメントを読み聞かせ、さらにはその写真を使っての性教育……綾波レイは自身の構造についてまるで無知で、処女膜の存在すらちゃんと理解していなかった……が終わったころには、囚われの美姫は理解してしまった。
 懇願も涙も彼らには全く通じないことを。
 「やめて、やめて、わたしの写真にコメントしないで、そんなにいやらしい言葉を書き込まないでよぉ……」
 ディスプレイに哀願する少女の「ために」次に男が取り出したのはラテックスの手袋と樹脂製のボトル。
 男の指示でカメラマン以外がその薄手の手袋を慣れた手つきで装着する。
 そしてボトルのふたを緩めると、その口を傾ける。
 「あ、あ、そ、それ、それ、それ……なに、なになの……」
 「考えなくていいんだよ。レイ」
 「あ、あ……つめた……い」
 瓶の口から細い青みを帯びた透明な糸が……粘液じみた薬剤がとろとろとこぼれ、制服からくびり出されて荒縄でその膨らみを強調されたバストへとしたたった。
 「レイちゃんの可愛いおっぱいを気持ちのいいおっぱいに変えてあげような」
 男は宣言し、少女の成長途上の胸の膨らみにローションを塗り広げてゆく。
 陽光にさらされたことのない双丘の形を変えつついやらしく塗りたくると、次はその先端のうす桃色のニプルをゆっくり刺激した。
 「レイの乳首は引っ込み思案だなぁ。おじさんたちが性格を変えてあげようね……おい」
 「オジキ」に代わってレイの少女バストを悪戯するのは二人のヤクザ。
 ボトルをそれぞれに持って左右の乳首にとろとろかけつつ、丹念に冷酷にまだ芯の残る幼果を刺激した。
 「お、右の方は立ってきちゃいましたね。ほら、しこしこしてあげる」
 「やだ、やだぁ、ゆるして、ゆるしてぇ……」
 「左はもっともっと引っ込み思案だねぇ。それなら……」
 おとなしい少女が声にならない悲鳴を上げた。全身を暴れさせぎしぎしと縄が鳴った。
 男のひとりがレイの淡色の乳輪に三本の指をぎゅっと食い込ませ、ちっちゃな乳首をごりごり摘んだのだ。
 「うわぁ、レイちゃんいい貌してるよ」ストロボが連続して焚かれ少女の視力は奪われた。
 全身を汗で濡らし、苦痛と屈辱に泣き叫ぶ。その悲鳴こそ「彼ら」が望んでいるものであることなど知りもせず。
 ごりごりぐりぐりと少女乳房は拷問された。先端にいやらしくローションをかけられて。
 やがて無惨にぷっくりと二つの果実が勃起させられたころ、綾波レイはそのローションの悪魔的な効果を理解する。
 「あ、はぁ……熱い、痒い、痒い、むずむずする……あつい……」
 ひんやりとした液体は彼女の透き通るような肌に浸透し、淫らに火照らせるものであった。
 じんじんと熱を持ち、むずむずとする肌のみならず、先ほどほとんど初めて外気に触れた姫乳首の痛痒感は想像を絶するものだった。
 さきほどまで乱暴にいじり回された痛みの代わりにやってきたのは、意地悪な痒みと心臓の鼓動と同期したような熱さ。
 ちりちりと、じんじんと幼い胸が刺激された綾波レイはどうしてよいのか分からないまま泣きじゃくるばかり。
 もちろん「彼ら」は美しい生贄に慈悲を、途方もなく邪悪な慈悲を与える。
 左右から伸びた男の指が、薄いゴムに包まれたごつごつした指が、可哀想なほど勃起した少女の乳首のその先端を軽くタッチする。
 それだけでよかった。それだけで、涙を浮かべ、苦痛に泣いていた少女の表情は一変した。
 悦楽の衝撃に不意を突かれ、目を見開いたまま奇妙な笑みと満足を浮かべて愛らしい美貌を硬直させる。再びなんども焚かれるストロボ。
 ピンクに染まった胸肌をシャッター音とともに照らされる少女にはさらなる残酷な刺激が与えられた。
 「い、いや、いやぁ、摘まないで、つまんじゃいや、いや、いや、こりこりしないで、いや、いじわるしないで、いたずらしないで、変わっちゃう、わたしのむね、かわっちゃうぅぅぅッ」
 涎をこぼし、快楽にだらしなく屈服したことがはっきりと分かる泣き顔でレイは懇願する。
 もちろんそのお願いは逆の方向で叶えられる。
 綾波レイがライバルと目している少女よりも「控えめ」であることを気にしていた成長途上のバストは残酷な調教師たちによって敏感な快楽器官へと変えられてしまう。
 さらにとろとろと薬剤をまぶされつつ、きゅっきゅっしこしことリズミカルに刺激されて快楽を教育され、ときに無慈悲にぎゅぅっと摘まれあるいはぐりぐり押しつぶされて苦痛と同時に自分の身体が男たちの思いのままであることを彼女は学習させられた。

 そしてレイが男たちの指によって「おっぱいが気持ちよく」なっていることは、その表情や声だけでなく、別の視点からも明らかだと告げられた。
 「レイ、お前のちっちゃいオマンコ、乳首をいじられるとひくひくするようになったぞ。ずーっとカメラに撮ってあるからな、あとでじっくり一緒に見ような」
 うれしそうに「オジキ」は告げると、彼女の下腹部の繁りを愛おしげに撫で回す。
 「あ……あ……わから……ない……よ……ぉ、もう、もう……」
 屈辱的な言葉の意味も、それになんと言い返していいかももはや美しい十四歳の彼女には分からない。
 ただ男たちの指使いのまま淫らにあえぎ反応することしかできないのだから。
 その絶望的な言葉ににんまり笑い、「オジキ」は蜜をこぼし始めた美人形の淫蕾に口づけた。
 言語にならない甘いあえぎとともに真っ白な内腿の筋肉が硬直し、痙攣し、弛緩する。
 男が音を立てて未成熟な襞に舌を這わせ、唾液と愛液をまぶして舐めしゃぶると元ピアノルームいっぱいに響くほど素敵で牡の本能を揺さぶる悲鳴を上げた。
 指でぐいと拡げて、内部の柔らかで熱い襞を尖らせた舌でつつくと、全身を痙攣させて歓喜の歌をさえずった。
 クリトリスを舌でなぶるともはやどうにもならないようだった。
 ちゅうちゅうじゅるじゅると下品な音をわざわざ立てつつ舐め、そして吸い付くと「ハンターR」は「あ、あ、あ、や、や、や、やだぁ……」と幼児みたいに泣き喚き、さらには膀胱まで緩ませてしまったのだから。
 湯気を立てつつ黒いエアマットに広がってゆく水たまりをみなに大声で笑われても、綾波レイは屈辱よりも初めての絶頂を迎えた悦びに浸っていたのだから。
 それから一時間以上、「オジキ」は何人もの女性を屈服させた舌と指で囚われの女子中学生の未開の媚花をなぶり、その幼器官が次第に「目覚めて」ゆく様子を逃さず撮影する。
 さらに潔癖少女の菊花をゆるゆるねぶって半狂乱に陥れ、快楽と屈辱が一体であることを、少女にはもはやなにも隠すことができないことを教え込んだ。
 そしてそのあいだも「ハンターR」の未熟な乳房は男たちの指と薬物によって無慈悲に刺激され続けるのだ。
 薬物の成分が「とんで」しまい、彼女のなめらかな肌を淫らにてらつかせるだけの効用しかなくなっても、男たちは丁寧にいやらしくレイの膨らみをやわやわとぐりぐりと虐め、その先端を偏執的にいじり続けたのだった。
 苦痛と快楽と屈辱に悶え泣く少女の姿は四台ものカメラで克明に記録されていた。
 四つの電子の目は冷徹に捉え続けている。
 可憐で美しい少女がセックスの奴隷へと墜ちてゆくまでの悲惨な経緯を。
 あるいは性の悦びなど一笑に付した幼い少女が、真の「幸福」に目覚める素敵な道のりを。

 それらはわざわざ低画質に加工されてネットに公開される。
 あるいは限られた「顧客」向けの商品の素材となる。
 あるいは限られた「顧客」向けの商品の「カタログ」の素材となる。

 そう。
 この美しい女子中学生は「オジキ」の虜にされたあと、彼が命じたとおりに「顧客」たちへ性奉仕する人形となることが決定しているのだった。
 自分を「おんな」にしてくれて、「牝としての真のしあわせ」を教えてくれたその邪悪な男性器をまた「ハメ」てもらうためになら、どんなに嫌な男性にでも、どんな状況でも少女娼婦として振る舞えるようになることが決定しているのだった。

 そう。
 きわめて従順に、優雅に振る舞っているにもかかわらず、「おじさま」あるいは「せんせい」と呼ぶようになった(そう呼ぶように命ぜられた)暴力組織幹部しか、自分に真の絶頂を幸福を与えられないことを「お客さま」に対しその表情に態度に言葉に匂わせてしまうことでかえって彼らを「高ぶらせ、燃えさせる」と評判の淫乱天使となることが確定しているのだった。

 そう。
 「わたしは『せんせい』の所有物ですから」と淡々と顧客に告げつつも、彼らの指に舌にペニスに無様に蕩けて甘いあえぎと泣き声を上げ、ずぶと貫かれた彼らのペニスを物欲しげに締めつけ絡みついて顧客たちの征服欲と嗜虐心、それからもちろん射精欲をも存分に満足させる奴隷妖精になってしまうことが運命づけられていたのだった。

 またストロボが光り、半裸拘束された「ハンターR」の艶姿がメモリに記録される。
 野暮ったいはずの中学校制服をとても卑猥に身につけて涙をこぼすその映像が、「カタログ」を飾ることはほぼ間違いないと男たちは確信していた。

 そう。
 それほどまでに「ハンターR」は、囚われの綾波レイは美しく、儚く、同時に男たちの獣欲を昂ぶらせる存在へと変わっていたのだった。


【to be continued】
【−ハンター"R"&"M" レッスン編−】へと続く


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