Stray Cat

Original text:PDX.さん


EX EPISODE:小瓶

 週末。
 それは毎週必ず巡ってくるものだけど、今日は違う。
 シンジのいる週末。
 シンジの腕の中で眠れる週末。
 それは、彼女にとって宝石よりも貴重なものであった。
 NERV唯一の現役チルドレンとして各種実験のために休む暇のない彼。技術本部若手のホープとして目まぐるしい日々を送る彼女。所属部署の異なる二人のスケジュールがすれ違いがちになるのはいつものことである。
 そして今日は、久しぶりに丸一日二人揃ってOFFという絶好のデート日和だったのだ。
 アスカは綿密な計画を立て、先日オープンしたばかりのテーマパークと、そこに隣接する巨大ショッピングモールを一日でほぼ完全に制圧した。
 当初の計画通りであるなら、第三で一番お洒落、と評判のホテルでディナーを食べ、最上階スイートルームで甘い一夜を過ごすはずだったのだが、明日の早朝には北京に経たねばならないシンジの都合もあり、こうして彼の個室のベッドに寄り添い肌を重ねていたのであった。

「あ…ん…んふ…」

 愛する男の指先が、アスカの胸を撫でる。優しい優しい愛撫。何度も交わす接吻。絡み合い睦み合う舌と舌。

「あ…!」

 シンジの指が紅茶色の茂みをかき分け、既にしっとりと濡れている泉に触れる。

「あぁ…いい…すごく…」

 そして、指先だけでイかされてしまうアスカ。普段の凛とした彼女からは想像もできない嬌声をあげて果てる。
 普通の恋人たちであれば、ここで次のラウンドに挑むところであろう。シンジがアスカの股間に顔を埋め、唇と舌で彼女を酔わせるか。あるいはアスカの目の前に猛々しいモノを突きつけ口唇愛撫を求めるか。いやそれともそのまま彼女の上に覆い被さり身も心も一つに重なり合うのか。
 だが、この二人の場合はここまでどまりなのである。心因性の勃起不全…シンジのトラウマに起因するそれのせいであった。
 かつては、アスカが半ばムキになってシンジをその気にさせてコトを為そうとしたこともあった。だがそれは全て徒労に終わり、二人を傷つける結果しか招かなかった。

「どうしたの、アスカ?」
「…え?」
「今日は、この前みたいにしてこないのかなって」
「…アンタの…あんな辛そうな顔…見たくない…」
「…ごめん…」
「本気でそう思ってる?」
「…うん」
「だったら、手で愛して。シンジの指でアタシを愛して」
「うん」

 そんな言葉を交わしたのはいつのことだっただろう。そう思いながらアスカは眠りについた。恋人の腕の中で、彼の匂いに包まれて。大きな安らぎと、小さな不安を胸に抱いたまま。



 翌日。朝早くシンジを見送ったアスカは、一日中悩んだ末、リツコに疑問をぶつけてみたのだった。

「…シンジ君の回復の可能性?」
「そう」
「昨夜、調子が良かったの?」
「ううん。そうじゃないわ。…いつも通り」

 リツコにしてみればわざわざ確認するまでもない事であった。シンジの部屋にも盗聴器やカメラは仕掛けられている。シンジの前でのアスカが未だ『処女』である事を、リツコは重々承知している。

「どうかしたの?」
「…怖いの」
「彼に真実を知られる事が?」
「そんなの今更の不安じゃないわ」

 リツコの手で悦びを仕込まれ、そしてゲンドウによって純潔を奪われて早1年以上。アスカはシンジに全てを知られ、軽蔑の視線と罵声を最後に捨てられる悪夢に怯えてきた。

「じゃあどうしたというの」
「もし…シンジが回復したら、アタシ…アイツに抱かれるわよね…」
「そうね」

 何を当たり前の事を、といささか呆れ顔のリツコ。

「もしそうなったら…アタシ…きっと耐えられない…」
「?」

 良心の呵責に耐えられないというのだろうか? とリツコは思ったが、アスカの続けた言葉は彼女の想像の埒外だった。

「もし…シンジを受け入れたら…アタシ…乱れるのを抑えられない…きっと、狂ったようにヨガって、あの時のビデオみたいに…」

 アスカの言う『あの時のビデオ』とは、先日リツコがアスカと寝た時に観せた総司令執務室での映像のことだ。
 ゲンドウに貫かれながら喘ぐアスカの痴態。婚約者の父親をバックから受け入れ、もっと、もっとと叫びながら自ら腰をくねらせるその姿は、淫乱という言葉を実体化させたもののようであった。

「シンジに…あんな姿を見られたら…」

 リツコはようやくアスカの不安の意味を理解した。シンジにとってのアスカは未だに処女のままなのだ。その彼女が、初めてのセックスであそこまで乱れていい筈がない。
 破瓜の血が流れないという事については、幼い頃からの訓練でいつの間にか破れてしまったとでも言えば誤魔化せるであろう。
 だが、膣内にモノを挿入される事に不慣れなはずの彼女が、AV女優顔負けの痴態を演じたとあってはさすがに言い訳のしようがない。無論個人差もあるであろうが、アレは常軌を逸している。
 未だに鈍感なシンジであるが、さすがに彼女の処女性を疑うであろう。何しろアスカは美しいし、職場には多数の男性がいる。そして、シンジと過ごす夜は少なすぎる…。
 感じていない演技をするという選択肢もこの場合選べないであろう。リツコによって仕込まれ、ゲンドウによって奥の奥まで磨き上げられたアスカの肉体はあまりに敏感であり、若々しい牡の器官で貫かれて自分を保ち続けることは難しいであろう。まして愛しいシンジとの交合である。その悦びは、アスカを身も心もとろけさせてしまうだろう。理性を失い、娼婦よりも淫らな牝犬のような醜態を晒してしまうだろう。



「安心しなさい、アスカ」
「え…?」
「彼はあなたを求めてはこないわ」

 自分に魅力が無いというのか、とかみつこうとしたアスカは、リツコの言葉…静かな断言に違和感を覚えた。科学者として、常に不確定要素の存在を認識したうえで事にあたれ、とアスカに教えたリツコが、心因性の疾患という不確定なものをそんなに軽んじるであろうか?

「気付いていなかったのね。疑ってもいなかったなんて意外ね。ふふ」
「…どういうこと…?」
「現役パイロットのシンジ君も、予備役パイロットの貴女にも、抗生物質や抗ウイルス薬を投与しているわ。貴女には避妊薬もね」

 ゲンドウによる陵辱で、1年以上にわたって精液を注がれ続けているアスカが妊娠しないで済んでいるのはそのためである。

「そしてシンジ君には、精力を減退させる薬が投与されているわ」
「…う…そ…」
「精巣と前立腺に作用して精子と精液の分泌を無くしてしまうの。性嚢に精液が溜まらなくなるから、性欲は減退。勃起力も低下するわ」
「…はじめから…仕組んでたのね…?」
「あら、それは違うわ。貴女が私のところに相談に来たときは何もしていなかったわよ。シンジ君のトラウマというのは本当の話。でも、せっかく迷い込んできた子猫ちゃんが逃げていくと寂しいから、ちょっと手を打っただけ」

 確かに、シンジが性的に回復できたら、アスカがリツコの部屋から遠ざかることは明白だっただろう。彼女の純潔をゲンドウに差し出すという陰惨な計画が動き出した時、シンジが性的に不能であることは必須事項とされた。

「ふふっ…もうそんな小細工も必要ないのだけど」

 アスカの純潔はゲンドウの手に落ちたし、手慣れた二人によって長きにわたって仕込まれたアスカの肉体は、もはやあの快楽を忘れられないであろう。今の彼女は、憎き陵辱者であるゲンドウを受け入れ、彼を射精に導くために自ら腰を振るという屈辱さえ悦楽のための刺激として感じてしまっている。

「ち、ちょっと待って…! ま、まさかシンジは一生…」
「それは大丈夫。あの薬の効果は一時的なものよ。投与を中断すれば…そうね、栄養状態に問題がなければ1ヶ月で回復するわ。肉体的にはね」

 そう聞いて安堵するアスカ。シンジに全てを知られ、彼に捨てられたとしてもそれは自業自得と言うもの。だが、彼の肉体に一生残る障害を背負わせてしまったら…。

「でも逆に言えば、この薬の投与はいつでも中断できるわ」

 脅迫と言う名の言葉の鞭。静かな、優しささえ感じさせるリツコの声がアスカを戦慄させた。
 もし貴女が私達に背くそぶりをみせたら、貴女の不安を現実のものにしてあげてもいいのよ、遠回しにリツコはそう言っているのだ。

「…いで…」
「ふふ、聞こえないわ」
「…やめないで…」
「何を?」

 くっ、と唇を咬むアスカ。自分が口にしようとしている言葉のおぞましさが彼女を苦しめる。
 溺れる者は藁をも掴むと言う。今のアスカの立場はまさにそれであった。

「薬の…投与を…やめないで…」

 許されざる言葉をアスカに紡がせ、リツコはほくそ笑んだ。小さな勝利。アスカはまた一つ罪を犯し、彼女らの方へと一歩足を進めたのだ。

「いい子ね」

 微笑みながら席を立つリツコ。執務室のデスクの引き出しを開け、何かを手に取る。ソファの方に戻り、手にした物をテーブルに置くと、アスカの隣に腰を下ろした。

「…何?」
「聞き分けのいい子猫ちゃんにご褒美」
「何なの?」

 アスカの問いに、フッ、と微笑むリツコ。

「男性の性欲を減退させる薬…ただし、回復不能な、ね」

 それは謡うような声であったが、氷の矢となってアスカの胸を射抜いた。

「だ…だめ…だめよ…」
「あら? 貴女は私たちを裏切らないんだから、私にこんな薬は必要ないわ」

 アスカの太股を撫でていた手がスカートの中に滑り込む。細い指先がショーツごしに秘丘の膨らみをなぞる。

「そうよね?」
「…はい…」
「ご褒美と言ったでしょう…? この薬は、貴女に必要なもの。ふふ…解っている筈…この薬を使えば、貴女は苦しみの一つから解放される…」
「…」

 ガクガクと震えるアスカ。リツコの言葉を否定も肯定もできずひたすら怯えている。その弱々しい姿を見て満足するリツコ。
 普段の、そして本来のアスカであれば、「ふざけるんじゃないわよ!」と啖呵を切って、迷うことなく小瓶を叩き割っていただろう。それは、『碇シンジの婚約者』として当然の態度だ。
 だが、今ここにいる娘は婚約者に事実を知られ捨てられることを恐れるあまり、彼に救いを求めることもできずに陵辱者に抱かれ、甘美な毒を飲み続けてきた。主体的な決断の権利を放棄した彼女は『碇ゲンドウの肉奴隷』でしかない。

(本当、可愛い子…)

 アスカの中の天秤が大きく揺れ続ける様を見て微笑むリツコ。
 彼女としては、アスカがどちらの選択をしても損はない。
 もし薬を使ってしまえば、アスカはシンジが性的に回復することを恐れずに済む代わりに、贖いようのない罪を一生背負うことになる。
 薬を使わなければ、現状維持…シンジの回復の可能性に怯え続けるだけだ。

(逃がしはしないわ。可愛い子猫ちゃん…)

 妖艶な笑みを浮かべるリツコ。ぐっしょりと濡れきった布地ごしに、アスカのクリトリスに爪を立てた。



‐ 子 猫 ハ、 小 瓶 ノ、 中 ニ イ ル … ‐







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