畜類め、繁りやがれ! 01

Original text:LHS廚


本当の雨に混じって塩からい滴がほほを伝う。
その辛さを感じてようやく、アタシはまだ泣いているのに気がついた。
ついさっき、失恋したのだから当たり前か。

今日のためにミサトから失敬したラベンダーの香水も、魅せるべくアタシの色で統一した真紅の下着も、アタシがした精一杯の努力は何の意味もなかった。

『アスカにとっての俺は父親だと思っている。今も、そしてこれからもそれは変わらない』
『どうしてですか!? ミサトが居るからですか?!』
『言いたくないが、そうだ。それに……』

その後加持さんは何を言ったのか。
アタシは彼をなじったのか、それとも他の事を言ったのか。
それすらも覚えてない。

ただ覚えていたのは帰る途中に何人かの男にナンパされたこと。
その手を振り払って逃げたこと。

繁華街を抜けた頃から雨が降り出してアタシのワンピースをぐしょぐしょにしている事。
靴から音がするほどに……。

 

 

そして、今アタシはアイツが居る、この街の家、その玄関に居る。
コンフォートマンションの一室。
加持さんの隣を失ったアタシが帰れる、唯一つの所。

 

『あ……どうしよう……』

 

今日は加持さんと出会って丁度五年目の記念日だった。
今度こそ加持さんに抱いてもらうつもりだったから、ヒカリの家に泊まるってアリバイを作って、シンジにも言ってある……ヒカリの家に泊まりに行く、心配するなって言いくるめた。
でも……。

 

「こんな格好のアタシじゃ、心配しろって言ってるような物じゃないのよ……」

 

カードキーを使ってドアを開けた。

 

もしシンジが心配して来たら、機関銃のように愚痴を言って誤魔化してしまおう。
そうすれば、臆病なあいつは何時ものように『逃げて』くれるから。  そう心に決めた。

だって、加持さんに振られたという事実を知られるより、ヒカリの家にいた事になっているのが嘘だったって事をシンジに知られるほうが……何故かとてもこわかったのよ。



◆ ◆ ◆



「え?」

玄関からリビングに入って最初に見たのは、びしょ濡れの椅子。
水源は深緑にエメラルド・グリ−ンの襟が付いたジャケットだった。
シンジが余所行き用の服が無いって言ったのでミサトと着せ替え人形にして買ってやったもの。

 

でも、水源はそれだけじゃなかった。

ジャケットに隠れるように濃紺のワンピース――勿論女性用の物――が一緒に引っ掛かっていた。
見覚えがある……と言うより……その子と一緒に買った色違いのものをアタシが着ているのだ、たった今。



(嘘……でしょ……)

 

そして、それを着ている筈の少女が上着とは別に着ているべき物が点々と続いていく。

ブラジャー、スリップ、靴下にパンティー……乱暴に破かれた物も混じりながら並んでる。

 

アタシの同居人の部屋へ。

そして……。

 

それを着ているはずの少女の、ある気持ちを押し殺した呻き声が雷鳴混じりの雨音に混じって響く。
一度として聞いたことの無い声。 その手の趣味が無いアタシが聞くはずの無い声。

 

もし、彼女の声として聞く事があったとしても、それはここではない。

あってはならない。
彼女が好きになってると……思っていた……関西製ジャージの家でなければならないはずだ。

 

それなのに……。

 

少し早足で部屋に向かうアタシの耳にすすり泣くような叫び声が聞こえた。

 

「アスカの事はもう忘れて! 私の中のアスカも忘れさせてぇ!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

『洞木さん!?』

 

 

そう僕が言ったのは確か、ほんの数時間前のはずだ。
でも、今の僕は彼女を呼び捨てにし、バックの形で組み伏せ、初めての痛みに耐えている筈の、彼女の肉の花弁の中に。
紅く色づいた体液をかき出し、初めて得る快楽をむさぼる為に肉杭を力強く打ち込んでいる。

 

あれは、確か……。

 

ふとした理由が元で、リツコさんとクラスメイト全員の誕生日を知る機会があって。
全員分を覚える気なんて無かったから、アスカ以外の女性は洞木さん、綾波、そもそもの理由であるリツコさん、(メモ付箋を紛失してしまった)ミサトさん……四人分だけ書き写しておいたのを役にたてて。
洞木さんに付き合ってもらったお礼に、と僕が彼女にイヤリングを送った直後。

 

トウジとケンスケに出会って。 散々冷やかされて。

 

『そうよ! 私は碇君が好き!』

売り言葉に買い言葉な形で告白された。
あの時と同じ『いやーんな感じ!!』なポーズで固まった二人の目の前で二回目の、それも知人以上の人からの告白に混乱した僕は真っ赤になった顔のまま走った。

イヤリングを買ったデパートから繁華街の端に着いた頃には。 頬に当たりはじめた雨が少しだけ、僕を冷静にしてくれた。

 

最初に気づいたのは、真後ろで息を切らせながら、それでもイヤリングのケースをタカラモノとして持っていた彼女。
そして午後七時を知らせる、ロータリーにある大時計の音楽。

 

つられてみた僕は、アスカが今朝言っていた約束を思い出した。

〔今日は7時からヒカリの家でゲームやるから! ゲームが白熱したら泊まる事になるかもね。 もしそうなったら電話入れるから、アンタからもミサトにちゃんと言っておいてよねっ!〕

 

 

『やっと、止まってくれた……。 あ、あのね、わたしは、その』
『……もう、帰ったほうが良いんじゃないかな、洞木さん』
『……そ、うよね。 やっぱりアス』
『告白してくれたってこと自体は本当に嬉しかった。 でも、好きって言う言葉への答え自体は、ごめん。 もう少し考えさせて。  行方不明になったマナの事で、まだ、完全に心の整理が着いてないから』
『そ、う。 じゃ、帰った方がいい、って言うのは、なんで?』
『だって、今朝聞いた約束じゃ、そろそろアスカが洞木さんの……?!』
『え?』

 

僕らの目の前を、加持さんとアスカが乗った車が走っていったんだ。
行き先にあるのは……その手のいかがわしい施設が多くあるから健全な成長の為にも近づくな、って生活指導の先生が言っていたエリアで。

そこに行く事は、アスカの想いが加持さんに届き、叶ったということ。

本当の意味で失恋した、って思った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あら、遅かったじゃない」

毎度の事ながら、こいつの服装はだらしが無い。

本当にそうなら別に目くじらを立てる必要は無いんだけど、こいつはだらし無く自分を見せるのがステイタスだと思っているらしい。

 

あたしがこいつと別れているって事を知らない友人がまだ多い今、わざわざ卒業と同時にこいつとは別れたのだ、と説明して回るよりは。
披露宴を壊さない為にも、そう見られる事を承知の上でだらし無さを直してやるほうがまだマシみたいね。

 

……また生きて会えるのか判らない仕事に就いて長いのだし。

 

そう自分に言い聞かせてネクタイを直そうとして、汗臭さとは明らかに違う匂いが鼻まで届く。

 

「ちょっとあんた」
「ん?」
「こんな時に女と会っていやがったわねこの男……!」

 

ネクタイを使って首を思いっきり絞めてやった。

 

あーあ。 真っ直ぐなシンちゃんならこんな真似絶対にしないのになぁ……。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 

 

素直になれると思えるようになった時には諦めだけが、打ち消すように私の気持ちを覆いつくしていた。

新しく友達となったあの子が、誰の目にもあまりにも眩しかったから。

 

だから、今日のこのデートは天国の母さんが、私にプレゼントしてくれた一度きりの夢だとおもったの。
アスカの気持ちがどうであれ、碇君の気持ちが自分に向くとは思っていなかったから。

 

だから今日一日、この幸せにおぼれようと必死になっていたのに。

それなのに……。

 

「お、イヤリング買うてもらったんか?」
「似合ってるなぁ……」
「いいじゃない、碇君の気持ちがこもってるんだから……」
「気持ちって?」
「……誕生日のプレゼントよ」

 

やっぱり二人は知らなかった。 彼とは違って。

 

私の気持ちを無視した二人のからかいは次第にエスカレートして。

「やっぱりぃ 委員長は碇の事好きなんやなぁ♪」

 

せっかくのデートだったのに。
アスカが加持さんへの想いを遂げるつもりなら、想いを遂げる切欠を私自身これで掴みたかったのも一応あったんだから。
多分、彼と私二人のお母さんがくれた最後のチャンスなんだろうって判っていたから。

それなのに……!

 

悔しさと、怒りと、自分の中に渦巻いた想いは一気に血を頭に登らせて。
今考えても、とんでもない方向へ暴発した。

 

「そうよ! 私は碇君が好き! 貴方達にとって一寸したからかいの種でも、チャンスの少ない私にとってこれはデートなんだから! 私の気持ちを少しでも判ろうとしてくれるなら、邪魔しないで!!」

 

 

お布団の中で何回も想像した彼への告白。
でも、実際の告白はあまりにもあっけなく、出鱈目で、嫌なユメの代表なカタチ。
酷くズタズタにされた気がして、非常に悔しかった。

 

直後、恥ずかしさのあまり逃げ出したシンジ君を必死になって追っかけた。
飛び出したアスカを追いかけろ、と彼に明言したあの時と同じむかつきを感じながら。
私と同じ位、彼も悩んで欲しかったという気持ちも、あったから。

 

そして、あの車が通ったの。

 

青というより真っ白い顔色になった彼に、私は何も言えなかった。
だって、私は全てを知っていたんだもの。 そして、震えるだけのシンジ君も、勿論知っている。
車の向かう先に、何があるのかも。 私がそれにアリバイ作りの形で加担しているのも。

 

二人とも無言で、少しずつ本降りになっていく雨の中をとぼとぼと。
彼とアスカの家―― コンフォート17マンション ――に向かったわ。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 
 

リビングに入って、『風邪を引いちゃいけないから』とバスタオルを貰って。
とりあえず髪を拭く為に髪飾りをといた瞬間に、肩を掴まれ、振り返させられた。

 

『どうして、嘘をついたの』

 

その時見た彼は始めて見る凶暴さがあった。
嫉妬とか、怒りとか、そんな感情と諦めと彼自身にも理解できていないのかもしれない、何か。

 

自分でも表現できない何かで押し潰されそうだから、私に対する思いで、アスカに対する嘘を知っている筈の私に思いをぶつけようとしている。

 

分析するように、そう彼を見ている自分がいた。

 

『洞木さん、答えてよ……今日アスカと加持さんがあそこへ行く事、知ってた、の?』

 

碇君の衝動が、怖かった。 でも、私は答えた。

 

『受け入れて貰えたらそういう事をするつもりで……加持さんとデートする予定だだって言う事だけは、知ってたわ』

 

シンジ君の気持ちは、そこで、切れた。

ぷっつりと。

 

私に抱きつきながら、彼は、泣いた。
小声で『僕の気持ちを裏切ったんだ……!』と言っていた気がする。

 

びしょびしょになった服の胸が、涙だけでほんのり温かくなるまで。

 

私といえば。

 

ここまで想われてるアスカに対する妬みとか、これを利用すれば、とかは全く浮かばなかった。

 

母性、なのかしら?
少しだけ、体を彼から離すと。

 

すとん、と服を脱いで。

 

『アスカの代わりでもいいよ……シンジ君の事、本当に好きだから』って言った。

 

結婚するまでは、まずやらないと思っていた行為。
それも、私のことを好きになってくれない人との初体験。

以前なら、不潔と思ったことなのに。 私が好きな人とするからだろうか。
そんな気持ちは、頭の片隅にも浮かばなかった。

 

下着を破くように(事実パンティーは破けた)、彼は自分の『負』をたたきつけて来た。
悔しさを、アスカに出来なかった事を私にすべて、ぶつけるように。

苦笑半分でくす、と笑ったのは……それでも彼はちゃんと私をベッドに連れて行ってくれたこと。

 

変な言い方かもしれないけど、このときの私は油断していた。 人には『一芸に秀でた』人がいる事を。

そして、碇君の『一芸』がその分野だった事を、私は体で思い知り……忘れられなくなって、しまったの。

 

◆ ◆ ◆
 
 

大学生時代、アタシはしばしば『姫』に喩えられていた。

アタシに対するドイツ支部職員(大抵は加持さんだった)が迎えに来る、というスタイルが高飛車なアタシの態度と相まって、そう呼ばれるようになっていたらしい。

 

そんなアタシに対する女子大生達のからかいと言えば、アタシ自身がよく口癖として言っていたセリフ、「大人として扱ってよ」を利用した『大人の体験』が主だった。
健康に明らかな害がある酒やタバコにする訳にはいかなかったから、大抵がポルノ写真やAVの鑑賞会。

それも意図的に鞭などを使ったりするSMの類……それに確か、『キッコー』とか言うのを代表とした『縛り』がメインの日本製AVとか、当時のアタシが想像出来なかったアナルだのスカトロだの……。

 

見せてる方はどう思ったかは知らないが、アタシ自身にとってはある意味ラッキーだった。
大人になる為に必要な(途中から加持さんの為に、に理由が切り替わってしまったが)情報を彼らがわざわざ用意してくれた上に、ジュースやお菓子片手に見る事が出来たのだから。

一つだけ成功したと言える仕返し……そういうことに対する『気持ち悪さ』は、すぐに慣れて消えてしまったしね。
毎日のように素っ裸になる日常を生きていたせいかもしれないけど。

 

だけど、唯一無かったのが。 『現物』を見せ付けられる事……。

 

 

◆ ◆ ◆
 

ヒカリの喉から出てくる、出し過ぎで擦れてしまった声にならない叫び……また、イッたみたい。
同じように、ファックになれだした彼女の手は、いつの間にか胸とクリットに伸びて恐る恐る、でもしっかりと刺激を伝えはじめてる。

 

シンジに自分が気持ちよくなるところを教えてるみたいに。

 

素直に教えを受けているシンジのほうも、アタシが見ているだけで2、3回はイッてる筈なのに。

 

『はぁ……』

 

アツイ息がアタシの半開きの口から漏れていく。

 

目の前にいるのは『獣』になりかけた男と女。

寝転がったシンジの左足をまたぎ、時折振り返って噛み付き合うような乱暴なキスをしつつ、シンジに背を向ける格好で彼女が座ってる。
二人が繋がってる所は粘液でどろどろで……。
シンジが好んで使う、淡い緑色のシーツが敷かれたベッドの上で、舌を絡ませあう音が響く。
そして、二人の体が動くたびにちらちらと見える赤黒く見える、小さいしみ。
シンジに付けられた、ヒカリの歯によって付けられたらしい傷。

 

あの時の映像にはなかった、二人分の汗とそれ以外が混じった匂いが、これが現実の行為なのだと伝えてくる。
何かがまた一つ、壊れていく事実を、教えていた。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 
 

シンジは目を瞑って必死になって遮二無二腰を突き上げ、ヒカリの中からくみ出されるように長時間擦れあったからなのか……少し腫れた二人の隙間から交じり合った体液が搾り出されていく。

 

そして、精液と愛液、何より二人の汗が交じり合った濃厚なニオイがどうしようも無くて。
それにあてられたのか……アタシも手を伸ばし、大胆にあそこをいじり始めていた。

シンジに抱かれている自分を想像しながら。 でも、気持ち良いとは、思えない。

 

何時か聞いたマリイの声が、痛さを引き連れて、アタシのココロに木霊する。

 

――素晴らしいまでの鈍感さですわ――

 

別に、アイツを予備にしたかった訳じゃないのに。
シンジが彼女にのり換えたとしても、それを責める立場に、アタシはいないのに。

 

何で、アタシの心は加持さんを失ったとき以上に、こんなにも、つらくて苦しいの?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「んんんんんんんぅーーー!」

いじる事に夢中になり始めていた耳に雷の音に混じってくぐもった叫び声がひびく。

 

はっとして見たアタシの前数メートル前で、あの子たちの運動は次の段階へと進み。
ベッドの上で膝立ちになったシンジの背中へ、両手両足を絡め、爪すら深々と立てながらてヒカリがしがみ付いているのが、見えた。

 

あんなにも潔癖だったヒカリが簡単に快楽に呑み込まれた理由はシンジしかないと思った。

 

『シンジと……シテみたいな……』

 

加持さんみたいに、カッコ良くなっているのかもしれないシンジの背中と、爪によってできた線。
彼女の踵がベッドのシーツを引っ掛けるように撫でていくのをぼーっと見ていた時。

 

視線を感じた。

 

振動の間隔がどんどん短くなって行くシンジの左肩からのぞく彼女の瞳は快楽にぼやけて、ハッキリとした視線も定まっていない。

でも、彼女は間違いなく、アタシを見ている……。

 

シンジはアタシに気付かずに階段を駆け上り、彼女もそれに引き摺られて絶頂を迎えたその時……。

 

『――――――――――――――――! ――――――――――――――――――っ!!』

 

肩に手を張り付けて、体をのけぞらせて、腰をシンジに押し付けながら……ヒカリの絶叫が響いた。
シンジは絶対判らない、まさに『アタシ』あての台詞だった。

 

膝立ちのシンジの股間から……純白の体液がしたたって……シーツにシミを作っていく……。

それを見ながら、アタシも一拍遅れのエクスタシーに酔っていた。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 

涙と汗まみれの肌を見られたくなくて……

 

「ありがと、洞木さん。 慰めてくれて……」
「ううん。 でも、忘れないで……私、今でもシンジ君の事が大好きなんだって事……それだけは」
「でも……」

 

ヒカリがこっちへ向かってくるのに気付いたアタシは自分の部屋に慌てて引っ込んだ。

 

「いいの。 抱かれたからって彼女にしてって強制する気は無いのよ。 それに……」

 

そう言いながら、ヒカリは情事の後の体を隠しもせずに襖を開けて。
向かいの部屋の襖越しにアタシが覗いているのを知ってて。

 

「さっき、イったとき叫んだでしょ? その通りにするの。 これからずっと」

 

甘く陶酔しきった表情でシンジにそう言って、彼女はお風呂場へ向かって行った。
残されたのは全くわからない、といった表情のシンジ。

 

……そう、彼女は確かに叫んだのだ。 彼女のママの国・フランスの言葉で。

 

『どんなに嫌われても私は貴方の元を離れない! もう私は貴方の『モノ』だからっ!!』

と。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 

次の日は、全てが針のむしろだった。


朝。
僕が起きたときには、もうアスカは家に居なくて、ミサトさんをしょげさせた。
自分と顔をあわせたくない――つまり、傷付けたのが自分なのだ――とミサとさんが勘違いしたのは、僕の罪悪感も刺激した。

 

学校では、もう僕とヒカリちゃんのことが『付き合いだした』という前提と一緒に知れ渡っていた。
トウジとケンスケが山彦を起こすように、僕にヒカリちゃんが告白した事を教えまくった所為だ。
その彼女は髪をお下げで纏めるのを止め、ストレートに髪をおろして来た。

 

そして……学校で待ち受けていたアスカは。 自分の席からじっと僕を見ている。

 

多分、アスカは僕とヒカリちゃんがシテいたのを聞いていたんだ。
加持さんに振られたばかりなのに。

 

でも、今朝会った彼女の、あの僕だけに向けられた笑顔を。

『おはよう、ヒカリちゃん』

昨日とは違う、たった一言で見せてくれた、あんなにも素敵な笑顔を。
僕の為に、僕だけにくれる絆、失いたくない宝物と、思ってしまう。

 

僕は、卑怯だ。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 

一時間以上続いたあのセックスの後、僕らはシャワーを浴び、お互いの服を乾かした。

 

彼女の家に連絡を入れて、お父さんにヒカリちゃんが僕達の家にいることを伝えた後、おなかがなって……苦笑しあって。
二人で作った簡単な食事をたべた直後。

 

空気とモーターの駆動音に合わせて響く、よろける足音とだらし無い声が。
ミサトさんの帰宅を伝えてくれた。

 

……ここに居てはいけないはずの人を引き連れて。

 

「たっだうまぁ!」
「すまん、シンジ君。 水を……? え、えっと、君は」
「洞木ヒカリです。 お会いしたのは確か、葛城さんの昇進パーティーの時ですね。
 今日は近くでシンジ君に出会ったんですけど、直後に降り出した夕立が酷かったので。 雨宿りさせてもらってました」
「はい、ミサトさん。 お水です」

 

僕は無性に腹が立った。 だって、加持さんはアスカを……。

 

「う、そんな怖い顔しないでくれよ、シンジ君。
 確かにアスカを完全に振ったのは、彼女を傷つけたのかもしれないが葛城のためにもケジメを……? どう、したんだい?」

 

『事実』の食い違いの酷さにぎょっとした。   ……こえが、でない。
しなければならない質問は、彼女がしてくれた。

 

「えっと、お二人が車に乗って西山の手に……」

「ああ、あれを見られたのか。 手を上げて停めてくれれば一緒に連れて行けたんだけどな。
 あそこの通りを抜けたところに最近、知り合いがイタリア料理のレストランを開いたんだよ。
 一度来てくれないか?って言われてたんでアスカをそこに連れて行ったん……シンジ君?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

内心の動揺を抑えようとしてたとき、利根川先生が長髪の女の子を連れてきた。

先生の話は、彼女が転校生だと教えてくれた。
マナの事を思い出して、少しだけ、胸が痛む。

 

「今日は綾波さんがお休みだそうです。
 それと、今日からこのクラスで皆さんと勉強する事になった『山岸マユミ』さんです。
 では山岸さん、ご挨拶を……」

 

「あ、あのっ、山岸マユミといいます。
 父の仕事の関係で第三新東京市に来ました。 ふっ、不束者ですがっ、よろしくお願いしますっ!」

 

普段使わない台詞が飛び出したせいで皆が大笑いするなか、僕は彼女と目が合った。
彼女の目がすがるように見えたからかな。

自然に「あがってるだけなんだから、みんなも笑わないであげようよ」と皆にいっていた。

返答はみんなの「おおー!」という感嘆に近い驚きの声だった。
なんで?

 

目の前の山岸さんは、顔を真っ赤に……でも、うれしそうだった。

ヒカリちゃんは、一寸だけ頬を膨らませてはいたけど……余裕の笑みは、変わらなかった。

アスカは……見れなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

一度、緊迫度か一気に増したのは昼食の時。

 

「はい、昨日の雨宿りのお礼」とヒカリちゃんが僕にお弁当箱を渡した直後、僕の机の上に出した二つのお弁当のうち、自分の弁当を意味する赤い包みの方をもぎ取るように取ったあと。

アスカは。

「来て」

の一言と共にヒカリちゃんを連れて行った。

 

その頃にはアスカの態度に皆が気づいていたらしい。
息が詰まるような数瞬の後、全員が安堵のため息をつく。

 

「惣流の機嫌、何でああも悪いんや?」
「理由は多分、アスカが加持さんと付き合えなくなったせいだと思う」

 

アスカの『理想の』大人の男性像であった加持さんの話はクラスメイトにも広がっていた。
一喜一憂する行動はアスカに憧れていた男子(勿論、僕も含まれていた)を消沈させていたし。

 

「何だ?『子供とは付き合えない』って言われたりして……振られてしまったとか?」
「そうなるのかな……ミサトさんと改めて付き合う事になったって」

 

今度は二人が切れた。

 

 

◆ ◆ ◆
 
 
 

ボロが出てしまいそうな気がしてあわてて逃げた僕は、図書室の前で途方にくれる山岸さんに出会った。

今日の分のお昼が無くて、暇になった時間を図書館で時間をつぶすつもりだった彼女は両手をぶんぶん振って拒否されたけど。

『おなかが鳴ったら、一寸恥ずかしいと思うから。 ね?』と差し出した僕の分のお弁当を恥ずかしそうに、でも美味しそうに食べてくれた。

 

彼女自身の事についても幾つか教えてくれた。
国連関係の仕事をしているお父さんに連れられて、頻繁に引越しをしていること。

人付き合いがどちらかというと苦手で、本を読む事が好きな事。
さっきの僕の一言に感謝している事など。

僕が「大した事をした覚えは無いんだけど……」と言うと、見惚れてしまうようなきれいな微笑で「私はとても感謝してる事なんですよ?」と返された。

 

彼女の眼鏡にぼけっと惚けたように山岸さんを見ている僕が写っている。
図書室から出る為に扉を開いていた筈の僕は、彼女の瞳をただ、覗き込んでいた。
山岸さんの顔の赤みが全身に広がっていくのが判ってるのに。
彼女が困ってるのを助けたばかりなのに。
今は、僕が。

 

「アンタ達、なに見詰め合っているのよ?」

 

じっとお互いの顔を見合わせている事に真っ赤になった山岸さんが顔をそらしてくれたお陰で、お互いに顔を離せた。

 

「あ、アスカ……!」
「御免なさいね? コイツは午後はアタシと仕事があって早引けするの」

 

首根っこを掴まれるように、僕は彼女から離れる事になった。
その時の彼女が見せた寂しそうな瞳が、しっかりと焼きついてしまっている。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

校舎から五分ほど離れたところに、半ばチルドレン専用になっている直通ゲート・S001番がある。
大抵は学校が終わった後、三人一斉に移動する時か、下で待機している二人のどちらかと交代する為に一人で行く事が多かった。

そんな僕にとって、アスカと二人でここを使うのは久しぶりだ。

 

(アスカが使うのは洞木さんの家まで一緒に帰った後、彼女の家のすぐ近くにあるG519番が多い)

 

いつもは自分の気持ちをありのまま、セーブせずに喋り続けるアスカが沈黙しているのは。

二重の意味で、とても、辛い。

 

昨日、アスカを誤解して、自分の暗い気持ちを彼女にぶつけた。
壊れた初恋を吹っ切ろうとした筈なのに、あの瞬間はヒカリちゃんがいとおしく感じられたのに。

 

ヒカリちゃんを抱いた今の僕は……目の前のアスカが『女』に見えて仕方がなかった。

 

無言なのは思いっきり怒ってるから、だから、怖いとおもってるのに。
正反対の視点からアスカを見始めている僕自身が、怖い。

今までごく当たり前のように……見ていた首筋やエリから少し見える鎖骨の窪み。
彼女専用のヘッドセット・クリップで留められたお陰でよく見える髪の毛の生え際……。

 

何を考えてるんだ、僕は?!

 

「……シンジ……」
「はいっ!!」

 

一瞬、僕がアスカの事をそんな目で見ていた事を怒っていると思っていた……。
けど、アスカは僕のほうをまったく見ていない。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

彼女の手はエレベーターの停止キーに触れて、その動きを

「アタシね、加持さんに振られちゃった」
「うん。 加持さんが昨日ミサトさんを家に送ってきたとき、言ってた。 『知っておいてくれ』って。 『アスカを支えてやってくれ』って。 でも」
「ヒカリを抱いた今じゃ、アタシの支えになれない、って思ってるの?」

止めた。

 

「あ……!」

 

やっぱりアスカは僕の方を向いてくれない。
でも、鏡のようなエレベータのドアには真っ赤な、怒っているとも、期待しているようにも取れる顔が映ってる。

 

「加持さんは、ママが死んだその日にアタシの護衛担当になったの。
 最初はうっとうしかった。 だって、何時でもアタシのこころの中に入って来ようとしたの」

でも、と彼女は一度切る。

「何時でもアタシがいや、といった時は直ぐに手を引っ込めてくれた。 大人って言うか、対等の存在として扱ってくれたの。
 アタシを大事にしてくれている事が判った時、それに気が付いた時には遅かったのかもしれない。
 どんどん好きになっていったから。 加持さんさえいればそれで良い、って思っていられたから。

 でも、昨日言われちゃった。 『アスカが加持リョウジに感じているのは愛情じゃない』って。

 『アスカの俺に対する気持ちは父親に対するものと一緒だ。それに……』

 呆然としていたアタシはその後に何を言われたのか覚えてないの。 でも、何かにあたりたかった。 思いっきり。

 帰って、シンジにあたって、失恋を忘れようとしていたのに。
 びしょ濡れになって、気持ち悪かったからお風呂に入って。
 涙でぐちゃぐちゃになった顔をきれいにしてからシンジに当ろう、と思って部屋に入ろうとしたとき。
 雷雨にまぎれてシンジ達の声が聞こえたのよ」

 

アスカの体が僕のほうに向く。
そのまま僕にしな垂れかかり、舌で僕の喉を舐め始めてきた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

「うわ!?」

アスカ、下着を着けてない! そう気付いたとたん、一気に熱が体中に広がっていく。

その熱は今の僕の体を外側も内側もからからに乾かし、張り詰めた顔の血管で鼓動がわかる気がするくらいだ。
……視線の先に気が付いたアスカは、微妙に胸の谷間が強調されるようにしながら呟いた。

 

「昼、ヒカリに聞いたわ。 シンジってアタシの事、ずっと好きだって。
 アタシ達がデートしているのを勘違いして、アタシに悔しさをぶつけて来た、って。

 昨日彼に抱かれた事で、アタシに追い付いたかもしれないけど。
 『まだシンジの一番は私ではなくアスカだと思う』って……。 幸せそうだった」

「幸せそう、だった?!」

 

確かに僕は昨日、ヒカリちゃんを抱いた。
アスカと加持さんに裏切られたと思った僕は、『いいよ』と言ってくれた彼女にすべてを叩きつけた。

僕も初めてだったし、余裕なんて無くて。 そんな中、ハジメテの出血をみた時。

彼女に僕との初体験が最悪だった、と思ってほしく無かったから。
二回目からは、彼女自身を求める欲望を抑えて出来る限りの努力をした。

次第に根付き、成長していく彼女への愛おしさを自覚しながら。

 

それに、次第に痛さを感じなくなったらしい彼女も答えてくれた。
小さく、時には大きく。 僕を受け止めて、悦楽の声を上げてくれた。

僕は彼女を思うさま汚した。
お互いにしがみ付き、爪や歯を立てて、何度もむさぼりあった。
血が滲んでいる引っかき傷だらけの背中を見ながらしゃぶって貰った。
ついさっきまで、自分のお尻の穴に入っていた僕のおちんちんも。

僕の――飲み込むつもりだったらしいけど、それが出来ずに吐いた――精液が。
それを拭いもせず、勲章みたいに誇らしく胸に、顔に付けたまま。

『大好きだよ』と何回も言ってくれた。

 

僕だって同じ……とても口では表現できない想いを感じているのに。

 

でも、一晩過ぎて、冷静になった彼女は。 僕がまだアスカが一番好きだと思っている。
そして、僕自身……まだアスカの事を好きだと思っていた。
でも、あの気持ちは捨てたくない。

 

どちらかを選べ、と言われたら……両方欲しい、と言ってしまいそうな自分が居る事に気付く。

 

アスカが僕をどう思っているのかも判らないのに。

 

最低だよ、僕って。

 

そんな僕の気持ちを知ってか知らずか。 アスカは僕の喉にいくつも紫の花を咲かせてる。


「ヒカリ、髪を下ろしてたでしょ。 アレって、シンジのせいなんだよ?
 うなじにね、紅いのがしっかりと残ってた。 昨日シンジがつけたキスマーク。
 ウットリとしながらそれに触ってた。 『私が彼のモノである事の証』だって」

 

首筋を見た僕は目が点になった。
想像よりもアスカの付けたキスマークはハッキリと付きすぎている。

 

「わ!!」

 

昨日彼女に散々付けた僕が言う話じゃないけど、それでもこれは!

 

「あ、アスカ止めてよ! これじゃ誰にでも見えちゃうじゃないか!!」
「そうよ? だってヒカリはともかくアタシはシンジを誰にも渡す気は無いし、この先あの子に貸す気も無いもの」

 

愕然とする僕の反応に、にやりと笑うアスカ。

 

「ママの事、話して無かったわね。 アタシの本当のママはパパに浮気をされたの。
 それだけでママは弱くなった。

 成功例がまだ無かったEvaのシンクロ実験に参加したわ、皆が止めてくれたのに。
 ただただ、パパの関心を引くためにね。 代償は実験の失敗による精神汚染……そして発狂。

 判る? アタシはアンタが欲しい。 でも、アタシは愛なんか信じていないの。
 だって、永遠の愛を誓ったはずのパパはママを捨てた」

 

違う、と言いたかったのに口から声が出ない。

 

「ヒカリ、こう言ってたわ。

 『昨日ね、うちに帰る直前に賭けを自分でしたの。 シンジ君にお願いしたの。

 「もし、これからの私を『恋人候補』として見てくれるのなら……。
   私の事、昨日までより少しでも好きになってくれたのなら、明日から『洞木さん』じゃなくてアスカの様に呼び捨てで……せめて『ヒカリちゃん』って呼んで」って。

 もし今朝、会った時に洞木さんって呼ばれたら一発引っ叩いて恋を終わりにしてた。
 でも、ちゃんと彼は「ヒカリちゃん」って呼んでくれた。
 だからね、もう良いの。 彼の恋人になれなくても。 彼のそばにいられれば。

 だって、最初からそんな恋だって知ってたもの。 それにね……それでもいいって理由、我慢できる理由、見つけたんだよ、私』って」

 

 

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From:ハーレムエロ探求スレッド