Requiem fur Schicksalskinder

第1話



著者.しあえが




「アスカでいいわ。私も馬鹿シンジって呼ぶから」

 言いたいことを言って相手がそれを受け入れたのがわかって、アスカは空虚な心が満たされていくのを感じていた。なぜだろう、窓のない部屋の中なのに、置いてあるものの輪郭迄見える様で、世界が輝いて見えてる気がする。
 ガムシャラに駆け続けた心の隙間は巨大だから、そう簡単に満たされることはないだろうけど、それでもアスカは久方ぶりに……いや、もしかしたら初めて暖かい何かが体の内に満ちていくのを感じていた。初めてだけど、ちっとも不快じゃない。ママなんていないし知らないけど……知らないはずのママに抱きしめられてるみたいで心地よい。

 暖かい。
 とても暖かい。

 トクントクンと胸がなる。血液だけでなく『思い』で胸が満たされる。
 背中越しのシンジの存在が寂しさを埋めていく。

(まさか、私がこんなことを……んんっ?)

 衣擦れの音がした。空気が少し動いた気配を感じる。私は動いていない。だから音なんてするはずない。ということは……。
 まさか、と思い慌てて上体を起こして振り返ると……目と鼻の先の位置に、暗闇でもわかるほどに真っ赤になったシンジの顔があった。
 部屋に入ったとき、シンジはベッドの端で中心に背中を向けて横臥していた。
 それを確かめてから、自分もシンジに背中を向けて横臥した形で同衾した。だから、シンジの顔が見える筈はない。それなのに見えるということは……。

「あ……あ、あんた……」

 振り向くなと言ったのに。
 あれだけ脅しつけたのだから、お子様なシンジに振り向く度胸があるとは思ってなかったのに。良くも悪くもアスカの予想を、ほんちょっとだけ上回ったシンジ。ほんのちょっと。ほんのちょっとの違い。
 なのに、そのほんのちょっとが、因果律の糸を紡ぎなおしてこの世界が辿ったかもしれない歴史の流れを大きく狂わせ……いや、変えていく切っ掛けとなる。

 とまれ、今はそんなことより。
 同衾する前は、シンジが邪な事をしようとしたらいつぞや裸を見られた時のように、いやそれ以上の勢いで打ちのめし、血塗れの肉塊にしてやるつもりでいた。今もそれは変わってないつもりだ。だが、怒りよりも呆れが先に出て言葉がそれ以上続かない。胸の鼓動が激しくなって息ができない。たぶん、自分の顔もシンジに負けないほど赤くなっている。

「ふ、振りかえらない……で、って言った……じゃない」

 やたら震えて、自分の声が自分のモノじゃないみたい。
 息がつまって声がかすれる。手足が痺れたような感じがする。

 違う、そうじゃない。
 もっと大声で怒鳴って、使徒に向けるのと同様に情け容赦なく苛烈な攻撃をしなくては。そう思うアスカなのだけれど、酸欠の魚みたいに口をパクパクするばかりで、次の行動ができないでいる。思考がバグって、色んな意味でフリーズしてしまっている。
 シンジはシンジで明らかにやっちまった、的な顔をしてかといって逃げることも謝ることもできず、凍り付いたように瞬きもせずに自分の顔をじっと見ている。そうするしかできないんだろうか。それとも、敢えて逃げずに受け止める気なんだろうか。
 意外にまっすぐで、男にしては綺麗な顔をしているんで反射的に目を反らしそうになるが、グッとこらえてアスカは逆に睨み返した。

「死にたいの、あんたは? 私がどうするつもりなのか、わかってるんでしょうね?」

 蛇に睨まれた蛙状態とでも言うのかあからさまに怯えが瞳に浮かぶ。それでも、視線を反らさずまっすぐに見返してくるのは褒めてやっても良いかもしれない。

「あす……か……」
「馴れ馴れしい……わね。あんた、正気なの? 同居してると言っても、私たちは別に……。や、こら……ダメ、だって」

 耳鳴りがして、上ずった声が戦慄くように響いて、他人の声のように聞こえた。
 シンジの腕がおっかなびっくり、だが力強く肩に延ばされ、お互いが密着するように抱きしめてくる。まあ正確に言えば、そこまでやっておいてまだ覚悟が足りてないのか、自分の体を近づけないようにしながら顔を近づけるという、些か間抜けな動きではあったが。しかし、当のアスカもわずかに身をよじりはするが、逃れようとしないのだからある意味お互い様ともいえる。
 しかし、まどろっこしいにもほどがある動きとは言え、徐々に距離が近づいているのは紛れもない事実なわけで。

「あんた馬鹿ぁ……? 痴漢、変態、色魔……そんなおっかなびっくり、や、だからダメだって……ああ」

 気弱なシンジならこれぐらい罵倒すれば止まるかな? と思ったけどやっぱり止まらない。いや、普段なら止まったと思うけど、今のシンジは妙な形で覚悟完了しているのを感じる。
 昼の事についてちょっと話したかっただけなのに、しくじったかなぁ……とアスカは思った。

「や、やめ、やめて。顔近い、ちょっと……」

 そう言いつつ、アスカは熱い吐息を漏らす、半開きになった口元を隠そうともしない。いや、動いたら飛びかかられそうな気がして隠せない。勿論、本気になったら所詮一般人のシンジなんて簡単に叩きのめせる自信はあるけど、なんでだろう? もし本当にそうなったとき、自分は勝てないかもしれない。なんてことをアスカは思った。
 シンジもアスカが大声を出すでも、いつぞやのように蹴りを入れるわけでもないことに自信を付けたのか、顔だけでなく体の方もじりじりとアスカに近づけていく。

「あうっ、ば、馬鹿シンジ。あんた、本気でちょっ、やだ」
「アスカは……馬鹿っていうけど、じゃあ、なんで君は」

逃げないの?

 ドキン……と音を立てて心臓が鼓動する。

「そんな言い方……ず、ずるいわよ」

 そんなの、アスカにだってわからない。ただ、逃げるのか?と問われれば、逃げる筈がないと強がってしまうのがアスカという少女だ。結果、全身を硬直させて少し悔しそうにシンジを睨みつけることしかできないでいる。
 おずおずと絡み合った太ももが密着し、発展途上の膨らみとシンジの薄い胸板が触れあい、そしてシンジの手が背中越しに回されている。お互いの吐息が鼻にかかり、互いの心臓の音が痛いほど耳に響く。

「……キス、してもいい?」
「あんた最低。やめてって言ってるのに……。どうせ嫌って言っても、するつもりなんでしょ」
「だってアスカがしてほしそうに」
「私が!? あんた私に責任押し付けるつもり?」

 更に何かを言いかけたアスカだったが、脳裏に過去の記憶が一瞬浮かんだ瞬間、その言葉を飲み込んだ。
 両腕がはじけ飛び、血塗れになった初号機。自分たちを守る為に無茶をしたシンジ。

 そして、ユーロ時代の過去の自分。

 あんな無茶をする奴が、責任逃れとかそんなことするとも思えない。
 目の前のシンジは、半分以上勢いでこうなった感じはあるけど「責任とれ」とか言えば、まあ、きっとアスカの望む通りのことをするだろう。

(責任取って、アンタの全部よこせ。私だけのモノになれ。……とか言ったら、こいつ、どうするつもりなのかしら)

 熱い……心が熱い。体も熱いけど、それ以上に心が熱い。だけど、今感じる焦燥感は決して嫌な感じはしなかった。
 ユーロにいたとき、どれだけ称賛されても満たされなかった飢えが、胸の穴が、もしかしたら満たされるかもしれない、淡い期待が彼女に抗うことをやめさせていた。

「シンジ」
「……アスカ」

 唇が重なろうとした瞬間、息を感じて顔を背けようとしたけれど。

「……んんっ」

 おずおずと唇が重ねられた瞬間、アスカもシンジの背中に手をまわし、きつく抱きしめ返していた。

 頭悪いわけでも運動神経がないわけでもないのにどこか抜けていて、たよりなくて、ほっとけない。
 普通に考えたら、世界レベルでトップクラスの自分とは比べ物にならないくらい凡庸な男なのに。

 でも、こいつが欲しい。

 ばね細工のスイッチが入れられたように、アスカとシンジ二人の体は跳ね上がった。
 もう、止まれない。止まる気持ちもなかった。











「あっ! あっ! ああっ、あっ! シンジ、シンジぃ」
「アスカ、アスカ、アスカぁ!」

 キスをして、体をまさぐりあっている内に……。
 いつの間にか全裸になった二人は、汗みずくになってお互いを求めあっていた。揉みくちゃになった寝巻代わりの下着は、雑巾みたいになって床下に転がっている。

 明かりがない薄暗い室内とは言え、シンジの血走った眼に全身を曝け出すことに今更ながら躊躇をアスカは感じる。
 こんなことならムダ毛の処理をしておけばよかった、とか思う余裕も何もなく。

(あんたが本当に私の欲しいものをくれるなら、私の全部をあんたに上げる。
 欲しい。シンジのすべてが欲しい。でも、シンジの全部が私のモノにならないなら……)

 最初に行動を始めたのはシンジの方だったかもしれないけど、今はアスカの方が積極的に動いてシンジを求めていた。そしてシンジもまた、ぎこちなかった動きも今は昔。アスカの要求に十全に答えていく。
 二人の行為は、呼吸も忘れたようにキスをしあい、お互いの肌を撫でまわし、そして体温を交換するように密着させるばかりで、技巧もなにもあったものじゃなかった。むしろ肌触りと温もり、一人じゃないという想いで満たされ、それに伴う充足感を求めているだけだった。性交と呼ぶのにためらいを感じそうな、稚拙な行為。

 はっきり言うと、性交という行為について存在は知っていても、何をどうすれば良いのか二人は全く知らなかった。
 にも関わらずシンジが痛いほど固くなったそれを、まだ毛も生えそろってないアスカの未成熟な割れ目に押し当て、挿入することができたのは、使徒を受け止めるのとはまた違うベクトルで奇跡に近かったかもしれない。

 引き裂かれるような痛みにアスカは額にしわを寄せ、じっとりとねばつく汗を浮かべる。
 食いしばった歯がキリキリと軋み、わかってはいてもシンジを見る青い瞳に剣呑な光を帯びる。

「くっ……い、ったぁ……。あっ、ああっ。この馬鹿あ……シンジの、馬鹿ぁ。優しくしろって、言ったじゃないのよぉ」
「ううっ、ご、ゴメン……でも、アスカ。ああ、アスカぁ」
「痛い、痛い、痛いっ! こ、の、下手くそぉ。バカぁ」

 流れた鮮血はアスカのだけでなく、いろいろ剥けきっていないシンジが流した僅かばかりの出血も混じっていたのかもしれない。気持ち良さとは無縁な感覚に、アスカだけでなくシンジも眉根を寄せて顔をゆがめる。
 あまりの緊張で強張り、ギチギチとゴム細工が軋むような音を二人の筋肉が立てている。
 不必要な緊張は必要以上に二人の体を傷つけ、通常よりも大目に流れた鮮血がシーツを赤く染めている。

「いたい、って言ってるでしょぉ! 止め……なんでまだ入れるの? あ……ぐぅ。やめ、やめろぉ!」
「アスカ、イ、痛いって、うぅっ!」

 アスカは体の内側から感じる、腹痛とは全く異なるタイプの痛みに目を血走らせて奥歯を噛みしめる。そうしないと、シンジを骨が砕けるほどに殴打しそうで、血が出るほど強く爪を立てて彼の背中にしがみついた。
 シンジもまた、背中と股間から感じる痛みに血走った眼を見開き、馬鹿の一つ覚えのようにアスカを抱きしめる。本能的に手を離したらアスカに殺されかねないとわかっていたのだろう。カマキリの雄がそうするようにアスカを押さえ込もうと必死だ。
 せめてどちらか片方が経験済みなら、お互いに力を入れてばかりなので、その為にいらない痛みを感じていると気づいたかもしれないが、何分、処女と童貞のそれも中学生カップルの初体験ではそうそう上手くいくはずもなかった。

「ひっ……きゅぅん! いた、痛いってばぁ! うう、もう、やだぁ。最低……!」

 それでも。
 苦痛に呻きながらもどうにかこうにかシンジは、根元までアスカの中に己の分身を挿入しきった。

「はぁ……全部、はい……った」

 わからないなりに一区切りついたことを悟ったのか、ため息を漏らすと同時に脱力する。アスカも浅く吸って吐くだけだった呼吸を深呼吸に切り替え、漸くにしてシンジに抱きしめられたままだが、脱力するのだった。
 両者の漏らす、激しい呼吸音が室内に響く。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うううっ、こんなこと、して気持ちいいとか、あり得ないわ。ば、馬鹿、キス、するな」
「んん、ちゅ、アスカ。自分から、顔寄せてきたくせに。ちゅ、はぁ、はぁ、アスカ。んんっ」
「ちゅ、んんんっ。もう、ちょっ……ちゅ。ち、違うわよ。これは、あんたがモノ欲しそうにしてたから。ちょっと、だから、やめ……もう!」

 キスに噛みつき返す様に反応するアスカ。シンジを見る目は完全に敵を見るそれだ。

(本当に痛いばかり。痛いだけじゃなくて、緊張しすぎて全身筋肉痛でホント最低!)

 ではあったけれど。
 文句ばかり言うアスカであったが、実のところ、内心は嫌ではなかった。
 挿入されて破瓜の血の跡が生々しい股間の方は痛みばかりが勝って、とても射精したり絶頂したりは望めそうにない状態だが、それ以外の部分……キスや肌に触れるお互いの感触は気が遠くなりそうなくらいに、心地が良かった。
 なにより、エコヒイキこと、レイに対する優越感が、勝利の感覚が、エヴァパイロットとして選抜されたとき以上に心地よい。

「んんっ……ねぇ、シンジ。キス……しながらでいいから、ちょっと、ねぇ」
「はぁ、はぁ、はっ、なにアスカ?」
「頭、撫でて……よ」

 一瞬、驚いた顔をするシンジだったが、目の前のアスカの潤んだ瞳を見て、彼女が心底からそうして欲しがってることを悟り、小さく笑う。腕の中のアスカがなんだかとってもとっても可愛く思えて、そっと柔らかな金髪を撫でさする。柔らかくてフワフワして、子犬を撫でてるみたいで気持ち良かった。
 アスカの本心が分かったようで、ちょっと距離が縮まった気がする。

「……シンジ」
「アスカ……泣いてるの?」
「泣く? 私が、泣いて……。もう、ホント最低。
 ええ、そうよ、全部、あんたの所為なんだから。……馬鹿シンジのくせに女の子泣かしたのよ、絶対、責任取ってもらうんだからね」



 事態を知ったミサトが頭を抱えて「ぎゃぁぁぁぁ」と悲鳴を上げ、「やるなぁシンジ君」と加持が無責任に苦笑し、「無様ね」とリツコがこめかみ押さえて吐き捨てるのは、だいたいこの辺りになるのだが時すでに遅し。











 ミサトさんの事だから監視してるに決まってる。

 事後、自分の部屋に戻ろうとするアスカを引き留めるためそう言って抱きしめ、帰そうとはしなかった。

 実際にその通りで翌日早朝、裸で抱き合って微睡んでいるところを駆け込んできたミサトにたたき起こされ、……第5の使徒との戦い直後に不貞腐れていた時よりも激しく怒られた。喧々諤々、侃侃諤諤の怒声と叱咤に耳が何回キーンと高鳴っただろう。
 覚悟はしていたのでそこら辺は問題ない。いや、やっぱり怒られるのは嫌だけど、所詮、他人のミサトだからその怒りもどこか上滑りしたもので、あまり怖いとか胸が痛くなるという感じがしなかった。むしろ、こんな問題行動を起こしたのに、やっぱり何も言わない父親に失望を重ねるくらいだった。


 だが、なにより意外だったのは「中学生なのに!」とか、「初体験後は上手く歩けないし発熱して体調崩した状態で使徒が来たらどうするのよ!」とか、そういうことで怒られはしたけど、「妊娠したらどうするの!?」という怒られ方をしなかったことだ。それについては後日、理由を知ることになるのだが……。

 それよりなにより、シンジにとって意外だったのは、交際禁止を命令されなかった事だろう。
 当初のミサトはそれもやむなしと考えていたようだが、アスカとの激烈な言い合い、もとい交渉の末、苦虫をかみつぶした顔をしつつも、不承不承、アスカとシンジの交際を認めたのだった。もっとも、さすがに「同居はダメ」ということになって、シンジは当初予定されていた幹部職員用の宿舎に一人暮らしするようになるの。
 してやったりな顔をするミサトと対照的に、一つ屋根の下の生活じゃなくなることに渋るアスカだったが、内心ではほくそ笑んでおり、後日、ミサトは加持から「それって譲歩的要請法だろ。いつでも好きに会えるんだし、ヤリ部屋提供しただけじゃないか?」と指摘されて膝から崩れ落ちるのだが全くの余談である。


 数日後。

「接触禁止令? そんなことなるわけないじゃん。自分の管理不行き届きを暴露するようなものだし、それに調子を落とされて負けるよりも、逆に調子を上げて使徒を倒せるんなら、多少のフジュンイセーコーユーなんて問題にする気もないんでしょ」

 ゲラゲラ笑いながらアスカは言った。




 改めてネルフは超法規的組織なんだなぁ、と男物のワイシャツだけを着て悪戯っぽい笑みを浮かべてしがみついてくるアスカを抱き寄せながら、シンジは少しうすら寒いものを感じるのだった。






「あんっ!あっ、ああっ! シンジ、シンジぃ。もっと、ねぇ、もっと抱きしめてよぉ」
「アスカは本当に……」
「はぁん! 私は本当に……? やぁん、そんな動かし方しないでよ馬鹿ぁ」

 ベッドの上に座っているシンジにしがみつき、アスカは全身をリズミカルに上下させている。上気した肌から汗が舞い散り、豊かな髪の毛が躍るようにたなびく。
 同年代よりはやや大きめ ――― 当人曰く、サイズより形? ――― の胸も弾む様に上下し、先端に色ずくピンク色のつぼみも充血して赤く染まっているのが分かる。

(今でもまだ信じられないな。「あのアスカ」が、僕にされるがままでこんな可愛い声を出すなんて)

 頬っぺたをつねってみたのも、一度や二度じゃない。本当に、夢を見ているみたいだとシンジは思う。
 ドイツ系アメリカ人の血を引くアスカの肌はアジア人離れした白い肌だが、興奮すると血が表に出て赤みがかったピンク色に染まる。それが本当に、トウジからもらった本に載ってるモデルみたいで、とてもエッチだとシンジは思う。
 汗の流れる乳房を、悪戯心の出たシンジがペロリと舐めると「きゃああん」と驚いたような、だがけっして嫌がってるわけではない声をあげてアスカは全身をくねらせる。

「やだもう、シンジったら。そんなにおっぱい好きなのかしら? はぁ、ああん……ホント、マザコン、なんだからぁ」
「はいはい、どうせ僕はマザコンだよ。でも、そんなに嫌ならもうしないけど」
「もう! そういうことじゃないでしょ、馬鹿シンジぃ。私の胸はアンタ専用なんだから、好きなだけ舐めたりしゃぶったりして良いのよ」

 荒くなった呼吸を整えながら、にっこりとアスカはシンジに微笑んだ。
 何度目になるか、いちいち数えてないがいつものお遊びだ。どっちかが相手に不平を言ったり、宥めたり、許容したり。甘えて、怒って、わがままを言って、文句を言って。許して、泣いて、喧嘩して。たわいもないやり取りをして、やってほしいこと、して欲しい事を探り合うのだ。


「んんんっ! あっ、はぅ! シンジ、シンジぃ。好き、好きよ。大好き」
「アスカ……僕も、アスカの事」
「やっ……。んんっ……キス、してぇ」

 抱きしめながらイヤらしく濡れ光る唇を重ね、クチュクチュと音がするくらいに舌を絡め合う。

(この体勢……やっぱりちょっときついな)


 アスカは正常位や後背位は好きではないらしい。ちゃんと言われたわけではないが、無理に蹂躙されてるような気がして嫌なんだそうだ。なら女性上位になる騎乗位が好きかと言えば、自分だけ動く割合が多くてそれはそれであまり好きではないらしい。当初はそれがわからず、アスカを喜ばせつつも不機嫌にさせたりもしたが、さすがに今はアスカの好みも良く分かっている。
 お互いの顔がちゃんと見えて、お互いが対等な関係になるやり方……。
 アスカの生まれてこの方一度も正座したことのない長い脚がシンジの腰に絡みつき、手はお互いの背中を抱きしめる。

「あううぅ、んちゅ、はぁ、シンジ、シンジ、好き好き好き好きぃ」
「アスカ、アスカ、アスカ」

 二人分の体重が狭い範囲に集中し、ベッドがぎしぎしと不安になるような音を立てる。
 驚くほど語彙のない二人のささやき。シンジは呪文を唱えるようにアスカの名前を、アスカは好きと言い続ける。そうしないと、今の幸せが夢か幻に消え去ってしまうのを恐れるように。

 完全な未経験者であっても、何度も経験をこなせば多少の余裕というものもできる。
 アスカは感極まっても爪を立てるということもしなくなり、傷だらけだったシンジの背中も痕こそ残ってはいるが、今は傷一つない。シンジはシンジで、青あざが残るほど強くアスカの体を抱きしめたり、歯がぶつかるようなキスをしなくなった。

 気持ちいところ、気持ちいい事を相互に理解しあう。
 奇しくもこの世界線の二人がしていないはずのユニゾン訓練を、今、しているような一体感が二人を包む。

「はぁ、はぁ、あああっ! シンジ、シンジぃ! やぁぁぁ、深いの、ああ、来る、来ちゃう!」
「アスカ、もう? 無理しないで。我慢しなくていいんだよ」
「あはうんっ、体もアソコもばらばらになっちゃう!」
「もっと、もっともっと気持ちよくなってよ! アスカが喜ぶと、僕も嬉しいからさ」

 ぶるぶると小刻みに痙攣しながら、アスカはシンジにしがみついた。
 サファイアのように青い瞳が潤み、口の端から涎を流しながらアスカはシンジに自分が達しそうになっていることを、全身をくねらせ、長い髪を振り乱しながら行動で伝える。目もくらむような痺れがアスカを狂い悶えさせる。

「ああっ、あああっ、ああっ、ダメ、だって、ダメだって言ってるのに! 馬鹿、シンジの馬鹿ぁ!」

 小さくうなずくと、シンジは体勢を変えアスカをベッドの上に仰向けに横たわらせると、大きく足を広げて伸し掛かる。どさくさにまぎれて正常位で……とアスカは内心ムッとするが、火照った背中に触れるひんやりとしたシーツの感触が心地よく、「まあいいか」とシンジの行動を許容する。だが、「目を開けてよアスカ」とシンジに言われ、言われるがままに目を開けたとき、飛び込んできた光景にさすがのアスカも一瞬言葉を失った。


「ねえ、どんな風に見えてる?」
「ひあっ、ちょ、ちょっと、ねぇ! あんた馬鹿ぁ! やだ、やだやだやだぁ!」

 強引に曝け出された結合部が、分泌された愛液で濡れてイヤらしく光っている。アスカのいやらしくまだ未成熟なところを残したヴァギナを痛々しいほどに押し広げて、シンジのペニスが出入りしていた。湯沸かし器のようにアスカの顔が、更に真っ赤に染まる。
 否応もなく見せつけられ、アスカは思わず抗議と羞恥の悲鳴を上げた。

「ああっ! もう、馬鹿ぁ! 馬鹿シンジ! こんなの見せないでよぉ! だ、ダメ、ダメだってば動かさないで」

 羞恥に一層顔を赤く染めて、だが目を反らすことなくアスカが叫んだ。
 テラテラと濡れ光るペニスが淫靡な割れ目を押し割、自分の中に出入りするのを瞬きもせず見つめるアスカ。ゾクリ……と腰のあたりに何かが埋め込まれるような圧迫感を感じ、同時に全身がぶるぶる震える。
 無意識の内に足の指先までひくつき、男の物をギュッと締め上げる。

「くうっ! う、んんんっ!」
「アスカ、アスカ、アスカ―――っ!」
「ああああああっ! わたし、だめ、もう……うっ、ううぅぅっ!」

 こうなると羞恥と怒りも、より快感を得るためのスパイスでしかない。
 何か言いかけていたアスカの全身が不意に硬直した。そう意識する間もなく、上体を伸び上がらせてアスカは歯を食いしばった。だが、堪えきれず、結局大きく口を開いて叫び声のように嬌声を上げる。




「イクイクイクッ! わたし、イッちゃううぅ―――っ!」

 アスカが絶頂に達すると同時に、シンジもまた上り詰めるように絶頂に達し、喘ぎながら大量の精汁をアスカの中にたっぷりと注ぎ込んだ。

「アスカ、僕、もう!」
「来て、シンジ、来てぇ! あなたで私を満たしてぇ!」
「う、ううっ! アスカ!」
「あ、あ、ああああぁっ! シンジ、シンジぃ!」

 高まるだけ高まっていたアスカは、体内に迸りを感じた瞬間、愛液を滴らせながら絶頂を迎え、総身をぶるぶると震わせて絶叫するのだった

「……ァァ、あっ、あぁ。シンジぃ……シンジのが、こんなに出てる。シンジがこんな、に」

 オーガズムに耽溺して、うっとりと体をくねらせるアスカの中に、最後の一滴まで心行くまでたっぷりとシンジは欲望を吐き出していく。アスカもまたそれに応え、最後の一滴まで絞りつくすようにきつく締め付ける。お互いの体がLCLになり、海に溶け込んで混ざり合っているような快感に二人は声もなく抱き合う。
 やがて、脱力したシンジが己を引き抜きながら身を離す同時に、べとべとする愛液と精液がアスカの下腹にこぼれ落ちた。

「もう、ダメェ……ケダモノ、なんだから。ちょっとは、手加減、しなさいよね。もう、しばらく、動けないわよぉ」
「へ、あ、ごめん」
「やめろって言ったら、即、止めなさいよね」
「本当は嫌じゃないくせに」
「調子に乗んな、バカシンジ。やだもぉ、べとべと……またシャワー浴びないといけないじゃない」

 たぶん、世界でただ一人、シンジしか知らないアスカの顔と声。
 非難する様な、甘えるような。余韻に浸りながら、時折、ビクッと肌を震わせる。
 脱力したシンジの体が覆いかぶさってくるのを、アスカは受け止め、抱きしめる。

「ほらぁ、忘れないでよぉ。もう、私を見てるだけじゃダメ」
「わかってるよ。これでいい?」

 頭を撫でられて、嬉しそうに顔を緩めるアスカ。

「ふふふ。頭撫でられるのって、気持ちいい。あんただから、シンジだから」

 ひとしきり名で終わり、アスカが満足したと頃合いを見計らって、アスカをそっと抱きしめる。猫がのどを鳴らす様にアスカが頬を擦り付けてくる。触れあった肌からお互いの熱が伝わっていく。
 そのまま無言で数分が過ぎ、ヒマワリのような笑みを浮かべながら唐突にアスカは言った。

「……わかってると思うけど、浮気したら殺すわよ」






初出2021/07/04

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