完結編


「誰か、ペン持ってるか?」

 研究員たちに顔を向けて聞くと、中の一人が手渡してくれた。クルリと一度回してから、書類にサラサラと自分の名を書きつける。


 『所属レーサー ジャッキー・グーデリアン』

 グーデリアンがNの字まで書き入れるのを見届けると、ハイネルがわずかに安堵の息をはいた。署名を終えた書類をハイネルに手渡しながら、その耳元に耳打ちする。


「で?愛の告白はもう十分だけどさ、勝ったらキスさせてくれるって約束だったよな?いつ権利を主張させてくれんの?」


 周りには聞こえないように声はひそめていたのだが、ハイネルはそのセリフに見事に反応して真っ赤になった。
 だが、グーデリアンがにやにやと人が悪い笑みを浮かべているのに気がつくと、まだ顔を赤くしたままで胸をはる。


「約束は約束だからな。したければすればいい。・・・・ただし、今ここでならな。私はこれからチーム発足のため、この研究所で打ち上がった書類を持って日本にたたなければならないんだ。残念だったな」
「ここで!?」
「できるものならな。たしかに約束はしたが、時間と場所の指定はしていないはずだぞ」

 挑発するようなハイネルの表情は、言外に『できないだろう』と言っている。
 なんというか・・・あまりにもハイネルらしい言い草で、グーデリアンは思わず笑ってしまった。

「オレ、結局ハイネルにやられっぱなしってこと?」
「レース以外だとそういうことになるかな」

 すました顔でそんなことを言って、ハイネルも笑う。
 そんなハイネルに笑いかけて、グーデリアンは不穏なセリフを口にした。

「悪いけど、オレはやられっぱなしってのは性にあわないんだ」
「え?」




「!!」


 ハイネルの緑の瞳が大きく見開かれている。その瞬間、その場にいただれもが言葉を発することも忘れて立ち尽くした。


 グーデリアンのたくましい腕がハイネルを引き寄せ、唇をあわせている。
 ハイネルはしばらくの間驚愕から立ち直れないでいたが、グーデリアンの強い腕が腰に巻き付くと、長いまつげを伏せた。
 グーデリアンの腕がハイネルの頭に伸び、サラサラとした髪にさしいれられる。
 ためらいがちにハイネルの手もグーデリアンのシャツをつかんだ。
 グーデリアンが初めて触れるハイネルの唇は、暖かかった。
 ハイネルへの意趣返しに、ほんの少し触れ合わせるだけで離れようと思っていたのに、一度触れてしまえばもうダメだった。腕の中にいる相手が愛しくて、その存在を体中で確かめたくてたまらなくなってしまう。
 

 彼らは、きっと自分たち以外の存在が脳裏から消え去っているに違いない。いまこの瞬間、自分の前にいるのは愛しい相手だけであり、ほかには何もないのだ。


「はっっっハイネルさんっ!!」

 マックスはこの世の終わりとばかりに青ざめたが、そういう反応を示したのは何も彼だけではなかった。研究所員たちのほとんどが同じような表情をしている。
 どうやら、ハイネル坊ちゃんはひそかにアイドル的な存在だったらしい。
 同僚たちが悲しみにくれているのにも気づかず、ハイネルはグーデリアンの腕の中でうっとりとキスを受けていた。

「やるなぁ、グーデリアン」

 一人楽しげな加賀は、『カメラ持ってればよかったぜー』などと言って二人をひやかしていた。









「ホンットーーーにっ、その男といっしょに日本に行くんですか!?」

 マックスはさきほどからずっとグーデリアンをにらみつけていた。
 グーデリアンがステアリングを操るマシンの助手席に乗り込んだハイネルは、困ったようにうなづきを繰り返す。

 人前で熱烈な(しかも男と)ラブシーンをくりひろげてしまったことに、我にかえってから気づいてみてももう遅い。
 長いキスを終え、ハッとして通常の意識をとり戻したハイネルは、見事な平手をグーデリアンに放ったが、グーデリアンはにやにや笑っているだけで一向にこたえる様子がなく、かえって恥ずかしい思いをすることとなってしまった。ハイネルはそれからまるで言葉を話せなくなってしまったかのように、うつむきかげんでだまりこんでしまっているのだ。


「そーそ、悪いね。これからオレとハイネルはいっしょに日本に行って、おカタい重役連中を説き伏せてくるっていう重要任務を負ってるんだから、ジャマしないでくれるかな?」


 運転席から身を乗り出し、これみよがしにハイネルの肩に手を回しながらグーデリアンが言うと、マックスは心底くやしそうにこぶしを握った。
 だが、グーデリアンはハイネル自身が選んだ男なのだ。まさかハイネルがグーデリアンをレーサーとしてだけではなく、恋人としてまで選んでしまうとは予想外の展開だったが、マックスに口出しする権利がないのは確かだ。
 しばらく彼は言うべき言葉をさがしているようだったが、やがてグーデリアンたちが乗りこんでいる、あの銀色のマシンをゆっくりとなではじめた。愛馬を慈しんでいるような、優しいしぐさだった。


「このマシン・・・キレイだろ?関連会社に頼まれて、ハイネルさんが特別にデザインしたマシンなんだ。その中でも、これはプロトタイプとして最初に作られたもので、ハイネルさんが乗っていたものとこれ、この世に二台しか存在していない」


 それでハイネルはこのマシンをオレに・・・。


 グーデリアンは、ハイネルがこのマシンを自分に預けてくれた時の気持ちを思い、胸がいっぱいになった。この美しいマシンは、そのままハイネルの気持ちであり、ハイネルそのものだったのだ。
 自分は初めて見たときからこの美しくシャープなフォルムに見入られ、強く惹かれた。・・・初めてハイネルと出会った時と同じように。
 今なら素直に認められる。初めて会った時から、自分がこのキレイなクセに手ごわい青年にどうしようもないほど惹かれていたのだということを。
 マックスはマシンをなでる手を止めず、さびしげな笑みを浮かべた。


「ハイネルさんが、このマシンをお前に託した。・・・本当は、その時点でオレとお前の勝負は決していたんだよな・・・」

 マックスがしんみりと語ったとき。


「そのとーり!!」
「は?」
「いや、やっと気づいたかね、マックスくん!レーサーとしても、男としても、キミはボクに負けたのだよ!いさぎよく負けを認めてレーサーとしての腕と男を磨きたまえ!」
「こっこっこの野郎、人が下手に出てればいい気になりやがって!!」

 ははははは、と、グーデリアンは心底楽しそうに哄笑をあげた。あまりにもほがらかなその笑みに、マックスも怒る気をなくしてしまう。グーデリアンの笑顔にはそういった威力があった。


「ハイネルさんを頼んだぜ」
「まかせとけって!」


 笑って手をあげると、その手にグーデリアンの手が重ねられた。
 パン!と高く小気味のいい音がして、手と手が離れる。男同士のあいさつはそれで十分だった。

 グーデリアンがイグニッションキーをまわした。マフラーから排気音が吹き出し、マシンに命がよみがえる。

「じゃー、行って来る。ぜったいおエライさんたちを説き伏せて、新しいレーシングチームを認めさせてみせるからな!」
「頼もしいな」
「よろしく頼むぞ!」

 まだ復活できていないハイネルの代わりにグーデリアンが勇ましく宣言すると、ようやく二人のキスシーンを目撃した衝撃から立ち直ったほかの研究員たちが声をかける。
 彼らにウインクを投げつけると、グーデリアンは最後にこう言ってのけた。

「もうわかってるとは思うけど、レーサーとしてのオレの身はハイネルにやった。その代わり、ハイネルはオレがもらうから!!金輪際ちょっかい出すなよ!」
 とんでもないセリフに、それまで人形のようにおとなしくしていたハイネルが、ガバリと身をおこした。
「ぐ、グーデリアン、言うにことかいて何てことを言うんだ!」
「あれ?ハイネル、やっと復活か?照れんなよ、みんなの前でキスまでした仲じゃんか!」

 否定もできず、ハイネルの顔が見事なまでに真っ赤に染まる。 

「わ、私はなんでこんな厚顔無恥な男をレーサーに選んでしまったんだ」
「レーサーどころか、恋人にまで選んじゃったクセに!」
「だ、だ、誰がだ!!」
「ハイネルがさ!」
「!」

 今度こそ赤面して絶句してしまったハイネルを尻目に、グーデリアンはマシンをスタートさせた。
 行き先は日本。そこで開かれる会議で最後の難関をクリアすれば、新しい生活が待っている。
 マシンはみるみるうちに加速し、研究所を後にした。

「まったく、レーサーだけあってかっとんだ二人だぜ!」

 ヒュウ、と一つ口笛を吹くと、加賀は楽しそうにひとしきり笑っていた。









 今、二人は空港に向かって一路車を走らせている。
 ルーフはあげたままで、風に髪をなびかせたまま、銀のマシンは他に車のない道をひた走っていた。
 片手でステアリングを握りながら、グーデリアンが思い出し笑いをする。
「アメリカから始まってイギリス、カナダ、そして日本か。すごい旅だったよな」
「これからレースが始まれば、もっと忙しいぞ。ヘタをすれば一週間ごとに別の都市で目覚めなければならないハメになる。・・・お前にたえられるか?」

 そのセリフを聞くと、グーデリアンは急に車を路肩に止めた。ステアリングに上半身をあずけ、不思議そうに自分を見ているハイネルに笑いかける。



「ハイネルがそばにいてくれれば、どんな町にいたってサイッコーにさわやかな朝が迎えられるね、オレは」



 そして、唇を寄せていく。ハイネルは長いまつげを伏せ、おとなしく受け入れた。


 これから彼らはいくつの都市をおとずれることになるのだろう?

 とりあえず、行き先がどこであろうとも、彼らがともにあることは間違いのなさそうなところである。




 お、お、終わり、終わりましたーーー!!お疲れさまでした。読んでくださった方には本当にお礼を言いたいです。ありがとうございました。何というか・・・このお話はHP用に書き始めて、そして無事書き終えた初めての長いお話だったので、こうして書き終えた今、けっこう感慨深いものがあります、こんなつたないお話でも。

 ちなみに、『都市はさわやかな朝を迎える』という題名、とても自分で気に入ってるのですが、当然ながら私が考えたわけではありません。フォトコラージュを手がけている木村恒久さんの作品から(勝手に)とりました。お話とはまったく関係ないのですが、とても好きな作品なのです。
 あと、とくに後半はOFFSPRINGの『ALL I WANT』を聞きまくっていました。すごく気分が浮き立ってくる力強い歌詞と曲調なので、このお話のグーハーは見事おエライさんたちを説き伏せてくることでしょう!(笑)この曲がなかったらずいぶん違ったお話になっていたと思うので、勝手にイメージソングに認定(笑)。
 内容については、あまり私自身が語ってはヤボというものですよね!本当に読んでくださってありがとうございました。書き終えることができて、私も本当にうれしいです。このお話を読んで少しでも楽しんでくださった方がいらしたら望外の喜びです。



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