雪〜Snow Loving〜

長月ユキ様からいただきました年賀SSです。





雪〜Snow Loving〜


 その日、サントハイムは前日の深夜から降り続いている大雪の影響で、外壁やルーフを白色に染めていた。それを窓辺で見つめていたアリーナは、冷えきった指先を擦り合わせながら真っ白い息を吐き出す。

 いくら城内とはいえ、陽が昇ったばかりの早朝。しかも、広い部屋には彼女ひとり。体だけではなく、心まで冷たく凍らせてしまったような錯覚に陥り、アリーナは再び吐息を漏らした。
 とその時であった。背後の扉が三回、軽い音でノックされた。今まで暗い表情で窓の外を見つめていたアリーナだったが、その音で一変。なんとも愛らしくて柔らかい、天使のような笑みが浮かんだのだ。

「待って! 今、開けるから!」

 元気いっぱい、大きな声でノックの音にそう声をかけた彼女は、寒さも忘れて扉に近付いてみる。そして、外側にいるはずの人物さえも確認することなく、扉を開けた。

 そこにいたのは、同じく柔らかい笑みを湛えているクリフトだった。彼の手には、わた雪のような真っ白なファー付きのコートが握られている。

「失礼致します。お待たせして申し訳ありませんでした」
「ううん! そんなことないよ。来てくれてありがとう!」

 くすっと小さな声を出して笑ったアリーナは、そのままクリフトの体に飛び込むように抱きついた。その反動で彼が手にしていたコートが床に落ちたが、拾うことも忘れて彼女の背中を大きな手で包み込む。その仕草は、恋人にするそれ以外考えられないような、優しく、暖かいものであった。

「姫さま、ここでは人目があります。どうか、今はお許しください」

 うっすらと赤くなった頬を、愛しい女性の、橙がかった柔らかい髪に押しつけて、クリフトは囁きかける。だが、当のアリーナは何度か首を横に振るだけで、腕を離そうとはしない。
 クリフトは仕方がないと言った風に彼女の耳元へ唇を寄せると、その体を自身に引き寄せた。女性特有の柔らかい肌の温もりを感じることが出来て、クリフトはほっとため息をついてみせる。

「今日の姫さまは、ずいぶんと甘えん坊なのですね」
「だって、クリフトに逢いたかったんだもん。ずっと待ってたんだから……」
「ええ、分かっています。でも、せっかくのコートを下に落としたままでは、汚れてしまいますよ?」
「あ……」

 ようやく視線を床に落としたアリーナは、慌ててクリフトから腕を解いて、コートを拾い上げた。そして軽く埃を払い、袖を通す。それは恋人であるアリーナのためにクリフトが用意した、ささやかなプレゼントであった。

 プレゼントを貰ったと同時に、彼女はコートをクリフトに預かってくれるよう、懇願した。その理由は、彼の前でだけこのコートを纏っていたいという、アリーナの可愛らしい提案であったのだ。
 もちろん、クリフトがその提案を断るはずもなく、彼女と出かけたいと思うとコートを片手に部屋を訪ねるのだった。

「雪、降ってきたのよ? 知ってる?」

 コートを纏い、再びクリフトの腕に絡みつきながら、アリーナは後ろ手に部屋の扉を閉めて、彼と共に城内を歩き始めた。クリフトは視線を窓の方へ移すと、しんしんと降り続く雪に目を細める。

「綺麗ですね……。まるで、姫さまのようです」
「わたし……? どうして?」

 不思議そうにクリフトの顔を覗きこんだアリーナに、先程よりもっと目を細めて彼女の肩を抱き寄せた。その行為に一瞬驚いた様子を見せたアリーナであったが、すぐに体を寄せてふふっと笑って見せる。
 そんな愛らしい表情を浮かべ続けているアリーナに、クリフトは歩みを止め、外れてしまっているコートのボタンに指を絡ませた。

「柔らかそうな綿毛のような雪が、あなたの真底のようだと思ったのです」
「そ、そんなことない! クリフトの方がずっと優しいし、暖かいし……」

 そう言ったアリーナの唇にひとさし指を押し付けたクリフトは、そのままそっと唇を寄せた。
 今まで何度となく交わし合った唇であったが、今は寒さのせいか、いつにも増して暖かさが恋しくなってしまう。それを求めるかのように、指も、腕も絡め合った。

「愛しています、アリーナ様」

 唇が離れた瞬間、クリフトは呟くように、でもはっきりとした口調でそう言った。アリーナの頬は慣れない口付けと、愛しているの言葉に真っ赤になって俯く。だがクリフトはそれを許さず、彼女の体を引き寄せてきつく抱きしめた。

「今日はサランにでもお誘いしようと思ったのですが、中止しても構いませんか?」
「え……?」
「姫さまがいけないんですよ。あなたがあまりに愛らしいから……」

 そのままクリフトの唇は、アリーナの耳たぶに触れた。それが何を意味しているのか、アリーナには即座に理解できてしまい、緋色の瞳が潤んで細くなる。
 だが断ることなく、彼女は小さく頷いた。

 それに答える代わりに、クリフトは再び囁きかける。
 雪のように愛しいあなたを、これからも永遠に愛します、と─。

E N D
Snow Loving
長月ユキさまのお許しのもとに網之助が挿し絵っぽいものを描かせていただきました。 2004.1.16
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