〜 目撃DQN、深山町夏祭り事情編 〜



「……凄いわね、セイバー」
「……はい。とても……信じられません」

肩を寄せ合って茂みに潜む少女たちの囁きは、眼前で繰り広げられる痴宴への驚きに満ちていた。

「花火の後も祭りは続くのよって、本当にサクラが言ってた通りなのね。だからこのユカタ、日本のファスナハト―― カーニバルの正装の下には、何にも着けない決まりなんだって」

傍から見れば妹ほどの背丈に可愛らしく浴衣を着込んだイリヤが、やはり日本伝統の夜祭り正装を整えたセイバーに、自分の襟元を摘んでみせる。
言葉の通り、浴衣の下にはなにも着けていないのだろう。ぴらと捲れた隙間からは、まだまだ薄べったい童女わらしめの胸が覗く。

「はしたないですよ、イリヤスフィール」

小声で窘めて、それにしてもと、

「彼らは……あれで人目を忍んでいるつもりなのでしょうか。こう……大勢でと言うのか、その、何組も同じ場所に集まっていては……」
「うわ、ずいぶん頑張ってるけど……ああやって嬉し啼きさせてても、それが自分の彼女の声なんだか、隣の誰かさん達の声なんだか分かったものじゃないわね」
「これも察しと思いやり、見て見ぬふりというものなのでしょうか。それにしても、なんと大胆な……」

返した言葉は自分でも驚くほどに掠れた、頼りないものだったが、セイバーにはその常であれば猛省必至の醜態を恥じる余裕がなかった。
それよりもずっと不恰好ではと落ち着かないのが、しきりに覚える乾きに繰り返し生唾を飲み込まずにはいられない、己が喉の有様だ。
これを幼いイリヤに悟られるのだけは避けたいと思いつつも、だ。
マスターの用意してくれるご馳走を前にして、これで同じ食卓を囲む中でも最も優雅にナイフとフォークを扱ってみせる彼女に無作法をからかわれるくらい―― 恥ずかしいことだと思えているのだけれども、それでも。
―― ゴクッ』と、また喉が鳴るのである。

(……私は飢えてなどいない)

念ずるように胸の裡で繰り返すと何故か、そこに浮かんだのは桜の顔だった。
全ての騎士の理想の姫君であるかの淑やかさ、士郎への控えめな仕え方とは打って変わり、夜ともなれば見せるその積極さはセイバーをすらしばしば気押し、圧倒するほどだ。
ただ呑まれてしまっているばかりの彼女を、競争相手でありながらの余裕をみせて、導くようにさえ振舞う。
常に女としてはコンプレックスを、醜い妬心を抱かされる心の裡。それを見透かしているかでもあるのに、しかし何もかもを許容して頷いてくれる彼女の気配を、不意に身近に錯覚する。

―― セイバー?」
「……いいえ、なんでもありません」

訝しげに見上げているのは、気の迷いでもなければ見紛うはずのない小柄の彼女でしかない。
なにを馬鹿なと首を振って、セイバーは取り繕った。

「それに、私の時代でも宴の後ともなれば騎士達は皆気に入った侍女たちを捕まえて、勝手にどこかへ消えていたものです。寝室の壁代わりにする緑も少ないこの時代ともなれば、多少は……その、お互い譲り合うしかないというのも」

『理解できます』と、どうにか頬を熱くしつつも言ってみせたセイバーだった。

「顔が真っ赤よ、セイバー」
「……イリヤスフィール、そういうあなたこそ」

なんとなく会話が続かなくなった二人の耳には、余計に一夜の情熱をぶつけ合う男と女達の嬌声が響く。
他者の目があろうとも、とばかり大胆に浴衣の裾を割り、袂も肌蹴たむき出しの乳房。露な太腿が、いくつも白く暗がりに蠢いている。
男の手を誘い、その腰をしっかりと捉まえて、共に交情の歓喜を踊り狂っているのだ。
確かめるべきものは見届けたと頷きあったセイバーとイリヤは、そろそろと茂みから後退ると、熱気のこもるその場を後にした。

―― かと言って、である。
昼の商店街の延長線上にある賑やかさが満たす境内に、暗がりの淫猥な空気を吸ったそのままで戻る気にもなれなかった二人の足は、自然と境内の反対を行くように、かつては見事な庭園と池の広がっていた裏手へと向かっていた。
頬の火照りに夜風が心地よい。しかし得体の知れぬ胸の高鳴りはまだ収まりそうにもない。その程度の距離を、交わす言葉も無く歩く。
本当の意味で人目が無くなり、近くには虫の鳴き声しか聞こえなくなった頃合早々――、

「やあ、お姫様がた」

と、いきなり陽気に掛けられた声は、きっと見計らっていたに違いない。
振り返れば、そこに並び立っていたのは慎二と桜の、間桐の兄妹ふたり。
兄の手は、名前と同じ桜色で仕立てられた妹の浴衣の腰に。エスコートしているにしても、少しばかり過ぎた親密さで回されている。

「桜……。それにシンジ、あなたも来ていたのですか」
「まあね。衛宮のやつは今年も藤村の手伝いで忙しくしてるんだろう? 少しばかりは売り上げに協力してやっても良いかなと思ってさ」

友人付き合いを口にしながらも口調は皮肉げだ。
その間にも、慎二の手は妹を更に抱き寄せ腰から尻へと。むっちりとした尻朶を撫ぜ回すいやらしい動きは、兄妹の親愛を越えているとしか映らない。
不躾だとは思っても、さすがに気になった。

(義理のとはいえ、兄妹の間柄でなんと破廉恥な……)

あからさまな視線をイリヤと二人で寄せてしまったが、慎二も桜も気にした様子は無い。
酔っているのだろうかと、実に上機嫌そうな兄妹にセイバーは考えた。
祝いの宴で酒精を帯びたともなれば、セイバーの騎士たちも随分と常識外れの振る舞いを見せたものだ。

(酒の上でのことならば、目くじらを立てる方が無粋、でしたか)

当て推量でしかないが、納得したことにしかけていたセイバーに、にやり、

―― それに、桜の話を聞いていると、滅多に拝めないようなものも楽しめるかと思ってね。……可愛かったぜ?」

まるっきり西洋人の顔立ちでいながら、それぞれ見事に日本式の夏の装いを着こなしてしまっている二人を見やって、上から下までためつすがめつ。慎二が褒めてみせた。
上品な藍染めにポップな色遣いで若向けの柄が入ったセイバーのと、明るい藤色地へ桜、朝顔と花々を染め抜いたイリヤの浴衣。
しかし、慎二の目が愛でたのは装いそのものではない。

「そこの茂みから美味しそうなお尻がふりふり、二つ突き出てると思ったらさ」
「……な!」
「良いって良いって、日本文化のお勉強に忙しかったんだろう? 邪魔しても悪いかな〜って、声を掛けるのは控えてたんだけど。いや、二人とも良いかたちのお尻してるじゃない」

薄い浴衣地の下には、それぞれ下着の一枚も履いていない。
突き出す格好になっていたあの姿勢では、ぴったりとした水着を着ているのとも同様に、背後からはセイバーとイリヤのヒップラインが楽しめたことだろう。

「ちょっと、黙ってレディーのお尻を眺めてるなんて、失礼すぎるんじゃない? サクラのお兄さんだからってシロウは言ってるけど、事と次第じゃ、今度こそマキリの蟲らしく捻り潰してあげるんだから」
「ああ、そう? それじゃ黙ってじゃなしに、宜しく言ってからなら一手お手合わせでも願えたのかな?」
「はぁっ!?」
「シンジ……!?」

今夜の間桐慎二は、妙に余裕たっぷりだった。

「アインツベルンのお姫様も、剣士のサーヴァントに負けず勉強熱心で、夜の鍛錬にも積極的だって聞いてるよ?」

くいと、男物の浴衣で腰を突き出してみせる。
妹の胸元を割って、じかに膨らみを揉みこねていた慎二の下半身には、ごく自然な牡の反応が小山の盛り上がりを為していた。
この年頃の男子としては誇って良い持ち物なのか。もう少し大胆に動けば乱れた裾から顔を覗かせてしまいそうなそれは、はっと息を飲むイリヤなどにとっては正に目の毒だ。
『ひゃあ』とも『うわぁ』とも付かぬ声を立てた少女は、声も無くちらちら交互に、慎二の屹立ともてあそばれ続けている桜の乳首の、それぞれ浴衣地に浮かび上がったシルエットを見やっている。

「――シンジ、私達を愚弄するつもりですか」
「違うって、褒めてるんだよ。……なぁ?」
「え、ええ……」

同意を求める兄に、執拗な指責めでしどけなく肌を火照らせていた桜は、一も二もない従順な頷きで応えた。
見るからに幼い外見をしたイリヤの視線が、いやらしく尖らせてしまった胸の先の弄くられ方に集まっているのに、『はぁっ』と感に堪えない息を吐いて、

「セイバーさんもイリヤちゃんも、とっても素敵ですよ。……浴衣、着て来たんですね」

小首を傾けた桜の目が真っ直ぐセイバーを貫く。
言わずもがなのことを確認することで、暗に答えて欲しい内容を告げる。その桜のいつもの仕草。
浴衣を着て祭りに出向く意味は教えたでしょうと、兄と一緒になってセイバーを見透かす。
勿論、教えた内容をそのまま士郎に確認したらば仰天するしかありえない、歪んだ意味を教えたのだが。それはおくびにも出さない。
セイバーは無論、イリヤも決まり悪そうに目を泳がせてから、観念したように黙って首を縦に振ってみせた。

「こんなしみったれた寺でやる程度のにしても、一応は日本の祭りだからさ。ま、せいぜい楽しまないと損じゃないの?」
「お二人ともとってもお似合いですよ。きっと……ふふふ、誰を誘っても喜んでお相手してもらえますよ」
「興味があるんだって? ジャパニーズ・トラディショナル・シバリってやつにさ。こればっかりは本職さんじゃないとねぇ……」

ほらと、慎二が妹の浴衣を大きく肌蹴てみせる。
きゃあと悲鳴をあげて真っ赤になった桜の胸には、たわわな膨らみを縊りだす形で上下に二条、きつくロープが巻かれていた。

「ああん……」
「恥ずかしがるなよ、二人のお手本になるんだろう?」

さらに肩まで露わにさせて。つるりと果実の皮を剥くが如く、バスト85センチの重たげな揺すぶりが、兄の手の中で披露される。
ブラジャーの代わりに素肌へ食い込むロープが引っ張られると、コリコリにしこり立った乳首を頂にはちきけんばかりで張り出した乳房が、それだけで、

「あはっ、あっ、あん……。兄さん……」

明らかに羞恥の他に加えられた理由でと分かる、悩ましい身悶えを。比べればずっと初心な二人の前へ、晒してしまう。
驚きの貌も揃って可憐。カッとますます体温を上げて、イリヤは目を丸く見開き、

(ああっ、桜。あなたはまた、そんな……昨晩のシロウの寝床と同じような声を、こんな場所で……)

セイバーは腰の奥にキュンと疼く、切ない落ちつかなさを覚えていた。

「……ほら、僕なんかだとそこらの適当な紐見繕ってきて縛ってやる程度だし、亀甲縛りぐらいしか凝った形は作れないんだけどさ」

キッコウ、と言ったところで付け足して、

「つまり、あやとりみたいな、テクが要るって例えだよ」
「……わ、分かります」
「う、うん。アヤトリなら、タイガがリン相手に難しい顔してやってたし……。その、キンバクってやつも、本は見たわ」

お手本の写真は綺麗だったでしょうと尋ねる桜は、その綺麗な形で肌を飾ってもらえるのだとイリヤに囁いた。

「今日は、藤村先生のお家の関係で普段は滅多に会えないような職人さんたちも来てらっしゃいますから、探せば会えるかもしれませんよ? 上手に縛ってくれる方に」

こんな日でなければチャンスの無いお洒落ってやつだと、慎二が妹の後をとった。

「二人とも綺麗な浴衣姿じゃないか。衛宮には勿体ないぐらい似合ってるね」

セイバーの雪駄を履いた足元から、いつもよりも少し念入りに時間を掛けて金の髪を編み上げた頭の天辺まで、とっくりと眺めて。
慎二の欲情にぬかるんだ目は、藍色の浴衣に包んだその下の肢体を品定めするかのようでもあり、素直に賛嘆するかのようにも細められて、うんうんと頷く。

「外を和風で着飾ったんならさ、そいつの内側もこんな夏祭りに合わせた日本伝統のワザってやつで、綺麗に飾ってもらえよ。これだけ見目麗しい美少女お二人さんなんだから、嫌なんて言うやつはいないって」
「中には朱色とか、綺麗な色の付いた紐で飾ってもらうやり方もあるんです。良い人に縛ってもらえたら、お土産代わりに私にも見せにきてくださいね」

にこりと微笑んだ桜は、そして兄と縺れるようにして木陰へと消えていった。
いよいよ頬に宿った熱を鎮められそうもなくなった二人は、顔を合わせることもできずに佇むと、どちらからともなく無言に促し合って、元来た道を引き返したのだった。



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From:型月系ダークエロについて語ろう
Remarks:
それぞれの浴衣姿は、コンプティーク誌05年8月号付録のFate/secret book表紙のものに準じています。