〜 英霊二騎、まさぐり乗車初体験 〜
腰の辺りに恐る恐る這わされたようであり、一方でただ触れてしまっているだけともとれる、その掌の感触。
罪の無い偶然の為せるものか、それとも明確な犯意をもった不埒者のしわざであるのか。
見極めきれず、気付いた少し前から眉根を顰めっ放しであったセイバーは、未だ下すべき処断をはっきりとさせられないでいた。
いま少し車内に余裕があれば即座に身を離し、他人同士に相応しい間合いをもって穏便に済ませも出来たろうが、ラッシュアワーのバスにでは望むべくも無い。
なにしろこう、隣り合う誰かの足どころか自分の足さえともすれば踏み付けてしまいかねない混み様であるだけに。
むっとする人いきれから背けるように、俯いて小さくため息を吐いた彼女は、まさにそのタイミングで目の前に取り出された鈍い光に目を剥いた。
(な、ライダー……!?)
五寸釘よりなお太い、釘そのものの凶器を、女の手がまさに振り上げようとしている。
見慣れた釘剣。握るのは、何の気まぐれか共に街にとセイバーを誘い出したメデューサの英霊たる彼女でしかありえない。
「よしなさい! こんな人前で、あなたは――!」
小声でも鋭く、嗜めると同時に素早くその手を抑え付ける。
「そんなものを持ち出して、あなたのバカ力で揮えばどんな騒ぎになると思っているのです」
何事ですかと問い詰めようとしたセイバーに、彼女同様、窮屈な身をバスに揺られるライダーがぼそり、『……なのです』と、聞き取れぬ返事を寄越した。
向かい合う長身を見上げて、セイバーははじめて気付いた。魔眼封じのレンズ越しに、宝石の瞳孔を持つ目がかすかに赤い。
泣いているのですか……? まさか、と。
蛇怪の彼女の予想外の表情は、セイバーをひどく戸惑わせるものだ。
「……チカン、らしいのです」
「は……?」
再び、普段のライダーからは思いも付かぬ小声が繰り返されたが、衛宮の屋敷でも反りの合わぬ仲を通す彼女に、そんな涙目を見せられた驚きは大きかった。
「チカン」とはと、聴いた音に咄嗟に「痴漢」の二文字を当てられずにいたセイバーが、その意味を混乱から拾い上げることが出来たのは、自身の尻に宛がわれた手付きが始めた厭らしいまさぐりによってであったのだ。
先ほどまでとは違い、あまりに突然に大胆さを見せた手は、いきなりセイバーのスカートをくぐってきていた。
ショーツ一枚が薄く保護する双臀に直に手の平を押し当てられ、背筋を怖気が駆け抜ける。
「なにを……!」
ぎょっと振り返ろうとするが、小柄な身が四方の乗客に埋もれる格好になっている有様では、その張り付いた手を確認することすらままならない。
ええいと、目付きに険が。たちまちにして感覚は戦場のそれにスイッチしていた。
思わず力を籠めた両肘が、周囲ごと不埒者を吹き飛ばそうと――そこで、『待ちなさい』と。
「……セイバー。あなたこそ、あなたこそこんな所で、無分別に暴れだすつもりではないでしょうね?」
一瞬の躊躇に被せて、ふるふると引き攣ったかの如くで口の端を吊り上げるライダーが、先刻のやり取りをなぞる形で言って寄越す。
同時に怒りを漲らせていた腕を、がっしりと押さえ付けられた。
「放しなさい、ライダー!」
「……そうはいきません。あなたほど頭に血の上りやすい猪武者を好きにさせるなど……こう鮨詰めにされていては、あっと言う間にそこら中が挽肉の山です」
「言われずとも、私は最初から冷静です! 不心得者一人思い知らせてやるだけで、周りに要らぬ迷惑なぞ掛けません。……ああっ、いいから早く、早くこの手を放しなさい!」
セイバーの尻を撫で回す手は更に傍若無人ぶりを増していた。
丸みを帯びた桃肉をさわさわと弄ぶばかりか、その谷間から足の付け根へも触手を伸ばそうとしている。
もじもじとみっとも無く両腿を擦り合わせて防ごうとしていても、いよいよ危うい場所へとその指が這い進んでくるのは時間の問題でしかないと、焦りが募るばかり。
「ら、ライダー!」
「聞けません。サクラに怒られますし、士郎に申し訳が立ちませんから」
『……それに』と、押し殺した低い声に、どこかヤケクソになったかの響きが聞こえたのは果たして気のせいか。
「私に我慢しろと邪魔をしてきたのはあなたでしょう。あなたも一緒に……ええ、我慢すれば良いんです」
くつくつと、地の底から湧き出すような含み笑いを交えながら、ライダーが続けた。
人が恥を忍んで助けを求めても無視していたくせに。
いよいよ我慢出来なくなったところで、仕置きをくれようとしたのを邪魔したくせに。
「――人にこんな……耐え難い屈辱に忍耐を強いておいて、我が身となれば……っッ、話は別、ですか」
許せませんねと、恨みがましく。
言い募る下の息は、熱っぽく千々に乱れた様子で、
「ンぅ、ぅぅ……ゥ。はうううッ! 指が、太っ……ああっ、そんな、まだ……増やすつもりですか……」
次第にぐったりとセイバーに胸をもたせ掛けてくるライダーには、瘧に似た震えが取り付いていた。
「ら、ライダー……?」
何事なのかと問おうとする喉が渇いて、詰まる。
異常の理由を訊こうとした姿勢は、自分も騙せない偽りでしかなかった。
なぜならば、セイバーが視線を少し下に向けるだけで気付くことが出来るライダーの下半身には、いつの間にかジーンズを膝近くまでずり落とされた素足が露となっていたのだし。彼女の美しい長髪と同じ色の恥毛が透けるまでに濡れそぼった下着からは、耳を塞がんばかりの恥ずかしい湿り音が奏でられていたのだから。
「あ、ああ……ああっ……。セイバー、分かりますか、セイバー……ぁ、ああ……」
がくがくと崩れ折れそうな両肢の隙間に、痴漢の手の動きが見える。
ライダーの、ふんだんにレースを使ったいかにも高価な下着を台無しにする勢いで、その薄布の下に指をグチャグチャと沈めてしまっているあの動きが、彼女にどれだけ居た堪れない気分を味わせているものか。
「ら、ライダー、お願いですから……この手を……」
後ろからずっ、ずっと股を割って忍び込んでくる手指の感触に慄くセイバーにも、すぐに答えは与えられるのだと、もうとっくに分かっていた。
From:型月系ダークエロについて語ろう