修学旅行編
 ←初めて読まれる方がいらっしゃいましたら、『The Best Of Me 3』に基本設定が載っています。読まなくても支障はないのですが・・・単にグーハー学生編、の一言で済んでしまうアホな話なので。ちなみに、学年などがめちゃくちゃですが、ツッコミは心の中だけにしていただけると幸いです(笑)。





 天高く澄み切った日本の秋。秋は観光シーズン、ついでに言えば多くの高校が修学旅行を敢行するシーズンでもある。ハイネルとグーデリアンが通っている学園も例外ではなく、高等部2年生であるフランツ・ハイネルは旅行三日目の自由行動を楽しんでいた。
 同行者は同じクラスの菅生修である。彼は見た目も性格も一見穏やかで落ち着いているのだが、実はかなりマイペースで強引で思い込みが激しいという、甚だ理解に苦しむ中身を持つ人間だ。
 菅生とは逆に、神経質そうに見えるワリに実は押しに弱いハイネルは、あっちの公園、こっちの食べ物屋、そちらの展示場と、彼に言われるまま唯々諾々とひっぱり回されていた。

 天気はすこぶる快晴で、雲一つない。同じ学校の仲間たちと旅の思い出を作るのにはまたとない機会だ。みんなの心も晴れ渡っていることだろう。
 そんな中、唯一雲っているものがあるとすれば・・・それは、ハイネルの表情だった。




「ハイネル、俺、あのみやげ物屋をひやかしたいんだけど、いいかな?」
「ああ・・・」

「これなんかどう思う?世話になってる先輩のブーツホルツにみやげを渡したいんだけど」
「いいんじゃないか・・・」

 
 先ほどから生返事ばかりしているハイネルに、菅生は腰のあたりに両手を置いてため息をついた。それから、あのねえ、と疲れたような声で話しはじめる。

「ハイネル、どうしたんだよ、一体?昨日までは元気だったじゃないか!じーさんばーさんみたいに寺や仏像なんか見て目を輝かせちゃって、今にも拝み出しかねない浮かれ具合だったクセに、時間がたつにつれてだんだん元気がなくなってきたんだよな。まるでホームシックみたいな感じでさ。ハイネルがホームシックねえ・・・。・・・・ははーん・・・」

 薄い茶色の瞳を意味ありげに細めてこちらを見つめてきた菅生に、ハイネルは痛くもないはずのハラを探られたようにドキリとしてしまう。

「な・・・何が言いたいんだ、菅生!?」

「さてはハイネル、グー・・・」

「グッ、グーデリアンは何の関係もないぞ!!!!」

「・・・テンベルグの著書を読んでる途中でオレに引っ張りまわされたから、機嫌が悪くなったのかと思ったんだけど、そうか、グーデリアンがいないせいで元気がなかったんだな。そうかそうか!それは気づかなかった!悪かったな、気がきかなくて!!」

 菅生の芝居じみた大声に、ハイネルは「ぞ」を言い終えた口の形のまま、固まってしまった。自分の体に命令した覚えもないのに、勝手に頬に血が集まってくるのを感じる。
 ぶんぶんと頭を振ってなんとか頬の赤を散らそうと試みた後、ハイネルはムダなあがきを試みた。

「す、菅生!誤解しないでくれ。い、いつもうるさくまとわりついてくるグーデリアンがいないから、」

「いないから寂しくなってきたんだろ?わかるわかるよ、ハイネル押しに弱いもん」

 当然菅生にハイネルの言いたいことが伝わるはずもなかった。元来菅生という男は、1度思い込んだら二度と現実をみようとしないという人間なのである。

「ちっ、違う!絶対に違う!!菅生、お前は何か勘違いをしてるぞ!私はグーデリアンのことなんて、絶対に、なんとも、少しも思ってないんだからな!」

 ・・・が、菅生はすでに一人の世界にいってしまっていた。一人なっとくげに腕を組んでうなづいてみたりしている。

「そうだよなぁ・・・ハイネルとグーデリアンは、お互いの母国だったら同学年でいられるのに、ここだと違う学年なんだもんな。さすがの押せ押せグーデリアンも、修学旅行となってはお手上げか」

「だから、そんなことないって言ってるだろう!」

「そうそう。オレがそんなコトくらいであきらめるわけないじゃんか。な?ハイネル」

「そ、そうだな、グーデリアン!お前が修学旅行ごときであきらめるわけが・・・・・え?」


 ・・・一瞬の沈黙。ハイネルはキレイな緑の目を、こぼれ落ちんばかりに見開いた。

 
 
「グ、グーデリアン!?」


 ハイネルは信じられない顔をして目の前の相手を見た。独特の褪せた色をした金髪、真っ青な瞳、フシギと人を惹きつけるものに満ちた顔立ち・・・確かにジャッキー・グーデリアンだ。間違えようがない。
 彼は肩を上下させて息を切らせながらも、いつもよりもさらに青い瞳をきらきらと輝かせてハイネルを見つめていた。
 
「お前・・・どうしてここに」

「ハイネル!会えてよかった!オレけっこう探したんだぜ?ハイネル見つけるより前にせんせーや他のヤツらに見つかるんじゃないかって、けっこうヒヤヒヤもんだったんだからな!」

「お前・・・グーデリアン・・・お前、授業はどうしたんだ!学校は!?いい、一体全体、何がどうなって」


 ハイネルがパニックに陥るのもムリはなかったが、グーデリアンの返答は簡潔だった。

「あ、オレ、病欠って学校に言ってきたから心配しなくていいよ」

 そんなに元気そうな病人がいるか!というハイネル心のツッコミは言葉にはならなかった。
 代わりに菅生が感心したような、それでいてのん気な感想を述べる。

「押しが強いのもそこまで行けば大したもんだよな。せっかくだから、2人で出かけてくれば?オレは後からハイネルと相談してテキトーに話を合わせておいてやるからさ」

「すっ、菅生!お前なんてコト言うんだ!そんなことができるわけないだろう!?学校行事なんだぞ!?しかも後から今日1日の行動をレポートにして提出しなくちゃいけないのに」

「だから後から相談して口裏合わせてやるって言ってるだろ」

「だっ、だが菅生!」

「サンキュー、恩にきるぜ。さ、行こうぜ、ハイネル!」

「ちょっ、ちょっと待った、グーデリアン、人の腕を勝手に引っ張るな!菅生、グーデリアンを止めてくれ!」

「若い情熱は1度暴走したら止まらないんじゃないか?グーデリアン、いかにも体力ありそうだからな・・・ご愁傷サマ、ハイネル」

「なっ、何の話をしてるんだ、菅生、菅生っっ!!・・・だからグーデリアン、人を力まかせに引きずるなと言ってるじゃないか!菅生ーーっっ!」


 ・・・・当然、ハイネルの抵抗もむなしく、彼は一つ年下のアメリカ人に拉致されてしまったのであった。



 
 







「ハイネル、こっちこっち!」

 グーデリアンが、満面の笑みを浮かべてハイネルを手招きする。
 ハイネルは菅生からムリヤリ引き離されてからというもの、不機嫌そのもので苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
 だが、あまりにも屈託のないその笑顔に、思わず硬かった表情もほころんでしまった。怒ってもいないのに怒ったふりをしつづけるには、ハイネルは育ちがよく素直すぎたし、何より、あまりにもグーデリアンが幸せそうな表情を浮かべていたからだ。
 あんな笑顔を向けられて不機嫌そうにしつづけているのは不可能だった。そう。・・・本当に怒っていたわけではなく、単なるポーズに過ぎなかったから。
 わずかに緩んだハイネルの口元を見てグーデリアンはますます笑みを大きくすると、ハイネルの手をひっぱった。ハイネルが転びかねない勢いで彼を引き寄せ、グーデリアンは先にたって歩き始めている。
 前にのめりそうになりながら何とか押し留まったハイネルは、焦った声で前を行くヒヨコ頭に怒声を浴びせた。


「グっ・・・グーデリアン、そんなに引っ張るな、危ないじゃないか!」


 すると、グーデリアンはハイネルを引く手は緩めず、足も止めずに顔だけを彼の方に振り向けた。その青い目と目があっただけで、ハイネルは何も言えなくなってしまう。
 あまりにもその目がキレイに澄んでいて、しかも無敵の笑顔が浮かんでいるのだ。ただでさえグーデリアンの笑顔はどんな人間をも惹きつけてしまうと言うのに、ハイネルに向ける笑顔はトクベツだ。一目見ればハイネルのことを好きで好きでたまらない彼の気持がすぐにわかるような、とんでもない破壊力をもつ魅力的な笑顔だった。たった一人の人間に向けるグーデリアン必殺のスマイルに、いかなハイネルでも抵抗はムリである。
 何も言えなくて口をつぐんでしまったハイネルを、あの他の誰にもない、包み込むような、慈しむような青い目でグーデリアンが見ていた。


「オレ、うれしいんだ」

 
 グーデリアンの声は本当にうれしそうだった。弾んだ心そのままに弾んだ声で、大きな笑顔とともにハイネルの心をわしづかむ。


「オレ、めちゃくちゃうれしいんだ。だってオレ、二日もハイネルに会えないでいたんだぜ?もう気が狂いそうだった。いてもたってもいられなくて、ヘソクリひっつかんで飛び出してきちまったんだ」

 
 何気なくとんでもないコトを言われて、ハイネルは絶句した。前々からバカだバカだとは思ってきたが、ここまでバカだとは思っていなかったというのがホントのところだ。
 でも・・・でも、そんなバカなグーデリアンを憎めない自分がいる。憎めないどころか・・・・少しだけ、今ほんのちょっとだけ『うれしい』などと自分は思わなかっただろうか?
 自分は、本当は・・・本当はグーデリアンのことを・・・。

「いやいや、そんなハズはない!私はグーデリアンのことなんて何とも・・・でも・・・いや、やはり・・・それでも・・・」

「何一人でぶつぶつ言ってんだよ、ハイネル!せっかくだから2人でいろんな所回ろうぜ!」



 グーデリアンは、この世に天国があるとすれば、きっとそこの住人はみんなこんな表情を浮かべているのだろうと思えるほど幸せそうな笑顔を見せて、ハイネルのことを引っ張りまわした。
 これでけっこう悪知恵の働くグーデリアンは、学園の制服を身につけていた。学年を表すタイさえ外してしまえば、グーデリアンとハイネルが並んで歩いていてもヘンに思う人間はいないだろう。(グーデリアンもハイネルも有名人なので、同じ学園の人間に会ってしまえばバレてしまうだろうが。)

 1度も来たことはないと言っていたクセに野生の勘でも働くのか、グーデリアンはやたらと鼻がきいた。他の生徒や教師たちとはぶつからないような、それでいていかにもハイネルが喜びそうな、観光の穴場的場所に次から次へとハイネルを導いていく。



「ハイネル、ハイネル!記念写真撮ろうぜ!」

「お前・・・何枚撮ったと思ってるんだ。行く場所行く場所で撮ってもらってるじゃないか」

「いいからいいから!ハイネルとオレの、ヒミツの修学旅行だろ!せっかくだから記念に何か残しておきたいんだ」


 心底うれしそうにそんな風に言われて、拒絶することなんてできるだろうか?ハイネルは表面的には渋々とした顔を見せつつも、グーデリアンに促されるまま、素直に彼の横に立った。
 観光地だからなのだろうか。彼らが行く場所すべてに記念写真を撮ることを生業にしている人間がいて、グーデリアンとハイネルを目にするや否や寄ってきて写真を撮らせてくれと頼みこんでくる。

 それもこれもグーデリアンが目立ちすぎるせいだ!と内心で悪態をつきながらも、ハイネルは本当はあまり好きではない写真のフレームに大人しく収まるのだった。・・・背中に回されたグーデリアンの腕の暖かさに少しだけドキドキしながら。

 これでもう何枚目の記念写真だろう?・・・ヘタをしたら数十枚に及ぶほどの写真を手にしつつ、それでもハイネルは心の中でこっそりと、これらの写真を大事にしようと心に誓うのだった。
 2人しか写っていない、2人だけのヒミツの記念写真。


「?どうしたんだ?ハイネル。なんだか楽しそうだ」

 そう聞くグーデリアンも楽しそうだった。ハイネルは優しい表情のまま、グーデリアンをうながした。

「・・・なんでもない。それより、早く次の場所に行こう。時間は待ってはくれないんだからな」

 そのセリフにグーデリアンがうれしそうにうなづき返し、彼の言葉通りにしたのは言うまでもないだろう。






 グーデリアンはとにかく精力的にハイネルを連れまわした。
 ハイネルにしては珍しく、よく笑い、よく声を出し、とにかく疲れた1日となった。だが、気持ちはとてもいい。

 楽しいはずの修学旅行だったのに、ハイネルは時間がたつにつれ、何となくさびしさを感じるようになっていた。あれほど楽しみにしていた寺社仏閣も、いつの間にか彼の心を満たしてはくれなくなり、意識にさえ入らなくなりつつあったのだ。
 どんどん心が沈みこんでいくようで、きっと修学旅行が終わる頃には、自分はとてつもなく暗い気分になっていることだろうと思っていた。


 なのに、今はどうだろう?3時間前のことがウソのように、何だか心も体もうきうきそわそわとしていて落ち着かない。


 これは、脳天気なジャッキー・グーデリアンが自分のそばにいるから、彼の脳天気な思考が自分にまで影響を及ぼしたからなんだろうか?ただそれだけなんだろうか?



 ・・・そんなことをハイネルは考え、ふと隣にいるグーデリアンを見た。
 彼らは今、大きな公園の片隅に立っている大木の下で、少し休憩をとっているところだった。
 グーデリアンは木にもたれ、はしゃいで走りまわったせいで暑くなった体を冷ますべく手で風を送っていたが、ハイネルが自分の方を見たことに気がつくと、体を起こしておもむろに彼の前に立ちなおした。
 まっすぐハイネルの前に立ち、急に改まったような口調で聞いてくる。 

「オレ、今日こうしてハイネルと歩きまわることができて本当に楽しかった。ハイネルは?楽しかった?」

「あ、ああ・・・」

 思わず、常とは違い、彼はグーデリアンにうながされるまま素直な答えを返していた。なんだか雰囲気に呑まれてしまったようだ。
 その返事を聞いて、グーデリアンは1度にっこりとほほえむと、ハイネルの肩に両手を置いた。
 よかった、と言ってまた少し笑う。やけにその笑顔が大人びて見えて、ハイネルは息を呑む。

「!」
 
 ほんの少しだけ自分より目線が高いグーデリアンを見上げると、思ったよりもずっと真剣な青い目と視線がぶつかってハイネルはうろたえた。

「グーデリアン・・・」

 心細そうな声でグーデリアンを呼んでみても、彼は答えなかった。かわりに、どんどん青い瞳が自分に迫ってくる。ハイネルは彼を押しのけてしまうこともできず、もちろん自分から顔を寄せていくなどということもできるわけがなく、ただぎゅっと目をつぶった。

 こわくて目を開けていられない。

 固く目をつぶったハイネルのまぶたを優しく親指でなで、グーデリアンは彼の唇を自分の唇でふさぐ。
 ・・・はずだったのだが。


「ヘル・ハイネル!やっと見つけました!グーデリアン!貴様、ヘル・ハイネルから離れろ!」

「ラララララ、ランドル!」

 突発的言語障害に陥ってしまったハイネルのセリフは、どもってしまって思わずハミングのようになってしまっていたが、誰も気にしなかった。それどころではなかったからである。
 ハイネルは真っ赤になってグーデリアンを突き放そうとし、逆にグーデリアンはハイネルの体を自分に引き寄せてランドルをにらみつけた。


「ラッランドル!お前、ががが、学校は!学校はどうしたんだ!今ごろ授業中のはずだろう!」

「ふんっ。僕にとっては、あの程度の授業、児戯にも等しいレベルです。受ける意味などない」

「ランドル!学校で勉強することには大きな意義があるんだぞ!私事で休んだりするなんてとんでもないことなんだぜ!」

『お前が言うか!』

 ハイネルとランドルの声は二重に響いた。
 が、もちろんグーデリアンはビクともしない。ますますハイネルを強く引き寄せるグーデリアンに、ランドルは頭から火を噴かんばかりに激昂した。

「貴様!ヘル・ハイネルから手を離せと言っているだろうが!せっかく今日は自由行動の日だと聞いたので、こっそりヘル・ハイネルと過ごそうと思ってわざわざ自家用ジェットを飛ばしてきたというのに、肝心のヘル・ハイネルがなかなか見つからない。ようやく見つけてみれば、またもお前みたいな能無し男といっしょにいるなんて!ヘル・ハイネル、僕にはもう耐えられません!なぜあなたのような知性と教養ある人が、いつもいつもいつもいつも、そんな下品で能無しで女たらしのアメリカンといっしょにいるのですか?」

「そりゃー、そこに愛があるからさ!」

『グーデリアン、いいから貴様は黙ってろ!』

 制止の声はまたもや二重だった。案外ハイネルとランドルは気が合うのかもしれない。


「ランドル、落ちついて聞いてくれ。私とグーデリアンは偶然会っただけで、別に・・・」

「偶然なんかじゃないぜ?オレはハイネルに会うために、はるばるこんな所までやってきたんだ。どっかのお坊ちゃまみたいに執事やらボディーガードやらに頼ったんじゃなくて、自分だけの力でな」

「何を!?貴様なんか、ヘル・ハイネルが優しいのをいいことに、強引に自分の気持ちを押し付けてるだけじゃないか!ヘル・ハイネルの迷惑について考えたことがあるのか?大体・・・」


「子供は黙ってな」


 その一言に、ランドルは絶句する。
 顔を昂然と上げ、青い瞳を細めて威圧するような見下す視線を送りながら、グーデリアンは今までのハイネルの前で見せていた屈託のなさがウソのような傲慢さで吐き捨てた。

「ランドル。お前みたいな本気で人を好きになることも知らないようなガキが、人の事情に首を突っ込むんじゃないぜ。オレたちオトナは、これから2人だけで熱い時間を過ごすんだ。熱くて、熱い・・・・熱い時間を・・・・熱いよ、ハイネル・・・・」

 ハイネルを支えていたはずのグーデリアンの体が、逆にハイネルの方にもたれてくる。みるみるうちに力が抜けていくグーデリアンの体を慌てて支えながら、ハイネルは焦った声を出していた。

「グ、グーデリアン、グーデリアン!?どうしたんだ、グーデリアン!?・・・すごい熱だ!ランドル、キミならすぐに連絡がつくだろう?今すぐ救急車を呼んでくれ!」

「で、でもヘル・ハイネル、そいつはあなたに・・・」

「早く!」

「は、・・・ハイ!僕のプライベートドクターならすぐに捕まるし、腕もいいはずです!」


 そんなやりとりをしている間にもどんどんグーデリアンからは力が抜けていき、あっという間に体が熱くなっていく。ハイネルの必死の呼びかけも空しく、最後には意識を手放してしまったのだった。







 次に彼が目覚めたのは、白い部屋のベッドの上だった。後から知ったのだが、これは万一の時のためにと控えていた、ランドル専用医療車の中だったらしい。ベッドといい調度品と言い、ヘタな家のリビングよりよほど豪華に整えられていたので、とても車の中だとは思えなかったのだが。

 グーデリアンが目覚めて最初にしたのは、首をめぐらせてハイネルを探すことだった。
 だが、そうするまでもない。ハイネルはグーデリアンの枕元について、ずっと彼の面倒を見てくれていた。体を起こそうとするグーデリアンを仕草で制し、静かな、だが逃げることを許さない口調で問う。


「お前・・・病欠で学校を休んできたと言っていたが・・・ホントに病気だったのか?」

「うん。最初は元気が出ないのも体がだるいのも、全部ハイネルに会えないからだと思ってたんだけどさ、なんだかどんどん調子が悪くなってきて。ホントに病気みたいだったから堂々と学校に連絡入れて、それからこっそりベッドを抜け出してきたんだ。だってオレ、どうしてもどうしてもハイネルに会いたかったんだ」

 大きな体で、小さな子供のように頼りない表情をしてみせるグーデリアンを見ていると、怒る気も失せてしまう。
 大きなため息を一つつくと、グーデリアンはますます心配そうな顔になり、上目使いで心配そうな声を出した。

「ゴメン、ハイネル。・・・怒ってる?」
「怒ってないさ、呆れてるだけだ」

 実際、うなだれているグーデリアンは、まるで尻尾を垂れている大型犬のようで、ほほえましくさえある。

 熱のせいで少ししんなりとしているグーデリアンの黄色い前髪を優しくすくと、ハイネルはくすぐったそうな声を出した。

「今日はお前のバカさかげんに呆れっぱなしだったが、まぁ・・・変わった修学旅行の思い出ができたと思えば、それも悪くない」

 そう言えば、グーデリアンの口元にも大きな笑みが浮かんだ。
 それから、疲れと熱でかすれ気味の声で、真摯な目でハイネルを見つめながらこんなことを口にした。

「ハイネルは、まだ少し修学旅行が残ってるんだな。・・・オレ、ハイネルと1日でも離れてるのはツライけど、大人しくしてる。それで、ハイネルが学校に戻ってくるまでにはカゼを完全に治しておくよ。だから、だから・・・離れてる間も、オレのこと忘れないでくれよな」

 いつもは強引すぎるほどに強引なクセに、こんな時だけすがるような声と表情を見せてくる。ハイネルの顔にさざなみのように柔らかな笑みが浮かんだ。

「余計なことはいいから、ゆっくり眠れ。・・・心配しなくても、お前みたいな騒がしいヤツ、忘れることなんて不可能だ。早くカゼを治して、学校で私と再会するんだろう?」

 そう言えば、グーデリアンはうれしそうにうなづいた。本当に疲れていたのだろう、すぐにすこやかな眠りにひき戻っていく。
 ハイネルはそんな寝顔を見守っていたが、やがて腰をあげた。いろいろあったのでとても長い時間がたってしまったような気になっていたが、ハイネルの修学旅行はまだ終わっていないのである。


 グーデリアンなしの修学旅行。・・・・少し寂しいけれど、後からカゼで寝込んでいたグーデリアンに土産話を聞かせてやるためにも、思いっきり楽しんできてやろう。


 ・・・ハイネルはそんな殊勝なコトを思い、宿舎へと足を向けた。









 ・・・・・・・・が。コトはキレイには終わらなかった。なんと、ハイネルはグーデリアンとともにその日のうちに修学旅行を切り上げ、帰ってきてしまったのである。
 カゼで寝込むことになるグーデリアンがかわいそうで、いてもたってもいられなかったから。


 ・・・・・・・・・・・・では全くなかった。

 ここは病院のベッドの中。2人は隣同士のベッドに仲良く納まっている。

「バカか貴様は!!バカだバカだとは思ってきたし、実際お前はバカだが、今回こそは本当に愛想が尽きた!お前はどこまでバカなことをすれば気が済むんだ!」

「あんまり終わったコトでいつまでも怒ってんなよな、ハイネル。せっかくのかわいい顔が台無しだぜ?」

「だから!お前のそんなバカなところが耐えられんと言っているんだ!大体・・・・ごほごほごほっ」

「だ、大丈夫か?ハイネル!!」

「・・・貴様・・・い・・・・インフルエンザにかかっていたのに出歩いたあげく、人に接触しまくるとはどういう了見だ!!」

「だってオレ、自分がインフルエンザだって知らなかったんだもん」

 ・・・・アッサリと吐き出されたグーデリアンのセリフに、ハイネルはベッドサイドのテーブルに置かれた果物ナイフに手が伸びそうになる自分を抑えるのに、多大なる努力を要することとなった。

 なんとカゼだと思われていたグーデリアンはインフルエンザにかかっており、しかも人によっては2,3日してから発熱するタチの悪いタイプのものだったのである。
 そうとは知らないグーデリアンはハイネルに思いっきり近づき、彼にインフルエンザを移してしまったのだった。
 当然ハイネルは怒りまくったが、実際病状は彼の方が深刻で、二日前まではろくに話もできなかったほどである。さすがにグーデリアンも悪いと思ったのか、しばらくの間はおとなしくしていた。
 だが、ハイネルが快方に向かい始めるやいなや、取り上げられていたオモチャをようやく返してもらえた子供のように彼にちょっかいをかけまくり始めたのだった。
 また、そんな彼をほおっておけばいいものを、いちいちハイネルが律儀に怒ったり戒めたりと反応を返すので手に負えない。

 しばしば病室はちょっとしたアミューズメントパークのように騒がしくなり、彼らはたびたびドクターやナースさんたちに怒られるハメになってしまったのだった。(もっとも、グーデリアンの無敵『ゴメンね』スマイルで、毎回事無きを得るのだったが)




「あーあ・・・せっかくベッドがあってハイネルもいるっていうのに、何にもできないなんてツライよなぁ。ゴメンな、ハイネル」

「何がゴメンなだ!一回死ね!」

「過激な照れ方するよな、ハイネルって」

「・・・・」

 ハイネルの手がもう一度果物ナイフに伸びそうになった所で、2人の病室に客が訪れた。
 人気者の彼らを見舞いたがる人間は星の数ほどいたが、ハイネルが静かでいたいと望み(グーデリアンが同室なのに今更だったが)、何より彼らの病気は(一時は)本当に深刻なものであったため、大抵の人間は病室に通される前に断られてしまう。
 それがこうして病室まで到達できたと言うことは、それなりの客なのだろう。


 通して見ると、案の定大切な客だった。・・・・ハイネルの妹のリサだ。

 彼女はお手製のアップルパイの入ったバスケットと、山のような見舞いの手紙を手にして現れた。

「見舞いに来てくれたのか、ありがとう、リサ」

 早速ハイネルは上機嫌になっている。あっという間の変わりように、グーデリアンでさえ呆れるほどだ。
 アッパルパイの入ったバスケットの方に伸びたグーデリアンの手を容赦なく叩き落としてから、彼はそそくさとリサにイスをすすめた。

「本当によく来てくれた。疲れたろう?このイスに座るといい」

「ありがとう。お兄ちゃん、思ったより元気そうで何よりだわ。グーデリアンさんも予想通りもうすっかり元気そうね。修学旅行は途中で切り上げなくちゃいけなくて残念だったけど・・・」

 『修学旅行』の一言に、ハイネルの眉間に深い皺が寄ったのを見てとると、慌ててグーデリアンは会話に入った。

「り、リサちゃん、オレへの見舞いの手紙も持ってきてくれたんだろ?見せてくれない?」

「ええ、そうね、グーデリアンさん、女の子からすごくたくさんお見舞いの手紙が来てるわよ。お兄ちゃんにもいろんな人から。あ、この香水を焚きしめてて紋章の入っている、いかにも高そうな封筒はきっとランドルさんからね」

「その封筒、オレに貸してくれよ。後で鼻かむのに使うからさ」

 そのセリフに笑いながら、リサは次々と見舞いの手紙を兄とグーデリアンに渡していく。それにしてもすごい量である。これでも、途中で受けつけを締め切ったというのだから2人の人気は大したものだ。
 中には『お2人が同じインフルエンザにかかるなんて、一体何をしていたんですか?』などとハイネルの血圧を上げるような文面もあったが、大体においては二人の心を暖かく満たしてくれる、優しい気持ちに満ちたものだった。


 ようやく最後の方まで手紙を読み終わったハイネルが、別の封筒に手を伸ばす。手にした封筒の差出人を一目見て、彼は首をかしげた。


「・・・・M.Iフォトスタジオ?・・・なんでこんなものが?写真屋の息子なんて、クラスメートにいただろうか・・・だが、確かに宛名は『ハイネル様』になっているし・・・私宛だよな?」

 いぶかしんで封を開けようとしたハイネルの手を慌てて押し留めたのは妹だった。

「お兄ちゃん、ごめんなさい!それ、私のよ!別に何でもないの。最近、気晴らしに写真をとってもらったから、それの請求書だと思うわ!」

「だがリサ、お前は私といっしょで、写真を撮ってもらうのはあまり好きではないと言っていたではないか・・・」

「気が向いただけよ!それじゃ、お兄ちゃん、グーデリアンさん!病人のところに長居するのもなんですから、私はこのヘンで!ゆっくり体を休めて早く治してね!」

「リサ?」

「お兄ちゃん、グーデリアンさん、またね!」


 一方的に宣言するなり、リサは病室のドアを彼女にしてはいささか乱暴に閉じた。ドアにもたれ、大きく息をつく。


「ふーっ、危ない危ない。あんなトコに請求書が紛れこんでたのね。どうりで探しても見つからなかったはずだわ」


 彼女はそう独り言をもらし、手紙を開いた。中には請求書と、カンタンな文書がしたためられている。
 リサはそれらを満足そうに見やった。


「まさかお兄ちゃんもグーデリアンさんも、旅先でとった記念写真がみ〜〜〜んな私が頼んでおいた写真屋さんが撮ったものだなんて気づいてないでしょうね。自分たちの持っている写真と全く同じものを私が持ってるだなんて、夢にも思ってないんだわ。ふふふ。これで私のコレクションにまた新たな作品が加わったわ!早速いろんな写真屋さんを手配してくれた加賀さんにもお礼の連絡を入れなくちゃ!」

 
 帰ったら今回のコレクションをきちんと整理しなくちゃ、とうれしそうにつぶやくリサは本当に楽しそうだ。
 グーデリアンとハイネルが万一結婚でもした日には、きっと彼女から数十冊にも及ぶ『二人の愛のメモリーアルバム』が贈られることだろう。(でもあくまでもオリジナルはリサちゃん所持)




 かわいい顔してけっこうジャアクな妹の小細工などつゆ知らず、ハイネルはベッドの上でため息をつき、シーツを引き寄せたところだった。少し疲れたから眠ろう、と目を閉じかけたところで、シーツに暖かいものがもぐりこんできたことに気がつく。
 考えるまでもない。
 それは、隣のベッドから伸ばされてきたグーデリアンの手だった。
 
「オレもさすがに疲れたから、今から寝るよ。だからさ・・・手をつないでよう」

 グーデリアンはいたずらっぽい表情でそう言い、指をからめてきた。

「子供みたいなヤツだ・・・」

 ハイネルは文句を言いながらも、その指はほどかなかった。

 ・・・・寒いから、暖かい指をふりほどくのがめんどうなだけだ。

 そう心の中で言い訳しながら。

 先に眠りに落ちてしまったハイネルの寝顔を少しだけ見つめていたグーデリアンは、少し考える顔をしたあと、そっと彼の鼻の頭にキスを落とした。
 早くお互い元気になって、今度はちゃんとその唇に触れられるようになればいいなと願いながら。


「ハイネル。・・・・ハイネルの修学旅行は半分になっちゃったけど、でもオレがこれからもっともっと、ずっといい思い出をたくさんハイネルにあげるからな」


 グーデリアンはそうつぶやき、自分も眠りに引きこまれていったのだった。






  このお話は、あいりさんがリクエストしてくださって出来上がったお話です。私、こんなシリーズがあったということをすっかり忘れておりました!(マジメに・・・)なのにこのシリーズを読んで気に入ってくださり、番外編をリクエストしていただけたなんて、本当にうれしかったし、光栄です。あいりさん、本当に本当にありがとうございました!なのにUPが遅くなってしまってすみません・・・(涙)。
 お題は『修学旅行』だったのですが、すみません・・・このグーハーなぜか日本式で学年違うので、修学旅行とはほとんど何の関係もないお話となってしまいました。全然修学旅行っぽくなくて、その点申し訳なかったです。ちょこっとでも・・・ほんのちょこっとでもあいりさんに気に入っていただけるといいのですが。一応、押せ押せグーを気に入って下さっているようでしたので、がんばってグーにプッシュ!してもらったつもりなんですけど、彼の今回の押し具合はいかがでしたでしょうか?(笑)
 にしてもこのシリーズ、私にしては珍しく他のCFキャラが比較的出てくるので(実はグーハー以外はよくわかんないのです・・・)、話が長くなりがちで制御に困ります(笑)。今回の話もかなり長いです・・・展開がアホなので読みごたえはないかと思うのですが(笑)。

 さらにこの話、毎回展開がジェットコースターでホントにすみません・・・。このシリーズはそういうお話なのです(笑)。

 でも、あいりさん、このシリーズをリクエストしていただけたのは、私にとって本当にうれしいことでありました。このシリーズのグーとハイネルも、きっと喜んでいることと思います(特にグーが・・・)。改めましてありがとうございました!




テキストのページに戻る
HOMEに戻る