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 突然背中を向けて走り出した君に、驚き戸惑いながらも、警官は制止の言葉をかける。

「お、おい君! 待ちなさい!」
「ひぃぃぃ!」
「待て!」
「待てと言われて待つ馬鹿いるか!」

 正論ではあるが、その言葉は警官の心に火をつけた。還暦を迎え、すっかり枯れてしまったはずの彼の心が、文字通り火を灯した松明のように燃えさかる。彼は先の第三次世界大戦を生き抜いた古強者だ。その好々爺とした姿と裏腹に、彼は紛れることもない戦士だった。

 よく吼えた! なめるなよ若造!

 瞳が燃える。筋肉が震える。20代の情熱が一瞬よみがえる!
 今彼の目に映っているのは君ではない、無様に背中を向けて逃げる獲物だ。


「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 脅しに決まっている。
 君はそう決めつけ、よりいっそう足の回転を早めた。
 ちらりと肩越しに振り返ると、警官は片膝をつき電気ひげ剃りにも似た小さな機械を君の方に向けている。それが最初何かはすぐにわからなかったが、バスッと響く炸裂音とそれに続く肉に食い込む金属の痛みがその正体を君に伝えた。

 発射型電撃銃!

 拳銃に替わる警官が携帯する護身用具。最大射程30m、極細ワイヤーに繋がれたバイトを発射し、離れた相手を簡単に無力化させる。拳銃以上に容易に使用でき、対象を確保できる。
 学生時代、そう言うものがあると言うことを雑誌から聞き知っていたが、まさか警官が所持しているとまでは思わなかった。

 そしてつま先から脳天まで貫く強烈なショックに体を硬直、痙攣させて君は熱く焼けた道路に倒れ伏した。しかし、君はその熱を感じない。熱いと感じる間もなく、君の意識は半ば朦朧とした状態になっていたからだ。

 君は失敗した。

 次からは注意深く文章を読むようにしよう。





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