畜類め、繁りやがれ! 02

Original text:LHS廚

 

――――使徒戦役終結後に発表された資料の一つ―――

 

チルドレン後遺症ナンバー04

『記憶図書』

 

 

◆ ◆ ◆
 

子供達の脳内に、半ば独立した形で構築されてしまった記憶領域らしきもの。

 

( 中略 )

 

チルドレンがそれぞれ搭乗していた機体に対し思考ユニット(つまり擬似脳)として指示を与え、そのデータを元にEvaが活動している事は周知の事実である。

その際、彼らがコア中の『母親』とのコンタクトに母親との数少ない記憶を識別の拠所としていたように、彼女たちも(本能に準じていたとはいえ)そのような記憶を利用していたと思われる。

 

そのため、チルドレンとシンクロする行為のための「とっかかり」として、子供達の脳において生涯未使用となるであろう部分に『母』であり『女』でもある記憶を。
彼女達にとって、最も子供を意識する『記憶』を識別子兼アンカーとして参照したり、専用の記憶として自身の記憶をコピーしていたものと推察される。

 

この仮定のうち前者を説明する手段として、セカンド・チルドレンのカウンセリング資料を参照したい。
『父親の浮気が発覚した頃実験をしたため、母がA嬢と認識する人形の首を絞めるシーンをガラス窓越しに観た事を何度も思い出した』とある。

トラウマといえる記憶だからではないかと言う声も多いが、ほかならぬ彼女の自殺を見ているA嬢である以上、トラウマの記憶としては『そちら自殺』のほうが優先されるべき強力なモノであるといえ……。

 

( 中略 )

 

コピーされた記憶を持つものとして、影響が最も顕著なのはサード・チルドレンである。
彼が保有する『記憶図書』は明らかに極端なもので、彼の母Yの記憶の一部でなければ説明がつかないからだ。

何故なら、彼が持たされた『記憶図書』は常人では記憶も理解もできぬレベルの『性に関する知識』のようなのだ。

 

――彼女はバイシェクシャルであり、素晴しいテクニックを持っていた快楽主義者らしい――

 

これは甚だ危険な想像ではあるが、彼女は実の息子である S・I (サード・チルドレン)をも何時かその性的実力の虜にしたかったのかも知れないのだ……。

 

( 中略 )

 

その『知識』のせいか、彼は2027年時点において私が確認した少なくとも十数人(使徒戦役中は十人以上)の異性を愛人としてハーレムを形成している。

 

彼自身の証言によると、『普段はそんな知識手に入れる暇なんか無いのに……好きな人と一緒に性的に興奮すると、そっちの知識が湯水のように湧いてくるんです……』とのこと。

 

これらの事から、特定の精神因子(性的興奮や落胆、絶望など一色にココロが染まった時)に感応して記憶が一時的に『チルドレンが本来持っている記憶』と接触し、その間『記憶図書』の内容を使用できるようになっていると判断される。

 

追記。
B女史やM嬢には、現時点においてこの症状は出ていない。
フォース・チルドレンはEvaとの接触が数度しかないため、この症状は出なかった模様。

B女史は『支配する』側……。

 

◆ ◆ ◆

 

 

『んもぅ! 模試だけ巧くても本番じゃ……!!』

 

外部映像を映しているモニターには弐号機が全力疾走で駆け寄ろうとする映像。
隅っこにあるのは血走ったように必死な顔をして、機体は瞬間加速のニューレコードを毎秒更新していくアスカの映像。
それは、前日倒れた筈の彼女では考えられないスピードで。

 

必死な表情の彼女を見るオペレーター達は口に出さずにこう思った。
『ああ、何だかんだいっても、やはり彼女は彼の事を好きなのだ』と。

少し離れた所から彼女を見守る、自称『父親代わり』の男は、思った。
『それに、シンジ君を失ってからでは遅いんだぞ』。
娘はその一言をちゃんと理解してくれたのだ、と。
彼自身気付いていない、全く別の意味の安堵も混じってはいたが。

 

でも、悲劇のヒロインたる本人の思考は違っていた。

どんどん成長していく気持ちに裏打ちされた渇望を。
彼女はまだ、数度のキスしかして貰っていないのだ。

 

言葉では、まさに形容できない、あの充足感を与えてくれるキスを。
恋愛をしているとは思えないのに。
恋人がしてくれたような、本当に自分を蕩けさせてくれたあの甘さが、以前から彼に対して持っていた『冴えない』という評価全てを押しのけ、全てを熱くさせていったのだった。

 

立て続けに二人の男に振られたとして、新しい恋人を見つけてもかまわない筈なのに。
あの甘さを知ってしまった自分は、もう逃げられないとわかっていた。 
もし、他人を恋人として迎えたとしても、彼以外の男から、あの甘さを味わえる保証なんか無い。
彼女の頭の中には、それしかなかった。

 

勿論、次に現れる人物が『あれ』以上の甘さを与えてくれる新恋人かもしれない、という可能性があるということも、全て消えていた。

時間をかけず今すぐ欲しい、としか思えなかった。

 

(だったら、今確実に手に入れる手段を守る方が良い。 あの子に独占なんか、させないわ。 絶対に!)

 

彼に対する欲望。
それが嫉妬を含む物に変わりつつあるのをアスカ自身、気付いていなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

アタシは最初、シンジを思いっきり甘く見ていた。
冴えない男は冴えないキスしか出来ない、って舐めていた。

 

何の知識も無く、簡単にシンジの色に染められたヒカリじゃない。

アイツがアタシの事を好きなら。
……ううん、たとえコイツの心の中でアタシとヒカリの立場が逆転していようとも。
アタシの美貌とあの時期手に入れた知識を総動員すれば、アタシの軍門に下ると思っていた。

 

一度アタシのものにしてしまえば、シンジはアタシを裏切れなくなる。
以前ミサトから聞いた。 コイツは捨てられる事を何よりも恐れているって。
そして、捨てるという行為自体は、アタシにとってなんでも無い事の筈だった。

 

ヒカリとの事が心配だったけど、彼女との事は忘れてあげる。
アタシは寛大だから。

 

だから、ヒカリがアンタのモノになった様に。
アンタはヒカリを捨ててでも、アタシのモノになりなさい。

 

後はジャージと失恋したヒカリの仲を纏めてやればいいんだわ。
彼のほうが良かった、有難うといって感謝されるだろう。

 

それが、アタシがアイツとキスするまでの、二人に関する気持ちだったわ。
……今考えてみれば、本当に二人の事、蔑ろにしてたわね。
……んもう。  反省してるわよ、今は。

 

もしかしたら昨日していたかもしれないキス。
もっと、雰囲気が出るかもしれなかったキス。

シンジの口が少し開いた時、アタシは覆いかぶさるようにして、アイツの唇を奪った。

それが……アタシ『が』陥落する最初の一歩だと知らずに。

 

◆ ◆ ◆

 

 

『何よ、加持さんの代わりは嫌だ!って言いたいの!?』
『そうじゃないよ、アスカ。 それを言うなら僕だって一緒だもの。 ヒカリちゃんをアスカの代わりに抱いたんだよ、僕は。 言いたいのはそうじゃなくて……」

 

!? シンジから、キスしてきた。 じゅくっ、といった感覚を伴って入り込んできた舌は一気にアタシの中を満たしていく。
アタシがしたのより、うまいと感じられるキスに……あの時感じた痛みがせり上がってくる。

 

『……ぷぁ……」
『多分、今のでも判らないと思うけど。 僕は今、アスカとヒカリちゃんを比べられない位に……。 二人とも、好きなんだ……だから、少し、嬉しいとは思う』
『だったら、良いじゃない! アンタ、ヒカリを抱いて気持ちよかったんでしょ!
 アタシが加持さんに抱かれてよがってるのが悔しかったから!
 だから何もかも受け入れてくれるって言うだけで、ヒカリに嫉妬を叩きつけたんでしょ!?
 つまり、あの時アタシがアンタの前にいたら、二人でその気になったら、抱けたって事でしょ! 今の状況と、どこが違うのよ!!』
『少しだけ、違うよ。 抱く前に彼女はちゃんと告白してくれていたし、僕だって、興奮に流された所もあるけども、彼女が良いと思って抱いたところ、ちゃんとあるんだよ。
 でも、今のアスカにとって相手は僕じゃなくても良い、でしょ?』
『!?』

 

『ヒカリちゃんの気持ちは、言わなくてもわかると思う。
 僕は今、卑怯で、狡くて、一人の女の子に残酷な恋をさせているやつだと思ってる。
 そして、出来上がって一寸しか経ってない彼女への想いだけど。  ヒカリちゃんに、いとおしいと思える彼女の想いに応えて行きたいと思う。

 そして、他ならぬ彼女が言ったように、アスカに対する想いもまだ、僕の中にある。  欲しいかと言われれば、アスカが欲しいと思うよ。 でも、アスカは?』
『それは……』

 

何も言えなくなったアタシに。 シンジは三回目のキス。
今度は舌を使ってこなかった。

 

『これが最後のキスになるかもしれない。 アスカは好きだけど、今のアスカは欲しくないから。
 だけど、なんか加持さんの事を忘れる為だけに、こんな事をされたのかって思うと嫌だよ』

それをアンタが? という前に。

『僕自身が同じことを、昨日、ヒカリちゃんにしてしまったのも、確かに事実なんだけど。
 頭では責めることは出来ないし、責めちゃいけない、って判ってる……でも。

 つい最近までの僕なら『そうだね』って言って諦めてた所があるのに。
 今までの僕と違って、我侭になりたい、って気持ちがあるんだ。 納得したくても、出来ないんだ。
 だから、ずるいって判ってるけど。 僕が好きだって言う気持ち、『アスカ』が欲しいって気持ちを刻み込ませて貰うね……』

 

その後、シンジはアタシにキスをし続けた。

 

していた時間なんか判らない。 五分? それとも一時間?

 

唇を挟み込むようにされ、また舌を入れられた。

体が熱くなっていく。
アタシはポルノ小説にある、あのねちっこいキスの描写が、実はその時キスをしていないから書けるんだって思い知った。

だって、気持ちいい事以外何も覚えていないんだもの……。

 

 

◆ ◆ ◆

 

気が付いた時、アタシは生理が特に重いときに、何度かお世話になった医療室のベッドに寝かされていた。
シンジに担ぎ込まれるまでしていたことになるらしい。

体をチェックした鷹音医療主任が言うには、暑さと興奮による軽い脱水症状みたいなものだそうだ。
結局、興奮がまだくすぶってるらしい事と体調を考慮して、この日のシンクロテストはアタシだけ行われなかった。

 

ちなみにシンジはこの日、『シンちゃんシンクロ率最高値更新!』ってミサトに言われて一寸だけ、喜んでいたという。

「愛したい人を守るチカラ」は必要だから、って事らしい。

 

その明らかな変化がヒカリのせいなのかと思った時。
自分じゃない、って判っただけで。 言いようの無い痛みとむかつきがアタシの胸を襲った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

『先陣はぁ、シンジ君が言いと思いまぁす♪』
『うん、「男の仕事」とか思い上がらない程度には、頑張ってみる』

 

ゴルフのグリーンにぽっかり開いた穴を何万倍かに拡大したような、黒い穴。
あの時見た、ロープから下ろされたママの目のような、虚無へと呼ばれそうな穴。

アタシのおどけに通信で正直に返した馬鹿が、一人の道連れと一緒にあれに飲み込まれて四時間が経った。

 

「……え?」

 

黒い円盤を眺めていたアタシにコーヒーが差し出される。
最初、渡してくれるのはミサトか加持さんかな、と思っていたアタシにとって、彼女は一番意外な人物。

 

「……ファースト……」
「赤木博士が、持って行けって」

 

口の中にまだL.C.L.の雫が残っている気がしたから、闇よりは明るいリツコ特製の濃いコーヒーがその不快な味をなんとか消してくれる感覚が、シャワーと同じくらい心地よかった。

 

「盾でシンジを守ったアンタなら、さっきのシンジの気持ちも判ってる気、するから聞くんだけど」
「……なに?」
「シンジってさ、なんであの子、助けたんだろうね」

 

知り合ってまだ二日しか経っていない筈の女の子。
黒髪の長い、アタシにはそれしか印象に残っていない女の子。

でも、アイツは彼女を助けた。

 

「……碇君は、貴女が来る前、使徒の攻撃で傷ついた零号機から私を助けてくれた」
「な、なに? 三体目の使徒の事?」
「ええ」

 

彼女は信じられない位にちびちびと飲んでいる。 彼女の手にあるのはコーヒー入りミルクレベルに白いものだったけど。
多分、ファーストはコーヒーが苦手。
でもアタシと同じ場所でコーヒーを飲んでくれている。

今まで気付かなかったが、人形みたいと思ってた彼女が気を使ってくれた。
ついさっきまでアタシのことをどうでもいいと彼女も思っている、そう信じていたのに……なんか、嬉しいな。

 

「……貴女も、彼は助けた。 浅間山のマグマの中から。 彼にとって貴女は大切なヒトだから」
「……?」
「貴女は、前に言ってた。 『Evaに乗るのは、自分の為』」
「シンジは、『他人の為』って言いたいの?」

 

振り返らなくても気配でわかるくらい、彼女はしっかりと頷いてみせた。

 

「多分、今の彼はそう。 『お父さんに認めて貰うため』だった頃の彼とは違う。
 貴女や洞木さんに出合って、学んで、理解して、成長したから。 大切な人達を手に入れて、碇君も少しずつ、変わってる。
 他人の存在が、彼の、貴女の、私の存在をも変えていく。 だから」
「だから?」

 

気になって振り向いたアタシには、彼女の目に映る『決意』が理解できる。
そっか、この子もシンジが好きなんだ。 ヒカリみたいに変わりたいんだ、ってわかる。
シンジの為に変わろうとしている娘が他にもいる、っていう事実に気付くのは、ヤッパリちょっと痛かった。

 

でも、その痛みはすぐにかき消される。

 

「貴女が心のどこかで望んでいるように、他人に受け入れて欲しいのなら。
 いい事だけじゃなく、気持ち好い事だけじゃなく、今まで背を向けていた嫌な事も受け入れるの。
 一人が嫌なのなら……『二人と』一緒に生きたいのなら……自分を変えることを恐れては、駄目」
「!!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

「ん……」

 

目の前で何回か瞬くように、画面が入れ替わって。
黒い縁取りにくるまれた、真っ白な映像が写る。

 

「ソナーも駄目なんだ……」

 

シートに座っているのは、碇さん。
でも、学校で見たのほほんとした表情や、赤鬼(?)さんに引っ立てられた時の顔とは全く違う。
男の人の、顔。

 

「碇、さん?」
「? あ、山岸さん、気が付いたんだ……よかった」

少し粘り気のある液体に浸かっているせいで、体にまとわり付く髪や制服を一寸疎ましく思いながら。
彼が座っているシートに体を寄せていきます。
バナナボートのように細長くて、微妙に潜水艦のようなイメージと硬さのある、変な形のシートです。

 

「あの、私達って、何時までここに居られるんです、か?」

 

私の問いに彼は苦笑しながら。

 

「とりあえず、徹底的に機能を制限したから丸二日。
 でも、僕とほぼ同じ体格の山岸さんがいるから……大体、半分の一日くらい。 あ、そう言えば、さっきキスしちゃって、御免ね?」

 

唇から喉へ向かっていく唇と、鼻などからこぼれた息の感触を思い出して。
ポン、と真っ赤になったのが判ります。
ふぁーすときすとしては、いろいろなところにキスされたわけで。

 

「あ、あのさ、失礼だって分かってるけど、もしかして……」

 

彼も私の頬の色が移ったかのように、真っ赤になっていく。

 

「はい、私、初めてでした。 ……キス」

 

碇さんは真っ赤になったまま、左足の下辺りのケースから予備のスーツを取り出して、私に渡してくれました。
シンジさんとほぼ同じデザインですが、肩等に付いている硬そうな部分が無いとてもウエットスーツに近くなったものです。
胸と背中には、野球のホームベースのような形の硬い部分が少し有りますが。
(保温に使うヒーターの電源なんかが入っていると、彼は話してくれました)

なんでも鈴原さんと相田さんが少し前に一度、私と同じ状態になったらしくて。 その時問題になったそうです。

『服に付いているであろう、埃に混じった細菌』とか。
えっと、その……オシッコとか。

 

碇さんは私の制服と下着を厚みのあるビニールパックに入れながら、「は、早く着て!」と言いつつ。
一寸の期待も胸にしつつ、ちらちらと全裸になった私の背中を見ているようでした。

さっきの凛々しい表情とのギャップに、また少し彼に近づけた気がします。

 

液体の中で着替えること五分。

首筋にあるスイッチを押すと、ダボダボなスーツが締まって、私の体に合っていきます。
何か、衣類や布団をしまう時に使う圧縮パックを思い浮かべて。

碇さんにそう伝えたら、振り向いた彼の顔は引き攣っていました。
その顔がまた真っ赤に……?

 

「あ、あのね、実はそのスーツ、ちょっと問題があって……」
「ちゃんと体形に合うみたいですし。 問題……無いと思いますけど?」
「目線を下に、っていうか……自分を見てくれれば判るよ」

言われたまま見た私は絶句しました。
体のラインが、胸の先端部なんかのラインまでっ、丸わかりじゃ無いですか?!

「僕らは毎日着てるから、ある程度慣れてるけど……ごめんね?」

 

それを聞いて、目が一瞬彼のあそこを見てしまう。
潰さない為のサポーターがあるらしくて、形は判りませんでした。

私の体のラインを十二分に見ている彼のが見えないのは、不公平で。 ちょっと……不満です。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ファースト……ううん、今からアンタの事、レイって呼ぶ事にする。
 慣れでずっとそう読んでいたけど、私自身、セカンドって数字で呼ばれるのは嫌だし。
 これからはちゃんとレイって呼ぶから。アンタもアスカって呼んで。

 それで、本題。  アンタってシンジの事、好きなの?」

 

 

◆ ◆ ◆


あれから、私達は色々な事を話し合いました。

昨日は私の事が中心だったので、今度かいか-……シンジさんの番です。

あ、シンジさんと言う呼び名に代えたのは、彼がそう呼んで欲しいとお願いされたからです。
以前は苗字を呼ばれた方がよかったけど、最近は名前を呼ばれた方が嬉しいそうで。
交換条件として、私もマユミと呼んで欲しいとお願いしました。 ただ、今のところはマユミちゃん、と呼ばれていますが。

 

彼は、ある意味私に近い人生だったようです。 母を失った事を含めて。

彼は小さい頃、叔父さんの家に預けられたそうですが、お父さんに捨てられたとしか思えなかった時期があったそうです。
ただ、いろいろなことを知った今は、「自分の仕事が危険な側面も含んでいるから」置いて行かれたのだと思うようにしている、と話してくれました。

この町に来て、このロボットに乗って、不安で一杯だったのが大切な人たちの手助けで怖さが薄れていって。

そのうち、アスカさんと綾波さん(この方とは会っていない筈です)を彼が自分の努力で助ける機会があって。
自分が人を助ける事ができるようになったと、自分が強くなった気がした、と。

 

「自惚れちゃいけない、と思うけどね」

自分を変える事がまだ出来ない私にとって、それが出来る彼はとても魅力に映るのです。
だからでしょうか。 感想は素直に私の口から漏れていきます。

 

「なんか、羨ましいです」
「え? 大丈夫だよ。 綾波は喋らないだけでちゃんと話は聞く子だし。
 アスカは逆に声は大きくて聞いてない様にしか見えないけど、聖徳太子みたいに耳は良いし……。
 ヒカリちゃんは揚げ足を取るように妄想しちゃう点以外は一番まともだし……」

彼が三人の女性の事を自分の事のように、冗談に紛れて『大切な人』と言われているのが判って。
かなりはっきりと、嫉妬を感じてます。

 

「信頼、してるんですね。 そんな事はっきり言えるなんて」
「そうかな?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なんでよ……」
「ミサト?」

アタシの声にビクッ!とするミサト。

 

「加持さんならいないわよ」
「私が探しているのは……リツコよ」

 

直後、ミサトはこれからのシンジ救出の任務から自分が外された事と、夜明けと一緒に行われる救出作戦について説明してくれた。

 

ミサトの話では、以前と馬鹿ジャージたちと乗った状態と同じなら、初号機はシンクロ自体が低く簡単に動かせない状態になっているはず。
それならば、弐号機と零号機による干渉で使徒のATフィールドに干渉、フィールドを失った使徒の(あの円盤部が本体らしいから)肉体全体にまぶすようにn2爆雷を散布する……。

もう一寸細かい話があったらしいけど、動転したミサトの頭の中に入ってるのはこれ位だそうだ。

 

「シンジ君とあの山岸さんって子の生死より、初号機の方が大事としか思えないのよ……」
「……そう」

 

ミサトの疑問には触れない事にした。 彼女を慰める事ができるとしたら、それはアタシじやない。
彼女の命令しだいで……アタシもあの中の二人と同じ立場になるから。
そうすることも、ミサトには出来るから。

「あのさ、ミサト」
「ん?」
「『好き。けど、代わりがいる私じゃ駄目』って、どういう意味だと思う?」

だから、別の事を聞いた。 彼女の方が経験あるから。

「……なにそれ?」
「ファー……じゃなかった、レイが答えたの。 シンジの事好きなのかって言うアタシの質問に対する答」

 

不思議そうに覗き込むミサトにアタシはほぼ全文を話した。

 

「『恋愛と言う意味なのかは不明だけど、好き。 けど、今の碇君が持つ私への思いは恋愛と言うより家族に対するもの。 何より……代わりがいる私じゃ駄目』なんだって」

アタシは、最後の一言だけは言わなかった。

 

『私は、アスカさんや洞木さん、山岸さん達が……うらやましい』

 

 

◆ ◆ ◆

そして、今。

アタシは弐号機の中にいる。 目の前には青い零号機の姿。

 

使徒の肉体(?)は真っ黒、と言うより何か寒々しいものを感じる。
『ナルトのウズマキ』みたいな混沌を直接見ている、と言ったら正しいかもしれない。

 

「レイ?」

 

向こうも暇だったのか、返信はすぐに来た。

 

『何?』

 

アタシは不安をぶつけるように一言。

 

「さっき、アタシが羨ましいって言ったの? アタシはレイの前でもシンジを馬鹿にして」
『彼は、アスカさんが気持ちをぶつけてくれるだけで、とても嬉しそうにしていたわ』

そうなのかな……?

 

アイツは、アタシを、必要としていた。 アタシが好きだから。
アタシなら耐えられないような、『嫌な事』もすべて、嬉しい事なの?

じゃあ、アタシは……? シンジが……必要?

判らない。



やっぱりアタシはまだ、シンジが好きなのかは判ってない。
でも、「アタシを好きなシンジ」がアタシの前から『いなくなる』事だけは、嫌な気がする。

 

加持さんに振られたばかりなのに、アタシは迷ってる。 今の心の中はシンジで一杯だったから。

最初、アイツは『冴えない男』だったはずで。
ミサトの家に同居するようになったのも訓練の一環だったはずで。

でも、ココロが揃って行くのは嬉しかった。 『他人には絶対できない何か』をアイツのココロに植えつけてやった気がしたから。

マグマの時も、アタシなら一歩は確実にひいてしまう事をアイツはやってくれた。
だから、アタシはここに居る。

なんだかんだと責め続けたのに、ずっと、あの馬鹿はアタシの傍にいてくれた。
あののほほんとした、鈍感な笑顔で。

やっぱり、今のアタシは『あの気持ちよさ』が欲しいだけじゃ、無いのかな……。

 

今まで、本心からアタシを見てくれていたシンジが。
ヒカリだけを見るシンジになる……それを想像するだけで、心が、痛くなる気がする。
だって、あたしが求めていた『アタシを見ていてくれるシンジ』を失うんだもの……。

今なら、ヒカリが言ってた事、判る気がするな……。

 

数分後、獣が大地に降りたった。
体が震えてるのに、底知れない恐怖が次々と襲ってくるのに。

 

歓喜の涙もこぼれてくるのは、何故?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

着地して数分後、唐突に初号機は四つんばいになって停止した。

リツコの指示がスピ―カーから流れてくるが、アタシの心はもうそれを聞いていなかった。
荒々しくカバーを引っぺがし、飛び出したプラグをつかむ。
シートに固定されて無いあの子の存在を思い出し、アタシにしては丁寧に機体を動かして医療班や技術部が待つプラグ運搬台の上に置く。

ついで弐号機を拘束具に固定、本部の日向さんにお願いして機体だけ先に収納して貰い、アタシは初号機から抜いたプラグへと急いだ。

 

何とか笑いそうになる足に鞭をうって。開放作業をやっている場所へ到着。
それとほぼ同時に、作業をしている人たちの歓声が聞こえる。

 

「開きましたぁ!……二人も、無事です!!」

 

その声にの残りの力を振り絞り、ハッチを空けた人達を「御免なさい!」って誤りつつ押し退け、プラグ内へだぼん、と体を落とし込む。

 

今のアタシがコイツの事をどう思っているか。 それを知るには何よりシンジが必要なんだ。

そう言い聞かせて、アタシは乗り込んで……シートの上のアイツへそのまま抱きついた。

 

「な?」

 

抱きついてから、シンジが簡易スーツの山岸マユミを……つまり、シンジが使徒本体の中に落ちていくビルから助けた彼女を抱きしめていたせいで……一緒に腕の中収めている事に気付く。

 

コイツのかなり安らいだ表情に、女なら誰でもいいのか、と腹が立った。

 

シンジの節操無しな態度に殴ってやろうとも思ったが、顔を上げた時にシンジが呟いた一言で取り合えずチャラにして置く事にした。

 

『何より、ただもう一度会いたかったんだ。まずアスカに……そしてヒカリちゃんに』って。

 

これで、決めた。
変わることを恐れてはいけないのなら、一番徹底的で、確実な方法を使って変わろう。

 

シンジが好きかを確かめるために……アタシ、シンジに抱かれる。

 

 

もう、周りなんてどうでも良くなって。
『あんた達、付き合ってたの?』とあきれるミサトのことも。
はやしたてる整備担当の人たちも。
なぜか羨ましそうに見ているリツコもどうでも良くなって。

 

アタシはシンジにキスをささげた。
異性への想いをちゃんと込めた、と言う意味でなら……これがアタシのファースト・キス。
真っ白になった山岸マユミに立会人をさせて。

 

 

 

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From:ハーレムエロ探求スレッド