唇をぎゅっと噛み、足を進める。
 ひどくのろのろと、さっきよりもさらに遅く。
 「ね……れ……い……いま……どこぉ?」
 はっ、はっ、と子犬のようなあえぎ声、舌足らずな鳴き声が右耳のイヤホンから響いてくる。
 「ドアの……前」返事ができたのが自分でも不思議だった。
 「よかっ……たぁ……レイぃ……逃げちゃったんじゃないかって……『お兄ちゃん』たち……心配してたんだからぁ」
 親友が「お兄ちゃん」と呼ぶ見知らぬ男たちの笑い声が漏れ聞こえて少女は絶望する。
 「逃げないから、あなたを置いて逃げたりなんかしないから……」
 「……レイ」くすくすと笑い声。「ほんとに?」
 相手の声の調子に少女は息を呑む。涙がにじんできてドアがぼやけた。
 薄手のフード付きトレーナーを羽織っているにもかかわらず、がたがたと全身を震わせてドアを開ける。
 そこはごく普通の公衆トイレのように見えた。
 清潔で明るく、女性でも安心して使える設備のように見えた。
 だが、少女は知っている。
 清潔で安全に見えるこの個室には女性を貶める装置が隠されていることを。
 そう、このトイレには盗撮カメラが隠されているのだ。
 それも二台。
 ひとつは天井から女性を見下ろし、その全身も仕草も観察できる位置に。
 もうひとつは下着を下ろして無防備に腰掛ける女性を正面から観察できる位置に。
 それらの画像は非常に鮮明であることも少女は知っていた。
 「あ……ああ……」全身が震える。恐怖で喉がからからになる。
 ……この部屋へ足を踏み入れれば、自分は鑑賞物にされてしまう。
 ……「見物人たち」の淫らで残酷な妄想の材料とされてしまう。
 いや、そんなことだけですむはずがない。
 妄想ですむはずなんてない。
 彼らの昏く残酷な好奇心はカメラに写った少女が誰なのか暴こうとするだろう。
 そして彼女の正体が知られてしまえば、彼らはその妄想を欲望を実現してしまうだろう。
 彼らは少女を捜し当て、その躰を貪ろうとするだろう。
 どこであろうと、彼女の意志などまったく関係なく。
 そして自分は……彼らの欲望に逆らうことはできない。
 少女が彼らをどんなに嫌悪していようと「おじさま」たちの調教によって「おんなの悦楽」を覚えてしまったこの身体は観客たちの淫らな仕打ちにやすやすと屈服し、玩具として反応してしまうに違いない。
 ここ数日のうちに四本もの「プライベート・ヴィデオ」の主演女優として出演させられた少女は知ってしまったのだ。
 「男たちの指で舌でペニスですっかり発情し、プライドも抵抗心も跡形もなく蒸発させて悶え泣く『一四歳の知性派美少女』!!」というアオリで紹介され、さっそく一部顧客に配信された「作品」のヒロインは知ってしまったのだ。
 背後からずぶりずぶりと貫いてねちっこく少女の細腰を揺する「おじさま」に命ぜられるままビデオカメラのレンズに向かって淫語を叫び、自分がとっても幸せな女の子であることを宣言すると同時に屈辱的なアクメ顔を電子の眼にさらしてしまった少女はもう分かってしまったのだ。

 セックスの快楽を覚えてしまったこの身体は簡単に彼女自身の心を裏切ってしまうことに。
 ひとたび発情してしまえば、彼女の精神はやすやすとねじ伏せられて「本当の自分」はどこかに消えてしまうことに。

 だから少女は振り向いてしまう。
 涙を浮かべたすがるような表情で、背後の男を見つめてしまう。
 「な?」ロン毛の男は満面の笑みを浮かべて少女を見下ろす。「やっぱりいるだろ?レイちゃん」
 少女は眼を伏せた。そして、小さくうなずく。
 「……おねがい……します」
 「なにを?」
 「目隠し……してください」
 「なんのために?」男の声はとても意地悪で、少女の肩は震えはじめる。
 「……わたしが誰なのか……ばれないためです。『あんなこと』をしているのがわたしだって知られたら……生きていけないから……だから!だから……おねがいです!」
 「『生きていけない』ねぇ……」
 「お願い……です」
 「ちゃんとお願いできるようになったんだ」
 「は……はい」少女の瞳から涙がぽたぽたと落ちる。こんな卑劣漢たちへ慈悲を乞わねばならない自分が悲しくて悔しくてたまらない。
 「レイは恥ずかしがり屋さんだからな」
 「……」
 「じゃ、背中向けな」
 のろのろと男に背を向けた少女の視界が暗黒に遮られる。
 「……ああ」溜め息をついた。
 いまの少女は見えない不安よりも、目隠しによって表情を隠されることに安堵してしまう。
 華奢な肩ががっしりとした手で掴まれくるりと身体を巡らされた。
 「舌を出しな、レイ」低い声に少女は逆らえない。もちろんなにをされるかは分かっていても。
 めいっぱいに桜色の舌を尖らせ、つき出す。
 「んー。ふ、んぁあ……っ」
 ヤニ臭い唾液混じりの舌がぬるりと絡みつき、ねろねろと舐めしゃぶられる。
 敏感な舌先をいやらしく舐め回されるとそれだけで少女は全身をがくがくと震わせ、ピンク色の唇の端からつつと涎をこぼしてしまう。
 「は……ん……っ……はぁ……」
 いつのまにかぬるぬると動く相手の舌を追い、可愛らしい鼻声を上げて積極的に舌を絡めてしまっていることに彼女は気づいていない。それどころか男が身体を離すとどこか不満そうな溜息すら漏らし、男の上着の裾をぎゅうっと握ってしまう。
 だから「もう一度舌を出せ」と命じられるとなんの躊躇もなかった。
 物欲しげにつき出した舌に小さな錠剤らしきものが乗せられ、そのあとに男がてろてろと唾液を流し込むと甘いあえぎとともに喉を鳴らしてそのクスリを嚥下してしまう。
 それが「女優になるためのお薬」であることが分かっていても、彼女はそうせざるを得ない。
 言われたとおりに「お薬」を飲まなければ、彼らは「塗り薬」を使い、さらには「お注射」を使うのだから。
 レイはそれの恐ろしさを熟知している。
 「一本目のビデオ」に出演したときに「塗り薬の効き目」を、「二本目のビデオ」に出演したときに「お注射の効き目」を思い知らされていたのだから。
 そう。あれを使われると変わってしまうのだ。

 ……陶磁のような肌を淫らに這い回る男優たちの指を拒絶するどころか甘いあえぎ声を上げて腰をひくひく踊らせて、いやらしい悪戯をせがんでしまう淫乱少女に。
 ……男優や撮影者達の意のままに卑猥なポーズをとらされても抵抗など一切できない「お人形」に。
 ……だれのペニスだろうと、どんなラーゲだろうと大好きだとカメラに向かって全身で表現してしまう「ビデオ女優」に。
 ……恥ずかしくて下品な言葉を連呼しておねだりできる賢いペットに。
 ……精液をどくどく流し込んで貰えることが嬉しくてたまらないセックスの道具に。

 だから少女は錠剤を飲むことを選ぶ。
 少女の親友のようにすっかり壊れるわけにはいかないのだから。
 「彼ら」を信頼させて隙を作り出し、親友を救わねばならないのだから。
 「さ、行こうか」
 男に肩を抱かれたまま、おぼつかない足取りで室内へと足を踏み入れる。
 「あ、ああ……」
 黒絹の目隠しで瞳は隠されていても、その少女が神秘的な美貌の持ち主であることも、すっかり「その気」になっていることは隠しようもない。



濫用
−ハンター"R"&"M" デビュー編−





 「ああ……映ってる……目隠ししてるレイが、映ってるぅ……」親友の涙混じりの声が少女の頭のなかでがんがんとこだまする。少女はヘッドセットから聞こえる声に明らかな安堵とかすかな期待があることを敏感に嗅ぎ取っていた。
 一回り大きな男になれなれしく肩を抱かれた少女は、彼に導かれるままその「個室」へと入る。
 「ほら、ここで立っててね」
 ぱたんぱたんと音がして、レイは便座の蓋が倒されたことを知った。
 ひょいと抱きかかえられる。お人形のように下ろされる。
 ひんやりとしてそして硬い座面の感覚がスカート越しに伝わってくる。
 「はい。こっち向いてー」身体ごと向きを変えられる。
 「あは、座ってるレイが1カメにまっすぐ見えてるぅ」
 「ほら、身だしなみを整えてあげようね。レイ」男はぞんざいに少女のパーカーを剥ぎ取り、乱れた髪の毛を直してやった。華奢な身体にフィットするTシャツにミニのデニムスカートの少女は逆らおうとはしなかった。
 それどころか男の指が触れるたびに微かに上げる吐息がひどく切なげになってゆくことに、素肌に直接身につけることを命ぜられたTシャツを持ち上げている未成熟なバストの先が硬く屹立していることを知って男は微笑する。
 軽く頭を撫でてやり、それから文字が書かれたひも付きの札を少女の首にかけてやった。
 「さぁ、ショータイムだ」
 頬を上気させて腰掛けている少女に男は笑いかけ、カメラの撮影範囲の外まで下がる。
 少女は深呼吸を何度も繰り返したのち唇を噛みしめ、のろのろと両脚を抱え込む。
 「いまから、いまから……はじめる……から……」ハンズフリーのヘッドセットにつぶやく。心臓が破裂しそうだった。
 デニムのミニスカートに手を入れて腰を浮かすとパンストとショーツを慎重に脱ぐ。
 それらを膝に絡ませたままM字開脚のポーズを取った。
 「ああ、レイが、レイが……レイちゃんのぉえっちなところがぁ……カメラにぃ……」ヘッドセットから聞こえる絶望的な悲鳴にはしかし、どこか甘く濡れた響きがあった。
 「いま……何時?」
 「あ、あ……九時一二分」
 「そう。じゃ……はじめるわ」少女は可能な限り平坦な声で告げ、ぎゅっと目を閉じた。そのまま脚を開いて待つ。
 ……一〇分。それだけの辛抱、それだけ待っても見つからなければ……。
 「レイ、レイぃ……」数分のちにけものじみたあえぎ声混じりにレイの親友が呼びかけてくる。「見つかっちゃったよ。ああ……レイの恥ずかしいトコロが映っているカメラのURL、例のトコロにさらされちゃった……あ、あぁ……ン、あ、は、ああ、あ、ぁ……」
 「さらされちゃった」のではないことをレイはとうに理解していた。
 レイと同じくハンズフリーのヘッドセット「だけ」を唯一の装身具として許されている少女、男の膝の上に乗せられて悪戯され放題の彼女が震える指で「例のトコロ」にURLを書き込んだのだ。
 「『ロリータおまんこ発見ー』って誰か叫んでるよ」
 「お願い……おねがい……」
 「お尻の穴もはっきり見えてるね」
 「ひどい……よぉ」
 「あ、レイ……『ぱいぱんだー』だって」
 「もう……いわない……で」
 開いた膝がぶるぶる震える。
 「『あのハンターのひとりだ!』って書き込みが!『前は生えてたぞ。剃られちゃったんだ!』だってだって!……あ、『捕まったとき』の写真もupされちゃってる。あは、レイったらもうアイドル並みの扱いだねっ!」
 親友の壊れきった言葉が耳のなかで反響する。恐怖と屈辱で目がくらみそうだった。
 「あ、みんながレイのメッセージに気付いたみたい。だけどパンストが邪魔で見えないって」
 泣きじゃくりながらパンストをさらに下ろし、カメラに首から下げた札が見えるようにする。
 「みんな、みんな大騒ぎ……してるぅ」耳元で少女の親友が甘く囁く。「みんな、みんなが読んでるよ。レイのメッセージ」
 噛みしめた唇から嗚咽が漏れる。
 「みんなが楽しみにしてた『ライブ』を邪魔していた私たちは……」画面の文字を読み上げる少女の言葉はひどく邪悪で同時に甘く、生真面目な委員長の眉をひそめさせていた教室での少年のようなお転婆ぶりはみじんもない。「先週、ついに罰を受けることになりました……」
 「やめて、やめて、読まないで、読まないでよ……」
 少女は細い声で異議をとなえることしかできない。
 立ち上がって逃げ出すことなどもうできなかった。
 「罰」として少女たちになされた行為の記憶が、そのあとになされた「躾け」がレイの勇気をくじいてしまったのだ。
 「お願い。読むのはやめて、おねがいだからぁ」
 もちろん彼女の願いなど届かない。ヘッドセットから聞こえる親友の声はより甘く、より淫らな調子すら帯びてゆく。
 「……あれから私たちはおじさまたちにしっかり『躾け』ていただいて、とっても素直な女の子になれました」
 ああ、とレイは溜息を漏らす。
 「……今日は、ご迷惑をおかけした視聴者の皆さんへのお詫びとして、『躾け』の成果をお見せいたします……ッあ、ああ、あ、あは……い、イくぅ、マナ、マナいっちゃうぅぅ……」」
 レイが「ご主人様」に命ぜられて作ったボード……彼ら好みの文面をひねり出すまでなんどもちいさなお尻をぶたれたそれ……をネットワーク越しに読み上げていたマナは親友の痴態を想像するだけで絶頂に達してしまう。
 親友と同様にしだいに呼吸を荒げてゆくレイは親指ほどの樹脂製のタマゴをポーチから取り出す。
 「さ、『しょーたいむ』だよ、レイ……」
 親友の期待に満ちた淫らな言葉にうながされた少女はそのタマゴを自らの秘所へと押し当てた。
 「う、ふぅぅぅぅッ!」
 ぶぅぅぅん、とそのタマゴが微細に揺れ動き、わずかに顔をのぞかせた肉真珠を刺激した。
 ぎゅっと奥歯を噛みしめる。しかしその淫具を使っての自慰を止めようとはしなかった。それどころか少女はさらに巧みにクリトリスを刺激して、無毛の秘唇がひくつきほころび、雫を垂らしはじめる様子をカメラへ披露する。
 「あ、あ、い……」いつのまにか漏れはじめた甘い声をすぐそばに立っている男に聞かれていることも気にならなくなった。いやむしろ観察されている自分自身に少女は高ぶりを感じてしまっている。
 いつのまにか嫌悪と恐怖が性的刺激に押しつぶされた少女はクリトリスを巧みに愛撫しつつ、ほっそりした指をひくつく花弁へと侵入させてくちくちと動かして快楽を貪る。
 ショーツが、ストッキングが伸びてしまうことも、カメラに見つめられていることも気にならなくなった少女はさらに大きく膝を拡げて透き通るような内腿をあらわにした。
 そのあいだも指の動きは止まらない。中指をさらに深く突き立てて最近知ったばかりのGスポットを指腹で擦り立てた。背筋を這い上がる快美感は幸福な感情そのものにかわり、少女は涎をTシャツにとろとろこぼしていることさえ気付かなかった。
 「レイ、ああもう、レイったらすごくえっちだよ。掲示板の書き込み。一秒に一〇件どころじゃないよ!みんな、、みんなね、レイのことすっごくかわいそうだと思ってるけど、誰も『通報』なんかしてくれてないよ。『最期まで見届けるのがギム』なんだって!あ、あっ、それから……この一週間でレイがなにされたのか想像する書き込みがいっぱい!ね?読んであげるね」
 レイの返事を待たずに少女は掲示板の書き込みを読み上げてゆく。

 ……ヤクザの事務所に監禁されてセックス調教されたにちがいない。
 ……真珠入りのペニスに「開通」された前後の孔はもうピストンによる悦楽を覚えてしまったのだと。
 ……抵抗心は恐怖と快楽でとうに消え失せて、命令のまま従順に脚を拡げてあんあん啼いているにちがいない。
 ……もちろん薬物もたっぷり投与されて、「ハンターR」を名乗っていたころの鼻っ柱はとうにへし折られているのだろう。
 ……この様子では、すっかりマゾの悦びに目覚めてしまって、いくつかの変態ショーにも出演しているのではないか。

 「……あ、あはぁ……みんなすごい想像力だね。結構当たってる……っていうかその通り……だとと思わ……ない?……ね……?」
 レイの親友は背後から貫いてくる男性器のカリ首に狭い膣壁をこすりあげられる感覚に夢見心地になりながらも、男達に命ぜられるとおりレイへの言葉責めを実行していた。
 「ふっ、はぁ……む……ふ、ふあ、は、あ、あ、あ……」
 一心不乱にオナニーに耽る少女は、秘密を共有するもの同士の思わせぶりな口調にも応える余裕などないらしい。切なげに鼻を鳴らして電動ローターとほっそりした指で無毛のクレヴァスを掻き回すことにただただ熱中していた。引き上げられたショートブーツの踵が痙攣するように便座を蹴りつけているさまが、彼女の得ている快楽への没入ぶりを示していた。
 「あとね、あとね……レイの素顔を知りたがる人や、そのトイレの場所がどこか。って書き込みもすごいよ。『このコ見たことある』とかの書き込みもいくつかあるけど……しりたい?」
 「いいっ!そんなの、そんなのもう……いいの」つぅぅっとレイの桜色の唇からさらに唾液が糸を引いてこぼれ、親友から借りたカラフルなTシャツのロゴを汚した。インカムの向こうの相手が息を呑む。それは自分のお気に入りのシャツが汚されたからでは決してない。
 「だって、だって……もう……そんなの……どうだっていいの。わたし……もう……もう……」
 「マナちゃん」オナニーにすっかり耽溺している少女を観察していた男が笑った。
 「レイは邪魔して欲しくないんだってさ。『何千人もの誰か』に見守られてオナニーショウするのにハマっちゃって……ね?レイ?」
 「なんぜん……にん」レイがあえいだ。
 「そうだよ。いま、レイがおまんこいじっている映像は何千人ものお客さんがみてるんだからね」
 ひくりと少女は身体を痙攣させ、感極まった声を上げた。
 「マナぁ……あ、あ、わたし、わたし、ほんとにだめに……なっちゃった……のね。なんぜんにんもの、いやらしい……ひとたちにおなにーみられてるのに……やめられない……の。ああ、もう、もうわたし……だめ……。『おくすり』すっかり回っちゃって……もう頭の中がとけちゃって……もう昔のわたしじゃ……なくなっちゃってる……」
 熱に浮かされたような口調でインカムに向かってつぶやく少女の口元には笑みすら浮かんでいる。
 そしてそれに答える親友の声も同じように淫らに欲情している。
 「そぉだよぉ……レイちゃんったらすっかり変態になっちゃったんだから。いくらおじさまたちに調教されても、言うこと聞かないとお仕置きされるって言われても『デビュー』の時からそんないやらしいことできないよ。きっとレイちゃん、『素質』があるんだ……」
 ああ、とオナニー少女は切ない声とともに軽いアクメを迎えた。親友であり、同じ罠に落ちた同級生の言葉は、彼女の精神に自分のいまの立場を刻印する。
 「あーあ、言われちゃったねぇ。レイ」監視者は少女を嘲った。「ネットの掲示板のいたるところに自分の屋外調教写真貼り付けて回ってるマナちゃんに変態呼ばわりされちゃって」
 レイの上げる声がさらにせっぱ詰まったものへと変化し、しなやかな指の動きがさらに激しくなる。ついには愛液に濡れた中指でココア色の後ろの窄まりを刺激するようにまでになった。
 「ああ、れいったらすごぉ……い。ピンク色のアソコを『くぱぁっ』って……あは、すごい、すごいよ。おくの方まで映ってるぅ……レイ、レイったらすごくきれいでえっちだよぉ……」
 「マナちゃんだって最初はすごく抵抗したのに、レイは……デビューの時からノリノリだからなぁ。言われちゃってもしょうがないか。ああそれに、『ハンター』の時からいやらしいポーズでパンチラをネットに披露してたんだから、ほんとに素質があったんだなぁ」
 「あ、ああ……いわない……で。しかたない……の……だから」懇願の声はしかし甘くとろけ、男の欲望をくすぐる響きを無意識のうちに帯びていた。「いっぱい……ビデオも撮られたし……逃げたら……もっとマナにおくすり使うって言われたしぃ……リツコさ……んにもひどいことするって……」
 「そうだよな。仕方ないんだよな。レイはみんなのためにデビューしたんだよな」
 「……え、ええ」
 「返事は『はい』だ」
 「……はい」一瞬優等生そのもの口調で応えた少女の唇からはすぐに甘い喘ぎがこぼれ、透き通るような肌をピンクに染めた美少女はこの悪夢のような状況に没入していることを男に教えた。
 「いい子だな。レイは」
 「……は……い」
 「じゃあ、そんないい子のレイに提案だ」
 「は……い」
 「レイ、チンポハメてやってもいいぞ」
 「!!!」目の前の少女と回線越しの同級生が同時に悲鳴を上げた。男の笑みが大きくなる。
 「オナニーだけじゃ物足りないだろ。指とそんなチンケな玩具じゃ満足できないだろ。レイが望むなら……ぶっすりペニスで串刺しにしてやってもいいぜ」
 「あ……はぁ」軽いアクメに達した華奢な身体がくたりと弛緩する。
 「手を休めるな」
 「は、はいっ……は……い」快楽をさらに貪るよう命ぜられた少女はくちくちとおのれの性器をなぶり、感情を高ぶらせ理性を摩滅させてゆく。
 だが男は知っている。少女はいま得ている快楽よりももっと「素敵な」快楽を覚えてしまっていることを。
 だからさらに彼女の精神を揺さぶってやる。
 「レイ、構わないんだぞ。オレの上にまたがって好きなだけ腰を振っても」
 「ああ……」
 「腰をぐりぐりしたら、チンポの先で子宮が小突かれるんだろ?レイはそれがイイんだろ?え?」
 「だめ……だめ……あれ……本当の……わたしじゃない……」少女は歯を食いしばる。男の卑劣きわまりない提案に耳を貸さないようおのれの精神を叱咤する。
 そう、もはや少女にとってセックスの誘いは、男性器で犯してやろうという提案は甘美で魅力的なものとなってしまっているのだ。
 少なくとも彼女の肉体にとっては。
 もちろん彼女は自分の精神までもが「墜ちて」いないことは確信している。これは彼らを油断させるための計画なのだから。
 心と肉体を切り離し、快楽を受け入れてもそれに支配されないように少女は努力し、そしてそれに成功していると確信していた。
 だからこそ、その行為がカメラの前で、数千人の卑劣な観客の前で行われるに違いないと分かっている少女は、その誘いを受け入れるわけにはいかなかった。
 なぜなら男性器に……それも女性を快楽にとろけさせるテクニックと形状を備えた凶器に……貫かれて突き上げられ、幼い襞を粘膜を擦り立てられれば少女はケダモノになってしまうのだから。
 たった一週間前に純潔を喪ったばかりの肉体が肉の凶器に貫かれる快楽を学習し、それに奉仕する喜びを覚えてしまうなんて、空想かフィクションの中の出来事だと断言し冷ややかな笑みを浮かべていたレイはもういない。
 いまの彼女は「あのときのレイ」が「そんなオンナなんているわけがない」と鼻で笑った存在だった。
 「ごしゅじんさま」に弄られ玩具にされると太股の付け根は勝手にぬるぬるになってしまい、ずぶと貫かれれば恥知らずに腰を振り、無意識のうちにあげる甘い吐息で呪うべき陵辱者を讃え、その灼熱の肉茎をきゅうきゅう締め付けて気持ちよくなろうとしたあげく、全身でアクメを表現してしまう少女娼婦……いや少女性奴にまで堕ちてしまっているのだ。
 そこまで堕落してしまった彼女の身体は、決して耐えることはできないだろう。
 目の前のカメラがライブでおのれの痴態を垂れ流していると分かっていても、少女の精神から切り離された肉体は覚えたてのセックスのすばらしさを泣きながら観客たちに告げるに違いない。
 いや、ちがう。
 それだけではすまない。
 きっと自分は、自分の躯は「見知らぬ誰かに鑑賞されるながらのセックス」がいつものよりもずっと素敵で気持ちがいいと覚え込まされてしまうのだ。
 誰かの視線が自分の裸身に注がれているというだけで昂ぶってしまう変態にされてしまうのだ。
 それはクラスどころか学年でもトップクラスの知性を誇る少女にとってとても屈辱的で悲惨で恥ずべきことだった。
 そう。
 それは「屈辱的で悲惨で恥ずべき」ことで、同時にものすごく「気持ちのいい」ことだと分からされてしまうのだ。
 だからこそ、それを願ってはいけないのだ。
 もしそのふたつの相反する感情を知ってしまえば、少女は、レイはさらに深く甘く、腐臭のする沼へと我が身を沈めることになるのだ。
 誰にも言い訳できないほど惨めで恥知らずな変態へと変わってしまうのだから。
 だから少女は泣きながらさらにおのれを淫らに刺激して、偽りの快楽に没頭しようと努力する。
 かりそめでもいいから絶頂に達してしまおうと、くちくちと指を動かし、クリトリスを粘膜を、アナルを卑猥に刺激するのだ。

 ……ああ、ああ、はやく、はやくイかなきゃ、はやくイかないとわたし……「セックスしてください」っておねだりしてしまう。

 黒絹の目隠しを涙で濡らした少女は一心不乱にオナニーに耽っている。

 ……はやくしないと、もっといやらしい言葉で彼が誘いをかけてくる。
 ……はやくしないと、取り返しの付かない交換条件を提示されても、セックスしてくださいって泣いて頼むようになる。

 「レイ、自分の指じゃ、駄目なんじゃないか?」いやらしい口調は少女の予想通りの展開だった。「なぁ、ひとこと言えば好きなだけオレのチンポであんあん鳴いていいんだぜ。どんなにいやらしく腰を振ってもいいんだぜ。なぁ、見てもらおうよ。レイ、みんなに……さ。オレとお前の『セックス』を……さ」
 「あ……あ、だめ、だめ、そんなの……だめ」
 「ほんとにだめだと思ってないだろ、レイ。本当はそうして欲しいんだろ?レイ」
 「ちがい……ます」
 「なぁ、レイ。とっても簡単なことだよ。ただひとこと、ただひとことなんだから」
 「いやなんです……みんなの前でこれ以上いやらしくなりたく……ないんです……」
 「レイはまだまだ嘘つきだな」男の声は狭いトイレの中でがんがん反響した。「なぁ、マナみたいに素直になろうよ。お願いのしかたによっちゃ、精液をレイのナカにどくどく出してやってもいいんだから」
 「あ……はぁ……っ……な、中出し……されちゃう……の?」
 「そう、カメラの前でな。『おひげ』をきれーに剃られたレイのアソコにたっぷり膣内射精してやるから」
 少女が声にならない悲鳴を上げる。男の言葉から作り出したイメージに圧倒されてしまっているのだ。

 ……だめ、このままではだめ。このままだときっとむりやりにされてこんとろーるできなくなる。そうなったらだめ、そうなるまえに、かれらをこんとろーるしなきゃ。

 数十秒後、少女の艶やかな唇がゆっくりと動く。
 「おねがい……です」少女の声は悲壮感と敗北感にまみれ、同時にとても蠱惑的だった。「レイと……せっくすして……ください」
 泣きじゃくり、しかし指を止めないで彼女は男のペニスでずぶずぶ貫いてほしい、そうでないと自分はもう絶頂を迎えることができないと懇願するのだ。
 「いいよ。レイ。やっと素直になれたんだね」
 「は……い。はいっ。だから、だから」腰を浮かせて男のペニスを全身でねだりはじめるレイ。
 ……ああ、なんとかわたし、演技ができてる。がんばって、すきをつくって……。
 くすくす笑う長髪の男はしかし、少女にさらに思い知らせるのだ。
 たった一言の台詞で。
 彼女がどんなに恥知らずなマゾ娘であるかを。
 「イイよ。じゃ、その前に目隠し取ってレイのえろえろな素顔を見てもらおうか、みんなに」
 沈黙は数秒間続き、そのあとの少女は劇的に変化する。
 「あ……あ、あああああっ」か細い悲鳴とともに全身を大きく痙攣させる。
 そのままくたりと崩れ、下半身を大きく乱れさせたままタンクに全身を預け、声も出せないまま全身をぶるぶる震わせた。
 「あれ?レイちゃんったらオチンチンなくってもちゃんとイけたじゃない。よかったねぇ」親友の揶揄の声もまた、アクメの余韻に震えるものだった。「『素顔をさらしてペニスに悶えちゃうジブン』を想像しただけでそうなっちゃったんだぁ……それにすごいね。それって『潮吹き』っての?」
 「ああ、ああ……だって、だってぇ……」
 「あは、まだ『ぴゅぴゅ』って出てるぅ。すごくエッチだよ。あは、掲示板のみんなったらもう超興奮状態。発狂したみたいなコメントばっかりだよ」
 「ああ、ああ、ああ……」
 レイは泣くことしかできない。
 なぜならマナの言うとおりなのだから。
 目隠しなしで犯してやると男に言われたとき、少女は想像してしまったのだ。
 ……なにもかも知られ、最後の尊厳も投げ捨てた自分が「堕ちる」場所を。
 ……そこへ「堕ちた」自分がどんなに恥ずかしく、どんなに淫らな仕打ちを受けるかを。
 ……「正義感に溢れた乙女」から「幼い性奴隷」へと転落したさまを知る映像やデータを見た人々が、少女をどのように哀れみ、同時に蔑むかを。
 その暗黒の未来のイメージが圧倒的な甘美感で少女の心に揺さぶりをかけたことを理解しつつも、彼女はかすかに安堵する。

 ……よかった……ぁ。かめらのまえでせっくすせずにすんだわ。
 ……いやらしいことばにかんじてるフリをしてやりすごせたわ。
 ……アイツ、わたしがすっかりマゾになったと思ってるけど。そうじゃないもの……ちがうんだから。
 ……きっと、きっとかれらにばつをあたえるんだか……らぁ。

 両足首をパンストとショーツで拘束されたままでぶざまに膝をゆるめ、少女は剃毛された媚裂をライブカメラにさらけ出している。
 放心状態のその口元には幸せそうな笑みがあった。
 その笑みは第三者には快楽の余韻と絶望の快楽にひたりきったものにしか見えない。
 まだ数秒おきに無毛の雌花からきらきら輝く液体をぴゅっぴゅっと噴いていることも気にならないようだった。
 なぜなら彼女は勝利を確信していたからだった。
 「彼ら」を油断させることに「また」成功したと信じていたからだった。
 同時に彼女は決心していた。
 親友を救うため、愛おしく美しい叔母を救うため、まだすこし彼らの「躾」を受け入れることを。

 ……ああ、あとすこしだけ、がまんすればいいの。あとちょっとでかれらをかんぜんにだませるんだから。
 ……ああ、でも、どうしてわたしたち、こうなってしまったんだろう?
 ……ああ、いつのまにこんな罠にはまってしまったのかしら?



◆ ◆ ◆



 「シンジ!はやくはやくはやくぅーはやくするのよぉ」
 「わかってるってば。だから耳元で変な声出すのやめてよ」
 「へへへー。シンジったら赤くなってる。アタシがちょっといろっぽーい声出しただけでぇ」
 「アスカったらやめなさいよ。碇君が困ってるじゃない」
 「いーのいーの。ヒカリが気にしなくっていいの。コイツのことはアタシがいっちばんよーく分かってるんだから」
 「そ、そう?でもちょっと、そのその、その……」
 ……バカみたい。本当にコドモみたい。
 窓際の席で頬杖をついた姿勢のまま、綾波レイは内心で深く溜息をついた。
 少女の視界の端っこではいつもの「じゃれ合い」が展開されていた。

 放課後を有効に使うために、休憩時間のわずかなあいだも使って自分のノートを写しおえるよう強硬に主張する惣流・アスカ・ラングレーと少女の好意を感謝七割/迷惑三割の表情で受けている「天才チェロ奏者」碇シンジとの「じゃれあい」が。

 演奏活動のおかげでどうしても学校を休みがちな碇シンジを、自ら「才色兼備」と宣言してはばからないその幼馴染みは全力でサポートしていた。
 ただしアスカ本人に言わせるとあくまでも幼馴染みとしての義務感であり、少年の母親である「ユイおばさま」に頼まれたからだそうだが。
 学年トップクラスの成績を誇る惣流・アスカ・ラングレーの乱暴ながら効率的なサポートのおかげで、少年はなんとかみなに遅れずについていくことができていた。
 それどころかアスカが要点を分かりやすくまとめたノートと、勝ち気で乱暴な口調で叱りつけるかのような調子で進むマンツーマンの補習によって碇シンジは平均を上回る成績を維持することができたのだった。
 だがその「授業料」として美貌のクラスメイトは少年を「下僕」としてこき使う権利を得たと主張し、そしてその「報酬」として少女は幼馴染みの少年にわがままを言い、駄々をこね、とても嬉しそうにあちこち引きずり回すのだ。
 どう見ても相思相愛の幼い恋人としての振る舞いを「カテキョーしてあげてるお礼なんだから!」と強弁する少女を周囲は微笑ましいと思うと同時にいささかもてあまし気味だった。

 「ほらぁ、機械的に写してちゃダメでしょぉ!写しているあいだにすこしでも理解しておくと、あとあとすごく楽になるんだから」
 「はやくしろって言ったのはアスカじゃないか。それに『あとあと』なんてアスカらしくない……」
 「なーにぃ」ひとつの椅子を少年と共有していた少女は少年の髪の毛に手をつっこんでぐしゃぐしゃと掻き回した。「ナマ言ってたらカテキョー辞めちゃうわよ。だーれも助けてくれなくって落ちこぼれて『アスカさまー』なんて言ってもアタシ知らないからね」

 ……うそばっかり。惣流さんの代わりに碇君にノートを写させてくれる女の子なんて、いくらでもいるはず。お節介を焼いて彼にべったりなのは貴女じゃないかしら。
 机から文庫本を取り出し、綾波レイはそれの中身に集中しようと努力する。
 しかし碇シンジの個人教師兼仮保護者件姉貴分を自認する惣流・アスカ・ラングレーの声をシャットアウトすることはできない。
 少女はもう一つ溜め息をつくと校庭の方へ身体を向け直して読書に集中しようと試みる。
 「レイちゃんも気になるんだぁ。ほんとアスカったら『らぶらぶ』だもんね」
 すぐ目の前でのささやきとくすくす笑い。レイはかすかに肩をすくめた。
 「……あんなに大声ださなくってもいいと思う。すぐ隣にぴったり座っているんだから」
 「みんなに見てほしいんだよ。きっと。アスカが碇君をどんなに大事に思っているか」
 ボーイッシュな容姿と言動でクラスでも人気者の親友の鋭い言葉にレイは驚く。
 「……そうなの?」
 「きっと、ね」にこにこと惣流・アスカ・ラングレーを観察しつつレイの友人……おそらくただひとりの……である霧島マナは断言する。
 そう言われてみると惣流・アスカ・ラングレーがそのようにレイにも見えてくる。
 ……彼女は周囲に、クラスに宣言しているのか。「碇シンジにとっていちばん大事な女の子はアタシだよ!」って。
 「幼なじみの男の子と付き合うようになるって……どんな感じなのかなぁ」マナは完全にこっちに身体を向け、レイの机に頬杖を突いたまままぶしそうにシンジとアスカを眺めていた。
 「どうって……きっときょうだいみたいな感じじゃないの?」
 「でも兄弟じゃ恋人にゃぁなれないからねー」レイの「あたりまえだろう」と言いたげな表情に気がついたのかマナは慌てて補足する。「あのね、兄弟相手じゃ恋愛感情なんて出てこないんだって。そこが幼馴染みと兄妹との永遠の違いなの。うちのアニキふたり、知ってるよね?」
 こくりとレイはうなずく。霧島家は兄二人に末っ子のマナの三人兄妹だった。確か長男がケイタさんで、そのしたがムサシさん。たしかそうだった。
 「なんていうかなー。二人とも優しいし、ちょっとカッコいいかなって思うこともあるよ。そりゃムカつくこととかガサツとか、スケベとかいろいろあるけど、別に嫌いじゃないよ。だけどね、恋愛対象には絶対ならないの」
 またもや黙ってじーっと見ているレイに慌てたマナはさらに補足する。
 「勘違いしないように言っておくと、二人ともモテないわけじゃないのよ。ケイタお兄ちゃんは『優しい』って言ってくれる女の子多いし、ムサシ兄(にぃ)はあれはあれで『カッコいい』って言うコいるし……でもね、あたしはだめ、ぜんぜん絶対だめなの。男とか女とかぜんぜん関係なくって楽ちんだけど、だって兄妹なんだから……だからなの。わかった?」
 こくりとレイはうなずく。視線の端では紅茶色の髪の少女……同性のレイから見てもはっとするくらいに愛らしい……がきらきらと目を輝かせて少年の肩にあごを乗せ、彼が忙しく動かすペン先を追っていた。
 「レイちゃんは一人っ子だからねー。きょうだいにも憧れてるところあるかもしれないけど、あれはあれでいろいろ面倒くさいし気を遣うんだから」
 「……つまり幼馴染みって男女の面倒くさいところがあんまりないままで……恋人になれる……の?」
 「出会いのハードルはないからね。お互いのことも知ってるわけだし。昔から」
 「そう」小さく溜め息をついてレイはうなずく。それからまっすぐマナを見つめた。
 「ね、マナ?」
 「なぁに?」
 「幼馴染み、いまからでも造れるかしら?」


 「いやもう、笑った笑った。レイちゃんいくら面倒くさがりだからって、そこから手を抜いたら恋人なんかできないよ」
 「……だって」
 「そこがレイちゃんらしいんだけどなー」
 ここは綾波レイの自室。
 クラブに属しているわけでない霧島マナと綾波レイが放課後を過ごす場所。
 二〇畳ちかい空間に最新のAV機器とファッション雑誌に出てくるような家具が並んだ部屋で、少女たちは低いテーブルを挟んで向かい合い宿題を片付けていた。
 「マナったら笑いすぎ。学校でもあんなに笑うなんて」
 「だって、だって……」思い出すだけで可笑しくなってきたのかマナはお腹を押さえていた。「レイちゃん、すごく美人なんだから、その気になればすぐ恋人なんかできると思うけどなぁ」
 「そんなこと……ないわ」色白の少女はそっぽを向いた。
 「あるって。レイちゃんがうちにくる時なんて、アニキたちったらもう大騒ぎなんだよ。ほら、いつもロボットみたいにぎくしゃくしながらお茶とかお菓子とか持ってくるでしょ?」
 「……ええ」
 「あれ、レイちゃん以外のコが遊びに来ても絶対しないんだから」
 「……そんな」レイは内心で溜め息をついた。
 ……ああいうのがいちばん困るのだ。悪意はないかもしれないがあれは好意ではなく好奇心なのだから。
 マナの兄たち……ムサシとケイタ……の眩しそうな視線。ぎこちない挨拶と、「妹の友人」に対して親近感とマナの兄としての立場を強調するためのどことなく妙なタメ口……しかし気がつくとケイタもムサシも舌をもつれさせた敬語になっている……での「妹の親友相手の雑談」。
 「うわ、うわ、うわぁ、『ムサシさん』だって。あの綾波レイに名前呼ばれちゃったぜ、オレ」
 「それ、失礼だってば。でも、ほんとに綺麗な女の子だねぇ」
 聞こえないように喋っているつもりかもしれないが、霧島家はそれほど大きな家ではなくそもそもマナと兄弟の個室は本棚と洋服ダンスで仕切られているだけで、つまりは筒抜けなのだ。
 そしてその賛美の声と視線はいつものこととはいえレイをうんざりさせる。
 ……みんな、本当のわたしのことなんてぜんぜん知らないくせに。分かってくれようともしないくせに。
 誰もが自分を「無口でおとなしい秀才美少女で、周囲のことなどまったく関心がない」と捉えていることを綾波レイは不思議に思う。ちょっと会話をすれば自分が辛辣な批評家であることなどすぐ分かるはずなのに。
 今のところそれを理解してくれているのは目の前の少女、霧島マナだけだ。
 なかばあきらめの溜め息とともに彼女は事態を認識していた。
 「ほんとだってば」マナは無邪気だった。「懲りずにアニキたちがお菓子持ってくるのはレイちゃんだけ。ちょっと前にさ、アスカと洞木さんが来たときなんか……」
 「え?」
 「あれ?話さなかったっけ?」驚くレイにマナは続けた。アスカがマナに貸しっぱなしだったコミックを「回収」し、ヒカリへ渡すために帰宅するマナと同行するかたちでふたりは霧島家を訪れたのだという。
 そのときのマナの兄たちはマナによると「こそこそ覗きに来たけど、アスカの猫なで声な自己紹介と容姿に完全に圧倒されてそのまま自室に閉じこもってしまった」らしい。
 首をかしげているレイにマナは吹きだした。
 「だから、ね、猫かぶりしてるアスカって同年代の男子から見ると、完璧に見えちゃうみたい。ま、クラスのみんなはすぐに見抜いちゃったけど。だけど、けどレイちゃんは……『かまってみたい』感じがするんだって。すごく」
 くすくす笑うマナに深く溜息をついてからレイは親友の頭をこつんと小突いた。
 「いたーい」
 「そんな話してないで、はやく終わらせる」いつのまにか教師のような口調になっていることにレイは気付いていない。
 「えへへへ……レイちゃーん。いや、レイさまぁ」
 「……なに」
 「写させてぇ」
 「助けてあげたじゃない。もう少し頑張ってみれば?」
 「……お願いぃ……レイさまぁ。霧島は、霧島マナは数学が……」
 「……はい」ノートをマナへと押し出す。几帳面に書かれた文字を一心に少女は自分のノートに写しはじめた。
 「ううううっ、感謝でありますぅ、レイさまぁ」
 「大げさ」少女は頬杖をついたままそっぽを向く。そのうなじと二の腕の白さに親友が羨望のまなざしで見つめていることも知らずに。
 ……マナは……親切だし、活発でとってもいい友達なんだけど……どうしてこんな簡単な問題で詰まるのかしら?
 レイには不思議でならない。少し考えれば、少しこつを覚えれば、こんな問題などすぐ解けるはずなのに。
 ……だいたい「あの」惣流・アスカ・ラングレーで「さえ」解ける問題なんだから。
 ……お気楽に笑ってちゃだめなんだけど。女の子だからって、勉強ができなくっていいことないのに。
 うなったり首を振ったり、さらには栗色の癖毛をかきむしりつつノートを写している少女をしばらく観察していたものの、やがて退屈したレイはノートパソコンを拡げるとネットにつないで暇つぶしをはじめた。
 綾波レイは論客だった。
 年齢も性別も定かでない匿名の論客として、「大人たちの」「つまらない」議論へ鋭く切り込むことを得意としていた。
 大人たちは彼女の(もちろん彼らまたは彼女たちはその論客の性別など分からないわけだが)議論をなかばうるさがり、同時に感嘆せざるを得なかった。どうやら意図的に正論と詭弁を使い分けて「敵」とみなした相手を論破するさまは不幸にもターゲットとされた人間以外にとっては興味深い娯楽にすぎないのだから。
 ツールを立ち上げていくつかの掲示板を巡回し、すこし唇を曲げた。
 昨日「いじめてあげた誰かさん」は姿を見せていなかった。
 同時に面白そうな議論もまた立ち上がっていなかった。
 小さく溜め息をつく。霧島マナはなにかつぶやきながら一生懸命にノートを写していた。
 「暇つぶし」とジャンル分けしたホームページやblogを巡ることにする。
 眉をひそめた。唇がきゅっと曲がった。
 そのページ……映画好きのOLが主催しているらしい映画の評論ページの掲示板が見るも無惨に荒らされてしまっていたのだった。
 どうやら管理者の不在か不精で管理されていないBBSをまったく関係のないものたちが勝手に使っているらしい。
 そこに貼り付けられているのはURLの切れっ端に、それに対する過剰でワンパターンな感謝の言葉だった。
 「ちゃんと管理できないのなら、掲示板なんて設置しなければいいのに」小さくつぶやく。掲示板に書き込まれたその文字列はどこかのライブカメラのストリームデータを指していた。
 マナを見る。まだ時間がかかりそうだ。
 好奇心に駆られたレイは慣れた手つきで防壁ソフトを立ち上げ、さらにプロキシを経由するよう設定する。
 つながった。
 わずかな待ち時間ののちにいくつもウインドウが開く。
 やっぱり。少女は心中でつぶやいた。それは綾波レイの考えたとおりのものだった。

 そこでは制服姿のOLたちが着替えていた。
 そこではスポーツウェアに着替えている、あるいは制服に着替えようとしている健康的な少女たちがいた。
 カーテンで仕切られた空間で下着を確認する女性たちがいた。

 ……どうやったか知らないが、どこかの恥知らずが会社や学校の更衣室、それから試着室に盗撮カメラを取り付けてネットに接続したのだ。
 それを今度は別の誰かが発見し……。

 「レイちゃん、またパソコン新しいのに変えてるの?」
 「え、ええ」マナの質問にレイは狼狽する。目の前の盗撮映像に気を取られていて、マナがこっちを見ていることなど気がつかなかったのだ。
 「四ヶ月くらい?」
 「そんなに短くないわ。半年くらい」
 「前のは?」
 「ネットオークションで売ったわ」
 「いいなぁ」マナは心底羨ましそうだった。「うちなんか三年も前のやつなんだよ。それも家にひとつしかないし……変なゲームがいっぱい入ってるから触るとお兄ちゃんたち怒るし……」
 「今度買い換えるとき、安くで譲ってあげてもいいわ」
 「ほんと?でもなぁ、そんなお金、あたしもってないし……」
 「分割でもいいわ……あ……ここ……うそ……」
 気のない返事をしていた少女は息を呑んだ。
 そこに映っているのは女子トイレだった。
 清潔で明るく、潔癖性の気があるレイでも安心して使えるようなトイレだった。
 そこでは一人の少女が下着を下ろして便器に腰掛けていた。安心しきった表情で、まったく無防備に卑劣なカメラに自身を曝していた。
 それらの映像はひどく高画質で、少女の下着の柄どころかその下半身の飾り毛の映えぐあいまではっきり分かるほどだった。
 だがレイを驚かせたのは少女が盗撮されていることそのものではなかった。
 その個室の……正確にはドアに貼られたマークに……見覚えがあったからだった。
 それはイチジクの葉をかたどったマークで、レイの実質的な保護者である赤木リツコが務めている大企業のシンボルマークだった。
 そしてそのマークの隣にある数字にも。
 これはあの企業が市に寄付した公衆トイレのひとつであることをレイはすぐに理解した。さらにそれが彼女の知っている場所……通学路の途中にある公園……に設置してあるものであることも、優れた記憶力が教えてくれた。
 「冗談じゃない……冗談じゃないわ」
 「どうしたの?こわい顔して」
 「マナ」
 「へ?」
 「宿題が終わったら、ちょっと付き合って」
 「……うん、いいけど……なにをするの?」きょとんとしているマナにレイは宣言する。
 「女性の敵とたたかうの」
 「え、え?ええーっ!」



◆ ◆ ◆



 かくして綾波レイと霧島マナは卑劣な覗き魔から女性を救う存在になった。

 カメラに素顔が写らないようサングラスをかけ、さらには普段とはまったく異なるファッション(実はお互いの服を交換しただけだったが、彼女たち自身が驚くほどがらりと印象が変わってしまった)で偽装した二人の少女は、慎重にかつ大胆に盗撮カメラを使用不能にしていく。
 もちろん彼女たちが対応できるのはホームタウンである第三新東京市だけであったが……その乗っ取られた掲示板を見る限り、市内だけでも相当な数のカメラが存在しているようだった。

 今のところは順調だった。
 その掲示板内ではライブカメラがすぐに使用不能になることをいぶかる書き込みがちらほら現れていたけれども、変装した上にカメラの死角から接近するよう細心の注意を払っているおかげで彼女たちの存在に気づいているものは皆無だった。
 「観客」たちはカメラが何らかの都合で故障したか、あるいは清掃時に発見されて撤去したものだと思いこみ、ぶつぶつと文句を垂れているだけだった。

 「ばーか、場所を変えてもちゃんと追っかけてやるもんね。こっちには達人レイちゃんがいるんだから」
 マナがお菓子をかじりつつ端末の画面に向かってつぶやく。
 「こんなのテクニック以前の問題」レイは淡々と解説する。「アングラと言っても、不特定多数のユーザーを想定しているから……移転先やパスワードも隠語やクイズのかたちに残していないといけないのが裏目にでてるだけ」
 「すっごいなぁー。まるで相田君みたい」
 「……いっしょにしないで」レイの厳しい一言にマナは怯む。
 「きびしいね……レイちゃん」
 「嫌いなの。ああいう目で見る男の子って」嫌悪もあらわなレイにマナは即座に謝罪した。
 ここはレイの自室。
 ふたりは「作戦会議」の真っ最中。
 部屋にはジャンクフードの容器がいくつも転がっていた。
 彼女の保護者が出張がちなため(「今月に入ってから、急に出張が増えたの」とレイが寂しそうにつぶやくので、マナはそれを口実にレイの自宅に入り浸りになっている)、レイは友人が呆れるほどの偏食ぶりを発揮していた。
 レイのPCを借りて「いつもの」ところを偵察しようとしたマナは、映像のありかを指すURLの代わりに「移転します」のコメントとなにやら意味不明な文字列だけが書き込まれてぱたりと更新されなくなった掲示板を発見して驚いた。
 しかし綾波レイが数分のうちに新たに作られた「移転先」を発見したことにさらに驚くのだった。
 「わたし、ぜんぜん分からなかったなぁ。これがヒントだって言われても……」
 「分かるように書いてある……書かざるを得ないの。情報提供者も見物人もお互いのアドレスを明らかにしていないから……完全にクローズドな集まりにしたくてもできない」
 マナに解説しつつ、レイはいくつものツールが吐き出すメッセージを確認していた。
 「なにしてるの?」
 「なぜ掲示板を移動したのかが分からないから、用心してるの。これはこちらの接続経路を偽装するツールに、向こうが投げてくるパケットを確認するためのターミナル。それから……」
 レイは説明する。ここはいままでのような誰かの掲示板を乗っ取ったものではなく、わざわざサーバーを立ち上げて作ったものだ。つまり管理者イコールカメラの設置者一味といってもいい。
 つまり覗き屋たちはその掲示板にアクセスしてくる者達の情報を知ることができるのだ。
 「うそうそうそ!じゃぁヤバいじゃない!あたしたちがココ見てること、この人たちにばれてるってことでしょ?」
 慌てるマナに苦笑するレイ。
 「どこの誰が見に来ているかなんて分からないわ。どのネットワークからつないでいるかが分かるくらい。もちろんすべてのアクセスログを確認できるような立場なら別だけど、彼らはそうじゃない。それに私たちがどこから接続しているかも分からないように、ダミーをいっぱい経由しているから……まず大丈夫」
 「そっかぁ。よかったぁ」安堵の溜息をつく親友を綾波レイは善意とかすかな優越の混じった笑みで見つめる。
 やがて玄関からマナにもなじみのある声が聞こえてきた。
 「あっ」レイがぱっと表情を輝かせて立ち上がる。「出張、今日までだったのね」
 彼女の叔母で保護者である赤木リツコとその部下の伊吹マヤらしい。
 「お帰りなさい。リツコさん!」ぱっと表情を輝かせて少女は立ち上がる。



◆ ◆ ◆



 「せっかくだから夕食を一緒にどうかしら?」と赤木リツコに勧められたマナは最初かなり躊躇していた。
 理由は二人の兄、ムサシとケイタだった。
 共働きで帰りが遅い両親に代わって家事一般、特に食事をまかされているのはマナであったから。
 しかしそれを理由にいとまを告げようとする友人に対し、レイは強引だった。
 「たしか料理は当番制よね?マナのところ」
 「えと、まぁ……一応……ね。だけどさ、お兄ちゃんたちって料理苦手だし……」
 「今日はマナが当番の日?」
 マナはかぶりを振った。「今日はムサシ兄の日。だ、だけどね、任せてたらインスタントになっちゃうから、だから……あ、レイ、どこに電話してるの?」
 「霧島さんのお宅ですか?わたくし、霧島マナさんの友人の綾波レイと申します」携帯電話に向かって淡々と喋る少女の口調は、いままでの親友に対するものではなく、クラスで級友に対するときの「綾波女史」と呼ばれる他人行儀のものだった。「……はい。マナさんが帰宅されていないのは存じています。こちらにいらっしゃいますから。ムサシさん……ですよね?マナさんのお兄様の」
 相手の返事を待たずに冷淡にレイは宣言した。
 「今日、マナさんはこちらで食事をされますので、お兄様たちは先に済ませておいていただけないでしょうか。今日はマナさんの食事当番ではないとうかがっていますが?間違いありません?では」
 ほとんど一方的にまくし立てると携帯電話を切ってにこりと笑う。
 いままでの氷のような口調も態度もすべて蒸発していた。
 「今日は食事の準備はしなくていいみたい。マナ」
 くすくす笑うリツコと、感嘆というよりも敬慕に近い表情のマヤを見てから、マナは強ばった笑みを浮かべてレイの誘いを受けたのだ。

 とはいえ、マナ自身がこの食事を楽しんでいたのは間違いなかった。
 おそらく霧島三兄妹の一週間分の夕食代に匹敵する材料費のかかった献立を手伝うのも、平らげるのもとても素敵な体験だった。
 「いつもレイと仲良くしてくれて、本当にありがとう」姪の髪をなにげなく整えてやりながら赤木リツコはマナに微笑む。レイはふんわりと目を閉じて叔母にされるがままになっていた。
 「そ、そんな。わたしもレイちゃんにいっつも勉強助けてもらってるし、パソコン使わせてもらってるし、CD借りてるし……」
 ぱたぱたと手を振ってマナはリツコの言葉を遮る。ボーイッシュな少女は真っ赤になっていた。
 「そんなの全然たいしたことないわ」レイはリツコを見上げた。「マナと一緒にいるとすごく楽しいの」
 「そう、それはよかったわね」赤木リツコとレイは微笑む。
 こうしてみると「叔母と姪」というよりも姉妹みたいだ。容姿はずいぶんちがうけど。
 霧島マナは食後の会話とコーヒーを楽しみつつそう思う。
 マナは綾波レイの「家庭の事情」について、ある程度の知識はあった。

 ……確かレイのご両親はずっと海外の研究所勤務で、ちっちゃいころからおばあちゃんに預けられて育ったんだよね。
 リツコさんはレイちゃんのお母さんの妹。すっごく頭が良くて確か博士号とか持っていて(なんというか、そういう血筋なのだ。だからレイちゃんも全国模試で一〇位とかに入ってたりするわけで。)、多国籍企業のNervの研究所に勤務してる。
 で、まだ三〇歳になったばかりなのに部下の人がいっぱいいる主任さんで、いっぱいお給料が貰えるから……こんなにすごいマンション……「ドクジカイセン」なインターネットやパソコンからいろいろできちゃうセキュリティに、レイのための(本人はあんまり興味ないらしくほとんど使われていない)大きなピアノ室まであるくらいの……に住んでいるのだ。
 ちなみにレイちゃんはリツコさんのことを絶対に「叔母さん」って呼んだりしない。呼ぶと「オシオキ」が待っているそうだ。そう、逃げられないようにぎゅっと抱きしめられて息が絶え絶えになるくらいくすぐられてしまうらしい。
 ……そう、だからレイちゃんはリツコさんのことが大好きなのだ。
 親代わりであり、姉であり、そのうえすごく優秀な教師であるリツコのことを語るとき、綾波レイはとても優しい目になるのだから。
 そしてリツコさんもそんなレイちゃんのことをとても大事にしている……。

 「……この子は両親がずっと海外なのに、わたしもちゃんと構ってあげられなくって」レイの肩をそっと抱くリツコはマナの中にある「キャリアウーマン」というイメージとはまったく違うものだった。「私の人付き合いの悪さが伝染ちゃったみたいなの。だから……マナちゃんみたいなお友達がいてくれて本当に嬉しいわ」
 全面的な信頼と感謝を示されて霧島マナはひどく慌てて、リツコとレイの親しみに充ちた視線から目を逸らしてしまう。
 だから気づいたのかもしれない。
 赤木リツコの直属の部下であり、後輩であり、同時にリツコの賛美者である伊吹マヤが二人を見つめる表情に。
 それはとてもまぶしそうで、とても羨ましそうで、どこか悲しげな表情だった。
 絶対に自分が加わることのできない絆を見せつけられたマヤは疎外感を持ってしまったのかもしれない。
 そう理解したマナはマヤに「ね、マヤさん、コーヒーのお代わり一緒に取りに行きません?」と声をかける。



◆ ◆ ◆



 「うー。なんてっか……これってアレ?『モグラたたき』ってやつっすかー?」
 「……きりがない。たしかに」
 綾波レイの私室で頬を寄せ合ってパソコンの画面をのぞき込んでいた少女と親友の霧島マナは溜め息をついていた。
 数回の移転を繰り返した「掲示板」に掲載された盗撮映像。そこに映っているのはつい先日二人が「対処」したはずの場所だった。
 「懲りずにまた付けたんだ」
 「それも……増えてる。前はひとつだけだったのに、いまは二つ」
 「警察は知ってるん……だよね。通報したんだから。匿名だけど」
 「その日のうちにお巡りさんが何人か来て、カメラを回収してた。学校の帰りに見たもの」レイが断言した。
 「取り付けた人をヒーロー扱いしてるよ。ここの参加者……」マナは呆れている。
 「自分は手を汚さないで済むからなのね。最低だわ」レイは容赦なかった。
 「……どうする?レイちゃん」
 「撤去してもだめなら、盗撮されないようにすればいい」レイはつぶやくとプリンターに紙をセットした。

 十数分後、レイは満足そうに腕組みをしていた。
 「これならみんな気がつくわ」
 「まぁ、そりゃそうだろうけど……普通にカメラ取っちゃった方がいいんじゃない?」
 「いいの。これで。ずーっとなにも映らない画面を見続けていればいいの」
 レイの言葉にマナがくすりと笑う。
 二人が見つめているのはトイレのドア。
 そこにレイとマナは張り紙をしたのだ。
 「注意!このトイレには盗撮カメラがよく仕掛けられています!」
 「帰ろう。マナ」うなずいてからレイは宣言した。
 ふたりはそれぞれの自転車にまたがる。
 「レイちゃん、その自転車ってさ」カゴのついたハンドルから大きく身を乗り出してマナは言った。「その自転車、ムサシ兄がすごく欲しがってた。格好いいって」
 「クロスバイクって言うの。フランス製だけどそんなに高くないわ」レイが値段を告げるとマナはぎょっとした表情になった。
 「けっこう……するんだ。えっとぉ、一日四時間バイトするとして……六〇〇日!!」
 「品質を考えると妥当……だと思う」
 「う……うーん。そ、そうかな、じゃ、帰るね……バイバイ」マナは強ばった笑顔で自転車をこぎ始める。
 ミニスカート姿で器用にそれも相当なスピードでペダルを漕いでゆくマナの背中をしばらく眺めてから、レイは家路へと向かう。
 勝利の予感に胸を震わせている少女は公園内ですれ違う男性たちの視線など気がつかない。
 腰を浮かせてリズミカルにペダルを踏む綾波レイのショートパンツに包まれたちいさなお尻に浴びせられる視線も気がつかない。
 すらりと伸びた真っ白な太股に視線を吸い寄せられていることなどまったく気がつかない。



◆ ◆ ◆



 「あれからどんな感じ?」休憩時間の喧噪のさなか、マナは振り返ってレイに尋ねた。
 「あれって……カメラの話?」文庫本から目を上げないままレイは答える。「急に『収穫』が減っちゃって観客のひとたちが不思議がってた。『バレたんじゃないか』って書き込みもあったし」
 「じゃあ効果があったんだ。よかったぁ」ぱっと笑うマナ。しかしレイはあまり嬉しそうではなかった。
 「でも、張り紙が剥がされていないか確認が必要なのは面倒だわ。それにカメラがあることは変わらない」
 「ま、そうだけどさ。ときどき見に行こうよ。それはそうと……」レイのさらに後ろへ視線をやってからマナはレイにささやく。
 「アスカ……ここ数日元気なくない?」
 「さぁ。私は惣流さんのこと、よく知らないから」レイは文庫からまったく視線をあげようとしない。マナはすこし唇を曲げた。
 ……レイちゃんたらアスカのことすごく意識してるのに。
 マナからするとそれはもう明白な事実だった。
 おそらくレイにとって、自分の感情をまったく隠そうともせずに(それが幼馴染みとはいえ)異性に遠慮なくわがままを言う「ことができる」惣流・アスカ・ラングレーという少女はかちんとくる存在なのだろう。
 霧島マナはそう理解していて、同時にそれがまったく正しいことも分かっていた。

 けれどもアスカ以上にプライドの高いレイは直接対決など望まない。
 アスカよりも良い成績、アスカよりも洗練されたファッション(アスカのそれとは違って、レイの場合はどっちかというとブランド志向だが)、アスカよりも知的で優美な振る舞いを常に目指している。
 いや、それだけではない。
 綾波レイはアスカなどよりもずっと「碇シンジを理解」しているという自負があるらしい。
 なにかのおりに碇シンジその人ではなく、彼の音楽の話題になったときに「きちんとした話」ができるのはクラスではたぶんレイだけなのはたしかだ。
 アスカは「碇シンジの最初のファンでかつ、最高のファン」を自称しているけれど、彼女が彼の音楽を理解しているかどうかは相当あやしいとレイはみなしているのだった。
 事実ふとした機会にシンジと隣り合ったレイは、彼の音楽についての知識を披露し(もちろんなにげなく、控えめに)、碇シンジを「すごい、そんなにきちんと聞いてくれてる人がいるなんて!」と感激させたのだから。
 もっともレイをさらに喜ばせたのは「アスカったら、僕のCDあんまり聞いてくれないんだよな……」というつぶやきを少女に向かって漏らし、共犯者めいた微笑みを交わせたことだったらしい。
 (アスカがシンジのCDを聞かないのは当然だということに、レイのみならずシンジすら気付いていないことはマナにとって意外だった。好きなときにライブで自分が望む曲……それもクラシックだけではなくポップスからCMソングにアニソンまで……を聞くことが(弾かせることが)できる環境で、録音を聞きたがるはずがないのだから)

 これらの事実をレイの大親友であるマナはレイ自身からも聞き、そしてクラスの噂話……レイ本人が思っているのとは全く逆に彼女はクラスの注目の的だった……からも確認を取っていた。
 だからレイは間違いなく気がついているはずだとマナは確信していた。
 ずっと携帯を見つめ続け、ときどきひどく辛そうな表情を浮かべる惣流・アスカ・ラングレーなんて、普通あり得ないのだから。
 「どうしたんだろ。体育も休んでたし」マナはレイをうかがう。レイの拗ねたような表情を見るのはちょっと楽しいのだ。
 「知らないわ」レイの口調が少し硬くなった。「きっと碇君と会えなくなってしょげてるんじゃないかしら」
 碇シンジが京都で開催されている音楽祭予選に参加していることはクラスの誰にとっても周知の事実だった。
 「……そうかもね。だけど、なんだかぼーっとしてるし、熱っぽいみたいだし、絶対いつものアスカじゃないよ」
 ときおり美貌を歪めて溜め息をつくクラスのアイドルを心配そうに見ているマナにレイはかすかに笑った。
 「マナったらほんとに優しいのね」
 「でも、絶対にあんなのアスカらしくないもん」
 「誰にだって調子の悪いときはある。それに、わたしにとってはどうでもいいこと」レイは断言する。
 「どうでもいいって……」
 「だって、そうでしょ……」レイはじっとマナを見つめる。レイとは対照的に小麦色の肌をした健康的な少女は口ごもり視線を逸らしてしまう。わずかに微笑んでからレイは強引に話題を変えた。「今日、学校終えたらわたしの家に来ない?通販で素敵なスイートが届く予定なの」
 レイはマナを彼女が普段めったに口にできない高級菓子で懐柔し、マナの注意をアスカから自分へと向けさせる。
 アスカ以上に意地っ張りなレイの試みは成功する。マナがレイの言葉に逆らえないことは分かってはいたが、マナが自分を見てくれたことに少女はほっとする。
 だから綾波レイは気付かなかった。
 普段の彼女ならアスカへの対抗心から必ず、アスカの状況を確かめようとするはずだったがそうしなかった。
 しかしマナへの手前あえて関心のない振りをせざるを得ないかった。
 だからレイは気付かない。

 いつもなら活発で快活で、愛らしい声を教室内に響かせているはずの惣流・アスカ・ラングレーが黙り込み、そのかわり誰にも聞こえないように注意しつつもときどき漏らしてしまう溜息が欲情に染まっていることに。
 生粋の日本人であるレイがどうしようもなくコンプレックスを抱いてしまうアスカのすらりと長い脚、それを今日の彼女はひどくぎくしゃくとさせて歩いていることに。
 さらにそのおぼつかない歩行のとき、アスカは必ず校則よりちょっと短めのスカートのお尻の部分を教科書やバインダーで隠すようにしていることに。

 授業中も椅子にひどく浅く腰掛けてどこかもじもじと落ち着かず、授業開始時には机の下で行儀よく揃えた脚を時間の経過とともに無意識の内におおきく開き、制服のスカートの裾が膝小僧の上をじわじわと滑ってゆくさまを、すべすべの真っ白な内腿を教壇に立つ男性教師たちに披露して、彼らの一部をひどく狼狽させのこりの大多数を非常に楽しませていることに。

 空ろな表情や不注意で無用心な姿勢を体調不良のしるしと捉えた実直な女性教師から婉曲に保健室へ行くようになんども勧められたアスカがそれをがんとして断っているわけは、静謐なあの部屋ではスカートの奥から聞こえてくるであろう「ぶううぅぅぅん」という羽音を誰にも聞かれたくなかったことに。

 いつもの緻密な観察眼を働かせればそんなことはすぐ気付いたはずなのに。

 もちろん、「そのあと」のことも想像できるはずがないのだ。

 女教師の言葉を受け入れ、ついに学校を早退した惣流・アスカ・ラングレーがタクシーを降りたのは彼女の自宅前ではなく、全く別のマンションの前であることも。

 うなじを汗で濡らしたクォーター少女がそのマンションのエレベーターに入るなり、その中でにやにやと下卑た笑いを浮かべていたチンピラにぎゅうっと抱きついて「あ、アタシ……学校、学校早退して来ちゃいました……」とうっとりと上目遣いで媚びを売り始めることなども。

 彼女を迎えにやってきたチンピラに制服越しの躯を好き放題にいやらしく撫で回されてもまったく抵抗せず、「お、おねがいです、おねがいですからこのおしりの中のぶるぶるするの抜いてください!おなかの中のモノ、出させてください!ああ、ああ、頭の中がおかしくなっちゃうんです!おねがい、おねがいです!」と涙をこぼして懇願するようになっていることも。

 「パパとおじいさまと、そ、それから、その……し、シンジにしか許していないんだから!」と真っ赤になりながらクラスで可愛らしいキス体験を告白していたはずの彼女のつやつやと輝く唇が、残酷にねろねろと男にむさぼられ、濃厚に舌を絡め合ってとろとろと唾液を流し込まれても抵抗するどころか爪先立ちのままがくがくと全身を震わせはじめて、情熱的なペーゼをなんとか続行するためにチンピラにひしと抱きついて甘え声を上げていることも。

 「あは……ンっ」「ふぁ……ぁ、すき、すき、ああ、えっちなきす、だいすきぃ……」と甘く淫らなあえぎをあげての抱擁のさなかにぷりぷりのヒップをぎゅっと掴まれても、「あん!」と可愛く鳴いてみせ、ぐりぐりと臀丘をこねくられれば排泄孔を直腸を妖しく刺激される歓びに涙を流して感激し、やがて後ろの不浄の孔から背筋を這い上がってくる快楽に思考をとろけさせられて、キスのさなかになんども気をやってしまっていることも。

 キスを終えてもそのチンピラに頬を染めたまま抱きついているクォーター少女が、「『お尻のナカ』ってなんのことかなぁ」と白々しく笑われるとどこか壊れたような、切羽詰まった表情で両手をぶるぶる震わせつつスカートを持ち上げ、くるりと背中を向けてミルク色の逆ハート型の可愛いお尻を恥知らずに突き出すことも、そのお尻に食い込むTバック型貞操帯に装着されているアナルプラグが女子中学生の菊門を残酷に拡張し、性器としてつくりかえようとするさまをそのチンピラと彼が構えるカメラの視線に露わにして「これ、これ、このあなるぷらぐぬいてくださいぃぃっ!なんでもするから、どんないうこともきくから!このぶるぶるするの、ぬいてぇ!アスカのおなかの中のもの、ださせてよぉ」と泣きながら懇願するなど考えもしない。

 登校途中にかかってきた電話の指示通りに人通りのない路地へと曲がり、そこで待ち受けていたワンボックスの車内で、ビデオカメラに撮られながらちゅるちゅると少女の直腸内に注入された媚薬入りゼリーの「栓」として挿入され、その後間欠的にびりびり震えて少女の思考を麻痺させ続けたいやらしい突起が無数にほどこされたアナルプラグを外してもらうためなら、いまのアスカは男とカメラの視線にさらされつつも中学校の制服を脱ぎ捨ててローファーと貞操帯だけ……そう、彼女は下着をまとうことも許されていなかった……の姿になることにまったく躊躇しないことも想像できるはずなどなかった。

 「抜いてもらう前にこっちを抜いてくれよ」と下卑た提案に嫌悪の情も表すこともできず、乱雑に脱ぎ捨てた制服をエレベーターの中に置き去りにしたまま手を引かれて廊下へとすすんだクラスの天才少女がそこの監視カメラに「鑑賞」されつつ全裸に近い状態でしゃがみ込み、男の真珠入りペニスを美味しそうに舐め回し、頬張り、卑猥な音を立ててしゃぶりたててどくどくと迸るザーメンを喉を鳴らして嚥下してしまうようになることも考えられない。
 もちろん、男のペニスに奉仕しているあいだ、少女が男のごつい靴の甲にまだ未発達の肉芽を無意識のうちに擦りつけ、卑猥な尻振りダンスをするようにまで墜ちているなど理解できるはずがない。

 「一週間たらずでずいぶん成長したなぁ、アスカ」と頭を撫でられて口唇奉仕の習熟度を誉められると素直に喜び、「は、はい!だから、だから、だからおしりのぶるぶる止めてください!おなかの中のもの、はやくださせてぇ……」と精液の匂いと味にうっとり酔った表情で懇願し、「あーあ、このエロガキ、ケツのアナのことしか考えられなくなってますよ?」と嘲笑われても怒ることもできなくなっているなど予想できるわけがない。

 「碇シンジの恋人」であることを全身で公言してはばからない一四歳の美少女がその幼い愛情ゆえに罠に落ちたことなど、綾波レイに推理できるわけがない。
 「碇シンジの個人教師兼仮保護者件姉貴分」であることをクラス中に宣言している惣流・アスカ・ラングレーが、愛らしくも美しい淫人形として心も体も造り替えられつつあることなど理解できるわけなどない。

 もちろん少女は想像もしていなかった。
 綾波レイと霧島マナのその二人も、その卑劣で淫靡な罠に自ら飛び込もうとしていることも。



◆ ◆ ◆



 《またカメラが……》
 《K察?》
 《違うと思う。K察ならただ撤去するだけなんてあり得ない》
 「『あり得ない』なんてどうして分かるんだろ?」
 「実は警察関係者がいるのかも。いえ、いてもおかしくないわ」レイは薄く笑った。
 二人は頬をくっつけ合うほど密着してPCの画面を見つめていた。
 ここはレイの私室。霧島マナが宿題の答えとお菓子目当てに入り浸りになっている場所だった。
 「ハンター」として盗撮カメラの撤去を行って数日、ネット上のその掲示板では怒りと不満に満ちたコメントが飛び交っていた。
 「《誰だよ、こいつら》だって。ふふっ、悔しがってる」マナがくすくす笑う。
 「《このガキ、人の楽しみを邪魔して》ですって。卑怯者」レイはつぶやくとチョコレートを口にする。
 「ばれないよね。レイちゃん」マナは少し不安そうで、それがレイにはとてもおかしい。
 「変装しているし、顔も隠してるから大丈夫」
 「……うん、そうだね……え、ちょ、レイちゃん、これ」
 マナが画面を指さす。そこにはこう書かれていた。
 《おい!「ハンター」の正体分かってる連中がいるみたいだぞ》
 そのコメントとともに書かれているのはどこかのサイトにつながるリンク。
 「うそ、ありえない」レイは首を振る。しかし数コメント先に「管理人」を名乗る人物の書き込みがあることに気づいて表情を曇らせた。
 その人物はこうコメントしていたのだった。
 《大量のアクセスありがとうございます。あの場所は撮影グループの連絡に使っているものでした。あまりのアクセス殺到で運営に支障をきたしてしましたので認証制といたしました。あしからず》
 その後に続くのは「パスワードを教えろ」と「何が載っていたかアクセスできたやつは教えろ」という怒濤のようなコメントの嵐。
 そしてそれに応えるものがいた。
 《パスワードは分からないけど、俺が入れたときにサイトに何があったかは教えてやる。そこには……》

 書き込みを見たレイはうなった。
 「ほかにもカメラがあったなんて……」
 「レイちゃん……どうしよう。あたしたちの顔とか写ってたら……」見上げるマナにレイはほほえむ。
 「大丈夫。変装のおかげで顔は分からなかったんだわ。だから服や靴のことで情報交換をしてるわけ」レイは少し考えてからくだんのサイトにつながるリンクをクリックする。
 「『パスワードを入力してください』か。でもヒント付きなのね。メンバー間の連絡手段が掲示板以外にないからこうなるんだわ」つぶやくレイの視線は入力画面の下に書かれた文字を追う。それから整った顔をしかめた。
 「『ハンターのお気に入りの鞄のブランドは?』ですって?」
 「鞄?」首をかしげるマナ。
 「トートバッグのことでしょ。でも、投稿された写真にははっきり写ってるものはなかった……。そうね、これはカメラを取り付けた人間にしか確かに分からないわ……でも」くすっと少女は笑う。「『ハンター』本人は分かってる」
 入力欄にさっと入力してエンターキーを押す。
 たちまち画面が切り替わり、レイは優越感いっぱいの笑みを浮かべた。

 「……写真ばっかりだったね」安堵のため息とともに霧島マナは綾波レイを見上げた。
 「そうね。隠しカメラがほかにもあんなにあったなんて」レイはつぶやく。「でも、彼らは私たちの正体に全然たどり着いていないわ。それは確実。見たでしょ?どの写真にも私たちの顔が写っているものはなかった」
 マナはうなずく。
 「注意が必要なのは確かだけれど、大丈夫。彼らよりこっちが有利よ」
 レイはにっこりとほほえむとコーヒーカップに口をつけた。
 ……よかった。ほんとうによかった。
 マナに気取られないようにレイはそっと吐息を漏らす。
 隠しカメラの存在は完全に盲点だったのだ。まさかそこまで手の込んだことをたかが盗撮魔がやっているなどとはレイは考えもしていなかった。
 だからそのもう一つのサイトの存在を知ったとき、少女は心臓が止まるほどの衝撃を受けたのだった。
 だから相手がアクセスログを取っていることが確実でも、レイはそのサイトへログインせざるを得なかったのだ。もちろんいくつもの防壁を介してのアクセスを行い、危険は最小限にしてはいたが、それが危険な行為であることは間違いなかった。
 しかしそのリスクを冒した甲斐はあったとレイは認識している。卑劣な盗撮者たちがレイたちの情報を掴んでいないことを知ることができたのだから。
 まだ物足りなさそうなマナを制して、少女はプラウザを閉じる。
 もう二度とそこへアクセスするつもりはなかったし、その必要もないと彼女は考えていた。

 確かに、もう一度アクセスする必要はなかった。
 一度で十分だった。
 「当人しか知り得ない情報でアクセスしてきた誰か」の存在とその「誰か」が踏み台にしているサーバーの情報を「彼ら」が知るためには。



◆ ◆ ◆



 「……どう?」
 レイの問いへの答えは愛情のこもった抱擁だった。
 「素敵よ。レイ。本当よ。本当に似合ってる」ぎゅうっと姪を抱きしめたまま赤木リツコは言った。
 「そんな……恥ずかしい」
 「恥ずかしがる必要なんてまったくないわ」リツコは背筋を伸ばしてレイから数歩離れ、あらためて少女の晴れ姿を観察しつつ断言する。「本当にどこかのお姫様みたい。マヤの見立ては大正解ね」
 レイが身につけているのはパープルのドレス。引っ込み思案の少女がそのような晴れ着をさほど抵抗なく身にまとえたのは肌を露出するデザインではないからだろうとリツコは推測する。
 だが手首まで彼女の素肌を隠している青紫の長袖も、形の良い脚を包み込む濃い紫のストッキングも、その下にある真っ白な肌を隠すどころか強調していることにレイは気付いていないのだろうとも思う。
 ましてや薄手のドレスが描くラインはレイの華奢で清楚なボディラインをこれ以上はないほど美しく飾っていることもたぶん気付いていないのだろう。
 リツコが誰よりも愛している秀才少女は伊吹マヤがいくつか示したサンプルの中から単に肌をきちんと隠し、スカートが膝よりも長いものを選んだに過ぎないのだから。
 「ほんと、マヤったらいい仕事をするわ」リツコは感心していた。
 「でも、こんなドレスでないと……いけないの?」さまざまなポーズを取って自分の姿を鏡に映しているくせに、いかにも気のなさそうな声でレイは尋ねた。
 「当然です」首をかしげるレイにリツコは再度断言した。「ソワレに普通のワンピースなんてあり得ない。レイはもう少しお洒落に関心を持たないと」
 光沢というより艶のある生地が流れるようなラインを描くイブニングドレスを身にまとったリツコは微苦笑を浮かべて腕を組んだ。姪が自分を憧れと感嘆の混じったまなざしで見てくれていることが少しくすぐったくて誇らしい。
 「貴女もこれくらい大胆なものを選んでも良かったのよ」濃紺のドレスとコントラストを成す剥き出しの両肩、そして異性の視線を釘付けにしてしまいそうな胸元を視線で示してリツコは微笑む。レイはなんども首を振った。
 「わたしはリツコさんみたいに身長ないし、その、胸も……まだ」真っ赤になる姪をリツコはひどく愛おしそうに見つめている。
 「すぐに貴女も成長するわ。気にする必要なんてないの」
 もう一度少女を抱きしめてリツコはささやく。
 「レイ、あなたは本当にきれいよ。自信を持ちなさい」
 ここは京都にあるホテルの一室。ふかふかの絨毯の上やベッドの上に散乱しているのは高級百貨店から届いたばかりの紙箱。
 控えめなノックのあとにひょっこりと顔を出したのは着飾った伊吹マヤ。
 「先輩。そろそろ時間です……あ……わぁ……」マヤの眼がいきなりハート型になり、「きゃー」という歓声とともにレイに抱きつく。
 「すごい!すごく似合ってます!ああ、こんなに可愛いなんて信じられないですー」
 「でしょ?」
 「ちょ、ちょっと……そんなに抱きつかないで……マヤ……さん」
 半分迷惑そうで、しかし叔母の部下の賞賛に少しくすぐったそうな表情でレイはつぶやいていた。
 それをとても嬉しそうにリツコは眺めていた。

 第三新東京市からリニアで到着した三人がホテルで着替えた後に向かったのはタクシーで二〇分ほどのホールだった。
 入り口で係員に招待状を見せて中へはいる。入り口そばには「本選考会は一般公開ではありません。チケットは販売されておりません」と書かれた看板と、係員と押し問答をしている音楽ファンらしい人々が十数人いた。
 「そんなにすごいの?あのひとたち、『お金は出すから』とか言ってたけど……これってコンテストの予選なんでしょ?そこまでして聞きたいのかな?」レイはリツコに尋ね、リツコとマヤは揃って溜息をついた。
 「今年は特別。『天才少年』が二人も現れたって評判なのよ。二人ともまだ中学生でコンサート以外のライブなんて滅多にないし、二人揃って聞けるなんて機会はもう本当に少ないの……紹介状手に入れるの、すごく大変だったのよ」どうもありがたみを理解していないらしい姪にリツコは辛抱強く説明した。
 「ふーん」首をかしげるレイに対し、リツコはにんまりと笑った。
 「まぁ聞いてごらんなさい。ライブとCDではぜんぜん違うから」

 夢見るような表情の姪の肩をそっと抱いて、赤木リツコは少し背をかがめる。
 「ね、職権濫用して紹介状を手に入れて、大正解だったでしょ?」
 「……碇君って……すごい……CDとは全然違って……」ぼうっとした表情で綾波レイはつぶやいている。その表情はまるで恋する少女そのもので、リツコは少々驚いていた。
 「予選参加者が貴女と同じクラスだって聞いたから、ちょっと無理を言って頼んでみたの……レイ?」ふっと歩き出した姪を慌ててリツコは追う。小走りに少女が駆けていく先はちょっとした人だかりになっていた。
 その人だかりの縁へとレイがたどり着く。すこし背伸びをして中をのぞき込む。小さくジャンプをはじめて中をうかがうさまにリツコは苦笑する。
 そこからさきの彼女の行動はリツコにとって予想外だった。
 花束を抱える着飾った少女たちを肩で押しのけつつレイはその中へと入っていってしまったのだ。
 いつもなら引っ込み思案で遠くからそのような人だかりを眺めているはずなのに。
 リツコは足を速めて姪に近づき、そして納得する。
 花束をいくつも持ち、取材のカメラの前で微笑している少年は綾波レイの同級生だったからだ。
 その同級生……碇シンジ……の視線が動き、その表情が驚きへと変わる。
 「あ、あやなみ……さん?」
 「こんばんわ」頬を染めてレイは予選を軽々と突破した少年を見つめる。レイに押しのけられた少女たちが非難の視線を向けていることを気づいてもいなかった。
 「あ、あの……最終選考選出……おめでとう。あ、あの……CDとは全然違う……のね。わたし、すごくびっくりした。スピード感があって、聞いていて高揚するっていうか……」
 「ずいぶんと可愛らしい評論家の登場ね」碇シンジにマイクを向けていたインタビュアーの笑みの混じった言葉にレイは我に返り、真っ赤になった。
 「あ……あの……ごめんな……さい」
 「彼女……僕と同じクラスなんです。中学校の」シンジが落ち着いた様子で説明する。「いつもCDを買ってくれて、感想を……すごく的確なコメントを……くれるんですよ」
 まぁ、とインタビューを中断されてしまった音楽誌の編集者は大げさに驚いて見せ、少女を呼び寄せるとシンジの隣に位置するように促す。
 「碇シンジさんのファン代表ということで、並んでのショット……いいかしら?」
 控えめな怒りと羨望の声が少女のみならず他の女性陣からもあがった。
 いつもの内気な少女に戻ってしまった綾波レイはちいさく首を振った。じりじりと後じさる。
 だが、「レイ、せっかくなんだから……ね」と細い肩をそっと抱いた叔母に優しく勧められると少女は意を決してゆっくりと歩を進め、同級生の隣に並ぶ。
 一斉に焚かれるフラッシュにレイはちいさく悲鳴を上げる。しかし隣に位置する少年の優しい言葉に励まされ、彼女はおずおずとレンズに向かって笑顔を披露する。
 ふたたび閃光が二人に浴びせかけられる。けれどもレイはさっきのように悲鳴を上げたりしなかった。
 なぜなら教室ではおとなしく、幼馴染みの美少女の玩具扱いされている少年がそっと手をつないでくれたから。
 カメラマンから視線を向けるように頼まれる。レイは伏せていた視線をそっとあげた。
 その瞬間、カメラマンからどよめきが起き、フラッシュがすさまじい勢いで焚かれた。でも、レイは笑顔を浮かべたままでいられた。
 隣の少年が絡めた指に力を入れてくれたから。
 少女はもう、恐れてはいなかった。
 それどころか、十数本ものレンズに見つめられることに優越感すら感じられるようになっていた。
 そのガラスの視線に崇拝と憧れを感じてしまったためだろうか。
 人垣を成す少女たちからの羨望を感じてしまったためだろうか。
 レイは高揚すら感じていたのだった。
 いつのまにかカメラマンやインタビュアーに頼まれるとちょっとしたポーズまで取るようになっていたのだった。


 「みんなの前で演奏するのはどんな気分?緊張しない?」
 「気にならないです。ライトが当たっていて観客席はよく見えないんですよ」
 叔母である赤木リツコの質問に穏やかに答えている少年を綾波レイはじっと見つめていた。
 「カヲルくん……はどうなの?」
 「ボクも気になりません。それにボクは、注目を集めるのが好きなんです……伊吹マヤさん」
 名前を呼んでもらえたマヤは頬を染め、リツコはあきれ顔になる。

 ここは京都でも有数のホテル最上階に位置したレストラン。
 綾波レイは予選後のインタビューを終えた碇シンジともう一人の「最有力候補」の少年・渚カヲルと同じテーブルを囲んで軽食を取っていた。
 碇シンジに付き添っていた碇ユイが赤木リツコに声をかけてくれたのだった。
 「シンジの同級生がわざわざ見に来てくれたんですから」と嬉しそうに誘われてはリツコが断れるはずなどなかった。彼女が愛している姪に「絶対行く」と無言でものすごいプレッシャーを受けていればなおのことだった。
 そこでレイたちはもう一人の予選参加者を紹介された。
 「こんなに綺麗な男の子っているのね……見て、マヤのあの顔」リツコが姪に苦笑混じりに囁いてしまうほどの美貌の持ち主で、むしろそれが選考に災いするのではないかと話題になったほどのピアノ奏者で碇シンジやレイと同い年の十四歳の少年。それが渚カヲルだった。
 ……たしかにすごく綺麗な男の子だ。マヤさんがあんなふうに「うるうる」しちゃうのも、観客の女の子たちがぼうっとしちゃうのも当然。そこそこ上手だったからピアノ部門はこの子が入賞するだろう。ただ、曲の解釈はおかしい気がするけれど……だから観客は新鮮に感じるのかしら。
 少女は冷静に分析していた。
 「綾波さん……はシンジのライブを聴いてくれたのは何度目かしら?」シンジの隣でにこにことカヲルの言葉を聴いていたユイに不意に尋ねられるまでは。
 「え、えと、そ、その、はじめてです。いままではCDだけで……」
 「そうなんだ。そう言えば……アスカちゃんが連れてくるお友達の中にはあなたはいなかったわね」
 どうやら惣流・アスカ・ラングレーは親しい友人を碇家へ「招待」しては碇シンジに聴きたい曲を次々リクエストしては弾かせているらしい。レイは呆れるより他なかった。
 「……惣流さんとはあまり親しくないから」自分は彼女とは違うのだ。ちゃんとしたファンなのだというニュアンスを込めるレイにユイは微苦笑を浮かべた。たしかにアスカとこの少女は相性は悪そうだ。どちらもとてもいい子なんだけど。
 「惣流さんは来なかったの?」ふとレイはシンジに尋ねる。少年はうなずく。
 「ちょっと用事ができちゃったって」シンジは少し寂しそうだった。
 「自分勝手だわ。そんなの」レイはひそかに憤慨した。惣流・アスカ・ラングレーは我が儘なところのある少女だけど、ここまで勝手だなんて。
 「いろいろ理由があるのよ。アスカちゃんのお母さんのスケジュールが取れなかったとか」
 「でも、本当に碇君のファンだったら、応援に来るはず」
 「電話はくれるんだよ。メールでも励ましてくれるし。それに家でいつも聴いているから、わざわざ京都まで来ることはない……」
 「彼女は碇君のためにここに来るべきだと思う」
 「レイ」リツコが優しいがしっかりした口調でたしなめる。「人のお友達のことを悪く言っちゃだめ」
 じっと見つめられてレイはうつむいた。そっとその肩に叔母が触れる。
 「あ、えと、気にしないで。綾波……さん。アスカはその、ちょっと違うから」
 ……ひそかにライバル心を燃やしている少女の前で、そのライバルを特別扱いしちゃうなんて……まだまだコドモなのね。カヲルくんならきっとレイに期待を持たせるようなコメントを連発するに違いないわ。
 シンジの言葉に母親はひそかに溜息をつくと同時に安堵し、しゅんとうなだれてしまうレイに少し同情する。
 「だめだよ、シンジ君。綾波さんほどの批評眼を持つファンは大事にしないと」渚カヲルの微笑みと慰めの言葉にレイはぱっと表情を輝かせ、同時に碇ユイと赤木リツコは「やっぱり」という表情で目配せをしてしまう。
 ちょっとぎくしゃくした調子でシンジとレイは会話を再開する。
 その内容が音楽そのものではなく、中学校のクラスにおける世間話レベルのものであり、どちらかというとレイについての質問がほとんどであっても綾波レイはとても幸せそうで快活で、その様子は伊吹マヤとリツコを驚かせたのだった。


 「ね、リツコさん」髪の手入れをしていたリツコは振り返る。
 ドレスを脱ぎもせずにツインベッドのひとつに身体を投げ出したレイはとても幸福そうだった。
 「わたしね……また、ピアノを始めようと思ってるんだけど」
 リツコはレイのすぐ隣に身体を滑り込ませ、少女のプラチナブロンドをそっと撫でてやる。
 「もう、現金なんだから。そんなに碇君にモテたいのかしら?」
 「ち、ちがう……から」真っ赤になる姪がリツコはたまらなく愛おしかった。
 「いいのよ。ぜんぜん構わないわ。貴女が積極的になるのはとてもいいこと」
 ……リツコさん、ちょっと誤解してるかも。わたしはそんなにおとなしいわけじゃないのに。
 盗撮カメラハンターとしての活躍を叔母へは一切秘密にしている以上そう思われても仕方ないのだが、レイは少しくすぐったかった。
 「さ、シャワー浴びていらっしゃいな」
 「うん」レイはとても幸せな未来を想像しつつ身を起こす。



◆ ◆ ◆



 「ち、ちょっとこ、これ、これ、これぇ……」
 ディスプレイに現れた画像にマナは奇声を上げた。マナが大絶賛し再度取り寄せた「雑誌に載ってたスイート」がぽろりとテーブルに転がっていることすら気づいていなかった。
 「あ……そんなこと……するなんて」
 レイも言葉を失っていた。
 レイのノートPCの画面には驚くべき光景が映っていた。
 そこは綾波レイと霧島マナの二人がよく知っている場所。
 それは二人が盗撮カメラを解除し、その存在を通報し、さらにはそのカメラを警告する張り紙まで貼った場所。
 それは二人が通学途中に通る公園内に存在するトイレット。国際企業Nervが第三新東京市に寄贈した広く明るく清潔な設備をもつものだった。
 そこには一人の女性が……レイやマナよりすこし年上の、溌剌とした肢体の少女が……映っていた。
 彼女はそこで下着姿を披露していた。
 そう、それはどう見ても「盗撮」ではなかった。
 活発なジーンズとTシャツ姿で現れた彼女はどう言うつもりかそこで下着姿になると挑発的なポーズを取り始めたのだった。
 蓋をされた便座に腰をかけると大きく脚を拡げてショーツのクロッチを強調するポーズを取り、さらにはM字の開脚ポーズを取って腰をせり出し、淡いピンクのショーツから透けて見える若草の翳りをも披露した。
 大股開きのまま踵を床へ落とし、上半身をひねるとそのままこんがり日焼けした背中へ手を回すグラビアのようなポーズから、たわわな果実を支えていたハーフカップブラのストラップをはずしてそれに隠されているバストをちらちらと除かせては「観客」をじらすのだ。
 「ち、痴女……っていうの……これ」マナは唖然としていた。
 「信じられない。いくら顔が隠れてるからって……」
 レイの言葉通り、「彼女」の表情は巧みに隠されていた。
 あるときはアングルで、あるいは「修正」によって。
 そう、この映像はリアルタイムなものではなかった。
 いささか彩度過剰な液晶画面のなかのウインドウで「観客」へと大サービスしている女子高生(といまやレイは確信していた)はその正体が容易に知られないように目元にはモザイクが加えられていたのだった。
 それでも観客たちは大喜びだった。

 《きたきたきたーっ!》
 《女神降臨!》
 《すごい!すばらしい!》
 《なんていやらしい娘!》
 《もっと!もっとズームするんだ》

 数日にわたって欲求不満気味な画像ばかりupされていたためか、その映像に対する歓喜と賞賛の声はものすごいものだった。
 そのすさまじいばかりに正直に率直に欲望を剥き出しにする書き込みとともに、二人の少女は「それ」を見せつけられることになる。

 すなわち、少女たちよりすこし年上の少女が娼婦のような笑みを口元に浮かべて、小麦色の量感たっぷりなバストをゆっくりとこねくり回し、その先端をくりくりと弄くりやがて感極まったのかつやつやとした唇を「オー」の字にする映像を。

 あるいは健康的なショーツのクロッチに浮き出た「染み」のすこし上をゆっくりと指で転がし、摘み、その染みの面積をさらに大きくしてゆく映像を。

 やがて「観客へのサービス」を放り投げて両手をショーツの中へ突っ込み、くちくちと動かしながら全身をのけぞらせて快楽を貪る映像を。

 「……ど、どうしよう……レイちゃん」
 肺に溜まっていた空気をようやく吐き出してからマナは言った。
 ちいさなウインドウのなかでは「彼女」が腰を浮かせてショーツを脱ぎ捨てようとしたところで凍りついていた。
 「どうしようって……どうしようって……」レイも普段の明敏さをまったく失っていた。
 二人とも凍りついた画面を数十秒にわたって凝視し続けてしまうほどの衝撃を受けていたのだ。
 「ね、ね、どうしよ……ね?」マナの意味のない問いかけでようやくレイは我に返る。
 「どうしようも……なにも……見られて喜ぶような変態はほっとけばいいのよ……信じられない。あの張り紙を見てわざわざあんなことをするなんて、バカじゃないの?ありえない」
 普段よりはるかに多い口数がレイの受けた衝撃を物語っていた。
 「あ、あれさ……『おなにー』なんだよ……ね?」頬を染めて画面を見つめているマナはどこか壊れたような口調で訊ねる。
 「そ、そう。それ以外のなんだっていうの?」透き通るような肌を持つ人形のような少女はそこまで答えて真っ赤になった。「な、なに……なぜそんなこと……わたしに聞くの?マナ……」
 「だって……あたし、したことないもん……あんなの」
 「え?」
 「レイちゃんは……あるの?……あるんだぁ」映像の衝撃のためかどこか無邪気ささえ感じられるほどの口調にレイは狼狽する。
 「な、ないわ。ないけど……」
 「そうなんだ……でも」
 「あ、あるのは知識だけ……クラスのみんなの話、聞いたり……そ、それにマナだって性教育の時間、あったでしょ?」
 「だけど、だけど、あんな風にするって……みんな教えてくれなかったし……あ、あんなに気持ちよさそうなカオ……あれ、いいの……かなぁ?」
 「マナ!」
 悲鳴に近い声にマナははっとする。紅潮した表情がさぁっと青ざめる。
 「あ、あはは……じょ、冗談だよ、冗談。ごめん、レイちゃんからかってみたかったんだ……ごめんね」
 普段なら自分がからかわれるとひどく機嫌を悪くするはずの綾波レイはしかし、マナの釈明を強ばった笑顔で受け入れるのだった。

 そして数分後、マナの乗った自転車がふらふらと走り去るのを高級マンションの窓から確認したレイは、テーブルを片付けもせずにベッドへと倒れ込む。
 うつぶせになったままの少女のほっそりとした指先がホットパンツのファスナーを乱暴に下ろすと、ショーツの上から一心不乱にクリトリスを擦りはじめる。
 「見られて……見られてるのにあんなに激しいオナニーするなんて……なんていやらしい……」
 無意識のうちにちいさなお尻が持ち上がり、くりくりと動き出す。
 「指……雫が飛び散るくらいにかきまわすなんて……恥知らず……分かってて、カメラの前なのにあんなに気持ちよさそうに……」
 少女の指がショーツの中へと侵入し、画面の中の女子校生と同じようにゆるゆると動いて媚粘膜を刺激していた。
 「だめ、だめ、ユビ、ゆびなんか入れたら、えっちなカタチになっちゃう……弄りすぎたら変な色になっちゃう……」
 クラスのなかで交わされる「その手の話題」にまったく興味はないと凛とした表情と姿勢で主張していた綾波レイはしかし、彼女たち以上に好奇心旺盛で早熟だった。
 十一歳のときに保護者代わりの赤木リツコにPCを与えられていた綾波レイは興味の赴くままにネットを徘徊し、性的なものについてもさまざまな知識を得ていたのだった。
 だが同時に彼女は聡明であった。
 自分のような少女に欲望を抱く成人がいることを理解できるほどに。
 それに魅了される「オトナ」の中には彼女の意志など関係なくその欲望を満たそうとするものも存在することを。
 そして「好奇心旺盛な」少女が陥る罠がいくつもあることも想像できるほどに。
 だから得た知識について他人に吹聴することの危険性も理解できていたし、他人の欲望から自らを護り「彼らの」邪悪さを冷ややかに観察することもできた。
 しかしそれでもまだ小学生の少女は「いけないところ」をいたずらすることをおぼえ、たちまちその虜になってしまったのはしかたのないことだろう。
 彼女の保護者であった赤木リツコは当時、恋人をあいだに挟んだ大学時代からの親友との関係に悩んでおり、レイは孤独をたっぷりと味わうことになったし、リツコの言動の端々から男女の交わりについて想像を巡らせてしまう年頃だったのだから。
 「ああ、あ、あ……あんなに、あんなに大きく脚を開いて、腰を突き出して……」
 誰かを甘え声でののしりつつくるりと少女は仰向けになり、乱暴にホットパンツを蹴飛ばした。
 腰を浮かせてショーツのウエストゴムが伸びることも気にせずに右手を侵入させ、くちくちと弄ってしまう。
 そのうち左手がクロッチの横から侵入し、いつのまにか少女は両手を使ってクリトリスと淫裂の両方を大胆に刺激するようになった。
 少女の口からは「変態オンナ」への罵倒と甘いあえぎが漏れ続ける。
 「あ、あ……あ、気持ちよくなって……ああ、だめ、あんな変態とおんなじになってしまう。だめ、、だめ……」つぶやきがしだいに大きくなり、少女の腰が彼女も気付かぬうちにひくひくグラインドをはじめた。
 「あ、あ、あ……あー、は……は……」
 夢のような快楽の末に少女はついに、いままで知らなかった高みへと登り詰めてゆく。
 「ゆび……とまらない……ああ、だめ、だめなのに、だめなのにすごくいい……あ、あ、あ……!!!」
 ベッドのすぐ傍の床に投げ出された携帯電話の呼び出し音にレイは凍りつく。
 驚きのあまり心臓が破裂しそうだった。
 震えながら手を伸ばす。相手はリツコだった。

 「どうしたの?ずいぶん息が荒いけど」
 「リビングに携帯を置きっぱなしにしてたの。それで走ったから……」
 「そんなに急がなくてもいいのよ。たいしたことじゃないの」心配そうなリツコの声が一転して笑い声になった。「今晩なにを買って帰ろうかって相談なんだから」
 「お魚がいい。お肉、苦手だし」
 「いいわ、白身を使った料理を買って帰るから。でも、お肉も食べないとだめよ」
 「うん……分かってる」
 「じゃ、あとでね。レイ」
 叔母の慈愛のこもった言葉が電子音とともにとぎれると、レイは長く深い溜め息をつく。
 下半身を剥き出しにして、フローリングにぺたんと腰を落とした姿勢で。
 「わたし……なんて……みっともない……」頬を紅潮させてレイはつぶやく。ゆらりと立ち上がって脱ぎ捨てた衣類をかき集めるとバスルームへと向かう。
 ランドリーで着ていたものすべてを脱ぎ捨て、さきの汚れ物と一緒に押し込むとスイッチを入れる。リツコが戻ってくるまでにこの「痕跡」をすべてなくしてしまいたかった。
 「手洗い」のモードでゆるゆると渦を巻く水面を見つめていたレイはもう一つ溜め息をついてからバスルームのドアを閉めてシャワーを浴びる。
 めいっぱい強くしたお湯が肌のぬめりを落としてくれるのがひどく心地よかった。



◆ ◆ ◆



 「うそうそうそぉ、まただよ、またカノジョだよぉ!」マナの素っ頓狂な声にレイは宿題から目を上げた。
 宿題が手に負えなくなったマナが「レイ待ち」のあいだに開いていた例の掲示板では、前回と同一人物と思われる女子高生がまた「出演」していた。
 「レインコート?それに……目隠し?」レイは首をかしげる。画面に映っている少女はもはや初夏だというのに膝まである黄色いレインコートで全身を隠し、さらには漆黒のそれも幅広の目隠しでその表情を隠しているのだ。
 おぼつかない足取りでカメラと正対した彼女は口元に笑みを浮かべたままぷつぷつとレインコートのボタンを外してゆく。
 「うそ、うそ、うそ……」マナがちいさく悲鳴を上げた。
 「彼女」がボタンを外すごとに、レインコートの下に彼女がなにも身につけていないことが明らかになってゆくのだ。
 胸元のボタンを外すとブラジャーを着けていない健康的な双丘の谷間が露わになり、さらに外すとおへそが覗く。
 そこからさらに二つボタンをはずしたとき、するりと彼女の肩からレインコートは滑り落ち、彼女の足下に無様なかたまりとなった。
 「あ……あ……」喘ぎ声を上げるレイ。想像していたとおりとはいえ、目の前にそれがあらわれると言葉を失ってしまう。
 小さいながらも高解像度なウィンドウのなかにいるのは目隠しとスニーカーだけを身につけた全裸の女子校生。
 レイやマナより少し年上で、彼女たちよりも「おとな」な少女。
 ボリュームたっぷりに揺れるバストは照明のせいか青白く、肩や二の腕の日焼けとは眩しいくらいのコントラストで、だからよけいのその膨らみの先端でぷっくりと膨らむ乳首がいやらしい。
 そしてきゅっと引き締まったウエストから女性を感じさせる腰回り、健康的な太股、さらにその付け根を飾る黒々とした茂み。
 あまりに圧倒的な映像に、あまりに生々しいエロスにレイは言葉を失ってしまう。
 二人の少女が見つめるなか、彼女は頭の後ろで手を組んで身体をひねる。
 それは美術書にあるような裸婦のポーズであったが、それはとても卑猥な姿勢のようにレイには思えた。


イラスト:^JJ^さん「『濫用』コダマお姉ちゃんご開帳」


 《エロい!エロすぎ!》
 掲示板では誰かが叫んでいた。
 《腋が、脇の下がー》
 きれいに処理された腋下まで無防備に見せつけて彼女は観客を挑発する。
 《おっぱい!おっぱい!》
 身体を動かすたびにふるふると揺れる先端に観客たちは熱狂していた。

 やがて彼女は両手を下ろすとふらりと便座に腰を下ろし、ゆっくりと左脚を持ち上げた。
 「だめ、だめ、だめだったら……そんなことしちゃ、いけないんだったらぁ」マナの声がレイにはひどく遠くに聞こえる。
 膝小僧をたっぷりとしたバストにくっつくくらいまで持ち上げて、彼女は半開きにした唇をゆっくりと舐め上げる。
 彼女はすべてをカメラにさらけ出していた。

 膝小僧に押し当てられてやわらかく形を変える胸の膨らみを。
 膝小僧に押しつけられてさらに尖ってゆく鴇色のニプルを。
 日焼けしていない真っ白な内腿を。
 複雑な花弁を、そこが無意識のうちにひくつき、ほころぶさまを。
 牝花からとろりと垂れた雫がしだいに濃いものに変わっていくさまを。
 きゅっ、きゅっと物欲しげにうごめく後門を。
 透明なマニキュアがつやつや輝く人差し指と中指で花片をくぱぁっと押し開き、濃いピンクに濡れる花心をも。

 BBSはコメントで爆発していた。
 賞賛と歓喜と絶叫に満ちあふれていた。

 《こんなの流していいのか!》
 《いい。ぜんぜん構わない。俺が許す!!》
 《さぁ、もっといろいろするんだぁっ!》
 《女神だ!女神様が降臨された!》

 その文字列に後押しされてか、彼女はゆっくりとオナニーをはじめるのだ。
 つやつやした口元からとろとろと涎をこぼし、真っ白な旨の谷間を汚していることも気付かないままくちくちと右手でクリトリスを、淫唇をくすぐり、奥へとくちりと指を差し入れてピストン運動をはじめるのだ。

 「あ、なに?このコメント……」賞賛と喜びの言語を逸脱したようなコメント列の中のとある書き込みを見つけるマナ。すぐにそのつぶやきは悲鳴になった。
 「『リアルタイムだお』って!どういうこと!」
 「いままでは編集してからWebにアップしてたけど、これはリアルタイムのストリーミング放送ってこと。つまり……」レイはすっくと立ち上がる。
 「マナ!」
 「な、なに?」
 「いまからあの変態オンナ、捕まえるから」
 「え?え?ええええーっ?」



◆ ◆ ◆



 「綾波さん?どうかしたの?」
 肩で息をしながらトイレから出てきたレイに声がかけられた。
 レイはぎょっとして立ち止まる。ショートパンツに野球帽をかぶりケーブル付のカメラを四つも両手で抱えたままで。
 「どしたの、レイちゃん……あ……洞木……さん」
 レイにぶつかりながら立ち止まったマナも驚きの声を上げた。
 レイとマナの前で首をかしげて微笑んでいるのは洞木ヒカリ。少女たちのクラスメイトで同時に委員長でもある優等生。
 「お姉ちゃんのトモダチ?」小学生くらいの少女がヒカリの背後から顔を出す。
 「うん、そうよ。綾波レイさんと霧島マナさん……えっとこちらは私の妹のノゾミ。マナちゃんは会ったことあるよね」
 「こんにちは……ノゾミちゃんとマックスくん……だよね?」マナは少し引きつった表情で挨拶した。
 「そうだよ。こんにちわっ」ぴょこんと活発なミニスカート少女は笑い、それから足下にまとわりつく黒い大型犬にお尻を鼻面で小突かれて赤くなった。
 「あの……洞木さん……」レイが声を低くして尋ねる。「ここから女の人……そ、その……ハダカの人、出てこなかった?」
 マナが両手でこわごわとかかげているのは黄色いレインコートだった。


 「そうなの。盗撮カメラなんかがあったんだ」ヒカリは驚いていた。「でも凄い。綾波さんってそれをすぐに見つけちゃうんだから」
 「そうでもないわ。ちょっと大変だった」レイはちいさく首を振る。「すごく見つけづらいところに仕掛けてあったし、取り外すときには顔が映らないようにしないといけなかった」
 洞木姉妹……飼い犬であるマックスの散歩のためにここに来たそうだ……に挟まれてベンチに腰掛け、事情を話しているうちにレイは不安げにぴたりと身を寄せてきたノゾミとしっかりと両手をつないでいた。
 ノゾミを安心させるかのようにレイは言った。
 「もう大丈夫。カメラはぜんぶはずしたから」
 「そうなの……でもどうしたの?そのパンツ?そんなに汚れて」
 汚れてしまったサスペンダー(最初から垂れ下がった状態だったので、ずいぶん汚れてしまったのだ)を気にしつつレイは溜息をついて説明する。天井に取り付けてあるカメラを外すときにバランスを崩して支えてくれたマナと一緒に転げ落ちそうになったし、低い位置のカメラのケーブルを引き抜くときも尻餅をついてしまったのだ。
 「たいへんだったのね。でも綾波さんって正義感が強いんだ。感心しちゃう」ヒカリの賞賛にレイはうつむいてしまう。ノゾミがぎゅうっと手を握ってくれた。
 「でもその……レインコートの痴女は捕まえられなかったし……」
 「……いまはハダカだけど……ね」ノゾミの言葉にレイはうっと詰まった。その様子にヒカリはくすりと笑う。
 「そっちのほうがよかったんじゃないかしら。だって、そんな恥知らずの変態にもし逆襲されたりしたら……とっても怖いし」
 「……考えてなかった」レイはつぶやいた。
 「だって、裸を見せつけて興奮しちゃうヘンタイよ。なにをしてくるかわからないでしょう?」
 「……うん」
 「そんな最低なオンナが、ハダカのままでこっちへ向かってきたらどうするつもりだったの?」
 「……え、ええ……っと」レイの目が泳いだ。モニターで卑猥なポーズを取っている「彼女」に対する怒りだけで駆けつけたものの、本当に遭遇したときのことなど考えていなかったのだ。
 「ハダカになっていやらしいことをネットに流して喜ぶような淫乱よ?きっと、綾波さんだって固まっちゃうと思う。そんなド変態女には」
 「あ、あの、洞木さん……そんな大声で……」赤くなってレイは制止する。「変態」とか「最低」とか「淫乱」と強い言葉で例の痴女を非難するヒカリを正義感の強い委員長らしいなと思いつつも、周囲の通行人に聞こえていないかと心配になる。
 ちらりとマナを見る。
 洞木家の飼い犬であるマックスと笑い声を立てて戯れている彼女は気にもしていなかった。レイは安堵の溜息をつく。
 「御免なさい。でも、すごく腹が立っちゃって。そんな異常者がこの辺りをうろうろしてたなんて……考えるだけで吐き気がするもの」
 「本当に真面目なのね。洞木さんは」
 「綾波さんだって勇気があるわ」
 普段はほとんど会話を交わさないクラスメイトはお互いを称え合うのだった。
 「でも、ほんとに気をつけないといけないと思うな」レイの手をさらにぎゅっと力を込めて握ったノゾミは上目遣いで年上の少女を見つめた。「だってレイお姉ちゃんって……すごく綺麗なんだもの」
 「そんな……」白磁の頬がピンクに染まる。そんなレイにノゾミはにっこりと笑う。
 「本当だよ。ボクの知ってるお姉ちゃんの友達のなかで、レイお姉ちゃんはいちばん綺麗だと思う」
 「も、もう……からかわないで……」体温が上がるのをレイは自覚してしまう。ノゾミのひんやりとした指が親密度を増してしっかりと絡むのを強く意識してしまう。
 「ほんとだよ」にっこりと女子小学生は笑った。「アスカさんも可愛いけど、レイお姉ちゃんはもっと美人ってかんじかなぁ」
 「あ、あの……私、宿題の最中だったから……」真っ赤になったままレイは立ち上がり、マックスと楽しそうに戯れているマナに声をかけると自宅へと戻ってゆく。
 自転車に乗った二人の背中を姉妹はじっと見守っている。
 「お姉ちゃん」ノゾミは姉に身体を預けた。「あの人たちだったんだね」
 「そうね。驚いたわ。綾波さんってそんなことをするってイメージなかったんだけど」次女はひどく複雑な微笑を浮かべる。
 「来なかったら……よかったのにね」
 「うん……どうして……来ちゃったのかな。とっても賢い女の子なんだから、ちょっと考えたら……これが罠だって……ああ、でも、もう……」
 「うん。手遅れ」ノゾミはくすりと笑い、ちらと公園の外に停めてあるバンを見た。「おじさんたち、大喜びしてるよ、きっと」ノゾミは目を伏せてぽつりと言った。
 彼らの「打ち合わせ」のあいだもリーダー格の男の足下に跪き、体操服姿でフェラチオ奉仕を強いられていた女子小学生は、「ハンター」たちに仕掛けられた罠について知ってしまっていた。

 「ハンター対策の秘密サイト」として設置したサーバーへのアクセス情報から、「彼女たちのひとり」がどのあたりに住んでいるのかまでは推測した彼らは、本人を「釣り上げる」ために「いかにも食いつきそうな餌」を仕掛けたのだと。
 自分たちの努力を完全に無視する同性の存在は、純粋で潔癖症に違いない「ハンター」を確実に刺激するだろうと「彼ら」は笑いながら断定したのだった。
 それでも食いつかないようなら、とリーダーはノゾミの髪の毛を優しく撫でながら言った。ノゾミちゃんに餌になってもらおうか。
 「そこが『誰にも見られない安全なはずの個室』だと信じ込んで『公園で拾ったえっちな本』を真っ赤になって読み始め、さらには稚拙なオナニーまで始める女子小学生」の映像が流れ始めたら、絶対「ハンター」はやってくるよね。
 それとも「さっき学校帰りの女子小学生をおいしくいただいちゃいました。某公園の某個室に置いておきましたので回収したい方はどうぞ。ちなみにランドセルと靴と靴下以外は全部オークションに流すために貰うことにしました」って掲示板に書き込んで、ノゾミちゃんのヌード映像を流してあげればもっと確実かなぁ。
 小さな口をペニスに犯されている少女は喉奥で悲痛なうめきをあげ、しかし軽いアクメを迎えてしまうのだった。
 「彼ら」によって絶望と恐怖と鮮烈な快楽を教えられ、「先生」によって「快楽人形ノゾミ」として心を書き換えられた少女はそんな卑劣で稚拙なお芝居の主演女優に抜擢されて、卑猥な演技をカメラの前で演じることに被虐の悦楽を得ることができるようになってしまったのだから。

 「綾波さんもマナも、きっと、きっと何も知らない女の子のはず……よ。だから、あのカメラが許せなかったはず」ヒカリはぽつりと言った。しかし愛らしい唇には皮肉げな笑みがあった。
 「ふふっ、あのお姉ちゃんたち、なんにも知らないのに……変わっちゃうんだ……変えられちゃうんだ……」ノゾミは軽く全身を震えさせた。
 「そう……ね」
 「ボクたちみたいに……なっちゃうんだね」
 ヒカリはうなずく。その瞳は哀しそうでもあり、同時に歪んだ喜びに満ちていた。
 「そうよ、ノゾミみたいに、私みたいに……なんにも知らなくても……変わっちゃうのよ」
 洞木ヒカリはうっとりと目を閉じる。
 そう、綾波レイは、霧島マナは変わってしまうのだ。あとすこしも経たないうちに。
 強引に奪われて、穢されて、踏みにじられて、教えられて、覚えてしまって、忘れられなくなるのだ。
 「彼ら」が与える快楽から逃れられなくなって、「彼ら」の与える屈辱に身体が熱くなって、「彼ら」の命令に従わざるをえない自分が惨めででも愛おしくてたまらなくなって、「彼ら」に奉仕することがとても素敵なことだと思えるようになるのだ。
 そうなってしまった綾波レイが自分たち姉妹と「再会」したとき、彼女のあの瞳にはどんな色が浮かぶのだろう?
 冷静で淡々とした言葉しか出てこない唇から、どんな素敵な悲鳴が漏れるのだろう?
 「もうすぐ……よ、ノゾミ。もうすぐ……だわ」
 「う……ん。そうだね……ボク……ぞくぞくしちゃう」
 姉妹は手をつないだまま立ち上がり、ふらふらとベンチ裏の茂みへと足を進める。
 「あらあら、完璧にできあがっちゃってる。このコったら」
 「声が出せないようにしていて正解だったね、ヒカリお姉ちゃん」
 ヒカリとノゾミは顔を見合わせて淫靡な笑みを浮かべた。

 姉妹が見下ろしているのは全裸の少女。
 街灯の装飾に引っかけた手錠に両手を固定され、十分な量感を持つバストも素敵なカーブを描くヒップも健康的に日焼けした肌と淫靡なコントラストを成すピンクに染まった素肌も隠すことができないスポーツ少女。
 それでもなんとか低い茂みに隠れようとしゃがみ込んでいるために高い位置のままの手錠に両手を引き上げられて、無惨でエロティックなポーズを二人に披露せざるを得ない女子高生。
 街灯をむっちりとした太股に挟む姿勢のためにべったりと濡れた飾り毛もぬるぬると淫蜜をこぼす花弁も二人の視線に曝している哀れな拘束少女。
 それどころか街灯のポールに腰を押しつけ、ひくりひくりと恥知らずに動かしては快楽を貪ることが止められない露出狂。
 お洒落にルージュが塗られたその唇からコットンの女児ショーツをはみ出させ、悲鳴も助けも、快楽のあえぎも哀訴の声も封じられた変態少女。

 「よかったわね。彼女たちぜんぜん気がつかなかったわ」ヒカリが少女の髪を撫でた。「ノゾミがパンツをオクチに突っ込んであげなかったら危なかったかもしれないけど」
 「まさかこんな近くに隠れてるなんて分からないよね……ね?」ノゾミがつつっと拘束少女の背筋を指先でなぞる。
 その瞬間、彼女は決壊した。
 「ふ……ふーっ、ふぅぅぅ……ッ」がくがくと全身を震わせて彼女は甘い悲鳴を上げる。
 「あっ!」
 「まぁ!」
 洞木ヒカリとノゾミは同時に声を上げ、そしてくすくす笑いはじめた。
 「あー!この人、おしっこまで漏らしてる!」
 「見られてイくだけでも相当なヘンタイなのに……ねぇ」
 ノゾミとヒカリの楽しそうな声に彼女は肩を震わせて泣きじゃくる。しかしうっとりと二人を見上げる彼女の瞳にあるのは隷従の輝きであり、倒錯的な期待だった。

 そう。
 そうなのだ。
 綾波レイと霧島マナがネットで発見し、現行犯現場を押さえようとした「動画掲示板の女神サマ」がそこにいたのだった。
 全裸のままで拘束され、逃げ出すこともできないままでレイとマナの会話をすぐそばで耳にし、いつこちらへやってくるか恐怖に震えてしゃがんでいたのだ。
 洞木ヒカリとノゾミに「変態」と聞こえよがしに罵倒されるたびに軽いアクメに陥っていたのだ。

 「よかったね。みんなの前で最後までイけて。どう?うれしい?」
 ヒカリのぞんざいな言葉にこくりと彼女はうなずき、また軽い絶頂に達してしまう。
 「じゃぁ、いまから戻って『ごしゅじんさま』にご報告だねっ」ノゾミは明るく宣言すると彼女の拘束を解く。だが彼女が跪いて口に詰められた布を取り出そうとするとまるで飼い犬に指示を出すかのように「だめ!待て!」と命じたのだった。
 それだけでハイティーンの少女は凍りつく。
 「はい。じゃ、手を後ろに回して」ノゾミの言葉への逡巡は一瞬だけだった。
 彼女は手錠の跡が残るほっそりとした手首を腰の後ろへ回す。ふたたびかちりと金属の輪がはめられて、彼女は口に押し込まれた女児ショーツを取り出すこともできないまま涙をこぼす。
 左右から腕を取られて立ち上がる。
 「さ、帰ろ。お迎えの車が待ってるって」ヒカリが宣言するとぴしゃりと年上少女のお尻を叩く。
 数歩すすみ、不安げに振り返る。数歩離れたヒカリとノゾミが面白そうに全裸女子高生を観察する視線とまともにぶつかってうつむいてしまう。
 「こっち。どこで車を降りたかも忘れたんだ」自分よりもずっと背の低い三女に馴れ馴れしく腰を抱かれ、細い並木道を「掲示板の女神」はふらりゆらりと進んでゆく。
 「おうち」へ帰れば「ご主人さま」に無慈悲にずぶずぶ貫かれつつ、一緒に露出ビデオやそれへのネットの反応を鑑賞することになるのが分かっていても立ち止まることは許されない。
 ヒカリとノゾミが今日の間一髪ぶりを報告するのを聞きながら、さらに屈辱的な高みへと押し上げられることが分かっていてもスニーカーとソックスだけの姿で二人の少女の命ずるままに足を進めるのだ。

 もはやこれが贖罪なのか、それとも全く別の、三人同時に行われている精神的な調教なのかも理解できないまま彼女……洞木コダマ……は妹たちの命令に従い、屈辱的な言葉を受け入れるのだった。
 そうすることによって苦痛を逃れることができることを知ってしまったから。
 そうすることによって屈辱的な、でもとても素敵な悦楽を得ることができるように変わってしまったから。
 そうすることによって「ご主人さま」がとっても素敵なご褒美をくださることを覚えてしまったから。

 「プチ援助交際」の常習者であり、それがきっかけで「彼ら」の商品……セックス中毒の女子高生娼婦……へと堕とされ、さらには中学生と小学生の妹までこの淫獄へと引きずり込んでしまった洞木コダマは罪悪感と被虐の感情に縛られて、「彼ら」の望み通りのロリータペットに造り替えられた妹たちに完全に従属してしまっていたのだった。

 甘い溜め息とともに全裸の少女は黄昏時の公園を妹たちとともに歩いてゆく。
 「もし、ここで誰かに見つかったら……すごく恥ずかしいよね」
 「もし、知り合いに見られたら……学校で脅されて、ドレイ確定だね」
 そのような最悪の事態を妹たちからささやかれては甘泣きしつつ。
 自分を探しに来たあの生真面目そうな美少女たちがもうじき自分と同じように惨めで屈辱的な存在になるという「事実」に動悸を高めつつ。

 そう。
 彼女は、洞木コダマはもう、後悔などしていない。

 彼女の妹たちと同様に。


【to be continued】
【−ハンター"R"&"M" 覚醒編−】へと続く


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